I love you 3000…Ⅱ㉖

10月になると、朝晩は肌寒くなってきた。
もうすぐ予定日のペッパーのお腹ははち切れそうになっているが、ここ最近、顔を顰めたトニーが右肩を押さえているのにペッパーは気が付いた。
今も彼は辛そうにしているのに何も言わないのだから、心配になったペッパーはトニーの隣に腰掛けると夫に尋ねた。
「どうしたの?」
するとトニーは小さく首を振った。
「いや…傷口が痛んで…」
肌寒くなってきたため、切断した傷口が痛むのだろう。
「外して?」
ペッパーの言葉にトニーは義手を外した。するとペッパーは、服の上から右の切断した傷口を摩り始めた。
ペッパーの手の温かさ…いや、彼女の心の温かさに、トニーは痛みが和らぐのを感じた。

「楽になった。ありがとう」
暫くしてそう告げたトニーは、肩に置かれたペッパーの手を握った。そしてそのまま彼女のお腹の上に手を置いたトニーは、身体を屈めるとそっとキスをした。
「もうすぐ会えるな…」
トニーは優しい瞳をしていた。それはペッパーだけに向けるものとも、モーガンだけに向けるものとも違う…生まれてくる息子だけに向けるもの。
トニーの髪を撫でたペッパーは、トニーが生きてそばにいてくれること、そして新しい家族が増えることを神に感謝した。

***

それから数週間後。
予定日間近となり、大事をとってペッパーは入院することになった。
「ママ、もうすぐ赤ちゃんにあえるね」
「そうね」
待ち遠しくてたまらないというように、目を輝かせているモーガンは、ペッパーのお腹に口を近づけると囁いた。
「はやくでてきてね、赤ちゃん。あたし、おもちゃをいっぱいかしてあげるから」

「じゃあ、何かあったら連絡しろ。いいな」
ペッパーに告げたトニーは、モーガンを連れて病室を後にした。
「モーガン、何か食べて帰ろう。何がいい?」
「チーズバーガー!」
飛び跳ねるように右手を握りしめてくるモーガンに、トニーは目をくるりと回した。
「昼もチーズバーガーだっただろ?」
父親を見つめたモーガンは肩を竦めた。
「うーん…じゃあねぇ…ピザ!」
自分と同じようなことばかり言う娘にトニーは思わず苦笑したが、そんな娘のことが可愛くて仕方ないため、モーガンを抱き上げたトニーはピザ屋へ向かうことにした。

***

その夜。モーガンを寝かしつけたトニーがリビングに向かうと、ハッピーがテレビを見ながら寛いでいた。ペッパーがいつ産気づいてもいいようにと、ハッピーは数日前からずっと待機してくれているのだ。
ソファに腰を下ろしたトニーに、ハッピーはピザの箱を押しやりながら告げた。
「そう言えば、2人きりになるのって久しぶりですね」
確かに昔は2人でいることが多かった。が、ここ数年…特にモーガンが産まれてからは、2人きりになることなど殆どなかった。
ピザを1枚取ったトニーは、ハッピーにチラリと視線を送った。
ハッピーはいつも自分のそばにいてくれた。それは初めて出会った時からずっと…。
トニーは不意に彼と出会った時のことを思い出した。もう数十年も前の話だ。ペッパーと出会う何年も前の話…。

とあるバーで酒を飲んでいると、店の隅で突然殴り合いの喧嘩が始まった。ガタイのいい男が、数人の如何にも悪そうな若者に殴られていた。が、男は若者たちを殴り返すこともなく、ガードするように身体を丸め、ただひたすら殴られていた。バーには大勢の客がいるのに、誰も止めようとせず、ただ見ているだけだった。が、何となく放っておけなかったトニーは、立ち上がると喧嘩を止めに入った。
「おい、何があったのか知らないが、いい加減やめておけ」
声を掛けてきた人物がトニー・スタークだと気付いた若者は、悪態を吐きながらその場を後にした。
「大丈夫か?」
咳き込みながら座り込んだ男にトニーはハンカチを渡した。すると男は小さく頷くとトニーに礼を言った。
「一杯奢るぞ?」
男の腕を掴み立ち上がらせたトニーは、彼を連れて席へと戻った。

男はハロルド・ホーガンと名乗った。ボコボコに殴られていたのに元ボクサーだと言うのだから、トニーは思わず目をくるりと回した。が、話をしているうちに、ハロルド・ホーガンはとても優しく気のいい男だと分かった。職を探しているというホーガンに、トニーは自分の名刺を渡した。
「良ければ連絡してくれ。力になる」
そう告げ別れた数日後、ホーガンから電話が掛かってきた。助けてもらったお礼に、是非働かせて欲しいと言われ、トニーはホーガンを運転手兼ボディーガードとして雇うことにした。いつもしかめ面をしているため『ハッピー』という愛称を付けたホーガンは、いつしかトニーにとって絶対なる信頼を寄せる親友となっていた…。

「…ハッピー、ありがとう」
突然礼を言われ、ハッピーは食べかけのピザを落としてしまった。
「どうしたんです?急に…」
目をパチクリさせているハッピーに、トニーは照れ臭そうに鼻の頭を掻いた。
「いや…お前には色々と苦労をかけた。今でもかけっぱなしだ。だが…お前がそばにいてくれたから、今までやってこれたんだ」
「トニー…」
瞬きをしたハッピーは目を潤ませた。彼の涙にトニーはハッピーの肩をポンッと叩いた。
「だからな、ハッピー。そろそろ自分の幸せも考えてくれ。お前にも幸せになって欲しいんだ」
ハッピーにも幸せになって欲しい…。
これは、トニーだけではなくペッパーの願いでもあった。何十年にも渡り、自分たちのために散々尽くしてくれたハッピーなのだから、そろそろ自分のことを考えて欲しかったのだ。それはトニーがタイムスリップした先で出会った父親に『大義のために個人の幸せを諦める必要はない』と言われたことも少なからず関係しているのだが…。
「つまり?」
話が見えず首を傾げたハッピーに、トニーは眉をつりあげた。
「誰かいい人はいないのかって話だ」
と、ハッピーが顔を真っ赤にして飛び上がった。その態度にトニーはピンときた。自分たちが知らないだけで、ハッピーにはちゃんとお相手がいるのだということに…。
「おい、まさか…もういるのか?!」
目を見開いたトニーに、ハッピーはブンブンと首を乱暴に振った。
「ち、違いますよ!彼女とは…」
名前は言わなかったが、間違いなく誰かいるのだ。飛び上がったトニーは、ハッピーに詰め寄った。
「ハッピー、洗いざらい、白状しろ」
大きな目を見開いて見つめてくるトニーに、身体を縮こまらせたハッピーはボソボソと告げた。
「じ、実は……ボスの入院中に…」
「その女性とヤッたのか?」
小さく頷いたハッピーに、自分の入院中ということは、相手は病院関係者なのか?と首を捻った。
「で、その女性とは付き合ってるのか?」
「付き合っているというか…」
ごにょごにょと口籠ったハッピーに、もう一息だと詰め寄ろうとしたトニーだが、携帯が鳴った。
画面を見たトニーは、メールを見ると目を輝かせた。
「ハッピー!その話は後だ。病院へ行ってくる!」
後ろでハッピーが何やら言っているが、トニーは転がるようにガレージへと向かった。

㉗へ…

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