「I love you three thousand…」カテゴリーアーカイブ

I love you 3000… Ⅱ㉓

『トニー・スタークが会見を開く!』
トニーが会見を開いたのは、ペッパーと婚約したという発表以来だった。そのため、何年ぶりかの会見に大勢のマスコミが押し寄せ、SIの会見室は人で溢れかえっていた。

暫くすると勢いよくドアが開き、怒り露わにトニー・スタークが入ってきた。そしてバンっと持っていたファイルを叩きつけるように置くと、マスコミを見渡した。

「質問は一切なしだ。声明文だけを発表することも考えたが、それでは君たちが満足しないだろうと思い、会見を開くことにした。最初に言っておくが…娘の件では私は相当腹を立てている。だから、気の利いたジョークは一切言わない」

恐ろしいほど怒りに満ちた瞳をしたトニーに、その場はシーンとなった。何故なら、こんなトニー・スタークは初めてだったから…。

会場を見渡したトニーは口を開いた。
「今回、会見を開いたのは、主に娘のことだ。君たちは娘の写真を撮影した。社名は伏せておくが、とある社は違法に入手し、我々が抗議したにも関わらず掲載した。彼らは私有地に不法侵入し、娘の写真を撮るために、娘を危険に晒した。一歩間違えば、娘は命を落としていた。人として許されることではない。やってはいけない境界線を、彼らは超えてしまった。今回ばかりは許せない。今、弁護士を通して対応させている。私のことを追いかけ回すのはいい。だが、妻と娘を追い回すのは止めろ。特に娘はまだ幼い。今回のことで、娘は傷ついている。怯えている。もし、また娘を傷つけるようなことをしてみろ。絶対に許さないからな」
一呼吸置いたトニーは、まだ静まり返っている会場をもう一度見渡した。
「それから…この場を借りて私自身のことも話しておく。1年前に妻が声明を出したと思うが、私は戦いで瀕死の重傷を負った。そして…右腕を失った。君たちは私が右腕を失った姿を見たいんだろ?見たければ見せてやる」
そう言うとトニーはジャケットを脱いだ。ジャケットの下はTシャツで、右手の義手がはっきりと見えた。
「好きなだけ撮影でも何でもしろ」
トニーの声に、マスコミは慌ててカメラを向けた。一斉にたかれたフラッシュで部屋は眩いばかりの光に包まれた。
数分間彼らの好きなようにさせたトニーは、咳払いをすると再びジャケットを羽織った。
「右腕を失ったが、私は幸いにも生き延びることができた。だから私は今、こうやってここで話をしている。妻と娘と共にまた人生を歩んでいる。1年前の戦いで、私は死んでいてもおかしくなかった。だが、皆の支えで、生きている。家族や友人のそばにいる…それだけで幸せなんだ。先日の報道で、君たちは右腕を失った私を可哀想だとか気の毒だと書いていた。可哀想だと?気の毒だと?私のように…いや、私以上に戦っている人間は、世界中に大勢いる。可哀想なんかじゃない。少なくとも私は、今この瞬間、生きているだけで充分幸せなんだ」
会場が騒めき始めた。1年前、NY郊外のアベンジャーズの基地で起こった戦いで、アイアンマンが瀕死の重傷を負ったこと、そして一時は死亡説まで流れていたことは周知の事実だ。戦いの直後、彼の妻であるペッパー・スタークが、SI経由でトニー・スタークは大怪我を負い療養中であると声明を出した。そして数ヶ月後、退院し静養中であると再び声明を出したのだが、彼が右腕を失ったことには一言も触れられていなかった。

「どうして隠していたんですか!」
何処からともなく聞こえた声に、トニーは眉を吊り上げた。
「別に隠していた訳ではない。私のプライベートなことだから、敢えて公表しなかっただけだ。君は足を骨折したら、わざわざそれを世間に公表するか?しないだろ?だから私もしなかった。これは私の『腕』だ。娘の言葉を借りると『アイアンマンの魔法の手』だ。私の一部だ。見た目が少しばかり変わった…いや、いつもアーマーを装着しているように見える。ただそれだけだ」
ふぅと深呼吸をしたトニーは、少しだけ笑みを浮かべた。
「私はアイアンマンだ。それはこれからも永遠に変わらないことだ。だが、1年前、とある人に言われた。私の人生に尤も影響を与えてくれた人に…。大義のために個人の幸せを諦める必要はない…と。その後、私は死に直面したが生還できた…。だからこそ、その言葉に素直に従うことにした。これからは、私自身の…そして家族の幸せを優先しようと…。つまり、これから私は、アイアンマンとしてではなく、トニー・スタークとして生きていく…。夫として、父親として…一人の男として生きていくと決めた…」

つまりトニー・スタークは、アイアンマンを引退する…。彼がアイアンマンになることは…アイアンマンがヒーローとして活躍する姿を見ることは…もう二度とないのだ…。

しんと静まり返った部屋を見渡したトニーは「以上だ」と告げると、足早に部屋を後にしようとした。

と、誰かが拍手を始めた。拍手は次第に広がっていき、足を止めたトニーが振り返ると、会場中の人々が立ち上がり自分に向かって拍手をしているではないか。

「アイアンマン!今までありがとう!」
「本当にお疲れ様でした!」
「あなたは本当のヒーローです!」
「これからも、ずっとアイアンマンはヒーローですよ!」

誰もが惜しげも無く拍手と感謝の言葉をトニーに送っていた。中には涙を流している者もいる。

トニーは目頭が熱くなってきた。
今までは、非難されることの方が多かった。ヒーロー活動の代償を押し付けられ、責任を取れと言われることも多々あった。
だが今は…誰も非難する者はいなかった。感謝とそして別れを惜しむように、人々は涙してくれているのだから…。
トニーの心はすっと軽くなった。ヒーローとしての世間に対する責任や重圧…そういうものが全て消え去ったのだから…。
何度か瞬きをしたトニーは笑みを浮かべると、手を振り部屋を後にした。

トニーの会見をペッパーはモーガンとハッピーと共に別室で見ていた。
モーガンは食い入るように父親の姿を見ていた。幼いながらに彼女は分かっていた。父親は自分のことを守ろうと必死なのだということが…。嬉しかった。そしていつも自分と母親のことを守ってくれる父親の存在の大きさを改めて実感した。
「ママ…。パパ、カッコいいね…。パパはあたしのこといじめたわるいひとをやっつけてくれたんだよ?だからあたしもまけないよ。あたしもいじわるなひとにまけない…」
そう言ったモーガンだが、人々が立ち上がり父親を賞賛する姿を見ると、小さな涙を零した。
泣き出した娘の涙をペッパーは拭ったが、顔を上げたモーガンは母親も泣いていることに気づいた。
「パパはヒーローだね…。あたしのヒーロー…。せかいでいちばんカッコイイヒーロー…。みんな、パパが…アイアンマンがだいすきなんだね。よかったね、パパ…」
「そうね…。ママにとっても…パパは世界で一番のヒーローよ…」
引退宣言をするという話は、昨晩トニーから聞いていたペッパーだが、正直な話、メディアがどう受け止めるのかという不安もあった。が、誰もが皆、温かく受け入れてくれた。そして最上級の称賛と共にトニーを送り出してきてくれた。
その知名度から一人非難の的になりがちだったトニーが、ずっと責任や義務に囚われ苦しんできたこと、悩み眠れない日々を過ごしたこと、何度も命を懸けてきたことを思い出した。が、トニーのやってきたことは正しかったし、誰もが好意的に受け止めてくれたということが、ペッパーは嬉しくてたまらなかった。

と、部屋の外から拍手と歓声が聞こえてきた。トニーの笑い声も聞こえてきた。そして誰か顔見知りでもいたのか、トニーが冗談を言っているのも聞こえた。

ガチャっと音がし、ドアが開いた。
笑いながら入ってきたトニーを、ペッパーとモーガン、そしてハッピーは立ち上がって出迎えた。
「どうしたんだ?改まって…」
目に涙を浮かべながらも笑顔の3人に、トニーは目をパチクリさせた。
ペッパーがモーガンの背中を押した。するとモーガンは、トニーのそばにやって来ると、後ろ手に隠していた物を渡した。
「パパ、アイアンマンのおしごと、ごくろうさまでした」
それは、赤と黄色の花で作られたブーケだった。
「モーガン…」
跪き花束を受け取ったトニーは、娘を抱きしめた。そして立ち上がると、そばにやってきたペッパーにキスをした。
「トニー…15年間…お疲れ様でした」
ひまわりの花束をトニーに渡したペッパーは、夫に抱きつくと静かに涙を零した。
ペッパーをギュッと抱きしめたトニーは、この15年の出来事を…そしてどんな時でもペッパーがそばで支えてくれていたことを思い返した。
彼女の涙を拭ったトニーは、足元にいる娘を左腕で抱き上げると、右腕でペッパーを抱きしめた。
「ハニー…15年間、ずっと支えてくれてありがとう…。これからも、よろしく頼むよ…」

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I love you 3000… Ⅱ㉒

病室へ向かうと、モーガンは目を覚ましていた。
「パパ…」
トニーに気づいたモーガンは、嬉しそうに手を伸ばした。
「眠り姫は目を覚ましたか?」
娘の手を握りしめたトニーは、額にキスをした。
「どこも異常はないから大丈夫ですって。でも念の為、明日まで様子を見させて下さいって…」
妻の言葉にトニーが頷くと、両親を見比べたモーガンは目を瞬かせた。
「あたし…およげるように、れんしゅうするね」
と、モーガンが震え出した。
「でもね……こわかった……こわかった……」
シクシク泣き始めたモーガンは小さく震えており、ペッパーは娘を安心させるように抱きしめた。
「大丈夫よ…パパとママがいるわ…」
「うん……」
トニーの手をギュッと握ったモーガンは、ペッパーに抱きつくと声を上げて泣いた。

「ボス…」
振り返ると、ハッピーが手招きしていた。
モーガンにもう一度キスをしたトニーが病室を出ると、弁護士が待ち構えていた。
トニーに向かって頷いたハッピーが入れ替わるように病室に入った。
「ハッピーおじちゃん!」
「チーズバーガー、買ってきたぞ?」
「ホント?!」
娘の嬉しそうな声を聞きながら、トニーはドアを閉めた。
そしてトニーは弁護士に早急に対応するよう告げた。

翌日モーガンは退院した。
高層階のNYの家の方が安全だろうと、3人はマンハッタンの家に戻ってきた。
が、モーガンは一人になることを怖がった。日中もトニーのそばを離れようとしない。夜も一人で眠るのを怖がった。そこで2人は自分たちの間に娘を寝かせることにしたのだが、モーガンはお腹の大きい母親に抱きつくのは申し訳ないと思ったのだろう。父親に抱きついたモーガンは、眠り始めた。が、モーガンは、夜中に何度も泣きながら目を覚ました。その度に2人は大丈夫だと言い聞かせた。

写真を撮ったのは、○△社の記者だった。
「掲載しないよう抗議したが…」
ようやく眠り始めた娘を左腕で抱きかかえたトニーはため息をついた。
「あの会社、前からあなたと私の…」
実は○△社とは何度もいざこざを起こしている。トニーとペッパーのプライベートにズカズカと侵入し、2人は何度も写真を掲載された。ペッパーの携帯がハッキングされ、ベッドの中で撮影した裸で抱き合っている写真を掲載されたこともある。
何度抗議しても頃合いを見計らった頃にこうやって色々と仕掛けてくるのだが、今回ばかりは娘の命までもが脅かされたのだから、2人とも我慢の限界だった。
「あぁ、そうだ。だから信用できない。果たしてどうなるか…」

翌朝。
弁護士が新聞を握りしめやって来た。
「報道の自由だと言うことを聞きませんでした」
一面にはモーガンの姿が掲載されていた。が、勿論入手経路も、その後の事件についても触れられていなかった。
モーガンの名前、年齢、誕生日、そして9月から通うキンダーガーデンについても、何処で入手したのか知らないが書かれており、トニーは唇を噛み締めた。
こうなると、報道は加熱していくのは目に見えている。娘を守るためには…そして自分自身のことについてもいい加減自らの口で語らねば…と考えたトニーは、弁護士に告げた。
「会見の準備をしろ」

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I love you 3000… Ⅱ㉑

数日後。警備を強化したためか、パパラッチの姿は私有地付近でも見られなくなった。
ようやく静けさを取り戻したが、この場を離れれば再び追いかけられる可能性は大いにある。
トニーはリビングでハッピーと今後の警備について朝から話し合っていた。そして昼時になったため、ペッパーも昼食の準備を始めた。

モーガンは庭のテントでままごとをして遊んでいた。
父親代わりのアイアンマンの人形を椅子に座らせ、自分は母親になりきり、一人で遊んでいたのだが、茂みからガサゴソと音がし、モーガンは振り返った。
「だあれ?」
立ち上がったモーガンは恐る恐る近づいた。
すると、見知らぬ男が2人、いきなり茂みから飛び出してくると、モーガンに向かってカメラを構えた。
小さく悲鳴をあげたモーガンは、逃げようとしたが、男がモーガンの腕を掴んだ。
モーガンは怖くて声が出なかった。
震えるモーガンに、手を掴んだ男がカメラを構えた男に叫んだ。
「早く写真を撮れ!」
男は泣き出しそうなモーガンの写真を何枚も撮影した。
「…パパ……ママ…」
ようやく声を出せるようになったモーガンは、
「パ、パパ!!!!!!」
と、大声で叫んだ。
娘の声に、家の中からトニーは飛び出した。見るとパパラッチが2人、モーガンの手を掴み写真を撮っているではないか。
「おい!!」
トニーの声に、逃げようと男たちはモーガンを突き飛ばした。
すると、モーガンがよろけた。足を滑らせたモーガンは、湖に落ちてしまった。
「モーガン!!!」
モーガンはまだ浮き輪なしでは泳げない。トニーは走った。
ハッピーとペッパーも家の中から出てきた。
「モーガン!!」
溺れている娘の姿に、ペッパーが悲鳴を上げた。
ハッピーは逃げようとしている男たちを追いかけた。
バタバタと水のなかでもがけばもがく程、岸からどんどん遠ざかり、ついにはモーガンが見えなくなってしまった。
トニーは湖に飛び込んだ。
水の中に潜ったトニーは娘の姿を探した。沈みかけている娘を抱きしめたトニーは、水面へと急いだ。
グッタリとしたモーガンを抱えたトニーは、岸まで急いで泳ぐと、待ち構えていたペッパーに娘を渡した。
「モーガン!モーガン!!」
ペッパーが呼びかけてもモーガンはグッタリとしたままだ。
水から上がったトニーは泣き叫ぶペッパーに告げた。
「早く救急車を呼べ!!」
パパラッチを追いかけていたハッピーが戻ってきた。パニックになっているペッパーに代わりに、ハッピーは電話を掛け始めた。
「モーガン!モーガン!!」
必死に呼びかけるペッパーだが、モーガンは水を飲んだようでピクリとも動かない。
トニーは小さな胸元を何度か押した。息を吹き込みまた胸元を押した。
すると、モーガンがビクッと身体を震わせた。口から水を吐き出したモーガンは、苦しそうに咳き込んでいたが、何度か瞬きすると目を開けた。そしてか細い声で
「まま……ぱぱ………」
と両親の姿を確認すると、すぐに目を閉じてしまった。

救急車はすぐにやって来た。
搬送される娘に付き添うため、救急車に乗り込んだペッパーは、ずぶ濡れの夫に告げた。
「トニー…大丈夫だから。着替えてきて?」
怒りに震えるトニーが心配になったペッパーは、夫の親友に彼を託すことにした。

シャワーを浴び着替えたトニーは、モーガンのパジャマやお気に入りのぬいぐるみなどを鞄に押し込むと、ハッピーの運転する車でモーガンが搬送された病院へ向かった。

トニーは黙ったままだった。黙って窓の外を眺めているトニーは、ハッピーですらも見たことないような瞳をしていた。
チラチラと様子を伺うハッピーに気づいたトニーは、胸元からサングラスを出すと掛けた。
「あいつらの身元は?」
「防犯カメラをF.R.I.D.A.Y.が分析中です」
溜息をついたトニーは頭を抱えた。黙り込んでしまったトニーにハッピーは恐る恐る尋ねた。
「ボス…どうしますか?」
トニーが顔を上げた。サングラス越しだが、彼の瞳が怒りに燃えていることくらい、容易に分かった。
「ハッピー、あいつらは…娘を傷つけた。一歩間違えば死んでいたかもしれないんだぞ?!」
声を荒げたトニーだが、ハッピーに怒鳴るのはお門違いだ。謝罪の言葉を口にしたトニーは、SIのお抱え弁護士に電話を掛け、病院へ来るよう伝えた。

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I love you 3000… Ⅱ⑳

7月になり、ペッパーのお腹はかなり大きくなってきた。徐々にお腹周りのゆったりとした服を着るようにしていたためか、今までマスコミにも気づかれていなかったのだが…。

ある日、『ペッパー・スターク、第二子を妊娠!』と、マスコミにすっぱ抜かれてしまった。
別に隠していたつもりではないし、わざわざ公表することでもないと2人は何も言っていなかったのだが、ペッパーの妊娠を知ったマスコミは、彼女を執拗に追いかけ始めた。
ハッピーがガッチリとガードしているのだが、暫く落ち着いていたパパラッチがまた賑やかになってきたため、モーガンに危害が加わる前に…と、一家は湖畔の家で過ごすことにした。

「やっぱりここは涼しいわね」
心地よい風が吹き抜け、やはり街中よりも涼しく過ごしやすい。
水着に着替えたトニーは、湖畔にパラソルを立てた。ライフジャケットを着たモーガンも浮き輪を手に準備万端だ。
「よし!モーガン!泳ぐぞ!」
「うん!」
モーガンを水の中に入れたトニーだが、自分は勢いよく水の中に飛び込んだ。辺りに飛沫が飛び散り、モーガンはキャーっと歓声を上げた。
ペッパーはパラソルの下でリクライニングチェアに座り、2人が遊ぶのを写真に撮ったりと楽しげに眺めていた。

「あら?何かしら…」
暫くして、ペッパーは反対側の岸辺の木の陰で何かが光っているのに気づいた。その光の正体に何となく感づいたペッパーは、背筋が凍りついた。
「トニー…」
ペッパーは慌てて夫を呼んだ。緊迫した妻の声に、トニーの顔にも緊張が走った。
「どうした?」
「向こうで何か光ったの…」
青ざめた妻を見つめたトニーは頷くと、娘を呼んだ。
「モーガン、上がるぞ?」
「えー、まだあそびたい!」
「ダメだ。風邪引くからまた明日にしよう」
「はーい」
娘を抱き上げたトニーは、ペッパーを守るように家の中に入った。

翌日。スクープと称して湖で遊ぶスターク一家の映像が朝のニュースで流れた。
モーガンの姿もハッキリと捉えられており、初めて世間にお披露目されたトニー・スタークとペッパー・スタークの娘だと、マスコミは騒ぎ立てているではないか。
そしてもう一つ…。
『右腕を失くしたトニー・スターク』と、トニーの義手のことも報道された。それも見当違いな理由を付けて…。
あることないことを報道し始めたマスコミに、ペッパーは震え上がった。

トニーは黙ってテレビを見ていた。
右腕を失ったこと、そして今は義手になったこと…それは別に発覚してもよかった。隠しておくつもりもなかった。
だが、マスコミは私有地に不法侵入し、妻と娘の姿を撮影したのだ。それは許されることではない。
モーガンには自由に、そして普通の子供と同じように生きて欲しいと、これまで一度も敢えて娘のことは公表していなかったのに…。
きっとこれからはモーガンも追いかけ回される…。
子供時代からマスコミに追いかけ回され、あることないこと報道される辛さを、トニー自身が一番分かっていた…。だからこそ、トニーはモーガンをマスコミの前に連れて出なかったのだ。

「F.R.I.D.A.Y.、消してくれ」
テレビを消したトニーは、携帯を取り出した。
「警備を強化する」
妻に向かってそう告げたトニーは、ハッピーに連絡を取り始めた。

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I love you 3000… Ⅱ⑲父の日

日曜日。
「…パパ……パパ!おきて!おきて!!」
せっかくの日曜に…と、トニーが眠い目を擦ると、モーガンが身体の上に跨って、ペシペシと頬を叩いているではないか。
「…モーグーナ……。今日は日曜日だぞ?もう少し寝かせてくれ…」
昨夜はローディがアーマーの整備に来たため、久しぶりに2人で遅くまで飲み明かしていたのだ。だからハッキリ言って眠いし、若干二日酔い気味なのだ。
が、頬を膨らませたモーガンは、まるでペッパーのように口を尖らせるのだから、大欠伸をしたトニーは渋々起き上がると、左腕で娘を抱きしめた。
「パパ!はやく!はやく!アイアンマンの手もつけてよ!」
どうして娘はそんなに急いでいるのだろう。理由がさっぱり分からないトニーは、首を傾げながらバスルームへ向かった。
シャワーを浴び、歯を磨き、ヒゲを整えたトニーが寝室に戻ってくると、ベッドの上には真っ赤な薔薇の花束と洋服と靴が置かれていた。そして、ベッドサイドのテーブルには朝食とコーヒーも。
『パパ、父の日おめでとう!』
モーガンの字で書かれたメモを見たトニーは、今日が父の日であることをようやく思い出した。
去年の今頃は、病院のベッドの上で痛みと戦っていた。あれからもう1年経つのか…と、目を潤ませたトニーは、義手を付けると用意された洋服に着替えた。そして朝食を食べると、空になった皿を持ち、リビングへ向かった。

リビングではペッパーがモーガンと何やらコソコソ話をしていた。そしてハッピーがソファでくつろいでいた。
「おはよう、ハニー」
トニーに気づき立ち上がったペッパーにキスをしたトニーだが、ペッパーが真新しいワンピースに身を包み、オシャレをしていることに気づいた。
「どうしたんだ?粧し込んで…」
「実はね…」
ペッパーはモーガンに目配らせした。するとモーガンは、ソファの上に立ち上がった。
「パパ、きょうはね、父の日だから、ママとデートしてきて!あたしとママからのプレゼントよ!」

確かに最近は2人きりで出掛けることなど滅多にない。それは、モーガンを含め家族3人で出掛けることが当たり前になっているから。娘がいないと物足りなさを感じるようになったから。だが時折、昔のように2人きりでゆっくりしたい…そう思うことは確かにあった。まさかそれを娘に見抜かれているなんて…と苦笑したトニーだが、娘からの嬉しいプレゼントをありがたく頂戴することにした。

トニーの運転する車で2人は早速デートに出掛けた。
「何処に行く?」
「ハンプトンまで行きましょ?実はね、ランチを予約してるの」
ハンプトンまでは2時間程。ドライブにはピッタリだ。
「モーガンが言い出したのよ。パパはママとデートしたいって思ってるから、それをプレゼントにしようって」
「すっかり見透かされてるな」
苦笑した2人は、顔を見合わせると笑い声を上げた。
「でも…2人で遠出するのって、久しぶりよね…」
甘えたように肩にもたれかかってきたペッパーに、信号待ちの隙にトニーは素早くキスをした。

2人きりのドライブを楽しんでいると、恋人だった頃に戻った気分になってきた。
ハンプトンに到着すると、早速ペッパーが予約していた店に向かい、ランチを楽しんだ。そして食べ終えた2人は、街中を歩き始めた。
途中、何軒か店に入り、洋服や靴などを購入した。が、どうしても子供の物に目がいってしまう。自分たちの物も購入した2人だが、車へ戻る頃には、トニーの両手はモーガンへの洋服やおもちゃを入れた袋でいっぱいになっていた。

***
モーガンを寝かしつけたトニーが寝室へ戻ってくると、ペッパーはベッドに座りお腹を撫でていた。
「大丈夫か?」
「えぇ。この子が暴れまわってるから、落ち着いてって言い聞かせていたの」
苦笑するペッパーの隣に座ったトニーが妻のお腹に触れると、息子は勢いよくトニーの掌を蹴り飛ばした。
「誰に似たのか元気すぎる奴だな」
「あなた以外の誰に似てるのよ」
クスクス笑い始めたペッパーに、トニーは肩を竦めたが、ふと父親のことを思い出した。
「1年前、1970年にタイムスリップした時、親父に会ったと話しただろ?」
「えぇ」
その話は聞いていた。詳細は聞いていないが、タイムスリップした先で、トニーはハワードと偶然出会い、話をしたということは聞いていた。
「あの時、名前を聞かれて咄嗟に名乗った。ハワード・ポッツだと」
「ポッツ?」
「あぁ。ポッツだ。響きが好きなんだ。知らなかったのか?ポッツくん?」
自分の旧姓を…いや、ビジネス上では今でも『ペッパー・ポッツ』と名乗っているが…トニーが咄嗟に名乗った…。些細なことだが、ペッパーは嬉しくてたまらなかった。
嬉しそうに笑みを浮かべた妻の腰にトニーは手を回した。
「それから、母がエルモンゾと名付けたがっていたことを初めて知った」
「あら、じゃあ、もしかしたら、あなたはエルモンゾ・スタークだったの?」
わざとらしく目を丸くしたペッパーに、トニーは顔を顰めてみせた。
「アンソニーより最悪な名前だ」

昔は『アンソニー・エドワード』という名前も好きではなかった。父親の…ハワードのミドルネームを継いだことがその原因の一つだったのだが、リアクターを通して父親の想いに触れ、そして自分も親になり余計に父親の気持ちが分かるようになった今では、昔ほど嫌ではなくなっていた。

「あの時の親父は、父親になる前の…正確には、父親になる1ヶ月前の親父だった。だか…父に直接言えた。感謝の気持ちを…。愛しているとは言えなかったが…。抱きしめることも出来た…。いがみ合ってたことも、いい思い出だと伝えることもできた。あの時、とっさの判断で1970年に向かい、偶然親父と出くわしてしまったが…本当に良かった…」
トニーはふぅと息を吐くとペッパーを見つめた。そして右の義手でお腹に触れた。
「だからな、ペッパー…この子を……」
感情が高ぶったトニーは言葉を切った。が、夫の想いが伝わったペッパーは、彼の右手に自分の手を重ねた。
「そうね、お父様の名前、頂きましょ?」
美しい笑みを浮かべたペッパーに、トニーも嬉しそうに笑った。

こうして2人は、息子のミドルネームにハワードの名前を貰うことにした。

⑳へ…

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