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Iron wedding.

「ハニー、誕生日おめでとう」
目覚めのキスと共に甘い言葉を贈られたペッパーは、くすぐったそうに笑い声を上げた。シーツごと妻を抱きしめたトニーは、顔中にキスをすると、唇にもキスをした。
「それから、結婚記念日おめでとう…だな」
昨晩彼の胸元に付けた告げた赤い印を指でなぞったペッパーは、ふふっと嬉しそうに微笑んだ。
「おめでとう、ダーリン」

ローディは、モーガンを預かるから泊まりがけのデートでもしてこいと言ってくれたが、娘と離れるのは…と、結局家でゆっくり過ごすことにした。
ママの誕生日とパパとママの記念日だと、モーガンはティーパーティーを開いてくれた。湖のそばにセッティングされた小さなテーブルと椅子には、庭に咲いた花やモーガンの作った装飾が飾られており、ジェラルドも首にりぼんをぐるぐる巻きにされていた。
「パパとママはすわっててね!」
小さな椅子に無理矢理座った2人が待っていると、大きな籠を抱えたモーガンが家の中から出てきた。籠は小さなモーガンには大きすぎるようで、彼女は真っ赤な顔をして懸命に運んでいるではないか。手伝わなければと思わず立ち上がったトニーだが、父親に気づいたモーガンは叫んだ。
「パパ、だいじょうぶだから!あたしにまかせて!」
そう言われても、転倒しないか心配で堪らない。チラリとペッパーを見ると、彼女は大丈夫よというように笑顔で頷いたのだから、トニーは渋々椅子に座らざるを得なかった。
最後は籠を引き摺るように持ってやって来たモーガンは、中から取り出した物を小さなテーブルの上に並べ始めた。ランチョンマットを3枚並べ、コップを置いた。プラスティックのアイアンマンの柄のコップはトニーの前に、ディズニープリンセスの柄のコップはペッパーと自分の前に置いた。そしてオレンジジュースをなみなみと3つのコップに注ぐと、最後にお皿の上に様々なお菓子を並べた。
「じゅんびできたよ!」
そう告げると、モーガンは両親の間の席に腰を下ろした。そして母親に向かって笑みを浮かべた。
「ママ、おたんじょうびおめでと!それからパパとママ…きねんび……えっと…………」
何日も前から、何の記念日か父親に教えてもらっていたのに、肝心な時に忘れてしまった。うんうん唸りながら頭を捻っている娘に、トニーは耳元で囁いた。
「結婚記念日だ」
アッ!と声を出したモーガンは、こほんと咳払いをすると、
「けっこんきねんび、おめでと!」
と、手を叩いた。

誕生日と結婚6年目の記念に、トニーはペッパーに淡水パールのネックレスとピアスを贈った。
「明日のパーティーに、付けて行くわね」
明日は会社主催のペッパーの誕生日パーティーが開催される。
「どのドレスにするんだ?」
「この間買った、CHANELのドレスよ」
そのドレスは先日一緒に買いに行った。新作だと勧められ、試着してみると最高に似合っていたので購入したが、背中はかなり露出度が高めだったことをトニーは思い出した。

ペッパーからの結婚記念日のプレゼントは、鉄婚式に相応しいものだった。それは、アイアンマンとレスキューのオリジナルフィギュア。そして2人の足元にはレスキューのヘルメットを被った女の子のフィギュアも…。
世界に一つだけのオリジナルフィギュアに、トニーは大喜びだ。
家族写真が沢山飾ってあるサイドボードにフィギュアを置いたトニーは、昼間のティーパーティーの時に写した家族写真を真新しいフレームに入れると、並べて飾った。
「また一つ、思い出が増えたな」
ペッパーの隣に腰を下ろしたトニーは、妻の肩を抱き寄せた。
「そうね」
ふふっと笑ったペッパーは、トニーの頬にキスをすると、右腕の義手に指を滑らせた。
1年前の記念日、トニーはアーマーをプレゼントしてくれた。その数日後、まさかあんな事態が起こるとは、思いもしなかったが…。あの時、トニーがあのまま命を落としていたら、もう二度とこうやって思い出を増やすことができなかった。それがこれからも2人で過ごすことができるのだから、それだけでも今年は最高のプレゼントだ。
するとトニーも同じことを考えていたようで、
「君の誕生日と結婚記念日、これからもずっと祝えるなんて、幸せだな…」
と笑みを浮かべた。

ーーー

ベッドにうつ伏せになったペッパーの背中に唇を這わせたトニーは、音を立てて赤い印を次々と刻みつけた。先程からトニーは背中にばかりキスをしている。そんなことをすれば、背中がどうなるか分かりそうなものなのに…。
「トニーったら…。ドレスが着られなくなるわ」
念のため注意すると、トニーはふんっと鼻を鳴らした。
「知ってる。わざとやってるんだ」
ペッパーは眉を顰めた。
「あのドレス、あなたがいいって言ったんじゃないの」
頬を膨らませたペッパーだが、理由は分かっている。トニーは人前であのドレスを着て欲しくないのだ。が、トニーは黙ったままキスを続けている。溜息をついたペッパーは、
「あなたが嫌なら、別のドレスにするわ」
と告げてみたが、キスを止めたトニーが顔を上げた。
「そんなに束縛する夫じゃないぞ?」
「でも、顔に書いてあるわよ。あのドレスは着られないようにしてやるって」
ペッパーはクスクス笑い声を上げた。
いつまで経っても子供じみたところのあるトニーだが、そんなところもペッパーの愛する彼の一面だ。それに、自分にだからこそ見せてくれている面だろうから、いつまで変わらないでいて欲しいと、ペッパーは密かに思っているのだが…。
が、そんなことを言えば、ますますむきになるのは目に見えている。そこでペッパーは譲歩しつつ、夫の機嫌を良くするという方法を取ることにした。
「もう一枚候補があるの。あのドレスは、あなたとデートする時までとっておくわね。だから…」
まだ不機嫌そうに眉間に皺を寄せているトニーににじり寄ったペッパーは、耳元で囁いた。
「あなただけのものだという印を…身体中に刻み込んで…」
仕上げに耳たぶを甘噛みすると、トニーは真っ赤な顔をしてブルっと身体を震わせた。が、こほんと咳払いをすると、わざとポーカーフェイスを装った。
「仕方ない。愛する妻のためだ。しかも結婚記念日だしな」
先程までとは打って変わり、ニコニコ笑みを浮かべたトニーは、ペッパーをベッドに押し倒した。そして頬を掴むとキスをした。唇を割り、トニーの舌が入り込んできた。ペッパーも彼の舌に絡めながら頭に手を添えると、後ろ毛を掴んだ。暫くお互いの唇を堪能していたが、トニーは唇を離すと、今度は首筋から胸元にかけてキスをし始めた。何度も赤い印を刻みつけるようにキスを繰り返しながら、トニーの唇はどんどん下に降りていく。立ち上がった乳首をしゃぶると、胸を手で揉みながら、今度は臍周りにキスをした。柔らかな唇の感触に、ペッパーはブルッと身震いしたが、赤い花を幾つも散らしたトニーは、腰回りを撫でながら、太腿の付け根に唇を這わせ始めた。段々と位置をずらして触れてくるトニーに、ペッパーは思わず声を出した。が、トニーはペッパーの両足を広げると、敏感な部分をペロリと舐めた。
「んんっ!!」
ビクッと身体を震わせたペッパーだが、トニーは執拗に舐め始めた。必死に耐えていたペッパーだが、トニーの愛撫は的確すぎて、すぐに耐えられなくなってきた。そこで甘えるように夫の名を呼ぶと、彼も限界だったようで、そそくさと身体を起こすと、ペッパーの背中に腕を回した。
トニーが入り込んできた。この瞬間がペッパーは好きだ。トニーに初めて抱かれた時からずっと…。
トニーの首元に腕を巻き付けたペッパーが両足で彼の腰を挟みこむと、2人は愛し合い始めた…。

※※※
お化けに追いかけられる夢を見たモーガンは、小さく悲鳴を上げると飛び起きた。キョロキョロと辺りを見渡したが、勿論誰もいない。ベッドの下に落ちてしまったアイアンマンのぬいぐるみを抱きしめた彼女は、もう一度眠ろうと布団の中に潜り込んだ。

ガタッと音がした。
さっきのお化けがお部屋にやって来たのかもしれない。怖くて眠れなくなってしまったモーガンは、パパとママも眠っているから起こしたら可哀想かと思ったが、部屋を出ると、両親の寝室へと向かった。

部屋のドアは閉まっていたが、隙間からは灯りが漏れている。パパとママはまだ起きてるんだと安心したモーガンはドアを開けようとした。が、部屋の中からはギシギシと音がする。それに母親が父親の名前を叫んでいる声も…。
母親が出張で不在の夜は、父親と一緒に眠ることがあるが、その時父親はふざけてベッドの中で自分のことを思いっきりくすぐってくる。今聞こえている母親の声は楽しそうだし、きっとパパはママのことをくすぐって遊んでいるのだと思ったモーガンは、そっと寝室のドアを開けた……。

※※※

2人が同時にクライマックスを迎えようとしたその時……。

「パパ…ママ…」
可愛らしい声に、2人はギョッとして顔を上げた。見ると、ドアの隙間からモーガンがこっそり覗いているではないか。
声にならない悲鳴を上げたペッパーは、トニーにしがみついた。大急ぎでペッパーから抜け出たトニーはシーツを手繰り寄せると、自分たちの身体の上に掛けた。
「も、も、モーガン?!!ど、ど、どうしたの?」
慌てふためく母親に気づいていないのか、目を擦りながら部屋に入ってきたモーガンはベッドに近付いてきた。
「ベッドのしたに、おばけがいるの……」
退治してやりたいが、シーツの下は2人とも真っ裸だ。娘の前では出るに出られない。それなのに、
「…ぱ、パパに退治してもらいましょうね!」
と、ペッパーが甲高い声で叫んだ。どうするつもりだと、思わずペッパーを睨みつけたトニーだが、モーガンはキラキラした瞳で自分を見つめてくるではないか。
「パパ、アイアンマンだもんね!」
嬉しそうに告げる娘に、トニーは嫌と言えなくなった。
「……そうだな……」
どうやってシーツの中から出ればいいんだ…せめてパンツだけでもあれば…と探したが、あいにくパンツはモーガンの足元に転がっている。そうかと言って、シーツを腰に巻けば、今度はペッパーが顕もない姿になってしまう。暫く必死で考えていたトニーだが、名案を思いついたぞと、顔を輝かせた。
「モーガン!パパはアイアンマンに変身するから、目を閉じていてくれ!」 
が、モーガンは首を傾げた。
「どうして?」
「新しいアーマーなんだ。まだ完成していないから、誰にも見られたくないんだ」
よくもまぁ、そんな嘘がペラペラと口から出てくるわね…とペッパーは妙に感心してしまったが、素直な娘は父親の言葉を信じきっており、
「うん!」
と頷くと目をギュッと閉じた。その隙にトニーはベッドから飛び出ると、パンツを拾い有り得ない速さで履いた。そして
「お化けを退治してくるぞ!」
と叫ぶと、部屋を出て行った。急ぎすぎて、パンツの前後ろを逆に履いているとも知らず…。
これで後はトニーが戻ってくるのを待つだけね…と、一安心したペッパーだったが…。
「パパとママとねていい?」
と、無邪気な顔をして娘は恐ろしいことを言い出した。そして母親の返事を待たず、勝手にベッドに登った。
「ま、ま、待って!モーガン!!」
悲鳴を上げたペッパーだが、娘は自分も中に入ろうと、勢いよくシーツを剥いだ。

モーガンは驚いた。何も着ていない母親が、ベッドの上で丸くなっているのだから…。
「ママ…どうしてパジャマ、きてないの?」
怪訝そうに眉を顰めたモーガンは、シーツを握りしめたまま首を傾げている。
一体どうやって説明すればいいのだろう…。トニーなら適当に誤魔化せるだろうが、ペッパーはそういうのはどうも苦手だ。
「え……っと………その…………」
真っ赤になったペッパーはモゴモゴと口籠った。

と、そこへ戻ってきたのはトニー。
ベッドの上には全裸の妻、そしてポカンとしている娘の姿に、トニーは叫びそうになった。が、そこはトニー・スターク。わざとらしく悲鳴を上げた彼は、ベッドに駆け寄った。
「大変だ!!モーガンの部屋にいたお化けが、ママのパジャマを食べてしまったぞ!!」
「え!!おばけが?!」
父親の発言にその場で飛び上がったモーガンは、顔色を変えた。そしてベッドから降りた彼女は、どこにお化けがいるのかと、不安げに父親を見上げた。そんな娘の髪をくしゃっと撫でたトニーは、彼女の耳元でこそこそ囁いた。
「モーガン、お化けはまだこの部屋にいる。パパが退治するから、モーガンは部屋で待っていてくれ」
「うん!」
娘が走って寝室を出て行ったのを確認したトニーは、やれやれと額の汗をぬぐった。そして、床に落ちているパジャマを拾うと、ペッパーに渡した。
急いで身なりを整えた(トニーはパンツを逆に履いていることに気づいていないが…)2人は、顔を見合わせると笑い出した。
ゲラゲラ笑っていると、暫くしてモーガンが戻ってきた。
「パパ?おばけはいなくなった?」
どうして両親が大笑いしているのか分からないモーガンは、不思議そうに2人を見比べた。
「パパがやっつけてくれたわよ」
笑いすぎて目に浮かんだ涙を拭ったペッパーは、娘を手招きした。嬉しそうに駆け寄ってきた娘を抱き上げたトニーは、自分たちの間に彼女を寝かせた。
「お化けもいなくなったし、寝ようか」
「うん!」
両親の手を握ったモーガンは、おやすみなさいと告げると、目を閉じ眠り始めた。
娘の鼻を突き、眠っていることを確認すると、トニーはふぅと息を吐いた。
「うまく誤魔化せたか?」
「パパの言うことは全部正しいって信じているから、大丈夫よ」
クスクス笑ったペッパーは、空いている方の手を伸ばした。その手を握ったトニーは、娘に視線を移した。
「パパの言うことをいつまで信じてくれるかな?」
トニーは優しい瞳で娘を見つめていた。先程までの男としての彼とは違う、父親としてのトニーに、ペッパーは何億回目かの恋をした。
「ずっとよ。大好きなパパのことだから…」
微笑んだペッパーは繋がれた手をギュッと握りしめた。するとトニーはペッパーを見つめた。蕩けるような笑みを浮かべた彼は、幸せそうに笑っていた。
ペッパーは祈った。5年先も10年先も永遠に、こうやって手を繋いで歩いていられますように…と…。

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She’ your daughter.

日曜日はいつも遅くまで寝ているトニーだが、今日は珍しく早く目が覚めてしまった。大欠伸をしながら起き上がったトニーは、シャワーを浴び、髭を整え、服を着替えると、寝室を出ようとしたのだが……。

「……」
何故かドアが開かない。ガチャガチャとドアノブを捻るが、ドアがピクリとも動かないではないか。鍵が掛かっているのかと開けてみたが、やっぱりドアは開かない。ちなみに、妻の姿は寝室にないのだから、彼女はこのドアを開けて寝室を出たということだろう。
以前の家ならば、A.I.に家全体の管理をさせていたので、こういう事態になってもどうにかなっていた。が、残念ながらこの家には、そういうシステムを組み込んでいないため、A.I.に頼ることはできない。

「おーーい!」
ドア越しに叫んでみたが、2階の奥にある寝室からは階下に声は届かないようで、妻と娘の声は聞こえない。
やれやれと頭を振ったトニーは状況を把握しようと、鍵穴から部屋の外を覗いてみた。するとドアの前に椅子や箱が置いてあるではないか。
「…何だこれは…」
トニーはギョッとしたように目を見開いた。誰の仕業か知らないが、誰かが自分を寝室に閉じ込めたのだ。
「一体、誰の仕業だ?!」
足を踏み鳴らしたトニーは、ため息をついた。セットしたばかりの髪の毛を掻きむしった彼は、部屋の中をウロウロしながら、脱出方法を考え始めた。

窓から脱出しようか…。が、ここは2階だし、下手をすれば転落して、怪我をするのは目に見えている。
それならば、ペッパーに電話して助けてもらおう…。と思ったが、昨夜はリビングで妻といい雰囲気になり、そのまま寝室に上がってきたので、携帯電話は1階に置きっぱなしだ。
こういう時こそアーマーの出番だ!…と言いたいところだが、サノスとの戦いから半年。ヒーロー業から引退して半年、リアクターはアーマーと共にラボの展示ケースに収納しており、手元にない。

こうなったら、義手にリパルサー機能の1つや2つ、付けていればよかったと、右腕に目にやったトニーは、もう何度目かの溜息をついた。

「仕方ないな…。待つしかないか…」
ベッドに横になったトニーは、暇潰しにと天井の木目を数え始めたのだが…。

そもそも、どうして部屋のドアが封鎖されているのだろうか…。余程自分を寝室から出したくないのだろうが、ペッパーとモーガンがそんなことをするはずはない。となると、妻と娘以外の第三者が、自分を閉じ込めておくためにしたのだろう。それはつまり……。

最悪の事態がトニーの頭をよぎった。
『誰かが家に侵入し、2人は監禁されている』。
そう考えると、自分がこの部屋に閉じ込められているのも納得できる。なぜなら、引退したとはいえ、トニー・スタークはアイアンマンだからだ。

真っ青になったトニーは、ベッドから飛び起きると、ドアにへばりついた。そして階下の様子を少しでも探ろうと、聞き耳を立てたのだが…。

「キャー!」
階下からペッパーの悲鳴が聞こえると同時に、パンっ!という破裂音が聞こえ、トニーは飛び上がった。
「大変だ!!!」
妻の悲鳴と破裂音…。これは犯人が発砲したに違いない。
どうにかして寝室から脱出し、妻と娘を救出しなければ…と、トニーは窓際に走った。
このまま飛び降りれば足を骨折して、犯人と戦うどころではないだろう。ロープの代わりになる物はないだろうかと、キョロキョロと寝室を見渡したトニーは、ベッドのシーツを剥いだ。確か昨日新調したばかりだと妻が言っていた気がするが、そんな悠長なことを言っている場合ではない。シーツを引き裂いたトニーは、それをロープのように結んだ。が、長さが足りない。そこでカーテンも破り裂いたトニーは、シーツに結びつけ、ベッドの支柱に括り付けた。そして窓を全開にすると地面に向かってそれを垂らした。これなら怪我することなく外に出ることができそうだと頷いたトニーは、今度は何か武器になるような物はないかと部屋を探し始めた。が、ここは寝室。武器になりそうな物と言ってもバスルームにある剃刀くらいしかない。それでも何かないかとベッドの下を覗き込んだトニーは、円盤のような物があることに気づき、手を伸ばした。それはキャプテン・アメリカの盾のおもちゃ…モーガンが今よりも幼い頃に使っていたおもちゃだった。
「…何もないよりはマシか…」
首を振ったトニーは、おもちゃの盾を背負うと、シーツのロープを伝い窓からゆっくりと降り始めた…。

外から何かが崩れる大きな音と悲鳴が聞こえ、キッチンにいたペッパーとモーガンは飛び上がった。顔を見合わせた母と娘は、その悲鳴がトニーのものだと気づくと、外に飛び出た。
すると、崩れた薪の山の中に、何故かキャプテン・アメリカのおもちゃの盾を背負っているトニーが倒れているではないか。
「と、トニー?!」
「パパ!!」
慌てて駆け寄ったペッパーはトニーを抱き起こした。一体何が起こったのだろうか。どうしてトニーはこんな所に倒れているのだろうか…。
と、ペッパーは気づいた。トニーはシーツとカーテンを括り付けた物を握りしめていることに…。そしてそれはちぎれており、残りの物は2階の自分たちの寝室の窓から垂れ下がっている。つまりトニーは、部屋のドアからではなく、2階の窓から寝室を出ようとしたが、途中でシーツがちぎれてしまい、積み上げていた薪の上に転落したということだろう。
一体どうしてトニーがそんなことをしようとしたのか見当もつかないペッパーは、彼の突拍子もない行動に、頭を抱え込んでしまった。が、トニーは転落した時に頭をぶつけたようで、気を失っている。

「モーガン、F.R.I.D.A.Y.に救急車を呼ぶように言ってくれる?」
泣き出しそうな顔で父親の手を握りしめている娘にそう告げると、黙って頷いた彼女は、家の中に走って行った。

トニーは病院に担ぎ込まれた。軽い脳震盪を起こしており、左足首を捻挫しているが、他は特に異常はなく、夕方には退院できると告げられたペッパーは、安心したように息を吐いた。
「どうしてパパは、窓から出ようとしたのかしらね?」
溜息を付いたペッパーは傍にいる娘が暗い顔をしているのに気づくと、彼女にそう尋ねた。すると、それまで黙っていたモーガンがグズグズと泣き始めたではないか。
「モーガン、どうしたの?」
するとモーガンは大粒の涙を零しながら母親を見上げると、蚊の鳴くような声で告げた。
「ごめんなさい…」
何故、娘は謝っているのだろうか。見当もつかないペッパーは目をパチクリさせており、そんな母親をチラチラ見上げながら、モーガンは話し始めた……。

今日はパパの誕生日。
パパはサプライズが大好きだから、ママとパーティーの用意をしていることは、パパには絶対に秘密にしておきたかった。だから、部屋にパパを閉じ込めておこう…。

泣きながらそう告白した娘に、ペッパーは呆気に取られてしまった。が、チラリとトニーに視線を送ったペッパーは、(あなたの娘ね……)と心の中で呟くと、まだ泣いている娘の頭を撫でた。
「パパが目を覚ましたら、ちゃんと謝るのよ。それから、お家に帰ったら、パパのお誕生日パーティーをしましょうね」
小さく頷いたモーガンは顔をあげると、上目遣いで母親を見つめた。その仕草はトニーそっくりで、ペッパーは思わず笑みを浮かべた。
「それにしても、あなたは本当にパパそっくりね」
すると、何度か瞬きしたモーガンは、パッと笑みを浮かべると大きく頷いた。
「うん!だって、あたし、パパだいすきだから!あた
しね、おおきくなったら、パパみたいになるの!」
するとトニーが口元に笑みを浮かべた。が、彼は目を開けようとしないのだから、このまま寝たふりをするつもりだと気づいたペッパーは、もっと彼を喜ばせようと、娘に尋ねた。
「モーガンはパパのどんなところが好きなの?」
するとモーガンは、唇を尖らせて少しの間考えていたが、指折り数え始めた。
「えっとねぇ……、パパはなんでもつくってくれるし、あたしといっぱいあそんでくれるし…。ほんもよんでくれるし、たのしいおはなしをいっぱいしてくれるの。パパはおこるとこわいけど、いつもやさしいしおもしろいし。あたしのこともママのこともだいすきだし…」
と、何か思い出したのか、モーガンは言葉を詰まらせた。何度か瞬きしたモーガンはまだ目をつぶっている父親の手にそっと触れた。
「パパ、いっぱいけがしちゃったけど、パパがおうちにかえってきてくれて、あたし、うれしかったよ。パパとバイバイしなくてよかったよ。パパはね、アイアンマンだけど、あたしのパパだから。あたしのヒーローだから。だからあたし、パパみたいになりたいの。おおきくなったら、パパみたいにカッコよくなりたいの。それでね、パパのおよめちゃんになるのよ!」
声高々と宣言したモーガンは、可愛らしい娘の言葉に笑みを浮かべている母親に尋ねた。
「ママはパパのどんなところがすきなの?」
突然話を振られたペッパーは、
「そうねぇ…」
と呟くと、思い出していた。トニーと出会い、秘書として彼のそばにずっといた頃のことを…。恋人になり、結婚し、娘を授かったことを…。そして半年前、彼を永遠に失いかけたことを…。
「パパと初めて会った時、ママはね、パパのことをわがままだし、子供みたいな人だと思ったわ。でも、パパの目はとっても力強くて綺麗だったの。だからこの人となら、きっと上手くやっていけるって思ったの。それからママはパパと沢山のことを乗り越えてきた。色んなことがあったわ。喧嘩もした。楽しいことも辛いことも沢山あったわ。パパがアイアンマンになってからは、悲しいことも沢山あったわ。パパが怪我をして帰ってくるたびに、ママはいつかパパを失うんじゃないかって怖かった。だけどね、パパはいつも自分に正直だったわ。自分が傷ついても、正しいと思うことをやめないという信念があった。それから、パパはいつだってママのことを守ってくれた。ママのことを誰よりも信頼してくれたの。だからママも決めたの。パパのことを支えようって。パパが安心して正しいことができるように、ママがずっとパパのことを支えようって…。だって、ママがパパのことを…本当のトニーのことを誰よりも知っているんだから…」
話が逸れてしまったが、娘は真剣に耳を傾けてくれているようで、神妙な顔をして聞いている。
「だからね、パパの…トニーの好きなところは…いいえ、愛しているのは……、全部よ」
すると顔を輝かせたモーガンは、父親から手を離すと母親に抱きついた。
「パパ、ママのことせかいでいちばんあいしてるもんね!」

妻と娘の会話を聞きながら、トニーはこぼれそうな涙を必死で抑えていた。
実は、ペッパーとモーガンが病室へ入ってきた時から目を覚ましていたので、2人の話は初めから聞いていた。だから勿論、今回の一件がモーガンの仕業であることも…。
妻と娘の言葉は、面と向かって言われれば泣いて喜びたいような言葉だ。本当なら2人を抱きしめ顔中にキスをしているはずなのに…。
が、完全に起きるタイミングを逃してしまった。
自分の話で盛り上がっている妻と娘の声を聞きながら、トニーはそれから小一時間、起きるタイミングを見計らっていたとか…。

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That Day

2023年5月29日。
大好きなパパの誕生日は、ママがケーキを焼いてくれた。モーガンはパパのために手紙とパパの似顔絵を描いた。モーガンとママが歌を歌い、パパは蝋燭を吹き消した。
パパは嬉しそうだった。
だけど、パパはいつもどこか辛そうで悲しそうでもあった。そしてパパはどこか遠くに行ってしまいそうに見えた。
モーガンには、その理由が分からなかった。だからモーガンはパパに言った。
「パパ、ずっといっしょよ」
するとパパは悲しそうに笑みを浮かべた。
「ああ、パパはずっとモーガンのそばにいるよ…」

パパがいなくなって半年経った2024年5月29日。
パパはもういないけど、今日はパパの誕生日だから…と、モーガンはママと一緒にケーキを作った。そしてパパの写真の前に手紙と何日もかけて描いたパパの絵を置くと、2人で歌を歌った。モーガンはパパの代わりに蝋燭を吹き消した。目を閉じ何やら祈っている娘にペッパーは尋ねた。
「何をお願いしたの、モーガン?」
するとモーガンはパパの写真を手に取ると抱きしめた。
「パパがね、あたしとママのそばにずーーっといてくれますようにって。それからね、パパに3000かいあいしてるよっていったの」
するとママは…ペッパーは小さな涙を溢すと、必死に笑顔を作った。
「そうね、きっとトニーは…パパは、ずっとモーガンのそばにいてくれるわよ」

それから数年、5月29日には、モーガンはママと一緒に必ずパパの誕生日を祝った。

だが、あの日から10年経った2033年の5月29日は違った。
『パパは私のことよりも世界の平和の方が大切だった』
モーガンがそう思ったきっかけは、10年前の戦いを振り返る特別番組を見たことだった。そこでは、アイアンマンことトニー・スタークは、世界を守るためなら命を捨てることすら躊躇しなかったと、専門家が口を揃えて言っていたのだ。他人の言うことなど信じてはならないと分かっている。だが…。
『パパはモーガンのことを守りたかったから、命をかけたのよ』
常々母親から言われていた言葉が信じられなくなってきた。というのも、幼い頃に父親と別れたモーガンには、ハッキリとした父親の記憶がなかったからだ。

何となく許せなくなった。父親が何も言わずにこの世を去ったことが…。何も言わずに自分の目の前からいなくなってしまったことが…。
母親に告げると、母親は泣きながらモーガンに言った。
「パパは最期まであなたのことを考えていたのよ。愛していたわ。あなたはパパの世界一大切な宝物だったんだから…」
だが、モーガンは母親の言葉を信じることができなかった。
母親がいつものようにケーキを作っているのも知っていたが、モーガンは友達と約束があると出掛けてしまった。母親が寂しそうな顔をしているのは分かっていたが、モーガンは母親から背を向けると家を飛び出した。

そして、いつしかモーガンは5月29日を『何でもない日』として過ごすようになっていった……。

それから幾年もの月日が流れた。
奇しくも父親同様にMITに進んだモーガンは、実家を出ると一人暮らしを始めた。が、母親のことが心配で頻繁に家には戻ってきていたが、彼女は亡き父のラボには一切入ろうとしなかった。と同時に、父親のことを話さなくなった。
そしてペッパーも、モーガンには極力トニーのことを話さなくなった。そのかわりペッパーは、亡き夫のラボでダミーやユー、そしてF.R.I.D.A.Y.相手にトニーの思い出話をすることが多くなった。

卒業後、モーガンは当然のようにスターク・インダストリーズで働き始めた。
『お父様、そっくりですね』
トニーのことを知っている社員は、口を揃えてそう言った。だが、そう言われてもモーガンは嬉しくも何ともなかった。

数年後。
モーガンは結婚した。相手はヒーローでも何でもない普通の男性だった。だが、母親から言わせると『何かに熱中して周りが見えなくなるのは、トニーそっくり』らしいから、モーガンは知らず知らずのうちに父親に似た男性と恋をしたのかしら…と考えた。
(パパにも紹介したかったな…)
そんなことを思った。何年も父親のことは思い出さないようにしていたし、父親の声も姿もぼんやりとしか思い出せなくなっていたのに、ふと父親のことを思い出したモーガンは慌てて首を振った。
一緒にバージンロードを歩いてくれる父親はいないのだ。子供が産まれても、抱き上げてくれる父親、そして子供の祖父はいないのだ。世界を救うことに夢中だった父親が、自分と母親をおいて死んでしまったから…。

結婚式当日、母親は父親の写真を抱きしめて参列した。パーティーでも父親の席は用意してあった。
父親の親友だったローディおじさんは『トニーが生きていたら、喜んでいただろうな』と涙していたが、モーガンは涙ひとつ流せなかった。

1年後の5月29日。
奇しくも亡き父親の誕生日にモーガンは男の子を出産した。
自分に似た息子は、同時に亡き父親にそっくりだった。元気よく泣く息子を初めて抱きしめた瞬間、モーガンの中で息子は世界一大切な存在になった。そして、同時に思った。命をかけて息子を守りたいと…。

その時、モーガンは、ハッとした。
パパも同じ気持ちだったのだ。
私がこの子を守りたいように、パパも私のことを守りたい一心で命をかけたのだ…。何も言わなかったのではない。パパも本当は私に最期に会いたかったはずなのに…会えなかっただけなのに…。最期に愛してると抱きしめたかったはずなのに、それすら許されず死ななければならなかったパパは、どんなに無念だっただろう…。
ママが言っていたことが本当だったのに…。どうして他人の言うことを信じてしまったのだろう…。いや、どうしてパパの愛を信じることができなかったのだろうか…。

「パパ……」
涙が止まらなかった。何年も許せないと父親のことを思い出そうともしなかったことが、申し訳なく、そして情けなかった。きっと父親はずっとずっとそばにいてくれているのに、何もしてこなかった自分に腹が立った。そして最近しきりに『トニーに会いたい』と言うようになった母親に、何もしていなかったことにも…。
突然泣き始めたモーガンに、付き添っていたモーガンの夫は慌てふためいた。どうして妻は泣きじゃくっているのかと、彼は必死に妻を泣き止ませようとしたが、モーガンは夫の存在など忘れてしまったかのように号泣しているではないか。
するとそれまでぐずぐず泣いていた息子が泣き止んだ。そしてまだよく見えぬであろう瞳でじっと母親を見つめた。
「モーガン…」
夫の声に鼻を盛大に啜ったモーガンは、息子を見つめた。息子の大きな琥珀色の瞳を見た瞬間、モーガンの脳裏にはありし日の父親の姿が浮かびあがった。
ママに黙ってベッドの中でジュースポップを食べた時の悪戯めいた笑みを浮かべたパパ…ママに怒られてしょんぼりしているパパ…眠たいとぐずる私に子守唄を歌ってくれたパパ…愉快な話を楽しそうにしてくれたパパ…。
父親と同じ瞳をした息子を見つめると、今まで思い出せなかった父親との思い出がどっと押し寄せてきた。
(パパ……、パパはこの子の中に生きてるのね…)
愛おしそうに息子の頬を撫でていると、
(モーグーナ…)
父親の声が聞こえた。それもハッキリと…。
パパはそばにいてくれている。だって、パパはずっとそばにいるって約束してくれたから…。

1年後。
今日は5月29日。モーガンの息子の1歳の誕生日だ。
夫は派手に祝いたかったらしいが、家族だけで…それも実家である湖畔の家で祝いたいというモーガンの希望もあり、一家はささやかなパーティーをすることになった。

ケーキはペッパーとモーガンが作ることになり、2人は朝からキッチンに篭っていた。
「ママ、ごめんなさい」
突然謝りだした娘に、ペッパーはどうしたのかと首を傾げた。
「私ね、パパのこと、全然分かってなかった。パパがどれだけ私のことを愛してくれていたか…。それから、命をかけて私を守ってくれたのに、パパのことを許せないって勝手に思ってて…。でもね、あの子が生まれて、やっとパパの気持ちが分かったの。パパは私を守るために命をかけたっていうママの言葉をやっと受け止めることができたの…。だからね、ずっとパパのことを避けててごめんなさい。ママがパパに会いたいって言っていたのに、パパの話を一緒にしなくてごめんなさい…」
頭を下げる娘に、ペッパーは首を振った。そして娘の肩に手を触れるとそっと抱き寄せた。
「トニーの…パパのこと、分かってくれてありがとう、モーガン…。きっとパパも喜んでるわ」
ペッパーが自分よりも大きくなった娘の背中を撫でると、モーガンは母親をギュッと抱きしめた。

暖炉の上から持ってきた写真立てを息子の目の前に置かれたケーキのそばに置いたモーガンは、「まんま」と言いながら手を伸ばしてきた息子の頬にキスをした。すると、トニーの名前をもらい、アンソニー・エドワード・スターク・Jr.と名付けられた息子が写真に手を伸ばした。写真立てには父親の…トニーの写真が入っていた。それを息子の手が届くところに置き直したモーガンは、息子に向かって微笑んだ。
「今日はね、あなたのお誕生日だけど、AJのおじいちゃんもお誕生日なのよ」
首を傾げたAJことアンソニーだが、母親の言葉を理解したのか、彼は嬉しそうに手を叩いた。
「そうよ、おじいちゃん。おじいちゃんはね、とっても立派な人だったの。ママの誇りよ。ママのたった一人のヒーローよ…。今もママのそばにいるから、AJのことも見守ってくれているわよ」
キョロキョロと辺りを見渡したアンソニーが手を伸ばした。すると、アンソニーは何か感じたのか、彼は母親の頭上に向かって可愛らしい笑みを浮かべた。
「あら?もしかしたらトニーもパーティーに参加したいのかしら?」
トニーらしいわねとクスクス笑ったペッパーに、モーガンの夫は
「それなら、お義父さんの席も用意しましょう!」
と、慌てて立ち上がると椅子を取りに向かった。

急に賑やかになった家。パパを失ってからこの家がこんなににぎやかだったことはあっただろうか…。
キョロキョロと辺りを見渡したモーガンは、青白い小さな光が母親の肩辺りで瞬いているのに気付いた。
(パパったら、やっぱりママの方が大切なのね)
母親から離れようとしない小さな光に向かって小さく眉を吊り上げたモーガンは、写真の中の父親に告げた。
「パパ、お誕生日おめでとう。3000回愛してる…」

娘の心からの言葉に、ペッパーがトニーの写真を見つめると、写真の中のトニーは嬉しそうに笑った気がした。

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Day 7 (Friday, August 27):  post-cacw reconciliation fluff

スティーブ・ロジャースからの手紙を思い出したトニーは、溜息を吐いた。
「家族か…」
それを共に築くことの出来そうだった女性は、自分の元から去ってしまった。いや、正確にはまだだ。今は一時的に距離を置いているだけだから…。だが、このままでは別々の道を歩むことになりそうなのは目に見えている。
「あなたのそばにいる自信がないの…。あなたは自分一人で抱え込んで、私に話してくれない…。もう限界なの…。あなたのそばにいて…あなたが傷つくのを黙ってみているのは…」
あの時、泣きながらペッパーは胸の内に秘めていた思いを吐き出した。
『君がそばにいてくれるだけで十分なんだ。君がいるから私は頑張れるんだ』
そう言えばよかったのかもしれない。だが、言うことが出来なかった。今の生き方を始めてからずっと、彼女を傷つけ苦しめていることは、分かっていたから…。その生き方を自分は変えることはできない…つまり、永遠に彼女を苦しめると分かっていたから…。だから彼女が去るのを黙って見送るしかなかった。『行かないでくれ』と叫びたいのをぐっと堪えて…。

帰路に着きながらそんなことを考えていたトニーは、気づけばペッパーの家の前にいた。車のエンジン止め彼女の部屋を見上げると、カーテン越しにシルエットが見えた。ペッパーに会いたくて堪らなかった。もし拒否されたら、黙って立ち去ろう…。いや、もう二度と会わないと彼女に告げよう…。そう覚悟を決めたトニーは、足早に玄関に向かうとチャイムを押した。

シャワーを浴び終えたペッパーは、チャイムが鳴っていることに気づくと、玄関へと急いだ。この家に越してきてから数週間。トニーとの関係次第では、別の地にすぐに引っ越すことになるかもしれないと、ペッパーは引っ越したことを誰にも告げていなかった。それ故に、訪問者といえば宅配業者くらいだが、何かを頼んだ覚えはない。一体誰がやってきたのかとドアを開けると、何とトニーがいた。
「トニー………」
トニーは酷く顔色が悪かった。悲しみと絶望、そして今まで以上の責任を一人抱えたようなトニーの様子に、顔を歪めたペッパーの目から涙が零れ落ちた。
「すまない…。来るべきではないと分かっている…。だが…君に会いたくて…」
蚊の鳴くような声で呟いたトニーに、ペッパーは小さく首を振ると抱きついた。シクシク泣き続けるペッパーをトニーは黙って抱きしめた。

リビングへ通されたトニーにコーヒーを出したペッパーは、彼の隣に腰を下ろした。
「聞いたわ、キャプテン・アメリカの件。ニュースで報道されていることはね…。何があったの?」
トニーの様子からただ事ではないことが起こったに違いない。報道されている以上の何かが…それも、トニーを酷く傷つけるようなことが起こったことには間違いないのだ。今までの経験上、トニーが全てを話してくれるかどうかは分からなかったペッパーだが、トニーはポツリポツリと話し始めた。
ドイツの空港での一件、そしてシベリアで起きたこと…。そこで両親の死の真相を知らされたこと…。

ペッパーは黙って聞いていた。が、彼女は泣いていた。大粒の涙を流し唇を噛みしめ、彼女は泣いていた。
その涙を見たトニーは心が少しだけ軽くなった。
彼女は泣いてくれているのだ。自分のことのように悔しがり、怒り、悲しんでくれているのだ。彼女だけが、ありのままの自分のことを全て受け止めてくれるのだ…。

話し終えたトニーにペッパーは抱きついた。
「…ごめんなさい…。あなたが辛い時に…そばにいなくてごめんなさい…」
何度も謝罪の言葉を口にするペッパーの髪にトニーはキスをした。
「私こそすまない…。距離を置いているのに突然押しかけて…」
すると顔を上げたペッパーは、トニーの頬にそっと手を置いた。
「あなたと離れている間に、考えたの。これからのことを真剣に…。あなたのことが心配でたまらなかった。何をしていても、あなたのことを思い出した…。あなたがそばにいないことが、こんなにも辛いことだとは知らなかった…。だから決めたの。私はもう逃げない。あなたのこと、全て受け止めてみせるわ。だからお願い…そばにいさせて…」
ペッパーの言葉に、トニーの目からも小さな涙が零れ落ちた。その涙を拭ったペッパーの手に、トニーは自分の手を重ねた。そしてもしももう一度やり直せるのなら、伝えようと決めていた思いを口に出した。
「君にそばにいて欲しいのは…私も同じだ。ペッパー、すまなかった。本当は君が距離を置きたいと言った時に伝えるべきだった。君を傷つけてしまって、本当にすまない。これからも君を傷つけることはあると思う。泣かせることもあると思う。だが、君にはきちんと話をする。思っていること全てを、今まで以上に…。だから、ずっとそばにいてくれ…」
うんうんと頷いたペッパーは、泣きながらトニーに抱きついた。そして首元に腕を回すと唇を奪った。
最愛の女性の柔らかな唇の感触に、トニーの心はようやく落ち着きを取り戻した。

「ペッパー…愛してる…」
キスの合間に囁くと、ペッパーは蕩けるような笑みを浮かべた。
「私も、愛してるわ…」
再び啄むようなキスをしていると、トニーはペッパーのことがどうしようもなくくらい愛おしくなった。つまり、今宵は…いや明日も明後日も永遠に離れたくないと…。
「泊まっていいか?」
答えは分かっていたが一応尋ねると、ペッパーは身体をぎゅうぎゅうとトニーに押し付けた。
「もちろんよ。そうだわ、明日からあなたの家に戻っていい?」
「あぁ」
Tシャツ越しにペッパーの胸の感触が伝わった。どうやらシャワーを浴びた直後なので、下着はつけていないらしい。裾から手を入れたトニーは、素肌をすっと撫でると、Tシャツを脱がせた。ぷるんと現れた柔らかな胸にむしゃぶりつき、背中に指を滑らせると、ペッパーの息が上がり始めた。
「トニー…お願い…。ベッドに連れて行って…」
胸の先端を甘噛みしながら唇を離したトニーは、ジャケットを素早く脱ぐとペッパーに向かってにっこり笑った。
「仲直りのセックスといこうか?」
「えぇ」
嬉しそうに笑ったペッパーを抱き上げたトニーは、キスをしながら寝室へと向かった。

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Day 6 (Thursday, August 26): jealousy

もうすぐ5歳になるモーガンは、父親のことが大好きだった。産まれた時からずっと一緒にいるので、大好きなのはずっとなのだが…。
半年ほど前、父親は大怪我を負った。病院のベッドで眠ったままの父親に、パパはもう目を覚さないかも…と、モーガンは毎日泣いていた。だが父親は目を覚まし、家に帰ってきた。それ以来、モーガンはますます父親のことが大好きになったのだ。

「あたしね、パパのおよめさんになるから!」
今日も朝から父親に抱きついて離れないモーガンは、声高々と宣言した。
「そうか、それは嬉しいな」
毎朝繰り返されるやり取りに、トニーは苦笑いしながら娘の頭を撫でた。
「パパ、あたしのこと、およめさんにしてね?」
可愛らしく上目遣いで見つめてくる娘の姿は、母親であるペッパーそっくりだ。

「モーガンは本当にパパが大好きね」
朝食の用意をしながらそう告げた母親に、モーガンは思い出した。自分が起きた時、父親と母親はキスをしながら朝食の準備をしていたことを…。
「ねぇ、パパ。チューして」
そこで父親にお願いすると、父親は頬っぺたにキスをしてくれた。ママとはお口でキスをしていたのに…と、モーガンは頬を膨らませると、父親に告げた。
「ちがうの!お口にチューして!」
すると父親は困ったように肩をすくめた。
「モーガン、パパがお口にキスしていいのは、ママだけだ。ママはパパのお嫁さんだから…」

正論を言ったのに、娘は膨れっ面をして怒り出した。そして膝の上から降りると、怒り露わに朝ご飯を食べ始めたではないか。
「モーガンったら…」
苦笑するペッパーをモーガンは睨みつけた。
「ママ!あたしがパパのおよめさんになるから、ママはパパのおよめさんをやめてね!」
母親に嫉妬する娘に、トニーは頭を抱えた。
「モーガン、ママに嫉妬するのはやめてくれ…」
今日は動物園に行くことにしているが、一体どうなることやら…と、ため息を付いたトニーだが…。
大好きな動物園に、嫉妬していたことなどすっかり忘れたモーガンは、大好きなパパとママと手を繋ぎ、結局一日中ご機嫌だったとか…。

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