「未来編」カテゴリーアーカイブ

We can’t live without each other.①

『一歳になるまでは、必ずどちらかが一緒にいるようにしよう』と、エストが生まれた時に決めていた二人だったが、今日は同時に重要な会議が入ってしまい、止むを得ず社内の託児所に預けることにした。
初めて両親と離れることになるのだが、人見知りしないエストは、託児所のスタッフが抱いてもニコニコと笑っていた。ほんの二、三時間だから…と、小さな娘の初めての冒険に後ろ髪惹かれながらも別々の会議に向かった二人だったが…。

『エストが誘拐されそうになった』
そう告げられたトニーは会議室を飛び出し、階下の託児所へと急いだ。

託児所は騒然としていた。社員や警官ばかりでない。事件を聞きつけた報道陣も群がっており、避けろと叫びながら人を掻き分け進んだトニーは、託児所のスタッフに別室へと案内された。
部屋からはすすり泣く声が聞こえてくる。先に到着していたペッパーは、首の座ったばかりの娘を抱きしめ部屋の隅で涙を流していた。そっと近づいたトニーが背後からペッパーの肩に触れると、振り返ったペッパーはトニーに抱きついた。
父親の姿を見て嬉しそうに笑ったエスト。怪我もなく無事なようだ。娘の頭にキスをしたトニーはペッパーを立ち上がらせると、ハッピーの次に信頼できる部下に命じ二人を帰宅させた。

防犯カメラに犯人が映っていると聞いたトニーは、ハッピーと共に社のセキュリティーセンターへと向かった。
「社長、この女性です」
映像にはベビーベッドで眠るエストを抱き上げる女性の姿。だが、女性が抱き上げた瞬間、エストは火がついたように泣き出した。驚いた女性はエストをベッドに戻すと部屋から飛び出して行った。
「アップにしてくれ」
ちらりとカメラの方を見上げた女性の姿をトニーが指差すと、女性の顔が拡大された。その女性の顔を見た瞬間、トニーは息を飲んだ。
それはかつて…20年近く前だが…自分が愛した女だった。
顔色を変え黙ってしまったトニーに、同じく青い顔をしたハッピーが声を掛けた。
「ボス…まさか…」
ハッピーに視線を向けたトニーは頭を抱えた。
「…あぁ。彼女だ…。エミリー・ホワイトだ…」
犯人が特定できたと、警察は早速動き始めた。だが、トニーはその場から動けなかった。
エミリー・ホワイトは今から20年前、トニーがSIの社長になって間もない頃、付き合っていた女性だ。彼女はトニーと結婚するつもりだった。だが、当時のトニーにはそのつもりはなく、トニーの浮気を知った彼女は絶望のあまり自ら命を絶とうとした。もちろん、激怒した彼女の両親はトニーを二度と娘に会わせようとしなかった。結局トニーも別の女性と付き合ううちに、彼女との思い出を封印したのだった。星の数ほどいる女性の一人と言えばそうなのかもしれないが、 最悪の別れをした彼女のことは忘れられなかった。
もちろん、ペッパーと出会う前の話だ。その頃、すでにトニーのボディガードだったハッピーは、事の顛末を知っている。
「なぜだ…今頃になってなぜ…」
あれから20年経ったのだ。どうして今になって彼女が現れたのか分からない。苦しそうに顔を歪めたトニーにハッピーは何と言っていいのか分からなかった。

ペッパーにきちんと話をしよう。夜になればペッパーの気持ちも落ち着いているだろうから、二人きりになったら話そう。
そう考えながら帰宅したトニーだったが、犯人の情報を掴んだメディアはトニーと彼女の過去の関係もすでに掴んでいたのだった。
そのため、帰宅するなりトニーは目を釣り上げたペッパーに捕まったのだった。
「どういうことよ!」
怒りで真っ赤な顔をしたペッパーは、テレビを指差した。テレビのニュースは今日の誘拐未遂事件ばかり報じており、そしてその誘拐犯はトニー・スタークの昔の恋人だと繰り返し伝えている。
「恋人だったの?」
目に涙を浮かべたペッパーはトニーのジャケットを掴んだ。
「…大昔だ。全て君と出会う前の話だ」
そう言うとトニーはため息を付いた。まずは自分の口から伝えようと思っていたのが台無しではないか…。だが、きちんと真実を伝えよう。メディアがどう伝えているかは分からないが、ペッパーには真実を知る権利があるのだから…。
「ペッパー、話がある。落ち着こう。まずは座らないか?」
落ち着かせようと腕を摩ったトニーだが、ペッパーはその手を振り払った。
「落ち着けですって?! トニー!エストが…私たちの娘が誘拐されかけたのよ!それも、あなたの昔の恋人に!」
涙をポロポロと零しながら、ペッパーはトニーの胸元を叩いた。
自分と恋人になる前、トニーには大勢の女性がいたのは当然知っている。朝になって彼女たちを追い払うのは自分の役割だったから…。だが、どれも一夜限りの女性ばかり。自分より前に本気で愛した女性はいないと、結婚する時にトニーは語っていた。短い間だが付き合っていた女性についても、洗いざらい教えてくれた。だが、彼女のことは…エミリー・ホワイトのことは知らなかった。
どうして彼女の事を話してくれなかったのか聞きたかった。犯人が分かった時点でなぜすぐに連絡してくれなかったのか聞きたかった。そしてもう一つ。彼女とは本気だったのか聞きたかった。
「彼女のこと、愛してたの?」

愛していたのかと言われれば、当時は愛していたのだろう。だが、今ペッパーを愛しているように、心の底から愛していた訳ではない。ペッパーはなくてはならない大切な存在。彼女なしでは生きていけないのも同然だ。だから、エミリーが今のペッパーと同じ存在でないことは確かだ。
唇を震わせるペッパーに、トニーは何から話せばいいのか迷った。迷った挙句、まずは彼女に対して愛を伝えることにした。
「ペッパー、もう20年も前の話だ。だか、今の私が愛しているのは…」
そんなことを聞きたいのではないと、ペッパーは大声を上げた。
「答えになってないわ!あの女のことを愛していたのか聞いてるの!」
娘が誘拐されかけた、それもトニーの過去のせいで…。すっかり頭に血が上っているペッパーにトニーの言葉をゆっくり聞く余裕はなかった。
「ペッパー、だから…」
落ち着いてくれ…と言おうとしたトニーだったが、ただ犯人とのことを率直に聞きたいペッパーは、その頬を平手打ちした。
呆然とするトニーを睨みつけたペッパーは、
「もういいわ!!」
と叫ぶと寝室へ向かった。
クローゼットからカバンを取り出したペッパーは、自分とエストの物を次々と放り込んでいった。慌てて追いかけてきたトニーは、ペッパーを見ると顔色を変えた。
「おい、ペッパー!何をしているんだ!」
カバンを持ちエストを抱き上げたペッパーの腕を掴んだトニーだが、彼女はその手を払いのけた。
「触らないで!あなたの顔なんか見たくないわ!二度と帰って来ないから!もうあなたと話すことはないから電話は掛けてこないで!話したくなったら私から掛けるわ!」
大声を出した母親に驚いたエストは泣き始めたが、ペッパーはバタバタと階段を下りて行った。
今まで何度も喧嘩をしてきたが、ここまで拒絶されたのは初めてだった。
何が起こったか理解できずしばらく呆然と佇んでいたトニーだったが、ふと我に返ると慌てて外へ飛び出した。だが、ペッパーはすでに出て行った後だった。

肩を落としリビングへ戻って来たトニーは、ソファーの上に何か落ちていることに気付いた。それは、トニーが娘に買ってきたうさぎのぬいぐるみだった。エストの匂いのするぬいぐるみを見た瞬間、トニーは今起こったことは夢ではなく現実の事、つまり妻と娘が自分の元から去ってしまったことに気付いた。
「どうしてだ…。永遠にそばにいてくれるんじゃなかったのか…」
ぬいぐるみを抱きしめたトニーはその場に座り込むと、声を上げて泣いた。

②へ
トニーの過去の女性は星の数ほどいますからね…

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Angel

「ビェェェーーン!」
困った…泣き止まないぞ…。

出産して早3ヶ月。家にこもりっぱなしだった彼女に束の間の休息を与えるために、今日1日は仕事もヒーロー業も臨時休業。
「ホントに大丈夫?」
出掛ける間際まで心配そうだった彼女の顔が脳裏をよぎる。
「私も父親だぞ。大丈夫だから、今日はゆっくりしておいで…」
軽くキスをして送り出したものの…。

ミルクもあげた。オムツも変えた…。
抱き上げあやし続けるも、泣き続ける小さな娘…。
泣くことでしか要求を伝えられないのは分かっているが…やはり父親よりも母親なのか…。いつもなら抱き上げてあやすとニコニコと笑いかけてくるのだが…。今日は母親が不在なのを悟っているのか、いつもに増して激しい泣き方にこっちが泣きたくなってきた…。

泣き止む気配のないエストを抱きしめ途方にくれていると、我が家の有能な執事がアドバイス。
『トニー様…お子様はご両親の感情に敏感だと聞いたことがあります。しかめ面をやめて笑ってみてはいかがでしょうか?』

ふと窓を見ると、そこに映るは眉間に皺を寄せエストを抱く自分の姿。
これじゃぁ、泣くのも無理ないか…。
ふぅ…と小さく息を吐き、エストの小さな顔を自分の目の前まで持ち上げる。
「さあ、泣くのは終わりだ。パパに君のとびっきりの笑顔を見せておくれ…」
人には滅多に見せない笑顔で笑いかけると、涙はピタッと収まり天使のような笑顔で微笑みかけてくれる娘。
「私のこの顔を見られるのはママとお前だけなんだぞ…」
鼻と鼻を付けて話しかけると、だぁだぁと言いながら、私のヒゲを引っ張り始めた。
その小さな温もりと笑顔は、私の心に暖かな風をもたらしてくれるのを君は知っているか?
小さな天使はやがて小さな口であくびを一つ。泣きつかれたのかはたまた安心したのか、しばらくすると眠ってしまった。
私と彼女のベッドに起こさぬようそっと下ろし、小さな身体を右手で撫でていると、小さな手で私の指を掴んだ。
「さあ、そろそろお前の大好きなママが帰ってくるぞ…」
小さな温もりは思いのほか私に心の平安をもたらせるらしい。

目を覚ますと、エストを抱いた彼女がニコニコしながら私を覗き込んでいた。
「おはようトニー。2人揃って同じ顔して寝てるんだもの…」
エストの頬を楽しそうに撫でると、彼女は私たちに最高の笑顔をプレゼントしてくれた。

***
トニー、子供と二人で初めてのお留守番

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Take you home

「ここがお家よ」
ペッパーはエストを抱き上げると、5日ぶりの我が家へと足を踏み入れた。

『お帰りなさいませ。ペッパー様、エステファニア様』
スターク家の電脳執事が2人を出迎えてくれる。
「ただいま、ジャーヴィス。エスト、ジャーヴィスよ。私たちの大事な家族の一人よ」
『エスト様、初めまして。ジャーヴィスと申します。ペッパー様、エスト様はトニー様によく似ていらっしゃいますね』
「そうなのよ、ジャーヴィス。生まれたばかりなのにね…」
どこからともなく聞こえる声に、エストはキョロキョロと目線を動かした。

「ペッパー、荷物は全部寝室に運んだぞ」
トニーが階段の上から声をかけた。
「ありがとうトニー。今ね、エストに家族を紹介してるのよ」
「家族?」
「えぇ。ジャーヴィスには紹介したわ。後は…ねぇ、一緒に来て。あなたから紹介してあげて?」
そう言うとペッパーはラボへと降りて行った。

ペッパーに続いてラボに向かったトニーは、ペッパーからエストを渡され、ダミーとユーの方へと歩いて行った。
「エスト。ダミーとユーだ。ほら、私のかわいい娘に挨拶しろ」
(ウィンウィン…)
トニーに言われ首を動かし挨拶するダミーとユー。
ダミーがエストに近づくと、小さな手がダミーを掴んだ。
「あら?さすがあなたの子ね。ダミーのことが気に入ったみたい」
「おい、ダミーは私のだぞ。しょうがないな。かわいい娘のためだ。エスト用の”ダミー”を作るか」
「トニー…。私には作ってくれなかったのに…」
わざといじけたように言うペッパーにトニーは
「君のはここにいるだろ…”トニー・スターク”ではご不満ですか?ミセス・スターク?」
と、唇にキスを落とそうとした。するとトニーに抱かれているエストがまるで「パパとママやめてよ」と言うように、ウェーンと短く泣いた。

トニーとペッパーの寝室には、小さなベビーベッドが置かれていた。
腕の中で眠ってしまった小さな娘をベッドに寝かせると、トニーは荷物を片付けているペッパーの横に座った。

「ペッパー…プレゼントがあるんだ」
ペッパーの背後に回り、手に持っていた物を首にかけた。
「何?トニー…」
ペッパーが横にあった鏡を覗き込むと、首元には小さなプレートのついたゴールドのネックレスがかかっていた。よく見るとプレートには「Estefania」と彫られているではないか。

「トニー、これ…」
「裏も見てくれ…」
ペッパーが小さなプレートを裏返すと
「T&P」
と刻まれていた。

「私に家族ができたんだ。優しい妻とかわいい娘が…。ヴァージニア、君のおかげだ。ありがとう。感謝の意を込めて…君にプレゼントだ」
トニーはペッパーの目からこぼれ落ちそうな涙を指先でそっと拭うと、肩を抱き寄せた。
「私にも世界一素敵な旦那様と娘がいるのよ。知ってる?アンソニー、あなたのおかげよ」
そう言うと、ペッパーはトニーの肩に頭をのせ、幸せそうに微笑んだ。

***
執事とアーム、小さな主に初対面

2 人がいいねと言っています。

Hello!Baby Stark!

病院へ到着したテッドとシルヴィアは、目の前の光景に腰を抜かしそうになった。マスコミやメッセージ入りのプラカードを掲げた野次馬で溢れかえっており、入り口すら見えない状態だ。車がスターク社のものと分かったのだろう。車から降りた二人に向かい一斉にカメラのフラッシュがたかれた。
「ミセス・スタークのご両親ですよね?! この度はおめでとうございます!」
慣れない状況に目を白黒させ佇んでいる二人にマイクが向けられた。
「ど、どうも…」
真っ赤な顔をして言葉を失っている夫に変わり、シルヴィアはやっとの思いで一言発した
「今のお気持ちは?」
「もう会われましたか?」
「どちらに似ています?」
矢継ぎ早に繰り出される質問だが、たった今病院に到着したのだから答えられるはずがない。
「急いでいるんだ。失礼するよ」
ポカンとしている二人の腕を掴んだハッピーは、マスコミを押しのけると病院の入り口へ向かった。

子供の泣き声がする廊下を歩いた三人は、特別室の前へやって来た。ノックをしようとしたが、少しだけ開いたドアの隙間から声が聞こえ、三人は思わず立ち止まった。
「ペッパー!どうすればいいんだ!」
妙にオロオロしたこの声はトニーだ。そのトニーを宥めるように、ペッパーの声が聞こえてきた。
「トニー、落ち着いて。練習した通りにすれば……。だめよ!それじゃあエストが…あぁ!」
ペッパーが小さく悲鳴を上げると同時に、赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
「ぺ、ぺ、ペッパー!助けてくれ!」
パニックになったらしいトニーは、泣きそうな声をしている。
部屋の中では何が起こっているのか…。三人はドアの隙間からそっと覗き部屋の様子を伺うことにした。
チェンジングテーブルのそばに立っているトニーとペッパー。どうやらエストのオムツをトニーが変えているようだ。
産まれて2日目。不慣れなうえに緊張しているのか、トニーは大汗をかきながら初めて娘のオムツを変えていたのだ。だが、なかなか上手くいかない。最初はおとなしくしていたエストだが、時間がかかりすぎたため、愚図り始めたようだ。
人形で散々練習したはずなのに、実際やってみると上手くいかない。だが、出来るようにならなければ、これから子育てはできない…と、トニーは必死だった。実際のところ、その必死さが裏目に出て上手くいかないのだが…。
ペッパーは娘に泣かれ慌てふためく夫の手にそっと触れた。
「トニー、落ち着いて。あなたなら出来るわ。ほら、エストも応援してるわ。パパ頑張れって」
小さな頭を優しく撫でると、エストは泣き止んだ。
「そうだな。よし、もう一度だ」
深呼吸すると落ち着いたのだろう。娘の頬をくすぐったトニーは、手際良くオムツを変えたのだった。

「ハニー!出来た!出来たぞ!!」
オムツ変えが上手くいったトニーは大喜び。お互い抱きつきキスをし始めたのだから、部屋の外で様子を伺っていた三人は、すっかり入るタイミングを失ってしまった。
娘夫婦のいつもの光景に顔を見合わせたテッドとシルヴィアは、出直そうかと一歩後ろに下がったが、そこは付き合いの長いハッピー。漂い始めた甘い空気をもろともせず、強めにノックするとドアを開けた。
「ボス、来られましたよ」
恐る恐る部屋に入ったテッドとシルヴィアだが、ベッドに座り込んだトニーが膝の上にペッパーを乗せ、首筋にキスを刻んでいるのを見ると、顔を赤らめた。そしてトニーの方も…。ハッピーが連れて来たのが義理の両親だと気付くと、ペッパーを下ろし飛び上がった。
何となく気まずい空気が漂う中で、さすがと言うべきか。ペッパーは両親を見ると二人に駆け寄った。
「パパ!ママ!」
両親と抱き合ったペッパーは、ベビーベッドに二人を連れて行ったのだが、ベッドを覗き込んだ二人は、先程までの気まずい雰囲気も忘れ歓声を上げた。
「あら!可愛い‼︎トニーにそっくりじゃないの!」
「目の色はヴァージニアと同じだな」
小さな女の子は聞き慣れない声に父親譲りの大きな目をキョロキョロと動かしている。
「でしょ?昨日産まれたばかりなのに寝顔もね、トニーにそっくりなの」
ふふっと笑ったペッパーは、娘を抱き上げた。
「パパ、ママ、エステファニアよ。エスト、おじいちゃんとおばあちゃんよ」
娘から孫を受け取ったシルヴィアが柔らかな頬をくすぐると、エストは気持ちよさそうに目を細めた。
「人見知りしないのね。さすがあなたたちの娘ね」
ペッパーの肩を抱き寄せ照れ臭そうにしているトニーに笑いかけたシルヴィアは、早く孫を抱かせろと手を伸ばしているテッドにエストを渡した。エストを受け取ったテッドは、恐る恐る抱きしめた。いつもの強面はどこへやら。デレっと鼻の下を伸ばしたテッドは、きょとんとしているエストに向かって満面の笑みを浮 かべた。
「エストちゃん、おじいちゃんだよ~」
だが、その笑みに…はたまた雰囲気に驚いたのだろうか。エストの目にみるみるうちに涙が溜まり始め、顔を歪めたエストは大声で泣き始めた。
「え、エスト?!どうしたんだ?」
必死であやすテッドだが、エストの泣き声はさらに大きくなっていく。真っ赤な顔をし大粒の涙をポロポロと流す孫娘。途方に暮れたテッドは助けを求めるように娘夫婦を見つめた。
「お義父さん、代わりますよ」
腕を伸ばしたトニーがエストを抱きしめあやすと、彼女はピタリと泣き止んだ。小さな手を動かし父親の指を掴んだ彼女は安心したのか、そのまま寝入ってしまった。
エストを見つめるトニーの眼差しは、ペッパーに向けられるものとはまた違うもので、今までの彼にはなかったもの。
トニーのそばに歩み寄ったペッパーは、娘の頭にキスをすると、トニーの腰に手を回し抱きついた。
その幸せな親子の様子をソファに座り見ているテッドとシルヴィアの顔にも、自然と笑みが浮かんだ。
「トニーったら、すっかり父親なのね」
「そうだな。ヴァージニアも幸せだな」
顔を見合わせ笑った二人だが、テッドは妻とは違うことを考えていた。どうやったら孫娘に泣かれずにすむか…。彼の望みはただ一つ。エストが目を覚ましたら、今度こそ笑わせてみせるということだけだった。

***
静かな廊下を一人の男がバタバタと走っている。
「廊下は走らないで下さい!」
とナースに注意されたが、男は聞いていないのか、そのまま長い廊下を駆け抜けると、とある病室の前で立ち止まった。
「よ、よし!行くぞ…」
緊張しているのか、額の汗を拭った男は、大きく深呼吸すると病室のドアをノックした。

「ローディ!よく来てくれたな!」
ドアが開くと同時に抱きついてきたのはトニー・スターク。そのままトニーに引っ張られるように室内に入ったローディの鼻元を甘く優しい香りがくすぐった。
「あら、いらっしゃい」
リクライニングチェアーに座ったペッパーの腕には、ローディがこの数か月待ち続けた小さな子供が収まっていた。
「この子か?そうだ。トニー、ペッパー、おめでとう」
嬉しそうにお礼を言う二人の手を握ったローディに、
「エストよ。初めましてーって」
と言いながら、ペッパーは娘を渡した。
腕の中にすっぽりと収まった生まれたばかりの命。壊れそうでそれでいて温かい存在に対し、ローディは今まで感じたことのない気分になった。もちろんこの子が生まれたのも嬉しい。だがそれ以上に、孤独だった親友が親となり幸せな家庭を築いていることが、ローディは何より嬉しかったのだ。
お腹にいた時から声を聞き存在を知っていたからだろうか、ローディがあやしてもエストは泣くことなく手を伸ばした。
その瞳は母親譲りのマリブの海と同じ色なのだが、大きな瞳も長い睫もそして顔だちも、父親そっくりのエストの頬を突いたローディは、傍らに立つ親友に笑いかけた。
「おい、トニー。お前にそっくりじゃないか」
「みんなそう言う」
照れ臭そうに鼻を擦ったトニーだが、口元は緩みっぱなしだ。こんなに幸せそうなトニーは見たことがない。いや、結婚式の時も人前ではカッコつけていたが、ふとした瞬間にペッパーと二人きりになると今日みたいにニヤついていたな…と考えていたローディだが、不意に込み上げる物を感じ慌てて首を振った。
「だが…お前たち二人が親になるとはなぁ…。ペッパーはまだしも、トニーが父親か…。信じられない…」
照れ隠しに言った言葉も、二人にはお見通しだったのだろうか、トニーとペッパーは顔を見合わせると笑ったのだった。

ローディがエストに話しかけていると、しばらくしてハッピーがやって来た。
両親ではなく父親の親友に抱かれているエスト。それに気付いたハッピーは、ローディの元に駆け寄るとエストを覗き込んだ。
「エストちゃん、ハッピーおじさんだよ~」
どこから出しているのかと思うほどの甲高い声を出したハッピーに、エストとの時間を楽しんでいたローディは眉間に皺を寄せた。
「おい!今は俺があやしてるんだ!エスト~、かわいいなぁ。ローディおじちゃんと結婚しよう!」
「ちょっと待て!エストは渡さない!俺の方が先に会ったんだぞ?生まれてすぐに会ったんだから、俺の方が先だ!」
「何だと?」
ハッピーとローディの間で火花が散ったその瞬間から、エストの『大好きなおじさん』のポジション争奪戦が始まったのだった。
そんな二人を見たトニーは、
「おいおい、この先不安なのは気のせいか?」
と、頭を抱えた。だが…
「一番大変なのはあなただと思うけど…」
と、ポツリとペッパーは呟いたのだった。

***
乳児の声がする廊下を進むのは、お馴染みのあのメンバー。
「こんなに押しかけたら迷惑じゃないか?」
「そんなことないわよ。だって、あのトニー・スタークが父親なのよ!まさに天地がひっくり返るような出来事よ!」
「ナット…。それは言いすぎだ…」
先頭を進むのはナターシャ、そしてその後ろを大量の荷物を抱えたクリント、スティーブ、ブルースが従っているというこの一団は、私服のためかあのヒーローたちと気付かれないまま目的の部屋へと到着した。

トニーは仕事に行っており、病室の窓際でペッパーは娘をあやしていた。
「大勢ですまない」
と謙遜するスティーブだったが、ペッパーは笑顔でみんなを出迎えた。
「いいのよ。大勢の方が楽しいもの」
と笑ったペッパーは、腕の中の娘を皆に見せた。
「エステファニア・マリア・スタークよ」
そう言われ、4人はペッパーの腕の中の小さな赤ん坊を覗き込んだ。
「カワイイ!」
手を叩き大はしゃぎなのはナターシャ。その後ろから覗き込んだ男3人は、目の前に見慣れた顔のミニチュアが現れたのだから、驚き息を飲んだ。
「トニーにそっくりじゃないか!」
「本当だ…。生き写しだ…」
「こんなに似るものなのか?」
ぼそぼそと話す男性陣を無視したナターシャは、エストの頭を撫でた。
目を覚ましたエストは、連日の見知らぬ訪問者の声に興奮気味に手足をばたつかせた。その物怖じすることのない態度に一同は感心した。
「さすがスタークの娘ね…」
妙なところで感心しているナターシャに、クリントはここぞとばかりに提案した。
「いいなぁ…。なあ、ナット。俺たちも……」
「ねぇ、ペッパー。抱っこさせてくれる?」
見事に無視されたクリントに、一同は同情するような視線を向けた。いつもと変わらないやり取りに苦笑いしたペッパーは
「いいわよ。はい、どうぞ」
と、娘をナターシャに渡した。
「きゃー!かわいい!見て、このちっちゃい手!もー!何でこんなにかわいいの!!」
いつも冷静なブラックウィドウはどこへやら…。子供のようにはしゃぐナターシャにペッパーも若干引き気味だ。そのテンションは尋常ではないため、誰一人として止めることができない。目を白黒させているエストに気づいたブルースとスティーブがどうにかしろとクリントを突ついた時だった。
「私も子供が欲しくなっちゃったわ!どうしよう…」
ボソっと呟いたその言葉幸いにと、クリントが飛び出そうとしたその時だった。
「ふぇっ…」
顔を歪めたエストの目から大粒の涙が零れ落ちた。
(ナターシャがスタークーの娘を泣かせた!)
顔色を変えたスティーブ・ブルース・クリントを横目で見たペッパーは椅子から立ち上がった。
その時…。
「おい!娘を泣かせたのは誰だ!」
ドアを蹴散らさんばかりの勢いで入ってきたのは、トニー・スターク。ナターシャからエストを奪いとったトニーが抱きしめるとエストはピタリと泣き止んだ。
「エスト、ただいま。パパに会いたかっただろ?パパもだ。パパもエストに会いたくて、死にそうだったぞ?」
頬を摺り寄せたトニーは目尻を下げると娘の頭にキスをした。
こんな幸せそうなトニー・スタークの姿は見たことがない。そしてこんなにもデレデレしている姿も…。
だが、それよりも、トニーが抱きしめただけで泣き止むエストに、4人は思った。やっぱりペッパーの娘だと…。

「幸せで何よりね」
娘の頬をつつき、トニーにキスをしてもらい嬉しそうなペッパーと、二人を抱き寄せ何事か囁いているトニーを見つめていた4人もまた、何とも言えない温かな気持ちになったのだった。

***
ついにスタークJr.が生まれた!
あのトニー・スタークが父親になった!
子供は女の子らしい…。

そんな断片的な情報ばかりが先行し、一向に姿を見せないスターク一家。これは夫人と子供の退院時を狙うしかない…と、張り込んで早五日。そろそろ忍耐も限界だと誰もが思ったその時だった。
「出てきたぞ!!」
誰かの叫び声と同時に、病院の玄関に向かってフラッシュが一斉にたかれた。
だが、玄関の前にはトニー・スタークしかいないではないか。
初の親子3人の姿を写そうと躍起になっていたマスコミはガックリと肩を落としたが、あのトニー・スタークのことだ。おめでたい話題なのだから、饒舌になっているだろうと、皆気を取り直しマイクを向けた。
「スタークさん、おめでとうございます!娘さんとのことですが、どちらに似ていますか?」
張り込んでいた5日間暇だったため、誰がどの質問をするか決めていたマスコミは、いつもの会見とは違い大人しくトニーが話し始めるのを待った。
その沈黙を楽しむかのように咳払いをしたトニーは、ニヤリと笑うとVサインをし口を開いた。
「ついに私が父親になったんだ!君たち、信じられないかもしれないが、私が父親だぞ、ち・ち・お・や!」
ニヤつく顔を隠しきれないトニーは、サングラスをしていても、その目尻が下がりっぱなしなのが分かるほどだ。
あのプレイボーイと名高かったトニー・スタークが父親になった!
沸き起こる拍手に照れ臭そうに応じるトニーは、鼻の頭をこすった。
「娘さんのお名前は?」
続けて問われた質問に、トニーはわざとらしく肩をすくめた。
「それは秘密だ…と言いたいところだが、どうせもう掴んでいるんだろ?」
頷くマスコミを見渡したトニーは両腕を大きく広げた。
「では、発表させてもらおう!『エステファニア・マリア・スターク』だ!」
『マリア』と聞き脳裏に浮かんだのは、亡き先代の妻であり、トニー・スタークの母親であるマリア・スターク。思わず上がった感嘆の声に、頷いたトニーは
「そうだ、亡き母の名前をもらった」
と、笑みを浮かべた。
名前が分かるとやはり知りたいのはその容姿。
「どちらに似ていますか?」
そう問われたトニーは、娘のことを思い出したのか、先ほどよりも顔を崩した。
「私だ。私に似て世界一可愛いんだ!ペッパー…いや、妻は生まれた瞬間から私に似ていると言っていたが、そうらしい。見舞いに来たみんなが口を揃えて言うんだ」
へぇ~と言ってはみたものの、やはり写真を見てみたい。
「スタークさん、娘さんの写真はないんですか?」
その質問を予期していたのだろう。ポケットから何やら取り出したトニーは
「写真?それよりもいいものがある。娘の絵を描いたんだ!」
と、バーン!と効果音でもなりそうな勢いで広げた。

hello4

まるで子供が描いたような、お世辞にも上手とは言えない絵。おそらく産まれたばかりの娘なのだろうが、面と向かって聞く勇気はない。その強者の役割をコソコソと押し付けあっていたマスコミだが、丁度トニーの目の前にいた若手の女性記者が恐る恐る口を開いた。
「そ、それは…」
なぜ分からないんだ?と目を見開いたトニーだが、
「私が描いた娘の似顔絵だ!さっき描いたんだ!どうだ?私に似てるだろう?」
と、絵をさらに前に突き出した。
「そ、そうですね…。目がクリッとされているところと…ま、まつ毛が長い……可愛らしい娘さん…ですね…」
あの絵ではそう言うしかない。だが、『可愛らしい』と言われたトニーは満足げに笑うと、手を振りながら病院の中へと戻って行った。

裏口へ向かったトニーは、待っている車に乗り込んだ。
「どうだった?」
隣に座るペッパーの腕の中の娘はぐっすりと眠っている。
「あぁ、やはり私一人でよかった。君たちがいれば、怪我をしていたかもしれない」
マスコミが押し寄せ大変なことになっていると知り、相談の結果トニー一人で会見を開くことになったのだが、おそらくエストの姿を見せろと言われるだろうと、ペッパーは前もってエストの写真を用意していたのだ。
「あの写真、見せたの?」
「……あぁ…。その場にいた全員が可愛らしいと言っていた」
一瞬の間があったのは気になったが、かわいいと言われれば嬉しくないわけがない。眠る娘の頬をつついたペッパーは、嬉しそうにトニーの肩にもたれかかった。そんなペッパーを抱き寄せたトニーは、ポケットにそっと手を突っ込んだ。
(あんな可愛らしい寝顔を世界中に晒すわけにはいかないだろ!)
携帯を開いたトニーは、先ほどの適当に描いたイラストをポケットの中で握り潰すと、ペッパーと娘の写真を撮った。

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