「Reasons to stay in this world.」カテゴリーアーカイブ

Reasons to stay in this world.⑪【END】

しばらくしてモーガンが部屋に入ってきた。
「パパ、ママ?」
が、部屋には父親の姿はなかった。
「パパ……パパ?!」
何度呼びかけても、トニーは姿を現さない。いや、姿が見えないだけではない。父親の気配はぷっつりと消えてしまっていたのだ。
それはつまり…。
顔色を変えたモーガンは、慌てて母親に触れた。
「ママ?」
ペッパーは息を引き取っていた。
幸せそうに微笑んだペッパーは、トニーの写真を胸に抱いたまま永遠の眠りについていた。

モーガンは母親の冷たくなった頬を撫でた。
モーガンは気づいた。
パパはママとずっと一緒にいるために、幽霊となり、ずっとこの世に居続けたのだと…。私が寂しくないように、そばにいてくれたのだと…。

『ゆっくり眠れなくてもいい。ペッパーとモーガンが幸せなら、それでいいんだ…』
うんと昔、『パパはねんねしなくていいの?』と尋ねたら、父親は笑ってそう言っていた。
自分たちが望んだから、父親は眠ることよりも、自分たちの幸せを最優先に考え、この世に幽霊としてとどまり続けてくれたのだ。

つまり、今度こそ…父親は本当にゆっくり眠ることができるのだ。
それは母親がそばにいるから…。

涙は止まることなく次々と流れ続けた。が、モーガンは考えた。
きっとパパもママも、笑顔で見送って欲しいと思っているはず…。
そこで、涙を拭ったモーガンは、父親の写真とそして母親に向かって笑って告げた。
「パパ…ママ…。私たちは大丈夫…。だからゆっくり眠ってね…」

【END】

2 人がいいねと言っています。

Reasons to stay in this world.⑩

トニーが寝室へ入ると、ペッパーは目を覚ましていた。
「気分はどうだ?何か欲しいものはないか?」
首を振ったペッパーは手を伸ばすと、サイドテーブルの上にあったトニーの写真を手に取った。
写真と目の前のトニーを見比べたペッパーは、わざとらしく頬を膨らませた。
「あなたはいいわね。いつまで経っても若いままで…」
「生きていたら90過ぎのじいさんだ。君も若くてカッコいい私が傍にいる方がいいだろ?」
肩を竦めてみせたトニーに、ペッパーはふふっと笑い声を上げた。いつまでも変わらないその笑みに、トニーは表情を崩した。
「君も出会った頃からちっとも変わらず、世界一美しい」
ありがとと小声で告げたペッパーは、写真を胸元で抱きしめると、大きく息を吐いた。
「ねぇ…。天国に行っても…あなたとずっと一緒にいられるかしら…」
妻の言葉にトニーは頷いた。
「あぁ。結婚式で誓っただろ?何があっても、永遠に一緒だと…。君がいい加減、私に飽きていなければ…の話だが…」
「あなたに飽きるなんて…残念ながら、永遠に無理ね…」
「それは光栄だな。助かるよ。偏屈な私の相手を出来るのは、宇宙中探しても君しかいないからな」
ペッパーの瞳が微睡始めた。そしてトニーを求めるかのように、彼女は手を伸ばした。するとトニーはその手をそっと握りしめた。
「あなたに…触れるわ…」
少しだけ目を見開いたペッパーだが、トニーの手の温もり…それはずっとそばにいたのに、もう何十年も感じることのできなかった懐かしい温もりだった。
嬉しくて涙が零れ落ちた。ようやくトニーに触れることができたのだから…。
「そうだな…」
ペッパーの涙を拭ったトニーは、身を屈めると妻の頬をそっと撫でた。そしてそのまま彼はペッパーを抱きしめた。
トニーの温もりに包まれたペッパーは、ずっと胸の中に開いていた穴が塞がるのを感じた。
トニーが死んだ時、自分の半分も死んでしまった。幽霊になって戻って来てくれたとはいえ、やはり触れられないもどかしさがあり、どこか物足りなさを感じていた。
が、今こうやって何十年ぶりに彼と触れ合い、ペッパーの心はようやく平穏を迎えることができた。
「トニー……キスして……」
触れることができると分かれば、もっと触れ合いたいと欲が出てくる。それはトニーも同じだったようで、彼の顔はすでに数センチの所まで近づいていた。
「君がボスだ。だから私は従うまでだ」
懐かしい台詞にペッパーはクスクス笑い声を上げた。
トニーの唇が触れた。温かく柔らかなトニーの唇は、ペッパーがずっと求めていたものだった。
唇を離したトニーは、ペッパーに向かって笑った。
「ペッパー…愛してる…。これからも永遠に……」
その笑顔は、40年程前の彼の最期の笑顔とはまた別のもので、本当に心から楽しそうな…ペッパーの愛するトニーのとびっきりの笑顔だった。
(あぁ…彼は、ようやくゆっくり眠れるのね…)
ペッパーは気付いた。彼がこの世に留まり続けた理由に…。それは全て私のため…。私が彼にそばにいて欲しいと願い続けたから…。だから彼は眠ることよりも、私とモーガンのことを選んでくれたのだと…。
「ハニー…君のそばにいたいから…。私が選んだ道だ…。これからもずっとそばにいてくれ…」
ペッパーの考えを読んだのだろう、トニーは悪戯めいた笑みを妻に向けた。
「とにー……わたしも………。ずーっと……。あいし……てる……」
ペッパーがにっこりと笑みを浮かべた。

そして光のなくなった目を閉じた……。

⑪へ…

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Reasons to stay in this world.⑨

その頃トニーはバルコニーへと足を運んでいた。
「あ!おじいちゃま!」
庭の隅で何やら遊んでいたアンソニーとアビーが、トニーに気づくと駆け寄ってきた。
「おじいちゃま、おばあちゃまに、これ、あげて」
両手いっぱいの可愛らしい花を、アンソニーは階段に座ったトニーの傍に置いた。
「綺麗な花だな。きっとおばあちゃんも喜ぶぞ」
トニーの言葉に2人は得意げに鼻をこすった。
「ねぇ、おじいちゃま。ぼくね、大きくなったら、おじいちゃまみたいになるから!」
「あたしも!あたしね、アイアンマンになるからね!」
口々に言う孫に、トニーは優しい笑みを浮かべた。
「そうか…。それは楽しみだな」
2人を見つめたトニーは、一際優しい笑みを孫たちに送った。
「アンソニー、アビー…。お前たちが大きくなった未来には…おじいちゃんはいないが…。だが、これだけは覚えておいてくれ。おじいちゃんとおばあちゃんは、空の上から、お前たちのことをずっと見守っていると…」
アンソニーとアビーには、祖父がどうしてそんなことを言うのか理解できなかった。
『おじいちゃまはずーっとそばにいてくれる』
2人はそう思っていたから…。
だが、祖父の眼差しは真剣で、そして心なしか泣きそうな表情をしているのだから、2人は元気よく頷いた。
「うん!」
自分にそっくりなアンソニーと、そしてどちらかというとペッパーに似ているアビーに、トニーは手を伸ばした。このままでは触れられないことは分かっているが、2人の頭の上に手を置いたトニーは、撫でる様な仕草をすると、立ち上がった。
「ママのためにも花を摘んできたらどうだ?ママ、喜ぶぞ?」
トニーの提案にパッと顔を輝かせた2人は、手を繋ぐと庭へと走って行った。

広い庭を走り回る孫たちをトニーは見つめた。
結婚を機にここへ家を建てた。あの時は、全ての事から逃げ出したくなり、この地へやって来た。現実から逃れ、それでも新しい人生をもう一度作り直そうと必死だった。やがて、モーガンが生まれ、楽しい思い出も沢山できた。だが、生きている時よりも死んでからの方が、様々な思い出を作ることが出来た。
トニーは手すりを見た。モーガンの成長の分だけ古びた家。楽しいことも辛いことも…この家は全部知っている。

と、モーガンと何やらやり取りをしているF.R.I.D.A.Y.の声が聞こえて来た。
「お前ももうすぐ…お役ご免かな…」
死んでからはF.R.I.D.A.Y.に自分の存在は認識されなくなってしまったが、気付けば彼女の前任者である”J.A.R.V.I.S.”よりも長い年月を共に過ごしてきた。そのF.R.I.D.A.Y.はきっとモーガンが立派に引き継いでくれる。A.I.だけではなく、モーガンはきっと全てをより良く受け継いでくれる。
自分の遺産はこうやって次世代へと引き継がれていくのだ。名前なんか残らなくてもいい。モーガンやアンソニーたちの未来に、技術がちょっとばかり貢献できるのなら…。

そんなことを考えていたトニーは、モーガンに呼ばれ我に返った。
「パパ…」
モーガンは気付いた。先ほど子供たちと話している父親の様子から、父親は母親の余命を知っているのだと…。だから今更自分が話すべきではないのかもしれないが、それでも彼女はきちんと話しておこうと考えた。が、モーガンが口を開く前に、トニーが話し始めた。
「なぁ、モーガン…。パパは…夢が全て叶った。あの戦いで勝つための唯一の方法が…パパが死ぬことだと悟った時…、もうモーガンに会えないんだと…モーガンの成長も…結婚して子供が産まれるのも…何もかも見れないのだと…これから起こるモーガンとの未来を、全て諦めなければならないんだと…無理矢理覚悟したつもりだった。ペッパーの手に最期に触れた時…ママのこと、最後まで泣かすことしか出来なかった…幸せにすることが出来なかったと、悔しくてたまらなかった。モーガンを抱きしめることもできないと…最期にお前に愛してると言わずに死ななければならないんだと、悔しくてたまらなかった。だが…幽霊という姿ではあるが…パパは、一度は諦めなければならなかった人生を、過ごすことができたんだ…」
ふぅと深呼吸をしたトニーは、小さな涙を流した娘に向かって微笑んだ。
「昔…親父に言われたんだ。直接ではないが…。『父さんの作った最高のものは、お前だ』と…。パパもだ。パパが作った最高のもの…それはモーガン、お前だ。お前は立派に自分の人生を歩いている。ママに似て優しくて思いやりがあって…パパなんか足元にも及ばないくらい、素晴らしい人間だ。ありがとう、モーガン。パパの思いは、これからも、お前やアンソニーたちが引き継いでくれるんだ…。あの時…パパが命を懸けて守った未来は…これからはお前たちが守ってくれる…。パパはもう何も思い残すことはない…」
と、その時。モーガンには父親が消えそうに見えた。不安になった。パパは今度こそ本当に消えてしまうのではないかと…。
「パパ…これからもそばにいてくれるわよね?」
恐る恐る尋ねると、トニーはにっこり笑った。
「勿論さ。モーガンはいつまでたっても、パパの世界一大切なモーグーナだ。何があっても…モーガンのそばにずっといる…」
トニーはモーガンに向かい合った。そして腕を伸ばし、娘の身体を包み込んだ。
「モーガン・H・スターク…3000回愛してる…」
あの時のホログラム越しのメッセージのように、モーガンの顔を覗き込んだトニーはそう囁いた。するとモーガンも、とびっきりの笑みを浮かべ、父親に告げた。
「私も。パパのこと、3000回以上愛してるわ」
モーガンから身体を離したトニーは、
「ママの様子を見てくるよ」
と言うと、家の中へ向かった。
その背中にモーガンは声を掛けようとしたが、息子と娘の呼ぶ声が聞こえたため、子供たちの元へ向かった。

トニーが振り返った。
モーガンは転んで泣いているアビーの元へ大慌てで駆け寄っていた。
「ありがとう、モーガン…。パパは…お前のパパになれて…本当に幸せだった…」

⑩へ

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Reasons to stay in this world.⑧

それから数年。
モーガンにCEOの座を譲ったペッパーは、湖畔の家でトニーと2人で静かに余生を過ごしていた。
80を超えたペッパーは足腰が弱り、次第に一人で動くことが難しくなってきた。そこでトニーはペッパーに、2人でどこかへ旅行に行こうと提案した。
が、どこに行くか相談している矢先、ペッパーが倒れた。すぐさま病院へ運ばれたペッパーだが、モーガンは母親が余命わずかだと宣告された。が、モーガンは父親にも、そして母親にもなかなか告げることができなかった。
だが、トニーは分かっていた。
ペッパーのこの世での時はもうすぐ終わると…。そしてそれは自分もこの世から消える時であることも…。

翌日、目覚めたペッパーだが、彼女は病院ではなく、家で過ごすことを希望した。トニーと過ごした家で最期を迎えたいと希望したのだ。そこで、モーガンは夫と子供たちを連れて、暫く湖畔の家に住むことにした。
アンソニーとアビーは、大好きな祖父母とずっと一緒にいられると大喜びだ。
ペッパーも体調の良い時はリビングやデッキに座り、孫たちの話に耳を傾けていた。

が、次第に寝室で眠っていることの方が多くなり、やはり両親に話そうとモーガンが心に決めたのは、母親が倒れて3か月後のことだった。

モーガンが寝室を覗くと、珍しく父親はおらず、母親は目を覚ましていた。
「あら?モーガン。どうしたの?」
今日は体調が良いのか、いつもよりも元気な声の母親に、ほっとしたモーガンはベッドサイドの椅子に腰かけた。
「ねぇ、ママ…あのね…」
目を潤ませている娘に、ペッパーは小さく首を振った。まるで『その先は言わなくても分かっている』というように…。
モーガンは母親を見つめた。するとペッパーは娘に向かって手を伸ばした。その手を取ったモーガンだが、口をへの字に曲げた。すると、みるみるうちに父親譲りの大きな目に涙が溜まり始めた。泣くまいと必死に堪えていたその目から、大粒の涙がボロボロ零れ落ちた。そしてモーガンは、声を上げて泣き始めた。

泣き続ける娘の姿…トニーの葬儀が終わり、夜になっても戻ってこない父親を探して家中を走り回っていた幼いモーガンの姿が重なった。
パパと叫びながら、モーガンはトニーを探した。ペッパーは何度もトニーが死んだことを説明したが、モーガンは必死で涙を堪えながら、『パパはおうちにかえってくるもん!』と、探すのを止めようとしなかった。ペッパーは泣きながら娘を抱きしめた。トニーはもう帰って来ないのだと、何度も何度も言い続けると、モーガンは今まで見たことがない程泣き始めたのだ。涙と声が枯れるまで泣き続けたモーガンはそのまま泣きつかれて眠ってしまい、娘を寝かしつけたペッパーがリビングへ降りると、トニーが幽霊となって現れたのだが…。

今泣き続けているモーガンは、あの頃の幼い頃の彼女と同じだった。それはおそらく、母親とそして父親ともうじき永遠の別れを告げなければいけないと、モーガンは知っているから…。
勿論ペッパーは分かっていた。自分の身体のことは、彼女自身が一番分かっていた。だからこそ、娘に話をすべきなのかもしれないが、自分たちは今まで沢山の話をした。沢山の時間を一緒に過ごした。楽しいことも辛いことも悲しいことも…いつだって一緒に乗り越えてきた。だからモーガンに伝えたいことは全て伝えた…。改めて話さなくても、きっとモーガンは全部分かってくれている…。

そう考えたペッパーは、涙を拭っている娘の手を握り返した。
「モーガン…ママは大丈夫よ…。あなたがいるんですもの…。ママは大丈夫…。だから心配しないで…」
そう告げたペッパーは、ニッコリ笑った。
モーガンは思い出した。
父親は死ぬ間際、母親に向かって笑ったことを…。そして母親も笑って父親を看取ったことを…。
きっと母親は最期まで笑っていたいはず。これが最後の会話でないにしても、いつも笑っていたいはず…。
そう考えたモーガンは、母親に向かって笑った。するとペッパーは安心したように息を吐くと、目を閉じ眠り始めた。

⑨へ…

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Reasons to stay in this world.⑦

数ヶ月後。モーガンの結婚式が行われた。
バージンロードをトニーはモーガンと共に歩くことができた。モーガンはペッパーのウェディングドレスを身に纏っており、トニーは自分たちの結婚式を思い出した。あの時は、世界は混沌としており、生き残った自分たちは運が良かったのだから…と、ハッピーとローディだけを呼んだ、こじんまりとした式を隠れるようにして行った。だが、モーガンは大勢の人に心から祝福されているのだから、トニーは嬉しくてたまらなかった。
パーティーには、勿論トニーの席も用意された。写真を飾ってトニーの席だと分かるようにしたが、トニーはちゃんと椅子に座り、娘の幸せをペッパーと共に祝った。
残念ながらモーガンの夫のポールにはトニーの姿は相変わらず見えなかったが、彼はモーガンやペッパーを通して義父と話すことができた。ポールは根っからの『メカニック』だった。トニーと同じく…。開発を始めると、寝食を忘れて没頭する姿は、何となく自分と重なるところがあった。モーガンにそれとなく伝えると、娘は笑って父親に告げた。『だから彼に惹かれたのかもしれないわ』と…。

1年後。モーガンは男の子を出産した。
「パパが遺したものが、また一つ増えたわね」
小さな息子を抱きしめたモーガンは、トニーに向かって笑みを浮かべた。
自分に似ている娘なのに、その笑顔はペッパーに…モーガンを産んだ時のペッパーにそっくりで、20数年前を思い出したトニーは嬉しそうに何度か頷いた。
「ねぇ、パパ。パパの名前、もらっていい?」
父親の名前を貰うのは、モーガンとポールのたっての願いでもあった。
「あぁ…光栄だな…」
自分に似ている孫に視線を送ったトニーに、まだ見えぬであろう視線を向けた赤ん坊は、手を伸ばした。

アンソニー・エドワード・スターク・Jr.と名付けられたモーガンの息子は、トニーに生き写しだった。トニーはアーマーを装着し孫を抱くことができた。そして孫のアンソニーにもトニーの姿は見えているようで、彼は祖父のことが大好きだった。

アンソニーが4歳になった年、モーガンは女の子を出産した。アビー・マリア・スタークと名付けられた娘もまた、トニーの姿が見えたため、自分だけ見えないポールは拗ねてしまったとか…。

⑧へ…

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