LAへ戻ったペッパーが病院へ向かうと、裏口には連絡を受けたハッピーが待っていた。
「ペッパー!こっちだ。君はNYへ出張中だったということになっている。君のご両親も来られてるんだ。トニーと喧嘩して家出していたとは言えないからな」
鼻を擦ったハッピーだが、その目は真っ赤になっている。ハッピーに荷物を手渡したペッパーは、ぐっすりと眠っているエストを抱き直した。
「トニーは?」
前を進むハッピーはちらりと振り返ったが、何も言わず首を小さく振った。
トニーの容態は相当悪いのだろう。唇を噛み締めたペッパーは、トニーの病室へと急いだ。
犯人はまだ捕まっていないということもあり、厳重な警備が引かれた病室に入ると、トニーのそばにはペッパーの両親がいた。
「ヴァージニア!やっと戻って来たか!」
父親のテッドは駆け寄ると、ペッパーを抱きしめた。そして母親のシルヴィアは、トニーの頬を撫でると手を握り直した。
「トニー、ヴァージニアが帰ってきたわよ…」
トニーは眠っていた。真っ白なベッドの上で身動き一つせず眠っている。青白い顔をしたトニーの全身からは、何本もの点滴やチューブが伸びている。規則正しいモニターの音、口から喉元に入れられた酸素のチューブから漏れ出る音、それだけが彼がまだ生きている証だった。
「トニー……」
のろのろと近寄ったペッパーは、トニーの力ない手を握りしめた。
「ごめんなさい…トニー…。許して…」
まるで自分の温もりを移すように、ペッパーは両手でトニーの手を包み込んだ。
ひとまずホテルに戻ると帰り支度を始めた両親は、エストの面倒を見ると言ってくれた。だが、ペッパーはその申し出を断った。トニーが目覚めた時、二人でそばにいてあげたいと…。
父親と母親を見送ったペッパーは、病室の隅に置いたベビーベッドからエストを抱き上げた。
「パパは頑張ってるのよ。だから、あなたとママと、パパのそばにいてあげましょうね…」
手足をバタつかせたエストは、あーあーと声を出した。
「パパにごめんなさいって謝らないといけないわね…。パパのお話聞かなくてゴメンねって…」
娘の頬をつつきながら話しかけるペッパーに、悲壮な顔をしたハッピーがトニーの状態を説明するから…と声を掛けた。
ソファーにペッパーを座らせたハッピーは、大きな身体を縮こまらせて話し始めた。
「ボスは…トニーは、君を迎えにNYへ向かおうとしていたんだ。空港まで送ると言ったんだが、途中で君へのプレゼントを買うからと、一人で出かけた。だが、あの女に呼び出された。トニーの携帯に君たちを預かっているというメールが残っていた。出かけたのが17時前だった。公園で倒れているのが見つかったのが、今日の明け方だ。あの女…わざと人目につきにくい所にトニーを呼び出したんだ…。
ペッパー…、トニーは…ここに運ばれた時から危険な状態だ。胸と腹を撃たれていた。全部で5発…。発見されたのも遅かったから、出血も酷くて…。正直、生きているのが奇跡だと言われた…。明日までもつか分からないと言われた…。だから…」
そう言うと、ハッピーは目から大粒の涙を零した。
ハッピーは、あの時自分が一緒に行っていれば、こんなことにはならなかったかもしれないと泣いた。ペッパーはハッピーを責めることは出来なかった。あの時、トニーの言い分を聞かず、彼を責め家を飛び出した自分が悪いのだから…。
眠り続けるトニーの手を握りしめたペッパーは、トニーに謝り続けた。
「何があっても、絶対に離れないと誓ったのに…。あなたの愛だけを信じると誓ったのに…。ごめんなさい…トニー。約束破ってごめんなさい…」
片時もそばを離れたくないと、ペッパーはずっとトニーの手を握り寄り添っていた。だがペッパーはいつの間にか眠っていた。
ふと目を覚ますと、ナースがトニーの点滴に何か入れている。ペッパーが目を覚ましたことに気付いたナースは、ペッパーに視線を向けた。マスクをしていて目元しか見えないが、何の感情もない瞳でナースはペッパーを睨みつけた。
(こんなナース、いたかしら?)
「あの…」
何も言わず立ち去ろうとするナースにペッパーが声を掛けた。その時、トニーの身体がビクっと動き、モニターから警告音が鳴り響いた。血圧と心拍数がどんどん下がり始め、反応が微弱になっていく。だが、ナースは部屋を出て行こうとするではないか。
何かがおかしいと感じたペッパーは、ナースコールを押すと、先ほどのナースの元に駆け寄った。
「待ちなさい!あなた、トニーに何をしたの!」
ペッパーの声が聞こえているにも関わらず、立ち去ろうとするナースの腕をペッパーは引っ張った。
トニーの主治医がスタッフを連れて部屋に駆け込んで来た。
容態が急変したトニーに慌ただしく処置を施す医師に気を取られたペッパーの手を、先ほどのナースは振り切った。走って病室を飛び出したナースだが、目の前に食べ物を買いに行っていたハッピーがいるのに気付くと立ち止まった。後ろにはペッパーがいる。
「その女!捕まえて!」
叫ぶようなペッパーの声に、ハッピーは逃げようとする女に体当たりして取り押さえた。
病室にはスタッフが慌ただしく出入りしている。
「と、トニーは?」
部屋に入ろうとするペッパーをナースが押し留めた。
「しばらく外でお待ち下さい」
不穏な空気を感じ取ったのか、ベビーベッドに寝かせたエストが泣いている。
「娘を…」
目に涙を溜めたペッパーはエストを受けとると、廊下の椅子に座った。
しばらくしてトニーを処置していた医師やナースが部屋から出て来た。
「先生…」
立ち上がったペッパーを椅子に座らせると、トニーの担当医は首を振った。
「…会わせたい方がいらっしゃいましたら、早く呼んであげて下さい…」
その言葉にペッパーは頭の中が真っ白になった。呆然とするペッパーの肩を叩いた医師は顔を歪めると
「残念です…」
と、立ち去って行った。
「嘘よ…嘘…。トニーが私とエストを置いて、いなくなるなんてないわ…」
フラフラと病室に入ったペッパーは、トニーのそばに跪くと力ない手を握りしめた。
「トニー…ごめんなさい…。そばにいなくてごめんなさい…。お願い…私を一人にしないで…お願いだから…ねぇ、トニー…」
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