「トニー、明日から実家に帰って来るわ」
突然ペッパーから告げられたトニーは飛び上がった。
つまりそれは出て行くということなのかという考えが一瞬頭を過ったが、ペッパーはニコニコしているのだから、どうやらそうではないようだ。
「何かあるの?」
それでも恐る恐る尋ねてみると、ペッパーは嬉しそうに答えた。
「えぇ。日曜日は母の日でしょ?だから久しぶりに帰ろうと思って」
そういえば、日曜日は母の日だ。今ではもう何もすることが出来ないが、母親が健在な時は、カーネーションとプレゼントを携え、実家に戻っていた。だが、今は…。
亡き母親のことを思い出したトニーは瞳を潤ませたが、ペッパーに悟られてはならないと慌てて首を振った。
が、ペッパーはトニーの涙に気づいていた。そして彼はもう二度と母の日を祝えないのに、1人浮かれていたことを後悔した。
「ねぇ、トニー。よかったらトニーも一緒にどう?ママもあなたに会いたがってるし」
少しは彼の気持ちも晴れるかと思い誘ってみたが、トニーは丁重に断った。
「いや、ペッパー。せっかくの家族水入らずの時間だろ?それに週末は予定があるんだ。スティーブの奴がさ、特訓するぞと張り切っちゃって…。だからアベンジャーズのメンバーで、うちに泊まり込みで特訓だ」
そんな予定があるはずはない。勿論ペッパーの気持ちは嬉しかった。だが、トニーは何となく素直に喜べなかったのだ。
『日曜日はこのレストランでランチをすることになってるの』と、レストランの名前を書いたメモをペッパーは冷蔵庫にこっそり貼り付けた。そして元気のないトニーの様子が気になったが、後ろ髪引かれる思いで実家へと戻って行った。
久しぶりの一人ぼっちの週末。それでも金曜日はアーマーの調整に熱中しているとあっという間に過ぎてしまった。
土曜日は、目が覚めると昼過ぎだった。特に何もする気が起こらなかったので、アカデミー内をランニングしていると、同じくランニング中のスティーブを見つけた。からかってやろうとスピードを早め追い抜くと、あっという間に追い抜かれた。ムキになって追いかけたが、相手は超人血清を打ったスーパーソルジャーだ。敵うはずもなく、疲労困憊でタワーに戻ると、そのままリビングのソファーで倒れるように眠ってしまった。
そして日曜日。
汗まみれの身体をサッパリさせようとシャワーを浴びたトニーは、濡れた髪を拭きながらキッチンへと向かった。
冷蔵庫から水を取り出したトニーは、扉を閉める時になって、ようやく1枚の紙に気づいた。それはペッパーの書いたメモだった。
レストランの名前と住所、そして予約時間の書かれたメモを手に取ったトニーは時計を見た。メモをポケットに突っ込んだトニーは頭を振るとキッチンを後にした。
トニーは両親の眠る墓に来ていた。
途中で買ったカーネーションとバラの花束を墓標の前に置くと、トニーは刻まれた母親の名前をなぞった。
「今日は母の日だろ?随分と忘れてたけど…」
ポケットに手を突っ込んだトニーは、ペッパーのメモを取り出した。彼女と彼女の家族のいるレストランは、奇しくもこの近くだ。メモを見つめていたトニーだが、裏に何か書かれていることに気づいた。
『トニーへ。
もし気が向いたら来て。あなたは私の『家族』なんだから…』
「家族か…」
あの事故で両親は死に、家族は奪われたと思っていた。だから母の日も自分にはもはや関係のない日だと無理矢理思い込んでいた。だが、ペッパーは自分を『家族』として迎え入れようとしてくれている。きっとペッパーだけではなく、彼女の家族も…。
「母さん…。俺さ…素直になった方がいいのかな?」
ポツリと呟いたトニーはそっと目を閉じた。そして思い出した。亡き母親の笑顔を…。何があっても絶対に自分のことを愛し守ってくれた母親は、いつも言っていた。『もっと自分の気持ちに素直になって…』と。
ゆっくりと目を開けたトニーは、亡き母親の言葉を思い出すと、もう1度ペッパーのメモを見た。
「そうだよな。俺、もっと素直になる。せっかくペッパーとご両親が誘ってくれたんだ。今だったらまだ間に合うから、行ってくるよ」
墓標をそっと撫でたトニーは、先ほどまでと違い幾分スッキリした表情になると、足取り軽くレストランへと向かった。