日曜日。
「…パパ……パパ!おきて!おきて!!」
せっかくの日曜に…と、トニーが眠い目を擦ると、モーガンが身体の上に跨って、ペシペシと頬を叩いているではないか。
「…モーグーナ……。今日は日曜日だぞ?もう少し寝かせてくれ…」
昨夜はローディがアーマーの整備に来たため、久しぶりに2人で遅くまで飲み明かしていたのだ。だからハッキリ言って眠いし、若干二日酔い気味なのだ。
が、頬を膨らませたモーガンは、まるでペッパーのように口を尖らせるのだから、大欠伸をしたトニーは渋々起き上がると、左腕で娘を抱きしめた。
「パパ!はやく!はやく!アイアンマンの手もつけてよ!」
どうして娘はそんなに急いでいるのだろう。理由がさっぱり分からないトニーは、首を傾げながらバスルームへ向かった。
シャワーを浴び、歯を磨き、ヒゲを整えたトニーが寝室に戻ってくると、ベッドの上には真っ赤な薔薇の花束と洋服と靴が置かれていた。そして、ベッドサイドのテーブルには朝食とコーヒーも。
『パパ、父の日おめでとう!』
モーガンの字で書かれたメモを見たトニーは、今日が父の日であることをようやく思い出した。
去年の今頃は、病院のベッドの上で痛みと戦っていた。あれからもう1年経つのか…と、目を潤ませたトニーは、義手を付けると用意された洋服に着替えた。そして朝食を食べると、空になった皿を持ち、リビングへ向かった。
リビングではペッパーがモーガンと何やらコソコソ話をしていた。そしてハッピーがソファでくつろいでいた。
「おはよう、ハニー」
トニーに気づき立ち上がったペッパーにキスをしたトニーだが、ペッパーが真新しいワンピースに身を包み、オシャレをしていることに気づいた。
「どうしたんだ?粧し込んで…」
「実はね…」
ペッパーはモーガンに目配らせした。するとモーガンは、ソファの上に立ち上がった。
「パパ、きょうはね、父の日だから、ママとデートしてきて!あたしとママからのプレゼントよ!」
確かに最近は2人きりで出掛けることなど滅多にない。それは、モーガンを含め家族3人で出掛けることが当たり前になっているから。娘がいないと物足りなさを感じるようになったから。だが時折、昔のように2人きりでゆっくりしたい…そう思うことは確かにあった。まさかそれを娘に見抜かれているなんて…と苦笑したトニーだが、娘からの嬉しいプレゼントをありがたく頂戴することにした。
トニーの運転する車で2人は早速デートに出掛けた。
「何処に行く?」
「ハンプトンまで行きましょ?実はね、ランチを予約してるの」
ハンプトンまでは2時間程。ドライブにはピッタリだ。
「モーガンが言い出したのよ。パパはママとデートしたいって思ってるから、それをプレゼントにしようって」
「すっかり見透かされてるな」
苦笑した2人は、顔を見合わせると笑い声を上げた。
「でも…2人で遠出するのって、久しぶりよね…」
甘えたように肩にもたれかかってきたペッパーに、信号待ちの隙にトニーは素早くキスをした。
2人きりのドライブを楽しんでいると、恋人だった頃に戻った気分になってきた。
ハンプトンに到着すると、早速ペッパーが予約していた店に向かい、ランチを楽しんだ。そして食べ終えた2人は、街中を歩き始めた。
途中、何軒か店に入り、洋服や靴などを購入した。が、どうしても子供の物に目がいってしまう。自分たちの物も購入した2人だが、車へ戻る頃には、トニーの両手はモーガンへの洋服やおもちゃを入れた袋でいっぱいになっていた。
***
モーガンを寝かしつけたトニーが寝室へ戻ってくると、ペッパーはベッドに座りお腹を撫でていた。
「大丈夫か?」
「えぇ。この子が暴れまわってるから、落ち着いてって言い聞かせていたの」
苦笑するペッパーの隣に座ったトニーが妻のお腹に触れると、息子は勢いよくトニーの掌を蹴り飛ばした。
「誰に似たのか元気すぎる奴だな」
「あなた以外の誰に似てるのよ」
クスクス笑い始めたペッパーに、トニーは肩を竦めたが、ふと父親のことを思い出した。
「1年前、1970年にタイムスリップした時、親父に会ったと話しただろ?」
「えぇ」
その話は聞いていた。詳細は聞いていないが、タイムスリップした先で、トニーはハワードと偶然出会い、話をしたということは聞いていた。
「あの時、名前を聞かれて咄嗟に名乗った。ハワード・ポッツだと」
「ポッツ?」
「あぁ。ポッツだ。響きが好きなんだ。知らなかったのか?ポッツくん?」
自分の旧姓を…いや、ビジネス上では今でも『ペッパー・ポッツ』と名乗っているが…トニーが咄嗟に名乗った…。些細なことだが、ペッパーは嬉しくてたまらなかった。
嬉しそうに笑みを浮かべた妻の腰にトニーは手を回した。
「それから、母がエルモンゾと名付けたがっていたことを初めて知った」
「あら、じゃあ、もしかしたら、あなたはエルモンゾ・スタークだったの?」
わざとらしく目を丸くしたペッパーに、トニーは顔を顰めてみせた。
「アンソニーより最悪な名前だ」
昔は『アンソニー・エドワード』という名前も好きではなかった。父親の…ハワードのミドルネームを継いだことがその原因の一つだったのだが、リアクターを通して父親の想いに触れ、そして自分も親になり余計に父親の気持ちが分かるようになった今では、昔ほど嫌ではなくなっていた。
「あの時の親父は、父親になる前の…正確には、父親になる1ヶ月前の親父だった。だか…父に直接言えた。感謝の気持ちを…。愛しているとは言えなかったが…。抱きしめることも出来た…。いがみ合ってたことも、いい思い出だと伝えることもできた。あの時、とっさの判断で1970年に向かい、偶然親父と出くわしてしまったが…本当に良かった…」
トニーはふぅと息を吐くとペッパーを見つめた。そして右の義手でお腹に触れた。
「だからな、ペッパー…この子を……」
感情が高ぶったトニーは言葉を切った。が、夫の想いが伝わったペッパーは、彼の右手に自分の手を重ねた。
「そうね、お父様の名前、頂きましょ?」
美しい笑みを浮かべたペッパーに、トニーも嬉しそうに笑った。
こうして2人は、息子のミドルネームにハワードの名前を貰うことにした。
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