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Stark’s gene②

『エスト様、エリオット様、機会を伺ってあなた達を脱出させます』
車のエンジンを掛けたジャーヴィスは、主人の命令通り、子供たちを脱出させようと機会を伺っていた。
「でも…パパがまだいるわ!」
『ですが、エスト様とエリオット様を無事に脱出させるのが、トニー様…お父様のご命令ですので』
喚く子供たちを諭すようにジャーヴィスは告げたが、子供たちには通用するはずがない。
「ジャーヴィス!ドアを開けて!このままだとパパが死んじゃうわ!」
『ですが…』
ガチャガチャとドアを開けようとするエストに、ジャーヴィスは迷った。主人の命令通り、アベンジャーズに救援を求めた。後は子供たちを脱出させるだけなのだが、2人はトニー・スタークの子供だ。スタークの遺伝子を引き継いだ子供たちは、これまで大人が思いつかないような奇想天外なことをやって来た。だからもしかしたら、この2人なら、父親を助ける手段を知っているかもしれない…と。
「じゃーびす、パパ、しんじゃうの?」
泣き出したエリオットにジャーヴィスは決意した。この2人にかけてみようと…。
ジャーヴィスがドアのロックを解除するや否や、車のドアを開けたエストは、モニターの前に向かった。
「ジャーヴィス!パパは?!」
モニターに映し出されたのは、プールサイドに倒れている父親の姿だった。全身血塗れの父親が立ち上がろうとする度に、複数のドローンは父親の身体を痛めつけている。
「パパ!」
目に涙を溜めたエリオットは、涙を拭うとキョロキョロと辺りを見渡した。
彼の目に入ったのは、アイアンマン。
アイアンマンならきっと父親を助けてくれる。そう考えたエリオットは、アイアンマンを指差すと、姉の服の裾を引っ張った。
「ねーね、アイアンマン!」
チラリと視線を弟に送ったエストは、イラついたように手を振った。
アイアンマンがいればドローンを退治してくれることはとっくに分かっている。だが残念ながら、あれは父親にしか操作できないのだ。ましてや、子供の自分たちがアーマーを装着して戦えるはずもない。
「分かってるわよ!でも、あれはパパしか着れないの!」
『エスト様、応援を要請しております。バートン様があと10分で到着されます』
「10分も…」
今すぐにでも父親を助けたいのに、幼い自分たちは何も出来ない…。エストは唇を噛み締めると、モニターを見つめた。

一方のトニーは、援護がくるまで持ちこたえようと踏ん張っていたが、相手は10体はいるであろうドローン。加えてこちらはアーマーも着ておらず、武器も持っていない生身。到底敵う訳もなく、トニーはただひたすらに痛めつけられていた。
「くっ…!」
先ほどから蹴られ続けている身体から、またボキっと嫌な音がした。もう何度聞いたか分からない音と共に、胸に激痛が走り、トニーは喘ぐように息を吸った。
それでも子供たちのいるラボへドローンを近づけてはならない考えたトニーは、
「おい…そんなもんか?」
と挑発するようにせせら笑いを浮かべたが、腹に一撃を食らった彼は、ゴホっと鮮血を吐き出した。

ドローンは攻撃の手を緩めることがなく、ぼんやりし始めたトニーだが、彼の頭には子供たちが無事に脱出したかということしかなかった。
(エスト…エリ…早く…)

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Stark’s gene①

トニー・スタークに困ったファンレターやら脅迫状が届くのは日常茶飯事なのだが、今回は違った。狙われたのはあろうことかスターク夫妻の子供達。
長女のエストが幼稚園で遊ぶ様子や、長男のエリオットが母親であるペッパーと買い物に行く様子を撮影した写真と共に送られきた『スタークの血筋は断たねばならぬ。抹殺あるのみ。覚悟しろ』というメッセージは、いくら分析しても何の手がかりも見つからなかった。
『外に出れば狙われる』と考えた2人はほとぼりが冷めるまでは…と、子供たちを片時も離さず、セキュリティを強化させた家に閉じこもった。

そんなある日、ペッパーがD.C.に出張に行くことになった。トニーや子供たちと離れたくないが、仕事は仕事だ。それに一緒にD.C.に行けば、危険な目に遭う可能性もある。ということで、子供たちはトニーとマリブの家に留守番、ペッパーはハッピーを護衛にD.C.へ行くことになった。
出発の朝、玄関まで見送りに来た子供たちをそれぞれ抱きしめたペッパーは、心配そうなトニーにキスをすると抱きついた。
「大丈夫よ、トニー。ハッピーがいるわ。それよりあなたこそ気をつけて」
「あぁ、何かあればすぐ連絡しろ」
妻をギュッと抱きしめたトニーは、後ろに控える頼れるボディーガード兼友人に向かって頷いた。
「ハッピー、頼んだぞ」

***
昼食を食べ、トニーはリビングで子供たちに本を読み聞かせていた。
「パパ、お外で遊んでいい?」
幼稚園にも行けないばかりか、家の庭でも遊べない。大好きな両親と四六時中一緒にいることができるのは嬉しいが、外で遊ぶことも大好きなエストは、この一週間、閉じこもってばかりの状況に少々飽きていた。
眉を吊り上げたトニーは絵本を閉じると首を振った。
「ダメだ。話しただろ?しばらく家の中からは出られないんだ」
唇を尖らせたエストは立ち上がると、可愛らしく小首を傾げた。
「パパ、プールもダメ?」
娘の仕草は母親であるペッパーそっくりで、可愛らしい娘のお願いに思わず許可しそうになったトニーだが、今は状況が状況なのだ。
「ダメだ。諦めろ」
いつになく仏頂面で答える父親に頬を膨らませたエストは、せめて外の景色を眺めようと、窓際へと向かった。
「パパ、これよんで」
膝の上によじ登ってきた息子の手には、アベンジャーズの絵本。
「エスト、あまり窓際に行くなよ」
娘に声を掛けたトニーは、声色を変えて絵本を読み始めた。

「パパ!見て!」
しばらくして、窓の外を見ていたエストが大声を上げた。
顔を上げたトニーは、娘が指差している物の正体に気付くと顔色を変えた。
窓の外には複数のドローン。そしてドローンは自分たちの方へ向かってくるではないか。
「エスト!」
息子を抱きかかえ窓際に走ったトニーは娘の手を引っ張ると、窓から遠ざかるように走り出した。と同時にドローンが発射したミサイルが室内へ突っ込んできた。
背後から爆風に襲われたトニーは、子供達を守るように身を屈めたが、床に叩きつけられた。
(とにかく子供達を安全な場所に…)
腕の中ではエストとエリオットが泣いている。泣きながらしがみついてくる子供達を安心させるように、トニーは頭にキスをした。
「大丈夫だ。パパがいる」
力強いその言葉に、2人は泣き止むと父親に抱きついた。
立ち上がろうとしたトニーだが、どういう訳だか足が動かない。見ると、足の上には瓦礫が積み重なっている。しかも厄介なことに、左の大腿部にはガラスが深々と刺さっており、止めどなく血が溢れているではないか。
(早くこの子たちを逃がさなければ…)
次々と室内に侵入してくるドローン。もはや一刻の猶予もない。
「J!コード・レッドだ!用意しろ!」
ジャーヴィスに命じたトニーは、何とか瓦礫を取り除くと子供たちを抱き上げラボへと向かった。

「J!子供達を頼むぞ!」
二人を車に押し込んだトニーだが、痛みと出血のため顔を顰めると、その場に膝をついた。青い顔をし脂汗をかいた父親の足元には血溜りが出来ており、エストは顔色を変えた。
「パパ!けがしてるわ!」
手を伸ばそうとしてきた娘を押しとどめたトニーは、痛みを追い払うかのように頭を何度か振った。
「いいか、ジャーヴィスの言うことをよく聞くんだ。絶対にここから動くな!」
二人にキスをしたトニーは、自分のことを求める子供たちの声を遮るかのように、車のドアを閉めた。

アーマーを装着しようと格納庫へ向かったトニーだが、背後に何かいることに気付き振り返った。
相手は機械。気配がない上に、子供たちのことで頭がいっぱいだったトニーが気付かなかったのは当然かもしれないが、ぴったりと背後に立つドローンに、注意散漫だったのは自分せいだと、トニーは思わず舌打ちした。
「J!マーク…」
ジャーヴィスにアーマーを用意させるよりも、ドローンの方が早かった。ドローンはトニーの首を掴むとラボを飛び出した。

リビングエリアまで来ると、ドローンはトニーの体を床に叩き付けた。リビングは破壊され、瓦礫の散乱する床でトニーは嫌という程背中を打った。
「っ!」
(こうなったら、子供たちが脱出するまで、こいつらの注意を引きつけておくしかない)
何か武器になるものはないだろうかと頭を持ち上げたトニーだが、その頭を掴んだドローンは、トニーが呻き声を上げるのを楽しむかのように、床に何度も叩き付けた。
(成程…狙いは私一人ということか…)
そうなれば、ジャーヴィスが呼んだであろう援護が来るまで、持ちこたえれることを祈るしかない。
だが、ドローンは立ち上がろうとしたトニーを持ち上げると、窓の外に向かって放り投げた。

②へ…

2 人がいいねと言っています。

Blood will tell.

スタイルも良く可愛らしく、それに加えて学校一の天才と名高いエステファニア・マリア・スタークはファンクラブまで密かに結成される程の人気だ。今までに告白されたことは星の数。おそらく父親に似たのだろう、エストは非常にモテた。だが、当の本人は異性に興味がないらしく、『ミス・スタークは告白しても玉砕する、アベンジャーズタワー並の高嶺の花』と、彼女はLA中で有名だった。

ある日の放課後。友達と市内に出来たカフェに行く約束をしていたエストは、学校の門の外で待っていたのだが、そこへ他校の男子学生が近づいてきた。その男子生徒は、今までの経験からすると、おそらく自分に告白しにきたのだろう。
(また?もう…嫌になっちゃう!)
自分はモテると思っているのだろうか、髪形を気にし、笑みを浮かべながら近づいてくる男子生徒は、エストのタイプとは正反対だったのだ。
馴れ馴れしく近寄って来たその男子生徒は、キリアンと名乗った。
「スタークさん、付き合って下さい!」
「ごめんなさい」
ものの1秒ほどで返ってきたありえない程俊敏な返答に、余程自信があったのか、キリアンはしばらく呆然としていたが、やがてすごすごと帰って行った。
そこへやって来たのは待ち人である友達。彼女たちは先程のやり取りを最初から遠目で見ていたので、エストが彼をこっぴどく振るところを目撃していたのだ。
「エスト、あの子、隣の学校の超人気の男の子なのよ?!」
「どうして断るの?」
非難めいた口調で矢継ぎ早に叫ぶ友達を見渡すと、エストはくるりと目を回した。
「だって、タイプじゃないもん」
毎回こうなのだ。『タイプじゃない』と、言い寄る相手をこっぴどく振るのがエスト。一度たりとも告白を受け入れたことがないエストだが、果たして彼女の理想のタイプは一体誰なのだろうかと、気になった彼女の友人はこれを機会にと尋ねてみることにした。
「エストのタイプって?」
「パパ!」
これまたあり得ない程俊敏に返って来た答えに、理想は芸能人の名前が挙がるだろうと予想していた友達はみな目を白黒させた。
「え?」
口をポカンと開けている友達に気付いていないのか、エストは目をキラキラさせている。
「パパみたいに、頭が良くてカッコよくて、それから一緒にいると楽しい人。私ね、パパとママみたいな夫婦になりたいの。パパと一緒にいる時のママって、とっても幸せそうなの。それにね、パパにキスしてもらうと、ママはどんなに疲れていても元気になるんだって!だから私もパパみたいな人と結婚して、ママみたいに幸せになりたいの」
両親を思い浮かべているのか、うっとりとしているエストをしばらくポカンと見ていた友達だったが、一人が笑い始めたのを契機に、その場は爆笑の渦に包まれた。
「…何で笑うのよ…」
どうして友達が笑っているのか理解できないエストは、悲しそうに口を尖らせた。
「そりゃ、あんたのパパみたいな人はそうそういないわよ…」
「現実を見なさい」
頭はいいのにこういうことには疎いエストに苦笑した友達は、彼女の背中をポンっと叩くと、まだ口を尖らせているエストの手を引っ張りカフェへと向かった。

***
帰宅するや否やキッチンへ向かったエストは母親の姿を見つけると、カバンを放り投げ椅子に座った。
「ねぇ、ママ。聞いていい?」
「何?」
いつもなら真っ先におやつを要求する娘が、やけに真剣な面持ちで自分を見つめている。それでもおやつのドーナツを用意したペッパーは、娘の正面に腰を下ろした。
「あのね。どうしてママはパパと結婚したの?」
突然どうしたのかしら…と思ったペッパーだが、幼い頃から好奇心旺盛なエストなのだから、いつもの好奇心かと思い、ペッパーは言葉を選びながら話し始めた。
「そうねぇ…。一言で言うと、パパがママにとって必要不可欠だったからね。それはパパも同じでしょうけど」
結婚指輪に触れたペッパーは、不思議そうな顔をしている娘に笑みを向けた。
「ママは昔、パパの秘書だったって話したわよね?あの頃のパパは自分で靴紐も結べないような人だったの。ママの方が随分年下なのに、パパの方が子供みたいだったわ。あ、今もそうだけどね。その頃からずっとママはパパの面倒をみなきゃって思ってたの。でもね、パパはいざとなったらいつもママのことを守ってくれた。どこにいても必ずママのことを助けてくれたの。パパもママもお互いに好きだったのに、自分の気持ちに素直になれなくて、何年も経ってしまったわ。でもその間に、パパとママはお互いのことを自分のこと以上に知ることができたの。素直になれたのは突然のことだったわ。今思えば、お互いに我慢の限界を超えていたんだと思うけど。その時、ママは思ったの。トニーがそばにいて支えてくれるから、私は頑張れるんだって。それはパパも同じだったの。だからパパとママは結婚して、お互いにずっと支えていこうって決めたのよ」
両親がお互いの存在を自分以上に大切に思っていることは、幼少時から知っているが、直接言葉で聞いたことはなかったため、エストはひどく感心してしまった。
「ふーん…」
頬杖を付き浮かない顔のエストにピンときたペッパーは、にんまりと笑った。
「好きな子でもできたの?」
母親の言葉に我に返ったエストは、慌てたように首をブンブンと振った。
「ち、違うわよ!また告白されたの。キリアンっていう人」
ため息を付いたエストは口を尖らせると、俯き加減に話し始めた。
「でも全然タイプじゃなかったから断ったの。そしたらね、友達がもったいないって。その子は人気者だから、付き合った方がいいって言うの。だから私ね、パパみたいな人じゃないと付き合わないって言ったの。そしたらみんな笑ったの…」
その時のやり取りを思い出したのか、エストの大きな目から涙が一粒零れ落ちた。
(この子もそういうことを考える年頃になったってことかしら…)
娘の成長が嬉しい反面、ちょっぴり寂しさも感じたペッパーだが、母親としてアドバイスしようと、娘の背中を撫でた。
「エスト、あなたがそばにいたいと思う人が現れるまで、そのままでいいのよ。周りの人がどう言おうが、あなたはあなたなんだから。でもね、お友達から始めてみるのも一つの方法よ。お互いのことを知ったうえで、それからどうするかはあなたが決めればいいんだから」
母親の言葉に首を傾げたエストは、不思議そうな顔をしている。
「そういうものなの?」
クスっと笑ったペッパーは、娘の頭を軽く撫でた。
「どうかしらねぇ。人の気持ちなんて変わるものだから」
父親とのことを思い出しているのだろうか、母親はとても幸せそうで、エストはもやもやした気持ちが吹き飛んだ気がした。

その後、学校での出来事を喋り続ける娘の話を聞いていたペッパーだが、ふと思い出したように唇に指を当てた。
「それにしても、あなたが告白されてるって知ったら、パパは卒倒するわね」
「え?どうして?」
突然父親の話題になり、エストは身を乗り出した。
「パパはあなたが生まれた日にね、あなたを抱っこして、大事な娘を知らない男に取られる!って将来のことを早速妄想してたから」
その時の父親の様子を想像しているのだろうか、ニヤニヤとしている娘の姿に苦笑したペッパーだが、ふと気付いた。
キリアンって、聞き覚えがあるわね…と。
だが、どこで聞いたのか思い出せる訳もなく、紅茶でも用意しようとペッパーは立ち上がった。

※エストがモテル話。キリアンくんはこの後も出てくる予定です。

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Birth Class

「やっと参加できるぞ!」
そう叫んだトニーは嬉しそうに笑うと、大きくなったお腹を撫でながら微笑むペッパーの手を繋ぎ、部屋へと入って行った。

今日はバースクラス。
今までペッパーは出産の準備のために受講していたが、トニーは忙しく一緒に参加できなかったのだ。だが、出産が間近なのだ。何が何でも出席しようと、トニーは大切な会議を延期させ、フューリーの頼みを断り、今日ようやく参加することができたのだ。
だが…。
『トニー・スタークがバースクラスに現れた!』
部屋に入ってきたスターク夫妻の姿…いや、特にトニー・スタークの登場に他の母親たちは色めきたった。そして付き添いで来ていた父親たちは、毎回目の保養だと楽しみにしていたペッパーが今日は旦那付きではないかと、がっくりと肩を落とした。
そんな周囲の反応を諸共せず、部屋の中を見渡したトニーはふんっと鼻を鳴らした。
「おい、ペッパー。今日は何をするんだ?」
「今日は赤ちゃんのおむつ交換と入浴のさせ方よ。それから…」
何か言いかけたペッパーだが、タイミング悪くバースクラスの担当者がやって来た。
いつも一人で参加しているペッパーの横に、夫であるトニーがいることに気付いた彼女は顔を輝かせた。
「あら?スタークさん、今日はご主人と一緒なんですね?」
「えぇ。そうな…」
ペッパーの言葉を遮るように立ち上がったトニーは、白い歯を見せ笑いかけた。
「初めてお目にかかる。ペッパーの夫のトニー・スタークだ。妻が毎回世話になっているようだな」
普通に挨拶しただけなのに、トニーの笑顔に頭がクラクラした担当者は、その場に卒倒してしまった。

「どうして倒れたんだ?」
自分はいつものように挨拶しただけだと首を傾げるトニーにペッパーは苦笑い。
と言うのも、先ほど倒れた担当者はトニーの大ファンだったらしく、ペッパーと顔を合わせる度に『ご主人はいつ来られるんですか?!』と楽しみにしていたからだ。

結局担当者は不在、代理を呼ぼうにも人が足りないらしく、今日のバースクラスは中止になってしまった。
「折角参加できると思っていたのに」
頬を膨らませたトニーにキスをしたペッパーは、彼の手をそっと握りしめた。
「仕方ないわ。来月また参加しましょ?それに、家でも練習できるから」
「そうだな」
ペッパーの肩を抱き寄せたトニーは車に向かって歩き始めたのだが、ふと先ほどペッパーが言いかけた言葉が気になった。
「ところで、今日のクラスはおむつ交換と入浴と、それから何をする予定だったんだ?」
「…何だったかしら?と言おうとしていたの」
一瞬間があったのは気になるが、ペッパーが忘れるくらいなのだから大したことではないのだろう。
そう考えたトニーは助手席にペッパーが座るとドアを閉め、いそいそと運転席へ向かった。
だがペッパーは、今日のクラスのもう一つの課題…すなわち『離乳食の作り方』を思い浮かべると、その場が大惨事にならなくてすんだわ…と、ペッパーはこっそりと汗を拭った。

【7ヶ月のペッパー。】

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Last Kiss

別れの瞬間が近づいている。
何度も修羅場を乗り越えてきた強靭な彼ですら追い払えない闇。

家族で集まっていた時に倒れ、病院へ運ばれた彼。
「二、三日がヤマです。覚悟して下さい」
そう告げられたけど、目を覚ますと普段と変わらず軽口を叩く彼の姿に、私は未だ覚悟を決められずにいた。

ここ数か月、自分の限界を感じていたが、いざ別れを告げるとなると彼女の悲しむ姿がちらつき、何とか自分を奮い立たせてきた。
気を失い倒れたところを何度も子供たちに見つかったが、彼女には言うなと固く口止めをし、ごまかしてきた。
今まで何度も永遠の闇に飲まれそうになってきたが、その度に何とか這い上がってきたんだ。しかし今度は違う。どう抗おうと、老いという波に立ち向かう術はないのだから…。
ヒーローはとうに引退し、会社も子供が立派に後を継いでくれている。
唯一の心残りは、彼女を残して逝かなければならないことだけ。だが、彼女を一緒に連れて行くことはできない。彼女には残された時間がまだあるのだから。それを奪う権利は私にはない。

「ねぇ、パパ…。ママのことは大丈夫だから。ずっと大事にするから…。心配しないでね…」
子供たちに何度も言われた言葉。
「ママを守れるのはパパだけなんだからな」
と、かわしていたが、実際彼女と離れる覚悟ができていないのは、私のほうなのかもしれない…。

彼のたっての願いで、自宅に戻ってきたけれど、「疲れた…」と言って彼はすぐに眠ってしまった。
病院で子供たちが泣きながら教えてくれた。
「ママには言うなって言われていたけど…パパ、何ヶ月も前からずっと具合が悪かったの…。でも、今自分が急にいなくなると、ママが悲しむからって…。ママ にまだありがとうって伝えきれてないから…もうちょっと頑張るって…。ごめんなさい…パパに怒られてでも、もっと早くママには言うべきだった…。ごめんなさい…。」
きっと彼は分かっている。別れの瞬間がもうすぐだということを…。
眠り続ける彼の頬をそっと撫でながら、私は彼に語りかけた。
「ねぇ、覚えてる?初めて出会った時のこと。あの時、あなたって本当にステキだったわ。あの頃のあなたは本心を隠していたけど、きっとあの頃から私たち、同じ気持ちだったのよね…。だから喧嘩もたくさんしたけれど、あなたと結ばれて、結婚して子供にも恵まれて…あなたと人生を歩んでこられて幸せだったわ…。トニー、ありがとう。私を愛してくれてありがとう。私は大丈夫だから。今まであなたにたくさんの愛を貰ったから。だからもう頑張らなくていいから…」
涙が止まらない。彼の大好きな笑顔で送り出してあげようと思っていたのに…。
頬を伝い次々と流れ落ちる涙が、彼の顔を雨のように濡らしていった。

顔に冷たい物を感じ目を開ける。指先を伸ばすも、掴むは空気のみ。彼女の声を…彼女が語る声を聞いた気がしたのだが…。夢だったのか…。
「ペッパー…」
掠れた声で名前を呼ぶと、手に温もりを感じた。
「トニー、何?」
目に涙をためた彼女の顔は、年月を重ねたと言えど、出会った時と変わらず美しい。
涙に濡れた頬を撫で、唇にキスを落とす。柔らかく甘いその感触は、いつも私の安らぎであり支えだった。
別れの時が来たようだ…その一言を言えず
「何でもない、ただ呼んだだけだ…」
と答える。
「あら?何か用事があったから呼んだんでしょ?」
涙を流しながらもクスクスと笑う彼女。最後に笑顔が見られたことに安堵し、彼女は大丈夫だと確信した私は、やっと決心が付いた。
「ペッパー…。これを…君に…預けておくよ。私の一部を…。今度会う時まで預かっておいてくれ…」
胸元のリアクターを指さすと彼女の目には新たに涙が溜まり始めた。
「トニー…」
涙をポロポロと零し泣き崩れたペッパーを抱きしめると、彼女は胸元に顔を押し付け必死で泣き声を堪えようとした。
「泣くな、ペッパー…。君が泣くと決心が揺らぐから…。今までありがとう…。ずっと側にいてくれてありがとう…。ペッパー…君と出逢えて…君から愛をもらえて幸せだったよ…」
「トニー…また逢える?」
いつも私を見つめていた真っ直ぐな瞳を…そして彼女の顔や姿全てを目に焼き付けるようにじっと見つめる。
「あぁ…待ってるよ…ペッパー…」
別れの瞬間は彼女の腕の中で迎えたい…彼女を横たえ抱きしめると、リアクターを外して枕元に置いた。そして耳元で別れの言葉の代わりにそっと囁いた。
「永遠に愛してるよ…ペッパー…」

出会った頃と変わらない少年のような瞳がゆっくりと閉じられた。口元に笑みを浮かべた彼の顔を撫でる。
「トニー…私が逝くまで待っててね…。」
冷たくなった唇にキスをそっと落とすと、『あまり急いで来るなよ…』と彼の声が聞こえた気がした。

***

一人には大きすぎるベッド。隣に大きな温もりを感じなくなって早数年。毎朝温もりを求めて指先を伸ばすも、その指先が触れ合うことは決してない。
今朝も彼の遺した物を抱きしめ、右手を彷徨わせる。
すると…指先が懐かしい温もりに触れ合った。目を開けるとそこには懐かしい彼の姿。
「やあ、ハニー。遅かったな…」
初めて思いが通じ合った頃の姿をした彼の胸に飛び込むと、胸にポッカリと空いた穴がふさがった気がした。
「何でもっと早く迎えに来てくれなかったの?」
彼の胸元をポンと押し軽く睨むと
「こっちにも段取りがあるんだよ」
と、苦笑い。
「それより、預けていた物は持ってきてくれたか?」
胸元を指す彼の手に、大事に預かっていた物をそっとのせる。
「これでしょ?ずっと大事に持っていたんだから…」
リアクターをはめ、私の手を取った彼は
「これで完璧だ。リアクターに…そしてペッパーがいるからな…」
そう言うとゆっくりと歩き出した。
「ねぇ、浮気してなかった?」
腕を絡め聞くと
「知ってるだろ?私は君一筋だって。それに君を見守るのに忙しくて、浮気する暇がなかった。」
彼はニヤリと笑い唇にキスを落とした。そんな仕草も懐かしく嬉しくなった私は彼にギュッと抱きついた。
「トニー、また愛してくれるわよね?」
「ああ、ペッパー。これからはずっと…永遠に一緒だ…。時間はたっぷりあるよ…」

離れていた時間を埋めるようにぎゅっと抱き合い、熱いキスを交わす二人を優しい光が包んだ。

***
トニペパ死ネタ。ペッパーサイド

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