トニーに薬を打った女はエミリーのことを知らなかった。女は、ネットでこの仕事を見つけ大金を積まれてやった、薬は指定された場所に取りに行ったため何の薬か知らなかった、まさかこんなことになるとは思わなかった…と自白した。
結局、エミリー・ホワイトはどこにいるのか分からないままだった。
トニーが死んでいないと知れば、病院に現れるかもしれないと、スティーブたちが交代でトニーの病室を見張ってくれた。だが、エミリーは姿を現さなかった。
事件から五日。
「トニーはどう?」
見舞いにやって来た母親の問いかけにペッパーは首を振った。
あれから何とか持ち直したトニーだが、まだ意識は戻っておらず、予断を許さない状態は続いていた。
ペッパーの横の椅子に座ったシルヴィアは、娘の背中を撫でた。母親の温かな手に、目に大粒の涙を浮かべたペッパーは、ポツリと呟いた。
「ママ…あの時と同じね…」
怪訝そうな顔をした母親に気づいていないペッパーは、俯いたまま話し始めた。
「ほら、私たち、ハネムーンから帰ってきて大喧嘩したでしょ?あの時も素直になれなかったばっかりに、彼のことを苦しめてしまったわ…。あの時、何があっ ても彼のことを信じるって…ずっとそばにいるって決めたのに…。また彼のことを苦しめて…一人にさせてしまった…。妻失格よね…」
トニーが撃たれた時、娘は仕事でNYに行っていたと聞いていたシルヴィアは、その言葉に顔を曇らせた。どうやら仕事というのは嘘らしい。二人が離れていたのは仕事ではなく、喧嘩して娘が家を飛び出したこと、それは孫の誘拐未遂事件が発端だと気付いたシルヴィア。おそらく、犯人がトニーの昔の恋人だったということが原因なのだろう。どうして家出するような喧嘩になったのか、今は聞くべきではないだろう。どうしたものかとシルヴィアが考えていると、ペッパーは大粒の涙をポタポタと零しながら囁くような声で言った。
「ママ…どうしよう…。トニーがいなくなったら生きていけないのは私も一緒…。それなのに……」
いつになったら娘は彼の愛が疑う余地のない真実であると心から信じることができるのかしら…と思ったシルヴィアは、
「ジニー」
と、娘を小さい頃の呼び名で呼んだ。顔を上げたペッパーの頬をシルヴィアは軽く叩いた。
「トニーはあなたとエストのことを置いていったりしないわ!トニーは頑張ってるのよ!あなたが信じないでどうするの!」
頬を押さえたペッパーは目を丸くした。
そう、トニーは私たちのことを置いていったりしない。何があっても永遠にそばにいると誓ったのだから…。それなのに、そばを離れたのは私。犯人に気付いた 時点でトニーが何も言わなかったのは、私たちを守りたかったから。彼女のことを話さなかった理由は分からないけど、今の彼が愛しているのは私だけ。それで十分じゃないの…。
トニーの冷たい頬を撫でたペッパーは、
「まだ間に合うわよね?…トニー…愛してるわ…」
と小声で囁いた。
「ジニー、大丈夫。トニーは強いわ。今までだって、あなたのことを置いていったりしなかったでしょ?彼が今、心から愛しているのはあなたとエストよ?大切なあなたたちを置いていったりしないから…。だから大丈夫…大丈夫だから…」
「ママ……」
子供のように泣く娘をシルヴィアは優しく抱きしめ続けた。
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