“Until the last moment“のトニペパです。
***
ペッパーとルーカスがNYへ引っ越してきた翌日。
トニーは会議に出席しており、ペッパーは朝から1人で荷物の片づけをしていた。
ルーカスも自分の部屋で、持って来た本やおもちゃを並べているが、トニーが張り切って作った子供用のラボがあるのだから、目移りして全く片づけははかどっていなかった。
クローゼットに洋服を入れ終えたペッパーは、寝室を見渡した。
4年前、出て行った時とさほど変わらぬ寝室。お気に入りだったが置いて行ったランプも何もかもが変わらず同じ場所にあるのを見たペッパーは胸が痛んだ。トニーは自分との想い出の残るこの場所で、1人孤独と戦っていたのだろうか…と。
サイドテーブルのランプを懐かしそうに撫でたペッパーは、ふとその脇にあった時計を見たのだが、日付けを見た彼女は目を見張った。
「大変!29日だわ!」
ここ数日、引っ越しの準備で慌ただしく、日付けをあまり認識していなかった
今日は5月29日…つまりトニーの誕生日だ。
4年前までの5/29は、社主催のパーティがあったが、ペッパーも誕生日に向けて入念に準備をし、2人だけの夜を過ごしていたのだが、4年ぶりということもあり、すっかり忘れていた。いや、正確には、忙しくて今日が29日ということを忘れていたのだが…。
急ごしらえになったとしても、今日はお祝いしてあげたい。家族で祝う初めての誕生日になるのだから…。
「F.R.I.D.A.Y.、今日はパーティーの予定とか入ってるの?」
トニーは今日パーティーがあるとは言っていなかったので、まずは予定を聞かねばと、ペッパーはA.I.に確認を取った。すると、
『今年は入っておりません。いえ、正確には入っておりましたが、ボスがキャンセルされました。今年はペッパー様とルーカス様と過ごされたいからと言われておりました』
とA.I.は返答したではないか。
トニーは自分の誕生日を覚えている。それなら尚更のこと、飛びっきりの誕生日にしなくては…と、ペッパーは息子の部屋に急いだ。
「ルーカス?」
息子の部屋を覗くと、床には絵本やおもちゃが散乱しており、当の本人はトニーが作った専用ラボで何やらゴソゴソしているではないか。トニーは小さなダミー型ロボットや、アイアンマンの精巧なおもちゃや乗れる車のおもちゃなどを並べ、さながら自分のラボのミニチュアのような空間を用意してくれていたのだ。昨日、部屋を初めて見たルーカスは大歓声を上げて喜んだ。凄い凄いと叫びながら部屋をぐるぐると走り回り、ひとしきり騒いだ後、トニーに抱きつくと「パパ!ありがと!だいすき!」と頬にキスをしまくっていたのだ。それが昨日のことなのだから、ルーカスが遊びたいのは分かる。だが、先に片付けると約束したのに、約束を破り片付けもせず遊んでいるのだ。
はぁとため息を付いたペッパーだが、何やら組み立てているルーカスの真剣な眼差しはトニーそのもので、誕生日の件を思い出したペッパーは、やれやれと首を振ると、息子に声を掛けた。
「ルーカス、お話したいことがあるの」
ようやく母親に気づいたルーカスだが、散らかった室内を見ると顔色を変えた。
「ママ、ごめんなさい。おかづけ、するね」
約束を守っていない自覚があるのだろう、慌てて片付け始めたルーカスに、ペッパーは息子を手招きすると、そばにやって来た彼と目線を合わせた。
「お片付けはきちんとしてね。でもね、その前にお話しがあるの。実はね、今日はパパのお誕生日なの」
「パパのおたんじょび?」
目を輝かせたルーカスは、驚いたように口に手を当てた。
「それでね、ルーカスに相談よ。パパにプレゼントをあげようと思うの。今からプレゼントを買いに行きましょ?それからママはケーキを作って、パパの好きなご飯を沢山作るわ。だからルーカスも、パパに何か作ってあげたらどうかしらと、ママは考えたの」
大きく頷いたルーカスは、母親の耳元で内緒話をするように囁いた。
「うん!ぼく、パパにおてがみかくね!」
「きっとパパ、喜ぶわよ」
初めての息子からのプレゼントに、トニーは一体どういう反応をするかしら…と、その時のことを考えたペッパーは、クスクス笑みを浮かべると、ルーカスを着替えさせると買い物へ向かった。
***
夕方になり、トニーは一日中続いた会議で疲労困憊になり、家へと戻ってきた。
「ただいま…」
エレベーターが開くと、目の前に色とりどりのフラッグや風船が飛び込んできた。
【Happy Birthday Dad!】
ルーカスが書いたのだろう、子供らしい字で書かれた物も混じっており、それを見てトニーはようやく今日が5月29日だということを思い出した。
(そうだ…今日は誕生日だ)
今年のパーティーは入院中に中止にした。というのも、今年は初めて家族と迎える誕生日だったから。この様子だと、ペッパーは誕生日を忘れていなかったようだし、きっと何か準備してくれているはず…。
途端に楽しみになったトニーは、足取り軽くキッチンへと向かった。
キッチンへ向かうと案の定、テーブルの上には沢山の料理が並んでおり、ペッパーとルーカスは楽しそうに準備をしていた。
「ただいま」
入口で声を掛けると、ルーカスは飛び跳ねるように抱きついてきた。
「パパ!おかえり!おたんじょうび、おめでとう!」
「おかえりなさい、トニー。おめでとう」
続けてやってきたペッパーにキスをしたトニーは、ルーカスの髪をくしゃっと撫でた。
「まさか祝ってもらえると思ってなかったよ」
照れくささもありそう言うと、ペッパーはニッコリと笑った。
「だって、家族でお祝いする初めての誕生日よ。早く着替えてきて。パーティーをしましょ?」
「ありがとう、ペッパー」
もう1度ペッパーにキスをしたトニーは、ルーカスを床に下ろすと急いで寝室へと向かった。
着替え終わったトニーが再びキッチンへ向かうと、アイアンマンの乗ったケーキまでもが用意されていた。
「これ、ママがつくったんだよ。ぼくもね、おてつだいしたんだよ」
ケーキを凝視しているトニーに、ルーカスは得意げに言った。
「手作りか?!すごいな」
驚きつつも椅子に座ったトニーに、ペッパーはワインを注ぐと頬にキスをした。
「気に入ってくれてよかったわ」
「気に入ったも何も…食べるのが勿体ないくらいだ」
スマフォを取り出し何枚も写真を撮っているトニーは子供のようにはしゃいでおり、ペッパーはもっとトニーを喜ばせようと、息子に目配らせした。
うん!と大きく頷いたルーカスは、椅子から降りると足元に置いていた紙袋をトニーに差し出した。
「パパ、おたんじょうびのプレゼントだよ」
「何だ?開けていいか?」
息子から受け取った紙袋を開けると、”You are My Dad”と書かれたマグカップに、”World’s best father”と書かれたTシャツが入っていた。
初めて父親として息子から貰ったプレゼントに、トニーの胸はじーんと熱くなり始めた。
「それ、ルーカスが選んだのよ。パパは世界一のパパだからって」
「ルーカス…パパは本当に嬉しいよ…」
涙ぐみ始めた父親に、ルーカスは慌てて首を振った。
「パパ、まだないちゃダメ!もういっこあるから!」
と、言いながらルーカスが差し出したのは、トニーの似顔絵と手紙だった。
ルーカスは3歳になると文字を書き始めて、今ではスラスラと書けるようになったと、ペッパーから聞いていたが、そうは言っても一生懸命何度も書き直したのだろう。所々ぐちゃぐちゃっと塗りつぶしてあったり、反転している文字のある手紙に、トニーは目を通した。
『パパへ
おたんじょうびおめでとう。
パパがぼくのパパでよかったです。パパがアイアンマンなのも ぼくはアイアンマンがだいすきだから うれしいです。
でも いちばんうれしいのは パパがいっしょのおうちにいることです。パパがおはなししてくれることです。パパとおもちゃであそぶのも ほんをよんでくれるのも うれしいです。おふろであそぶのも だいすきです。
パパ、ぼくのパパになってくれてありがとう。
ぼくもおおきくなったら パパみたいになりたいです。
パパ だいすきだよ。
ルーカス・アンソニー・スターク』
まさか息子からこのようなプレゼントを貰えるとは、数ヶ月前までの自分からしてみれば、想像すらしていなかった。
「よかった…ルーカス、お前のパパになれて、本当によかった…」
そう言いながらルーカスをギュッと抱きしめたトニーの目から、大粒の涙が零れ落ちた。
抱きしめられているので顔は見えないが、鼻を啜る音がしているから、父親は泣いているということに気づいたルーカスは、父親は泣くほど喜んでくれたことが嬉しくて堪らなかった。
「パパ…なかないで!おとこのこでしょ!」
そう言って顔を上げたルーカスは、父親の頬に伝わる涙を小さな指で拭った。
「泣いてないさ。泣いてるのはママだ」
泣いていることを見抜かれ気恥しくなったトニーは目元を乱暴に擦ると、静かに涙を流すペッパーを見つめた。
「ママ?どうしてないてるの?」
不思議そうに首を傾げる息子に、ペッパーも笑みを浮かべた。
「ママ、嬉しくって…。こうやってパパのお誕生日を、パパとママとルーカスと3人で初めてお祝いできてよかったわって思ったのよ」
涙を拭ったペッパーは、ポンっと手を叩くと楽しそうに2人に告げた。
「さぁ、ご飯にしましょ!今日はパパの好きな物をたくさん作ったのよ!」
立ち上がったトニーはペッパーの唇に素早くキスを落とすと、ルーカスを椅子に座らせた。
「ママの料理は世界一だから、楽しみだな」
頭をクシャッと撫でたトニーが息子に向かってニヤっと笑うと、ルーカスはケーキを指さした。
「うん!ぼく、はやくケーキたべたい!」
そう言ってニヤっと笑ったルーカスはトニーそっくりで、自分の血を分けた息子と、そして最愛の女性と共に再び誕生日を祝える喜びを、トニーは静かに神に感謝した。