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Reasons to stay in this world.②

翌朝。
「ハニー、おはよう」
目を開けるとトニーがベッドに腰掛けていた。昨夜とは違い、Tシャツにジーンズといういでたちのトニーの姿は生前と何の変わりもなく、半分寝ぼけ眼のペッパーはいつものようにキスしようと腕を伸ばした。が、その腕は宙を切り、彼は幽霊で触れられないという現実をペッパーは思い出した。
「キスしてやりたいが…」
困ったように視線を落としたトニーに、ペッパーは起き上がると慌てて頭を振った。
「あなたがそばにいてくれるだけで満足よ」

身支度を整えたペッパーは、キッチンで朝食の準備を始めた。手伝いたいが物に触れられないトニーは、妻のそばに佇んでいることしか出来ない。
「あなたが手伝おうとするのを止めなくていいんですもの。やっと料理に集中できるわ」
わざとらしくそう言うペッパーに、トニーは小さく笑みを浮かべた。
すると、そこへモーガンが起きてきた。
「ママ…おはよ……」
暗い顔をしたモーガンの目は真っ赤に腫れ上がっており、頬には幾筋もの涙の跡が刻まれていた。
トニーは娘の姿に胸が痛んだ。モーガンの未来を守るために命を掛けたはずなのに、目の前にいる小さな娘は、悲しみで壊れてしまいそうに見えたからだ。
(もしモーガンには見えなかったら?娘を更に苦しめてしまうのでは…)
そんな考えを振り払うように頭を振ったトニーは、娘に向かって恐る恐る呼びかけた。
「モーガン…」
すると、モーガンが顔を上げた。そしてトニーを見つめると、顔を輝かせた。
「パパ!!!」
モーガンにも見えるのだ。ホッとしたのはトニーだけではなく、ペッパーもだった。持っていたアイアンマンのぬいぐるみを放り投げたモーガンは、父親に抱きつこうと駆け寄った。が、父親の身体を通り抜けてしまい、モーガンは不思議そうな顔をして両親を見つめた。
「モーガン。パパはね、幽霊になったの。だからお話はできるけど、触れないのよ」
母親にそう説明されたモーガンは、父親に触れられないと知り不満げに口を尖らせた。が、幽霊であれ、父親が戻ってきてくれたのだから、モーガンはすぐに満面の笑みを浮かべ頷いた。

***
朝食後、ペッパーが仕事に向かうと、ハッピーが子守としてやってきた。が、ハッピーにはトニーの姿は見えないようで、リビングに飾ってあるトニーの写真を見た彼は、悲しそうに顔を伏せた。親友の姿にトニーも涙が出そうになった。ハッピーはいつだってそばにいてくれた。ペッパーと出会う前から、ハッピーはまるで影のようにずっと自分のそばにいてくれたのに、そのハッピーには幽霊である自分の姿は見えないのだ。それにハッピーには何も言わず永遠の別れを告げてしまった。せめて『ありがとう』の一言でも告げておけばよかったかもしれないが、きっとハッピーは分かってくれているだろう…と、トニーは思うことにした。
が、浮かない顔をしている父親に気付いたモーガンは、そっと涙を拭っているハッピーに告げた。
「ハッピーおじちゃん、パパがね、かえってきたのよ」
得意げに言うモーガンに、ハッピーは悲しそうに首を振った。
「モーガン…。トニーは…パパは、もう戻ってこないんだ…」
「でも、そこにいるよ!」
トニーは慌ててシーっと唇に指を当てたが、父親を指差したモーガンは、頬を膨らませると叫んだ。ギョッとしたハッピーは、モーガンが指差した方を恐る恐る見た。が、ハッピーには何も見えなかった。
きっと、父親を失ったショックで、モーガンはトニーがまだそばにいると思い込んでいるのだろうと考えたハッピーは、モーガンを抱きしめた。そして彼女の気を紛らわせようとした。
「モーガン、お昼はチーズバーガーでも食べるか?」
「うん!」
立ち上がったハッピーは、デリバリーの電話を掛けようと外に出た。
その隙に、トニーはモーガンのそばに向かった。
「モーグーナ。いいか。パパが幽霊になって戻ってきたことは、パパとママとモーガンだけの秘密なんだ。だから、パパが見えることは、誰にも話したらダメだ」
諭すように告げたが、モーガンは首を傾げた。
「どうして?ハッピーおじちゃん、パパがいなくなってないてたよ。だから、パパがおばけになってかえってきたっておしえてあげたら、きっとよろこぶよ!」
確かにそうかもしれないが、ハッピーには『見えない』のだから、それはそれで彼はショックを受けるだろう。
「パパの姿は、モーガンとママにしか見えないんだ。だから、パパが見えるってモーガンが言ったら、ハッピーは心臓発作を起こしてぶっ倒れるかもしれない。そうしたら、今度はハッピーがおばけになってしまうぞ?」
ハッピーまで父親と同じように幽霊になってしまうと聞いたモーガンは、慌てて口を押さえた。そして、ヒソヒソと父親に告げた。
「うん、わかった。ハッピーおじちゃんにも、ローディおじちゃんにも…それから…えーっと…みんなにシーっ!なんだね」
「そうだ。シーっ!だ」
と、そこへ、ハッピーが戻ってきた。
「モーガン、誰と話ししてたんだ?」
まるで誰かと話しているように一人でぶつぶつ言っているモーガンに、ハッピーは眉をひそめた。
「えっとねぇ……」
秘密だと父親に言われたばかりなのに、バレたら大変だと、モーガンはキョロキョロと辺りを見渡した。するとすぐ側にアイアンマンのぬいぐるみが転がっているのを見つけたモーガンは、それを拾うと抱きしめた。
「このこ!」
トニーが買ってきたアイアンマンのぬいぐるみ。きっと父親代わりに思っているのだろうと、ハッピーは涙を堪えると、モーガンの背中をそっと撫でた。

③へ…

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Reasons to stay in this world.①

トニーの葬儀を終えた夜。
『パパはどこ?』と、泣き続ける娘を何とか寝かしつけたペッパーは、リビングへ降りて来た。
シンと静まり返った家に、ペッパーの胸にとてつもない虚無感が襲いかかった。
数日前までは、ここは笑い声で溢れていた。その中心にいつもトニーがいた。例え数日戻ってこないことがあっても、トニーはいつだってこの場に戻ってきた。
それなのに、もう彼は二度と戻ってこないのだ。
トニーという存在を失った家は、まるで太陽が消えてしまったようにひっそりとしていた。
部屋を見渡したペッパーは、数時間前ホログラムを映し出したアイアンマンのヘルメットがまだ置かれているのに気づくと、そっと歩み寄った。手を伸ばしそれを撫でたペッパーの目から涙が零れ落ちた。
「トニー……」
返事などあるはずはない。
何故ならトニーはもうこの世には……。

「ハニー……」
あるはずのない返事が聞こえ、ペッパーは息を飲んだ。別のホログラムが流れ始めたのかと辺りを見渡したが、何もない。
「…トニー?」
もう一度呼びかけると、再びトニーの声が聞こえた。
「ペッパー…」
今度は先ほどよりもハッキリと聞こえた。それも背後から…。
ペッパーは背筋を震わせた。
まさか死んだというのは彼の得意のサプライズで、本当はまだ生きているのでは…と、一瞬そんな考えが過った。が、確かに彼は死んだのだ。確かにこの手で遺体を埋葬した。

だが、背後には何かの気配がする。
何かがいる…。

そしてそれはきっと……。

息を整えたペッパーはゆっくりと振り返った。

トニーがいた。
ホログラムの映像のようにぼんやりとしているが、家で寛いでいる時のように、Tシャツとスエットパンツを履いたトニーがいた。

「トニー…」
やはりこれは、彼が残してくれた別のホログラムなのかと思ったペッパーは、ヘルメットを見たが、無機質なそれは何も映し出していないではないか。不思議に思ったペッパーは、トニーとヘルメットを何度も見た。そしてもう一度、夫に向かって呼びかけた。
「トニー?」
すると目の前のトニーが目を見張った。
「ペッパー…私が…見えるのか?」
「見えるって……」
目をパチクリさせたペッパーは、その言葉の意味に気付くと、思わず叫びそうになり、慌てて口を押さえた。
つまり今目の前にいるトニーは、幽霊。彼は幽霊となって、自分の目の前に現れたのだ。
ペッパーは信じられなかった。幽霊なんて非現実的なことが自分に起こるなんて、信じられなかった。
それでも今起きていることが現実なのか確かめようと、ペッパーは恐る恐るトニーに向かって手を伸ばした。が、触れようとしたその手は、トニーの身体を通り抜けてしまった。
通り抜けた手を見つめたペッパーは、トニーに視線を移した。トニーは悲しそうに笑っていた。
「トニー…本当にあなたなの?」
震える声で尋ねる妻に、トニーは小さく頷いた。
「あぁ…。ゆっくり眠れなくても、ペッパーとモーガンの側にいる方がいいと願ったら…家の前にいた」

つまり、幽霊であっても、トニーは戻ってきてくれたのだ。自分たちの元に戻ってきてくれたのだ。
ペッパーの目から大粒の涙が零れ落ちた。そしてペッパーはトニーに抱きつこうとしたが、抱きつけるはずがないのだから、彼を包み込むように腕を回した。するとトニーも同じように、妻の身体に腕を回した。
触れることはできないが、ペッパーはトニーを確かに感じることができた。
だが、トニーがいるのは一時的なものかもしれない…。明日の朝になったら、彼は消えてしまうかもしれない…。
ペッパーは嫌々と首を振った。例え幽霊でも、ペッパーはトニーにそばにいて欲しかった。そして出来るなら、ずっとそばにいて欲しかった。すると彼女の心の声が聞こえたのか、トニーが囁いた。
「君たちが望むなら、ずっとそばにいる…」
何度も何度も頷いたペッパーは泣いた。涙はトニーをすり抜け、床に零れ落ちた。
トニーは目の前にいるのに、触れ合うことのできない悲しさと辛さ…それと相反するように、例え触れられなくてもそばにいてくれるだけでいいという嬉しさと感謝の気持ち…。
入り混じる感情と葛藤していたペッパーだが、しばらくすると落ち着きを取り戻し、涙を拭うと顔を上げた。そして思った。彼の姿は自分以外にも見えるのかと…。
「あなたの姿、みんなに見えるの?」
そう尋ねると、トニーは首を傾げた。
「どうだろう…。他の奴の前には行ってない。まずは君に会いたかったから…」
トニーが真っ先に自分の前に現れてくれたことが、当たり前のことだが嬉しくなったペッパーだが、娘にも彼の姿は見えるのかと不安になった。
「モーガンにも見えるかしら…」
するとトニーは肩を竦めた。
「朝になったら分かるだろ」

へ…

EG後、トニーが幽霊になって現世に留まり続けるお話。

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I love you 3000…Ⅱ㉘【END】

日が昇った頃。
元気な産声と共に、男の子が産まれた。
ペッパーと同じ瞳の色をしている息子は赤毛で、何もかもが母親にそっくりだった。が、それでも鼻や口元は自分に似ているのだから、可愛らしい息子にトニーは涙が止まらなかった。
「ペッパー、ありがとう…ありがとう…」
泣きながらそう言うトニーに、ペッパーも疲労困憊だが、嬉しくて仕方なかった。
涙を拭ったトニーは、一刻も早く娘に知らせようと、ペッパーに息子を手渡した。
「F.R.I.D.A.Y.、ハッピーに連絡しろ。モーガンを連れてきてくれと」
『了解しました、ボス』
腕時計に向かってそう告げたトニーは、息子の頬をくすぐっている妻を抱き寄せると、2人を腕の中に閉じ込めた。

病室に戻りしばらくすると、モーガンを連れてハッピーとそしてローディもやって来た。
「パパ!あかちゃんは?」
出迎えたトニーに抱きついたモーガンは、興奮を隠しきれない様子で、目を輝かせている。
「お姉ちゃんに会うのを待ってるぞ?」
そう言いながらモーガンを抱き上げ頬にキスをすると、娘は満面の笑みで頷いた。

「モーガン、待ってたわよ」
「ママ!」
笑みを浮かべているペッパーに手を伸ばしたモーガンは、母親が腕に抱いているものを覗き込もうと身体を乗り出した。トニーがモーガンをペッパーの横に座らせると、彼女は母親の腕の中をそっと覗き込んだ。するとそこきは小さな赤ん坊がいた。恐る恐る小さな指に触れると、赤ん坊はモーガンの指を掴んだ。
「あたし…おねえちゃんだよ…」
そっと囁いたモーガンに反応するように、赤ん坊は指を動かした。
壊れそうなくらい小さな弟は、モーガンの中で、父親と母親と同じくらい愛すべき者へとなった。
「あかちゃん、小さいし、かわいいね」
頬を突いたモーガンは本当に嬉しそうで、その様子をハッピーとローディは必死で写真を撮っている。
「モーガン、抱っこしてみる?」
母親の言葉にモーガンはパッと顔を輝かせた。
「うん!」
モーガンの横に腰かけたトニーは、ペッパーが娘に渡した息子を後ろから支えた。
「ちっちゃいね…」
自分よりも小さな温もりをそっと抱きしめたモーガンは、両親に向かって笑顔で告げた。
「ママ、パパ、ありがと。あたし、おねえちゃんになれて、よかった」

あの時、命を掛けて守った未来。その未来を受け継いでくれる存在が、また一人増えた。その未来に自分が関わることが出来るとは、あの時思ってもいなかったが…。
だが、こうしてここにいることが出来るのも、あの時自分を救うおうと奮闘してくれた人、励ましてくれた仲間、そして何よりもずっとそばで支えてくれたペッパーとモーガンのおかげだ。

ローディの名前を貰い、『ジェームズ・ハワード・スターク』と名付けられた息子と、そして楽しそうに話をしている妻と娘を、トニーは両腕に閉じ込めた。
「パパ、どうしたの?」
黙ったまま抱き付いてきた父親に、一体どうしたのかとモーガンは不思議そうに顔を上げた。優しい笑みを浮かべているペッパーに視線を向けたトニーは、娘の頬にキスをすると囁いた。
「3000回…いや、これからも永遠に、愛してるよ…」

【END】
リクエストで『モーガンがお姉ちゃんになるお話』を頂いていたので、弟が産まれるところで終わってしまいましたが、EG公開後から書き続けていた”I love you 3000…”は一応完結とさせていただきます。

4 人がいいねと言っています。

I love you 3000…Ⅱ㉗

ハッピーにモーガンを任せたトニーは病院へと急いだ。急ぎすぎて、信号をいくつか無視した気がするが、深夜のため何事もなく無事に到着することができた。

静まり返った病院の廊下を全力疾走したトニーは、ペッパーの病室のドアをそっと開けた。
「ハニー…」
トニーに気づいたペッパーは、夫に向かって手を伸ばすと微笑んだ。
「トニー、そろそ……痛っ!」
顔をしかめたペッパーに駆け寄ったトニーは、ベッドの右側に腰を下ろした。
「こっちなら、思いっきり握りしめてもいいぞ?」
そう言いながら差し出したのは右手の義手。
「もう…」
頬を膨らませたペッパーはトニーの手を握りしめた。
「こっちの腕は…」
そう言いながら左腕を肩に回したトニーは、ペッパーを抱き寄せた。トニーの温もりに包まれ、ペッパーはようやく気分が落ち着いた。

日付けが変わった頃には陣痛の間隔もかなり狭まり、分娩室へと移動したが、数時間経っても産まれる気配はない。
ペッパーはトニーの右手を握りしめ必死でいきんでおり、義手はミシミシ音を立てている。
そう言えば、モーガンが産まれた時は骨を折られるのでは…というくらい握りしめられ、アーマーを装着してくればよかったと思ったなぁ…と思い出したトニーだが、そんなことをこの雰囲気で口に出そうものなら、ペッパーに殺されると、口を噤んだ。
「もう!!嫌!!」
声を荒げたペッパーに、励ますことしかできないトニーは、もう何度言ったか分からない言葉を再び口に出した。
「ハニー、もうすぐだから…」
するとペッパーは鬼の形相でトニーを睨みつけた。
「もうすぐ?!さっきから何時間言ってるのよ!くそっ!さっさと産まれてよ!!」
モーガンにはとても聞かせられないような悪態を吐くペッパーは、トニーの右手を更に強く握った。このままだと本気で義手を破壊されそうだと、トニーは心の声を思わず口に出してしまった。
「おい、息子よ。頼むから早く出て来てくれ。このままでは、パパはママに殺される」
が、口に出してしまった言葉は、ちゃんとペッパーの耳にも入っていた訳で…。

「アンソニー・エドワード!!!!!!!」

目を三角にして金切り声を上げる妻に、しまった…と首を振ったトニーは、機嫌をとるようにペッパーにキスをした。

㉘へ…

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I love you 3000…Ⅱ㉖

10月になると、朝晩は肌寒くなってきた。
もうすぐ予定日のペッパーのお腹ははち切れそうになっているが、ここ最近、顔を顰めたトニーが右肩を押さえているのにペッパーは気が付いた。
今も彼は辛そうにしているのに何も言わないのだから、心配になったペッパーはトニーの隣に腰掛けると夫に尋ねた。
「どうしたの?」
するとトニーは小さく首を振った。
「いや…傷口が痛んで…」
肌寒くなってきたため、切断した傷口が痛むのだろう。
「外して?」
ペッパーの言葉にトニーは義手を外した。するとペッパーは、服の上から右の切断した傷口を摩り始めた。
ペッパーの手の温かさ…いや、彼女の心の温かさに、トニーは痛みが和らぐのを感じた。

「楽になった。ありがとう」
暫くしてそう告げたトニーは、肩に置かれたペッパーの手を握った。そしてそのまま彼女のお腹の上に手を置いたトニーは、身体を屈めるとそっとキスをした。
「もうすぐ会えるな…」
トニーは優しい瞳をしていた。それはペッパーだけに向けるものとも、モーガンだけに向けるものとも違う…生まれてくる息子だけに向けるもの。
トニーの髪を撫でたペッパーは、トニーが生きてそばにいてくれること、そして新しい家族が増えることを神に感謝した。

***

それから数週間後。
予定日間近となり、大事をとってペッパーは入院することになった。
「ママ、もうすぐ赤ちゃんにあえるね」
「そうね」
待ち遠しくてたまらないというように、目を輝かせているモーガンは、ペッパーのお腹に口を近づけると囁いた。
「はやくでてきてね、赤ちゃん。あたし、おもちゃをいっぱいかしてあげるから」

「じゃあ、何かあったら連絡しろ。いいな」
ペッパーに告げたトニーは、モーガンを連れて病室を後にした。
「モーガン、何か食べて帰ろう。何がいい?」
「チーズバーガー!」
飛び跳ねるように右手を握りしめてくるモーガンに、トニーは目をくるりと回した。
「昼もチーズバーガーだっただろ?」
父親を見つめたモーガンは肩を竦めた。
「うーん…じゃあねぇ…ピザ!」
自分と同じようなことばかり言う娘にトニーは思わず苦笑したが、そんな娘のことが可愛くて仕方ないため、モーガンを抱き上げたトニーはピザ屋へ向かうことにした。

***

その夜。モーガンを寝かしつけたトニーがリビングに向かうと、ハッピーがテレビを見ながら寛いでいた。ペッパーがいつ産気づいてもいいようにと、ハッピーは数日前からずっと待機してくれているのだ。
ソファに腰を下ろしたトニーに、ハッピーはピザの箱を押しやりながら告げた。
「そう言えば、2人きりになるのって久しぶりですね」
確かに昔は2人でいることが多かった。が、ここ数年…特にモーガンが産まれてからは、2人きりになることなど殆どなかった。
ピザを1枚取ったトニーは、ハッピーにチラリと視線を送った。
ハッピーはいつも自分のそばにいてくれた。それは初めて出会った時からずっと…。
トニーは不意に彼と出会った時のことを思い出した。もう数十年も前の話だ。ペッパーと出会う何年も前の話…。

とあるバーで酒を飲んでいると、店の隅で突然殴り合いの喧嘩が始まった。ガタイのいい男が、数人の如何にも悪そうな若者に殴られていた。が、男は若者たちを殴り返すこともなく、ガードするように身体を丸め、ただひたすら殴られていた。バーには大勢の客がいるのに、誰も止めようとせず、ただ見ているだけだった。が、何となく放っておけなかったトニーは、立ち上がると喧嘩を止めに入った。
「おい、何があったのか知らないが、いい加減やめておけ」
声を掛けてきた人物がトニー・スタークだと気付いた若者は、悪態を吐きながらその場を後にした。
「大丈夫か?」
咳き込みながら座り込んだ男にトニーはハンカチを渡した。すると男は小さく頷くとトニーに礼を言った。
「一杯奢るぞ?」
男の腕を掴み立ち上がらせたトニーは、彼を連れて席へと戻った。

男はハロルド・ホーガンと名乗った。ボコボコに殴られていたのに元ボクサーだと言うのだから、トニーは思わず目をくるりと回した。が、話をしているうちに、ハロルド・ホーガンはとても優しく気のいい男だと分かった。職を探しているというホーガンに、トニーは自分の名刺を渡した。
「良ければ連絡してくれ。力になる」
そう告げ別れた数日後、ホーガンから電話が掛かってきた。助けてもらったお礼に、是非働かせて欲しいと言われ、トニーはホーガンを運転手兼ボディーガードとして雇うことにした。いつもしかめ面をしているため『ハッピー』という愛称を付けたホーガンは、いつしかトニーにとって絶対なる信頼を寄せる親友となっていた…。

「…ハッピー、ありがとう」
突然礼を言われ、ハッピーは食べかけのピザを落としてしまった。
「どうしたんです?急に…」
目をパチクリさせているハッピーに、トニーは照れ臭そうに鼻の頭を掻いた。
「いや…お前には色々と苦労をかけた。今でもかけっぱなしだ。だが…お前がそばにいてくれたから、今までやってこれたんだ」
「トニー…」
瞬きをしたハッピーは目を潤ませた。彼の涙にトニーはハッピーの肩をポンッと叩いた。
「だからな、ハッピー。そろそろ自分の幸せも考えてくれ。お前にも幸せになって欲しいんだ」
ハッピーにも幸せになって欲しい…。
これは、トニーだけではなくペッパーの願いでもあった。何十年にも渡り、自分たちのために散々尽くしてくれたハッピーなのだから、そろそろ自分のことを考えて欲しかったのだ。それはトニーがタイムスリップした先で出会った父親に『大義のために個人の幸せを諦める必要はない』と言われたことも少なからず関係しているのだが…。
「つまり?」
話が見えず首を傾げたハッピーに、トニーは眉をつりあげた。
「誰かいい人はいないのかって話だ」
と、ハッピーが顔を真っ赤にして飛び上がった。その態度にトニーはピンときた。自分たちが知らないだけで、ハッピーにはちゃんとお相手がいるのだということに…。
「おい、まさか…もういるのか?!」
目を見開いたトニーに、ハッピーはブンブンと首を乱暴に振った。
「ち、違いますよ!彼女とは…」
名前は言わなかったが、間違いなく誰かいるのだ。飛び上がったトニーは、ハッピーに詰め寄った。
「ハッピー、洗いざらい、白状しろ」
大きな目を見開いて見つめてくるトニーに、身体を縮こまらせたハッピーはボソボソと告げた。
「じ、実は……ボスの入院中に…」
「その女性とヤッたのか?」
小さく頷いたハッピーに、自分の入院中ということは、相手は病院関係者なのか?と首を捻った。
「で、その女性とは付き合ってるのか?」
「付き合っているというか…」
ごにょごにょと口籠ったハッピーに、もう一息だと詰め寄ろうとしたトニーだが、携帯が鳴った。
画面を見たトニーは、メールを見ると目を輝かせた。
「ハッピー!その話は後だ。病院へ行ってくる!」
後ろでハッピーが何やら言っているが、トニーは転がるようにガレージへと向かった。

㉗へ…

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