A Little Help②

トニー・スターク髭喪失事件の翌朝。
起床後すぐにバスルームへ向かったトニーは、鏡を覗き込むと顎下のキャプテン・アメリカのバンドエイドを剥がした。
「しばらく髭はなしか…」
昨晩、ベッドの中でペッパーに『髭がないあなたも素敵よ。それにチクチクしないもの』と何度もキスされ、髭がないのもたまにはいいのかもしれないと思ったが…。
「だが…どうも居心地が悪い…」
まだらに生え始めた髭は白いものも多く混じっており、まだまだ生えそろうには時間がかかるなと、トニーはため息を付いた。

キッチンに向かうと、妻と娘がテレビを見入っていた。トニーが入って来たことに気付いた娘は、手に持っているスプーンを振り回しながら叫んだ。
「パパのおひげ、テレビにでてる!」
一挙一動が全てニュースになるのはいつものことだが、どうして髭を剃ったくらいでトップニュースになっているのだろう。
他に報じるような重大なニュースがないのか、はたまた自分のゴシップがそんなに視聴率を取れるのか…。だが、そんなことはどうでもよかった。全世界の人々に髭を剃り落としたことを知られる方が、トニーにとっては一大事件だった。
「…世間に知られた…」
椅子に座るや否や頭を抱えたトニーにペッパーは首を傾げた。
どうしてそこまで髭がないことを気にするのかさっぱり分からない。自分も一度髪形をボブにした時は『ペッパー・ポッツ、トニー・スタークと破局!』とえらく騒がれたことがあるが、トニーが『髪の短い君も素敵だ』と喜んでくれたので、世間体は気にしなかったが…。
「いいじゃないの、別に」
チラリと妻を見上げたトニーは、差し出されたコーヒーを一口飲むと、口を尖らせた。
「あいつらには知られたくない…。からかわれるに決まってる」
そう言われ思い浮かべた顔は、ナターシャ・ロマノフとクリント・バートン。
(確かに、あの二人なら…)
ため息をついたペッパーは
「でもトニー、呼び出されるとは限らないんだから…」
とフォローしようとしたが…。
『トニー様、スティーブ様より、至急来て欲しいとご連絡が…』
無情にも呼び出しがかかってしまった。
「何だと?!」
椅子の上で飛び上がったトニーは、頬を膨らませた。
「嫌だ!行きたくない!」
行きたくないとごねるトニーは、腕組みをしてそっぽを向いてしまった。
「パパ、あいあんまんのおしごと?」
トニーの腕をペチペチと叩くエストにも、トニーは膨れ面をしたままだ。
「今日は休む!」
「ダメ!あいあんまん、みんなまってるの!」
言い合いをする父娘を呆れたように見ていたペッパーだが、なかなか動こうとしないトニーに痺れを切らしてしまった。
「アンソニー・エドワード!子供みたいなこと言わないの!」
とペッパーに一喝されたトニーは、渋々立ち上がった。

アーマーを装着したトニーは、見送りに来た妻と娘を振り返った。
「トニー、気を付けてね」
優しく微笑んだペッパーにキスをしたトニーは、彼女のお腹にそっと手を置いた。
「エスト、行ってくるよ」
そして娘の頭に手を置いたトニーは、彼女の頭をくしゃっと撫でた。
「パパ、いってらちゃい」
ペッパーに抱かれた娘からいつものように頬にキスをしてもらおうと首を伸ばしたトニーだが…。
「いやん、パパ、チクチクする」
どうやら無精髭がエストはお気に召さなかったらしい。
キスを拒む娘にトニーは大ショック。
「え、エスト?!」
どうにか娘からキスをしてもらおうとするトニーだが、彼女は首をブンブンと振るとペッパーの肩に顔を埋めた。
「パパ、バイバイ!いってらちゃい!」
ショックに打ちひしがれ動こうとしないトニーに、今日何度目かのため息をついたペッパーは、苦笑しながらも夫に何度もキスをした。

集合場所に降り立ったトニーを迎えたのは、やはりこの男の第一声だった。
「お、髭なしスタークが来たぞ。おい、昨日アーマーを脱がなかったのは、髭がなかったからなのか?」
愉快そうに笑ったクリントは、トニーの背中を叩いた。
(やっぱり…)
げんなりとしたトニーが黙っていると、ソーがずかずかと近寄って来た。
「鉄の男よ、髭仲間がいなくなってしまったではないか!」
と、ソーに思いっきり背中を叩かれたトニーは、転倒しそうになりながらも、反論しようと二人を睨み付けた。
「それくらいにしときなさい、二人とも。かわいそうでしょ、スタークが」
白けた声に振り返ると、ナターシャ・ロマノフが呆れた顔をしてこちらに近づいて来た。
「かわいそうとは何だ。別にかわいそうではない。ただのイメージチェンジだ」
どうせ事実は知らないんだ…とふんっと鼻を鳴らしたトニーだが、ナターシャはにんまりと笑っている。
「イメージチェンジ?違うでしょ。娘にやられたんでしょ?トニー・スタークがねぇ…」
おかしそうに笑うナターシャだが、トニーは青ざめた。
「ど、どうして知ってるんだ?!」
あたふたとするトニーに畳みかけるようにナターシャは肩を竦めた。
「ペッパーに聞いたの。昨日のあなた、様子がおかしかったから心配になって」
(ペッパーの奴!どうして話したんだ!)
この場にいない妻に八つ当たりしても仕方ないが、ナターシャに知られたということは、おそらくアベンジャーズのメンバーに髭を剃った経緯は知れ渡っているということだろう。現に、クリントとソーだけではない、ブルース・バナーまでもがニヤニヤとこちらを見ているではないか。
あっけらかんと答えるナターシャに、わなわなと震えるトニー。
その場の空気が険悪なムードになり始めた時だった。遅れてやって来たのはキャプテン・アメリカことスティーブ・ロジャーズ。
「スターク、君もついに髭を剃り落としたんだな。そうだ、剃り残しなく綺麗に剃れるクリームがあるんだ。持ってきたから是非使ってみてくれ」
いい加減スタークの髭トークはお開きにした方がいいと思っていたのに、よりによってまた振り出しに戻るような展開に…と、ナターシャ以下全員が頭を抱えた。
当人であるトニーは、怒りを通り越して呆気に取られているのか、差し出された袋を受け取ると「あぁ…」とようやく一言声を発した。
気まずそうにするトニーと、にこにこと笑みを浮かべるスティーブ。
この二人は永遠に馬が合いそうにないと、その場の皆が思ったのか思わなかったとか…。

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