Hello!Baby Stark!

病院へ到着したテッドとシルヴィアは、目の前の光景に腰を抜かしそうになった。マスコミやメッセージ入りのプラカードを掲げた野次馬で溢れかえっており、入り口すら見えない状態だ。車がスターク社のものと分かったのだろう。車から降りた二人に向かい一斉にカメラのフラッシュがたかれた。
「ミセス・スタークのご両親ですよね?! この度はおめでとうございます!」
慣れない状況に目を白黒させ佇んでいる二人にマイクが向けられた。
「ど、どうも…」
真っ赤な顔をして言葉を失っている夫に変わり、シルヴィアはやっとの思いで一言発した
「今のお気持ちは?」
「もう会われましたか?」
「どちらに似ています?」
矢継ぎ早に繰り出される質問だが、たった今病院に到着したのだから答えられるはずがない。
「急いでいるんだ。失礼するよ」
ポカンとしている二人の腕を掴んだハッピーは、マスコミを押しのけると病院の入り口へ向かった。

子供の泣き声がする廊下を歩いた三人は、特別室の前へやって来た。ノックをしようとしたが、少しだけ開いたドアの隙間から声が聞こえ、三人は思わず立ち止まった。
「ペッパー!どうすればいいんだ!」
妙にオロオロしたこの声はトニーだ。そのトニーを宥めるように、ペッパーの声が聞こえてきた。
「トニー、落ち着いて。練習した通りにすれば……。だめよ!それじゃあエストが…あぁ!」
ペッパーが小さく悲鳴を上げると同時に、赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
「ぺ、ぺ、ペッパー!助けてくれ!」
パニックになったらしいトニーは、泣きそうな声をしている。
部屋の中では何が起こっているのか…。三人はドアの隙間からそっと覗き部屋の様子を伺うことにした。
チェンジングテーブルのそばに立っているトニーとペッパー。どうやらエストのオムツをトニーが変えているようだ。
産まれて2日目。不慣れなうえに緊張しているのか、トニーは大汗をかきながら初めて娘のオムツを変えていたのだ。だが、なかなか上手くいかない。最初はおとなしくしていたエストだが、時間がかかりすぎたため、愚図り始めたようだ。
人形で散々練習したはずなのに、実際やってみると上手くいかない。だが、出来るようにならなければ、これから子育てはできない…と、トニーは必死だった。実際のところ、その必死さが裏目に出て上手くいかないのだが…。
ペッパーは娘に泣かれ慌てふためく夫の手にそっと触れた。
「トニー、落ち着いて。あなたなら出来るわ。ほら、エストも応援してるわ。パパ頑張れって」
小さな頭を優しく撫でると、エストは泣き止んだ。
「そうだな。よし、もう一度だ」
深呼吸すると落ち着いたのだろう。娘の頬をくすぐったトニーは、手際良くオムツを変えたのだった。

「ハニー!出来た!出来たぞ!!」
オムツ変えが上手くいったトニーは大喜び。お互い抱きつきキスをし始めたのだから、部屋の外で様子を伺っていた三人は、すっかり入るタイミングを失ってしまった。
娘夫婦のいつもの光景に顔を見合わせたテッドとシルヴィアは、出直そうかと一歩後ろに下がったが、そこは付き合いの長いハッピー。漂い始めた甘い空気をもろともせず、強めにノックするとドアを開けた。
「ボス、来られましたよ」
恐る恐る部屋に入ったテッドとシルヴィアだが、ベッドに座り込んだトニーが膝の上にペッパーを乗せ、首筋にキスを刻んでいるのを見ると、顔を赤らめた。そしてトニーの方も…。ハッピーが連れて来たのが義理の両親だと気付くと、ペッパーを下ろし飛び上がった。
何となく気まずい空気が漂う中で、さすがと言うべきか。ペッパーは両親を見ると二人に駆け寄った。
「パパ!ママ!」
両親と抱き合ったペッパーは、ベビーベッドに二人を連れて行ったのだが、ベッドを覗き込んだ二人は、先程までの気まずい雰囲気も忘れ歓声を上げた。
「あら!可愛い‼︎トニーにそっくりじゃないの!」
「目の色はヴァージニアと同じだな」
小さな女の子は聞き慣れない声に父親譲りの大きな目をキョロキョロと動かしている。
「でしょ?昨日産まれたばかりなのに寝顔もね、トニーにそっくりなの」
ふふっと笑ったペッパーは、娘を抱き上げた。
「パパ、ママ、エステファニアよ。エスト、おじいちゃんとおばあちゃんよ」
娘から孫を受け取ったシルヴィアが柔らかな頬をくすぐると、エストは気持ちよさそうに目を細めた。
「人見知りしないのね。さすがあなたたちの娘ね」
ペッパーの肩を抱き寄せ照れ臭そうにしているトニーに笑いかけたシルヴィアは、早く孫を抱かせろと手を伸ばしているテッドにエストを渡した。エストを受け取ったテッドは、恐る恐る抱きしめた。いつもの強面はどこへやら。デレっと鼻の下を伸ばしたテッドは、きょとんとしているエストに向かって満面の笑みを浮 かべた。
「エストちゃん、おじいちゃんだよ~」
だが、その笑みに…はたまた雰囲気に驚いたのだろうか。エストの目にみるみるうちに涙が溜まり始め、顔を歪めたエストは大声で泣き始めた。
「え、エスト?!どうしたんだ?」
必死であやすテッドだが、エストの泣き声はさらに大きくなっていく。真っ赤な顔をし大粒の涙をポロポロと流す孫娘。途方に暮れたテッドは助けを求めるように娘夫婦を見つめた。
「お義父さん、代わりますよ」
腕を伸ばしたトニーがエストを抱きしめあやすと、彼女はピタリと泣き止んだ。小さな手を動かし父親の指を掴んだ彼女は安心したのか、そのまま寝入ってしまった。
エストを見つめるトニーの眼差しは、ペッパーに向けられるものとはまた違うもので、今までの彼にはなかったもの。
トニーのそばに歩み寄ったペッパーは、娘の頭にキスをすると、トニーの腰に手を回し抱きついた。
その幸せな親子の様子をソファに座り見ているテッドとシルヴィアの顔にも、自然と笑みが浮かんだ。
「トニーったら、すっかり父親なのね」
「そうだな。ヴァージニアも幸せだな」
顔を見合わせ笑った二人だが、テッドは妻とは違うことを考えていた。どうやったら孫娘に泣かれずにすむか…。彼の望みはただ一つ。エストが目を覚ましたら、今度こそ笑わせてみせるということだけだった。

***
静かな廊下を一人の男がバタバタと走っている。
「廊下は走らないで下さい!」
とナースに注意されたが、男は聞いていないのか、そのまま長い廊下を駆け抜けると、とある病室の前で立ち止まった。
「よ、よし!行くぞ…」
緊張しているのか、額の汗を拭った男は、大きく深呼吸すると病室のドアをノックした。

「ローディ!よく来てくれたな!」
ドアが開くと同時に抱きついてきたのはトニー・スターク。そのままトニーに引っ張られるように室内に入ったローディの鼻元を甘く優しい香りがくすぐった。
「あら、いらっしゃい」
リクライニングチェアーに座ったペッパーの腕には、ローディがこの数か月待ち続けた小さな子供が収まっていた。
「この子か?そうだ。トニー、ペッパー、おめでとう」
嬉しそうにお礼を言う二人の手を握ったローディに、
「エストよ。初めましてーって」
と言いながら、ペッパーは娘を渡した。
腕の中にすっぽりと収まった生まれたばかりの命。壊れそうでそれでいて温かい存在に対し、ローディは今まで感じたことのない気分になった。もちろんこの子が生まれたのも嬉しい。だがそれ以上に、孤独だった親友が親となり幸せな家庭を築いていることが、ローディは何より嬉しかったのだ。
お腹にいた時から声を聞き存在を知っていたからだろうか、ローディがあやしてもエストは泣くことなく手を伸ばした。
その瞳は母親譲りのマリブの海と同じ色なのだが、大きな瞳も長い睫もそして顔だちも、父親そっくりのエストの頬を突いたローディは、傍らに立つ親友に笑いかけた。
「おい、トニー。お前にそっくりじゃないか」
「みんなそう言う」
照れ臭そうに鼻を擦ったトニーだが、口元は緩みっぱなしだ。こんなに幸せそうなトニーは見たことがない。いや、結婚式の時も人前ではカッコつけていたが、ふとした瞬間にペッパーと二人きりになると今日みたいにニヤついていたな…と考えていたローディだが、不意に込み上げる物を感じ慌てて首を振った。
「だが…お前たち二人が親になるとはなぁ…。ペッパーはまだしも、トニーが父親か…。信じられない…」
照れ隠しに言った言葉も、二人にはお見通しだったのだろうか、トニーとペッパーは顔を見合わせると笑ったのだった。

ローディがエストに話しかけていると、しばらくしてハッピーがやって来た。
両親ではなく父親の親友に抱かれているエスト。それに気付いたハッピーは、ローディの元に駆け寄るとエストを覗き込んだ。
「エストちゃん、ハッピーおじさんだよ~」
どこから出しているのかと思うほどの甲高い声を出したハッピーに、エストとの時間を楽しんでいたローディは眉間に皺を寄せた。
「おい!今は俺があやしてるんだ!エスト~、かわいいなぁ。ローディおじちゃんと結婚しよう!」
「ちょっと待て!エストは渡さない!俺の方が先に会ったんだぞ?生まれてすぐに会ったんだから、俺の方が先だ!」
「何だと?」
ハッピーとローディの間で火花が散ったその瞬間から、エストの『大好きなおじさん』のポジション争奪戦が始まったのだった。
そんな二人を見たトニーは、
「おいおい、この先不安なのは気のせいか?」
と、頭を抱えた。だが…
「一番大変なのはあなただと思うけど…」
と、ポツリとペッパーは呟いたのだった。

***
乳児の声がする廊下を進むのは、お馴染みのあのメンバー。
「こんなに押しかけたら迷惑じゃないか?」
「そんなことないわよ。だって、あのトニー・スタークが父親なのよ!まさに天地がひっくり返るような出来事よ!」
「ナット…。それは言いすぎだ…」
先頭を進むのはナターシャ、そしてその後ろを大量の荷物を抱えたクリント、スティーブ、ブルースが従っているというこの一団は、私服のためかあのヒーローたちと気付かれないまま目的の部屋へと到着した。

トニーは仕事に行っており、病室の窓際でペッパーは娘をあやしていた。
「大勢ですまない」
と謙遜するスティーブだったが、ペッパーは笑顔でみんなを出迎えた。
「いいのよ。大勢の方が楽しいもの」
と笑ったペッパーは、腕の中の娘を皆に見せた。
「エステファニア・マリア・スタークよ」
そう言われ、4人はペッパーの腕の中の小さな赤ん坊を覗き込んだ。
「カワイイ!」
手を叩き大はしゃぎなのはナターシャ。その後ろから覗き込んだ男3人は、目の前に見慣れた顔のミニチュアが現れたのだから、驚き息を飲んだ。
「トニーにそっくりじゃないか!」
「本当だ…。生き写しだ…」
「こんなに似るものなのか?」
ぼそぼそと話す男性陣を無視したナターシャは、エストの頭を撫でた。
目を覚ましたエストは、連日の見知らぬ訪問者の声に興奮気味に手足をばたつかせた。その物怖じすることのない態度に一同は感心した。
「さすがスタークの娘ね…」
妙なところで感心しているナターシャに、クリントはここぞとばかりに提案した。
「いいなぁ…。なあ、ナット。俺たちも……」
「ねぇ、ペッパー。抱っこさせてくれる?」
見事に無視されたクリントに、一同は同情するような視線を向けた。いつもと変わらないやり取りに苦笑いしたペッパーは
「いいわよ。はい、どうぞ」
と、娘をナターシャに渡した。
「きゃー!かわいい!見て、このちっちゃい手!もー!何でこんなにかわいいの!!」
いつも冷静なブラックウィドウはどこへやら…。子供のようにはしゃぐナターシャにペッパーも若干引き気味だ。そのテンションは尋常ではないため、誰一人として止めることができない。目を白黒させているエストに気づいたブルースとスティーブがどうにかしろとクリントを突ついた時だった。
「私も子供が欲しくなっちゃったわ!どうしよう…」
ボソっと呟いたその言葉幸いにと、クリントが飛び出そうとしたその時だった。
「ふぇっ…」
顔を歪めたエストの目から大粒の涙が零れ落ちた。
(ナターシャがスタークーの娘を泣かせた!)
顔色を変えたスティーブ・ブルース・クリントを横目で見たペッパーは椅子から立ち上がった。
その時…。
「おい!娘を泣かせたのは誰だ!」
ドアを蹴散らさんばかりの勢いで入ってきたのは、トニー・スターク。ナターシャからエストを奪いとったトニーが抱きしめるとエストはピタリと泣き止んだ。
「エスト、ただいま。パパに会いたかっただろ?パパもだ。パパもエストに会いたくて、死にそうだったぞ?」
頬を摺り寄せたトニーは目尻を下げると娘の頭にキスをした。
こんな幸せそうなトニー・スタークの姿は見たことがない。そしてこんなにもデレデレしている姿も…。
だが、それよりも、トニーが抱きしめただけで泣き止むエストに、4人は思った。やっぱりペッパーの娘だと…。

「幸せで何よりね」
娘の頬をつつき、トニーにキスをしてもらい嬉しそうなペッパーと、二人を抱き寄せ何事か囁いているトニーを見つめていた4人もまた、何とも言えない温かな気持ちになったのだった。

***
ついにスタークJr.が生まれた!
あのトニー・スタークが父親になった!
子供は女の子らしい…。

そんな断片的な情報ばかりが先行し、一向に姿を見せないスターク一家。これは夫人と子供の退院時を狙うしかない…と、張り込んで早五日。そろそろ忍耐も限界だと誰もが思ったその時だった。
「出てきたぞ!!」
誰かの叫び声と同時に、病院の玄関に向かってフラッシュが一斉にたかれた。
だが、玄関の前にはトニー・スタークしかいないではないか。
初の親子3人の姿を写そうと躍起になっていたマスコミはガックリと肩を落としたが、あのトニー・スタークのことだ。おめでたい話題なのだから、饒舌になっているだろうと、皆気を取り直しマイクを向けた。
「スタークさん、おめでとうございます!娘さんとのことですが、どちらに似ていますか?」
張り込んでいた5日間暇だったため、誰がどの質問をするか決めていたマスコミは、いつもの会見とは違い大人しくトニーが話し始めるのを待った。
その沈黙を楽しむかのように咳払いをしたトニーは、ニヤリと笑うとVサインをし口を開いた。
「ついに私が父親になったんだ!君たち、信じられないかもしれないが、私が父親だぞ、ち・ち・お・や!」
ニヤつく顔を隠しきれないトニーは、サングラスをしていても、その目尻が下がりっぱなしなのが分かるほどだ。
あのプレイボーイと名高かったトニー・スタークが父親になった!
沸き起こる拍手に照れ臭そうに応じるトニーは、鼻の頭をこすった。
「娘さんのお名前は?」
続けて問われた質問に、トニーはわざとらしく肩をすくめた。
「それは秘密だ…と言いたいところだが、どうせもう掴んでいるんだろ?」
頷くマスコミを見渡したトニーは両腕を大きく広げた。
「では、発表させてもらおう!『エステファニア・マリア・スターク』だ!」
『マリア』と聞き脳裏に浮かんだのは、亡き先代の妻であり、トニー・スタークの母親であるマリア・スターク。思わず上がった感嘆の声に、頷いたトニーは
「そうだ、亡き母の名前をもらった」
と、笑みを浮かべた。
名前が分かるとやはり知りたいのはその容姿。
「どちらに似ていますか?」
そう問われたトニーは、娘のことを思い出したのか、先ほどよりも顔を崩した。
「私だ。私に似て世界一可愛いんだ!ペッパー…いや、妻は生まれた瞬間から私に似ていると言っていたが、そうらしい。見舞いに来たみんなが口を揃えて言うんだ」
へぇ~と言ってはみたものの、やはり写真を見てみたい。
「スタークさん、娘さんの写真はないんですか?」
その質問を予期していたのだろう。ポケットから何やら取り出したトニーは
「写真?それよりもいいものがある。娘の絵を描いたんだ!」
と、バーン!と効果音でもなりそうな勢いで広げた。

hello4

まるで子供が描いたような、お世辞にも上手とは言えない絵。おそらく産まれたばかりの娘なのだろうが、面と向かって聞く勇気はない。その強者の役割をコソコソと押し付けあっていたマスコミだが、丁度トニーの目の前にいた若手の女性記者が恐る恐る口を開いた。
「そ、それは…」
なぜ分からないんだ?と目を見開いたトニーだが、
「私が描いた娘の似顔絵だ!さっき描いたんだ!どうだ?私に似てるだろう?」
と、絵をさらに前に突き出した。
「そ、そうですね…。目がクリッとされているところと…ま、まつ毛が長い……可愛らしい娘さん…ですね…」
あの絵ではそう言うしかない。だが、『可愛らしい』と言われたトニーは満足げに笑うと、手を振りながら病院の中へと戻って行った。

裏口へ向かったトニーは、待っている車に乗り込んだ。
「どうだった?」
隣に座るペッパーの腕の中の娘はぐっすりと眠っている。
「あぁ、やはり私一人でよかった。君たちがいれば、怪我をしていたかもしれない」
マスコミが押し寄せ大変なことになっていると知り、相談の結果トニー一人で会見を開くことになったのだが、おそらくエストの姿を見せろと言われるだろうと、ペッパーは前もってエストの写真を用意していたのだ。
「あの写真、見せたの?」
「……あぁ…。その場にいた全員が可愛らしいと言っていた」
一瞬の間があったのは気になったが、かわいいと言われれば嬉しくないわけがない。眠る娘の頬をつついたペッパーは、嬉しそうにトニーの肩にもたれかかった。そんなペッパーを抱き寄せたトニーは、ポケットにそっと手を突っ込んだ。
(あんな可愛らしい寝顔を世界中に晒すわけにはいかないだろ!)
携帯を開いたトニーは、先ほどの適当に描いたイラストをポケットの中で握り潰すと、ペッパーと娘の写真を撮った。

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