Reasons to stay in this world.①

トニーの葬儀を終えた夜。
『パパはどこ?』と、泣き続ける娘を何とか寝かしつけたペッパーは、リビングへ降りて来た。
シンと静まり返った家に、ペッパーの胸にとてつもない虚無感が襲いかかった。
数日前までは、ここは笑い声で溢れていた。その中心にいつもトニーがいた。例え数日戻ってこないことがあっても、トニーはいつだってこの場に戻ってきた。
それなのに、もう彼は二度と戻ってこないのだ。
トニーという存在を失った家は、まるで太陽が消えてしまったようにひっそりとしていた。
部屋を見渡したペッパーは、数時間前ホログラムを映し出したアイアンマンのヘルメットがまだ置かれているのに気づくと、そっと歩み寄った。手を伸ばしそれを撫でたペッパーの目から涙が零れ落ちた。
「トニー……」
返事などあるはずはない。
何故ならトニーはもうこの世には……。

「ハニー……」
あるはずのない返事が聞こえ、ペッパーは息を飲んだ。別のホログラムが流れ始めたのかと辺りを見渡したが、何もない。
「…トニー?」
もう一度呼びかけると、再びトニーの声が聞こえた。
「ペッパー…」
今度は先ほどよりもハッキリと聞こえた。それも背後から…。
ペッパーは背筋を震わせた。
まさか死んだというのは彼の得意のサプライズで、本当はまだ生きているのでは…と、一瞬そんな考えが過った。が、確かに彼は死んだのだ。確かにこの手で遺体を埋葬した。

だが、背後には何かの気配がする。
何かがいる…。

そしてそれはきっと……。

息を整えたペッパーはゆっくりと振り返った。

トニーがいた。
ホログラムの映像のようにぼんやりとしているが、家で寛いでいる時のように、Tシャツとスエットパンツを履いたトニーがいた。

「トニー…」
やはりこれは、彼が残してくれた別のホログラムなのかと思ったペッパーは、ヘルメットを見たが、無機質なそれは何も映し出していないではないか。不思議に思ったペッパーは、トニーとヘルメットを何度も見た。そしてもう一度、夫に向かって呼びかけた。
「トニー?」
すると目の前のトニーが目を見張った。
「ペッパー…私が…見えるのか?」
「見えるって……」
目をパチクリさせたペッパーは、その言葉の意味に気付くと、思わず叫びそうになり、慌てて口を押さえた。
つまり今目の前にいるトニーは、幽霊。彼は幽霊となって、自分の目の前に現れたのだ。
ペッパーは信じられなかった。幽霊なんて非現実的なことが自分に起こるなんて、信じられなかった。
それでも今起きていることが現実なのか確かめようと、ペッパーは恐る恐るトニーに向かって手を伸ばした。が、触れようとしたその手は、トニーの身体を通り抜けてしまった。
通り抜けた手を見つめたペッパーは、トニーに視線を移した。トニーは悲しそうに笑っていた。
「トニー…本当にあなたなの?」
震える声で尋ねる妻に、トニーは小さく頷いた。
「あぁ…。ゆっくり眠れなくても、ペッパーとモーガンの側にいる方がいいと願ったら…家の前にいた」

つまり、幽霊であっても、トニーは戻ってきてくれたのだ。自分たちの元に戻ってきてくれたのだ。
ペッパーの目から大粒の涙が零れ落ちた。そしてペッパーはトニーに抱きつこうとしたが、抱きつけるはずがないのだから、彼を包み込むように腕を回した。するとトニーも同じように、妻の身体に腕を回した。
触れることはできないが、ペッパーはトニーを確かに感じることができた。
だが、トニーがいるのは一時的なものかもしれない…。明日の朝になったら、彼は消えてしまうかもしれない…。
ペッパーは嫌々と首を振った。例え幽霊でも、ペッパーはトニーにそばにいて欲しかった。そして出来るなら、ずっとそばにいて欲しかった。すると彼女の心の声が聞こえたのか、トニーが囁いた。
「君たちが望むなら、ずっとそばにいる…」
何度も何度も頷いたペッパーは泣いた。涙はトニーをすり抜け、床に零れ落ちた。
トニーは目の前にいるのに、触れ合うことのできない悲しさと辛さ…それと相反するように、例え触れられなくてもそばにいてくれるだけでいいという嬉しさと感謝の気持ち…。
入り混じる感情と葛藤していたペッパーだが、しばらくすると落ち着きを取り戻し、涙を拭うと顔を上げた。そして思った。彼の姿は自分以外にも見えるのかと…。
「あなたの姿、みんなに見えるの?」
そう尋ねると、トニーは首を傾げた。
「どうだろう…。他の奴の前には行ってない。まずは君に会いたかったから…」
トニーが真っ先に自分の前に現れてくれたことが、当たり前のことだが嬉しくなったペッパーだが、娘にも彼の姿は見えるのかと不安になった。
「モーガンにも見えるかしら…」
するとトニーは肩を竦めた。
「朝になったら分かるだろ」

へ…

EG後、トニーが幽霊になって現世に留まり続けるお話。

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