Toward The Future with you②

翌朝、ペッパーを起こさないように起き上がったトニーはラボへと向かった。呼吸するたびに胸が痛みうまく息が吸えない。何度も深呼吸をしながら何とかラボへたどり着いたトニーは、ふらつく身体を椅子へと沈めた。
「ジャーヴィス…スキャン…しろ…」
真っ青な顔をし、酷く辛そうな主人の身体をスキャンしながら、ジャーヴィスは主人に提案した。
『トニー様、病院へご連絡します。すぐに行かれ…』
だが、ゴホゴホと咳き込み始めたトニーには、その言葉は聞こえていなかった。くぐもった声を出し口を押えたトニーだが、真っ赤な血が口から噴き出した。
『トニー様!』
口と胸を押さえ立ち上がろうとしたトニーだが、鋭い痛みが胸部と腹部を襲い、小さく悲鳴を上げると床に崩れ落ちた。
すぐさま救急車を要請したジャーヴィスは、まだ眠っているペッパーを叩き起こした。
『ペッパー様!トニー様が!』

トニーが倒れたと知らされ、転がるようにラボへ向かったペッパーは、床の上に倒れていている夫に気がついた。
「トニー!!」
トニーは身体を丸め呻き声をあげている。額には大粒の汗を浮かべ、口からは血が零れ落ちており、飛び散った血で床は真っ赤になっているではないか。
騒ぎを聞きつけたエストとエリは、泣き出しそうなルーカスとアビーを抱きしめている。
「トニー!しっかりして!お願い…」
息が出来ないのだろうか、開いたトニーの口からは空気の漏れる音が聞こえている。焦点の合っていないトニーの目はしばらく彷徨っていたが、やがてペッパーの手を痛いほど握っていたトニーの手から力が抜けた。

「破片が移動しています。肺と内臓に刺さったようですが、心臓は到達していません」
「そうですか…」
レントゲンを示しながら医師からそう告げられたペッパーは、ひとまず命に別条はないと知り、ほっと息を吐いた。だが、医師は別の部位を指差した。
「どうやら数日間、リアクターが正常に作動していなかったようです。幸いと言うべきか、今回は破片が臓器に達しただけですが、破片は心臓のすぐそばまで迫っています。ですから、リアクターがこのまま動かなければ…。それに、今回のようなことがいつ起こるか分かりません。スタークさん、この機会に…」
医師の言いたいことは分かっている。それは、この十数年間ずっと言われていたこと…つまり破片を、そしてリアクターを除去するということ。トニーが拒み続けていたのには理由がある。手術は難しくリスクが高いため、もし失敗すれば命を絶たれ、二度と家族には会えないのだ。そしてもし成功しても、今までと同じ生活が出来るという保証もない。

トニーは何というかしら。大変な手術になることは分かっている。もしかしたら失敗するかもしれない…。でも、この機会に…。

麻酔の準備をされるトニーを見つめながら、ペッパーは決断した。
「主人と話せますか?」

たくさんの機器と酸素マスクを付けたトニーは、青白い顔をしてストレッチャーに横たわっていた。そばに跪き手を取ったペッパーは、トニーに呼びかけた。
「トニー…トニー、聞こえる?」
手を握り何度も呼びかけると、トニーは薄っすらと目を開いた。
「ぺ…ぱ…」
ペッパーの姿を見たトニーは、嬉しそうに目を細めた。汗の浮かんだ額に掛かる前髪を優しく掻き分けたペッパーは、ゆっくりと話し始めた。
「トニー、聞いて。あのね、リアクターが動いてなくて破片が移動したの。今回はね、肺と内臓を傷つけただけだったわ。でもね、またいつ今回みたいなことが起こるか分からない…。だがらね、この機会に…破片を全て除去しましょうかって…」
目をキュッと閉じたトニーは、再び目を開いたが、その瞳には涙とそして恐怖が浮かんでいる。
「しっぱ…い…した…ら…」
最悪なケースは考えたくない。考えればそれが現実になりそうだから…。首を振ったペッパーは、トニーに向かいにっこりと微笑みかけた。
「トニー、大丈夫。あなたなら大丈夫。あなたはトニー・スタークよ。アイアンマンでしょ?だから、絶対に成功するわ。それに、私と子供たちがそばにいるから…」
小さく頷いたトニーは、微かに口の端を上げた。
「わか…た…」
そして、ペッパーの手を弱々しい力だが握り返した。
「…あい…してる…」
「私もよ。愛してるわ、トニー」
トニーはゆっくりと目を閉じた。

手術室へ運ばれるトニーに付き添っていたペッパーだが、離れ離れになる前に、万感の思いを込めてトニーの額にキスをした。
(トニー、あなたは必ず戻って来れるわ…。待ってるから…)
「先生、お願いします」
と頭を下げたペッパーに、医師は力強く頷いた。

トニーが手術室へ入ってからすでに半日。控室にと用意された部屋では、まだ4つにもならないアビーとルーカスは部屋の中を走り回っていたが、しばらくすると遊び疲れて眠ってしまった。双子を寝かしつけたペッパーは、気が紛れることがなくなり、携帯を開いた。昨日撮ったトニーの写真をじっと見つめていたペッパーだが、写真の中のトニーは疲れきった顔をしている。どうして早く気が付いてあげられなかったのかしらと、後悔の念にかられたペッパーの目からは涙が一 粒零れ落ちた。
一言も発さず動かない母親を、エストとエリオットは心配そうに見つめている。
母親の両脇に腰を下ろした二人は、そっと声を掛けた。
「ママ…。パパは分かってたのね。だから昨日…」
俯いたエストは、声を絞り出した。
「ママ…パパがいなくなったらどうしよう…。私…」
それまで必死に堪えていたエストだが、堪えきれずにポロポロと涙を零し始めた。
「姉ちゃん…泣くなよ…姉ちゃんが泣くと…」
そう言うと、エリオットまでが声を上げて泣き始めた。
「大丈夫よ…トニーは…パパは強いんだから。それに、ママやあなたたちを置いて行ったりしないわ…だから大丈夫…」
泣き続ける娘と息子を抱きしめたペッパーは、零れ落ちそうになる涙をぐっと堪えた。

十時間以上にも及ぶ手術が終わったのは、すっかり日が暮れた頃だった。

「破片はすべて除去しました。リアクターがあった部位はプレートを埋めています」
リアクターとそして何十個もある大小さまざまな破片を見せられたペッパーたちは、思わず息を飲んだ。
「これがパパの身体の中にあったの?」
「パパ…」
いつも陽気で元気な父親が胸の中にこんな恐ろしい物を抱えていたなんて…と、言葉を失っている子供たちを抱き寄せたペッパーは、医師に頭を下げた。

病室は、消毒薬の臭いと無機質な音が響き渡っていた。たくさんのモニターやチューブや点滴に繋がれたトニーに駆け寄ったペッパーたちは、力のない手を握りしめた。
「パパ…」
子供たちは泣きながら父親に声をかけている。冷たい頬を撫でたペッパーは、唇を寄せそっと囁いた。
「トニー、みんなそばにいるわ。だから頑張って…」
子供たちは疲れきっている。駆けつけたハッピーに子供たちを任せたペッパーは、ベッドサイドの椅子に腰を下ろした。
そこへ、やって来たのはローディ。国外にいたローディは、大急ぎで仕事を片付けると病院へ駆けつけたのだった。
「ペッパー!トニーは…」
「さっき手術が終わったの。トニー、ローディが来てくれたわよ…」
ペッパーに言われトニーに近寄ったローディは、潤んだ瞳を隠すように目をギュっと閉じた。
「数日は麻酔で眠らせておくそうよ。目が覚めても痛みが強いだろうからって…。あと、合併症にも注意が必要だと言われたわ…」
「そうか…」
トニーの頬を撫でているペッパーは疲れきった顔をしている。
「疲れてるだろ?今日は俺が付きそうよ。子供たちもいるし、家に帰った方がいい。何かあればすぐに知らせるから」
そうローディに言われたペッパーは、その言葉に甘えて一度家に戻ることにした。

家に帰ると、まだ起きていた子供たちが一斉に駆け寄って来た。
「パパは?いつおうちにかえってくるの?」
アビーとルーカスも、おそらくエストとエリオットが話をしたのだろう。父親に大変なことが起きたとようやく理解したようだ。だが、いつ退院できるか…元通りの生活ができるかなど分からないのだ。
不安そうな子供たちを抱きしめたペッパーは、笑みを作った。
「パパは病院で頑張ってるわ。だからみんなでお祈りしましょ?パパが早く元気になりますようにって…」
「うん!」

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