2ヵ月経った頃。トニーはようやく退院の日を迎えた。
「NYへ帰る?!」
荷造りを終え、迎えに来たハッピーの車に乗り込んだトニーはペッパーに、自分とハッピーはこのままNYに帰ると告げたのだが…。
「ダメよ!ダメ!帰るなんてとんでもないわ!あなたは病み上がりなの!一人になったら、どうせまた不摂生する気でしょ?!」
素直に『しばらく一緒にいたい』と言えばいいのだが、2人きりなら兎も角、ハッピーがいると、ペッパーはどうも素直になれなかった。
そしてトニーの方も、ペッパーと離れたくないに決まっている。だからペッパーの提案は非常に有難かった。それに『一人になると不摂生する』というのは図星なのだ。流石はペッパー…と感心したトニーだが、素直に気持ちを口に出したくなかった。
そのため、
「そんなことはない」
と一応言ってみたが、ペッパーはお見通しなのよと目を細めると、トニーの首根っこを掴んだ。
「いいこと!元気になるまで、ぜーーったいに帰らせないわ!」
その迫力に、ハッピーはおろか、トニーも頷くしかなかった。
ということで、トニーは暫くペッパーの家に居候することになった。
あの再会した日に本当に僅かな時間お邪魔した家。あの時とは比べ物にならない程清々しい気持ちで家の中に入ったトニーを、ペッパーは案内し始めた。
親子2人で暮らしていた家はこじんまりとしているが、庭も部屋も綺麗に整えられており、さすがはペッパーだとトニーは一人感心した。
「あなたの荷物は、ゲストルームに入れてもらったわよ」
荷物を置いたハッピーは「ごゆっくり」と言い残すとNYへ戻ったため、しばらくは親子3人だけの暮らしが楽しめる。
「何だ?君の部屋で寝させてくれないのか?」
「あなたの寝相が悪くなければね」
眉を吊り上げたトニーは、ペッパーを背後から抱きしめた。柔らかな髪に顔を埋めたトニーだが、ペッパーもトニーと触れ合いたいというのが本音だったので、胸の前で組まれた彼の腕にそっと触れると目を閉じた。
「そろそろお迎えの時間だろ?」
腕時計を見たトニーの言葉に我に返ったペッパーは、慌てて部屋の時計を見た。
「大変!」
すぐにでも出発しなければ間に合わない。バタバタと用意し始めたペッパーだが、ルーカスは父親が暫く居候することを知らないのだから、彼が迎えに行けばサプライズになるわと考えると、くるりとトニーの方を向いた。
「ねぇ、トニーも行きましょ?」
案の定、ペッパーと共にトニーが姿を現すと、ルーカスは飛び上がって大喜び。
「パパ?!」
駆け寄ったルーカスは、トニーに飛びついた。軽々と息子を抱き上げたトニーは、頬にキスをした。
「暫くママの家にいることにした」
「ホント?」
歓声を上げるルーカスだが、トニーに気づいた周囲の人々は騒然とし始めた。
どうしてトニー・スタークがここにいるのか、そしてルーカス・ポッツくんは、彼を『パパ』と呼んでいる。ポッツさんはシングルマザーのはず。今まで父親の影も形もなく、誰の子なのかと陰で詮索していたが、まさかトニー・スタークの息子だったとは…。そういえば、ポッツさんとトニー・スタークはずっと恋人だという噂があった。4年前に破局したと暫くメディアは大騒ぎだったが、彼がこの場にいるということは、よりを戻したのだろうか…。
一体どういうことなのか…と、幼稚園のスタッフもその場に居合わせた保護者も、目を白黒させている。
周囲のざわめきに、何だか懐かしいわねと苦笑したペッパーだが、トニーは盛大に鼻を鳴らした。
と、そこへルーカスと同年代の子供たちが駆け寄ってきた。
「えー!ほんとにアイアンマンだ!」
「ルーカス、うそじゃなかったんだ!」
どうやらルーカスは幼稚園で『僕のパパはアイアンマン』と言ったらしいが、誰も信じてくれなかったらしい。
「いったでしょ!ぼくのパパはアイアンマンだって!」
トニーに抱かれたまま得意げに言い放ったルーカスは、先程のトニーを真似するように、ふんっと鼻を鳴らすとニヤっと笑った。その顔はトニーそっくりで、若干疑心暗鬼だった人々も、ルーカスくんはやっぱりトニー・スタークの息子だと納得したとか…。
父親が家にいるという初めての状況に、ルーカスは家に帰ってからも興奮しっぱなしだった。
夕食の時もトニーの隣に座り、リビングでひとしきり遊んだ後、お風呂に入れと母親に言われると、
「パパ!おふろ!はいろ!」
と、アヒルのおもちゃや水鉄砲を抱え、トニーを引っ張るようにバスルームへと向かった。
寝る時もトニーに絵本を読んでもらい、ご満悦のルーカスは、あっという間に眠ってしまった。
***
トニーにとっても、初めて味わう家族団らんのある生活は、楽しくて仕方なかった。
朝、仕事の引き継ぎでペッパーが職場に向かう日以外は、ペッパーと共にルーカスを幼稚園まで送っていき、そのまま2人で買い物やランチに行くこともあれば、家に帰りお迎え時間まで愛し合うこともあった。やったことのない庭の芝刈りを買って出て、芝刈り機を暴走させたこともあった。
ルーカスを幼稚園に迎えに行った足で、近くの公園や遊園地に遊びに行ったり、家に帰りルーカスとロボットを組み立てたり、キャッチボールをしたり…と、トニーは今までの埋め合わせをするかのように、息子との時間を楽しんでいた。
そして夕食を食べ、息子と時にはペッパーも交えてお風呂に入り、息子に本を読み聞かせながら寝かしつけた後はペッパーと愛を語り合った。
が、『トニー・スタークがポッツ家にいる。ペッパー・ポッツの息子はトニー・スタークの子供だった』という幼稚園から広まった噂は、あっという間に街中に広まり、家の前には連日噂を聞きつけた人々が行き交うようになっていた。
2週間も経った頃には、野次馬はかなり増えており、LAやNYの行き過ぎたパパラッチのように危害を加えることはないだろうが、どうも落ち着かなくなってきた。いい加減、NYに引き上げた方がいいかもしれないと考えたトニーは、その夜ペッパーと相談しようと決めた。
「私はいつNYに戻れるんだ?」
身体が離れた後、ペッパーを抱き寄せたトニーは、そう切り出した。
離れたくないのはトニーも同じなのに、素直になれない彼はわざとそう言ったのだが、お見通しなペッパーは、甘えたように胸元に顔をすり寄せた。
「あなたと離れたくないの……」
可愛らしいペッパーの様子に、顔を緩めたトニーは、彼女の素肌をすっと撫でた。
「君も一緒に戻ろう。仕事の引き継ぎも終わったんだろ?」
ペッパーは数日前に正式に仕事を辞めた。だからNYに戻るには何の支障もないのだが、ペッパーは困ったように首を傾げた。
「えぇ。でも、ルーカスが夏休みになるまで待って」
NYに引っ越せば、ルーカスは新たな幼稚園に通うことになる。それならば、学年が変わる時期に転園させる方が良いとペッパーは考えたのだ。
「というと、あと1ヵ月くらいか?」
1ヶ月も離れて暮らさなければならないのは寂しいが、それならばここを去る前にきちんとケジメをつけて置いた方がいいだろう。頭の中で計画を立て始めたトニーだが、先ほどの質問に頷いたペッパーを組み敷くと、胸元に赤い花を散らし始めた。
数日後。
トニーはSkypeで会議中。
それをキッチンで片付けをしながらチラチラと眺めていたペッパーは、壁に掛かるカレンダーを見た。
トニーが退院してもうすぐ1ヵ月。毎日のようにSkypeで会議をしているトニーは、きちんと社長業をこなしているようだ。今も新製品の打ち合わせをしているのだが、時折聞こえる『いつお戻りになられますか?』という社員の言葉に、ペッパーはいい加減に彼をNYに帰らせないといけないと感じていた。
だが、自分たちはまだ1ヶ月はここにいなければならない。
(暫く離れ離れね…)
ふぅとため息を付いたペッパーだが、再びカレンダーを見たペッパーは、とあることに気づいた。
(え……遅れてる…)
トニーを見るとまだ会議中だ。
もしもの時に先日買っておいた検査薬を手にトイレへ向かったペッパーは、数分後、笑みを浮かべてトイレから出てきた。
結果は陽性だった。
トニーは丁度会話を終えて、ペッパーはどこへ行ったのかキョロキョロと探していた。
「トニー」
検査薬を握りしめトニーのそばに向かうと、トニーは首を傾げた。
「どうした?」
検査薬をそっと差し出すと、目を丸くしたトニーは、椅子から勢いよく立ち上がった。
「おい!ペッパー!本当か?!」
「…遅れてるし…」
恥ずかしそうに瞬きしたペッパーの手を握りしめると、トニーは
「病院へ行くぞ!」
と叫びながら、玄関へと向かった。
「おめでとうございます、ポッツさん。5週目ですよ」
そう告げられた2人は、手を握り合い病院を後にした。再び出会い愛し合えたことだけでも今は幸せなのに、家族が新たに増えるのだ。こんなに嬉しいことはあるだろうか。
病院からの帰り道、その足でルーカスを迎えに行ったのだが、NYに引越し落ち着いた頃にルーカスには話をしようと、2人は決めていた。そのため、いつものように息子との時間を過ごした2人が落ち着いたのは、彼が眠った夜になってからだった。
「5週目というと…」
ソファーに腰を下ろしたトニーは隣に座ったペッパーのお腹にそっと手を当てた。
「あなたが病院で頑張ったから…」
苦笑するペッパーだが、トニーは喜びを隠しきれないのか、いつになくニコニコしている。
いつからだろう、トニーが笑わなくなったのは…。出会った頃の彼は、明るく快活で冗談ばかり言っていた。それが度重なる心労のせいか、彼から笑みが消えたのは、彼がアイアンマンになった頃からだった。それでも自分と2人きりの時や、気のしれた仲間…それは、ローディとハッピーだけなのだが…彼も笑顔を見せてくれていた。だが、次第に彼は滅多に笑わなくなった。そして4年前、別れを告げて以降、メディアを介して見る彼から笑みは全くなくなり、苦悶に満ちた物悲しそうな表情しか見せなくなっていたのだ。
だが、4年ぶりに再会し、そして再び思いが通じ合い、彼には笑顔が戻った。特に息子と接している時の彼は子供のようにはしゃいでおり、まるで別人かと思うほどだ。
以前のように感情豊かな彼が戻ってきたことは、ペッパーにとって一番の喜びだった。
「ペッパー、君は本当に最高の女性だ。私にまた家族を与えてくれようとしているんだから…」
そう言うと、トニーはペッパーの肩を抱き寄せた。
「それから、ルーカスから聞いた。父親がどこにいるのか聞かれた時に、『あなたのパパは世界のために働いてる立派な人。だから今は一緒にいられないけど、いつか会える』と言ってくれていたんだろ?嬉しかった。君があの子にそういう風に言ってくれていたことが…。ルーカスは本当にいい子だ。優しく思いやりがあり…君にそっくりだ。あの子が素直で真っ直ぐに育ってくれているのは、君のおかげだ。ペッパー、本当にありがとう」
ルーカスの時はすくすくと育つ我が子を見守るという夢を叶えることが出来なかった。だがこうやってペッパーを取り戻し、息子にも恵まれた。そして新たに授かった我が子をこれからペッパーと共に育てていけると分かった今日、先日から計画していたことを実行するには良い機会かもしれない。
フフッと嬉しそうにもたれ掛かってきたペッパーの背中を撫でたトニーは、軽く咳払いをした。
「実は、そろそろNYに戻らないといけない。一応仕事は真面目にしてるんだぞ。君がいなくなってから…」
悪戯めいた笑みを浮かべたトニーだが、深呼吸すると真面目な顔になった。
「だがその前に、きちんとしておこうと思って…」
立ち上がったトニーはペッパーの前に跪いた。そしてポケットから小さな箱を取り出した。
「ヴァージニア・ポッツさん、結婚してください」
箱を開けると、いくつものダイアモンドの光るシンプルな指輪が煌めいていた。
プロポーズは先日されたが、トニーは改めて形に残るプロポーズをしてくれたのだ。
「私、もう二度とあなたから離れないわよ」
大きく頷いたペッパーは、トニーに抱きついた。
ペッパーの指に指輪を滑り込ませたトニーは、そのまま指輪にキスをした。
「週末、ベガスに行くよう手配している。そこで結婚しよう」
用意周到なトニーに舌を巻いたペッパーだが…。
「盛大な結婚式は、君たちがNYに来たら改めて…」
トニーの言葉にペッパーは首を振った。というのも、トニーと結婚し、正式に夫婦になれるだけで本当に十分なのだから、派手な結婚式は必要ないと考えたのだ。
「お式はいいわ。あなたとルーカスがいてくれれば十分よ」
少しだけ不満げに小さく唸ったトニーだが、結局はペッパーの気持ちを尊重することにした。
***
そして金曜日の朝になった。
「ルーカス、起きろ。出かけるぞ?」
いつもよりも早めに父親に起こされたルーカスは、目を擦りながらベッドの上に起き上がった。
今日も幼稚園のはず。それなのに、リビングへ向かうと、大きなスーツケースが置いてあり、父親も母親も何処かへ行く格好をしていた。
「どこいくの?」
後部座席のチャイルドシートに座ったルーカスは、いつもと違う風景に窓の外を興味津々といった様子で眺めている。
「飛行機に乗ってお出かけするのよ」
母親にそう教えられたルーカスは、目を輝かせた。
「ひこうきにのるの?!」
ルーカスは飛行機に乗ったことがなかった。いや、飛行機どころか、自分が住んでいる街から遠い場所には行ったことがなかったのだ。だからいつも空を行き交う飛行機を見ては、いつかあの空飛ぶ乗り物に乗って、海の向こうに行ってみたいと考えていたのだ。
飛行機に乗って遠くに出掛けるだけでも嬉しいのに、それが父親と母親と3人で行けるのだから、ルーカスは興奮を隠しきれない程、大喜びだった。
飛行場に着くと、沢山の飛行機にルーカスはすっかり魅了されてしまった。図鑑やテレビで見た飛行機だと、はしゃぐ息子に、トニーはスターク・インダストリーズのロゴの輝く飛行機を指さした。
「パパの飛行機だ。だからお前も自由に使っていいぞ?」
父親は自分の飛行機を持っていると知り、ルーカスは驚いたように目を丸くした。一体父親は何者なのだろう。アイアンマンであることは分かったが、飛行機まで持っているのだ。同じ幼稚園のダニエルくんは、『パパはヨットを持っているお金持ち』だと自慢していたが、父親はヨットどころではなく飛行機を持っているのだ。
「パパってすごいね!」
ほぅと感心したように息を吐いた息子に嬉しくなったトニーは、彼の頭をくしゃっと撫でると、ペッパーの手を引き飛行機へ乗り込んだ。
数時間後、3人はラスベガスの地へ降り立った。
見たことがないような煌びやかな街の風景を、ルーカスは車の窓に張り付いて必死に見ている。
やがて車は緑に囲まれたロッジ風の教会へ到着した。一体ここは何処なのだろうと、ルーカスがキョロキョロしていると、母親は見知らぬ女性と姿を消してしまった。父親と共に小さな部屋に向かったルーカスは、部屋の隅にある椅子に座り、父親がスーツに着替えるのを見ていた。しばらくして着替え終わった父親に手伝ってもらい、自分も着替えたルーカスは、父親と共に教会の中の祭壇の前に立った。
「パパ?なにがあるの?」
何が始まるのか分からないが、父親はとても嬉しそうだ。息子にウインクしたトニーは、顔を緩めた。
「今日は、パパとママの結婚式なんだ」
「けっこんしき?」
ルーカスが聞き返したその時の 、後方のドアが開き、手に小さな花束を持ち、白のワンピースを着た母親が姿を現した。
母親は見たことがない程綺麗で、そして満面の笑みを浮かべていた。
「綺麗だ」
「ありがと」
トニーの隣に立ったペッパーは、自分たちの間に立ち顔を見比べているルーカスの手を握った。
「ママはね、パパのお嫁さんになるの」
「およめちゃん?」
目を丸くしたルーカスは、トニーを見上げた。
「そうだ。何10年越しだろうな?ようやくママをお嫁さんにできるんだ」
そう言って笑ったトニーもルーカスの手を力強く握った。
誓いの言葉を…と言われ、トニーはペッパーに向かい合うと口を開いた。
「ペッパー、君は私の全てだ。君なしの人生なんて、考えたくもない。マイ・クイーン。君は私に人生を取り返してくれた。ありがとう、ペッパー。私を再び受け入れてくれてありがとう。私は不器用な男だ。これからも生き方を変えることは出来ないだろう。だが、約束する。何があっても君とルーカスのことは守る。命を懸けて守る。もう2度と君たちのことは手放さない。何があっても絶対に…。だからお願いだ。これからも永遠に私のそばにいてくれ…。愛してる、ヴァージニア…」
トニーの愛に溢れた言葉に、ペッパーの目からは涙がポロポロと零れ落ちたが、涙を拭った彼女は、ゆっくりと自分の思いを語り始めた。
「トニー…私…あなたと離れていた4年間はね、生きてる実感がなかったの。もちろん、ルーカスが生まれて、毎日慌ただしく過ぎていったわ。でもね、あなたのそばにいた頃のように、自分の人生を生きているって思えなかった。ルーカスがいたから…あなたの存在が感じられるこの子がいたから…私はこの4年間、生きてこられたの。だからあなたと再会して、まだあなたと同じ気持ちだって分かった時、本当に嬉しかった。これでもう、自分に嘘をついて生きていかなくてもいいんだって思ったから…。でも、4年ぶりに再会したあなたは、光を失ってしまっていた…。この4年間、あなたがどれだけの苦難に一人立ち向かっていたのかと思うと…。あなたが一番辛い時、そばで支えてあげれなくてごめんなさい。だから、もう絶対にあなたの手を離さないって決めたわ。これからは、私もあなたのことを守るって…。あなたの笑顔を守るためなら…私は何だってしてみせる。何があっても、絶対にあなたのこと、支えてみせる…。愛してるわ、トニー。これからは、私の全てであなたを愛し、信じていくわ…」
ペッパーの言葉に、トニーは嬉しそうに目を細めた。
4年間、彼女のことを忘れようと、戦いに明け暮れた。が、彼女の存在はあまりに大きかった。何をしていても彼女のことを思い出した。彼女がそばにいない暗闇の世界に生きるのなら、この世から消えてなくなってもいいと思ったこともある。だが、彼女はどこかできっと新たな人生を築こうとしているはず…。それならば、彼女のいる世界を守るのが自分の使命だと思うことにした。そして今、世界一大切な存在がそばにいてくれる。自分と再び人生を歩むと誓ってくれた。こんなに嬉しいことはあるだろうか…。彼女がそばにいるだけで、手を握り歩くだけで、世界は再び輝きを取り戻したのだから…。
「パパ、ママ、はい!」
息子の声に我に返ったトニーとペッパーは、彼の差し出した指輪を手に取った。お互いの指に誓いの印を滑り込ませると、2人は晴れて夫婦になった。そしてキスをする両親を見守ってたルーカスは、歓喜の涙を流す母親を見て、小さな手を叩き始めた。
懸命に拍手する息子を抱き上げたトニーは、ペッパーの手を握ると歩き始めた。
「ルーカス、今日からお前もスタークだ。ルーカス・アンソニー・スタークだぞ?」
自分たちが結婚し夫婦となったことを分かりやすく伝えようとそう告げると、ルーカスは
「スタークって……ぼく、パパとおなじなまえだ!」
と、はしゃぎ始めた。
そんな息子の頬にキスをしたトニーは、ペッパーにもキスをすると、教会のドアを開けた。
「よし、美味いものを食べに行こう」
まるで3人を祝福するかのように暖かい光が差し込んだ。
***
フォーシーズンスのプレジデンシャルスイートに到着した3人は、ランチを食べるとプールへと向かった。
何をするにしても初めての体験だし、それも父親と一緒に…なのだから、ルーカスはいつも以上に大興奮だった。
結局、プールではしゃぎすぎたルーカスは、夕方になると愚図り始め、早めのディナーを食べた後は、早々に眠ってしまった。
別室にルーカスを寝かせたペッパーがベッドルームに戻ってくると、トニーは寝転びテレビを見ていた。
「寝たか?」
「えぇ。パパとプールで遊んでとっても楽しかったんですって」
ガウンを脱いだペッパーは、テレビを消しリモコンを放り投げたトニーの横に潜り込むと、彼の身体に跨った。
「いい眺めだな」
ヒュウと口笛を吹いたトニーは、真新しいセクシーな下着に身を包んだペッパーの腰を掴んだ。
「さあ、新婚の初夜の始まりだ。ミセス・スターク」
ペッパーの左手を取ったトニーは指輪にキスをすると、指を絡めた。
「ミセス・スタークって、素敵な響きだけど、何だか恥ずかしいわね」
フフッと笑みを浮かべたペッパーは、トニーの引き締まった胸元に残る傷跡に指をすべらせた。
「そのうち慣れるさ」
口の端を上げたトニーは、ペッパーを抱き寄せると、身体を反転させた。ベッドに妻を組み敷いたトニーは、身体中に次々と赤い花を散らしていった。
「ん……」
柔らかな唇に、次第に身体が熱を帯び始め、ペッパーは身悶えした。ブラジャーのホックを外したトニーはベッド下に放り投げると、胸を揉みほぐしながら、臍周りにキスをし始めた。
「早くお前にも会いたいな」
ペッパーのお腹にキスを繰り返しながら、トニーは蕩けるような笑みを浮かべた。
正直、意外だった。てっきりトニーは子供が苦手だと思っていたから…。アイアンマンのファンには小さな子供も大勢おり、チャリティーイベントなどで接する機会も多くあったが、子供と接する時のトニーはどこかよそよそしさがあったのだ。それに何年も一緒にいたが、彼の口から『子供が欲しい』という言葉は聞いたことがなかった。
「あなたって子供が苦手だと思ってたの。だから、意外だったわ」
正直に言葉に出したペッパーに、顔を上げたトニーは眉を吊り上げた。
「苦手だったさ。だが、自分の子供は別だ。ルーカスのことは可愛くて仕方ない。それにルーカスから教わった。ちゃんと目線を合わせて話せば、どんなに小さくてもちゃんと分かり合えると…」
身体を起こしたトニーは、下着を脱ぐと自身を手に取った。そしてペッパーの両脚の間に身体を滑り込ませた。
「だからな、ペッパー。君との子供はもっと大勢欲しい。そうだなぁ…息子と娘と…あと5人は欲しい。だから頑張ろうな」
「ご、5人?!」
一体トニーはどんな大家族を作る計画なのだろうか…。慌てて反論しようとしたペッパーだが、隙を付いてグッと入り込んできたトニーに、歓喜の声を上げると、彼の身体にしがみついた。
***
何度も求めあった2人は、日付も変わった薄暗い部屋で、固く抱き合っていた。
腰あたりに申し訳ない程度に掛かっていたシーツを引っ張り上げたトニーは、ペッパーの身体を抱き寄せた。
「私にこんな日が来るとは夢にも思っていなかった」
感慨深げに呟いたトニーに、胸元に顔をすり寄せたペッパーは、甘ったるい声を出した。
「じゃあ、念願叶ったってわけね」
トニーの胸元に付けた赤い印を指でなぞりながら囁くと、トニーは嬉しそうに顔を崩した。
「そうだな。君をついにミセス・スタークに出来たし、後継もできたし…。愛する家族がいるという暮らしはいいな。すっかり忘れていた。それが、あと1ヵ月、離れて暮らさなければならないなんて、気が狂いそうだ」
「私も。でも、1ヵ月よ。1ヵ月我慢すれば、永遠に一緒にいられるわ…」
くすくす笑みを浮かべたペッパーは、若干微睡み始めた瞳をトニーに向けた。
「ねぇ、マリブへもいつか行ってみたいわ。ルーカスを連れて行ってあげたいの。ここでパパとママは出会って、恋に落ちたのよって…」
2人の思い出の詰まったマリブ。息子を連れて行きたいという思いは、トニーも同じだった。
「奇遇だな。実は明日…いや、もう今日だな…マリブに行くことにしている」
背中を撫でると、ペッパーは小さな欠伸を一つした。
「ホント?楽しみね……」
うとうとし始めたペッパーは、目を閉じると眠り始めた。
「おやすみ、ハニー」
額にそっとキスをしたトニーも、その夜は何年かぶりにぐっすりと眠ることができた。
***
翌日、LAに降り立った3人は、トニーの運転する車でマリブへ向かった。
崖の上の思い出の地は綺麗に整地されていたが、草が生い茂り、あの頃の面影は一つもなかった。が、目の前に広がる海は一つも変わりなく、キラキラと輝いていた。
「ここはね、パパとママの思い出の場所よ」
息子の手を握りしめたペッパーは、目を閉じると息を吸いこんだ。
「辛いことも楽しいことも…全部ここが知ってるわ」
懐かしそうに告げる母親を見上げたルーカスは、今度は反対側の手を繋いでいる父親を見上げた。
「パパとママのおうちがあったの?」
そういえば、アイアンマンの絵本で読んだことがある。マンダリンという悪い奴がアイアンマンの家を壊したという事件が…。あの絵本には『ペッパー』は登場しなかったが、きっと本当はその場にいたのだろう。詳しい話はまた父親に話して貰おうとルーカスが考えていると、息子を見つめたトニーはウインクした。
「あぁ、そうだ。今は何もないが…」
軽く咳払いしたトニーは、ペッパーに顔を向けた。
「なぁ、ペッパー。ここにまた家を建てようと思っている。前と同じ家を…」
「え…」
あんな事件があったのだから、トニーはマリブに住むのが嫌なのかと思っていた。だからNYのタワーに移住したのだと思っていたのだが、どうやら違ったようだ。
「NYもいいが、ここも大切な場所だ。海も近いし、NYに比べて空気もいい。子供たちを育てるには、ここの方がいいだろ?」
確かにそれは考えていた。NYに比べてのんびりとしたマリブで、ルーカスと産まれてくる子供はのびのび育てたいと…。
「そうね。私もそう考えていたの」
大きく頷いたペッパーに、
「私たちは何から何まで相性がいいな」
と、悪戯めいた笑みを浮かべたトニーは、息子の頭をくしゃっと撫でた。
「よし、次はどこに行こう?」
「バーガーキングのチーズバーガー食べに行かない?」
せっかくマリブに来たのだから、思い出の場所に息子を連れて行こうと提案すると、トニーは大袈裟に目を見開いた。
「ほら、見ろ。またパパとママは意見が一致したぞ?それとも、ママはパパの考えていることが読めるのか?まぁ、いい。ルーカス、パパの大好物を食べに行こう」
「うん!」
父親に似たのか、ルーカスもハンバーガーは大好物なので、飛び跳ね始めた息子を抱き上げたトニーは、ペッパーの手を握ると車に向かって歩き始めた。
***
翌日、マイアミに戻ってきた3人だが、家まで送ると言うトニーにペッパーは、別れが辛くなるから…と、首を振った。
「暫く会えないな」
ペッパーを抱きしめたまま寂しそうに呟いたトニーの髪を、ペッパーは優しく梳いた。
「毎日電話するわね…」
「あぁ。1ヵ月の辛抱だしな」
永遠とも思える程長かった4年に比べれば、1カ月なんてあっという間だ。
それに2人がNYに来る前に、やらなければならないことは山のようにある。
ルーカスが走り回っても危なくないように、リビングを片づけなければならないし、ペッパーが料理を思う存分楽しめるよう、キッチンも改装しよう。
それから、ルーカスの子供部屋も作らなければならない。自分のラボのミニチュア版のようにしよう。
後は、生まれてくる子供のための部屋も準備して…。
「パパ!げんきでね!」
頭の中で計画を立てていたトニーだが、足元にしがみついて来た息子の声に我に返ると、彼を抱き上げた。
「ルーカス、ママの言うこと、ちゃんと聞くんだぞ?」
「うん!」
大きく頷いたルーカスの髪をくしゃっと撫でたトニーは、頬にキスをすると息子を地面に下ろした。
「ママのこと、任せたぞ?」
「まかして!パパ!」
胸を叩いて答えた息子の頭を撫でたトニーは、もう1度ペッパーにキスをすると、手を振りながら飛行機へと乗り込んでいった。
飛び立つ飛行機を見守っていたペッパーとルーカスだが、ほぅと頬に手を当てたルーカスが目をキラキラ輝かせた。
「ねぇ、ママ。パパってかっこいいね!」
感心したように頷いているルーカスは、LAでトニーに買ってもらった自分よりも大きなアイアンマンのぬいぐるみを抱きしめた。
「そうね。パパは昔からカッコイイのよ。それに強くて優しくて、とっても大きな人なのよ」
母親の言葉に聞き入っていたルーカスだが、父親と過ごしたこの1ヵ月、ずっと考えていたことを母親には教えてあげることにした。
「ママ、ぼくね、パパみたいなおとなになるよ!それとね、おおきくなったら、アイアンマンになる!」
『大きくなったらアイアンマンになる』というのは、ルーカスが小さい頃からずっと言い続けてきたことだが、本当にその夢はいつか叶うかもしれない。
アイアンマンのポーズを真似し始めたルーカスの写真を撮ったペッパーは、トニーに送信した。
「それは楽しみね。でも…」
女好きなのは遺伝してませんように…と、ペッパーは心の中で祈った。