「未来編」カテゴリーアーカイブ

Tell Me My Baby 

エストは小さい頃からよく眠り手がかからなかったが、エリオットは夜泣きも激しく、ペッパーはほとんど寝れない日々が続いた。

「ウェ~ン!!!」
つい2時間前にミルクをあげたばかりなのに…。
隣で眠るトニーを起こさないようにペッパーはそっと起き上がった。
「シー。パパが寝てるから起こしたらかわいそうよ…」
小さな身体を抱きしめると、エリオットは泣き止みウトウトし始めた。
その時、ベッドの方からゴソゴソと音がし、ペッパーが振り返るとトニーが寝ぼけ眼で起き上がろうとしていた。
「大丈夫か?」
「ごめんなさい…起こしちゃった?大丈夫だから眠って?」
大きな欠伸をしたトニーは、エリオットが眠り始めたのを見ると、再びシーツに潜った。

トニーはとても協力的で、エリオットが夜中に目を覚ますと文句も言わず交代で面倒を見てくれる。
だが、昼間のスターク社のCEOとしての仕事…ペッパーに休みを取らせるためにやったことがないペッパーの仕事まで行っているのだ…に加えて、アイアンマンとしての仕事もあるトニー。ペッパーが動けない代わりに、エストの送迎もできるだけしてくれる。いくら鍛えているとはいえ、さすがに体力的にキツイのだろう。バスタブの中で眠ってしまい危うく溺れ掛けたのはつい先日の話だ。

私はエリオットと一緒に昼寝することもできるけど、トニーは…。
目の下に隈をつくり、大欠伸をしながらもエストと笑いあい朝食を食べているトニーを眺めながら、ペッパーはどうすればいいか考えた。

その夜、ペッパーの隣に潜り込もうとしたトニーをペッパーは遮った。
「トニー、今日からゲストルームで寝て頂戴?」
「は?何故だ?」
ペッパーが妊娠中ですら言われたことのないセリフを聞かされ、不機嫌そうにトニーは唸った。
「いいから…。ね、お願い…」
トニーの枕を軽く叩き渡そうとすると
「私は君の隣で寝たいんだ。君を抱きしめて寝たい…」
トニーはペッパーにキスをして抱きしめようとした。
「トニー、ダメ!」
思わずトニーを押し避けたペッパーだが、理由も言わず自分を拒否するペッパーに
「ペッパー!」
とトニーは怒鳴ってしまった。
トニーのその態度に、ムッとしたペッパー。
「私はあなたの欲求を解消する道具じゃないの!」
思ってもいなかった言葉が口から飛び出し、ペッパーは青くなり口元を押さえた。
「…そんな風に思われていたとは…。情けないよ…」
怒りで真っ赤な顔をしたトニーは眉間にシワをよせ、無言で部屋を出て行った

どうしよう…。何であんなこと言っちゃったの?
私はただ…トニーにゆっくり眠ってもらいたかっただけなのに…。

翌朝、ペッパーがゲストルームを覗くと、トニーの姿はなかった。
「ジャーヴィス、トニーは?」
優秀な電脳執事は申し訳なさそうな声で言った。
『ペッパー様、トニー様は…昨晩遅くに出て行かれて戻って来られていません』
「そう…」
目に涙を浮かべたペッパーは、顔を伏せそっと涙を拭った。

エストを起こしたペッパーは、朝食を食べさせると、子供部屋でエストが洋服を着替えるのを手伝った。
「パパは?」
一度も顔を見せない父親と目を真っ赤にした母親。両親の間の不穏な空気を感じ取ったのか、エストが不安そうな顔をしてペッパーを見上げた。
「パパはお仕事よ。今日はハッピーにお迎え頼むから…」
「…うん…」
さみしそうに俯いたエストだが、ペッパーはそれ以上何も言うことができなかった…。

そして、いつもなら日に何度も連絡をしてくるのに、その日は一度も連絡もなく、夜になり一通のメールがきた。
『今日は仕事で帰れない。T』
どうしよう…。自分が撒いた種とはいえ…。トニーの心が離れてしまったら…私はどうすればいいの?
携帯を握りしめ、目に涙を浮かべたペッパーの服の裾をそばにいたエストが引っ張った。
「ママ?パパは?」
「…アイアンマンのお仕事よ…」
「アイアンマンのおようふく、あるよ?」
賢いエストはペッパーの嘘を見破っている。
「ねぇ?ママ?ねぇ?」
食い下がるエストにペッパーは思わず怒鳴ってしまった。
「パパは帰ってこないわ!!早く寝なさい!!」
ペッパーの怒鳴り声に驚いたエストは、しばらく呆然としていたが、みるみるうちに大きな目に涙が溜まり始め、やがて声をあげて泣き出した。
「エスト…ゴメンね…。パパは…明日になったら帰ってくるわ…」
自分の気持ちに整理をつけることができないペッパーは、泣きじゃくるエストを抱きしめた。

***

次の日、エストが幼稚園から帰ってくると、リビングに寝かされたエリオットが見覚えのあるぬいぐるみで遊んでいた。
「あ!あたしの!アイアンマン!」
走り寄ったエストは、ニコニコと機嫌良く遊んでいたエリオットからアイアンマンのぬいぐるみを取り上げた。
おもちゃを取り上げられ、大声で泣き始めたエリオット。その声にキッチンでエストのおやつを作っていたペッパーが飛んできた。
先ほどまでエリオットが遊んでいたぬいぐるみは、膨れっ面をしたエストが抱きしめているではないか。
「エスト!何でエリからぬいぐるみを取ったの!」
泣き叫ぶエリオットを抱きあげたペッパーはエストに向かって声を張り上げた。
ぬいぐるみを抱きしめたエストは
「だって…これ…エストのだもん…」
と、俯いたまま小さな声で言った。
「エスト!お姉ちゃんでしょ?貸してあげなさい!」
「イヤ!このこはダメなの!エストのたからものなの!!」
ぬいぐるみを背中に隠し反論するエスト。ため息をついたペッパーは
「エリオット…泣かないのよ」
と、エリオットを抱きしめあやし始めた。
その様子を寂しそうに指をくわえて見ていたエストだが、自分に注意を引こうとペッパーの服を引っ張った
「ねぇ、ママ。ジュースのみたい…」
腕の中のエリオットがウトウトし始めたため、ペッパーは小声でエストに言った。
「自分で出せるでしょ?お姉ちゃんなんだから…」
「ママが出して!」
「今、エリを抱っこしてるから無理よ」
下を向きうつむいたエスト。
トニーとも喧嘩状態、エリオットの世話で手一杯…精神的に余裕のない今のペッパーには、エストの様子に気付くゆとりはなかった。
イラついたペッパーの様子を感じ取ったエストは、ペッパーを喜ばせようとカバンの中から一枚の紙を大切そうに取り出した。
「ママ!きょうね、ようちえんでね…」
「エスト!エリが寝そうなの!後にして頂戴!」
エストの話を遮ったペッパーは、
「エスト、エリを寝かしてくるわね…」
と言うとエリオットを連れて部屋に向かった。

一人ポツンと取り残されたエスト。
よだれで濡れたアイアンマンを抱きしめたエストの目には涙が溜まっていた。
「あたし…おねえちゃんじゃないもん…。エストだもん…」
俯いたまま声を出さずに泣き出したエストの目からは次々と涙がこぼれ落ち、足元を濡らした…。

***

昨晩のペッパーの態度とそしてあの言葉。あの場ではカチンときて頭に血がのぼってしまったトニーだが、冷静になってエリオットが産まれてからのペッパーの様子を一日中思い起こしていた。

ペッパーは疲れているんだ。一日中エリオットの世話をし、料理も洗濯も掃除も以前と変わらずやってくれる。
エリオットばかりではない。しっかりしていると言っても、エストもまだ小さく手がかかる。夜や休日は手助けしてやれるが、ほぼ一人で全てをやってくれているのだ。
しっかり話を聞いて、一人で抱え込むな…と言わなければ…。このままではみんなが悲しい思いをしなくてはならない…。

「ただいま」
ペッパーの大好きなチョコレートと真っ赤なバラの花束を抱えたトニーは玄関を開けると明るい声で言った。
が、いつもは飛び出してくるはずのエストの姿がない。
「ジャーヴィス、ペッパーとエストは?」
誰の気配もしないリビングに向かうと、
『トニー様。お二人とも部屋にいらっしゃいます』
とジャーヴィスが教えてくれた。

トニーが寝室を覗くと、ペッパーはベッドの上で丸くなって眠っていた。
「ペッパー…」
サイドテーブルにチョコレートと花束を置いたトニーは、幸せそうな顔をして眠るペッパーにブランケットを掛けると、額に軽くキスをおとした。
ベビーベッドのエリオットを覗くと、ニコニコとトニーに向かって笑いかけた。
「今日はご機嫌だな?ママが眠ってるから、静かにしとけよ?」
頬をくすぐると、まるで分かったと言うように、エリオットはトニーにかわいらしい笑顔を向けた。

寝室を出たトニーはエストの部屋に向かった。
「エスト?いるのか?」
部屋を覗くと、エストはベッドの上で泣きながらアイアンマンのぬいぐるみをタオルで拭いているではないか。
「エスト?!どうしたんだ?!」
「パパ…」
トニーに気づいたエストは、大きな声で泣きながら抱きついてきた。
「エスト?何かあったのか?」
泣くばかりで何も話さないエストをトニーは黙って抱きしめた。
ベッドに座り膝の上にエストを乗せたトニーは、涙で濡れたエストの顔をタオルで拭きながら話し始めた。
「なあ、エスト。泣いてばかりじゃ分からないぞ?エストが泣いてる理由、パパに話してくれないか?」
しばらくうつむいたまましゃくりあげていたエストだったが、トニーの顔をチラリと見ると、ボソボソと話し始めた。
「あのね…。エリがね…あたしのアイアンマンのぬいぐるみでね…あそんでたの。これね、あたしのたからものなの。パパがあたしにくれたアイアンマン…。あかちゃんのときからね、エストのおともだちなの…。なのに、ママがね、エストはおねえちゃんだからかしてあげなさいって。エストね、おもちゃ、なんでもかしてあげるよ?でもね、このこはね、ダメなの…。エストのだいじなおともだちだから…」
トニーはエストが抱きしめているぬいぐるみを見つめた。エストが生まれてすぐにトニーが買ってきたアイアンマンのぬいぐるみ。それ以来、エストが何よりも大切にしているのをペッパーも知っているはずなのに…。
「そうか…」
トニーが背中をさすると、エストの目からポロポロと涙がこぼれ落ちた。
「あとね…ママね…エストのおはなしきいてくれなかったの…。ようちえんでね、じょうずにおえかきできたから、ママにあげようとおもったのに…」
見ると、ベッドの下にはぐちゃぐちゃに丸められた紙くずが落ちている。トニーはエストの背中をさすりながら紙くずを拾うと、破かないように広げた。
そこにはペッパーとエリオットと思われる絵が描いてあった。
「エスト、これはママとエリオットか?」
「うん…」
元気なく返事をするエストに、トニーは笑顔を向けた。
「上手に描いてるじゃないか?!パパ、びっくりしたよ。エストはこんなに上手にお絵描きできるようになったんだな?」
トニーの言葉にもエストは何も言わず黙ったままだ。
「ママにこれをあげようと思ったのか?」
「…うん…」
「そうか、ママ、きっと喜ぶぞ?」
「でも…ママ…。あたしのおはなし、きいてくれないの…。エストよりエリがすきなの?エスト、いいこじゃないから…おねえちゃんじゃないから、きらいになったのかなぁ?」
娘の言葉に一瞬眉をひそめたトニーだったが、すぐに笑顔を浮かべた。
「嫌いなわけないだろ?ママもパパもエストのことは大好きだ」
「エスト、いいこじゃないよ?おねえちゃんじゃなくても、パパもママもエストのこと、すき?」
顔をあげたエスト。涙に濡れた大きな瞳を捉えたトニーの目も真剣だ。
「エスト…。いいか、エステファニア。エリオットにとってはお姉ちゃんだけど、パパとママにとっては、エストは大事な娘だ。だから、いつもいい子じゃなくてもいいんだ。お姉ちゃんだからって我慢しなくてもいいんだ。甘えたい時は甘えればいいんだ。それに、エストはいろんなことが自分でできるだろ?本も読めるし、ご飯も食べられる…。でもな、エリオットはまだ小さいから自分で何もできないんだ。これから大きくなっていって少しずつエストみたいに自分でできるようになるんだ。だから、エリオットがママのことを独り占めしてると思うかもしれないが…。ママもパパもいつもエストのこと考えてるぞ…」
トニーの言葉に、エストの目には新たに涙が溜まり始めた。
「パパ…エストね、パパもママもだいすき…」
トニーにしがみついたエストはシクシクと泣き始めた。声を押し殺して泣く娘の背中をトニーは優しく抱きしめた。

しばらくすると、エストは眠ってしまった。眠ったエストをそっとベッドに寝かすと、トニーは寝室へ向かった。

その頃、目を覚ましたペッパーは、サイドテーブルに花束とチョコレートがあるのを見つけた。
(トニーが帰ってきた!昨日のこと、謝らなきゃ…。きちんと話をしないと…)

ベッドから起き上がり寝室を出ようとドアを開けたペッパーの目の前に、ちょうど部屋に入ろうとしていたトニーがいた。
「トニー…私…」
トニーは何も言わずペッパーを腕の中に閉じ込めた。
「ごめんなさい…トニー。あんな思ってもないこと言ってごめんなさい…」
涙の零れ落ちる顔をトニーの胸元にすり寄せたペッパーを、トニーは力強く抱きしめた。
「いいんだ…ペッパー。気づいてやれなくてすまなかった。だが、お願いだから一人で抱え込むな。一人で頑張らなくていいんだ…。もっと頼ってくれ…」
「ごめんなさい…トニー…」
胸元に顔を押し付けられたペッパーの耳元で、トニーは囁いた。
「謝るなら、エストに謝れよ。エスト、傷付いてるぞ。まだ甘えたいのにあの子なりに頑張っているんだから…」
「うん…分かってる…。ごめんなさい…」

子供部屋に向かったペッパーは、ベッドサイドにひざまずくと、涙の跡が残る娘の頬をそっと撫でた。
「ゴメンね、エスト。ダメなママでゴメンね…」
おでこにキスを落としシーツを掛け直したペッパーが立ち上がろうとしたその時。
「ママ…」
シーツの中から小さな声がした。
「エスト…」
シーツを捲ると、様子を伺うように大きな瞳がペッパーを見つめていた。
「エスト…ごめんね。ママが悪かったわ。エストにはお姉ちゃんだからって、我慢させててごめんね…。でもね、ママはエストのことが大好きよ…」
「ママ…。あたしも…ママだいすき…」
「エスト…」
手を伸ばした娘を抱きしめると、エストは嬉しそうに顔を摺り寄せた。
「ママ、ほんよんで?」
「いいわよ。どれにする?」
「えっとね…ちんでれら!」
「シンデレラね…じゃあ、読むわね…」

二人の様子を部屋の入口から伺っていたトニーは、小さく笑うとそっと寝室へ戻って行った。

***

「うえーん!!」
小さな声で啼き始めたエリオットに気付いたペッパーが起き上がろうとすると、寝ていたはずのトニーが手を掴んだ。
「…君は寝てろ。ほとんど寝てないだろ?」
「大丈夫よ。あなたこそ明日も早いでしょ?」
身体を起こしたペッパーをトニーは腕の中に閉じ込めた。
「トニー!」
小さく抗議したペッパーの唇を奪うと、
「そんなに柔じゃないから大丈夫だ…」
耳元で囁いたトニーはベッドから起き上がった。

トニーはエリオットを抱き上げるとリビングへ降りて行った。
「ジャーヴィス…何か頼むよ…」
『お任せ下さい、トニー様』
窓際に置いたソファーに座ると、室内には波の音が流れ始めた。
大きな目に涙を溜めたエリオットの額にそっとキスを落とすと、トニーは静かに話し始めた。
「なあ、誰に似たんだ?あんまりペッパーを…ママを困らせるなよ?ん?もしかして私か?いや、そんなことはないか…。お前も泣くのが仕事だろうけど、泣きすぎるとママに似たかわいい顔が台無しだ…。それと、お前にもエストと同じぬいぐるみ買ってくるから…。あれはエストの友達なんだ。だから勝手に触るなよ」
笑いながら柔らかな頬をつつくと、エリオットはトニーににっこりと笑いかけた。
「さすが私の息子だな。物分りがいい。エリオット、いいか。スターク家の男なら、女性には優しくしろ。と言っても、大切な女性にだけでいいからな。みんなに優しくしてもダメだぞ。かえって大切な人を泣かせるはめになる。大切な女性を守ってこそスターク家の男だ。まぁ、これは親父…お前のおじいちゃんからの受け売りだが…」

階段の上に座り込みトニーの話を聞いていたペッパー。
(よかった…私の旦那様がトニーでよかった…)
二人の様子をしばらくこっそり見ていたペッパーだが、トニーの腕の中のエリオットがうとうとし始めたのを確認すると、寝室へと戻って行った。

最初にいいねと言ってみませんか?

Exposure

月一回開かれるアッセンボー会…別名ペッパーの手料理を食べる会。今月の参加者はスティーブとブルース。ソーは地球におらず、暗殺者カップルは任務で不参加。
スティーブとブルースは、タワーのペントハウスへと続くエレベーターに乗っていた。
「そういえば、そろそろじゃないか?」
「そうだな。確か再来週あたりだったはず…」
「今度はどっちなんだ?」
「それが、産まれるまで楽しみにしときたい…って、聞いてないらしい」
トニーの愛妻ペッパーは2人目を妊娠中。先月も大きなお腹を抱えていたが、予定日は2週間後だ。
「スタークも2人の子持ちか…」
「父親らしいことをしているスタークは…あまり想像がつかないよな」
ハハハと笑いあっていると、エレベーターが目的のフロアに到着したようだ。

目の前のドアが開き、二人はリビングへと足を踏み入れた。
「エスト!ママに謝れ!」
いきなりトニーの怒鳴り声が耳に入り、二人はビクッと肩を震わせた。
恐る恐る声が聞こえた方を見ると、シクシク泣くエストの目線に合わせてしゃがんだトニーと、そのそばでお腹を抱えながら顔をしかめているペッパーがいた。
「でも…」
「でもじゃないだろ?何でママに向かっておもちゃを投げたんだ?ママだけじゃない。人に向かって物を投げたらダメだろ?」
「…ごめんちゃい…ママ…。えすと、ママにおはなしきいてほしかったの…。ごめんちゃい…」
「エスト、ママもお話聞いてなかったのも悪かったわ…。でもね、お話聞いてってちゃんと言わないと。ママにだけじゃないわ…」
「ママ…ごめんちゃい」
「エスト、いいか。エストがされて嫌なことは他の人にも絶対にしたらダメだ。分かったな?」
「うん、パパ…わかった」

トニーの父親らしい側面を垣間見てしまったスティーブとブルースは焦った。おそらくトニーは、あまり見られたくなかったはずだ…と。
だが、コソコソと隠れようとした二人に気づいたペッパーが
「あら?ごめんなさい、気づかなくて…。トニー、スティーブとブルースが来たわよ?」
と、トニーに声をかけた。二人はとってつけたような笑いを浮かべ、若干気恥ずかしそうなトニーに向かい手を振ったのだった。

その気まずい雰囲気を破ったのはエストだった。
スティーブとブルースの前に走って行ったエストはぴょこんと頭を下げた。
「いらっしゃい、スティーブおじたん、ブルースおじたん」
スティーブはエストを軽々と抱き上げると
「エストちゃん、この間会った時よりまた大きくなったか?カワイイなぁ…。そうだ、エストちゃん、おじたんのお嫁さんになってくれないか?」
と言いながら柔らかな頬にキスをおとした。
するとエストは近づいて来たトニーに手を伸ばし
「やん、えすと、パパのおよめちゃんになるの!」
と、スティーブの腕の中で手足をばたつかせた。
「キャプテン、悪いな。娘は渡さんぞ」
エストを受け取りながらトニーはニヤリと笑った。
「相変わらずだな、スターク」
笑いあった三人だが、エストはブルースの方へ向くと両手を大きく広げて言った。
「ブルースおじたん!はるくすまっしゅ、やって!!」

こ、ここで?!こんな所でスマッシュされたら…壊滅的被害が…。

だが、さすがはブルース。
「エストちゃん、ここですると君のパパに怒られちゃうよ」
と笑って答えた。
「えー、パパ、おこらないよね?パパもはるくすまっしゅみたいよね?」
どうにかしてブルースにして欲しいエストは、トニーに訴えかけたが、
「いや…パパはいつも見てるからいい…」
と、あっさり断られ、
「つまんないのー」
と頬を膨らませた。

エストにトニーはキスをすると、床に下ろした。
「先にあれを渡しとこう…」
トニーはスティーブとブルースをソファーに座るように促し歩き出した。エストもついて行こうとしたが、キッチンから
「エスト、手伝ってくれる?」
とペッパーに呼ばれたため、
「はーい」
と返事をしてパタパタとキッチンへ走って行った。

「エスト…パパたちはお仕事のお話をするから、ママのお手伝い頼むわよ」
ペッパーはエストに小さなエプロンを付けた。
「うん!ママ、まかせて!」
エストは腕まくりすると、台の上に乗って、カウンターを覗き込んだ。
「ママ、おいしそうね…」
返事のないペッパーを不思議に思ったエストが横を見ると、ペッパーはお腹を押さえ顔をしかめている。
「ママ?ぽんぽんいたいの?」
「大丈夫…赤ちゃんが…いたずらしてるみたい…」
大きく息を吐いたペッパーは
「エスト、パパたちにご飯食べれるわよ…って言ってきてくれる?」
と、エストの頭を撫でた。

**

「いつもながら、美味しかったよ。毎月押しかけて悪いなぁ…」
「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいわ。エストもあなたたちが来るのを楽しみにしてるし…」
一足先に食べ終わっていたエストは、ダミーとジャーヴィスを相手にままごとを始めた。
「だみーとじゃーびすはパパね。トニーよ。あたしはママ。ペッパーね」
「分かりました、エスト様」
(ウィンウィン)
「ままごとかい?かわいいな」
「最近のエストのブームなのよね」
「そうなんだ。幼稚園で大流行りらしい」
ペッパーの腰に手をまわしたトニーは、ペッパーと微笑みあった。
「そうだわ。エストと作ったクッキーがあるから、紅茶でも入れてくるわね」
大きなお腹を抱えて立ち上がろうとしたペッパーをトニーが支えた。
「手伝うよ」
「あら、ありがとう」
二人は手を繋ぎキッチンへ向かった。
「相変わらず仲がいいなぁ…」
顔を見合わせたスティーブとブルースは、何やら盛り上がってきたエストのままごとを観察することにした。

「ただいま(ウィン♪)」
「おかえりなさい」
「今日は…」
と、ここでエストが叫んだ。
「だみー!わすれてるわよ!チューしてよ!」
エストに言われたダミーは柔らかな頬を触った。するとエストは手に持っていたおもちゃのおたまを振り回しながら口を尖らせた。
「もう!ほっぺじゃなくて、おくちにちゅーよ!パパはいつもママのおくちにちゅーするでしょ?」
これにはさすがのジャーヴィスも慌てた。
「え、エスト様…」
「じゃーびすも!ちゅーしたらパパはいうでしょ?『はやくきみをいただきたいよ』って」
「そ、それはそうですが…エスト様、全てお父様とお母様のマネをされなくてもよろしいんですよ?」
さすがはジャーヴィス。やんわりとエストを諭そうとしたが…。
「えー。パパとママがいいの!えすとね、パパとママ、だいすきだから!」

そういう問題じゃないだろう…。
スティーブとブルースは慌てた。
このまま続けさせていいものなのか…と。
早くあの二人が戻って来てくれないかと…。

「どうしたんだ?」
おろおろする二人の頭上から聞きなれた声がした。
振り返ると、トレーを持ったトニーとペッパーが目の前で不思議そうな顔をしていた。
「い、いや…何でもないよ…」
取って付けたような笑いを浮かべたスティーブとブルース。
トニーとペッパーは「ん?」と顔を見合わせた。

「エストちゃんは物覚えがいいんだな?」
ストレートに聞くのもどうかと思ったブルースがやんわり聞くと、
「そうなのよ。やっぱりトニーに似たのかしら…。一度聞いたことは覚えてるのよねぇ?」
とペッパーは嬉しそうに答えた。
いや、だからそうではなくて…とスティーブが言おうとしたその時…

「あん!と、とにーったら…や、やだ…」

たどたどしいが、妙に艶かしい声が部屋に響き渡った。

「「え?!」」
大人4人は顔を見合わせ、言葉を失ってしまったが、ジャーヴィスの声で我に返った。
「え、エスト様?!それは…」
自分の思うとおりに返答がなかったため、エストは頬を膨らませた。
「もう!じゃーびす!またわすれたの?パパみたいにいうの!」
「と、トニー様のように…でございますか?」
「そうよ!パパはね『はにー、がまんできないんだ…』っていうの。そしたら、ママがね『とにー、だめよ…。えすとにきづかれるわ…』っていうのよ。パパは 『だいじょうぶだよ。きみがはやくほしいんだ』っいってね。あたしが『とにー、あたしも…』っていうから…。そしたらね、だみー、あたしのおしりさわって、おくちにチューしてね!」

さすがはトニー・スタークの娘…。一言一句正確に覚えている。
スティーブは顔を真っ赤にし、ブルースは笑いを堪えるのに必死で、あやうくハルク化するところだった。
そしてトニーとペッパーは…。
紅茶のカップを持ったまま固まったトニーの肩を真っ赤な顔をしたペッパーは叩き始めた。
「だからダメだって言ったのよ!!」
「そ、そんなこと言うな。君だって嬉しそうに抱きついてきたじゃないか!」
「大体あなたは昔から場所をわきまえないのよ!」
「何だと?!ペッパー、君もあの後、私のズボンに手を入れ…」
「きゃー!!!もう!またそんなこと言うんだから!!」
段々と言い合いになり始めた二人。
スティーブとブルースは、そろそろ撤収した方がよさそうだと思い、そっと立ち上がろうとした。

すると、
「どしたの?」
両親が喧嘩をし始めたのに気付いたエストが、トコトコと走り寄り、トニーの膝の上によじ登った。
「パパもママもけんかはだめよ!」
エストに気付いた二人は言い合いをやめた。
「エスト、パパもママも喧嘩してないわよ」
「そうだ。話していただけだ」
両親の顔を交互に見比べたエストは、
腑に落ちない顔をしていたが、何か思い出したような表情を浮かべ、トニーの顔を覗き込んだ。
「ねぇ、パパ!おしえて!あのね、どうしてがまんできないの?ママも、あたしも…って。……あ!もしかして…パパもママもおしっこいきたかったの?」
だからそうじゃないんだ…とはさすがに言えないトニーとペッパー。
スティーブとブルースがハラハラして見守っていると、トニーはしどろもどろになりながら
「そ、そんなところだ…」
と、ぼそっとつぶやいた。
エストは目を合わせないトニーをじっと見つめていたが、これ以上聞いても無駄だと思ったのだろうか。
「ふーん。はやくいかないとダメよ…。あ、ママ!あたしもおしっこ!!」
と、トニーの膝の上から飛び降りると、ペッパーの手を引っ張った。
「あら、大変。早く行きましょ…」
これ幸いにと逃げ出したペッパー。
その後ろ姿を見つめながら
「ペッパー、逃げたな…。後でお仕置きだ…」
と、トニーがつぶやいたのを、スティーブとブルースは聞き逃さなかった…。

どうにも気不味い雰囲気となってしまい、耐えきれなくなったスティーブとブルースは
「スターク、そろそろ…」
と、立ち上がった。
「あぁ…。ではまた来月…」
エレベーターまで二人を見送ろうとトニーも立ち上がると、血相を変えたエストがパタパタと走ってやって来た。
「パパ!パパ!ママが…」
「どうした?」
「ママ、ぽんぽんいたいって!パパよんできてって!」
「え!!う、産まれそうなのか?!」
「産まれるって?!予定日は2週間後だろ?!」
「あくまで予定日なんだぞ?そんな予定通りなわけないだろ?!」
慌てふためくスティーブとブルースを残し、トニーはエストとバスルームへ急いだ。

「ペッパー、大丈夫か?」
お腹を押さえうずくまるペッパーの肩を抱きしめると、ペッパーは大きく息をした。
「えぇ…。トニー…産まれそう……」
「エスト。ママな、赤ちゃんが産まれそうなんだ。病院へ行くから…」
「うん!スティーブおじたんとブルースおじたんにいってくる!」
エストが走ってリビングへ向かったのを見届けると、トニーはペッパーの膝下に腕を入れ抱き上げた。
「トニー?!歩けるわよ?!それに重いし……」
「おい、ペッパー、なめるな。私を誰だと思っているんだ?それに…」
トニーは言葉をきり、ペッパーをじっと見つめた。
「な、何?」
真っ赤になったペッパーの唇にキスを落とすと
「愛する君と子供を抱えられなくてどうするんだ?あと5人は増えても大丈夫だぞ?」
ニヤリと笑ったトニーの首元に顔をうずめたペッパーは、小さく頷いた。
そしてその様子をエストがニヤニヤしながら柱の陰から覗き見していたのを二人は知らない…。

そして数時間後…ペッパーは元気な男の子を出産した。

「ペッパー、ありがとう…」
キラキラと朝日の降り注ぐ病室。トニーは腕の中で眠ってしまったエストをソファーに寝かせると、ベッドに起き上がったペッパーの隣に腰掛けた。
ペッパーの腕の中では、産まれたばかりの小さな命がぐっすりと眠っていた。柔らかなダークブラウンの髪の毛と煌めくこげ茶の瞳をしたペッパーによく似た男の子。
「トニー…スターク家の遺伝子はポッツ家の遺伝子よりも強いみたいね」
「そういえば、君にそっくりな赤毛の男の子が足元を走り回る予定だったな」
トニーは苦笑しながら、ペッパーの肩を抱き寄せ頬にキスをすると、ペッパーは幸せそうに微笑んだ。
「ねぇ、男の子だからあの名前でしょ?あなたのお父様の名前を…。それともアンソニーJr.にする?」
「君に『トニー』と呼ばれるのは私だけだからな…」
トニーは産まれたばかりの息子の頭を撫でると、ペッパーの頬に手を当て、柔らかな唇にそっとキスをした。

こうして、スターク家にやって来た待望の男の子は、エリオット・ハワード・スタークと名付けられた。

***
エリオットという名前は、海外の名前メーカーで出てきた名前ですw

1人がいいねと言っています。

A Little Help

「パパのおひげって、かっこいいね」
ある朝のこと。バスルームの鏡の前で髭を整えているトニーを、足元で歯を磨いている愛娘が目を輝かせて見上げた。
「えすともパパみたいなおひげできる?」
小首を傾げたその仕草は母親そっくりで、トニーは頬が緩むのを感じた。
「エストは女の子だから、パパみたいなお髭は生えないんだよ」
大好きな父親にはあって自分にはないと知ったエストは、頬を膨らませた。
「えー、つまんないの」
可愛らしいその仕草に苦笑したトニー。だが…
「パパ!えすとがやってあげる!」
「えっ……」
さすがのトニーもこの言葉には凍りついた。
「おねがい!パパ…すこしだけ…ね?」
どこで見たのか、しなをつくりにじり寄るその仕草は、おねだりするペッパーと同じで…。カワイイ娘ににじり寄られたトニーは、気がつくと首を縦に振っていた。

(動かさなかったら大丈夫だろう…)
カバーを付けスイッチを入れずにシェーバーをエストに手渡したトニーは、しゃがみ込むと右の頬をエストに向けた。
「さあ、エスト。上手にできるかな?」
憧れの髭剃り。満面の笑みを浮かべたエストは、手渡されたシェーバーをトニーの頬に当てると、ウイーンと口真似して動かし始めた。
動かないシェーバーにエストは不満顔。いつも父親がやっているのとは違うと口を尖らせたエストは、カバーを外すと横に付いているスイッチに気づき小さな指でそれを押した。

次の瞬間、トニー・スタークに悲劇が襲いかかった。

「うわぁぁぁぁ!!!!!!」

バスルームからトニーの絶叫が聞こえ、キッチンで朝食の準備をしていたペッパーは飛び上がった。
「ど、どうしたの!!」
慌ててバスルームへ向かうと、トニーが顔を押さ床にうずくまっている。そしてその横では、エストが呆然とたたずんでいるではないか。
「と、トニー?何かあったの?」
横にしゃがみこんだペッパーは、トニーの背中をそっと撫でた。
「…ペッパー………」
涙声で妻の名前を呟いたトニーが、顔を上げると…自慢の髭は右半分がものの見事に姿を消しているではないか。
思わず噴き出しそうになったペッパーだが、泣き出しそうになっているトニーに気づき、慌てて笑いを堪えた。
「ど、どうしたの?」
何が起こったかは何となく理解できたが念のため聞いてみると、トニーは恨めしそうな顔をしてため息を付いた。
「やられた…。カバーを付けてスイッチも押さずに渡したんだが…」
涙目になっているトニーだったが、子供のやったこと…しかもスイッチを切っていたとは言え、こうなることはある程度予想できたにも関わらず渡したのは自分なのだから、いつまでも嘆いていても仕方ないと思ったのだろう。苦笑しながら立ち上がると鏡を覗いた。
俯いたまま両親の会話を聞いていたエストだが、とんでもないことをしてしまったと気づいた彼女は、声をあげて泣き始めた。
「パパ…ごめんちゃい…。えすとが…パパのおひげ、きれいにするっていったから…」
自分の責任でもあるわけだから怒るに怒れないトニーは、娘に目線を合わせると頭を撫でた。
「エスト、大丈夫だ。またすぐに生えてくるから…」
父親の髭が元通りになると知ったエストは泣き止むと、涙で濡れた瞳をトニーに向けた。
「ほんと?パパのおひげ、またでてくる?」
「あぁ。だから、泣くな。でも、もう二度としたらダメだぞ?」
「うん…パパ、ごめんちゃい…」
ぎゅっと抱きついてきた娘の背中をさすったトニーに、彼の今日の予定を思い出したペッパーが尋ねた。
「ところで、どうするの?今日はこれから会議でしょ?」
まさかこんな中途半端な状態で人前に出るわけにはいかない。
「仕方ない…全部剃るか…」
ため息をついたトニーは、シェーバーのスイッチを押した。だが、不運なことにスイッチが入らない。
「おい、待て。壊れたと言うなよ?!」
カチカチとスイッチを押すも、シェーバーはうんともすんとも言わない。
「どうしてこんな時に壊れるんだ?!」
頭を抱えたトニーに、ペッパーは棚の中をあちこち探しながら尋ねた。
「予備の、ないの?」
「…ない…」
意外と物持ちの良いトニーは、気に入った物はずっと使い続けるため、予備までは買っていなかったということだ。力なく肩を落としたトニーは、棚に置いてある剃刀を手に取った。
「これで剃るよ…」
剃刀を見たペッパーの目が光った。
「私がやってあげるわ!」
「は?」
なぜか嬉しそうなペッパーに、トニーは眉をひそめた。
「私ね、得意なの」
トニーの手から剃刀を奪い取ったペッパーは、棚からシェービングクリームを取り出した。
「今まで得意という話は聞いたことないぞ?」
「あら?昔してあげなかった?」
ペッパーは誰の話をしてるんだ?と眉間に皺を寄せたトニーは不機嫌そうに唸った。
「…知らん」
「あ…ごめんなさい、あれは昔付き合ってた彼だったわ」
「………」
あっけらかんと答えるペッパーにトニーは何も言えなかった。
眉間の皺はますます深くなっていく。当たり前だ。最愛の妻が昔の話とは言え、他のオトコの髭を剃っていたのだから…。
トニーの機嫌がどんどん悪くなっていくのに気付いたペッパーは、彼の手を引っ張った。
「ほ、ほら!リビングでしてあげるわ!」

リビングへ向かうと、ペッパーはトニーを椅子に座らせ、なぜか膝の上に座った。
シェービングクリームをトニーの顎に塗ったペッパーは、鋭い剃刀の刃をそっとあてがった。ジョリっという音と共に、無残に残った髭が綺麗になくなっていく。
「うまいじゃないか」
自分でするよりも心地よい感触にトニーは目を閉じた。
「ふふ…そうでしょ?今度からあなたの髭剃りは、私の仕事にしようかしら?」
何となく甘い空気が漂い始めたリビング。二人のそばでその光景を見つめているエストもニヤニヤとしている。

ほぼ剃り終わり、まだらに残った顎下の髭を剃ろうとペッパーが刃先をあてがったその時。
「あっ!」
というペッパーの小さい悲鳴と同時に、トニーの顔にチリっとした痛みが走った。
「おい!ペッパー!」
思わず叫んだトニーにペッパーはペロッと舌を出した。
「ごめんなさい!切れちゃったわ…」
(切れちゃったわ…じゃないだろ…)
そんなに可愛らしく言われても…と、盛大にため息を付くトニーの顎をタオルで押さえると、ペッパーはションボリと俯いた。その姿はまるでエストそのもので、日頃から『エストはあなたに似てるのよ』と言われ続けているトニーだが、こういうところはきちんと母親から娘に受け継がれているんだと、トニーは妙に納得してしまった。
「そんなに深い傷じゃないんだろ?」
俯いたままの妻の顎を持ち上げ優しい言葉をかけると、ペッパーの表情は明るさを取り戻した。
「えぇ…。エスト?バンドエイド持ってきてくれる?」
「うん!」
母親の笑顔にニッコリと笑ったエストは、リビングを出て行った。

しばらくして戻ってきたエストは、
「はい!パパ!」
と、手に持っていた箱から一枚のバンドエイドを取り出した。それは、アベンジャーズのイラストが描かれたもので、エストのお気に入りのバンドエイドなのだが……。
「…せめてアイアンマンのにしてくれ」
ため息をついたトニーは、恨めしそうにそのバンドエイド…キャプテン・アメリカのイラスト入りのバンドエイドを見つめた。昨日幼稚園で転んで擦りむいたエストの膝にはアイアンマンのバンドエイドが貼ってある。父親の視線に気付いたエストは、箱を背後にサッと隠した。
「ダメ!あいあんまんは、えすとのなの!」
(私はアイアンマンだぞ?!それなのに、キャプテンを貼れだと?!)
こういうところは大人気ないと言うべきか、トニーはムキになって反論し始めた。
「パパはアイアンマンだぞ?キャプテンのではなくてアイアンマンのがいい!」
「ダメ!はゆくとそーのもあげるから!あいあんまんはえすとのなの!」
言い合いをする二人を横目にバスルームへ向かったペッパーは、救急箱を片手に戻ってきた
「ねぇ、トニー。普通のバンドエイドという選択肢はないの?」
呆れ顔の妻に言われトニーは気がついた。普通のバンドエイドの方が目立たないということに…。
「……そうだな…。出してくれ」

救急箱をゴソゴソと探っていたペッパーだが…
「トニー、非常に残念なお知らせだけど…バンドエイドがないわ」
「何だと?!」
口をあんぐり開けたままのトニーに追い打ちをかけるようにペッパーは言葉を続けた。
「この間、あなたが怪我して戻って来た時に、全部使っちゃったみたい。補充するの忘れてたわ」
ないと言われれば仕方ない。がっくりと肩を落としたトニーは、エストがくれたキャプテン・アメリカのバンドエイドをペッパーに差し出した。
「…これでいい」

顎下にバンドエイドを貼ったペッパーは、トニーの頬を撫でた。
「髭のないあなたって新鮮ね。初めて見たかも…」
「そうか?」
そういえば、ペッパーと出会った頃にはすでに髭を生やしていた気がする。それ以来、全て剃ったことはなかったか…。
「えぇ…こうしてもチクチクしないわ…」
頬に唇を這わせたペッパーは、徐々に移動させると、唇を重ね合わせた。ペッパーの頭を抱えたトニーは舌を絡めるような甘いキスをし始めた。
しばらくお互いの唇の感触を味わっていた二人の頭上から妙に冷静な声が響き渡った。
『トニー様、お取り込みのところ申し訳ありませんが、そろそろお時間です』

「いってらっしゃい」
玄関先で妻と娘に見送られたトニーは、朝からペッパーと濃厚なキスが出来たこともあって、意気揚々と会社に向かった。
「ねぇ、ママ。おひげがないパパって、よそのおじちゃんみたいだね。パパってみんなわかるかなぁ?」
エストの言うとおり、髭のないトニーは別人のようだった。いつもよりも若く見えるし、それに本人に言うと怒るかもしれないので言わなかったが、どこか可愛らしいのだ。
「そうねぇ…大丈夫だと思うけど…」
まさか気付かれないということはないだろうが、おそらく突然髭を剃り落とした理由は聞かれるわね…。
(トニーのことだから、聞かれても適当にあしらうだろうけど…)
気にしてても仕方ない。
「エスト、朝ごはん食べましょう?」
娘の手を引くとペッパーはキッチンへと向かった。
(そういえば、朝から大騒動だったから、忘れてたけど…。トニーったら朝ごはん食べてないわ…)

***

『トニー・スタークに髭がない!』
トニーが会社に到着すると、社内は大騒ぎになった。もう20年以上髭を生やしているトニーだから、社員の中ではトニー=髭というイメージしかないのだ。
会議の間中も、社員たちはずっとこそこそと話をしている。
いっそのこと『なぜトニー・スタークに髭がないのか』を議題にして方がいいのではないかと思うほど、皆がその話題で持ち切りだった。だが、誰も怖くて聞けなかった。どうして一夜にして髭がきれいさっぱりなくなっているのかは…。

だが、一人の強者がついに沈黙を破ったのだ。
「あのー社長…。どうされたんですか?急に髭が…」
ジロっと発言者を睨んだトニーだが、まさか本当のことを言うわけにもいかない。いつもの癖で髭を撫でようとしたトニーだが、その髭がないのを思い出し、手で髪を撫でつけた。
「…イメージチェンジだ…」
イメージチェンジにせよ、自慢の髭をきれいさっぱり剃るだろうか…その場にいた全員が思ったが、そんなことは言えず、室内に微妙な空気が漂い始めた。
そして顎下に張られたキャプテン・アメリカのバンドエイドにみんな気付いていたが、誰もそれについては触れることはできなかった。

***

帰宅しようとしたトニーの元にスティーブからアッセンブルコールが掛ってきた。
今行けば、絶対に髭についていろいろ言われるに違いない。特にあの暗殺者カップルに…。
(…行きたくないとは言えない…髭が生えそろうまで仮病を使うか?)
そんな子供じみたことはできるはずはない。
(そうだ!アーマーを脱がなければばれないぞ!)
いいことを思いついたとクソほほ笑んだトニーはいそいそとアーマーを着て現場へ向かった。

***

仕事を片付け本部へ戻ってきたアベンジャーズの面々。
いつもなら真っ先にアーマーやヘルメットを取るトニーなのに、今日はいつまでたっても脱ごうとしない。
「スターク、どうしたんだ?脱がないのか?」
「いや、いい」
「せっかく美味いジュースがあるのに。飲まないのか?」
「後でもらう」
みんなくつろぐ中で一人だけアーマーを見にまとっているトニー。
ハッキリ言って、おかしい。くつろぐものもくつろげない…。
(キャプテン…どうにかしろよ!)
(い、いやだ!)
(無理やり脱がせたら?)
(そんなこと、あのスタークにできると思うか?!)
(それは、ほら。クリントの出番よ!)
(また俺に押し付けるのか!)
こそこそと話す会話は丸聞こえで、段々と居心地の悪くなってきたトニーは立ち上がった。
「私は帰る。またな」
いそいそと立ち去ったトニーだが、残されたメンバーはどうしてトニーが顔を見せないのか結局分からないままだった。

(よし!隠し通せたぞ!)
と、思っていたトニーだったが…翌朝『トニー・スタークに何があった?』という記事と写真がゴシップ紙の一面を飾り、結局のところアベンジャーズのメンバーどころか全世界の人に知れ渡ることとなったのだった。

***
いつまで経っても子供みたいな社長であって欲しいです(笑)

②へ…

1人がいいねと言っています。

A Promise③

トニーの入院生活も早1か月半。
今日は土曜日。ベッドの上でトニーは新聞を片手に朝ごはんを食べていた。
「…ペッパーの飯が食べたい…」
半分ほど食べたところで、トニーはスプーンを放り投げた。
もうすぐ退院できるのだが、長い入院生活にトニーは正直飽きていた。
と言っても、起き上がり自由に動けるようになったのは、つい2週間ほど前なのだが…。
「チーズバーガーも食べてないなぁ…」
つい先日まで、そんな物を食べられる状況ではなかったことなど、すっかり忘れているトニー。

そこへ
「パパー!!」
と、元気良く飛び込んできたのはカワイイ娘。
「エスト。おはよう」
ベッドのそばの椅子によじ登ったエストは、機関銃のごとく話始めた。
「あのね、パパ!きのうね!だみーがね…」
幼稚園や家での出来事を毎日報告してくれるエスト。トニーがうんうんと頷いて聞いていると、
「エスト、あまりお話すると、パパが疲れるわよ…」
ペッパーが入ってきた。

「おはよう、ハニー」
「トニー、おはよう…。さっきお医者さまが、来週には退院できそうって…」
トニーにキスを落としたペッパーは、椅子を持ってくるとエストの隣に座った。
「あぁ、経過も順調だから…と、朝言われたよ」
「パパ、おうちかえれるの?」
「えぇ、もうすぐ帰れるそうよ」
「やったー!パパ!パパ!おうちかえったらね、えちゅととね、おふろはいろうね!パパはなにしたい?」
「そうだな…パパは、エストとお風呂に入って、一緒に遊びたいなぁ。それと、ペッパー…いや、ママのご飯が食べたいし…それに…」

トニーはペッパーの目をジッと見つめるとにやりと笑った。トニーの言いたいことを理解したペッパーは真っ赤になって俯いてしまった。
「ママ…おかおまっかよ…」

エストはニヤニヤする父親と真っ赤な顔をしている母親の顔を不思議そうに見比べた。

④へ…

1人がいいねと言っています。