Toward The Future with you④

翌朝、朝食の時間に間に合うようにと病室へ向かったペッパーがノックしようとした時だった。部屋の中からトニーが悪態をつくのが聞こえ、ドアの隙間からそっと中を覗いた。ベッドを起こしたトニーは朝食を食べようとした。フォークを使い果物を食べようとしているのだが、手に力が入らないのだろう。手が震えうまく食べられない。
「言うこときけ!」
右手を振ったトニーはイライラと声を荒げた。だが、震える右手はフォークですらも掴むことが出来ないようだ。何度か挑戦していたトニーだったが、やがてフォークを使うことを諦め、果物を手で摘み口に放り込んだ。残りの食事は手掴みでは無理。チラリと見たトニーはコップを取ろうと両手を同時に動かした。だが痛みのためだろう。小さく悲鳴を上げるとベッドに身を沈め目を閉じた。トニーの目から零れ落ちた涙が、静かに頬を伝わり落ちた。
「トニー…」
全身を襲い続ける痛み、そして身体が動かないジレンマ。
彼の気持ちは痛いほど分かる。だって、彼は私の一部だもの…。
じわっと浮かんだ涙を拭うと、ペッパーは深呼吸をしドアをノックした。
「トニー、おはよ。気分はどう?」
ペッパーはわざと明るい声で声をかけた。
「ハニー、おはよう。まずまずだ」
トニーも先ほどまでの沈み込んでいた様子とは打って変わり、わざとらしいくらいの笑顔を浮かべた。
やはり食事にはほとんど手をつけていない。
「食べないの?手伝うわよ?」
一応聞いてみたものの、トニーは相変わらず笑みを浮かべたままだ。
「いや、腹は空いてないんだ」
「そう…」
そう言われると、ペッパーは何も言えなかった。
彼の好きな物を持ってきてもいいのだが、まだ許可が下りていないのだから、勝手にというわけにもいかないだろう。
「アビーとルーカスは大丈夫か?」
トニーとしても気がかりなのは、やはり年の小さな双子のことなのだろう。
「えぇ。でも、みんな、パパに会いたいってずっと言ってるわよ。夕方、連れてくるわね?」
「あぁ…だが…」
トニーが何か言いかけたその時、タイミング悪くナースがやって来た。
血圧を測ったり点滴を替え終わった後、ナースはトニーに笑顔を向けた。
「スタークさん、起きてみましょうか?」
ベッドを起こしたナースは、二人がかりでトニーの身体を起こした。ベッドの淵に支えられながらも座ったトニーは、ペッパーの手に捕まるとベッドサイドに置かれたリクライニングチェアに座った。
「無理なさらずに、辛くなったら仰ってくださいね」
「あぁ…」

目を閉じ椅子にもたれかかったトニーは口を閉じてしまった。頬は落ち顔色は悪い。辛いのか肩で息をしているのに、トニーは一言も弱音を吐こうとしなかった。
(ねぇ…私には弱音を吐いてくれていいのよ?)
そう思ったが、本人が言おうとしないのだからどうすることも出来ない。
胸につけたモニターの音と、鼻に入れたチューブから漏れ出る酸素の音だけが静かな病室に響いている。
「トニー、何か欲しい物があったら…」
何かきっかけを…と口に出した言葉は、トニーの言葉に遮られた。
「いや、ない」
そういうと黙ってしまったトニーだが、チラリとペッパーの様子を伺うと、彼女は俯き肩を落としているではないか。
(心配かけまいとしているのに、逆に心配をかけているようだな…)
気づかれないように息を吸ったトニーは、明るい口調で言った。
「ハニー、一つあった。今すぐ欲しい物が…」
トニーの声に顔を上げたペッパーは、目を輝かせた。
「何が欲しいの?すぐに買ってくるわ」
立ち上がったペッパーを手招きしたトニーは唇を突き出した。
「キスしてくれ」
何を言い出すのかと思いきや、トニーらしい要望に、クスッと笑ったペッパーはトニーの頬を両手で包み込んだ。
「いいわよ。とびっきりのキスをあげるわ」
顔を近づけたペッパーは、トニーの唇を奪った。あの日…トニーが倒れて以来の口づけを味わうように二人は唇を合わせ続けた。そして、いつものようにペッパーの身体を抱きしめようと腕を回したトニーだが、思うように腕が上がらないばかりか胸部に激痛が走り、トニーは唇の間から苦痛に満ちた声を上げた。
「大丈夫?」
背中を丸めて痛がるトニーは脂汗をかいている。背中をそっと摩るペッパーにトニーはポツリと呟いた。
「情けないな…。一人で立つことも食事もできない…。それに、君を抱きしめることはおろか、触れることも出来ないんだから…」
それまで必死で耐えていたトニーだったが、限界だったのだろう。俯いたトニーの目から涙が一粒零れ落ちた。
「トニー、大丈夫よ。まだ手術したばかりですもの。すぐに良くなるわ」
励ましてみたものの、すぐに良くなる保証はないのだ。退院してもしばらくは、生活にも制限が出るだろう。それが分かっているトニーは、小さく首を振った。
「…元に戻らなかったらどうするんだ?今までのような生活ができなかったら?この息苦しいのは治るのか?もし治らなかったら、子供たちと走り回ることもできない…。それに、腕は上がらないし、手にスプーンを持つこともできない…。あの子たちを抱き上げることすら出来ないばかりか、日常生活だってまともに送れない…。こんな状態じゃあ、君に迷惑をかけるだけだ…。ペッパー…怖いんだ…。もう元に戻れないかもしれないと思うと…」
手術を受けて以来、初めてペッパーに零した彼の本音。小さく震える背中をそっと抱きしめたペッパーは、夫の頭を抱え込んだ。
「そんなことないわ。大丈夫。あなたはきっとすぐに元気になるわ。何があっても私がそばにいるわ。それに、子供たちもよ。あなたが元気になるまで、ずっと支えるから…。だからそんなこと言わないで…」
ペッパーの胸元に顔を埋めたトニーは、黙ったまま何度も頷いた。

しばらく抱き合っていた二人だが、ペッパーが口を開いた。
「元気になったらしたいことがたくさんあるでしょ?」
「あぁ…」
かすれた声を出したトニーの頬をペッパーはそっと撫でた。
「ねぇ、何がしたい?」
そう聞かれたトニーは、一瞬遠い目をしたが、すぐにペッパーの瞳を見つめ直した。
「そうだな…。休暇が欲しい。君と子供たちに迷惑かけた分、みんなでどこか遠くへ行きたい」
「そうね。どこがいいかしら?」
そばの椅子に座ったペッパーは、トニーの手を握りしめると笑みを浮かべた。

しばらく話をしていた二人だが、トニーが咳き込み始めた。
「トニー、もう休みましょ?」
ペッパーに助けられながらベッドへ横たわったトニーは、辛そうに眉間にシワを寄せた。
すっかり痩せ細ってしまった身体を抱きしめたペッパーは、零れ落ちそうになる涙をグッと堪えると、笑顔を作った。
「夕方、子供たちを連れてくるわね。あの子たち、あなたに何か作ったみたいなの」
「あぁ…。楽しみに…してる…」
大きく息をしていたトニーだったが、息を吸い込むと目を閉じた。額に浮かんだ汗をペッパーが拭っていると、トニーは囁くように呟いた。
「ペッパー…ありがとう…」
「お礼なんてよして。だって、私たちは夫婦なのよ?あなたが辛い時にそばにいるのは当たり前よ」
頬に触れる程度のキスをすると、トニーは嬉しそうに笑みを浮かべたのだった。

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