Everything Is For You㉗

そういえば、最後にペッパーを抱いたのはいつだろう…。アナが生まれる前…つまりはあのキリアンの事件が起こってから、2人は共に眠っていなかった。
目を閉じたトニーはペッパーの姿を思い浮かべようとした。だが、思い浮かんだのは、1週間前に衝動的に身体を重ねた漆黒の髪をした美女の姿だった。あの夜は久しぶりに自由になった気分だった。罪悪感を感じながらも、自分を抑えることができなかった。
この一週間、結局ペッパーに何も言えないままだった。そればかりか、彼女と顔を合わせるのも申し訳ない気がして、仕事と称して深夜まで帰宅しない日々が続いていた。
どうしてこんなことになったのだろう…。お互い我慢しているばかりで、本音を言えない関係が本当に夫婦といえるのだろうか…。いや、そもそも彼女は心から自分を頼りにしてくれたことは、1度もない気がする。そんな関係なのにどうして彼女は自分と結婚したのだろう。もしかしたら、過去を忘れるためなのだろうか…。それならば、相手は自分でなくても良かったのではないだろうか…。
考えれば考えるほど、トニーはどうしていいのか分からなくなっていた。自分が情けなくなり、涙が零れ落ちそうになった。
胸が苦しくなり、トニーは何度も深呼吸をした。ストレスのせいで発作が起きかけているのと思ったが、胸の奥がチクチク痛むのは、罪悪感のせいかもしれない…。
重苦しい雰囲気の中、メールが届いた。メールの送り主は、あろうことかあのマヤからだった。
『明日、会えない?あなたのこと、もう恋しくなったの…』
何もかも忘れてしまいたかった。現実から逃げ、責任も何も無い世界へ逃げたかった。
『俺も…』
一言返信したトニーの脳裏に泣き出しそうなペッパーの姿が浮かんだが、それを振り払うかのようにトニーは目を閉じ布団に潜り込んだ。

「急に出張になった。だから今日は帰らない」
翌朝そう告げると、ペッパーは寂しそうに一瞬顔を曇らせたが、無理矢理笑みを作った。
「分かったわ。気をつけてね」
出かける間際、いってらっしゃいと頬にキスをしてくれたが、トニーは何も言わず足早に家を後にした。

夕方、マヤを拾ったトニーはその足でホテルに向かった。
「いいの?奥さん、放っておいて…」
部屋に着くなりマヤをベッドに押し倒したトニーは、手早く服を脱ぎ捨てた。
「いいんだ。俺がいなくても平気なんだから…」
どこか投げやりになっているトニーに、マヤは何かあったのかと不安げに顔を曇らせた。
「それより、明日は何時まで大丈夫だ?」
怖いくらいに乱暴なトニーだが、せめて自分といる時くらいは安らいでもらおうと、マヤは彼を優しく抱きしめた。
「明日は夜まで大丈夫よ。だから、思いっきり抱いて?」

ペッパーといると彼女にふさわしい男にならないといけないと、背伸びばかりしており、そんな自分を演じることにトニーは正直疲れていた。そんなことを思ってはいけないと分かっている。だが、マヤといる時だけは、何もかも忘れて、等身大の自分になれる気がした。
「あなたのセックス、最高ね。もう離れたくないわ…」
ペッパーには1度も言われたことのない台詞を可愛らしく言われると、トニーも彼女のことを手放したくなかった。
結局その翌週もトニーはマヤと密会を重ねた。最初は週に1度だった逢瀬も、1ヵ月経つ頃には、2日に1度会う関係になっていた。
だが、いい加減にしておかなければ、本当にペッパーを悲しませることになる。そう感じたトニーは、これを最後にしようとマヤに告げ、2人の関係は秘密裏に終わったように思えたのだが…。

㉘へ…

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