「Pepperony Week 2017」カテゴリーアーカイブ

Day 7 (Saturday, July 15): free day②

窓一つない部屋では、時間の感覚すら奪われていた。
武器の整備をしていたトニーは伸びた前髪を掻き分けると、ふぅとため息を付いた。

あの日…王の元へ真相を問いただしに来たのが運の尽きだった。家に帰ることも出来ず、トニーはこの陽の射さない暗い地下室へ閉じ込められた。
『もし俺が戻らなくても、決して早まるな』
仲間にはそう言い残してきたから、心配はないだろう。恐らく機を見て、立ち上がってくれるだろうから…。
トニーの心配はただ一つ。ヴァージニアのことだった。この城のどこかに閉じ込められている最愛の妻。あれからどれだけ時が経ったのか定かではないが、そろそろ子供も産まれている頃だろう…。
だが、それを確かめる術は自分にはない。自分の仕事は、武器を開発し、そして…。

と、重たい鉄の扉が開いた。
姿を見せたのは、『妻』のマヤ姫だった。
この扉が開くのは、1日2度の食事時と、マヤが訪れる時、そして時折武器の回収に担当の者が来る時のみ。
「トニー、お父様が早く孫の顔が見たいと仰るの。だから抱きなさい」
「…はい…」
頷いたトニーは、ベッドに登った。
愛などなかった。ただ、子供を作るだけの行為だった。機械的に行為をこなすトニーは無表情で、マヤはいつも不満だった。
だが、仕方ない。彼の心にはたった1人の女性しか住んでいないのだから…。
マヤはマヤで、何とかトニーを振り向かそうと必死だった。彼をこの閉ざされた空間から救い出そうと、何度も父王に訴えた。が、父王は断固として首を縦に振らなかった。
「ヴァージニアと顔を合わせれば終わりだ。お前はそれでもよいのか?」
そう言われれば、マヤもそれ以上何も言えなかった。
子供を授かればトニーも少しは心を許してくれるかと考えたが、なかなか子供は出来なかった。
今日も中で達したトニーなのに、彼は何も言わなかった。素早く後始末をしたトニーは、服を着るとぼんやりとベッドに腰掛けた。
悲しみを背負い込んだその背中に、マヤは何とか会話の糸口を掴もうと、話しかけた。
「そういえば、あなたの元奥さんのヴァージニア、一昨日子を産んだわよ」
ビクッと肩を震わせたトニーが振り返った。トニーの瞳に初めて希望と喜びが垣間見れた。が、この話の結末は、その期待を裏切る形になるのだから、この話題を出したことをマヤは内心後悔した。
「あなたにそっくりの男の子…。あまりにあなたに似ていたから、お兄様がお怒りになって………絞め殺したそうよ」
顔面蒼白になったトニーは言葉を失った。

我が子は無残にも殺されたのだ。
泣き叫びたかったが、トニーは涙を流すことも出来なかった。

目を見開き身体を震わせるトニーに、マヤは真相を告げようと、何度も深呼吸をした。
「ヴァージニアは泣き叫んだわ…。当たり前よね…。子供を殺されたんだから…。冷たくなった赤ん坊を離そうとしないの…。だから……無理やり引き離したそう…」
そう伝えるのがやっとだった。マヤの目から涙がポロポロと零れ落ちた。同じ女性として、ヴァージニアの苦しみは分かったから…。最愛の夫と会うことができず、子供まで奪われたヴァージニアの苦しみは、痛いほど理解出来たから…。
マヤの涙にトニーは正直驚いた。所詮彼女も王や王太子と同じだと思っていたから…。だが、マヤの涙は心からの涙だった。彼女は自分とヴァージニアの悲しみを理解してくれている…、そう気づいたトニーは、マヤのその気持ちに訴えることにした。
「…赤ん坊に会わせて下さい…」
涙を拭ったマヤは、小さく頷いた。
「…待ってて…」
そう言うとマヤは足早に部屋を出ていった。

翌日。マヤは周囲を気にするように、小さな袋を抱えて現れた。
ベッドの上にそっと袋を置いたマヤは、持っていた小さな花束をその上に置いた。
泣き腫らしたのか真っ赤な目をしたマヤは、悲痛な面持ちでトニーを見つめた。
「ヴァージニア……今朝死んだわ…」
「え……」
瞬きしたトニーは、口を開けたまま固まってしまった。
「首を吊って…。彼女のこと、気になって…朝様子を見に行ったら…」
その時の様子を思い出したマヤの目から涙が零れ落ちた。
ヴァージニアは自ら命を絶っていた。ここへ連れてこられた時、持ち物は全て没収されたはずなのに、隠し持っていたのか、トニーとの結婚指輪を左指に嵌めて…。
「これがあったわ…。あなた宛ての手紙…」
トニーの手に紙切れを押し付けたマヤは、震えるトニーの手を両手で包み込んだ。
「ヴァージニアの遺体…この部屋の2つ先の部屋にあるから……。明朝、埋葬されるそうよ…」
手を伸ばしたマヤは、震えるばかりのトニーをギュッと抱きしめた。
「こんなことになると…思ってなかったの…。ごめんなさい…本当にごめんなさい…」
声を上げて泣き続けるマヤの背中をトニーはそっと抱きしめた。

しばらくして、涙を拭ったマヤは立ち上がった。
「…私…馬を繋ぎ忘れたの…。裏門にいるわ…」
そう言い残すと、マヤは鍵を掛けずに部屋を出て行った。

マヤが部屋を出て行くと、トニーは手の中にある紙切れを開いた。走り書きだが、確かにヴァージニアの文字だった。
『トニー…きっとあなたもどこかで苦しんでいるのよね…。いつかあなたに会えることを信じて、生きてきたわ…。赤ちゃんが生まれれば…もしかしたらあなたとまた一緒にいられるかもと信じてた…。でも…あなたの赤ちゃんを守れなかった…。ごめんなさい…。許して…。あなたにこの世で会えないのなら…私はもう生きる意味がありません…。愛してる…トニー…。先に逝く私を許して下さい…。ヴァージニア』
ポタポタと零れ落ちた涙で文字が滲み始めた。手紙を握りしめたトニーは、ベッドの上の袋を手に取った。震える手で袋を開けると、小さな赤ん坊が出てきた。
濁った瞳には何も映っていなかったが、オーシャンブルーの瞳をした赤ん坊は、自分にもヴァージニアにも似ていた。
「ジニー……」
冷たくなった赤ん坊を抱きしめたトニーは、ヴァージニアの名を呼びながら泣き続けた。

どれくらい泣き続けたのだろう。赤ん坊を袋の中にしまったトニーは自分の身体に括りつけた。そして作ったばかりの武器を懐にしまうと、フラフラと部屋を抜け出した。
マヤに教わった部屋に向かうと、ヴァージニアはいた。すっかり窶れてしまったヴァージニアは、台の上に横たわっていた。頬をそっと撫でたトニーは、ヴァージニアの亡骸を背負うと、裏門へと向かった。そしてマヤの言葉通り、繋ぎ忘れていた馬に乗ると、闇に紛れて城を飛び出した。

馬を走らせ続けたトニーは、生まれ育った村に辿り着いた。
廃墟と化した村には人影もなく、自分たちの家もすっかり荒れていた。
ヴァージニアが沢山の花を植えていた場所に、トニーは穴を掘り始めた。そして冷たくなった息子の亡骸を埋めたトニーは、ヴァージニアを抱き上げた。
ヴァージニアは眠っているようだった。せめて一度だけでも、最後に声が聞きたいと、トニーは奇跡を信じて唇にキスをした。
「ジニー…」
が、奇跡は起こらず、ヴァージニアは何も答えてくれなかった。何度唇にキスをしても、何の反応もなかった。

どうしてこんなことになったのだろう…。
最愛の女性は奪われ、そして子供まで奪われた。生きていればいつか会えると信じていたが、もう決してこの世で会うことはできないのだ。

泣きながらヴァージニアを息子の隣に埋葬したトニーは、ヴァージニアの名を刻んだ墓標を突き刺した。
「ジニー…すぐに会えるからな…」
トニーに生きる意志はなかった。彼には絶望しか残されていなかった。だが、同じ場で眠りにつくことができれば、この世ではない別の場所で、いつか再会できるかもしれない…。
懐から武器を取り出したトニーは、自分の頭に当てた。
「ジニー…愛してる…」
墓標を抱きしめたトニーは、躊躇なく頭を撃ち抜いた。

3日後。
村を1人の男が訪れた。ジャーヴィスだった。
ヴァージニアが亡くなり、そしてトニーも失踪したという噂を耳にした彼は、もしやと思い村を訪れたのだが…。
「トニー様…」
妻と息子の墓標を抱きしめるようにトニーは自ら命を絶っていた。
「トニー様…。ようやくヴァージニア様とお会いできたんですね…」
微かに笑みを浮かべたトニーの顔を撫でたジャーヴィスは、ヴァージニアの隣にトニーを埋葬した。そしてジャーヴィスは、この悲劇を伝え、そして団結し反旗を翻そうと、村を後にした。

それから暫くして、2匹の犬が村へやって来た。やせ細った2匹は、何かを探すように村を彷徨っていたが、倒れかけた墓標に気づくと、最後の力を振り絞って近づいてきた。
クンクンと暫く匂いを嗅いでいた2匹は、悲痛な声を上げ数回鳴いた。そして墓の前に座り込むと、2度と動くことはなかった。

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Day 7 (Saturday, July 15): free day

トニーの邸宅は住んでいた村全体よりも大きな敷地に建てられていた。
「す、凄い…」
門を潜ってもなかなか家は見えてこず、家に到着してみれば、とてつもなく大きな家なのだから、違う世界に来てしまったと、馬車から降りたヴァージニアは目を白黒させている。
「俺も最初は慣れなくてさ。こんな広い家はいらないって言ったんだけど、陛下がどうしても…って言うから…」
トニーはその国王に本当に可愛がられているのねと目を瞬かせたヴァージニアだが、屋敷の中からぞろぞろと大勢の人が出てきたのに気づくと、慌ててトニーの後ろに隠れた。
「ご主人様、お帰りなさいませ」
「ただいま。そうだ、紹介しよう。許嫁のヴァージニアだ」
ヴァージニアを引っ張り出したトニーは、彼女の腰に手を回すと抱き寄せた。自分に注目が集まったのに気づいたヴァージニアは顔を赤らめたが、今日からこの世界で暮らしていくのだから…と、慌てて頭を下げた。
「はじめまして。ヴァージニアです。今日からよろしくお願いします」
もうすぐ主人の妻になる女性に頭を下げられたのだ。使用人たちは慌てふためいた。その様子を見ていたトニーは肩を竦めた。
「おいおい、堅苦しいことはなしだと言ってるだろ?俺達はみんな、家族なんだから…」
後から聞いた話では、トニーは主人と使用人という関係が気に入らないらしく、日頃からもっとフランクに接してくれと言っているが、使用人たちはやはり身分の違いがあると、なかなかそうはいかないらしい。
昔から誰とでも分け隔てなく接していたが、今も変わらないトニーの態度に、ヴァージニアは一人笑みを浮かべた。

その後ヴァージニアは、敷地内の一角に住んでいるローディたちを紹介してもらったのだが、噂のヴァージニアにようやく出会えたと大歓迎された。
「これからはトニーだけではなく、ヴァージニア様もお守りします」
と、胸を叩いた仲間達に、トニーはよろしく頼むと頭を下げた。

「何だか色々と凄いわね」
元の家ほどもある寝室のフワフワのベッドの上で、ヴァージニアは枕を叩き整え始めた。
「俺もさ、最初は戸惑うばっかりだったんだ。こんな世界があるんだって、驚いてばかりだった。でも、ありがたいよな。何も知らない俺みたいな人間を、みんな温かく迎え入れてくれたんだ」
ヴァージニアを抱きしめたトニーはそのままベッドにコロンと横になった。
「今こういう暮らしが出来るのも、頑張ってきたからかもしれない。でも、一番の褒美は…」
ベッドにヴァージニアを押し倒したトニーは、ニヤっと笑みを浮かべた。
「こうやってジニーとまた一緒に暮らせることだな」
喜びを隠しきれないというように満面の笑みを浮かべたトニーは、ヴァージニアのナイトガウンを奪い取ると、柔らかな胸に顔を埋めた。

翌日。
ヴァージニアは朝から大忙しだった。というのも、これから国王に挨拶に行くのだ。
侍女たちに身体中を磨かれ、髪を巻かれ、見たこともないような豪勢な服を着たヴァージニアは、鏡の中の自分の姿に正直圧倒されていた。
とそこへ、トニーが入って来た。
「ジニー?」
見惚れているのか、トニーはポカンと口を開けたままだ。
「へ、変かしら…」
真っ赤な顔をして何も言わないトニーをヴァージニアは上目遣いで見上げた。
「い、いや…その…。惚れ直した」
「よかったわ」
トニーに気に入って貰えたと、ヴァージニアはほっと息を吐いたが、トニーは胸の高まりを抑えることができなかった。
今までは裕福ではなかったため、ヴァージニアに洋服も宝石も買ってあげることができなかった。
誕生日や記念日の度に、自分で作った指輪や野山で摘んできた花しか贈ることができないと謝る自分にヴァージニアは笑って告げた。
『あなたがそばにいてくれるのが一番の贈り物よ』
だが今からは、彼女が欲する物は何だって買い与えることができる。もっとも彼女は高価なものはいらないと言うだろうが…。

このままいつまでも見惚れていたいが、さっさと用事を済ませ帰ってきて、愛し合おう…。そう考えたトニーはヴァージニアの手を取ると玄関へと向かった。

「実は…話しておかなければならないことがあるんだ」
馬車に乗り込むなりトニーは言いにくそうに切り出した。
実は国王には娘が数人おり、その中の一人がトニーに惚れてしまい結婚したいと言われているというのだ。
「俺には将来を誓った大事な人がいるって断ったんだ。でもマヤ姫は諦めてくれなくれさ。陛下に泣きついたんだ。トニーと結婚させてくれって。娘に泣きつかれた陛下は俺に会う度に娘と結婚してくれと頭を下げられるんだ…」
不安げなヴァージニアにトニーは慌てて首を振った。
「マヤ姫とは何もないから安心してくれ。一度だけ舞踏会でお会いしただけなんだ。それもさ、俺は顔を伏せたままだったから、姫のお顔を拝見すらしていない。そんなオンナと結婚しろなんて、無茶苦茶だろ?だからさ、陛下にお目通りして、俺の美しい妻を紹介しようって訳さ」
「妻って…」
まだトニーとは結婚していないのに、妻とは一体どういうことだろう…。
首を傾げたヴァージニアをトニーは不思議そうに見つめた。
「言ってなかったっけ?君はもう、ミセス・スタークだぞ?」

ミセス・スタークということは…つまり…。

「えぇぇぇ!!!!」

事の重大さをようやく理解したヴァージニアは、ひとしきり叫んだ後、口をパクパクさせている。

「嫌だった?」
喜ぶどころか、その場にひっくり返りそうになっているヴァージニアに、トニーはそういえば昨晩ベッドの中で話そうと思っていたのに、実に1年ぶりだったため愛し合うのに夢中で話しそびれていたことを思い出した。
何度も深呼吸をして気持ちを落ち着かせたヴァージニアは、真顔で首をブンブンと振った。
「い、嫌じゃないわよ!あなたのお嫁さんになれたんだから。で、でも、いつの間に…」
そうなのだ。問題は一体いつ自分たちは結婚したということ。元の村はそういうことが出来る状態ではなかったし、この国に来たのも昨日なのだから、一体トニーはいつ結婚の手続きをしたのだろうか…。
「昨日さ。君をこの国の住人として届出をしに役場へ行った。どういう関係だと言われたから、もうすぐ妻になる女性と答えた。そしたらさ、役場の人間が『また手続きするのも面倒だから、妻でいいだろ?』って…。という訳で、君は俺のれっきとした妻って訳だ。結婚式は出来なかったけど…。それから…」
ポケットに手を突っ込んだトニーは何かを取り出した。
「これを交換したら完璧だ」
トニーの手の中にあったのは、シンプルな指輪だった。
「世界で一組しかない、俺の手作りなんだ」
ヴァージニアの左手を取ったトニーは指輪を滑り込ませた。
目を潤ませているヴァージニアに、トニーは自分の手を差し出した。
「ほら、俺も…」
お互いの指に嵌ったお揃いの指輪は、夫婦の証。
「これで完璧。君は俺の世界一大切な妻だ」
「うん…」
ヴァージニアの目から大粒の涙がポロポロと零れ落ちた。指輪を撫でた彼女は、目をギュッと閉じるとトニーに抱きついた。
「トニー…ありがと…。嬉しくて死んじゃいそう…」
「死んだら困るな。結婚したばかりなのに」
苦笑したトニーはヴァージニアの涙を拭うとキスをした。口付けは次第に深くなり、キスに夢中になっていると、いつの間にか馬車は城へ到着していた。

ヴァージニアと腕を組み、謁見の間へ向かったトニーだが、トニーの到着を待ちわびていたのか、国王は部屋の中でうろうろしていた。
トニーに気づいた国王は、満面の笑みを浮かべ走り寄って来た。慌てて跪いたトニーを習い、跪いたヴァージニアだが、国王はトニーを立ち上がらせると背中をポンッと叩いた。
「トニー、待っておったぞ?よく来たな。忘れ物は見つかったか?」
「はい。無事に見つかりましたので、陛下にもご覧頂こうと思い、連れて参りました」
一礼したトニーは、隣で跪いているヴァージニアを立ち上がらせた。
「妻のヴァージニアです」
「ヴァージニアです。陛下、お見知り…」
ヴァージニアを見た国王は眉を顰めると彼女の言葉を遮りトニーを見つめた。
「妻というと…。トニーよ、お前は私の許しなしに結婚したのか?」
道中聞いた話を思い出したヴァージニアは、ゴクリと唾を飲み込んだ。ヴァージニアに顔を向けた国王は目を細めた。その眼光の鋭さに恐れ慄いたヴァージニアは小さく身体を震わせたが、それに気づいたトニーはそっと手を握った。
「申し訳ございません。ですが、妻とは幼い頃より結婚の誓いを立てておりました。何年も共に暮らしておりましたし、村で再会した折に、我慢出来ず結婚しました」
恐れることなく堂々と国王に告げたトニーだが、国王は不機嫌そうに唸った。
「我が娘、マヤの婿になるよう伝えていたはずだぞ?」
「存じております。ですが、妻は帰らぬ私を1年以上待ってくれていました。誰もいない村でたった1人で…。私の帰りを健気に待ち続けてくれていました。妻は私の世界の中心です。妻を守るためなら、私は命を差し出す覚悟です」
そう言い切ったトニーは顔を上げると国王を見つめた。その力強い瞳に一瞬たじろいだ国王だが、腹正し気に玉座まで歩いて行くとドスンと腰を下ろした。
その場に膝を付いたトニーとヴァージニアは頭を深々と下げた。そんな2人を怒りに燃えた瞳で睨み付けた国王は声を張り上げた。
「スターク、私に歯向かえば、どうなるか分かっているだろうな?敵国の民であるお前を重臣に登用してやったんだぞ?今のお前があるのは、誰のおかげだと思っているのだ!」
怒り始めた国王にヴァージニアは青ざめた。このままではトニーは国王の怒りを買い、追放もしくは首を斬られてしまうかもしれない。だが、ここで自分が身を引けばトニーは今の暮らしを続けることができるのだ。それならば…と口を開きかけたヴァージニアだが、彼女が何を言おうとしているのか気付いたトニーが遮るように手をぎゅっと握った。
「もちろん、陛下のご慈悲のおかげでございます。ですが、陛下。それと結婚は別です。正直に申し上げますと、私はマヤ様を好いてはおりません。いえ、妻以外…ヴァージニア以外の女性を愛することはできません。ですから、私はマヤ様を幸せにする自信が全くございません。幸せになれないと知りながら結婚することほど、不幸なことはございません。ですから…」
トニーの必死さとそして彼の妻への愛の深さに感銘を受けたのか、ふぅと大きく深呼吸すると首を振った。
「分かった。もう、よい。それだけハッキリ物申してくれれば、マヤにも無理を言うなと私も告げることができる」
そう言うと、国王は声を上げて笑い始めた。
国王の機嫌を損ねたのではないと安心したヴァージニアは、肩の力を抜いた。トニーの方もやはり緊張していたようで、繋いだ掌は汗で濡れている。
ホッとしたように顔を見合わせた2人は、微笑みあったが、その光景に王は残念そうに溜息を付いた。
「お前が娘婿になってくれるのを楽しみにしていたんだがなぁ…。だが、お前の言う通り、結婚は愛し合っている者同士でするのが一番だ」

***
それから1年が経った。
気分が悪いと朝食どころか昼食すら口にしないヴァージニアを心配したトニーは医師を呼び寄せた。
ヴァージニアを手早く診察した医師は、トニーを呼び寄せると笑みを浮かべた。
「スターク様、おめでとうございます。ご懐妊です」
「つまり……」
一瞬言葉の意味が理解できなかったのか、ポカンと顔を見合わせた2人だが、一呼吸おいたところで2人は歓声を上げて抱き合った。

あっという間にスターク夫人ご懐妊の噂は町中に広まり、大勢の住人が祝いに駆け付けたため、2人が落ち着いたのは夜になり寝室に引き上げてからだった。
ベッドに寝転がり、ヴァージニアのお腹を撫でていたトニーだが、真顔になった彼は不安げにポツリと呟いた。
「なぁ、ジニー。俺、父親になれるかなぁ?」
トニーがそう言ったのには訳がある。トニーは7歳で両親を流行り病で亡くし、ずっと一人で生きてきた。鍛冶屋だった父親の跡を継ぎ、見よう見まねで家業を受け継いだのだが、彼にはもって生まれた才能があったのだろう。すぐに彼の名は他国にまで聞こえ及ぶようになっていた。
一方のヴァージニアはというと…。彼女は戦火に追われ、両親と共にトニーの住む村に逃げてきたのだが、両親はその地で病死してしまった。6歳にして孤児になってしまったヴァージニアに救いの手を差し出したのは18歳のトニーだった。一回りも年の違うトニーをヴァージニアは兄のように慕い、トニーも彼女を妹のように可愛がっていたが、それは次第に恋心へと変わった。そしてヴァージニアが14歳になると、トニーとヴァージニアは生涯を共にしようと誓い合ったのだ。
出会いから12年が経ち、兄妹という関係が恋人になり、そして夫婦となった2人に、今度は父と母という肩書が加わろうとしている。
だが、2人とも両親の愛情を殆ど知らぬまま育ってきたのだから、不安に思うのは当然だった。
「トニー、不安なのは私もよ。でも、あなたは世界一素敵なお父様になるわよ」
ヴァージニアにそう言われ、トニーの心に燻っていた不安はすーっと消え去った。
そして彼の心には新たな決意が生まれた。ヴァージニアだけではなく、お腹の中の子供も命を懸けて守るという決意が…。

その数日後。スターク邸では舞踏会が開かれていた。
ヴァージニアは悪阻が酷く別室で休んでいるため、客の対応はトニーが行っていたのだが、顔見知りと談笑しているトニーの元へ、執事のジャーヴィスが慌てた様子でやって来た。
「どうしたんだ?」
いつも冷静なジャーヴィスが息を切らしているのだから、ただ事ではないとトニーの表情にも緊張が走った。
「王太子殿下がいらっしゃいました」
「殿下が?」
実は王太子であるキリアンは、トニーのことを目の敵にしていた。というのも、父王がトニーのことを何かとつけて可愛がるのが気に食わなかったのだ。
そのため、わざわざ王太子本人が足を運ぶなど、余程の事態に決まっている。
(もしかして…あの計画がバレたのか?)
嫌な汗が流れ落ちトニーは額を拭ったが、仲間も同じことを考えたのか、見ると部屋のあちこちでスティーブたちが警戒し始めた。
とそこへ、ドスドスと大きな足音を立て、キリアンがやって来た。
一目散にトニーの元へやって来たキリアンは、辺りを見渡すと不機嫌そうに足を踏み鳴らした。
「おい、お前の妻はどこにいる?」
足元に跪いていたトニーは、予想外の展開に首を傾げた。
「ヴァージニアですか?気分が悪いと部屋で休んでおります」
一体どうして王太子はヴァージニアを所望するのだろう。頭の中では、ヴァージニアを連れてきてはならないと警鐘が鳴り響いている。が、キリアンはトニーを睨みつけると、辺りに響き渡るような大声で叫んだ。
「ヴァージニアを連れて参れ!」

と、この騒ぎに気づいたヴァージニアが、部屋へと足を踏み入れた。
「お呼びでしょうか、王太子殿下…」
どこか青白い顔をしたヴァージニアは、か細く、そしていつもよりも色めいて見え、キリアンはニンマリと笑みを浮かべた。
「美しい…。ヴァージニアよ、私の妻になれ」
一体どういうことなのかと、トニーとヴァージニアは顔を見合わせた。
キリアンは冗談を言うようなタイプではないため、トニーは彼が本気であると感じた。
「殿下。ヴァージニアは私の妻ゆえ…」
が、トニーを睨みつけたキリアンは、ヴァージニアの腕を掴んだ。
「うるさいぞ、スターク。俺に逆らう気か?ヴァージニアは俺の物だ!」
痛いほどヴァージニアの手を握りしめたキリアンは、そのまま歩き始めた。何とか振りほどこうと奮闘するヴァージニアだが、男の力に叶うはずはない。
「トニー!」
必死に手を伸ばすヴァージニアに向かってトニーは走り出した。
「ジニー!」
だが、キリアンの部下に阻まれてしまい、トニーは叫んだ。
「待ってください!殿下!」
もがくトニーはキリアンの部下は殴り始めた。殴られたトニーは床に押さえつけられた。

「ジニー!!」

トニーの叫びも虚しく、ヴァージニアはキリアンに連れ去られてしまった。

「トニー様…」
呆然と座り込んだトニーに、ジャーヴィスが声を掛けた。振り返ったトニーは怒りに燃える瞳で集まってきたスティーブたちを見渡すと立ち上がった。
「皆を集めろ…」

キリアンの屋敷に連れて来られたヴァージニアは、ベッドの上に放り投げられた。
「お願いします。家に帰して下さい…」
懇願するヴァージニアに、キリアンは服を脱ぎながら嘲り笑った。
「俺の妻になれば、将来の王妃だぞ?」
「嫌にございます。私の夫はトニーだけです!」
ハッキリと物言うヴァージニアを鼻で笑ったキリアンはベッドの上に登った。
「気に入った。ますます気に入った」
そしてヴァージニアを抱きしめキスをしようとしたのだが…。
「嫌っ!」
抵抗しようとヴァージニアはキリアンを平手打ちした。
「叩くのが好きなのか?俺は好きだぞ。スタークの使い古しというのは気に入らんが…まぁ、いい。これからは俺の物だからな」
赤くなった頬を押さえたキリアンは、ヴァージニアの服を破くと押し倒した。
「い…嫌っ!やめてー!!」
泣き叫ぶヴァージニアだが、キリアンは強引に彼女の中に入り込んだ…。

呆然とベッドに横たわるヴァージニアを見つめたキリアンは、服を着ながら囁いた。
「少し待っていろ。すぐに戻り、続きをしてやろう」
そう言うとキリアンは部屋を出ていった。
ヴァージニアの目は泣き腫らし真っ赤になっている。
トニーだけと純潔を誓ったのに、キリアンに汚されてしまった。
震える手でヴァージニアはお腹に触れた。自分のもだが、お腹の中のトニーの子供もキリアンに汚されてしまった…。彼女は悔しさのあまり唇を噛み締めた。
「ごめんなさい…トニー……ごめんなさい…」
ボロボロと大粒の涙が零れ落ち、ヴァージニアは声を押し殺して泣いた。

翌朝、トニーは国王の元に向かった。
どこか白々しい目をした国王に、トニーは必死に直訴した。
「陛下、お願いにございます…。妻を返すよう、殿下にお伝え頂けませんか?」
が、国王は大袈裟に首を振った。
「トニーよ。無理だ。息子から聞いた。昨晩夫婦の契を交わした。最初は泣いていたお前の妻も、今では息子に夢中だそうだ。トニーよ、考えもみろ。お前の妻も将来王妃になる方が良かろう?それにマヤがゴネてな。お前と結婚出来なければ死ぬと申しておる。だから、お前はマヤと一緒になれ。いいな?」
その時トニーは確信した。この騒動には国王も絡んでいるということを…。
一体いつから今回のことは仕組まれていたのだろう。もしかしたら最初から全て仕組まれた罠だったのだろうか…。優しさの裏に隠された国王の非情さに、トニーは彼を睨みつけた。
「何だ、その目は」
冷たい目をした国王は、トニーに向かって眉を釣り上げた。
「いえ……」
顔を伏せたトニーは、怒りを抑えようと必死だった。小さく身体を震わせるトニーに、国王は言い放った。
「息子とお前の妻、そしてお前とマヤの婚儀は明日だ。その後は城にとどまれ。お前の仕事は武器を作り、マヤと交わり子を作ることだけだ。よいな?」
つまりは、もう2度とヴァージニアと会うことも、この城から出ることができなくなるということだ。
が、トニーにはやるべきことがあった。国王の真意を確認するために今日わざわざ足を運んだのだが、予想以上の収穫があった。家では仲間が待っている。一刻も早く戻り、報告せねばならない。
「…準備したいこともございます故、一度家に帰ります…」
顔を上げたトニーの目には、決死の覚悟が見られた。それをマヤと結婚し、一生城に幽閉される決意だと見出した国王は満足そうに笑みを浮かべた。
「そうか。それならば、明日の朝までには戻ってこい」

家に帰ったトニーの元に待ち構えていた仲間達が駆け寄って来た。
「トニー、どうだった?」
見たこともない程恐ろしい目をしたトニーは、ジロリと皆を見渡した。
「この件には国王も絡んでいるとハッキリ分かった」
ぐっと拳を握りしめたトニーは、静まり返った部屋を見渡した。
「今夜決行だ。何としてもヴァージニアを取り戻す」

その夜。
トニーたちの姿は闇に紛れて、キリアンの屋敷にあった。
「武器庫の武器は全て使用不可能にしておいた」
武装したトニーの元に、戻ってきたソーとクリントが囁いた。
実は、トニーは何かあれば全て使用出来ないようにするための細工を全ての武器に施していたのだ。
頷いたトニーは、小声で囁いた。
「ジャーヴィスたちは?」
「闇に紛れて出発させた」
これで屋敷の方は安心だ。今頃屋敷はもぬけの殻。彼は愛犬のダミーとユー、そして女子供たちと共に集合場所に向かったのだから。
「よし、行くぞ」
何度か深呼吸したトニーは、ソーとクリントと視線を合わせると小走りで屋敷に向かった。

その頃、ベッドの中でヴァージニアは泣いていた。
キリアンは優しさの欠けらも無い男だった。ただひたすら、自分の欲のままにヴァージニアを抱いた。
このまま永遠にトニーに会うことができないのなら、窓から身を投げ命を絶った方が良いかもしれない…。
そんなことを考えていると、コツンと窓に何かが当たる音がした。恐る恐る窓を方を見ると、何と窓の外にトニーがいた
「トニー?!」
ベッドから飛び起きたヴァージニアは慌てて窓を開けた。黙って部屋に入ってきたトニーは、ヴァージニアを抱きしめた。
「迎えに来たぞ…」
ギュッとトニーに抱きしめられ、ヴァージニアは安心したのか泣き始めた。
「どうやって…」
警備が厳重なはずのこの屋敷にトニーは一体どうやって侵入したのだろう。
「話は後だ。逃げるぞ?」
ヴァージニアを背負うと、トニーはバルコニーに向かった。そしてそのままロープを伝って降り始めた。
下にはソーが待ち構えており、ヴァージニアを受け止めてくれた。
待ち受けていた馬に乗ったトニーは、ヴァージニアを後ろに乗せ、馬を走らせた。トニーに続き、ソーとクリントも馬を走らせた。
トニーたちは馬を走らせ続けた。ヴァージニアが振り返ると、街のあちこちで火の手が上がっていた。
一体何が起こっているのだろうか…。トニーの身体に抱きついたヴァージニアの腕は小さく震えており、それに気づいたトニーがチラリと後ろを振り返った。
「仲間や家族を殺され、国を滅ぼされた恨みを皆忘れてなかったんだよ」
「え…」
つまり、トニーは謀反を起こしたということなのだろうか。
「仲間は大勢いる。あの戦いで生き残った奴らは、大勢潜んでいた。そして今回の反乱を機に立ち上がったのさ」
馬のスピードを緩めることなく、トニーは淡々と語った。
しばらく行くと小高い丘の上に出た。
馬を止めたトニーに倣い、クリントとソーも横に馬を並べた。
燃えさかる街を見つめていると、城から火の手が上がった。
「この国は終わりだ」
「こっちにはトニーが作った武器があるしな」
「残念ながらあっちには何一つ武器はないし」

4人は終焉の時を迎えようとしている国を静かに見つめ続けた。

再び馬を走らせ続け、夜明け前にようやく目的地に到着したのだが、そこは自分たちが住んでいた村だった。
自分が立ち去った1年前前は、廃墟と化していた町なのに、今や沢山の家が立ち並び、以前の…いや、それ以上に賑わい、一つの大きな街になっていた。
すっかり変わってしまった光景に少しだけ虚無感を覚えたヴァージニアだが、元の自分たちの家は立派に建て替えられているものの、植えていた木や花などはそのままきれいに残されており、ヴァージニアの胸に懐かしさがこみあげてきた。

家の前で馬を止めたトニーはヴァージニアを抱き上げると、そのまま寝室へと向かった。
ベッドにヴァージニアを下ろしたトニーは、彼女を抱きしめたまま横になった。
トニーに抱きしめられ、ようやく気持ちが落ち着いてきたヴァージニアだが、やはり気になるのは一体何が起こったのかということだ。
「ねぇ…何が起こったの?」
視線を上げ、そう尋ねると、トニーはヴァージニアの背中を撫でながら話し始めた。
「実は、ずっとこの機会を伺っていた。大勢の仲間を殺し、国を滅ぼした王への復讐の機会を…。捕虜となった時、この村の住人は全員始末したと聞かされた。君も殺されたんだと思っていた。君のいない人生なんて苦痛しかないと思い、死ぬことも考えた。だけどこの村の皆は俺の家族だった。だから俺だけが生き残ったのには意味があるって考えた。それならば、いつの日か復讐してやろうと決意した。王は俺に家来になれと薦めてきた。だから俺は従うふりをすることにしたんだ。最初は窓も何もない部屋に閉じ込められて、武器を作るよう命じられた。俺はわざと最新鋭の武器を作った。何かあればすぐに破壊できるような細工を気付かれないようにして…。王は俺の作った武器をいたく気に入った。そして俺に家を与え、使用人まで付けてくれた。俺は黙々と武器を開発し続けた。従順な家臣を演じた。ある日、俺を訪ねてくる者がいた。同じ部隊にいたローディだった。あいつは俺に詰め寄った。どうして家臣になり下っているんだと。俺はローディに計画を話した。いつか機会を伺って反旗を翻そうと考えていると。ローディは自分も手伝うと言ってくれた。それから、自分以外にも生き残りがいると…。俺たちは部隊の生き残りを探しては、町の住人に紛れ込ませた。段々と仲間の数は増えていった。そんな時だ。この村で赤毛の女性が2匹の犬と一緒に暮らしているのを見たと言う奴が現れた。俺は、ジニーに違いないって確信した。それなら、早く迎えに行けるよう、王に認めてもらおうと、俺はがむしゃらに働いた。そして1年経ち、ようやくお前を迎えに行けたんだ」
トニーの話から考えると、彼は2年かけて今回の計画を密かに準備していたということになる。それも妻の自分が気付かないくらい水面下で…。
「じゃあ、使用人の皆さんも…」
「あぁ。生き残った仲間だ。俺の家を拠点に、皆で協力し合っていた」
頷いたトニーは微かに笑みを浮かべると、再び話し始めた。
「王に認められた俺は、自由に場内を歩き回れるようになった。城に出入りしながら、城の構造を詳しく調べた。全ての隠し通路を調べ上げ、家に帰り地図に書き記した。王は俺を信頼し、国中の武器は俺が作った物になった。俺を可愛がってくれる王に、後ろめたくなったこともある。だけど…」
言葉を切ったトニーはごくりと唾を飲み込んだ。
「王は表向きは優しかった。だが、同時に残忍さを持ち合わせていた。ある日、俺と同じように他国から連れて来られた男がミスを犯した。王は皆を集め男を罵った。言葉だけではなく、酷く折檻した。許しを請う男の言葉に耳を貸すこともなく、首を斬り落とした。その時、王は笑いながらその男の首を斬り、身体中を切り刻んだ。そして皆に言った。逆らえばこうなると…。その時俺は感じた。早く手を打たねば、手遅れになるかもしれないと…。だが、機会はやって来なかった。そんな時、君がキリアンに連れ去られた。ジニーを奪還するという名目ができたと、皆いきり立った。それでも俺は、キリアンが単独で起こしたのか、それとも王も関わっているのか、最後に確認したかった。妻を返して欲しいと王に直訴すると、王は『お前の妻も王妃になる方がよいだろう』と言った。そして俺にはマヤ姫と結婚しろと命じた。姫と夫婦になれば、俺の仕事はただ武器を作り続け、姫と交わるだけ…。つまり俺は城の一室に生涯閉じ込められ、マヤ姫以外の人間との接触も絶たれた、孤独な人生を歩むことになっていた…」
首を振ったトニーは「間に合ってよかった…」と呟くと、ヴァージニアの髪に顔を埋めた。
話終えたトニーだが、救出した時ヴァージニアは酷く怯えていたことを思い出した。
「大丈夫だったか?」
顔を上げたトニーはヴァージニアの瞳を見つめると頬を優しく撫でた。トニーの優しい瞳に、ヴァージニアは慌ただしさに託けて記憶の奥底にしまい込もうとしていたあのおぞましい出来事を思い出した。
「トニー…わ、私……」
ヴァージニアの目に涙が浮かんだかと思うと、彼女はガタガタと震え始めた。
「どうした?」
急変した妻の様子に、何かあったに違いないとトニーは顔色を変えた。
「わ、私……私……殿下に……」
ヴァージニアに何があったのか悟ったトニーは、怒りのあまり耳の先まで真っ赤に染めた。
「あの野郎…」
唇を噛み締めたトニーは、今すぐキリアンの元に向かい、自らの首を斬り落としたかったが、今はヴァージニアのそばにいることが最優先だと考え直すと、何とか怒りを鎮め、妻をギュッと抱き直した。
「ジニー…俺は今、君が俺のそばにいてくれるだけで幸せなんだ…。だから…泣かないでくれ…」
他の男に何度も穢されてしまったのに、トニーはどうしてこんなにも優しく受け止めてくれるのだろう…。
「でも…でも……」
シクシクと嗚咽を漏らすヴァージニアをトニーは腕の中に閉じ込めた。
「いいか。何があってもジニーは俺の世界一大切な妻だ。何があっても…」

何度も何度もそう伝えると、恐怖と緊張から開放されたのか、ヴァージニアは声を上げて泣き始めた。子供をあやすように、背中を撫でていると、暫くしてヴァージニアは泣きながら眠ってしまった。頬にそっとキスをしたトニーは、ヴァージニアを起こさないよう立ち上がると寝室を後にした。
寝室のドアの外にはダミーとユーがいた。
「どうした?」
不安げにトニーを見上げた2匹は、部屋の中を覗き込んだ。
くーんと声を上げた2匹の頭を撫でたトニーは、腰を落とすとダミーとユーを抱きしめた。
「ヴァージニアのこと、見ててくれないか?」
小さくワンっと吠えた2匹は部屋の中に入ると、ベッドのそばに座り込んだ。
その様子を見届けたトニーは、階下へと向かった。

1階には皆が集まっていた。
「首尾は?」
皆笑顔なのだから計画は全て順調に遂行されたと分かっていたが、そう尋ねてみると、ローディが目に薄らと涙を浮かべ頷いた。
「トニー…やったぞ。王は死んだ。一族諸共々…」
兵士に妻子を殺されたクリントは、感慨深気に妻の遺品であるネックレスを見つめていた。
クリントだけではない。誰しもが大切な家族や友人を殺された者ばかりだったので、皆何かしら思うことがあったのだ。

城は焼け落ち、国は滅んだ。
その時の話を聞き入っていたトニーだが、彼も2年以上必死に戦ってきた一人だったので、込み上げる物を抑えきれず、目に浮かんだ涙をそっと拭った。
「新しい人生のスタートだな…」
そうポツリと呟いたトニーは、大きく深呼吸した。まるで呪縛から解放されたようにスッキリとした表情を見せたトニーは大きく伸びをした。
と、顔を見合わせ頷き合った一同が一斉に跪いた。
「え……」
何事かと目を見開いたトニーに向かって、皆を代表するようにスティーブが口を開いた。
「今日ここに、新たな国が誕生した。国には王が必要だ。トニー、君のようなね」
ポカンと口を開けたままのトニーだったが、数秒経ってようやく皆が言っていることを理解したのか、ブンブンと首を振った。
「お、俺?!俺には無理だ。どう見たって、王様って感じじゃないだろ?」
叫ぶように告げたトニーだが、仲間は一斉に思い思いの言葉を発した。
「この計画が成功したのは、お前のおかげなんだぞ?」
「お前が1人で密かに頑張ってくれたおかげで、入念に計画を立てることができたんだ」
「そうだよ。あの王に仕えるなんて、腸が煮えくり返る思いだっただろ?それなのにお前は黙って、嫌な顔一つせずに奮闘してくれた」
「稼いだ金も全て俺たちのために使ってくれたし…俺たちはお前に感謝してもしきれないんだ」
口々に感謝の念を述べる仲間を制したスティーブは、立ち上がるとトニーの手を握りしめた。
「皆、君に感謝してる。君が王になるのは、皆の希望なんだ。頼む、受けてくれ」
スティーブと他の面々の顔を交互に見ていたトニーは考え込むように顔を伏せたが、しばらく経って顔を上げた彼は皆に向かって頭を下げた。
「ありがとう。そう思ってくれていたなんて、俺は嬉しい…。皆の気持ちは分かった。でも、王にはなれない。いや、王は必要ない。この町は皆で作っていくんだ。皆で助け合って守っていくんだ。町の代表も交代で選ぼう。皆が俺を…というのなら、最初の代表には俺がなる。だけど何年かしたら、また皆で選び直すんだ」
国は王が統治するもの…。その場にいた全員が、国とはそういうものだと思っていた。そのためトニーの言うことがにわかに信じられなかった面々だが、頭の良いトニーが言うことなのだ。そういう国の在り方があっても良いのかもしれないと納得した。
と、誰かが拍手をし始めた。その輪は次第に大きくなり、今や部屋にいる全員が立ち上がり、割れんばかりの拍手喝采が沸き起こった。
誰しもが皆笑顔だった。皆嬉しそうに笑っていた。その笑顔を見つめながらトニーは誓った。この地では二度と争い事は起こさせないと…。

翌朝。
ヴァージニアは力強い腕の中で目を覚ました。目の前には無邪気に眠るトニーの顔。
ぐーぐーいびきをかいて眠るトニーは、久しぶりに熟睡しており、起こすのは気が引けたが、朝食の用意をするためにはトニーの腕の中から脱出しなければならない。
「トニー…」
そっと頬に手を触れ呼びかけると、トニーは小さく唸り声を上げ目を覚ました。
「おはよ…ハニー…」
寝ぼけ眼で囁いたトニーは、ヴァージニアを抱きしめなおすと顔中にキスをした。
「気分はどうだ?」
ヴァージニアの心にはまだ少しだけ不安が残っていたが、トニーがそばにいてくれるのだからと考えると、その不安も消え去ってしまった。
「うん。大丈夫よ。あなたがいてくれるから」
笑みを浮かべたヴァージニアは心底嬉しそうで、安心したトニーはホッと息を吐くと妻の髪を撫でた。
「今日からさ、新しくスタートし直そう。俺と君と、それからこの子と…」
お腹に手を当てたトニーは、蕩けるような笑みを浮かべた。
「やっと、憧れてた平凡な暮らしってやつが手に入った」
子供たちに囲まれた平穏な家庭を築くのは、トニーとヴァージニアの夢だった。その夢がようやく叶うのだから、トニーだけではなくヴァージニアも嬉しくて堪らなかった。
もう誰にも邪魔されることはない。戦火に怯えることも、愛する者を奪われるかもしれないという恐怖に怯えることも…。
笑いながら頷いたヴァージニアは、とびっきりの愛を伝えるようにトニーに抱きついた。

***
数年後。
街の一角にある家に、1人の男がやって来た。庭には沢山の花が植えられ、子供たちの笑い声がいつも絶えない家だが、今日は賑やかな声の代わりに鉄を打つ音が聞こえている。
庭の一番日当たりの良い場所では、美しい赤毛の女性が小さな女の子の赤ん坊を背負い洗濯物を干していた。そのそばの木陰には、2匹の犬が気持ちよさそうに寝そべっている。
「ヴァージニアさん、こんにちは」
帽子を取った男が声を掛けると、女性はニッコリ笑みを浮かべた。
「あら、コールソンさん。こんにちは」
いつも温かく迎えてくれるヴァージニア・スタークは美しく聡明で、この街の女性の憧れの的であった。もちろん男性陣にも絶大な人気を誇っており、コールソンは無意識に頬を赤らめた。このままヴァージニアと話していたいところだが、あまり鼻の下を伸ばしていると、彼女の夫であるトニー・スタークがすっ飛んで来るだろう。
「町長は?」
用件を済ませようと軽く咳払いしたコールソンに、母親のそばで小さな子犬たちと遊んでいた3歳くらいの女の子が立ち上がった。
「あたちがおとうたま、よんでくる!」
あっという間に消えてしまった娘を見送ったヴァージニアだが、立ち上がるとコールソンに軽く頭を下げた。
「少しお待ちくださいね」
洗濯カゴを置いたヴァージニアは、庭の隅の小屋に向かって歩き出した。

小屋の中はムンっとした熱気に包まれていた。先ほど飛ぶように走り去った娘は案の定、2人の兄と共に父親が剣を作る様子を真剣な眼差しで見つめているではないか。
「トニー。お客様よ」
トニーが打ち立ての剣を水に漬けると、ジュッと水が煮え立つ音がし、辺り一面蒸気に包まれた。
「あちゅーい」
大袈裟に顔を顰めた娘を優しい眼差しで見つめたトニーは、剣を置くと妻に近寄った。
「誰だ?」
「コールソンさんよ」
ヴァージニアの背中で眠ってしまった娘の頬をくすぐったトニーは、妻にキスをすると眉を吊り上げた。
「また厄介事を持ってきたのか?」
「トニーったら、コールソンさんが来られる度にそう仰るんだから…。良いことかもしれませんよ?」
可愛らしく夫を睨みつけたヴァージニアだが、髭を撫でつけたトニーは肩を竦めた。

「コールソン、また厄介事か?」
娘を抱いたトニーが、こちらに向かって歩いて来た。その後からは、2人の息子と手を繋いだヴァージニアの姿も見える。
「町長、私がいつも厄介事を持ち込んでくると思わないで下さいよ」
苦笑するコールソンだが、トニーの言う通り8割がた厄介事しか持ち込まない自覚はある。だが、今回はおめでたい話題なのだ。しかもまだ自分しか知らないであろう、とっておきの極秘情報。
コホンと咳払いしたコールソンは、スターク夫妻を見渡すと胸を張った。
「実は、ロジャースが結婚することになりまして…」
目を丸くして驚くスターク夫妻の姿を予測していたコールソンだが、2人はあぁ…と間抜けな声を出した。
「らしいな」
ふんっと鼻を鳴らしたトニーは、今更その話かというように目をくるりと回した。
「ご存知なのですか?!」
スティーブ・ロジャースから『この話をしたのはコールソンさんだけですよ』と言われていたため、知っているのは自分だけと高を括っていたコールソンは、まさかの事態に頭を掻きむしりそうになった。
「実は、スティーブさんから色々相談されてたんです」
悔しがるコールソンを横目で見ながらヴァージニアはトニーを見つめた。
「そうだ。相手のカーター嬢とキスしたいがどうしたらいいかとか、どうやって交わればいいのかとか…。あいつは童貞だから、オンナの扱いに関しては無知だ。だから俺に根掘り葉掘り聞きに来ていたんだ」
苦笑するトニーに、コールソンはスティーブ・ロジャースは一体どこまで相談してたんだと思ったが、納得したように頷いた。
「さすが町長」
博学なトニーの元には毎日のように誰かが相談に訪れていた。ただ彼の場合は世間一般から少しズレたところがあるため、ヴァージニアが軌道修正しているとのことだが…。
「この仕事も長くやってると、楽しいぞ?」
笑い声を上げたトニーにつられ、子供たちもクスクス笑い出した。
結局あれからトニーはずっと町長の任に就いていた。というのも、彼はビジネスの才能もあるため、町はどんどん活性化していた。そのため誰もが幸せに暮らしており、トニー以外の町長は考えられないと皆口を揃えて言うのだ。
「街の皆が幸せに暮らせる…それが一番だ。スティーブにもようやく春が訪れたな」
感慨深けに呟いたトニーに賛同するように大きく頷いたコールソンは、早速式の準備をしますね…と言い残すと帰って行った。

コールソンが帰った後、一家は庭で遅めの昼食を取った。
子供たちは早々に食べ終わり、ダミーとユーとその子犬たちと遊び始めた。末っ子の娘はゆりかごの中でグッスリ眠っており、上の3人の子供たちは元気よく庭を走り回っている。その姿を見つめながら、ヴァージニアは甘えたように隣に座るトニーの肩にもたれ掛かった。
「ねぇ、トニー。私ね、とっても幸せよ」
心の底から幸せそうに呟いたヴァージニアに、トニーはこの数年の出来事を思い返した。
ここには幼い頃から夢見て来た、家族に囲まれて幸せに暮らすという形があった。決して贅沢な暮らしは出来ないが、いつも笑顔で毎日暮らすことができる…。これ以上幸せなことがあるだろうか。これも全て、隣に最愛の女性がいてくれるから…。ヴァージニアがいるから、毎日どんなことがあっても乗り越えていけるのだ。そして今では4人の子供たちも…。
「トニーは幸せ?」
妻の問いかけに、トニーは彼女の腰に腕を回すと身体を引き寄せた。
「俺は世界一幸せな男だ。美しい妻に可愛い子供たちに囲まれて…これ以上の幸せはない」
そう言って微笑んだトニーは、ヴァージニアにキスをすると彼女のお腹にそっと手を当てた。
「もうすぐ5人目も産まれるし…な?」
恥ずかしそうに目を瞬かせたヴァージニアはトニーをじっと見つめた。そしてキスを強請るようにそっと目を閉じたのだが…。

「おとうさま!おかあさま!ダミーが!!」
子供たちの叫び声に振り返ると、ダミーが、先日トニーが子供たちと悪戯で掘った落とし穴に落ちているではないか。
立ち上がったトニーが落とし穴を覗き込むと、ダミーはしょぼくれている。
「すまんな、ダミー。埋めようと思ってたのを忘れてた」
恨めしげにトニーを見つめたダミーだが、今更何を言っても無駄だと考えたのか、ワンっと吠えた。引っ張りあげてもらったダミーは、仕返しとばかりにトニーに飛びかかった。
「おい!ダミー!」
地面にひっくり返ったトニーの顔をダミーはぺろぺろと舐め始めた。と同時に、子供たちがトニーに抱きつき身体中をくすぐり始めた。
「こら!や、やめ…」
堪えきれなくなったトニーは、大声で笑い始めた。トニーに合わせて、子供たちも、そして様子を見にきたヴァージニアも笑い始めた。

その日、スターク家からは、いつまでも楽しそうな笑い声が聞こえていた。

ヴァージニアがキリアンに連れ去られ、トニーも幽閉されていたら…という悲劇Ver.

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Day 6 (Friday, July 14): au

中世辺りのトニペパAU。

***
とある国の国境の村に、トニーという若者が住んでいた。鍛冶屋を営む彼は決して裕福な暮らしではないが、美しく聡明なヴァージニアという許嫁がおり、毎日幸せに暮らしていた。
そんなある日のこと。隣国との戦が勃発し、トニーも徴兵されることになった。戦いは日に日に激しさを増しており、この国は滅亡するのでは…と噂される中での出兵ということもあり、戦いに赴く前日、2人は断腸の思いで抱き合っていた。
「ジニー…必ず戻ってくる。だから待っていてくれ…」
身体中にキスを刻みながらトニーは何度もヴァージニアに誓った。
「必ず戻って来て下さい…。私はあなたのことをずっと待っていますから…」
泣きながらも笑顔を見せたヴァージニアに、トニーは絶対に生き延びてみせると誓った。

が、事態は最悪の方向に動いた。
『この国は隣国に滅ぼされた』
そんな噂が村に伝わってきたのは、トニーが出兵して1ヶ月後のことだった。国と共に兵は全滅し、生き延びた者も首を斬られたというのだ。そして隣国はこの国の村を焼き払いながら、領内を侵攻している、村の男は殺され、女は犯され、子供は売り飛ばされる…。隣村から命からがら逃げてきた若者からそう聞かされ、村人たちは一刻も早く逃げようと、村の動きは慌ただしくなり始めた。
が、ヴァージニアは動けなかった。トニーが死んだかもしれないと言われたが、信じることが出来なかった。彼は何があっても帰ってくると誓ってくれたのだ。だから、もしかしたら、すぐに戻ってくるかもしれない。それならば、今この村から逃げれば、彼は帰る場所がなくなってしまうのだ。
ヴァージニアは覚悟を決めた。トニーが戻ってくるまで、この村を離れないと…。何人もの村人が一緒に逃げるように声をかけてくれたが、ヴァージニアは首を縦に振らなかった。そして彼女は、トニーがもしもの時のために用意してくれていた地下室に身を潜めることにした。
地下室には、沢山の食糧や必要な物が蓄えられていた。トニーとの思い出の品を幾つか持ちこんだヴァージニアは、トニーの愛犬のダミーとユーと共に地下室に座り込んだ。

暫くして頭上でガタガタ音がし始めた。
「くーん…」
侵入者に耳を立てたダミーとユーは小さく声を出したが、吠えれば見つかると理解しているのだろう、2匹はヴァージニアを守るように隣に座り込んだ。
家具の壊れる音、食器の割れる音…荒らされる室内に、何も出来ない自分が悔しくてヴァージニアは涙を流したが、敵がこの村から早く立ち去ることを祈るしかなかった。

ダミーとユーとパンや水を分け合い、身を潜めていたヴァージニアだが、数日経つとようやく物音が聞こえなくなったため、恐る恐る地下室から顔を出した。
敵は別の村へ移動したのか、誰もいなかった。
家はこれ以上ない程荒らされており、トニーが丹精込めて作った物も全て奪われていた。幸いにもトニーとヴァージニアの家は無事だったが、外に出れば、村はあちこち焼き払われ、見るも無残な姿だった。自分以外何もない状況に、途方に暮れたヴァージニアは、その場に座り込んでしまった。
トニーのためにこの場に残ると決めたが、これでは自分が生きていくことすら不可能かもしれない。
シクシク泣き始めたヴァージニアに、ダミーとユーが駆け寄ってきた。涙を舌で舐めた2匹は、ヴァージニアを元気付けるように吠え始めた。
「そうよね。トニーは戻ってくると約束してくれたもの…」
涙を拭ったヴァージニアは、トニーが戻ってきた時にいつものように温かく迎えようと、家を片付け始めた。

その日から、ヴァージニアの孤独な日々が始まった。食糧は地下室に蓄えがあったし、村の他の家の残骸から、使えそうな物を集め、生活できるように整えた。家の周りを耕し、野菜の苗を植えた。そして少しでも気分が明るくなるようにと、沢山の花も植えた。それでも夜は襲われないかと不安になり、2匹の犬と共に地下室で眠った。

トニーはもちろんだが、村人が誰か戻ってくるかもしれないと期待したが、誰も戻ってくる気配はなかった。実はヴァージニアは知らなかったが、村人は逃げ込んだ森の中で敵に全員殺されていたのだ。つまり、あの時共に行動しなかったおかげで、ヴァージニアは一人生き延びていたのだ。

10日ほど経ったある日のこと。
庭で遊んでいたダミーとユーが突然大声で吠え始めた。昼食を作っていたヴァージニアは、誰か来たのかと飛び上がった。戸口にあった鍬を握りしめたヴァージニアが恐る恐る外へ出ると、道の真ん中に誰かが倒れ、ダミーとユーが警戒しながら周りを回っていた。
その男が、この国の紋章入りの盾を背中に背負っているのに気づいたヴァージニアは、もしやトニーかと鍬を放り投げ走った。が、男はトニーではなかった。トニーと同年代の男だが、彼は全くの別人だった。怪我をし意識を失っている男を放っておくこともできず、家に運び入れたヴァージニアは、その男を手厚く介抱した。そのおかげで、数日後に男は意識を取り戻した。
「ありがとうございます。私はスティーブ・ロジャースです」
礼儀正しく名乗った男は優しい目をしており、心を許したヴァージニアも名乗った。
「ヴァージニア・ポッツです」
すると、スティーブは目を丸くした。
「ヴァージニアって……もしかして、トニー・スタークの…」
トニーの名を口に出した男に、ヴァージニアはその場で飛び上がった。
「トニーを…トニーを知っているのですか?」
まさか偶然助けた男がトニーを知っているとはまさに奇跡。これで彼の手掛かりが掴めるかもしれないと、ヴァージニアは目を輝かせた。
「はい、トニーとは短い間でしたが、同じ部隊で戦いましたから…」
何故か口を濁したスティーブは、視線を伏せてしまった。
「トニーのこと、何かご存知ではないですか?どんな些細なことでもいいんです。教えて下さい」
縋るようなヴァージニアに、何事か考えていたスティーブだが、彼は重い口を開いた。
「ヴァージニアさん、私はあの戦いの最中、崖から転落してしまったので、全てを知っている訳ではありません。ですから、私の知っていることをお話しします」
ふぅと大きく深呼吸をしたスティーブはゆっくりと話し始めた。
「トニーは本当にいい奴でした。彼は明るく、楽しい男でした。それに頭が良く、新しい武器を作るのも得意でした。彼が軍に来てから、武器の性能は向上しました。が、その噂はすぐに敵にも知れ渡ったようです。戦いの終盤になると、敵はトニーを捕虜にしようと躍起になっていましたから…」
一息ついたスティーブは膝の上に置いた手を握りなおした。
「私が最後にトニーの姿を見たのは、私のいた部隊の兵が全滅した日です。その頃になると、トニーは自分でも悟っていました。敵に捕まれば、二度と国に帰ることは出来ないと…。トニーは私に言いました。『俺は絶対に国に帰らなくてはいけない。俺のことを待っている恋人がいるんだ。ヴァージニアはきっと、何があっても俺のことを待ってくれているだろうから…』と。 その夜も、夕食を食べながら、皆で身の上話をしていました。戦いが終わったら何をするかという話になり、トニーは言いました。『俺は帰ったらヴァージニアにプロポーズする。彼女と結婚して、おとぎ話のように、幸せに暮らすんだ』と。その時、敵の奇襲が…。殆どの者は眠っていました。ですから、そのまま殺された者も大勢いました。起きていた者も、身軽な格好をしていましたし、反撃する間もなく、我々は制圧されてしまいました。私は仲間を一人でも多く助けようと走り回りました。その時です。トニーの叫び声が聞こえました。見ると敵がトニーを捕まえ、立ち去ろうとしているではありませんか。私は後を追いかけました。が、敵の数は多く…。横手から奇襲され、私は崖から転落してしまいました。何処をどう歩いたのか定かではありませんが、運よくあなたに助けて頂いたんです」
黙ったまま唇を震わせているヴァージニアは今にも泣き出しそうで、スティーブは深々と頭を下げた。
「すみません、ヴァージニアさん…。トニーは敵に捕虜にされ…私は助けることが出来なかった… 」
頭を下げ続けるスティーブに、ヴァージニアは慌てて首を振った。
「スティーブさん、謝らないで下さい。彼が捕虜になったのは、あなた方のせいではないんですから…」
必死で涙を堪えているヴァージニアは痛々しく、それでも恋人の帰りを一人待ち続ける彼女は健気で、スティーブはトニーの代わりに彼女を守らなければ…という使命感に駆られた。
「ヴァージニアさん、トニーは生きています。きっと生きています…。ですからトニーが戻ってくるまで、私があなたのことを守ります」
女一人で暮らしていくには物騒すぎるので、スティーブのこの申し出をヴァージニアはありがたく受けることにした。

元気になったスティーブは、隣の家を修復すると、村で暮らし始めた。
数日もすると、ダミーとユーともすっかり仲良くなったスティーブをヴァージニアも兄のように慕い、2人と2匹はあの戦いが起きる以前のように平穏に暮らし始めた。

***
それから一年が経った。
トニーはまだ戻って来ない。そればかりか、何の手掛かりすらも見つからなかった。
一向に変わらない状況に、ヴァージニアの心は折れそうだった。
「スティーブさん…トニーはもう…」
顔を合わせる度に意気消沈するヴァージニアをスティーブは励ますしかなかった。
「ヴァージニアさん、信じよう。トニーは必ず戻ってくるから…」
だが、次第に伏せこむことの多くなったヴァージニアは、食事も喉を通らなくなり、とうとう起き上がることも出来なくなってしまった。すっかり痩せ細ってしまったヴァージニアのそばから、ダミーとユーは離れそうとしない。
スティーブが必死に看病するが、ヴァージニアにはもはや生きる意欲がなかった。
「トニーに…ごめんなさいって…。愛してるって……伝えて…」
譫言のように恋人の名を呼び続けるヴァージニアに、どうすることもできないスティーブは唇を噛み締めた。

その頃、一人の男が村を通りかかった。
立派な身なりをした男は、昔のこの村の様子を知っているのだろう。彼は変わり果てた村の姿を呆然と馬上から見渡した。が、1軒の家の煙突から煙が登っているのに気づくと、馬を走らせた。
家に近づくと、庭で寝そべっていた2匹の犬が勢いよく起き上がった。警戒して吠える2匹に、男は笑みを浮かべると馬から降りた。「おい!ダミー!ユー!俺だよ!」
男の正体に気づいたダミーとユーは、尻尾を振り始めた。男は、2匹が待ち焦がれた主人…つまりトニーだったのだ。ダミーとユーはトニーに飛びかかった。ペロペロと顔を舐め始めた2匹に押し倒されたトニーは、地面に倒れ込むと嬉しそうに笑い声を上げた。
毛並みは綺麗に整えられ、洗いたてなのか石鹸の香りのする2匹をトニーはギュッと抱きしめた。庭には花が植えられているし、洗濯物もはためいている。きっとヴァージニアは1年以上、待ち続けてくれたに違いない。だが、いつまで経っても彼女は姿を現さないではないか。
「ヴァージニアは?」
トニーの言葉に戯れるのをやめた2匹は悲しそうにクーンと鳴いた。
「おい…まさか…」
愛犬の悲痛な声に顔色を変えたトニーは立ち上がると家に飛び込んだ。
「ヴァージニア!」
と、トニーの声にスティーブが寝室から飛び出して来た。
先程からダミーとユーが吠えていたし、誰かがヴァージニアの名を叫びながら家に飛び込んできたのだから、これは侵入者かと構えて出てみれば、待ち焦がれたトニー・スタークが目の前にいるのだから、スティーブは腰を抜かしそうになった。
「トニー?!」
目を白黒させるスティーブだが、トニーもトニーでまさかスティーブが自分の家にいるとは思ってもいなかったので、目を真ん丸に見開いたまま立ちすくんでしまった。
「スティーブ?おい、スティーブか?!」
久しぶりの再会に、我に返った2人は抱き合い喜び始めた。
「どうしてお前が俺の家に?」
スティーブの背中をポンッと叩いたトニーだが、顔色を変えたスティーブは、トニーの肩を掴んだ。
「そんなことは後でいいから!」
状況が全く掴めないトニーは目をぱちくりさせているが、そんなトニーの手を引っ張るように、スティーブは寝室へと向かった。
寝室のベッドにはヴァージニアが眠っていた。すっかり痩せ細ってしまった恋人の姿に、トニーは言葉を失ってしまった。
「ヴァージニア?」
そっと呼びかけてみたが、ヴァージニアは目を閉じたままだ。
「ヴァージニアさん、ずっとトニーを待っていた…。だけど、1年以上音沙汰がなかったから…彼女…もう君に会えないと諦めかけてて…。生きる気力を失ってしまったんだ…」
スティーブの言葉にトニーは唇を噛み締めた。もっと早く帰ってくることができれば、彼女を苦しめずに済んだかもしれない。
ヴァージニアに縋り付いたトニーは、彼女の額にキスをすると頬をそっと撫でた。と、ヴァージニアが目をうっすらと開けた。
「トニー…?」
会いたくて堪らなかったトニーがようやく夢に現れてくれた…。微睡んだ瞳でトニーを見つめたヴァージニアは、嬉しそうに笑みを浮かべたが、1年前とは違い、髭を生やし立派な身なりをした彼の様子に、これは夢なのか現実なのか分からなくなり戸惑い始めた。
「俺だよ、トニーだ。ジニー、帰って来たぞ…。遅くなってすまなかった…」
彼女の戸惑いに気づいたトニーは、恋人を安心させるように手をぎゅっと握りしめた。その力強い感触に、ようやく目の前のトニーが現実だと理解したヴァージニアは、ベッドから飛び起きた。
「本当に…トニーなの?」
「あぁ、俺だよ」
抱き締め何度もキスをするとようやく納得したのか、ヴァージニアはトニーにしがみつくと声を上げて泣き始めた。
「トニー……よかった…」
トニーの存在を確かめるように、胸元に顔を押し付けて泣き続けるヴァージニアの頭をトニーは愛おしそうに撫で続けた。

暫くして落ち着いたヴァージニアが泣き止むと、気を利かせたスティーブが温かいスープを持ってきた。
「まずはしっかり食べて元気になってくれ」
スティーブから皿を受け取ったトニーは、そう言いながらスープを掬ったスプーンをヴァージニアの口元に運んだ。

トニーが付きっ切りで看病したおかけで、数日後にはヴァージニアは元気を取り戻した。
ヴァージニアが元気になったところで、トニーは彼女とスティーブに、この1年のことを語り始めた。
「あの夜、敵に捕まって、城に連れて行かれた。酷く拷問されるのかと思ったが、何もされなかった。何もない部屋に閉じ込められたけど、食事も出してくれ、手厚く饗されたんだ。何日か経って、王がやって来た。そして、国は滅亡したと聞かされた。呆然とする俺に王は言った。『お前には武器を作る才能がある。お前の国は滅びた。だからこのまま我が国に仕えてくれぬか?』と。国を滅ぼした相手だぞ?最初は吐き気がするほど嫌だった。だが、王は毎日のようにやって来ては、俺を説得するんだ。帰っても仕事も何もない。それならば、この国で仕事を見つけ、ヴァージニアを迎えに行こうと決めた。俺も生きるために必死だった。俺はがむしゃらに働いた。早くヴァージニアに会いたい一心だった。1年経ち、俺の働きを認めてくれた王は、俺を重臣に登用してくれた。そして何か褒美を与えよう、欲しい物はあるかと聞かれた。だから俺は答えた。『国に大切なものを残してきたから取りに帰りたい』と。王はそれなら早く行ってこいと快く送り出してくれた」
捕虜になったとはいえ、トニーは相当優遇されていたようで、ヴァージニアは彼が辛い目にあっていたのではないと知り、安心したように息を吐いた。それでも彼にとってもこの1年は苦労の連続だっただろう。そんな中でも自分のことを忘れず、こうやって迎えに来てくれたことが、ヴァージニアは嬉しくて堪らなかった。
目を潤ませているヴァージニアにキスをしたトニーは、指を絡ませた。
「ジニー、お前を妻とするために迎えに来た。だから共に参ろう」
うんうんと何度も頷いたヴァージニアは、くしゃっと顔を歪めると、泣きながらトニーに抱きついた。恋人の背中をゆっくりと摩っていたトニーだが、スティーブに顔を向けると目を煌めかせた。
「なぁ、スティーブ。お前も一緒に来ないか?実は、あの部隊の生き残った仲間がいる」
「何だって?!」
あの部隊の仲間は全滅したと思っていたスティーブは、生き残りがいると聞き、飛び上がった。
「生き残りがいるという噂を聞いて、探したんだ。ローディにバートン、バナーにソーだ。王に仕えるのは抵抗があるだろ?だから全員、俺の護衛ってことで、家にいるんだ」
確かにトニーの言う通り、これから生きていくためには働かなければならない。敵国の王に仕えるのは気が進まないが、トニーに仕えるのなら、大歓迎だ。
「それならば、喜んで行くよ」
大きく頷いたスティーブに、トニーも笑みを見せた。
「それはよかった。そうと決まれば、出発だ」

それから3人は慌ただしく荷造りをし始めた。ヴァージニアもスティーブも、これといって沢山荷物がある訳ではなかったが、それでもトニーが連れてきていた荷馬車はいっぱいになってしまった。
「さあ、ジニー…」
荷物を積み終えると、トニーはヴァージニアを抱きかかえたまま馬車に乗り込んだ。
「スティーブはどうする?」
馬車に乗り込もうとしていたスティーブは、トニーのその言葉に足を止めた。まるで『2人きりになりたいから、乗ってこないでくれ』というように、トニーはじっと見つめてくるのだから、スティーブは後ずさりした。
「私は馬で追いかけるよ」
すると、さも当然だというように眉を吊り上げたトニーだが、作り笑いを浮かべ後退するスティーブに、からかうように声を掛けた。
「崖から落ちるなよ」
ダミーとユーが馬車に乗り込んだのを確認したトニーは、バタンと扉を閉めた。

その後、トニーとヴァージニアは、仲間たちと共にいつまでも幸せに暮らしましたとさ…。
めでたしめでたし…。

おまけ Day 7 (Saturday, July 15): free day

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Day 3 (Tuesday, July 11): family/kids

先程まで騒いでいた双子が急に静かになり、何か悪戯でもしているのかと、ペッパーは慌てて部屋へ向かった。すると、部屋にはトニーがいた。リクライニングチェアに腰を下ろしたトニーの腕の中では、2歳になったばかりの双子が静かに寝息を立てていた。
「本を読めとせがまれて読んでいたんだが…」
父親の腕の中で寝息を立てる娘と息子は、むにゃむにゃと寝言を言うと、父親の胸元に顔をすり寄せた。
「何の本?」
「アイアンマンの絵本だ」
それは、敵に捕らわれたペッパーをアイアンマンが助けに行くという話。実際に起こっていない事件が描かれた作り話だが、この絵本は双子のお気に入りだった。そしてトニーとペッパーもお気に入りの1冊だった。
「この絵本の結末、よく出来てるよな?」
「そうね」
アイアンマンとペッパーは結婚し、幸せに暮らしましたとさ…という結末。
今や、2人の子供の父親と母親になり、そしてもうすぐ3人目が産まれるのだから、幸せに暮らしているトニーとペッパーにとって、最高の結末だ。
フフッと笑みを浮かべたペッパーは、トニーの唇にキスをすると、子供達を寝かしつけるため、娘を抱き上げた。

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