ペッパーとモーガンの家は、あの湖畔の家ではなかった。
「引っ越したんだな」
少しだけ寂しそうに笑ったトニーに、ペッパーは申し訳なさそうに瞬きをした。
「あの家は、あなたの思い出がありすぎたから。でも、あの家は手放してないのよ。あなたが恋しくなったら、モーガンと2人で泊まりに行っていたから」
そう告げると、トニーは黙ったまま小さく頷いた。
キョロキョロと辺りを見渡しているトニーに、モーガンは家の中を案内し始めた。その間にペッパーは手早くサンドイッチを作り、コーヒーとジュースを淹れリビングに戻った。するとトニーはモーガンを膝の上にのせて、楽しそうに話をしていた。5年前までは当たり前のように見ていた光景だが、モーガンは満面の笑みを浮かべていた。この5年間で見たことがないほど、モーガンは嬉しそうだった。それはポールといる時には決して見られなかった、心からの笑顔…。娘がようやく心の底から笑ってくれたことが、ペッパーは何より嬉しかった。
「出来たわよ。ペッパー特製サンドイッチよ」
頃合を見計らって声を掛けると、モーガンを下ろし立ち上がったトニーが、トレーを受け取ってくれた。
「相変わらず旨そうだな」
ペロリと舌で唇を舐めたトニーは、座り直すとサンドウィッチに手を伸ばした。
「美味い」
小さな涙を流したトニーは、幸せそうに目を細めた。
サンドイッチを食べ終わると、トニーは2人に話をし始めた。
「何故生き返ったのか、5年も経って生き返ったのか分からないが、まず言っておきたいことがある。モーガン、5年前、お前に何も言わずに死んでしまってすまなかった。ペッパー、あんな死に方をして、苦労ばかりかけてすまなかった」
頭を深々と下げたトニーに、ペッパーとモーガンは慌てて首を振った。
「トニー 、謝らないで」
「そうだよ、パパ。この間も言ったでしょ。パパは何も悪いことはしてないって」
2人からそう言われたトニーは、安心したのか顔を上げるとホッと息を吐いた。
「生き返った理由は分からないが、それはストレンジが調べると言っていたから、任せようと思う。だが、隠れて暮らす訳にはいかない。いずれ理由を付けて、生き返ったことは公表しなければならないだろう。だが、君たちはこの5年間、私のいない人生を歩んできた。だから私がその人生に再び戻って来てもいいのか、それが一番不安なんだ」
ペッパーとモーガンは顔を見合わせた。
『どうしてパパはそんな悲しいことを考えているの?』と言うように、モーガンが母親を見つめると、立ち上がったペッパーはトニーの隣に腰を下ろした。
「トニー、あなたはこの5年間、私たちの人生にずっといてくれたのよ。姿形は見えなくても、あなたはずっとそばにいてくれた。だから、そんなこと言わないで。あなたは戻ってきてくれた。こんなに嬉しいことはないじゃないの」
「ペッパー……」
泣き出しそうなトニーの頬を優しく撫でたペッパーは、そのままキスをしようとしたのだが、タイミング悪く携帯が鳴り始めた。断りを入れて画面を見たペッパーは顔を顰めた。
「ママ、どうしたの?」
モーガンの問いには答えず、ペッパーは何も言わずに部屋を出て行った。
目をぱちくりさせている父親に、モーガンは溜息を付いた。
「きっとポールおじさんからだよ」
「そうか…」
ペッパーには『ポールおじさん』がいるのだ。今の彼女の隣には、自分ではない他の男が…。
悲しそうに顔を歪めた父親に、モーガンは慌てて告げた。
「昨日ママに聞いてみたの。もしパパがそばにいたら、ポールおじさんとは結婚しないかって。そしたらね、ママ、言ってたよ。パパがいてくれるなら、そんな必要ないって。パパ、ママはね、パパのことを今でもずっと愛してるんだよ。パパじゃないと、ママはダメなの。パパが死んでからママは大笑いしなくなったんだから」
そこへペッパーが戻ってきた。
沈みこんでいるトニーと、慰めているモーガンに、ペッパーは首を傾げた。
「どうしたの?」
母親に向かってモーガンはわざとらしく眉をつり上げた。
「ポールおじさんからでしょ?」
「えぇ。夕食を食べに行く約束をしてたの。すっかり忘れてたけど。でも、トニーが生き返ったからとは言えないから、モーガンが熱を出したって、お断りしたわ」
不安げなトニーにペッパーはニッコリ笑った。
「だって、あなたがいるのよ。話したいことも沢山あるわ」
トニーの目の前に腰を下ろしたペッパーは、彼を安心させるように唇にキスをした。
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