129.猿轡(アベアカ)

095.唇の隙間 の続きです。

その頃、手足を拘束されたトニーは真っ暗な部屋に閉じ込められていた。
この任務自体が仕組まれた罠だったように、A.I.M.に到着するや否や、敵に囲まれ捕まってしまった。そして何処か分からないが、ヒドラの基地へと連れて来られた。
何かをしろと言われる訳でもなく、ただひたすらに痛めつけられた。天井から吊るされ、殴られ蹴られ続けた。意識を失いかけると水の中に沈められ、無理矢理引き戻された。
堪え難い拷問は3日3晩続いた。
身体中の骨が折れ、一人で座ることすら出来ないトニーは、この頃になると痛みに声を上げることすら出来なくなっていた。
そんなトニーに目元を隠した白衣の男が囁いた。
「このまま殴り殺されたいか?それとも、助けてやろうか?」
思わず頷きそうになった。この苦痛から逃れられる可能性が一つでもあるなら…。
トニーの心を読んだのか、男は口元を上げた。
「だが、条件がある。お前の記憶を全て消す。お前はトニー・スタークではなくなる。我々の人形となってもらう」
つまりそれは、今までの自分を全て捨て、彼らの操り人形となるということ。アカデミーに戻るどころか、アイアンマンであることも捨てなければならない。そして、何より、ペッパーと二度と会えなくなるのだ。
薄っすらと目を開けたトニーは、力を振り絞り男を睨みつけた。
「しんだ…ほうが…まし…」
意識朦朧としているはずなのに、なお力強いトニーの瞳に男は小さく舌打ちした。
「それなら仕方ない」
トニーを床に突き飛ばした男は、周りにいた男たちに合図した。そして惨劇は再び始まった…。

ここに連れて来られ何日経ったか分からないが、トニーは肉体的にも精神的にも限界だった。意識を失えば楽になれると思ったが、男たちはそれすらも許してくれなかった。
何度も心が折れそうになった。だが、ペッパーのことを思い起こし、トニーは何とか踏みとどまっている状態だった。

暗闇と静寂しかない世界は、否応がなしにあの時のことを思い出させた。
数年前のあの事件のことを…。
社の製品のデモンストレーションで訪れた紛争地帯で襲撃され、拉致監禁されたあの時の…奇しくもアイアンマンとなるきっかけとなったあの時のことを…。
あの時は何とか逃げ出そうと必死だった。
頼るものは、自分の頭脳と身体のみ。そして命の恩人がいたからこそ、今の自分がある。
震える手でリアクターに触れたトニーは、どうにか起き上がろとした。だが、極限まで痛めつけられた身体は動くはずはなく、そして周りには自分を助けてくれるものは何一つなかった。

このまま助けを待つしかないのだろうか…。いつ来るかも分からない助けを…。
助けが来るのが先か、それとも自分の命が尽きるのが先か…。

と、ドアが開いた。一筋の光が差し込んだ。
孤独と絶望しかない世界から逃れたい一心のトニーは、その光の正体を確かめることもなく、手を伸ばした…。

***
「ようやく受け入れたようですね」
引き摺られるように部屋に入って来たトニーは、部屋の中央にあるベッドに縛り付けられた。慌ただしくなり始めた室内を見渡した男は、トニーの血塗れで腫れ上がった顔を撫でた。
「超人血清に耐えれますかねぇ?」
部下の男がトニーに様々な機器を取り付けながら不安げに呟いた。
この日のために、何十人もの男たちが生贄となってきた。だが、今のトニーのように死にかけている男に試したことは一度もなかったのだ。
「分からん。成功すれば怪我など直ぐに治る。死んだら死んだ時のことだが、何としても成功させろ。世界最高峰の知性を備えた兵器の完成まで、あと一歩だ」
ククッと笑った男は声高々と叫んだ。
「まずは記憶を消去しろ。意識を失っているうちに消してやれば、少しは楽だろうから」
自分の慈悲深さに酔い痺れた男は、猿轡を噛ませたトニーの頭に電極を突き刺すと、スイッチに手を掛けた。

「大変です!アイアンマンがやって来ました!」
ドアが乱暴に開く音と同時に聞こえてきた叫び声に、男はスイッチから手を離した。
「アイアンマンならここにいるぞ?」
一体どういうことだと、叫んだ男に向かって男が歩み始めたその時…。
大きな爆発音が聞こえ、壁が一斉に破壊された。爆風で部屋中の物が飛び、衝撃波で部屋にいた人間は吹き飛ばされた。
トニーが寝かされていたベッドもひっくり返り、その上に大きな機械が次々と重なり倒れた。
男も反対側の壁まで吹き飛ばされた。痛む身体をさすりながら起き上がると、目の前には確かにアイアンマンがいた。いや、よく見るとアイアンマンではない。同じようなアーマーを着ているが、トニー・スタークとは別の細身のアイアンマンだった。
「お前は…」
状況が分からずポカンとしたままアイアンマンを見上げた男だが、アイアンマンは辺りをキョロキョロと見渡した。そしてある一点に目をとめると飛び上がった。
「トニー!!」
もはや男の存在など忘れてしまったかのように、アイアンマンはトニー・スタークの元へ飛んでいくと、瓦礫の山を退かせ始めた。
「えっと……」
あのアイアンマンの正体は誰なのだろうか。トニー・スタークの親友であるジェームズ・ローディかと思ったが、遅れてやって来たアベンジャーズの面々に混じり、ウォーマシーンはちゃんといるではないか。
キャプテン・アメリカに手錠を掛けられ、どさくさに紛れてソーに殴られ、ホークアイとブラック・ウィドウに連行される時も男の疑問は晴れることはなかった。

トニーの元に駆けつけたアイアンマン…いや、ペッパーは、彼の上に積み重なった瓦礫を必死に退けていた。
「トニー!」
瓦礫の隙間からは、トニーの右手の指先がかろうじて見えるが、彼は呼びかけにも反応せず、ピクリとも動かない。
「トニー!私よ!ペッパーよ!」
残るは巨大な瓦礫だけ。だが、ペッパー1人の力ではビクともしない。そこへハルクがやって来た。一声吠えたハルクは、瓦礫を持ち上げトニーの身体を引っ張り出すと、そっと床の上に横たえた。
全身血塗れのトニーは、酷い状態だった。腫れ上がった顔には彼の面影は殆どなく、生きているのかすらも分からない。
頭に刺さる金属をそっと引き抜いたペッパーが猿轡を外すと、血を吐き出したトニーが小さく息を詰まらせた。
(トニーはまだ生きてる…。神様…ありがとうございます…)
ポツリポツリと零れ落ちたペッパーの涙が、トニーの顔に降り注いだ。
「大丈夫…もう大丈夫よ…。助けに来たわ…。だから、早く家に帰りましょ?」
冷たい唇に触れたペッパーは、自分の存在を知らせるように、そっとキスをした。

079.豹変
ペッパーがレスキューとして活躍するのを書きたかったんです。

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