窓一つない部屋では、時間の感覚すら奪われていた。
武器の整備をしていたトニーは伸びた前髪を掻き分けると、ふぅとため息を付いた。
あの日…王の元へ真相を問いただしに来たのが運の尽きだった。家に帰ることも出来ず、トニーはこの陽の射さない暗い地下室へ閉じ込められた。
『もし俺が戻らなくても、決して早まるな』
仲間にはそう言い残してきたから、心配はないだろう。恐らく機を見て、立ち上がってくれるだろうから…。
トニーの心配はただ一つ。ヴァージニアのことだった。この城のどこかに閉じ込められている最愛の妻。あれからどれだけ時が経ったのか定かではないが、そろそろ子供も産まれている頃だろう…。
だが、それを確かめる術は自分にはない。自分の仕事は、武器を開発し、そして…。
と、重たい鉄の扉が開いた。
姿を見せたのは、『妻』のマヤ姫だった。
この扉が開くのは、1日2度の食事時と、マヤが訪れる時、そして時折武器の回収に担当の者が来る時のみ。
「トニー、お父様が早く孫の顔が見たいと仰るの。だから抱きなさい」
「…はい…」
頷いたトニーは、ベッドに登った。
愛などなかった。ただ、子供を作るだけの行為だった。機械的に行為をこなすトニーは無表情で、マヤはいつも不満だった。
だが、仕方ない。彼の心にはたった1人の女性しか住んでいないのだから…。
マヤはマヤで、何とかトニーを振り向かそうと必死だった。彼をこの閉ざされた空間から救い出そうと、何度も父王に訴えた。が、父王は断固として首を縦に振らなかった。
「ヴァージニアと顔を合わせれば終わりだ。お前はそれでもよいのか?」
そう言われれば、マヤもそれ以上何も言えなかった。
子供を授かればトニーも少しは心を許してくれるかと考えたが、なかなか子供は出来なかった。
今日も中で達したトニーなのに、彼は何も言わなかった。素早く後始末をしたトニーは、服を着るとぼんやりとベッドに腰掛けた。
悲しみを背負い込んだその背中に、マヤは何とか会話の糸口を掴もうと、話しかけた。
「そういえば、あなたの元奥さんのヴァージニア、一昨日子を産んだわよ」
ビクッと肩を震わせたトニーが振り返った。トニーの瞳に初めて希望と喜びが垣間見れた。が、この話の結末は、その期待を裏切る形になるのだから、この話題を出したことをマヤは内心後悔した。
「あなたにそっくりの男の子…。あまりにあなたに似ていたから、お兄様がお怒りになって………絞め殺したそうよ」
顔面蒼白になったトニーは言葉を失った。
我が子は無残にも殺されたのだ。
泣き叫びたかったが、トニーは涙を流すことも出来なかった。
目を見開き身体を震わせるトニーに、マヤは真相を告げようと、何度も深呼吸をした。
「ヴァージニアは泣き叫んだわ…。当たり前よね…。子供を殺されたんだから…。冷たくなった赤ん坊を離そうとしないの…。だから……無理やり引き離したそう…」
そう伝えるのがやっとだった。マヤの目から涙がポロポロと零れ落ちた。同じ女性として、ヴァージニアの苦しみは分かったから…。最愛の夫と会うことができず、子供まで奪われたヴァージニアの苦しみは、痛いほど理解出来たから…。
マヤの涙にトニーは正直驚いた。所詮彼女も王や王太子と同じだと思っていたから…。だが、マヤの涙は心からの涙だった。彼女は自分とヴァージニアの悲しみを理解してくれている…、そう気づいたトニーは、マヤのその気持ちに訴えることにした。
「…赤ん坊に会わせて下さい…」
涙を拭ったマヤは、小さく頷いた。
「…待ってて…」
そう言うとマヤは足早に部屋を出ていった。
翌日。マヤは周囲を気にするように、小さな袋を抱えて現れた。
ベッドの上にそっと袋を置いたマヤは、持っていた小さな花束をその上に置いた。
泣き腫らしたのか真っ赤な目をしたマヤは、悲痛な面持ちでトニーを見つめた。
「ヴァージニア……今朝死んだわ…」
「え……」
瞬きしたトニーは、口を開けたまま固まってしまった。
「首を吊って…。彼女のこと、気になって…朝様子を見に行ったら…」
その時の様子を思い出したマヤの目から涙が零れ落ちた。
ヴァージニアは自ら命を絶っていた。ここへ連れてこられた時、持ち物は全て没収されたはずなのに、隠し持っていたのか、トニーとの結婚指輪を左指に嵌めて…。
「これがあったわ…。あなた宛ての手紙…」
トニーの手に紙切れを押し付けたマヤは、震えるトニーの手を両手で包み込んだ。
「ヴァージニアの遺体…この部屋の2つ先の部屋にあるから……。明朝、埋葬されるそうよ…」
手を伸ばしたマヤは、震えるばかりのトニーをギュッと抱きしめた。
「こんなことになると…思ってなかったの…。ごめんなさい…本当にごめんなさい…」
声を上げて泣き続けるマヤの背中をトニーはそっと抱きしめた。
しばらくして、涙を拭ったマヤは立ち上がった。
「…私…馬を繋ぎ忘れたの…。裏門にいるわ…」
そう言い残すと、マヤは鍵を掛けずに部屋を出て行った。
マヤが部屋を出て行くと、トニーは手の中にある紙切れを開いた。走り書きだが、確かにヴァージニアの文字だった。
『トニー…きっとあなたもどこかで苦しんでいるのよね…。いつかあなたに会えることを信じて、生きてきたわ…。赤ちゃんが生まれれば…もしかしたらあなたとまた一緒にいられるかもと信じてた…。でも…あなたの赤ちゃんを守れなかった…。ごめんなさい…。許して…。あなたにこの世で会えないのなら…私はもう生きる意味がありません…。愛してる…トニー…。先に逝く私を許して下さい…。ヴァージニア』
ポタポタと零れ落ちた涙で文字が滲み始めた。手紙を握りしめたトニーは、ベッドの上の袋を手に取った。震える手で袋を開けると、小さな赤ん坊が出てきた。
濁った瞳には何も映っていなかったが、オーシャンブルーの瞳をした赤ん坊は、自分にもヴァージニアにも似ていた。
「ジニー……」
冷たくなった赤ん坊を抱きしめたトニーは、ヴァージニアの名を呼びながら泣き続けた。
どれくらい泣き続けたのだろう。赤ん坊を袋の中にしまったトニーは自分の身体に括りつけた。そして作ったばかりの武器を懐にしまうと、フラフラと部屋を抜け出した。
マヤに教わった部屋に向かうと、ヴァージニアはいた。すっかり窶れてしまったヴァージニアは、台の上に横たわっていた。頬をそっと撫でたトニーは、ヴァージニアの亡骸を背負うと、裏門へと向かった。そしてマヤの言葉通り、繋ぎ忘れていた馬に乗ると、闇に紛れて城を飛び出した。
馬を走らせ続けたトニーは、生まれ育った村に辿り着いた。
廃墟と化した村には人影もなく、自分たちの家もすっかり荒れていた。
ヴァージニアが沢山の花を植えていた場所に、トニーは穴を掘り始めた。そして冷たくなった息子の亡骸を埋めたトニーは、ヴァージニアを抱き上げた。
ヴァージニアは眠っているようだった。せめて一度だけでも、最後に声が聞きたいと、トニーは奇跡を信じて唇にキスをした。
「ジニー…」
が、奇跡は起こらず、ヴァージニアは何も答えてくれなかった。何度唇にキスをしても、何の反応もなかった。
どうしてこんなことになったのだろう…。
最愛の女性は奪われ、そして子供まで奪われた。生きていればいつか会えると信じていたが、もう決してこの世で会うことはできないのだ。
泣きながらヴァージニアを息子の隣に埋葬したトニーは、ヴァージニアの名を刻んだ墓標を突き刺した。
「ジニー…すぐに会えるからな…」
トニーに生きる意志はなかった。彼には絶望しか残されていなかった。だが、同じ場で眠りにつくことができれば、この世ではない別の場所で、いつか再会できるかもしれない…。
懐から武器を取り出したトニーは、自分の頭に当てた。
「ジニー…愛してる…」
墓標を抱きしめたトニーは、躊躇なく頭を撃ち抜いた。
3日後。
村を1人の男が訪れた。ジャーヴィスだった。
ヴァージニアが亡くなり、そしてトニーも失踪したという噂を耳にした彼は、もしやと思い村を訪れたのだが…。
「トニー様…」
妻と息子の墓標を抱きしめるようにトニーは自ら命を絶っていた。
「トニー様…。ようやくヴァージニア様とお会いできたんですね…」
微かに笑みを浮かべたトニーの顔を撫でたジャーヴィスは、ヴァージニアの隣にトニーを埋葬した。そしてジャーヴィスは、この悲劇を伝え、そして団結し反旗を翻そうと、村を後にした。
それから暫くして、2匹の犬が村へやって来た。やせ細った2匹は、何かを探すように村を彷徨っていたが、倒れかけた墓標に気づくと、最後の力を振り絞って近づいてきた。
クンクンと暫く匂いを嗅いでいた2匹は、悲痛な声を上げ数回鳴いた。そして墓の前に座り込むと、2度と動くことはなかった。