ふみ のすべての投稿

I want to live a second life with you.⑦

翌朝。
ペッパーは仕事に、モーガンは学校に向かう準備をし始めた。
自分がいないのだから、モーガンの送迎はハッピーが行っているのだろうかと考えていたトニーだが、彼の予想に反して、そのハッピーは姿を見せないではないか。
「ハッピーは?」
出かける寸前の2人に尋ねると、ペッパーとモーガンは顔を見合せた。
「ハッピーは、辞めたの」
「え?」
目をパチクリさせるトニーに、ペッパーは告げた。
「あなたが死んだ後も、ハッピーはずっとそばにいてくれたわ。私たちを守るのが、あなたとの約束だからって。でも、私がポールと出会ってから、守ってくれる人が現れた、だから自分の役目は終わりだって」
ペッパーの言葉に、トニーはポツリと呟いた。
「そうか…」
目を潤ませたトニーは、伏し目がちに尋ねた。
「あいつ、幸せになれたのか?」
「ええ」
労わるように優しい笑みを浮かべたペッパーに、トニーは顔を上げた。
「よかった」
トニーは寂しそうだが、安心したように笑みを浮かべた。
「あなたが戻ってきたこと、ハッピーにも知らせましょ?きっと喜ぶわ」
ペッパーにそう言われ、トニーは黙って頷いた。

2人が出かけると家の中はしんと静まり返ってしまった。外に出かけることは出来ないので、この5年間の出来事を把握しようとトニーはパソコンを開いた。

自分の亡き後、沢山のヒーローが誕生していた。共に闘った仲間、つまり昔のアベンジャーズの仲間は誰も残っていなかったが…。それでも自分が死んだ日には5年経った今でも追悼式が行われていると知ったトニーは、パソコンを閉じると溜息をついた。
「死んでも私はヒーローだったのか」

気づけば夕方になっていた。窓の外から見えるNYの街並みは、5年前…いや、10年前の世界が半分消える前と何の変わりもなかった。
だが、時は確実に流れている。自分のいない5年間、ペッパーとモーガンがどんな日々を過ごしてたのか、全てを知ることは出来ない。そして空白の5年間を埋めずして、2人に受け入れてもらえるのだろうか。そんな不安がトニーの胸の中にはずっと渦めいたままだった。

「ただいまー」
ペッパーとモーガンの声が聞こえ、我に返ったトニーは玄関に向かった。
「おかえり」
2人は両手に抱えきれない程の荷物を持っており、一体何事かとトニーは首を傾げた。
「どうしたんだ?」
するとペッパーとモーガンは顔を見合せると、ふふっと笑った。
「あなたの物を買ってきたの。洋服とか靴とか、必要な物を。それにね、パパに似合う洋服は、モーガンが選んでくれたのよ」
ニコニコしているモーガンに、ペッパーも笑いかけた。
「本当か?!モーガンが?!」
大袈裟に喜ぶ父親に、
「そうよ。私が選んだの」
と、鼻を擦ったモーガンは得意げに胸を張った。

が、2人が紳士ものを爆買いしていた様子は、夜のニュースで報じられた。しかも『ペッパー・ポッツ、恋人と結婚間近』と…。
「パパラッチはいないと思ってたのに…」
溜息をついたペッパーに、モーガンはくるりと目を回した。
「ママ、だから言ったの。本当に大丈夫なのって…」
トニーが何か言いかけた時だった。
またしてもタイミング悪くペッパーの携帯が鳴り出した。大きく深呼吸をしたペッパーは、今度はその場で電話に出た。
「もしもし……。えぇ……えぇ……そうね…………分かったわ。じゃあ、また」
手早く電話を切ったペッパーに、トニーは尋ねた。
「ポール・マッカートニーからか?」
するとペッパーは夫を可愛らしく睨みつけると、溜息をついた。
「マーシャルよ。彼、もうすぐ自分の誕生日だから、プレゼントを買ってくれたと思ってるみたい」
ペッパーは、はぁ…と再び溜息をついた。
「いい加減、彼には話をするわね」

⑧へ…

最初にいいねと言ってみませんか?

I want to live a second life with you.⑥

その夜。風呂から上がり寝室へ向かったトニーは、部屋に沢山の自分の写真が飾られていることに気づいた。そしてクローゼットには、自分が愛用していたTシャツやパーカーが収められ、ベッドには自分が使っていた枕が置いてあることにも…。
「あなたの匂いは消えてしまったけど、あなたが恋しくなったら、抱きしめて寝ていたの」
ベッドに座り込んだペッパーは、軽く枕を叩き整えた。そして隣にトニーが潜り込んでくると、ぎゅっと抱きついた。
「昨日、あなたが生き返ったと言われて一晩考えたの。今の私は本当の私かって。あなたといた時の私が本当の私。ヴァージニア・スタークなの。でも、ポールといる時の私は、ペッパー・ポッツを演じているだけだった。幸せな自分を演じているだけだった。天国にいるあなたに、私は幸せだから安心してと、見せようとしているだけだった。つまりね、寂しさからポールに甘えていただけで、彼のこと、本当に愛していたのではないって気づいたの」
トニーは黙ってペッパーの髪を撫でた。
「だから彼からプロポーズされても、すぐに承諾できなかった。そばにいてくれるのは誰でもよかったの。あなたの代わりなんて、誰も出来ないのに。だって、あなたは私の全てだったから。あなたが死んで私の半分は死んでしまったのだから。それでも私は、ただ誰かの温もりが欲しかった。あなたの代わりの温もりなんてあるはずがないけど、誰かの温もりが欲しかった」
胸元に顔を押し付けたペッパーは、小さく震えていた。

思っていた以上にペッパーの心にぬぐいきれないほどの深い悲しみを残していたことに、トニーは後悔した。
あの時、死を覚悟して準備をしていれば、ペッパーやモーガンにもっと色々なことを遺して逝けたのではないかと。いや、絶対に死なないように対策を練れたのではないかと。
「ペッパー、本当にすまなかった」
再び頭を下げたトニーに、顔を上げたペッパーは首を振った。
「トニー、お願いだからもう二度と謝らないで。あなたは何も悪いことはしていないわ。あの時、世界を救うのはあなたしかできなかったわ。あなたは命をかけて、モーガンの未来を守ってくれたんだから…」
「ハニー、すまな……」
謝りかけたトニーの唇を、首を伸ばしたペッパーはキスで塞いだ。
「また謝ろうとしたでしょ?」
可愛らしく睨みつけたペッパーは、トニーの身体の上に座ると彼の頬を撫でた。
「あなたとまた触れ合えるなんて、本当に夢みたい。夢じゃないわよね?」
「ああ、夢ではない。自分でもまだ信じられないから、君が信じられないのは当たり前だな」
苦笑したトニーは、ペッパーの腰に手を添えると、Tシャツの下に手を滑らせた。
「ん……」
小さく吐息を吐いたペッパーはトニーの頬を包み込むとキスをした。舌を絡ませ貪るようなキスを続けながらも、トニーの手はペッパーの背中を撫で回している。
唇を離したペッパーは潤んだ瞳で夫を見つめた。
ポールとキスをしても、その先が欲しいとは一つも思わなかったのに、トニーにキスされるだけで、身体中が彼を求めて疼き始めた。
「トニー……」
妻のTシャツを脱がせたトニーは、自分も服を脱ぐと、ベッドに彼女を組み敷いた。そして首筋から胸元に唇を這わせると、赤い花を幾つも散らした。その間にも、トニーの指は全身を這い回り、その繊細な指使いに、ペッパーは甘い声を上げ始めた。
(あぁ…早くトニーが欲しい……)
トニーの腕をギュッと掴むと、彼も同じ思いだったのだろう。
「ペッパー、愛してる」
とびっきり甘い声で囁いたトニーは、ペッパーの中にゆっくりと入っていった。

5年ぶりのお互いの温もりに、2人はどうしようもない程感じていた。
泣きながらトニーの名を叫んだペッパーが、一段と甲高い声を上げると、トニーも妻の身体を抱きしめ中で果てた。
その瞬間、ペッパーは幸せすぎてどうしていいのか分からなくなった。涙が止まらなかった。もう二度愛し合うことなど出来ないと思っていたのに、奇跡が起こり、最愛の男性に抱きしめられているのだから…。

5年間の空白を埋めるように、その夜2人は何度も求めあった。

⑦へ…

最初にいいねと言ってみませんか?

I want to live a second life with you.⑤

ペッパーとモーガンの家は、あの湖畔の家ではなかった。
「引っ越したんだな」
少しだけ寂しそうに笑ったトニーに、ペッパーは申し訳なさそうに瞬きをした。
「あの家は、あなたの思い出がありすぎたから。でも、あの家は手放してないのよ。あなたが恋しくなったら、モーガンと2人で泊まりに行っていたから」
そう告げると、トニーは黙ったまま小さく頷いた。
キョロキョロと辺りを見渡しているトニーに、モーガンは家の中を案内し始めた。その間にペッパーは手早くサンドイッチを作り、コーヒーとジュースを淹れリビングに戻った。するとトニーはモーガンを膝の上にのせて、楽しそうに話をしていた。5年前までは当たり前のように見ていた光景だが、モーガンは満面の笑みを浮かべていた。この5年間で見たことがないほど、モーガンは嬉しそうだった。それはポールといる時には決して見られなかった、心からの笑顔…。娘がようやく心の底から笑ってくれたことが、ペッパーは何より嬉しかった。

「出来たわよ。ペッパー特製サンドイッチよ」
頃合を見計らって声を掛けると、モーガンを下ろし立ち上がったトニーが、トレーを受け取ってくれた。
「相変わらず旨そうだな」
ペロリと舌で唇を舐めたトニーは、座り直すとサンドウィッチに手を伸ばした。
「美味い」
小さな涙を流したトニーは、幸せそうに目を細めた。

サンドイッチを食べ終わると、トニーは2人に話をし始めた。
「何故生き返ったのか、5年も経って生き返ったのか分からないが、まず言っておきたいことがある。モーガン、5年前、お前に何も言わずに死んでしまってすまなかった。ペッパー、あんな死に方をして、苦労ばかりかけてすまなかった」
頭を深々と下げたトニーに、ペッパーとモーガンは慌てて首を振った。
「トニー 、謝らないで」
「そうだよ、パパ。この間も言ったでしょ。パパは何も悪いことはしてないって」
2人からそう言われたトニーは、安心したのか顔を上げるとホッと息を吐いた。
「生き返った理由は分からないが、それはストレンジが調べると言っていたから、任せようと思う。だが、隠れて暮らす訳にはいかない。いずれ理由を付けて、生き返ったことは公表しなければならないだろう。だが、君たちはこの5年間、私のいない人生を歩んできた。だから私がその人生に再び戻って来てもいいのか、それが一番不安なんだ」
ペッパーとモーガンは顔を見合わせた。
『どうしてパパはそんな悲しいことを考えているの?』と言うように、モーガンが母親を見つめると、立ち上がったペッパーはトニーの隣に腰を下ろした。
「トニー、あなたはこの5年間、私たちの人生にずっといてくれたのよ。姿形は見えなくても、あなたはずっとそばにいてくれた。だから、そんなこと言わないで。あなたは戻ってきてくれた。こんなに嬉しいことはないじゃないの」
「ペッパー……」
泣き出しそうなトニーの頬を優しく撫でたペッパーは、そのままキスをしようとしたのだが、タイミング悪く携帯が鳴り始めた。断りを入れて画面を見たペッパーは顔を顰めた。
「ママ、どうしたの?」
モーガンの問いには答えず、ペッパーは何も言わずに部屋を出て行った。

目をぱちくりさせている父親に、モーガンは溜息を付いた。
「きっとポールおじさんからだよ」
「そうか…」
ペッパーには『ポールおじさん』がいるのだ。今の彼女の隣には、自分ではない他の男が…。
悲しそうに顔を歪めた父親に、モーガンは慌てて告げた。
「昨日ママに聞いてみたの。もしパパがそばにいたら、ポールおじさんとは結婚しないかって。そしたらね、ママ、言ってたよ。パパがいてくれるなら、そんな必要ないって。パパ、ママはね、パパのことを今でもずっと愛してるんだよ。パパじゃないと、ママはダメなの。パパが死んでからママは大笑いしなくなったんだから」
そこへペッパーが戻ってきた。
沈みこんでいるトニーと、慰めているモーガンに、ペッパーは首を傾げた。
「どうしたの?」
母親に向かってモーガンはわざとらしく眉をつり上げた。
「ポールおじさんからでしょ?」
「えぇ。夕食を食べに行く約束をしてたの。すっかり忘れてたけど。でも、トニーが生き返ったからとは言えないから、モーガンが熱を出したって、お断りしたわ」
不安げなトニーにペッパーはニッコリ笑った。
「だって、あなたがいるのよ。話したいことも沢山あるわ」
トニーの目の前に腰を下ろしたペッパーは、彼を安心させるように唇にキスをした。

⑥へ…

最初にいいねと言ってみませんか?

I want to live a second life with you.④

翌朝。
モーガンはペッパーを連れてストレンジの家に向かった。
ドアをノックすると、ストレンジがすぐに出てきた。
「待ってたぞ」
ペッパーに向かった頷いたストレンジは、2人を中に通した。
「トニーは…」
「いるぞ」
再び頷いたストレンジは、走って奥の部屋に向かったモーガンを見つめた。
「パパ!」
部屋に飛び込んだモーガンの声に続いて、男性の声が聞こえた。
「モーガン、よく来たな」
確かにトニーの声だ。
ペッパーはガタガタ震え始めた。夢物語のような出来事が、今すぐそばで起こっているのだ。
足がすくんで動けない。
こんなことがあるのだろうか…。死者が生き返るということなんて…。
トニーに会いたいという思いと同時に、少なからず恐怖も感じたペッパーは、ゆっくりと部屋に近づいた。
「今日はね、ママも来てるの!」
モーガンの嬉しそうな声に続いて、ガタっと大きな音がした。と、部屋から男性が飛び出してきた。
それは確かにトニー・スタークだった。ペッパーの愛する、たった一人の男性だった。
トニーの方も、離れた所に立っているペッパーの姿に、立ちすくんでしまった。
会いたくてたまらなかったはずなのに、これは夢で触れれば消えてしまうのではと…もしかしたら拒絶されるのではと、トニーは恐ろしくてたまらなかった。だが、会いに来てくれたのだから、きっとペッパーは受け止めてくれると考えたトニーは、やっとの思いで最愛の女性の名を口にした。
「ペッパー……」
トニーだ。本当にトニーが生き返ったのだ。
涙が次々と零れ落ち、カバンを落としたペッパーはトニーに向かって手を伸ばした。トニーも一歩一歩近づいて来た。が、距離はもどかしいほど縮まらない。ペッパーの歩みは次第に早くなり、ついには駆け足になったペッパーは、トニーの腕の中に飛び込んだ。

トニーに抱きついたペッパーは、すぅと息を吸い込んだ。
トニーの匂いだ。腕の温もりも何もかも、5年前と同じトニーのものだ。忘れるはずがない。間違えるはずがない。なぜならトニーは自分の一部だったんだから…。

「ペッパー…」
トニーの声に顔を上げると、涙で潤んだ琥珀色の瞳に見つめられた。
生涯でたった一人の最愛の男性の頬を両手で包み込んだペッパーは、確かめるように何度も触れた。
「トニー……トニー………」
泣きながら名前を呼ぶペッパーに、トニーは何度も頷いた。
言葉はいらなかった。
自然と唇を重ねると、ペッパーの耳の奥でドクドクと鼓動が鳴り響いた。
ポールとのキスは何も感じなかった。だが、トニーとのキスは、唇の温もりも柔らかな感触も全てを感じることが出来た。心にポッカリと空いていた穴が塞がり、ペッパーはようやく自分があるべき場所に戻ってきた気がした。

暫くして落ち着きを取り戻したペッパーは、トニーを連れて家へと帰ろうとした。自分は『死んだ』人間なのだからと、トニーは躊躇したが、ペッパーもモーガンも、一時もトニーとの離れていたくなかったため、半ば強引にトニーを連れて家へと帰った。

⑤へ…

最初にいいねと言ってみませんか?

I want to live a second life with you.③

その夜。
家の前で車を降りたペッパーにキスをしながら、ポールは尋ねた。
「明日の夕食、モーガンも一緒にどうだい?」
「えぇ、きっと喜ぶわ」
笑顔で答えるペッパーだが、ポールは顔を曇らせた。
「どうかな。モーガンは俺を受け入れてくれてない」
「時間が必要なの。きっと分かってくれるわ」
そう告げたペッパーは、ポールにキスをした。甘い口付けに、ポールはペッパーの身体を抱きしめると、耳元で囁いた。
「ところで、いつになったら君と朝まで過ごせる?」
と、ペッパーが身体を強ばらせた。
「もう少し待って…」
声を震わせたペッパーの背中をポールはスっと撫でた。
「婚約しているのに?」
「……」
いつもこうなのだ。ペッパーは決して一線を踏み越えようとしないのだ。いい雰囲気になっても、彼女は身を引いてしまう。その理由は分かっている。彼女には未だに彼の影がまとわりついているから…。
黙ったままのペッパーから身体を離したポールは、もう一度キスをした。
「いいさ。結婚するまで待つさ。愛してるよ、ヴァージニア」
「おやすみなさい」
そう告げると、ペッパーは足早に家へと向かった。

ポールは優しい。
だが、彼とキスをしても心はときめかない。
彼はトニーではないから。
いつまでも比べていてはいけないと分かっている。トニーはもうこの世にはいないのだから。トニーとキスをすることはもう二度とないのだから。

玄関の前で深呼吸をしたペッパーは、
「ただいま」
と明るい声で言うと、リビングへと向かった。すると真剣な顔をしたモーガンが待ち構えているではないか。
「ママ、話があるの」
「学校で何かあったの?」
いつになく真剣な娘に、ペッパーは首を傾げたが、モーガンは口をへの字に曲げたままだ。
「学校よりも、もっと大事な話」
これは本当に重大な話なのだと気づいたペッパーは、
「分かったわ。着替えてくるから待ってて」
と言うと、寝室に向かった。

服を脱ぎベッドに腰掛けると、『ハニー…』と、トニーの声が聞こえた気がした。
ベッドサイドのテーブルに置かれたトニーの写真を手に取ったペッパーは、愛おしそうに写真を撫でた。
「トニー………」

ポールとの関係を一歩踏み出せないでいるのは、やはりトニーのことを忘れられないからだ。トニーのことを心の底から愛しているからだ。
彼以上の存在は、永遠に現れることはないと分かっている。だが、いい加減、前に向かって歩かねばならない。トニーはきっと、人生を楽しめって思っているはずだから。

深呼吸したペッパーはクローゼットからトニーの古びたTシャツを出した。
トニーが死んだ後、思い出が詰まりすぎているあの家に住むのは無理だった。そこでここに引っ越したのだが、彼の物は何一つ処分することができず、あの家に全て置いてきた。あの家は、5年前のままだった。トニーの存在が5年経っても残っていた。そのため、ペッパーとモーガンは時折あの家に戻り、トニーの思い出と過ごしていた。
それでも毎日彼の存在を感じたくて、彼がよく着ていた洋服は寝室のクローゼットに入れてある。恋しくなるとトニーの服を着て、写真や動画を見て、彼の温もりを思い出していた。

Tシャツを被ったペッパーはもう一度深呼吸すると、モーガンの元へと向かった。

モーガンは恐ろしいほど真剣な顔をして待ち構えていた。
「話って?どうしたの?」
隣に座ってきた母親は、父親のTシャツを着ていた。ポールおじさんと過ごした日の母親は、いつも父親のものを身に付けていることに、モーガンはとっくに気づいていた。そしてその夜は、父親の思い出話をし始めるということにも。
そんな日だからこそ、父親が生き返ったという話を、生真面目な母親も信じてくれるかもしれないと、モーガンは心の中で気合いを入れた。
「ママ、私の話は信じられないかもしれないけど、ちゃんと聞いてくれる?」
首を傾げたペッパーは、不思議そうに娘を見つめた。
「ママはいつだってあなたの話を真剣に聞いてるわよ」
それはそうだけど…と、モーガンは気づかれないように目をくるりと回した。
「それは分かってる。でも、今からする話は、いつもよりも真剣に聞いて欲しいの。きっとママは信じられないって叫びたいって思う。私もそうだったから。でもね、嘘のような話だけど、本当の話だから……」
と、ペッパーがクスクス笑い出した。
「その言い方、トニーに…パパにそっくりね」
父親の話になり、モーガンはこれはチャンスと母親の話に乗ることにした。
「そうなの?」
「ええ。あなたは本当にパパにそっくりよ」
愛おしそうに娘の頬を撫でたペッパーは、トニーを思い浮かべた。
「パパはあなたという大切な存在を遺してくれたわ。パパにそっくりなあなたがいてくれたから…パパが命をかけて守ったあなたがいたから、ママは頑張ろうって思えたのよ」
モーガンがいたからこそ、トニー亡き後も生きてこられたのだ。娘がいなければ…トニーの生きた証がなければ、喪失感は何一つ埋めることが出来ず生きていただろう。
大きな琥珀色の瞳でモーガンは見つめてきた。その眼差しはトニーそのままで、娘に亡き夫の姿を重ねたペッパーは、笑みを浮かべた。
母親の表情は優しいが、少しだけ寂しそうで、ママは今でもパパのことだけを愛していると確信したモーガンは、単刀直入に尋ねた。
「ママはパパのことを愛してる?」
「えぇ。パパはママの全てだった。パパのことは今でも世界で一番愛しているわ」
「ポールおじさんよりも?」
娘の言葉にペッパーは一瞬黙ってしまった。だが、トニーと同じ瞳に見つめられ、娘に嘘をついても仕方ないと感じたため、正直に自分の気持ちを話すことにした。
「そうね。彼は…ポールはトニーとは違うの。トニー以上の人ってきっと現れないわ。でもね、モーガン。ママがいくらパパのことを愛していても、トニーはもう戻って来ないの。ママのそばにいてくれないの。ママもね、誰かそばにいて欲しい、そう思うことがあるの。だから………」
泣き出しそうになった母親に、早く父親のことを知らせたかったが、モーガンはもう一つ確認しておきたかった。
「じゃあ、パパがそばにいたら、ママはポールおじさんと結婚しない?」
と、ペッパーが眉をひそめた。
「もちろんよ。トニーがいてくれるなら、他の人と結婚する必要はないもの」
母親の言葉に、モーガンはようやく安心した。ママと生き返ったパパと3人で暮らしていけると感じたモーガンは、母親の手を握りしめた。
「じゃあ、ママ、ポールおじさんとお別れして!だって、パパが戻ってきてくれたから!」
ポカンと口を開けたペッパーは娘を見つめた。一体娘は何を言い出すのだろうかと、目を白黒させたペッパーは、何度も深呼吸をすると顔を顰めた。
「モーガン、大人をからかうのは…」
が、冗談ではなかったのか、モーガンは目を三角にすると怒鳴った。
「からかってない!本当の話なの!言ったでしょ!真剣に聞いてって!!」
頬を膨らませたモーガンだが、戸惑った様子の母親に、気持ちを落ち着かせようと深呼吸をした。そして再び真剣な顔をすると、母親を見つめた。
「パパが生き返ったの」
ギョッとしたようにペッパーが目を見開いた。
「今朝ね、ストレンジおじさんが来たの。パパが生き返ったって教えてくれた。私も最初は嘘だって思った。でも、おじさんについて家に行ったら、パパがいた。パパに会ったの。本物のパパだったの」
父親に似て冗談好きな娘だが、今の娘は冗談を言っているのではなさそうだ。それにストレンジが絡んでいるとなると、本当の話なのだと、ペッパーはようやく理解した。が、生き返ったとは一体どういうことなのだろうか。あれから5年も経っているのに…。
「生き返るって……」
やっとの思いでそう言うと、モーガンは肩を竦めた。
「ママ、神様や魔法使いや宇宙人がいるんだから、パパが生き返っても不思議じゃないわ」
「そうだけど……」
娘はトニーに会ったからそう思えるのだろう。この目で確かめた訳ではないので、まだ半信半疑な母親に、これはちゃんと再会するまで信じてくれないと感じたモーガンは、提案した。
「パパに会いに行こうよ」
が、母親は黙ったままだった。そんな母親に、モーガンは悲しそうに顔を歪めた。
「パパに会いたくないの?」
「そんな訳ないわ!トニーは……ママの………」
思わず声を荒げた母親の目から零れ落ちた涙を拭ったモーガンは、手をそっと握りしめた。
「じゃあ、明日、パパに会いに行こう」

④へ…

最初にいいねと言ってみませんか?