結局トニーは翌朝になっても帰宅せず、出社もしていない彼は行方をくらましていた。
「トニー、どこに行ったの?」
何度も携帯に連絡するが、電源を切っているらしく全く繋がらない。
彼の行きそうな場所はハッピーが片っ端から当たったのだが、どこに行ったのか収穫はなかった。
その時、ふと思い出したのは昨夜の彼の言葉。心臓のことを言っていたと思い出したペッパーは、何か糸口があるかもしれないと、病院へ向かった。
「実は、スタークさんに…ご主人に口止めされているのです。絶対に誰にも言うなと…。ですから私と数人のスタッフしか知りません」
そう切り出した主治医は、トニーの状態を説明し始めた。
「実はスタークさんの心臓には、あの事件で後遺症が残りました。心機能が低下し、心不全を起こしています。毎日薬を飲み続けなければなりません。経過があまり良くないため、激しい運動もできるだけ控えて頂いています。精神的にも肉体的にもストレスのない生活が必要です。それでもいつ発作が起こるか分かりません。実は1ヵ月前に軽い発作を起こし緊急入院されました。奥様には知らせるなと…知らせたらこの病院を潰すと物凄い剣幕だったので、結局秘書の方とも相談して、奥様には知らせないことになりました。ですが、2日前に定期検診で来られた時も、あまり状態はよくありませんでした。暫く入院するよう勧めたのですが、スタークさんは奥様と娘さんのいる家がいいと帰られたんです」
2日前というと、喧嘩の前日。つまり、仕事というのは嘘だったことに間違いないが、例の女性と会っていた訳ではなかったのだ。それなのに、どうしてお互い話をせず、ただ責め合うばかりだったのだろうかと、ペッパーは唇を噛み締めた。
「スタークさん、言ってました。今、話せないのは奥様に心配かけたくないからだと。娘さんのことで手一杯な奥様に、自分まで迷惑かけたくないと…。いつも心配かけてばかりだから、せめて負担を軽くしてあげたいと。それから、あの事件の後遺症となると、きっと責任を感じるだろうと…。娘さんのことが落ち着いたら、自分からきちんと話をする、だからもう少し口外しないでくれと、頭を下げて頼まれました」
どうして彼は我慢してばかりなのだろう。
きっと病気のことも一人抱えて苦しんでいたのに、どうして毎日そばにいるのに気づいてあげれなかったのだろう…。
悔しかった。情けなかった。彼が話してくれてないことに…そしてそれに気づかなかった自分に…。いつも気付かず彼を傷つけてしまうことに…。
ぽろぽろ涙を零し始めたペッパーに、医師は優しげな笑みを送った。
「娘さんが成長して結婚して手が離れたら…きっと奥様はそれまで一生懸命に頑張ってくれてるだろうから…2人で世界一周旅行に行く…。それまで絶対に生きてやると言われてました。だからどんなに苦しく辛い治療でも頑張ると、スタークさんは毎回笑顔で帰られるんです。ですが、先日はいつもの笑顔がありませんでした。何かあったのかと聞くと、何でもないと言われていましたが…」
原因は不倫報道を見た時分かっていた。だが、長年に渡りずっとトニーのことを見続けてきた医師は、もう二度とトニーを暗闇の世界に戻してはいけない…そして彼を救えるのは目の前にいる女性だけだと信じていたからこそ、今まで胸に秘めていた話をすると決めた。
「スタークさん。ご存知だと思いますが、彼は今、苦しんでいます。病気のこともそうですが、奥様には言えない思いが色々あるようです。迷惑かけたくないから話せないと彼は言いますが、それが逆に心配掛けているとは思ってないんでしょうね。ご両親が亡くなられた時、彼は自暴自棄になりました。誰にも言えない悩みを抱えて、自分でもどうしたらいいのか分からなくなったようです。酔った勢いで喧嘩をし、大怪我をして搬送されたこともあります。急性アルコール中毒になりここに担ぎ込まれたこともあります。今の彼は、その時の彼と重なるんです。このままでは彼はまた同じことの繰り返しです。ですが、それを救えるのは、ペッパーさん、あなただけです。彼は複雑な世界で育ってきたせいか、自分を素直に表現することも、他人に本音をぶつけることも苦手なんです。自分が我慢すれば大丈夫だと思い、限界まで溜め込むんです。ですけど、ペッパーさんなら、どんな彼でも受け入れてくれると信じています。ですから…」
言葉を詰まらせた医師の目は微かに潤んでおり、それを見たペッパーも涙を静かに零した。
「先生、分かってます。本当の彼を一番分かっているのは私ですから…。私、怖かったんです。あの事件で彼は心にも身体にも大きな傷を負いました。その気持ちを受け入れることが怖かったんです…。また私の元から離れていってしまうことが怖かったんです。だから彼の不安に気づいていても…ずっと気づかないフリをしていました…。彼と話をします。本音をぶつけあってみます。きっと彼もそれを望んでいるから…」
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