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Toward The Future with you③

数日後、トニーが目を覚ましたのは、家族全員が見舞いに行っている時だった。
まだぼんやりとしているトニーだったが、ペッパーと子供たちに気付くと何度か瞬きをした。
「トニー、手術はうまくいったわよ」
小さく頷いたトニーは、ペッパーの手を握り返した。
翌日には話ができるようになったトニーだが、痛みは全身を襲い続けた。だがトニーは子供たちがいるとそんな素振りは一切見せなかった。目覚めた父親に向かい一斉に喋り出した子供たちの話を聞き、時折笑い声を立てるのだが、その度に眉間にシワを寄せ辛そうなトニーをペッパーは黙って見守っていた。

二日後。子供たちは学校へ行っており、二人きりの病室は静かだった。
それまで眠っていたトニーだったが、急に起き上がろうとしたため、ペッパーは慌てて立ち上がった。
「どうしたの?」
「…水が飲みたい…」
身体を起こそうとするトニーを押さえると、ペッパーはサイドテーブルに置いたボトルを手に取った。
「まだ起き上がったらダメなの。さっき先生が説明されたでしょ?今日は夕食からご飯も食べられるし、明日には座ってみましょうって」
子供も宥めるように話すペッパーだが、トニーは聞いていない悪態をついた。
それでもストローを口にくわえさせると、トニーは嬉しそうに飲み始めた。そして何口か飲んだトニーは深呼吸をしペッパーを見つめた。倒れて以来ずっと付き添ってくれている彼女は疲れ切った顔をしており、トニーは心配になった。
「ペッパー…」
不安げな顔をしているトニーの手を取ったペッパーは顔を覗きこんだ。
「どうしたの?」
ニコっと微笑んだペッパーのその笑顔は、トニーの心に温もりを持たせてくれるが、疲労の影の濃い瞳をトニーはじっと見つめた。
「ずいぶん疲れた顔をしている。私は大丈夫だから、帰って休め。子供たちも待ってる」
だがペッパーは首を振った。
「私なら平気よ。それにね、あの子たち、パパが寂しいからママは一緒にいてあげてって言うのよ」
クスっと笑ったペッパーだが、トニーは顔をしかめた。
「いや、きちんと食べて寝ろ。いいな?」
確かにトニーの言う通りだった。自分の体調もだが、留守番をさせている子供たちが心配だった。上の二人はまだしも、双子はまだ小さく、今朝も自分と離れたくないと泣いていたからだ。
(そうよね、彼の言うとおりだわ…)
「分かったわ。あなたが夕食を食べたら家に戻るわ。それでいい?」
ペッパーの言葉に納得したトニーは小さく頷いた。

倒れて以来の久しぶりの食事は、スープに果物という簡素なものだった。それでもベッドを少し起こしてもらったトニーは、久しぶりの食事に嬉しそうに笑った。だが、スプーンを持とうとするも手に力が入らないのか落としてしまった。
「くそっ!」
舌打ちしたトニーはスプーンを拾い上げようとしたが、また落としてしまった。
「トニー、貸して」
スプーンを拾ったペッパーは、スープをすくうとトニーの口元へ運んだ。
俯いたトニーは黙って食べ続けた。
「どう?美味しい?」
「君の料理に比べるとおちるが、悪くない」
いつものようにニヤリと笑ったつもりだろうが、その笑みは引きつっている。
「元気になったら、あなたが好きな物をたくさん作るわね」
「あぁ…」
半分ほど食べたところで、トニーは満腹だと食べるのをやめてしまった。
(ほとんど食べていないじゃないの…)
そう思いつつもトレーを片付けたペッパーはベッド脇の椅子に座ったが、トニーは早く帰れとペッパーを促した。
「本当にそばにいなくてもいい?」
帰り支度を整え念のため聞いたが、トニーは笑みを浮かべた。
「いいから帰って休め」
どう見ても無理をしている。元気のないのが気になったが、ペッパーは子供たちの待つ自宅へと戻った。

ペッパーが去った病室は静まり返り、一気に寂しさと不安がトニーを襲った。
心配をかけるから言いたくはないが、正直なところ胸の傷が痛み、呼吸をするのも辛い。だから話をするのも当然辛い。そして空腹のはずなのに、食べ物を口にすると吐きそうになった。だが、ペッパーが悲しむ顔は見たくなかった。
このまま順調に回復するという保証はない。元の生活が送れなかったらどうすればいいんだ…。家族に迷惑を掛けるだけだ…。
力が入らず震える手を見たトニーは、一人不安に押しつぶされそうになり、頭からシーツを被った。

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Toward The Future with you②

翌朝、ペッパーを起こさないように起き上がったトニーはラボへと向かった。呼吸するたびに胸が痛みうまく息が吸えない。何度も深呼吸をしながら何とかラボへたどり着いたトニーは、ふらつく身体を椅子へと沈めた。
「ジャーヴィス…スキャン…しろ…」
真っ青な顔をし、酷く辛そうな主人の身体をスキャンしながら、ジャーヴィスは主人に提案した。
『トニー様、病院へご連絡します。すぐに行かれ…』
だが、ゴホゴホと咳き込み始めたトニーには、その言葉は聞こえていなかった。くぐもった声を出し口を押えたトニーだが、真っ赤な血が口から噴き出した。
『トニー様!』
口と胸を押さえ立ち上がろうとしたトニーだが、鋭い痛みが胸部と腹部を襲い、小さく悲鳴を上げると床に崩れ落ちた。
すぐさま救急車を要請したジャーヴィスは、まだ眠っているペッパーを叩き起こした。
『ペッパー様!トニー様が!』

トニーが倒れたと知らされ、転がるようにラボへ向かったペッパーは、床の上に倒れていている夫に気がついた。
「トニー!!」
トニーは身体を丸め呻き声をあげている。額には大粒の汗を浮かべ、口からは血が零れ落ちており、飛び散った血で床は真っ赤になっているではないか。
騒ぎを聞きつけたエストとエリは、泣き出しそうなルーカスとアビーを抱きしめている。
「トニー!しっかりして!お願い…」
息が出来ないのだろうか、開いたトニーの口からは空気の漏れる音が聞こえている。焦点の合っていないトニーの目はしばらく彷徨っていたが、やがてペッパーの手を痛いほど握っていたトニーの手から力が抜けた。

「破片が移動しています。肺と内臓に刺さったようですが、心臓は到達していません」
「そうですか…」
レントゲンを示しながら医師からそう告げられたペッパーは、ひとまず命に別条はないと知り、ほっと息を吐いた。だが、医師は別の部位を指差した。
「どうやら数日間、リアクターが正常に作動していなかったようです。幸いと言うべきか、今回は破片が臓器に達しただけですが、破片は心臓のすぐそばまで迫っています。ですから、リアクターがこのまま動かなければ…。それに、今回のようなことがいつ起こるか分かりません。スタークさん、この機会に…」
医師の言いたいことは分かっている。それは、この十数年間ずっと言われていたこと…つまり破片を、そしてリアクターを除去するということ。トニーが拒み続けていたのには理由がある。手術は難しくリスクが高いため、もし失敗すれば命を絶たれ、二度と家族には会えないのだ。そしてもし成功しても、今までと同じ生活が出来るという保証もない。

トニーは何というかしら。大変な手術になることは分かっている。もしかしたら失敗するかもしれない…。でも、この機会に…。

麻酔の準備をされるトニーを見つめながら、ペッパーは決断した。
「主人と話せますか?」

たくさんの機器と酸素マスクを付けたトニーは、青白い顔をしてストレッチャーに横たわっていた。そばに跪き手を取ったペッパーは、トニーに呼びかけた。
「トニー…トニー、聞こえる?」
手を握り何度も呼びかけると、トニーは薄っすらと目を開いた。
「ぺ…ぱ…」
ペッパーの姿を見たトニーは、嬉しそうに目を細めた。汗の浮かんだ額に掛かる前髪を優しく掻き分けたペッパーは、ゆっくりと話し始めた。
「トニー、聞いて。あのね、リアクターが動いてなくて破片が移動したの。今回はね、肺と内臓を傷つけただけだったわ。でもね、またいつ今回みたいなことが起こるか分からない…。だがらね、この機会に…破片を全て除去しましょうかって…」
目をキュッと閉じたトニーは、再び目を開いたが、その瞳には涙とそして恐怖が浮かんでいる。
「しっぱ…い…した…ら…」
最悪なケースは考えたくない。考えればそれが現実になりそうだから…。首を振ったペッパーは、トニーに向かいにっこりと微笑みかけた。
「トニー、大丈夫。あなたなら大丈夫。あなたはトニー・スタークよ。アイアンマンでしょ?だから、絶対に成功するわ。それに、私と子供たちがそばにいるから…」
小さく頷いたトニーは、微かに口の端を上げた。
「わか…た…」
そして、ペッパーの手を弱々しい力だが握り返した。
「…あい…してる…」
「私もよ。愛してるわ、トニー」
トニーはゆっくりと目を閉じた。

手術室へ運ばれるトニーに付き添っていたペッパーだが、離れ離れになる前に、万感の思いを込めてトニーの額にキスをした。
(トニー、あなたは必ず戻って来れるわ…。待ってるから…)
「先生、お願いします」
と頭を下げたペッパーに、医師は力強く頷いた。

トニーが手術室へ入ってからすでに半日。控室にと用意された部屋では、まだ4つにもならないアビーとルーカスは部屋の中を走り回っていたが、しばらくすると遊び疲れて眠ってしまった。双子を寝かしつけたペッパーは、気が紛れることがなくなり、携帯を開いた。昨日撮ったトニーの写真をじっと見つめていたペッパーだが、写真の中のトニーは疲れきった顔をしている。どうして早く気が付いてあげられなかったのかしらと、後悔の念にかられたペッパーの目からは涙が一 粒零れ落ちた。
一言も発さず動かない母親を、エストとエリオットは心配そうに見つめている。
母親の両脇に腰を下ろした二人は、そっと声を掛けた。
「ママ…。パパは分かってたのね。だから昨日…」
俯いたエストは、声を絞り出した。
「ママ…パパがいなくなったらどうしよう…。私…」
それまで必死に堪えていたエストだが、堪えきれずにポロポロと涙を零し始めた。
「姉ちゃん…泣くなよ…姉ちゃんが泣くと…」
そう言うと、エリオットまでが声を上げて泣き始めた。
「大丈夫よ…トニーは…パパは強いんだから。それに、ママやあなたたちを置いて行ったりしないわ…だから大丈夫…」
泣き続ける娘と息子を抱きしめたペッパーは、零れ落ちそうになる涙をぐっと堪えた。

十時間以上にも及ぶ手術が終わったのは、すっかり日が暮れた頃だった。

「破片はすべて除去しました。リアクターがあった部位はプレートを埋めています」
リアクターとそして何十個もある大小さまざまな破片を見せられたペッパーたちは、思わず息を飲んだ。
「これがパパの身体の中にあったの?」
「パパ…」
いつも陽気で元気な父親が胸の中にこんな恐ろしい物を抱えていたなんて…と、言葉を失っている子供たちを抱き寄せたペッパーは、医師に頭を下げた。

病室は、消毒薬の臭いと無機質な音が響き渡っていた。たくさんのモニターやチューブや点滴に繋がれたトニーに駆け寄ったペッパーたちは、力のない手を握りしめた。
「パパ…」
子供たちは泣きながら父親に声をかけている。冷たい頬を撫でたペッパーは、唇を寄せそっと囁いた。
「トニー、みんなそばにいるわ。だから頑張って…」
子供たちは疲れきっている。駆けつけたハッピーに子供たちを任せたペッパーは、ベッドサイドの椅子に腰を下ろした。
そこへ、やって来たのはローディ。国外にいたローディは、大急ぎで仕事を片付けると病院へ駆けつけたのだった。
「ペッパー!トニーは…」
「さっき手術が終わったの。トニー、ローディが来てくれたわよ…」
ペッパーに言われトニーに近寄ったローディは、潤んだ瞳を隠すように目をギュっと閉じた。
「数日は麻酔で眠らせておくそうよ。目が覚めても痛みが強いだろうからって…。あと、合併症にも注意が必要だと言われたわ…」
「そうか…」
トニーの頬を撫でているペッパーは疲れきった顔をしている。
「疲れてるだろ?今日は俺が付きそうよ。子供たちもいるし、家に帰った方がいい。何かあればすぐに知らせるから」
そうローディに言われたペッパーは、その言葉に甘えて一度家に戻ることにした。

家に帰ると、まだ起きていた子供たちが一斉に駆け寄って来た。
「パパは?いつおうちにかえってくるの?」
アビーとルーカスも、おそらくエストとエリオットが話をしたのだろう。父親に大変なことが起きたとようやく理解したようだ。だが、いつ退院できるか…元通りの生活ができるかなど分からないのだ。
不安そうな子供たちを抱きしめたペッパーは、笑みを作った。
「パパは病院で頑張ってるわ。だからみんなでお祈りしましょ?パパが早く元気になりますようにって…」
「うん!」

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Toward The Future with you ①

三日ほど前から体調が悪い。
最初は風邪でも引いたかと思ったがそうではないようだ。熱もないし喉も痛くない。だが日を追うごとに息苦しくなり、空咳まで出始めた。秋になり少し肌寒くなってはきたがそれなりに調整している。ただ一つ言うならば、寝る時はいつも何も着ていないことだけだろうか…。
思い当たる節もなく頭を捻ったトニーだが、喉奥から何かがせり上がってくる感触を覚え、口を押えると苦しそうに咳き込んだ。
口に当てた掌がぬるっと生温かいものに触れた。慌てて掌を見ると、真っ赤な鮮血で汚れている。どうして吐血するのか全く見当もつかない。
「ジャーヴィス、スキャンしろ」
Tシャツを捲ったトニーはリアクターの光がいつもよりも弱々しいことに気付いた。
そういえば、一週間ほど前に敵に攻撃された時、一瞬リアクターの光が消えたのだった。帰宅し調べたが特に問題なかったため、そのまま忘れていた。
ジャーヴィスがスキャンする間、そんなことをぼんやりと考えていると、目の前に胸部のレントゲンが映し出された。写真を見たトニーは違和感を覚えた。先日見た物とはどこか違う気がする。よく見ると、胸に散らばる破片が移動しているではないか。
「おい…まさか…」
顔色を変えたトニーは、リアクターを外した。
『トニー様、3日前よりリアクターが正常に作動していないようです』
ジャーヴィスの言葉にトニーは思わず声を荒げた。
「なぜだ?!なぜリアクターが作動していないんだ?」
『原因は分かりませんが、このままでは…。トニー様、早く病院へ行かれてください』
黙ったままリアクターを見つめていたトニーだが、元の位置に戻すと椅子にもたれかかった。
「…あと何日ある?」
こめかみを指で押さえたトニーは、静かにジャーヴィスに問いかけた。
『おそらく2、3日だと…』
このままだと、自分の寿命はあと2日ほどらしい。病院に行っても失敗すればそこで終わりだ。それならば、ペッパーと子供たちに最後の思い出を作ってからでもいい…。
ゆっくりと立ち上がったトニーは、
「ペッパーには言うな」
とジャーヴィスに命じると、ラボを後にした。

「明日はみんなで出かけないか?」
夕食時に突然言い出したトニーの提案に、みんな目を白黒させた。
「どうしたの?」
「パパ、明日は学校よ?」
ペッパーとエストの言葉を無視したトニーは
「そんなもの休めばいい」
と言うと、目を輝かせている双子を見つめた。
「ルーカスとアビーはどこへ行きたい?」
顔を見合わせた双子は同時に叫んだ。
「あたし、プーちゃんにあいたい!」
「ぼくはグーフィー!」
いつもの父親らしからぬ言葉。嬉しそうに双子を見ている父親を、エストとエリオットは心配そうに見つめていた。

「ねぇ、急にどうしたの?」
夫婦二人になった寝室で、どこかぼんやりしているトニーにペッパーは尋ねた。
「たまにはいいだろ?」
ペッパーにキスをするとトニーはシーツの中に潜り込んだ。
「そうだけど…」
眉間にシワを寄せたトニーは軽く咳き込んだ。どことなく青い顔をしているトニーは体調が悪そうなのだが、本人は隠そうとしている。
「トニー、顔色が悪いわ。大丈夫?」
(長年連れ添っているペッパーには隠し通せないか…)
気づかれないように深呼吸したトニーは、ペッパーの身体を抱き寄せた。
「大丈夫だ。疲れてるのかな?」
ニヤリと笑みを浮かべたトニーの頬を撫でると、ペッパーは彼のパジャマをキュッと握りしめた。
「今日は早く寝ましょ?」
「あぁ…」
身体を摺り寄せてきたペッパーはすぐに眠ってしまったが、トニーはその温もりを身体に染み込ませるように一晩中抱きしめ続けた。

翌日、ディ○ニーランドにやって来たスターク一家。
平日ということもあり、比較的スムーズに乗れるアトラクションに、トニーは率先して向かって行った。
「よし!次はあれに行くぞ!」
歓声を上げる双子を連れてダ○ボのアトラクションに向かったトニーを見送ったペッパーは、近くのベンチに座った。そこへ、ポップコーンを買いに行っていたエストとエリオットが戻って来た。
「おーい、ペッパー!」
「ママ!」
頭上で手を振る三人を写真におさめたペッパーは、一番喜んでいるのはトニーね…とクスッと笑った。
ポップコーンを頬張りながら三人の様子を見ていたエリオットだったが、エストに何か耳打ちした。頷いたエストは、ペッパーの方へ不安げな瞳を向けた。
「ねぇ、ママ。パパの様子おかしくない?」
子供たちの目から見てもおかしいのだ。妻の目から見ると、トニーの様子は相当おかしかった。
「そうよね…。昨日からどうしたのかしら…」
ため息をついたペッパーが何か言おうとしたその時、双子とトニーが戻ってきたのに気づき、口を閉じた。

パレードを見たり家族で写真を撮ったりと、楽しい時間はあっという間に過ぎ、辺りはすっかり暗くなっていた。子供たちはそれぞれ自分のお気に入りのキャラクターの大きなぬいぐるみを抱きしめすっかり夢の中。そして、助手席で眠っているペッパーの膝の上にも、ミッ○ーとミ○ーのぬいぐるみが鎮座している。
家族の寝顔を見つめながら運転しているトニーだが、もしかしたらこれが最後になるのかもしれないと思うと、鼻を啜った。
しばらく運転し続けていたトニーだが、胸がチリっと痛み息苦しくなってきた。何度も深呼吸したトニーは、妻の寝顔をチラリと見た。
(頼む…。あと一つ…やり残したことがあるんだ…)

「今日は楽しかったわね」
ベッドの枕元にぬいぐるみを置いたペッパーは、先に横になっていたトニーに抱きついた。
「いい思い出になったな…」
しんみりと言うトニーに、ペッパーは怪訝そうな顔をした。
「ほら、今まではアビーとルーカスが小さいからと6人で出かけることはあまりなかっただろ?」
慌てて言うトニーに、そういうことね…とペッパーも笑った。
「そうよね。二人とも大きくなったし、これからはいろんなところに行きましょうね?」
それには答えず、トニーはペッパーの身体をギュっと抱きしめた。
「ペッパー、ありがとう。君には感謝してる。私に家族の温かさを教えてくれたんだから…」
「昨日からどうしたのよ?」
クスクス笑ったペッパーだが、トニーは黙ったままだ。そして、自分を刻み付けるかのようにトニーはペッパーを抱き続けた。

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Go your own way in life

数日後、双子と共に退院したペッパーだが、安静にしておいたほうがいいということで、ペッパーの母親のシルヴィアが手伝いに来ていた。
「おばあちゃま。これでいい?」
料理を作るシルヴィアの横で、エストは手際良く手伝っている。
「あら?上手ね」
「ママに教えてもらったの」
二人仲良く台所に立つ姿を見届けたトニーは、リビングでエリオットがアニメに夢中なのを確認すると、寝室へと向かった。

「ペッパー、大丈夫か?」
「えぇ…」
ペッパーは寝室のベッドに横になっており、その隣にはアビーがいた。
ペッパーの隣に腰を下ろしたトニーは、小さな娘の頬を撫でた。
「ルーカスは?」
「眠っちゃったの。アビーはまだ起きていたいみたいよ」
ふふっと笑ったペッパーは、アビーの頬を突ついた。
「この子ね、あなたにそっくりよ。私の指を離そうとしないの」
ペッパーの言葉にトニーは思わず口を尖らせた。
「私はそんなことはしない」
「あら?だって眠る時、いつも私を抱きしめてるじゃない?」
クスクスとおかしそうに笑ったペッパーだが、トニーは大げさにため息をついた。
「今は君の代わりに、エストとエリが私に抱きついている…」
「あの子たち、あなたを独占できて嬉しいのよ。エストがわざわざ言いにきたの。『パパね、ママと寝れなくてさみしいと思うの。だからね、今日からママの代わりに私とエリがパパを抱っこして寝るから』って」
その時の事を思い出したのだろう、声を上げて笑ったペッパーだが、アビーがうとうととし始めたのに気づき、口を閉じた。
しばらくすると、アビーは眠ってしまった。ベッドに横になったトニーは、腕を伸ばすとペッパーとアビーを抱き寄せた。

「この子たち、どんな人生を歩むのかしらね」
娘の寝顔を見つめていたペッパーがポツリと呟いた。
「どうしたんだ?まだ生まれて一週間しかたってないのに」
突然何を言うんだと、目を細めたトニー。チラリとトニーを見上げたペッパーは、彼の手をそっと握った。
「私ね、あの時、夢を見たの。産まれてからの出来事が目の前に映し出されるんだけどね。でもね、あなたと出会ってからの事しか鮮明に見えなかったわ。私の隣にはいつもあなたがいてくれる。私は私の事を世界一大切にしてくれる人に出会えたの。それってすごく幸せなことだなぁって思ったの」
守るべき最愛のものに出会えた喜び…それはトニーも同じだった。
ピンチに陥った時、彼の脳裏にはいつも妻と子供たちのことが思い浮かぶのは、彼もまた同じだから…。
「そうだな」
繋がれた手を握り返すと、ペッパーは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「だからね、この子たちにも…もちろん、エストとエリにもだけど、私があなたに出会って人生が輝いたような出会いをして欲しいなぁって…」
温かでそして穏やかな妻の笑みを眩しそうに見つめたトニーは、アビーの頭にキスをすると、続けてペッパーの手の甲にキスを落とした。
「大丈夫だ、ペッパー。この子たちは君と私の子供だ。最高の相手を見つけることができるさ」
「そうよね」
首を伸ばし唇を合わせると、二人の間で眠っているアビーがまるで同調するかのように手をバタつかせたのだった。

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Life Is For Living

3歳になったエリオット。ペッパーに似たのだろうか、エストに比べると落ち着いており物静かな彼は、いつもソファーに座り込み本を読んでいた。だが、好奇心旺盛で人を惹きつけてやまないその瞳はトニーに似ており、聡明な彼はどこにいっても人気者だった。
一方のエストは料理に夢中。ペッパーに似たのだろう、料理に関しても才能を発揮する彼女は、毎晩トニーに自分で作った料理を出すと感想を求めたのだった。今まで事あるごとに自分に付いてきていたエストがすっかりペッパーにくっついて行動しているのを少々寂しく思っているトニーだが、その代わりに今まで母親にベッタリだった息子がちょこちょこ付いて回るようになり、それはそれで嬉しいトニーなのだった。

そんなある日の休日。
ペッパーとエストは買い物に出かけ、家には男二人が残されていた。
息子をお手製のホログラムで遊ばせながら、トニーはラボでダミーを修理をしていた。
イタズラ好きのエスト(これはペッパーに言わせると、『スターク家の血筋』)のせいで大破したダミー。
昨晩遅くアイアンマンの仕事から帰宅したトニーは、部屋の片隅でユーが震えているのを見つけた。
「おい、どうしたんだ?」
アーマーを脱ぎ冷蔵庫から水を取り出したトニーが近づくと、ユーの足元にダミーのアームが落ちているではないか。
「だ、ダミー?! おい、ジャーヴィス!何があった!」
慌てて拾い上げたトニーにジャーヴィスが言いにくそうに答えた。
『トニー様、非常に申し上げにくいのですが、エスト様です。ダミーのアームにぶら下がって遊んでいらっしゃるうちに…。お止めしたのですが、力及ばず申し訳ありません』
そもそもラボには子供達は入れないようにしているはずだ。セキュリティーを破ったエストはある意味凄いのだろう。だが、ラボは危険だからトニーが許可しないと入ってはいけないという約束なのだから、それとこれとは話は別だ。
さすがに夜遅く、子供たちどころかペッパーも眠ってしまっていたため、怒りのぶつけ所がなかったトニーだが、起床するや否やエストに雷を落としたのだった。
滅多なことで怒らない父親に怒られたエストだが、約束を破ったのは自分なのだから仕方ない。大好きな父親の機嫌を損ねてしまった挙句の果てに遊園地に行くという約束もふいになってしまい、泣くエストを連れてペッパーは買い物に出かけたのだった。

久しぶりの一人の時間…いや、エリオットがいるのだから一人ではないが、息子はホログラムで遊ぶのに夢中でトニーの傍に寄って来もしない。だが、ダミーの修理も終わり、ふとそばにあったワイヤーを曲げ何やら作り出したトニーに気付いたエリオットがちょこちょこと傍にやって来た。
しばらく父親のすることをじっと見ていたエリオットだが、
「パパ、ぼくもする!」
と、おもちゃのスパナを振り回し父親にアピールし始めた。
「何だ?お前も作るのか?」
父親に笑顔を向けたエリオットはトニーがワイヤーで作った星形のオブジェを指さした。
「ママとねーねにね、あげるの。パパもいっしょにつくろ!」
「そうか、よし、作るか!」
膝の上にエリオットを抱き上げると、トニーは嬉しそうに息子の柔らかな頬にキスをした。

その夜。
「エリはあなたに似て器用なのね」
エリオットが作った(とは言っても、ほとんどトニーが作ったのが…)、ワイヤーで作ったブローチを眺めながらペッパーは嬉しそうに笑った。
「優秀な後継ぎができて嬉しいでしょ?」
チラりと見上げると、嬉しそうな顔をしているのにトニーはわざとムスっとした声で言った。
「そうだな。あいつが継がせてくれと言えば…の話だ」
「あら?そうなの?」
くすくす笑う妻を抱きしめたトニーは、当然だろ?と目をクルリと回した。
「当り前だ。あの子たちには自分の好きなことをしてもらいたいから、無理強いはしないさ。それよりも…」
ペッパーの身体をベッドに張り付けたトニーは、Tシャツを脱がすと柔らかな胸に顔を埋めた。
「三日ぶりにいいだろ?」

それから数週間後のある朝。
これから二日間NYへ出張に向かうトニーは荷物を持ちキッチンへ向かったが、ペッパーが酷い顔色をしているのに気づき、背後から抱きしめた。
「ペッパー、大丈夫か?顔色悪いぞ?」
「大丈夫よ…。それより、気を付けて行って来てね」
トニーの手を握ったペッパーは、立ち上がるとキスをした。
「パパ、いってらっしゃい」
「パパ!きをつけてね」
子供たちを抱きしめペッパーにキスをすると、トニーは迎えに来ていた車に乗り込んだ。

エストとエリオットを学校と幼稚園に送ったペッパーは会社へ向かったが、体調は悪化する一方。
吐き気に頭痛、そして微熱も続いており、青い顔をしているペッパーを秘書が病院へ連れて行った。
様々な検査を受けたペッパーは、一人廊下に座っていた。
(悪い病気だったらどうしよう…。でも、もしかして…)
物思いに耽っていると、いつの間にか名前を呼ばれており、ペッパーは慌てて診察室へ入った。
顔なじみの医師は、ペッパーの顔を見るなり笑顔になった。
「スタークさん、5週目ですよ。おめでとうございます」
「え…」
三人目についてはトニーと話したことはない。一番はペッパーの年齢のことだ。だが、二人とも避妊をしていなかっったし、当然の結果と言えばそうなのだろう。
「どうしよう…」
トニーは子供をすごくかわいがってくれるから、子供が出来たと言えば喜んでくれるだろう。だが問題は高齢出産になること…。エストとエリオットを取り上げてくれた医師も、それが心配だと言っていた。だが、せっかく授かったのだ。とにかく産みたかった。
「ご主人とよく話し合ってください」
万全のサポートをするので安心してくださいねと医師に言われたペッパーは、とにかくトニーと話し合おうと家路についた。

二日後、帰宅したトニーは、早速飛びついてきたエストとエリオットを抱き上げると、
「パパ!おふろはいろ!」
とはしゃぐ二人を連れてバスルームへと向かった。
結局、二人がゆっくり顔を合わせたのは、子供たちを寝かしつけたトニーが寝室へ戻って来てからだった。
「トニー、話があるの…」
「どうしたんだ?」
深刻な顔をしたペッパーの隣に座ると、トニーは妻の手を取った。
「あのね…昨日病院へ行ってきたの…」
「病院?!どこか悪いのか?!」
病院と聞いたトニーは顔色を変えた。慌てふためく夫の手をキュッと握りしめたペッパーは何度か深呼吸をした。
「違うわ。話を聞いて。あのね…妊娠したの」
『妊娠』と言われたトニーは目を大きく見開いた。
「ということは…」
「5週目ですって」
ポカンと口を開けたトニー。そういうことをしているのだから、当然の結果なのだが、エリオットが産まれて三年。もう子供を授かることはないのかと思っていた矢先の出来事。
「トニー…」
黙ったままのトニーのシャツをそっと掴んだペッパーは、不安げに夫を見上げた。我に返ったトニーは、ペッパーを抱きしめた。
「ペッパー、正直に言わせてくれ。子供が出来たのは嬉しい。嬉しいに決まってる。だが、君の身体のことを考えると…手放しには喜べないんだ…。酷い父親だな…」
目を潤ませたトニーは、何度か瞬きをした。トニーの目に浮かんだ涙をそっと拭ったペッパーは、胸元に顔を摺り寄せた。
「そんなことないわ!私も不安なの…。この子を無事に産めるか不安なの…。でもね、せっかく授かったんですもの。私、産みたい…だから…」
ペッパーの身体をぐっと引き寄せたトニーは、頭に何度もキスをした。
「あぁ、分かってる。君はそう言ってくれると分かってた。だから、絶対に無理はしないでくれ。約束だぞ?」

数日後、つわりが酷いペッパーは、一日中寝込んでいることが多くなっていた。
ベッドで横になるペッパーに、トニーは食べられそうな物を持っていくのだが、ペッパーは首を振り受け付けない。
「気分はどうだ?」
青い顔をしたペッパーの頬をそっと撫でると、
「大丈夫…」
と、小さな声が聞こえてきた。
「これなら飲めるだろ?」
搾りたてのオレンジジュースを手渡すと、ペッパーは少しずつ飲み始めた。
「おいしいわ。ありがとう、トニー」
半分ほど飲んだところでやめてしまったペッパーは、シーツの中に潜り込んだ。
「欲しい物があったら言えよ?」
頭を撫でたトニーはそっと寝室を出て行った。

「パパ?ママ、大丈夫?」
寝室を出るとエリオットの手を引いたエストが心配そうに待っていた。
「ああ…大丈夫だ…」
言葉とは裏腹に心配そうな父親の声に、何か感じ取ったエスト。不安そうな娘に気付いたトニーはわざと明るい声で言った。
「そうだ。ピザでも頼むか?ママには内緒だぞ?」

その後、エストの時よりもひどいつわりに襲われたペッパーは、食べても食べてなくても、戻してしまうという状態に陥っていた。一日中ベッドに横になり何も食べられないため、主治医からは入院するように勧められていたが、ペッパーは家にいると拒んでいた。
2週間ほど経った頃。
「「ただいまー」」
夕方になりエストとエリオットを連れて帰宅したトニー。昼に電話をした時は眠っていたのか電話にでなかったペッパーが気になりつつも、仕事が忙しく様子を見に帰ることができなかった。
「ママー?」
キョロキョロとペッパーを探すエリオットだが、やはりリビングにはいない。
「パパ?ママ、大丈夫かな?」
気分が良いときにはリビングにいるのだが、最近ではそんなこともめったにない。
「そうだな。見てくるよ」
二人におやつを用意したトニーは、寝室へと向かった。

「ペッパー?気分はどうだ?何か欲し…」
薄暗い寝室に入ったトニーだが、小さく呻き声が聞こえ顔色を変えた。
「おい?ペッパー?」
ベッドサイドに駆け寄り顔を覗きこむと、ペッパーは真っ青な顔をし脂汗をかいているではないか。トニーが呼びかけても返事をしないペッパー。
「ペッパー!しっかりしろ!!ジャーヴィス!すぐ病院へ連絡してくれ!!」
ぐったりとしたペッパーを抱きかかえたトニーは、階下へと降りて行った。

「ママ!」
母親を抱きかかえた父親を見たエストがソファーから立ち上がった。
「エスト!ママを連れて病院へ行くから…」
「分かった。ローディおじさんに電話して来てもらうわ」
こういう時、しっかり者のエストにいつも助けられる…。だが、そうは言っても不安だろう。泣き出しそうな顔をしている娘をじっと見つめたトニーは娘を抱きしめた。
「頼んだぞ」
「うん、まかせて、パパ!」

病院へ連れて行くと、すぐに処置室へと運ばれたペッパーだが、つわりがひどく脱水状態になっており、しばらく入院することになった。
本人が嫌がってでも入院させればよかったと、眠るペッパーの手を握りしめトニーが考えていると、ペッパーの主治医がトニーに声を掛けた。
別室に通されたトニーに主治医はエコー写真を見せた。
「スタークさん、赤ちゃんのことですが…双子です」
「双子?!」
まさか双子だなんて…と驚くトニーに医師は写真に映る2つの丸いものを指した。
「見えますか?心臓が2つあります」
高齢出産に加えて双子となると、リスクが高いのは素人のトニーですら分かる。不安の色を隠せないトニーに
「奥様、年齢のこともありますし…。双子は…」
と、医師も言葉を濁したのだった。

翌日、ペッパーが目を覚ますと、トニーが目の前にいたのだったが、彼は憔悴していた。
「トニー…」
嬉しそうに微笑んだペッパーの手を握りしめたトニーは、
「ペッパー…大事な話がある…」
と、真剣な面持ちで話し始めた。
「子供は…双子だ。だが、君の年齢のこともある。もし万が一のことがあれば…」
言葉を濁したトニーだが、ペッパーはトニーが何が言いたいのか瞬時に悟った。
「イヤよ!せっかくあなたの子供を授かったんだもの!何があっても産むわ!」
「だが、もし…万が一…ペッパー…私は…君なしでは…」
トニーの目が潤んでいることに気づきたペッパーは、彼の手を握りしめた。
「その時は…この子たちを救ってあげて?お願い…」
ニッコリと笑ったペッパーに、トニーは何も言えなかった。
なかなか手を離そうとしないトニー。時計を見るともう朝だ。おそらく子供達はローディかハッピーに頼んでいるのだろう。だが、二人ともまだ小さく、両親の不在を不安に思っているに違いない。
「トニー、私は大丈夫だから。早く家に帰って?エストとエリが待ってるわ」
帰宅するように促すと、トニーは渋々腰を上げた。
「あぁ…。何かあったらすぐに連絡しろよ?いいな?」
頷いたペッパーにキスをすると、トニーは妻を抱きしめた。
「愛してる、ペッパー」
「私も愛してるわ、トニー」

病室を出たトニーは、廊下にある椅子に座り込んでしまった。顔を覆ったトニーは、溢れ出しそうな涙を必死で抑えた。
「ペッパー…君と子供と…選べるわけないだろ?」

トニーが帰宅すると、エストとエリオットが走ってやって来た。
「パパ!ママは大丈夫?」
「あぁ…」
二人を抱き上げリビングへ向かうとローディが心配そうに声をかけた。
「ペッパーは?」
「しばらく入院だ。心配かけるな」
「いや、いつでも言ってくれ」
元気のない親友の肩を叩くと、ローディは帰って行った。
ソファーに腰を下ろしたトニーは、子供達を両脇に座らせた。
「エスト、エリオット…大事な話がある」
いつになく真剣な父親に、二人も姿勢を正した。
「ママに赤ちゃんができた。それも双子だ」
「ふたご?」
エリオットが首を傾げた。
「そうだ。赤ちゃんが二人生まれるんだ。エリオット、お兄ちゃんになるんだぞ」
自分も兄になると聞いたエリオットは大喜び。
「ぼく、おにいちゃんになるの!わーい!ぼくもおにいちゃん!」
手を叩いて喜ぶエリオットだが、エストは母親が心配だった。
「でも、パパ。ママは大丈夫なの?」
子供達の頭を撫でたトニーは、二人を抱き寄せた。
「あぁ…。ママはしばらく入院することになった。家に帰ってきても、赤ちゃんが生まれるまでは、静かにしておいた方がいい。そこでだ。二人にも協力して欲しい。なるべくママが大変な思いをしないように、手助けしてやって欲しい。パパももちろん協力する。だが、二人も自分でできることは自分して欲しいんだ」
「うん!ぼく、おにいちゃんだもん!」
「パパ、任せて!」
子供達の言葉にトニーは微かに笑みを浮かべた。

エリオットを寝かしつけたトニーは、一人リビングにいた。
ペッパーを失うようなことになれば…。だが、彼女は自分よりも子供たちを救えと言うだろう…。もしも決断を迫られたら…私には選べない…。ペッパーと子供とどちらを選べなんて…。

頭を抱えたトニーだが、背後から小さな声が聞こえてきた。
「パパ?」
振り返ると、エストがいた。
「どうしたんだ?エスト」
「喉が乾いたの」
「そうか。早く寝ろよ。明日起きれないぞ?」
「ねぇ、パパ…。ママは大丈夫よね?」
トニーの隣に座ると、エストは父親の顔を覗き込んだ。
この子は…年齢以上に賢いエストには、隠し事はできない…。だが、どうやって説明すればいいんだ…。
迷った挙句、トニーは言葉を選びながら話しはじめた。
「エスト…。ペッパーは…ママは…お腹の中で赤ちゃんを大きくするだけの元気がないかもしれないんだ…つまり」
「赤ちゃん、大きくならないの?」
「いや…無事に生まれるだろうが…。もしもママが赤ちゃんを生む元気がなかったら…」
「ママ…死んじゃうの?」
「…その可能性もあると言われた…」
「パパ…」
トニーに抱きついたエストは、声を震わせた。
「パパ…ママはいなくならないよね?パパとわたしとエリのことを置いて、いなくなったりしないよね?」
声をあげて泣き始めたエストをトニーは黙って抱きしめた。
「あぁ…。ママのことは…パパが絶対守ってみせる…」

数日後、ペッパーは病室のベッドに起き上がり、何か書いていた。
「これでいいわね…」
手紙を封筒に入れたペッパーは、表に『愛するトニーへ』と書くと手帳の間に挟んだ。

***
帰宅後も、ペッパーは安静にしておくよう言われたため、家でゆっくりと過ごしていた。
日に日に大きくなるお腹は、今でははち切れそうになっている。

「ママ?あかちゃん、ここにいるの?」
お腹に耳を当てたエリオットは、不思議そうな顔をしている。
「そうよ。赤ちゃんはエリのお話も聞いてるわよ」
「そうなの?あかちゃん、ぼくね、おにいちゃんだよ。はやくいっしょにあそぼうね」
その様子を帰宅したトニーは廊下で聞いていた。
もうすぐ出産予定日。
このまま何事もなく…無事に生まれてきてくれよ…。

数日後。大事を取り、入院していたペッパーが産気づいたのは、予定日よりも数日早い嵐の日だった。
分娩室で、トニーは苦しそうに顔を歪めるペッパーの手を握りしめていた。
「ペッパー、頑張れよ。ずっとそばにいるから…」
「トニー…も、もしもの時は…」
「馬鹿なことを言うな!大丈夫だ。君もこの子たちにも大丈夫だから…」

数十分後。先に大きな産声をあげて産まれたのは男の子だった。
「ペッパー、男の子だ。君によく似ているぞ」
「ほんと?よかった…げんき…に…ないて…」
ペッパーの目が閉じられ、握りしめていた手から力が抜けた。
「ペッパー?」
耳障りなモニターの音が分娩室に響き渡る。
「血圧が低下してます!」
「スタークさん、申し訳ありませんが下がってください」
医師たちがペッパーに処置を施すのをトニーは呆然と見つめていた。
「スタークさん、奥様は出血が酷く…。万が一の場合はお子様か奥様…」
そう言われても、トニーはどうすればいいのか分からなかった。ペッパーもそして子供も失いたくない。その一心だった。
「そんなこと…選べるわけないだろ!妻も子どもも…。頼む…両方救ってくれ…頼む…」
縋り付くトニーを部屋の隅に座らせると、医師は
「最善を尽くします」
と、双子のもう一人を取り出す準備を始めた。
そして、帝王切開で取り出された子どもは、女の子だった。
元気な産声を上げる女の子を見たトニーは、安心したように息を吐いた。
だが、ペッパーは…。

ピー

モニターが動かなくなり、無情な音が分娩室に響き渡った。
「スタークさん、残念ですが…」
(ペッパーが死んだだと?そんなはずない…。私をおいて死ぬなんて…そんなことあるはずないんだ…)
ふらふらと近づいたトニーは、ペッパーの身体を抱きしめた。
「おい、ペッパー。聞こえるか?死ぬな…。頼むから、私を置いていかないでくれ…頼む…」
頬をそっと撫でたトニーは、ペッパーにキスをした。
すると今まで反応がなかったモニターが微弱ながらも動きだした。
「ペッパー…」
再び慌ただしくなった室内で、トニーはペッパーの手を握り続けた。

新生児室へ運ばれた双子を、トニーはガラス越しに見つめていた。
男の子はペッパーに、そして女の子はトニーに似ており、元気に手足を動かしている。
そこへローディがエストとエリオットを連れてやって来た。
「パパ!」
「赤ちゃんは?」
エリオットを抱き上げたトニーは、エストの肩を抱き寄せると、ガラス越しに双子を指差した。
「あそこだ。弟と妹だ」
小さな弟と妹に、二人は大喜び。特に夢中になって見ているエリオットは、感嘆の声を上げっぱなしだ。
すると、双子を見ていたエストがトニーのシャツを引っ張った。
「パパ…ママは?」
姿を見せないばかりか、父親の口から大好きな母親の名前が出ないのに、さすがにエストは気付いたようだ。
「ママは…」
一瞬言葉に詰まったトニーだが、貼り付けたような笑みを浮かべた。
「ママは眠ってる。だから、まだ会えないんだ」
だが、親友の目に一瞬浮かんだ涙をローディは見逃さなかった。
「トニー…大丈夫か?」
「あぁ…」
親友の背中に手を置いたローディは、励ますように撫で続けた。
「トニー、ペッパーなら大丈夫だ。きっと助かる…」

ローディが子供達を連れて帰った後、トニーは新生児室に入って行った。
「抱いてもいいか?」
「えぇ、どうぞ」
椅子に座ったトニーは、産まれたばかりの双子を両腕に抱いた。息子と娘はトニーによく似た大きな瞳で、じっとトニーを見つめた。
「やぁ、君たちのパパだ。バタバタしてたから、ゆっくり話をするのは初めてだな」
しばらく視線をトニーに向けていた双子だが、心地よかったのだろう。すぐに眠ってしまった。
娘は自分に似てこげ茶色の瞳をしていたが…息子はペッパーの、オーシャンブルーの瞳だった。
(お前たちのママは、命がけでお前たちを産んだんだ…。早くママにも会いたいよな…)

眠り続けるペッパーのそばに座ったトニーは、手を握りしめた。
サイドテーブルをふと見ると、ペッパーの手帳が置いてある。勝手に見るのも気が引けたが、何かしていないと気が滅入りそうなトニーは、手帳を手に取った。
手帳にはぎっしりと書き込みがしてあった。ペッパーの仕事の予定だけではなく、家族全員の予定やエストとエリオットの成長の記録、そして、トニーの様子まで書いてあった。
『トニーがまた怪我をして戻ってきた。でも軽症でよかった』
『昨晩はトニーにたくさん愛されてわ。でも、首に跡が残ってたみたい。エストに見つかっちゃった。トニーに目立つところに付けないでって言わなきゃ』
「何だこれは。ペッパー、まるで子供の日記みたいじゃないか…」
思わず笑みを浮かべながらページをめくっていたトニーだが、何かが手帳の間から滑り落ちた。
「何だ?」
それは先日、ペッパーが入院する前に家族で撮った写真だった。
写真をペッパーの枕元に飾ったトニーは、足元に封筒が落ちているのに気付いた。拾いあげると、それは自分に宛てられた手紙だった。

『愛するトニーへ
あなたがこの手紙を読んでいるということは、私はきっと話せる状態じゃないってことよね。
きっとあなたは、決断を迫られたはず。私とお腹の子供たちのどちらかという決断を。トニー、私からのお願い。迷わず子供たちを選んで。きっとあなたは選べないと悩んでるわよね?でもね、絶対にこの子たちを選んで。この子たちには、無事に産まれて欲しいの。だって、大切なあなたとの子供よ?私が命を懸けてでも守りたい大切な命なの。私があなたに出会ったように、この子たちにも大切な誰かと素敵な恋をさせてあげたいの。私の最後の我儘よ。お願い、トニー。
それから、エストとエリオットに伝えて。ママはずっとあなたたちのそばにいると…愛してると伝えて。
トニー、ありがとう。私を愛してくれてありがとう。あなたに愛されて私は幸せだったわ。私はずっとあなたのそばにいるわ。私は永遠にあなただけのものよ…アンソニー…。
ありったけの愛を込めて…ペッパーより』

トニーの目から零れ落ちた涙で、手紙の文字が滲んでいく。
「ペッパー…ふざけるな。私を…いや、子供たちをおいていく気か?そんなこと、私が許さないぞ。頼む…戻って来てくれ…。君がいないと私はダメなんだ…頼む…ヴァージニア…」
ペッパーに抱きついたトニーは、声を押し殺して泣き続けた。

翌日、ローディに連れられ、エストとエリオットがやって来た。
「二人とも少し待っててくれ。トニーと話をしてくるから」
廊下に二人を座らせたローディは、そっと病室に入って行った。トニーはベッドサイドに座り、ペッパーの手を握りしめている。背後からそっと声を掛けるも、トニーは振り返らない。
「トニー…」
ローディがトニーの肩に触れると、トニーは黙ったままその手を掴んだ。
「エストとエリオットを連れてきたんだ。どうしてもペッパーに会いたいと言うから…」
「そうか…」
顔を上げ振り返ったトニーは憔悴しきっており、その目は涙が浮かび真っ赤だった。長年友人のローディですら、こんなトニーを見たのは初めてだった。
「おい、トニー…大丈夫か?」
「あぁ…」
涙で濡れた顔を拭ったトニーは、頬を叩くと立ち上がった。そして、大きく息を吸うと病室のドアを開けた。
「パパ」
トニーが姿を現すと、エリオットが嬉しそうに飛びついた。
「やぁ、エリ。いい子にしてたか?」
「うん!ねぇ、ママは?おっきした?」
「パパ…大丈夫?」
さすがにエストは何か感じ取ったのだろう。心配そうにトニーの腕を掴んだ。
「あぁ、大丈夫だ。二人ともママに会いに来たんだろ?残念だが、ママはまだ目を覚まさないんだ。でも、二人が来たから、慌てて起きるかもしれないな」
病室に入ると、エリオットはペッパーの元に駆け寄った。
「ママー!」
ペッパーの手を握ったエリオットは、久しぶりに会う母親の姿に大はしゃぎ。
「ねぇ、ママ。ぼくね、おにいちゃんになったよ。ママ、はやくおうちにかえろうね」
状況が分かっていないエリオットは、嬉しそうにペッパーに話しかけていた。
「ママ…」
だがエストは…。ペッパーの姿を見たエストは幼いながらに理解したのだろう。
トニーに抱きつくと、エリオットに気づかれないように、声を殺して泣き出した。
「エスト…。ママは…ペッパーは大丈夫だから…きっとすぐに目を覚ます…」
しばらく黙って抱きしめていたトニーだったが、エストが泣き止むと、子供達の頭を撫でた。
「そうだ、二人とも、弟と妹に会いに行くか?」
「いいの?」
顔を輝かせた子供達の手を取ると、ペッパーをローディに任せ、トニーは新生児室に向かった。

「あら、スタークさん。エストちゃんとエリくんも一緒なんですね。二人とも、抱っこしてみる?」
「いいの?」
「お姉ちゃんとお兄ちゃんに会いたがってたわよ」
椅子に座ったエストとエリは、早速双子を抱かせてもらった。
「かわいいね」
「ちっちゃい手ね、パパ!」
「そうだな」
自分たちよりも小さな手や柔らかな頬を突ついていた二人だが、目をキラキラさせたエリオットがトニーに尋ねた。
「ねぇ、パパ。あかちゃん、いつおうちにかえれるの?」
「もう少ししたら帰れるぞ」
「ぼくね、あかちゃんにね、おもちゃあげるの」
「そうか…」
嬉しそうに頷いたトニーにエストも尋ねた。
「パパ、名前は?」
「そうだな…早く決めないとかわいそうだな…」

エストとエリオットが帰ると、トニーは双子を連れて病室へ戻った。
眠り続けるペッパーのそばのベビーベッドに双子を寝かせたトニーがしばらくして覗くと、娘が目を覚ましていた。
「まずはお前からだ。ママに会いたいだろ?」
娘を抱き上げたトニーは、ペッパーの手を娘の小さな手に触れさせた。
「これが君のママだ。ペッパー、君はまだ会っていないが、この子が4番目の子供だ。名前はアビーでいいな?君も気に入っていた名前だ。それと、君の名前をもらうぞ?アビゲイル・ヘレン・スターク…。アビーだ」
小さなアビーの頬を触ると、彼女は手を動かしトニーの指に触れた。
アビーをベビーベッドに寝かせたトニーは、今度は息子を抱き上げた。そして、ペッパーに顔を見せながら話しかけた。
「ペッパー、この子は君にそっくりだ。君と同じく赤毛で、同じ色の瞳をして、ほら、顔だちも。名前は…どうしようか?前に話をしていた名前でいいか?」
その時、小さな手がペッパーの指を掴んだ。するとペッパーの瞼が震え、ゆっくりと目を開いたではないか。
「ペッパー!」
トニーが慌てて手を握ると、ペッパーは顔をトニーに向けた。
「ペッパー……分かるか?」
「とにー…」
「ペッパー…よかった…よかった…」
トニーの目から涙が溢れ出し、息子の顔に降り注いだ。まだよく見えぬ目を父親に向けた息子は、母親の指を握りしめた。
「あかちゃん…」
「二人とも無事に生まれた。ありがとう、ペッパー。君が頑張ってくれたおかげだ」
微笑んだペッパーは、息子に目を向けた。
「この子の…名前は?」
「ルーカスだったか?君が気に入っていたのは?」
「えぇ…あと、あなたの…名前…」
「ルーカス・アンソニー・スタークか?」
「すてきな…名前ね…」
ポロポロと大粒の涙を零すトニーの手をそっと握ったペッパーは、夫に笑顔を向けた。
「トニー…泣かないで。ルーカスが見てるわ…」
乱暴に目元を拭ったトニーは、鼻を啜った。
「泣いてない。エストとエリに連絡してくる。二人とも心配してるから…」
ペッパーにキスをしたトニーは、ルーカスをアビーの隣に寝かせると、飛び跳ねるように部屋を出て行った。

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双子誕生(9/18)。トニー51歳、ペッパー42歳

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