Everything Is For You㉘

そんなある日、ついにメディアにマヤとの関係をすっぱ抜かれてしまった。
『トニー・スターク、不倫』
新聞の1面を飾った見出しには、ご丁寧にもトニーが女性と車中で抱き合いキスをする写真まで掲載されていた。
「何これ…」
テレビでも格好のネタだと繰り返し報道されており、新聞を持つペッパーの手は震えている。
この1ヵ月、トニーは帰宅するのも遅く、出張ばかりで、ペッパーの目から見ても様子がおかしかったのだが、まさかこういう事情だったとは思いもしなかった。
昨晩も日付が変わって帰宅したトニーはまだ起きてこない。おそらくこの女性と会っていて遅くなったのだろう。叩き起し問い詰めるべきかと考えていたその時、トニーが起きてきた。
付けっぱなしのテレビからは、繰り返し『不倫』という言葉が聞こえてくる。テレビをチラリと見たトニーは、無言でペッパーの横をすり抜けるとコーヒーを飲み始めた。
「昨日は遅かったわね」
怒りを抑えようとしているのか、ペッパーの声は今まで聞いたことがない程、冷たかった。
「…仕事してた…」
実は昨日は月に一度の定期検診に行っていたのだが、検査結果が芳しくなくしばらく入院するように告げられた。だが、夜になりやはり家に帰りたいと無理矢理退院してきたので、帰宅が遅くなったのだが、今このタイミングで話をしても、ペッパーは信じてくれないだろう。
「どういうこと?」
案の定、ペッパーは新聞をトニーの目の前に叩きつけた。
チラリと見出しを見たトニーは酷く顔色が悪いが、不倫がバレたせいだと思っているペッパーは、まさか体調が悪いせいだとは気づいていなかった。
もう終わったことだとは言え、真実を話すべきだと考えたトニーは、申し訳なさそうに視線を伏せた。
「…本当のことだ…。ペッパー、すまない。俺は浮気した」
頭を下げるトニーだが、ペッパーはショックで倒れそうになっている。
「1回だけ?」
辛うじて出た言葉は、続けて聞こえてきたトニーの言葉に打ち砕かれた。
「いや…あの展示会の後からずっと…。週に2回は会って…彼女と寝た。でも…」
まだ何か言おうとしていたが、もう言い訳は聞きたくなかった。彼が裏切ったことには間違いないのだから…。
トニーの頬を思いっきり平手打ちしたペッパーは、唇を噛み締めた。
「どうして?!」
真っ赤な顔をしたペッパーは、トニーの胸をポカポカ叩き始めた。
「最初は酔いに任せてだった。酔った勢いで彼女と寝た。だけど、何度も会ううちに抜け出さなくなってしまった…」
ペッパーの手を振り払ったトニーだが、タイミング悪く胸が苦しくなり始め、何度か深呼吸をしたのだが、それがペッパーにはため息を付いているように聞こえ、彼女は絶望の淵へと追いやられた。
「私の事…嫌いになったの?」
嫌いになったのかと聞かれ、トニーは首を振った。
「違う。君のことは今でも世界一愛している。だが君はアナにかかりっきりだった…。だからつい…魔がさした。すまなかった…」
本当はもっと言いたいことが山のようにある。だが、一刻も早く彼女の怒りを鎮めようと、トニーは頭を下げ続けた。
だが、開き直ったようなトニーの態度に、ペッパーの怒りは頂点に達していた。
「トニー!あなたは父親なのよ?!私の夫であるけれど、あなたはアナの父親なの!魔がさしたですって?!どういう意味よ!あなたはアナの世話だって全然しないでしょ?あなたは父親よ!それがあなたは全然分かってないのよ!いつまで経っても子供みたいに振る舞うのはやめなさい!」
黙って聞いていたトニーだが、ペッパーの言葉に彼は胸の内に秘めていた思いがとうとう爆発してしまった。
バンっとテーブルを叩いたトニーは立ち上がった。
「そういうところが嫌なんだよ!結局君は俺のこと、いつまで経っても子ども扱いするだろ?!自分だけが正しい、俺は子供じみてるから、間違ってるって言いたいんだろ?」
「そういう訳じゃ…」
唇を震わせたペッパーだが、トニーは止めることができなかった。
「世間じゃ俺達のこと、何て言ってるか知ってるか?俺は君の駒でしかないって。いいように使われてるだけだって!俺が頼りないから、会社のことも君が全部仕切ってるって!どうせ俺は年下の旦那なんだよ!俺だって、頑張ってるんだ!だけど誰も認めてくれないじゃないか!アナの世話だって、一生懸命やったさ!でも君は俺から取り上げた!君の方が何でも上手く出来るからだろ?不器用な俺なんかに、娘の世話は任せられないってことだろ?!」
思いもしないトニーの本音に、青ざめたペッパーは
「そんなことないわ。あなたは良くやって……」
と言うのが精一杯だった。だが、どこまでも年上風を吹かせるペッパーに、トニーはテーブルの上のカップを床に叩きつけた。
「またそんな言い方するのか?!」
胸の動悸は先程までより酷くなっている。息苦しくなり、このままでは倒れそうだ。『今、ストレスは大敵です。奥様とお子様と、少しのんびりされてみてはいかがですか?』という昨日の医師の言葉を思い出したトニーだが、そもそも自分がこうなったのも、全てあの事件のせいだ…。本当はそんなこと思っていないはずなのに、心のどこかで思っていたのだろう。後で考え直せば、言ってはいけないタイミングで、彼は最悪の言葉を発してしまった。
「大体、君のせいだ!俺が何度も死にかけたのも、一生心臓を心配して生きていかないといけないのも!全部君のせいだ!!君と出会ったせいで、俺の人生は狂ったんだ!責任取ってくれよ!」

「心臓の心配って…どういうこと…」
状況が分からずペッパーは困惑している。
思わず言ってしまったが、今この場で説明出来るほど、トニーも冷静ではなかった。
「何でもない…」
踵を返したトニーは玄関に向かった。
胸を押さえて苦しそうなトニーに、ペッパーは彼が自分には話してくれていない秘密を抱えているとようやく気づいた。だが彼はそれすらも話さず逃げようとしている。
「どこ行くのよ!ちゃんと話をして!」
慌てて追いかけるが、トニーは早足でガレージへ向かった。
「俺の勝手だろ!子供じゃないんだ!もう、放っておいてくれ!」
大粒の涙を零したトニーは、車に乗り込むと、家を出ていった。

㉙へ…

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