We can’t live without each other.①

『一歳になるまでは、必ずどちらかが一緒にいるようにしよう』と、エストが生まれた時に決めていた二人だったが、今日は同時に重要な会議が入ってしまい、止むを得ず社内の託児所に預けることにした。
初めて両親と離れることになるのだが、人見知りしないエストは、託児所のスタッフが抱いてもニコニコと笑っていた。ほんの二、三時間だから…と、小さな娘の初めての冒険に後ろ髪惹かれながらも別々の会議に向かった二人だったが…。

『エストが誘拐されそうになった』
そう告げられたトニーは会議室を飛び出し、階下の託児所へと急いだ。

託児所は騒然としていた。社員や警官ばかりでない。事件を聞きつけた報道陣も群がっており、避けろと叫びながら人を掻き分け進んだトニーは、託児所のスタッフに別室へと案内された。
部屋からはすすり泣く声が聞こえてくる。先に到着していたペッパーは、首の座ったばかりの娘を抱きしめ部屋の隅で涙を流していた。そっと近づいたトニーが背後からペッパーの肩に触れると、振り返ったペッパーはトニーに抱きついた。
父親の姿を見て嬉しそうに笑ったエスト。怪我もなく無事なようだ。娘の頭にキスをしたトニーはペッパーを立ち上がらせると、ハッピーの次に信頼できる部下に命じ二人を帰宅させた。

防犯カメラに犯人が映っていると聞いたトニーは、ハッピーと共に社のセキュリティーセンターへと向かった。
「社長、この女性です」
映像にはベビーベッドで眠るエストを抱き上げる女性の姿。だが、女性が抱き上げた瞬間、エストは火がついたように泣き出した。驚いた女性はエストをベッドに戻すと部屋から飛び出して行った。
「アップにしてくれ」
ちらりとカメラの方を見上げた女性の姿をトニーが指差すと、女性の顔が拡大された。その女性の顔を見た瞬間、トニーは息を飲んだ。
それはかつて…20年近く前だが…自分が愛した女だった。
顔色を変え黙ってしまったトニーに、同じく青い顔をしたハッピーが声を掛けた。
「ボス…まさか…」
ハッピーに視線を向けたトニーは頭を抱えた。
「…あぁ。彼女だ…。エミリー・ホワイトだ…」
犯人が特定できたと、警察は早速動き始めた。だが、トニーはその場から動けなかった。
エミリー・ホワイトは今から20年前、トニーがSIの社長になって間もない頃、付き合っていた女性だ。彼女はトニーと結婚するつもりだった。だが、当時のトニーにはそのつもりはなく、トニーの浮気を知った彼女は絶望のあまり自ら命を絶とうとした。もちろん、激怒した彼女の両親はトニーを二度と娘に会わせようとしなかった。結局トニーも別の女性と付き合ううちに、彼女との思い出を封印したのだった。星の数ほどいる女性の一人と言えばそうなのかもしれないが、 最悪の別れをした彼女のことは忘れられなかった。
もちろん、ペッパーと出会う前の話だ。その頃、すでにトニーのボディガードだったハッピーは、事の顛末を知っている。
「なぜだ…今頃になってなぜ…」
あれから20年経ったのだ。どうして今になって彼女が現れたのか分からない。苦しそうに顔を歪めたトニーにハッピーは何と言っていいのか分からなかった。

ペッパーにきちんと話をしよう。夜になればペッパーの気持ちも落ち着いているだろうから、二人きりになったら話そう。
そう考えながら帰宅したトニーだったが、犯人の情報を掴んだメディアはトニーと彼女の過去の関係もすでに掴んでいたのだった。
そのため、帰宅するなりトニーは目を釣り上げたペッパーに捕まったのだった。
「どういうことよ!」
怒りで真っ赤な顔をしたペッパーは、テレビを指差した。テレビのニュースは今日の誘拐未遂事件ばかり報じており、そしてその誘拐犯はトニー・スタークの昔の恋人だと繰り返し伝えている。
「恋人だったの?」
目に涙を浮かべたペッパーはトニーのジャケットを掴んだ。
「…大昔だ。全て君と出会う前の話だ」
そう言うとトニーはため息を付いた。まずは自分の口から伝えようと思っていたのが台無しではないか…。だが、きちんと真実を伝えよう。メディアがどう伝えているかは分からないが、ペッパーには真実を知る権利があるのだから…。
「ペッパー、話がある。落ち着こう。まずは座らないか?」
落ち着かせようと腕を摩ったトニーだが、ペッパーはその手を振り払った。
「落ち着けですって?! トニー!エストが…私たちの娘が誘拐されかけたのよ!それも、あなたの昔の恋人に!」
涙をポロポロと零しながら、ペッパーはトニーの胸元を叩いた。
自分と恋人になる前、トニーには大勢の女性がいたのは当然知っている。朝になって彼女たちを追い払うのは自分の役割だったから…。だが、どれも一夜限りの女性ばかり。自分より前に本気で愛した女性はいないと、結婚する時にトニーは語っていた。短い間だが付き合っていた女性についても、洗いざらい教えてくれた。だが、彼女のことは…エミリー・ホワイトのことは知らなかった。
どうして彼女の事を話してくれなかったのか聞きたかった。犯人が分かった時点でなぜすぐに連絡してくれなかったのか聞きたかった。そしてもう一つ。彼女とは本気だったのか聞きたかった。
「彼女のこと、愛してたの?」

愛していたのかと言われれば、当時は愛していたのだろう。だが、今ペッパーを愛しているように、心の底から愛していた訳ではない。ペッパーはなくてはならない大切な存在。彼女なしでは生きていけないのも同然だ。だから、エミリーが今のペッパーと同じ存在でないことは確かだ。
唇を震わせるペッパーに、トニーは何から話せばいいのか迷った。迷った挙句、まずは彼女に対して愛を伝えることにした。
「ペッパー、もう20年も前の話だ。だか、今の私が愛しているのは…」
そんなことを聞きたいのではないと、ペッパーは大声を上げた。
「答えになってないわ!あの女のことを愛していたのか聞いてるの!」
娘が誘拐されかけた、それもトニーの過去のせいで…。すっかり頭に血が上っているペッパーにトニーの言葉をゆっくり聞く余裕はなかった。
「ペッパー、だから…」
落ち着いてくれ…と言おうとしたトニーだったが、ただ犯人とのことを率直に聞きたいペッパーは、その頬を平手打ちした。
呆然とするトニーを睨みつけたペッパーは、
「もういいわ!!」
と叫ぶと寝室へ向かった。
クローゼットからカバンを取り出したペッパーは、自分とエストの物を次々と放り込んでいった。慌てて追いかけてきたトニーは、ペッパーを見ると顔色を変えた。
「おい、ペッパー!何をしているんだ!」
カバンを持ちエストを抱き上げたペッパーの腕を掴んだトニーだが、彼女はその手を払いのけた。
「触らないで!あなたの顔なんか見たくないわ!二度と帰って来ないから!もうあなたと話すことはないから電話は掛けてこないで!話したくなったら私から掛けるわ!」
大声を出した母親に驚いたエストは泣き始めたが、ペッパーはバタバタと階段を下りて行った。
今まで何度も喧嘩をしてきたが、ここまで拒絶されたのは初めてだった。
何が起こったか理解できずしばらく呆然と佇んでいたトニーだったが、ふと我に返ると慌てて外へ飛び出した。だが、ペッパーはすでに出て行った後だった。

肩を落としリビングへ戻って来たトニーは、ソファーの上に何か落ちていることに気付いた。それは、トニーが娘に買ってきたうさぎのぬいぐるみだった。エストの匂いのするぬいぐるみを見た瞬間、トニーは今起こったことは夢ではなく現実の事、つまり妻と娘が自分の元から去ってしまったことに気付いた。
「どうしてだ…。永遠にそばにいてくれるんじゃなかったのか…」
ぬいぐるみを抱きしめたトニーはその場に座り込むと、声を上げて泣いた。

②へ
トニーの過去の女性は星の数ほどいますからね…

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