Last Kiss

別れの瞬間が近づいている。
何度も修羅場を乗り越えてきた強靭な彼ですら追い払えない闇。

家族で集まっていた時に倒れ、病院へ運ばれた彼。
「二、三日がヤマです。覚悟して下さい」
そう告げられたけど、目を覚ますと普段と変わらず軽口を叩く彼の姿に、私は未だ覚悟を決められずにいた。

ここ数か月、自分の限界を感じていたが、いざ別れを告げるとなると彼女の悲しむ姿がちらつき、何とか自分を奮い立たせてきた。
気を失い倒れたところを何度も子供たちに見つかったが、彼女には言うなと固く口止めをし、ごまかしてきた。
今まで何度も永遠の闇に飲まれそうになってきたが、その度に何とか這い上がってきたんだ。しかし今度は違う。どう抗おうと、老いという波に立ち向かう術はないのだから…。
ヒーローはとうに引退し、会社も子供が立派に後を継いでくれている。
唯一の心残りは、彼女を残して逝かなければならないことだけ。だが、彼女を一緒に連れて行くことはできない。彼女には残された時間がまだあるのだから。それを奪う権利は私にはない。

「ねぇ、パパ…。ママのことは大丈夫だから。ずっと大事にするから…。心配しないでね…」
子供たちに何度も言われた言葉。
「ママを守れるのはパパだけなんだからな」
と、かわしていたが、実際彼女と離れる覚悟ができていないのは、私のほうなのかもしれない…。

彼のたっての願いで、自宅に戻ってきたけれど、「疲れた…」と言って彼はすぐに眠ってしまった。
病院で子供たちが泣きながら教えてくれた。
「ママには言うなって言われていたけど…パパ、何ヶ月も前からずっと具合が悪かったの…。でも、今自分が急にいなくなると、ママが悲しむからって…。ママ にまだありがとうって伝えきれてないから…もうちょっと頑張るって…。ごめんなさい…パパに怒られてでも、もっと早くママには言うべきだった…。ごめんなさい…。」
きっと彼は分かっている。別れの瞬間がもうすぐだということを…。
眠り続ける彼の頬をそっと撫でながら、私は彼に語りかけた。
「ねぇ、覚えてる?初めて出会った時のこと。あの時、あなたって本当にステキだったわ。あの頃のあなたは本心を隠していたけど、きっとあの頃から私たち、同じ気持ちだったのよね…。だから喧嘩もたくさんしたけれど、あなたと結ばれて、結婚して子供にも恵まれて…あなたと人生を歩んでこられて幸せだったわ…。トニー、ありがとう。私を愛してくれてありがとう。私は大丈夫だから。今まであなたにたくさんの愛を貰ったから。だからもう頑張らなくていいから…」
涙が止まらない。彼の大好きな笑顔で送り出してあげようと思っていたのに…。
頬を伝い次々と流れ落ちる涙が、彼の顔を雨のように濡らしていった。

顔に冷たい物を感じ目を開ける。指先を伸ばすも、掴むは空気のみ。彼女の声を…彼女が語る声を聞いた気がしたのだが…。夢だったのか…。
「ペッパー…」
掠れた声で名前を呼ぶと、手に温もりを感じた。
「トニー、何?」
目に涙をためた彼女の顔は、年月を重ねたと言えど、出会った時と変わらず美しい。
涙に濡れた頬を撫で、唇にキスを落とす。柔らかく甘いその感触は、いつも私の安らぎであり支えだった。
別れの時が来たようだ…その一言を言えず
「何でもない、ただ呼んだだけだ…」
と答える。
「あら?何か用事があったから呼んだんでしょ?」
涙を流しながらもクスクスと笑う彼女。最後に笑顔が見られたことに安堵し、彼女は大丈夫だと確信した私は、やっと決心が付いた。
「ペッパー…。これを…君に…預けておくよ。私の一部を…。今度会う時まで預かっておいてくれ…」
胸元のリアクターを指さすと彼女の目には新たに涙が溜まり始めた。
「トニー…」
涙をポロポロと零し泣き崩れたペッパーを抱きしめると、彼女は胸元に顔を押し付け必死で泣き声を堪えようとした。
「泣くな、ペッパー…。君が泣くと決心が揺らぐから…。今までありがとう…。ずっと側にいてくれてありがとう…。ペッパー…君と出逢えて…君から愛をもらえて幸せだったよ…」
「トニー…また逢える?」
いつも私を見つめていた真っ直ぐな瞳を…そして彼女の顔や姿全てを目に焼き付けるようにじっと見つめる。
「あぁ…待ってるよ…ペッパー…」
別れの瞬間は彼女の腕の中で迎えたい…彼女を横たえ抱きしめると、リアクターを外して枕元に置いた。そして耳元で別れの言葉の代わりにそっと囁いた。
「永遠に愛してるよ…ペッパー…」

出会った頃と変わらない少年のような瞳がゆっくりと閉じられた。口元に笑みを浮かべた彼の顔を撫でる。
「トニー…私が逝くまで待っててね…。」
冷たくなった唇にキスをそっと落とすと、『あまり急いで来るなよ…』と彼の声が聞こえた気がした。

***

一人には大きすぎるベッド。隣に大きな温もりを感じなくなって早数年。毎朝温もりを求めて指先を伸ばすも、その指先が触れ合うことは決してない。
今朝も彼の遺した物を抱きしめ、右手を彷徨わせる。
すると…指先が懐かしい温もりに触れ合った。目を開けるとそこには懐かしい彼の姿。
「やあ、ハニー。遅かったな…」
初めて思いが通じ合った頃の姿をした彼の胸に飛び込むと、胸にポッカリと空いた穴がふさがった気がした。
「何でもっと早く迎えに来てくれなかったの?」
彼の胸元をポンと押し軽く睨むと
「こっちにも段取りがあるんだよ」
と、苦笑い。
「それより、預けていた物は持ってきてくれたか?」
胸元を指す彼の手に、大事に預かっていた物をそっとのせる。
「これでしょ?ずっと大事に持っていたんだから…」
リアクターをはめ、私の手を取った彼は
「これで完璧だ。リアクターに…そしてペッパーがいるからな…」
そう言うとゆっくりと歩き出した。
「ねぇ、浮気してなかった?」
腕を絡め聞くと
「知ってるだろ?私は君一筋だって。それに君を見守るのに忙しくて、浮気する暇がなかった。」
彼はニヤリと笑い唇にキスを落とした。そんな仕草も懐かしく嬉しくなった私は彼にギュッと抱きついた。
「トニー、また愛してくれるわよね?」
「ああ、ペッパー。これからはずっと…永遠に一緒だ…。時間はたっぷりあるよ…」

離れていた時間を埋めるようにぎゅっと抱き合い、熱いキスを交わす二人を優しい光が包んだ。

***
トニペパ死ネタ。ペッパーサイド

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