それから数年。
モーガンにCEOの座を譲ったペッパーは、湖畔の家でトニーと2人で静かに余生を過ごしていた。
80を超えたペッパーは足腰が弱り、次第に一人で動くことが難しくなってきた。そこでトニーはペッパーに、2人でどこかへ旅行に行こうと提案した。
が、どこに行くか相談している矢先、ペッパーが倒れた。すぐさま病院へ運ばれたペッパーだが、モーガンは母親が余命わずかだと宣告された。が、モーガンは父親にも、そして母親にもなかなか告げることができなかった。
だが、トニーは分かっていた。
ペッパーのこの世での時はもうすぐ終わると…。そしてそれは自分もこの世から消える時であることも…。
翌日、目覚めたペッパーだが、彼女は病院ではなく、家で過ごすことを希望した。トニーと過ごした家で最期を迎えたいと希望したのだ。そこで、モーガンは夫と子供たちを連れて、暫く湖畔の家に住むことにした。
アンソニーとアビーは、大好きな祖父母とずっと一緒にいられると大喜びだ。
ペッパーも体調の良い時はリビングやデッキに座り、孫たちの話に耳を傾けていた。
が、次第に寝室で眠っていることの方が多くなり、やはり両親に話そうとモーガンが心に決めたのは、母親が倒れて3か月後のことだった。
モーガンが寝室を覗くと、珍しく父親はおらず、母親は目を覚ましていた。
「あら?モーガン。どうしたの?」
今日は体調が良いのか、いつもよりも元気な声の母親に、ほっとしたモーガンはベッドサイドの椅子に腰かけた。
「ねぇ、ママ…あのね…」
目を潤ませている娘に、ペッパーは小さく首を振った。まるで『その先は言わなくても分かっている』というように…。
モーガンは母親を見つめた。するとペッパーは娘に向かって手を伸ばした。その手を取ったモーガンだが、口をへの字に曲げた。すると、みるみるうちに父親譲りの大きな目に涙が溜まり始めた。泣くまいと必死に堪えていたその目から、大粒の涙がボロボロ零れ落ちた。そしてモーガンは、声を上げて泣き始めた。
泣き続ける娘の姿…トニーの葬儀が終わり、夜になっても戻ってこない父親を探して家中を走り回っていた幼いモーガンの姿が重なった。
パパと叫びながら、モーガンはトニーを探した。ペッパーは何度もトニーが死んだことを説明したが、モーガンは必死で涙を堪えながら、『パパはおうちにかえってくるもん!』と、探すのを止めようとしなかった。ペッパーは泣きながら娘を抱きしめた。トニーはもう帰って来ないのだと、何度も何度も言い続けると、モーガンは今まで見たことがない程泣き始めたのだ。涙と声が枯れるまで泣き続けたモーガンはそのまま泣きつかれて眠ってしまい、娘を寝かしつけたペッパーがリビングへ降りると、トニーが幽霊となって現れたのだが…。
今泣き続けているモーガンは、あの頃の幼い頃の彼女と同じだった。それはおそらく、母親とそして父親ともうじき永遠の別れを告げなければいけないと、モーガンは知っているから…。
勿論ペッパーは分かっていた。自分の身体のことは、彼女自身が一番分かっていた。だからこそ、娘に話をすべきなのかもしれないが、自分たちは今まで沢山の話をした。沢山の時間を一緒に過ごした。楽しいことも辛いことも悲しいことも…いつだって一緒に乗り越えてきた。だからモーガンに伝えたいことは全て伝えた…。改めて話さなくても、きっとモーガンは全部分かってくれている…。
そう考えたペッパーは、涙を拭っている娘の手を握り返した。
「モーガン…ママは大丈夫よ…。あなたがいるんですもの…。ママは大丈夫…。だから心配しないで…」
そう告げたペッパーは、ニッコリ笑った。
モーガンは思い出した。
父親は死ぬ間際、母親に向かって笑ったことを…。そして母親も笑って父親を看取ったことを…。
きっと母親は最期まで笑っていたいはず。これが最後の会話でないにしても、いつも笑っていたいはず…。
そう考えたモーガンは、母親に向かって笑った。するとペッパーは安心したように息を吐くと、目を閉じ眠り始めた。
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