翌朝。
「ハニー、おはよう」
目を開けるとトニーがベッドに腰掛けていた。昨夜とは違い、Tシャツにジーンズといういでたちのトニーの姿は生前と何の変わりもなく、半分寝ぼけ眼のペッパーはいつものようにキスしようと腕を伸ばした。が、その腕は宙を切り、彼は幽霊で触れられないという現実をペッパーは思い出した。
「キスしてやりたいが…」
困ったように視線を落としたトニーに、ペッパーは起き上がると慌てて頭を振った。
「あなたがそばにいてくれるだけで満足よ」
身支度を整えたペッパーは、キッチンで朝食の準備を始めた。手伝いたいが物に触れられないトニーは、妻のそばに佇んでいることしか出来ない。
「あなたが手伝おうとするのを止めなくていいんですもの。やっと料理に集中できるわ」
わざとらしくそう言うペッパーに、トニーは小さく笑みを浮かべた。
すると、そこへモーガンが起きてきた。
「ママ…おはよ……」
暗い顔をしたモーガンの目は真っ赤に腫れ上がっており、頬には幾筋もの涙の跡が刻まれていた。
トニーは娘の姿に胸が痛んだ。モーガンの未来を守るために命を掛けたはずなのに、目の前にいる小さな娘は、悲しみで壊れてしまいそうに見えたからだ。
(もしモーガンには見えなかったら?娘を更に苦しめてしまうのでは…)
そんな考えを振り払うように頭を振ったトニーは、娘に向かって恐る恐る呼びかけた。
「モーガン…」
すると、モーガンが顔を上げた。そしてトニーを見つめると、顔を輝かせた。
「パパ!!!」
モーガンにも見えるのだ。ホッとしたのはトニーだけではなく、ペッパーもだった。持っていたアイアンマンのぬいぐるみを放り投げたモーガンは、父親に抱きつこうと駆け寄った。が、父親の身体を通り抜けてしまい、モーガンは不思議そうな顔をして両親を見つめた。
「モーガン。パパはね、幽霊になったの。だからお話はできるけど、触れないのよ」
母親にそう説明されたモーガンは、父親に触れられないと知り不満げに口を尖らせた。が、幽霊であれ、父親が戻ってきてくれたのだから、モーガンはすぐに満面の笑みを浮かべ頷いた。
***
朝食後、ペッパーが仕事に向かうと、ハッピーが子守としてやってきた。が、ハッピーにはトニーの姿は見えないようで、リビングに飾ってあるトニーの写真を見た彼は、悲しそうに顔を伏せた。親友の姿にトニーも涙が出そうになった。ハッピーはいつだってそばにいてくれた。ペッパーと出会う前から、ハッピーはまるで影のようにずっと自分のそばにいてくれたのに、そのハッピーには幽霊である自分の姿は見えないのだ。それにハッピーには何も言わず永遠の別れを告げてしまった。せめて『ありがとう』の一言でも告げておけばよかったかもしれないが、きっとハッピーは分かってくれているだろう…と、トニーは思うことにした。
が、浮かない顔をしている父親に気付いたモーガンは、そっと涙を拭っているハッピーに告げた。
「ハッピーおじちゃん、パパがね、かえってきたのよ」
得意げに言うモーガンに、ハッピーは悲しそうに首を振った。
「モーガン…。トニーは…パパは、もう戻ってこないんだ…」
「でも、そこにいるよ!」
トニーは慌ててシーっと唇に指を当てたが、父親を指差したモーガンは、頬を膨らませると叫んだ。ギョッとしたハッピーは、モーガンが指差した方を恐る恐る見た。が、ハッピーには何も見えなかった。
きっと、父親を失ったショックで、モーガンはトニーがまだそばにいると思い込んでいるのだろうと考えたハッピーは、モーガンを抱きしめた。そして彼女の気を紛らわせようとした。
「モーガン、お昼はチーズバーガーでも食べるか?」
「うん!」
立ち上がったハッピーは、デリバリーの電話を掛けようと外に出た。
その隙に、トニーはモーガンのそばに向かった。
「モーグーナ。いいか。パパが幽霊になって戻ってきたことは、パパとママとモーガンだけの秘密なんだ。だから、パパが見えることは、誰にも話したらダメだ」
諭すように告げたが、モーガンは首を傾げた。
「どうして?ハッピーおじちゃん、パパがいなくなってないてたよ。だから、パパがおばけになってかえってきたっておしえてあげたら、きっとよろこぶよ!」
確かにそうかもしれないが、ハッピーには『見えない』のだから、それはそれで彼はショックを受けるだろう。
「パパの姿は、モーガンとママにしか見えないんだ。だから、パパが見えるってモーガンが言ったら、ハッピーは心臓発作を起こしてぶっ倒れるかもしれない。そうしたら、今度はハッピーがおばけになってしまうぞ?」
ハッピーまで父親と同じように幽霊になってしまうと聞いたモーガンは、慌てて口を押さえた。そして、ヒソヒソと父親に告げた。
「うん、わかった。ハッピーおじちゃんにも、ローディおじちゃんにも…それから…えーっと…みんなにシーっ!なんだね」
「そうだ。シーっ!だ」
と、そこへ、ハッピーが戻ってきた。
「モーガン、誰と話ししてたんだ?」
まるで誰かと話しているように一人でぶつぶつ言っているモーガンに、ハッピーは眉をひそめた。
「えっとねぇ……」
秘密だと父親に言われたばかりなのに、バレたら大変だと、モーガンはキョロキョロと辺りを見渡した。するとすぐ側にアイアンマンのぬいぐるみが転がっているのを見つけたモーガンは、それを拾うと抱きしめた。
「このこ!」
トニーが買ってきたアイアンマンのぬいぐるみ。きっと父親代わりに思っているのだろうと、ハッピーは涙を堪えると、モーガンの背中をそっと撫でた。
→③へ…