「未来編」カテゴリーアーカイブ

We can’t live without each other.⑥

数日後。
トニーの手を握りしめ話しかけていたペッパーは、ふと部屋の外が騒がしいのに気が付いた。
「どうしたのかしら…」
立ち上がったその時、外から悲鳴と銃声が聞こえペッパーは飛び上がった。
何か起こった…。もしかしたらあの女が来たのかもしれない…。
そう思ったペッパーは寝かせていたエストを抱き上げるとトニーの手を再び握りしめた。
その時、室外で爆発音がし、ドアから一人の女性が入ってきた。
手に拳銃と手りゅう弾を持った女は、ベッドに横たわるトニーを見つめると、そばのペッパーを睨みつけた。
「あなたね、彼の奥さんは。トニーはまだ死んでないの?彼の声が聞こえない?苦しいって声が…。ねぇ、早く楽にしてあげて。彼が辛いだけよ」
「何を言って…」
この女は私たちからトニーを奪おうとしている。トニーを殺して自分も死ぬ気だと感じたペッパーは、深呼吸をすると努めて冷静に言った。
「いいえ。彼は私と娘の元に戻ってこようとしているの。今も言っているわ。早く会いたいって。それにね、彼は強いの。とても強いのよ。だから、諦めたりしないわ」
何があってもトニーを信じているという強い意思の表れたペッパーの力強い瞳に、エミリーは一瞬怯んだ。それでも目の前の女には負けなくない、彼女は彼のことを捨てたのだから…。唇を噛み締めたエミリーは、拳銃をトニーに向けた。
「何を言ってるのよ!あんたは彼のことを捨てたのよ!あんたに何が分かるの!あんたが決断できないんなら、私が終わらせるわ!」
エミリーの指が引き金に掛かったのを見たペッパーは、トニーを守るように覆いかぶさった。
「どきなさい!あんたも子供も死にたいの!」
「いや!絶対にいや!トニーのことは私が守ってみせるわ!」
腕の中のエストが大きな声で泣き始めた。だが、ペッパーは動かなかった。エストを抱きしめ、トニーの身体にしがみついた。

その時、トニーの指先がピクリと動いた。

誰かが言い争う声がしている…。
今まで遠くで聞こえていた声が徐々にはっきりしてきた…。

ぼんやりする頭でトニーは必死で声の主を考えた。

ペッパーの声だ…。戻ってきてくれた…。それにエストの泣き声も聞こえる…。

薄っすらと目を開けたトニーの視界に飛び込んできたのは、自分に覆いかぶさっているペッパー。彼女は泣きながら誰かに叫んでいる。「守ってみせる」と叫んでいる。

早くペッパーに触れたい…。エストを抱きしめたい…。二人に…愛していると伝えなければ…。

ゆっくりと動き始めたトニーの手がペッパーの背中に触れた。
その温かく懐かしい感触にペッパーは身体を起こした。
「トニー?」
トニーは薄っすらと目を開けペッパーを見つめているではないか。
「トニー……」
ペッパーの目にはみるみるうちに涙が溜まり始めた。そしてトニーの頬を右手で触れたペッパーは彼の名前を呼びながら顔にキスをし始めた。
「だー」
エストが自分も父親の姿を見たいと抗議するように声を上げた。
「エスト…パパが目を覚ましたわよ…」
トニーに見えるように抱き直すと、エストは可愛らしい笑みを浮かべ嬉しそうに手足をバタつかせた。

「嘘よ…トニー…嘘よね…」
まさか彼が生還するなんて…。もうすぐ彼と永遠に二人きりになれると思ったのに…。
この感動的な親子のシーンをしばらく呆然と見ていたエミリーだが、ヘナヘナとその場に座り込んだ。
そこへ警察を引き連れたハッピーがやって来た。座り込んでいるエミリーから拳銃と手榴弾を奪い、後ろ手に手錠をかけるのを見届けたハッピーは、トニーの元へ駆け寄った。
「ボス…」
大きな身体を震わせて泣くハッピーを見たトニーは嬉しそうに目を細めると、小さく親指を立てた。

⑦へ

最初にいいねと言ってみませんか?

We can’t live without each other.⑤

トニーに薬を打った女はエミリーのことを知らなかった。女は、ネットでこの仕事を見つけ大金を積まれてやった、薬は指定された場所に取りに行ったため何の薬か知らなかった、まさかこんなことになるとは思わなかった…と自白した。
結局、エミリー・ホワイトはどこにいるのか分からないままだった。
トニーが死んでいないと知れば、病院に現れるかもしれないと、スティーブたちが交代でトニーの病室を見張ってくれた。だが、エミリーは姿を現さなかった。

事件から五日。
「トニーはどう?」
見舞いにやって来た母親の問いかけにペッパーは首を振った。
あれから何とか持ち直したトニーだが、まだ意識は戻っておらず、予断を許さない状態は続いていた。
ペッパーの横の椅子に座ったシルヴィアは、娘の背中を撫でた。母親の温かな手に、目に大粒の涙を浮かべたペッパーは、ポツリと呟いた。
「ママ…あの時と同じね…」
怪訝そうな顔をした母親に気づいていないペッパーは、俯いたまま話し始めた。
「ほら、私たち、ハネムーンから帰ってきて大喧嘩したでしょ?あの時も素直になれなかったばっかりに、彼のことを苦しめてしまったわ…。あの時、何があっ ても彼のことを信じるって…ずっとそばにいるって決めたのに…。また彼のことを苦しめて…一人にさせてしまった…。妻失格よね…」
トニーが撃たれた時、娘は仕事でNYに行っていたと聞いていたシルヴィアは、その言葉に顔を曇らせた。どうやら仕事というのは嘘らしい。二人が離れていたのは仕事ではなく、喧嘩して娘が家を飛び出したこと、それは孫の誘拐未遂事件が発端だと気付いたシルヴィア。おそらく、犯人がトニーの昔の恋人だったということが原因なのだろう。どうして家出するような喧嘩になったのか、今は聞くべきではないだろう。どうしたものかとシルヴィアが考えていると、ペッパーは大粒の涙をポタポタと零しながら囁くような声で言った。
「ママ…どうしよう…。トニーがいなくなったら生きていけないのは私も一緒…。それなのに……」
いつになったら娘は彼の愛が疑う余地のない真実であると心から信じることができるのかしら…と思ったシルヴィアは、
「ジニー」
と、娘を小さい頃の呼び名で呼んだ。顔を上げたペッパーの頬をシルヴィアは軽く叩いた。
「トニーはあなたとエストのことを置いていったりしないわ!トニーは頑張ってるのよ!あなたが信じないでどうするの!」
頬を押さえたペッパーは目を丸くした。
そう、トニーは私たちのことを置いていったりしない。何があっても永遠にそばにいると誓ったのだから…。それなのに、そばを離れたのは私。犯人に気付いた 時点でトニーが何も言わなかったのは、私たちを守りたかったから。彼女のことを話さなかった理由は分からないけど、今の彼が愛しているのは私だけ。それで十分じゃないの…。
トニーの冷たい頬を撫でたペッパーは、
「まだ間に合うわよね?…トニー…愛してるわ…」
と小声で囁いた。
「ジニー、大丈夫。トニーは強いわ。今までだって、あなたのことを置いていったりしなかったでしょ?彼が今、心から愛しているのはあなたとエストよ?大切なあなたたちを置いていったりしないから…。だから大丈夫…大丈夫だから…」
「ママ……」
子供のように泣く娘をシルヴィアは優しく抱きしめ続けた。

⑥へ

最初にいいねと言ってみませんか?

We can’t live without each other.④

LAへ戻ったペッパーが病院へ向かうと、裏口には連絡を受けたハッピーが待っていた。
「ペッパー!こっちだ。君はNYへ出張中だったということになっている。君のご両親も来られてるんだ。トニーと喧嘩して家出していたとは言えないからな」
鼻を擦ったハッピーだが、その目は真っ赤になっている。ハッピーに荷物を手渡したペッパーは、ぐっすりと眠っているエストを抱き直した。
「トニーは?」
前を進むハッピーはちらりと振り返ったが、何も言わず首を小さく振った。
トニーの容態は相当悪いのだろう。唇を噛み締めたペッパーは、トニーの病室へと急いだ。

犯人はまだ捕まっていないということもあり、厳重な警備が引かれた病室に入ると、トニーのそばにはペッパーの両親がいた。
「ヴァージニア!やっと戻って来たか!」
父親のテッドは駆け寄ると、ペッパーを抱きしめた。そして母親のシルヴィアは、トニーの頬を撫でると手を握り直した。
「トニー、ヴァージニアが帰ってきたわよ…」
トニーは眠っていた。真っ白なベッドの上で身動き一つせず眠っている。青白い顔をしたトニーの全身からは、何本もの点滴やチューブが伸びている。規則正しいモニターの音、口から喉元に入れられた酸素のチューブから漏れ出る音、それだけが彼がまだ生きている証だった。
「トニー……」
のろのろと近寄ったペッパーは、トニーの力ない手を握りしめた。
「ごめんなさい…トニー…。許して…」
まるで自分の温もりを移すように、ペッパーは両手でトニーの手を包み込んだ。

ひとまずホテルに戻ると帰り支度を始めた両親は、エストの面倒を見ると言ってくれた。だが、ペッパーはその申し出を断った。トニーが目覚めた時、二人でそばにいてあげたいと…。
父親と母親を見送ったペッパーは、病室の隅に置いたベビーベッドからエストを抱き上げた。
「パパは頑張ってるのよ。だから、あなたとママと、パパのそばにいてあげましょうね…」
手足をバタつかせたエストは、あーあーと声を出した。
「パパにごめんなさいって謝らないといけないわね…。パパのお話聞かなくてゴメンねって…」
娘の頬をつつきながら話しかけるペッパーに、悲壮な顔をしたハッピーがトニーの状態を説明するから…と声を掛けた。
ソファーにペッパーを座らせたハッピーは、大きな身体を縮こまらせて話し始めた。
「ボスは…トニーは、君を迎えにNYへ向かおうとしていたんだ。空港まで送ると言ったんだが、途中で君へのプレゼントを買うからと、一人で出かけた。だが、あの女に呼び出された。トニーの携帯に君たちを預かっているというメールが残っていた。出かけたのが17時前だった。公園で倒れているのが見つかったのが、今日の明け方だ。あの女…わざと人目につきにくい所にトニーを呼び出したんだ…。
ペッパー…、トニーは…ここに運ばれた時から危険な状態だ。胸と腹を撃たれていた。全部で5発…。発見されたのも遅かったから、出血も酷くて…。正直、生きているのが奇跡だと言われた…。明日までもつか分からないと言われた…。だから…」
そう言うと、ハッピーは目から大粒の涙を零した。
ハッピーは、あの時自分が一緒に行っていれば、こんなことにはならなかったかもしれないと泣いた。ペッパーはハッピーを責めることは出来なかった。あの時、トニーの言い分を聞かず、彼を責め家を飛び出した自分が悪いのだから…。
眠り続けるトニーの手を握りしめたペッパーは、トニーに謝り続けた。
「何があっても、絶対に離れないと誓ったのに…。あなたの愛だけを信じると誓ったのに…。ごめんなさい…トニー。約束破ってごめんなさい…」

片時もそばを離れたくないと、ペッパーはずっとトニーの手を握り寄り添っていた。だがペッパーはいつの間にか眠っていた。
ふと目を覚ますと、ナースがトニーの点滴に何か入れている。ペッパーが目を覚ましたことに気付いたナースは、ペッパーに視線を向けた。マスクをしていて目元しか見えないが、何の感情もない瞳でナースはペッパーを睨みつけた。
(こんなナース、いたかしら?)
「あの…」
何も言わず立ち去ろうとするナースにペッパーが声を掛けた。その時、トニーの身体がビクっと動き、モニターから警告音が鳴り響いた。血圧と心拍数がどんどん下がり始め、反応が微弱になっていく。だが、ナースは部屋を出て行こうとするではないか。
何かがおかしいと感じたペッパーは、ナースコールを押すと、先ほどのナースの元に駆け寄った。
「待ちなさい!あなた、トニーに何をしたの!」
ペッパーの声が聞こえているにも関わらず、立ち去ろうとするナースの腕をペッパーは引っ張った。
トニーの主治医がスタッフを連れて部屋に駆け込んで来た。
容態が急変したトニーに慌ただしく処置を施す医師に気を取られたペッパーの手を、先ほどのナースは振り切った。走って病室を飛び出したナースだが、目の前に食べ物を買いに行っていたハッピーがいるのに気付くと立ち止まった。後ろにはペッパーがいる。
「その女!捕まえて!」
叫ぶようなペッパーの声に、ハッピーは逃げようとする女に体当たりして取り押さえた。

病室にはスタッフが慌ただしく出入りしている。
「と、トニーは?」
部屋に入ろうとするペッパーをナースが押し留めた。
「しばらく外でお待ち下さい」
不穏な空気を感じ取ったのか、ベビーベッドに寝かせたエストが泣いている。
「娘を…」
目に涙を溜めたペッパーはエストを受けとると、廊下の椅子に座った。

しばらくしてトニーを処置していた医師やナースが部屋から出て来た。
「先生…」
立ち上がったペッパーを椅子に座らせると、トニーの担当医は首を振った。
「…会わせたい方がいらっしゃいましたら、早く呼んであげて下さい…」
その言葉にペッパーは頭の中が真っ白になった。呆然とするペッパーの肩を叩いた医師は顔を歪めると
「残念です…」
と、立ち去って行った。

「嘘よ…嘘…。トニーが私とエストを置いて、いなくなるなんてないわ…」
フラフラと病室に入ったペッパーは、トニーのそばに跪くと力ない手を握りしめた。
「トニー…ごめんなさい…。そばにいなくてごめんなさい…。お願い…私を一人にしないで…お願いだから…ねぇ、トニー…」

⑤へ

最初にいいねと言ってみませんか?

We can’t live without each other.③

その頃、NYのホテルに滞在しているペッパーはエストを入浴させていた。
ベッドの上に置いた携帯が鳴り響いたが、バスルームにいるペッパーに聞こえるはずはない。
当分の間鳴り響いていた携帯だが、しばらくすると着信音が途切れた。すると、それまで気持ちよさそうにしていたエストが、突然大声で泣き出した。
「どうしたの?」
エストを抱き上げたペッパーだが、一向に泣き止む気配がない。
娘をタオルでくるみベッドルームへ向かったペッパーは、携帯に着信があることに気付いた。
まだ愚図っている娘をベッドへ寝かせ携帯を見ると、トニーからだった。
なぜかは分からないが胸騒ぎがする。きっとエストも何か感じ取ったのだろう。心のどこかでは、トニーに対する思いは募る一方。電話を掛け直そうとしたペッパーだが、慌てて首を振った。そしてその思いを断ち切るように、電話をカバンの中に突っ込んだのだった。

翌朝、何気なくテレビを付けたペッパーは、凍りついてしまった。
速報と流れていたのは、トニーが意識不明の重体というニュース。
今朝方、公園で倒れているのを発見されたトニーは至近距離で数発撃たれていた。発見された時は撃たれてから数時間経過しており、出血多量で病院へ搬送時にはショック状態だったというニュースを、テレビは繰り返し伝えている。
震える手でチャンネルを回したペッパーの目に、血塗れのトニーが救急車に乗せられる映像が飛び込んできた。現場から中継しているレポーターの背後の地面は、トニーの血だろうか、真っ赤に染まっている。
「ど、どうしよう…」
頭が真っ白になり、何も考えられない。その場にペタンと座り込んだペッパーは、エストの泣き声で現実に引き戻された。
「そ、そうよ…電話…」
昨晩の着信を思い出したペッパーは、這うようにしてベッドルームへ向かうと携帯を取り出した。
トニーの一報を聞いたハッピーやローディ、それに両親から何件もの電話が掛かっていたが、トニーからの最後の履歴を開いたペッパーは残されたメッセージを聞こうと耳に当てた。
「ペッパー?…ハニー……すまな…か…た……あいし…てる……きみに……あい…た………」
か細く途切れそうなトニーの声は、ガタッという音と共に突然切れた。
「トニー…」
また彼のことを一人にしてしまった。とにかく人目も憚らず、大きな声で泣き叫びたかった。
だが、早くトニーの元に戻らなければ…。
泣き崩れそうになったペッパーだが、急いで身支度すると、部屋を出て行った。

④へ

1人がいいねと言っています。

We can’t live without each other.②

翌朝、マリブのスターク邸に入ったハッピーは思わず顔を顰めた。部屋は薄暗く、酒の匂いが充満している。そしてリビングには破壊された物が散乱しており、ハッピーは昨日の時点で来ていればよかったと唇を噛みしめた。
ラボにも寝室にもトニーの姿はない。キッチンへ向かったハッピーだが、その惨劇を見ると、ペッパーに殺される…と頭を抱えた。
トニーは酒のボトルとグラスの破片の散財するキッチンの片隅で、膝を抱え座り込んでいた。
この光景は幾度となく見てきた。信じていた人間に裏切られた時、今度こそ幸せになれるかと思っていた女性と別れた時…。だが、これほどまでに荒れるトニーを見るのは初めてだった。
ハッピーが近づくと、トニーは涙でぐちゃぐちゃになった顔を向けた。虚ろな目でハッピーを見上げたトニーは、残っていた酒を飲み干すと、空になったボトルを投げ捨てた。
「ペッパーは…出て行った…。話すこともないと言われた…。連絡もするなと言われた…。なぁ、ハッピー…。どうしてみんないなくなるんだ?何があってもそばにいると約束したんだぞ?それなのに…どうして…」
大粒の涙がトニーの目から零れ落ちた。膝を抱えたトニーの背中は震えている。
一見強そうなトニーだが、実は弱く脆い。子供の様な面のあるトニーが心から信頼しているのがペッパーだ。ペッパーは愛情に飢えていたトニーに無償の愛を与えてくれ、トニーの心の拠り所となっている。だがその存在を失いかけている今、トニーが崩壊するのは時間の問題だ。
(このままではトニーは自滅する…)
長年そばにいる勘だろうか、今までとは違うと直感的に感じたハッピーは、トニーの横に座ると肩を抱き寄せた。
「ボス……。いや、トニー。ペッパーはあんたのことを見捨てたりしない。彼女はあんたを心の底から愛しているんだから…。実は昨夜連絡があったんだ。トニーが心配だから様子を見ていて欲しいと…。彼女は何があってもあんたのことを裏切ったりしない。だからきちんと話をしろ。彼女はNYにいる。迎えに行って来い」
ハッピーの言葉に、彼を見上げたトニーは涙を拭うと小さく頷いた。

ところが、事態は急変した。
夕方になり、空港に向かおうと愛車に乗り込んだトニーの元に一通のメールが届いた。
『大事な物を預かっている。返して欲しければ一人で来い。場所は…』
メールを見たトニーは顔色を変えると車を発進させた。

指定された場所は、市内のとある公園だった。夕暮れ時で人通りも少ない公園の奥まった場所へやって来たトニーは、イライラと辺りを見渡した。
そこへ現れたのは、今回の犯人であるエミリー。
「久しぶりね、トニー。会いたかったわ」
木々の影となっている場所に立つエミリーは、トニーの位置からは見えず、彼女がどんな表情をしているのかトニーには分からなかった。
「妻と娘はどこだ!」
怒鳴るトニーにエミリーは笑い声を上げた。
「いないわ。あれは嘘。そうでも言わなければ、あなたと二人きりで会えないでしょ?」
やはり嘘かと唇を噛みしめたトニーだったが、これ以上彼女を野放しに出来ない、早く捕まえてペッパーたちを迎えに行きたい…その一心だった。
「自首しろ。今なら重い罪にはならない。それに、君の目的は私だろ?話は聞こう、警察で」
手を差し出し一歩前へ進んだトニーだったが、エミリーはケタケタと嫌な笑い声を上げた。
「いいの?あなたの奥さんと娘のいる場所は知ってるわ。仲間が見張ってるの。そうそう、あなたが私と一緒に来なければ、二人を殺すことになってるのよね」
やはりこの女の目的は自分。だが、例えペッパーたちの命を守るためといえども、ここで彼女を選べば、二度とペッパーとエストには会えない…。
ゴクリと唾を飲み込んだトニーは、努めて冷静な声で言った。
「君のことは選べない。今、大切なのは妻と娘だ。妻と娘に指一本でも触れてみろ。私は君をとことん追い詰める。二人のことは私が命をかけて守る」
力強い言葉と瞳。共に20年前のトニーには見られなかった物。噂通りトニー・スタークは変わってしまったと、エミリーは大げさにため息を付いた。
「昔はそんなに熱かったかしら?でも、仕方ないわね。この手は使いたくなかったんだけど…」
と言いながら、エミリーはコートの懐に手を突っ込んだ。
「トニー、この世で結ばれないなら、こうするしかないわ。死んでくれる?あなたが死んだら私も死ぬから」
懐から何かを取り出したエミリー。暗がりでは何か分からないそれの正体に気付いた時には遅かった。
鋭い痛みがトニーの身体を突き抜けた。
最初は腹、次は胸……。何回目かの衝撃の頃には、トニーは痛みすらも感じなくなっていた。
喉奥からせり上がって来たものが、口の中いっぱいに広がった。ゴホっと咳き込み鮮血を吐き出したトニーは、膝から地面に崩れ落ちた。
地面に倒れこみ動かないトニーの首元に触れたエミリーは小さく笑った。微かに脈打っているが、辺り一面血の海なのだから、命が潰えるのも時間の問題だ。じわじわと苦しみながら、そして孤独にトニーは死を迎える。そして彼が死を迎えた時、あの女は酷く後悔するだろう。彼を孤独に死なせてしまったことに…。
屈みこんだエミリーはトニーの耳元で囁いた。
「安心して?あなたが死んだと確認したら、私もあなたのそばに行くから…。それから、あなたが死んだら奥さんと娘さんには手を出さないわ」
トニーの頭にキスをしたエミリーは、足早にその場を立ち去った。

辺りはすっかり暗くなり、猫の子一匹いない。
地面を這い、近くのベンチに何とか横になったトニーは、ポケットから携帯を取り出した。
救急車を呼ぶべきなのだろうが、トニーの脳裏にはペッパーとエストの姿しか思い浮かばなかった。
震える手で番号を押したトニーは、潰えそうな意識を必死で手繰り寄せ、電話を耳元に当てた。
(ぺっぱ…たのむ…でてくれ…)
だが、トニーの願いも空しく、ペッパーは出なかった。留守番電話の機械的なアナウンスが聞こえ、やっとの思いで一言吹き込んだトニーは、大きく息を吐くと目を閉じた。

③へ
トニーはペッパーなしでは生きられませんからね…

最初にいいねと言ってみませんか?