『トニー・スタークが会見を開く!』
トニーが会見を開いたのは、ペッパーと婚約したという発表以来だった。そのため、何年ぶりかの会見に大勢のマスコミが押し寄せ、SIの会見室は人で溢れかえっていた。
暫くすると勢いよくドアが開き、怒り露わにトニー・スタークが入ってきた。そしてバンっと持っていたファイルを叩きつけるように置くと、マスコミを見渡した。
「質問は一切なしだ。声明文だけを発表することも考えたが、それでは君たちが満足しないだろうと思い、会見を開くことにした。最初に言っておくが…娘の件では私は相当腹を立てている。だから、気の利いたジョークは一切言わない」
恐ろしいほど怒りに満ちた瞳をしたトニーに、その場はシーンとなった。何故なら、こんなトニー・スタークは初めてだったから…。
会場を見渡したトニーは口を開いた。
「今回、会見を開いたのは、主に娘のことだ。君たちは娘の写真を撮影した。社名は伏せておくが、とある社は違法に入手し、我々が抗議したにも関わらず掲載した。彼らは私有地に不法侵入し、娘の写真を撮るために、娘を危険に晒した。一歩間違えば、娘は命を落としていた。人として許されることではない。やってはいけない境界線を、彼らは超えてしまった。今回ばかりは許せない。今、弁護士を通して対応させている。私のことを追いかけ回すのはいい。だが、妻と娘を追い回すのは止めろ。特に娘はまだ幼い。今回のことで、娘は傷ついている。怯えている。もし、また娘を傷つけるようなことをしてみろ。絶対に許さないからな」
一呼吸置いたトニーは、まだ静まり返っている会場をもう一度見渡した。
「それから…この場を借りて私自身のことも話しておく。1年前に妻が声明を出したと思うが、私は戦いで瀕死の重傷を負った。そして…右腕を失った。君たちは私が右腕を失った姿を見たいんだろ?見たければ見せてやる」
そう言うとトニーはジャケットを脱いだ。ジャケットの下はTシャツで、右手の義手がはっきりと見えた。
「好きなだけ撮影でも何でもしろ」
トニーの声に、マスコミは慌ててカメラを向けた。一斉にたかれたフラッシュで部屋は眩いばかりの光に包まれた。
数分間彼らの好きなようにさせたトニーは、咳払いをすると再びジャケットを羽織った。
「右腕を失ったが、私は幸いにも生き延びることができた。だから私は今、こうやってここで話をしている。妻と娘と共にまた人生を歩んでいる。1年前の戦いで、私は死んでいてもおかしくなかった。だが、皆の支えで、生きている。家族や友人のそばにいる…それだけで幸せなんだ。先日の報道で、君たちは右腕を失った私を可哀想だとか気の毒だと書いていた。可哀想だと?気の毒だと?私のように…いや、私以上に戦っている人間は、世界中に大勢いる。可哀想なんかじゃない。少なくとも私は、今この瞬間、生きているだけで充分幸せなんだ」
会場が騒めき始めた。1年前、NY郊外のアベンジャーズの基地で起こった戦いで、アイアンマンが瀕死の重傷を負ったこと、そして一時は死亡説まで流れていたことは周知の事実だ。戦いの直後、彼の妻であるペッパー・スタークが、SI経由でトニー・スタークは大怪我を負い療養中であると声明を出した。そして数ヶ月後、退院し静養中であると再び声明を出したのだが、彼が右腕を失ったことには一言も触れられていなかった。
「どうして隠していたんですか!」
何処からともなく聞こえた声に、トニーは眉を吊り上げた。
「別に隠していた訳ではない。私のプライベートなことだから、敢えて公表しなかっただけだ。君は足を骨折したら、わざわざそれを世間に公表するか?しないだろ?だから私もしなかった。これは私の『腕』だ。娘の言葉を借りると『アイアンマンの魔法の手』だ。私の一部だ。見た目が少しばかり変わった…いや、いつもアーマーを装着しているように見える。ただそれだけだ」
ふぅと深呼吸をしたトニーは、少しだけ笑みを浮かべた。
「私はアイアンマンだ。それはこれからも永遠に変わらないことだ。だが、1年前、とある人に言われた。私の人生に尤も影響を与えてくれた人に…。大義のために個人の幸せを諦める必要はない…と。その後、私は死に直面したが生還できた…。だからこそ、その言葉に素直に従うことにした。これからは、私自身の…そして家族の幸せを優先しようと…。つまり、これから私は、アイアンマンとしてではなく、トニー・スタークとして生きていく…。夫として、父親として…一人の男として生きていくと決めた…」
つまりトニー・スタークは、アイアンマンを引退する…。彼がアイアンマンになることは…アイアンマンがヒーローとして活躍する姿を見ることは…もう二度とないのだ…。
しんと静まり返った部屋を見渡したトニーは「以上だ」と告げると、足早に部屋を後にしようとした。
と、誰かが拍手を始めた。拍手は次第に広がっていき、足を止めたトニーが振り返ると、会場中の人々が立ち上がり自分に向かって拍手をしているではないか。
「アイアンマン!今までありがとう!」
「本当にお疲れ様でした!」
「あなたは本当のヒーローです!」
「これからも、ずっとアイアンマンはヒーローですよ!」
誰もが惜しげも無く拍手と感謝の言葉をトニーに送っていた。中には涙を流している者もいる。
トニーは目頭が熱くなってきた。
今までは、非難されることの方が多かった。ヒーロー活動の代償を押し付けられ、責任を取れと言われることも多々あった。
だが今は…誰も非難する者はいなかった。感謝とそして別れを惜しむように、人々は涙してくれているのだから…。
トニーの心はすっと軽くなった。ヒーローとしての世間に対する責任や重圧…そういうものが全て消え去ったのだから…。
何度か瞬きをしたトニーは笑みを浮かべると、手を振り部屋を後にした。
トニーの会見をペッパーはモーガンとハッピーと共に別室で見ていた。
モーガンは食い入るように父親の姿を見ていた。幼いながらに彼女は分かっていた。父親は自分のことを守ろうと必死なのだということが…。嬉しかった。そしていつも自分と母親のことを守ってくれる父親の存在の大きさを改めて実感した。
「ママ…。パパ、カッコいいね…。パパはあたしのこといじめたわるいひとをやっつけてくれたんだよ?だからあたしもまけないよ。あたしもいじわるなひとにまけない…」
そう言ったモーガンだが、人々が立ち上がり父親を賞賛する姿を見ると、小さな涙を零した。
泣き出した娘の涙をペッパーは拭ったが、顔を上げたモーガンは母親も泣いていることに気づいた。
「パパはヒーローだね…。あたしのヒーロー…。せかいでいちばんカッコイイヒーロー…。みんな、パパが…アイアンマンがだいすきなんだね。よかったね、パパ…」
「そうね…。ママにとっても…パパは世界で一番のヒーローよ…」
引退宣言をするという話は、昨晩トニーから聞いていたペッパーだが、正直な話、メディアがどう受け止めるのかという不安もあった。が、誰もが皆、温かく受け入れてくれた。そして最上級の称賛と共にトニーを送り出してきてくれた。
その知名度から一人非難の的になりがちだったトニーが、ずっと責任や義務に囚われ苦しんできたこと、悩み眠れない日々を過ごしたこと、何度も命を懸けてきたことを思い出した。が、トニーのやってきたことは正しかったし、誰もが好意的に受け止めてくれたということが、ペッパーは嬉しくてたまらなかった。
と、部屋の外から拍手と歓声が聞こえてきた。トニーの笑い声も聞こえてきた。そして誰か顔見知りでもいたのか、トニーが冗談を言っているのも聞こえた。
ガチャっと音がし、ドアが開いた。
笑いながら入ってきたトニーを、ペッパーとモーガン、そしてハッピーは立ち上がって出迎えた。
「どうしたんだ?改まって…」
目に涙を浮かべながらも笑顔の3人に、トニーは目をパチクリさせた。
ペッパーがモーガンの背中を押した。するとモーガンは、トニーのそばにやって来ると、後ろ手に隠していた物を渡した。
「パパ、アイアンマンのおしごと、ごくろうさまでした」
それは、赤と黄色の花で作られたブーケだった。
「モーガン…」
跪き花束を受け取ったトニーは、娘を抱きしめた。そして立ち上がると、そばにやってきたペッパーにキスをした。
「トニー…15年間…お疲れ様でした」
ひまわりの花束をトニーに渡したペッパーは、夫に抱きつくと静かに涙を零した。
ペッパーをギュッと抱きしめたトニーは、この15年の出来事を…そしてどんな時でもペッパーがそばで支えてくれていたことを思い返した。
彼女の涙を拭ったトニーは、足元にいる娘を左腕で抱き上げると、右腕でペッパーを抱きしめた。
「ハニー…15年間、ずっと支えてくれてありがとう…。これからも、よろしく頼むよ…」
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