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Need You Now~絆編10~

こうして、トニー・スターク誘拐監禁事件は容疑者アルドリッチ・キリアン死亡によって幕を閉じたのだった。病院での出 来事とキリアンがトニーにしたことはうやむやにされ、キリアンの動機も『化学兵器の開発をトニー・スタークに強要するため』と発表されたため、マスコミも 余計な詮索をすることなく、トニーとペッパーの周りには、久しぶりに穏やかな日々が続いていた。

ローディが二人の元を訪ねて来たのは、あの事件から数日たった頃だった。自宅療養中と称して、ペッパーとのんびり過ごしていたトニーは、ローディが持ってきた資料を見ると目を輝かせた。
「A.I.M.で押収した資料だ。あのエクストリミスの件は極秘事項になっているから、持ち出すのは大変だったんだぞ?お前の問題の解決の糸口になればと思って…」
「ありがとう、ローディ。これがあれば何とかできるかもしれない」

というわけで、ここ数日トニーはラボにこもっているのだが、邪魔をしては悪いかとペッパーはラボに近づかないようにしていた。だが、食事の時以外は出てこようとしない夫の様子がさすがに気になって、彼の大好物のドーナツを作るとラボへ足を運んだ。
いくつものスクリーンの前に座り込んだトニーは、忙しそうに資料をめくっている。
「何か分かった?」
背後からそっと抱きつき首筋にキスをすると、向きを変えたトニーはペッパーを膝の上に座らせた。
「エクストリミスの原理を解析したんだが、解毒剤が出来そうだ」
「本当?さすがスターク先生ね」
久しぶりに聞く『先生』という言葉に、照れたように頬を掻いたトニーは、ドーナツを摘まむと頬張った。
「俺は天才だからな。それはそうと、このドーナツ美味いな。わざわざ俺のために作ってくれたのか、ポッツ君?」
かじりかけのドーナツを小さく千切り、ペッパーの口に放り込んだトニーは、口の端に付いた砂糖をペロリと舐めた。
「そうよ。私って料理が得意なの。大好きなスターク先生のために作ったお手製のドーナツよ」
クスッと笑ったペッパーは、まだドーナツの香りが残る甘い唇を合わせた。トニーの舌がペッパーの唇の隙間から口腔内に侵入したのを合図に、ペッパーは腕を トニーの首元に巻きつけた。舌を絡めるようなキスを繰り返していたトニーが、ペッパーのシャツの裾から手を忍ばせようとした時だ。
『トニー様、お客様です』
ジャーヴィスの来客を告げる声がラボに響き渡った。
「客が来る予定はあったか?」
良いところを邪魔され不機嫌そうに唸るトニーの膝から降りたペッパーは、慌てて身だしなみを整えた。

二人で手を繋ぎリビングへ向かうと、一人の女性の姿があった。女性が誰か気づいたトニーは、顔を曇らせた。
「マヤ…」
トニーの言葉で、目の前の女性があの写真に写っていた女性と分かったペッパーも顔を強張らせた。
二人の顔に緊張か走ったのを見たマヤは、深々と頭を下げた。
「トニー、突然押しかけてごめんなさい。それと、あなたにしたこと…許されることではない…。私があなたに会いにくるのもお門違いだと分かってる…」
トニーは黙ったまま、マヤにソファーに座るように促した。隣に座ったペッパーの肩を抱き寄せたトニーをチラリと見たマヤは、今度はペッパーの方を向くと再び頭を下げた。
「それから、ミセス・スターク。ご主人にあんなことをしてしまって、本当に申し訳なく思ってます。ご主人だけではなく、あなたも苦しめてしまい…。謝ってすむことではないのは分かってます…。でも…本当にすみませんでした」
膝の上で握ったマヤの拳は小さく震えており、マヤの謝罪は心からの言葉と感じたペッパーは、あの写真の送り主が目の前の女性であると確信した。
「あの写真を送ってきたのは…あなたでしょ?あの写真で、トニーの居場所が分かったんです。もし、あれがなければ…彼は……」
『殺されていた』という言葉が言えず黙ってしまったペッパーの背中をトニーは優しく撫でた。
大きく息を吸い込んだマヤは、
「おそらくあなたを誘い出す餌としてキリアンに利用され、その後殺されていたわ」
と言うと、長い話だけど…と前置きし、今までの経緯を話し始めた。
「キリアンとはスイスの会議で出会ったの。私の研究は、トニーも知っていると思うけど、エクストリミスと言って、DNAを置き換えるウイルスよ。あと一歩のところまで完成してたんだけど、資金不足で今後どうしようか悩んでたの。そんな私にキリアンは出資するから自分の研究機関で働いてくれと言ってきたわ。 条件は良かったから、私はすぐにその話に乗ったわ。今考えれば、それが間違いだったんだけど…。キリアンはエクストリミスを人間に活用したいと言ってきた。不慮の事故で身体の一部を無くした人たちの役に立ちたいと…。そこで数人にエクストリミスを投与した。見事成功したわ。でも、エクストリミスは未完成 だった。身体が耐えきれずに、何人もの人が爆発してしまったの…。キリアンの狙いは、エクストリミスを完成させて軍に売り込むことだったの。未完成の物を 売り込むわけにはいかないと、私は反対したわ。でも、キリアンは私を脅してきた。大切な物を盾に…。すぐに完成させないと殺すと彼は言ったわ。その時、あなたを思い出したの。学生の時、私の研究に大きなヒントを与え続けてくれたあなたを…。だから私は彼に言ったわ。完成させるにはトニー・スタークの協力が必要だってね。あなたの名前を聞いて、彼はいいことを思いついたと言った。
彼はミセス・スタークを人質に取って、トニーを従わせようと言ったわ。でも実際は、エクストリミスを完成させたら、トニーを兵器として利用して殺して…ミセス・スターク、あなたを自分のものにするつもりだった。キリアンは私を捌け口にしていたの…。あいつに抱かれた後、そのことを聞いて私は愕然としたわ。
そうこうしているうちに、あいつはトニーを連れてきた。そして私に言ったの。『昔の男だろ?そうだ、こいつと寝ろ。その映像をヴァージニアに見せれば、彼女はこいつが裏切ったと分かるだろ?そうすれば、容易く彼女を手に入れることができる』って…。もちろん私は拒否したわ。今さらあなたたちの幸せを壊したくなかったから。でも、トニーと寝なければ、私の大切な物を壊すとあいつは言ったの。あなたたちが結婚して、そしてトニーが幸せに暮らしていることは知っていた。でも、私にはどうすることもできなかった。だから、トニーと寝たふりをしようって思ったの。だけどあいつはビデオカメラを用意して…自分の目の前でヤレって…。ごめんなさい…私は言うことを聞かざるを得なかった…。嫌がるあなたに幻覚剤を与えて、私のことをミセス・スタークと思い込ませたの。無理矢理だったけど…愛なんてないことは分かっていたけど…久しぶりにあなたに抱かれて…思い出したの。あの楽しかった時を…」
一瞬遠い目をしたマヤだったが、目を伏せたままのトニーを見つめると再び話し始めた。
「でも、トニー、あなたは私を抱いていても、奥さんの名前ばかり言っていた。あなたの目に私は映っていなかった…。その時気づいたの。いくら私があなたの昔のオンナだとしても、あなたたち二人の間は誰も引き裂けないって…。
あの写真を送れば、トニーが裏切ったことが分かるとキリアンに言ったのは私よ。キリアンに気付かれないように、ミセス・スタークへの秘密のメッセージを入れてね」
ダミーが運んできた紅茶を啜ったマヤは、良い香りね…と微笑んだ。
マヤも本心ではなかったのだ。彼女もまたキリアンに利用されていたのだ…。だから、彼女なりにトニーを救おうとしてくれていた…。目の前の女性もまた被害者だと思ったペッパーは、目を潤ませた。
「それでトニーの居場所が分かるような写真を送ってきたのね…」
「気がつかなければ、彼を逃がすつもりだったけど…」
微かに笑ったマヤは、トニーを真っ直ぐ見つめた。
「償いをさせて。あなたたち夫婦を苦しめたんだから、いくら償ってもダメだと分かってるけど…。解毒剤を作るんでしょ?手伝うわ」
「だが…」
言葉を濁したトニーに、マヤは懇願するように頭を下げた。
「トニー。私がエクストリミスを作ったの。残っていたエクストリミスは全て破壊した。後はあなただけ。解毒剤を作るのも私の仕事よ。お願い…最後まで見届けさせて?」
開発者である彼女の助けがあるのはありがたい。だが、いくら利用されていたとはいえ、自分と関係のあった女性なのだ。ペッパーの気持ちを考えると、自分一人では決められない…。
チラリとペッパーを見たトニーだが、にっこりと微笑んだ彼女は小さく頷いた。
(ペッパーはすごい…。俺が思いもしないことに気づくし、何より俺のことを俺自身よりも理解しているのだから…)
ペッパーの手をそっと握りしめたトニーは、マヤを真っ直ぐに見つめた。
「分かった…。俺からも頼む。協力してくれ」

翌日から、マヤはトニーと協力し、解毒剤を作っていった。元々気心のしれた二人、作業は着々と進み、あっという間に解毒剤は完成した。
いよいよトニーに解毒剤を投与するという前日。トニーはずっと気になっていたことをマヤに尋ねた。
「ところで、君もあいつに脅されていたんだろ?君の言う大切な物とは…」
マヤは顔を一瞬強張らせたが、手元の資料を見ていたトニーは気づくことがなかった。
「息子がいるの」
マヤの言葉に顔を上げたトニーは目を丸くした。
「安心して、あなたの子供じゃないわ。スイスに一緒に行った男性との子供よ…」
ホッとした表情のトニーだが、マヤは顔を背けて話し始めた。
「彼とは別れたの。息子が生まれてすぐにね…。今は別の男性と結婚したの。彼は息子のことも本当の子供のように可愛がってくれているわ」
カバンから何かを取り出したマヤは、それをトニーに渡した。
「この子よ…。隣に写っているのが主人…」
手渡されたのは一枚の写真。そして写真には一人の男性とかわいらしい男の子が写っていた。
「君に似てるな」
大きな目をした漆黒の髪の少年は、マヤにそっくりだった。
「そうかしら?頭の回転が良くて、昔からイタズラばかりしてるのよ。でもね、ユーモアに富んでいて…優しくて思いやりのあるいい子なの…。父親に似たのかしら…」
愛おしそうに写真を撫でるマヤは、母親の顔をしており、トニーは眩しそうに見つめた。
「無事だったんだろ?」
「えぇ…。キリアンに捕まっていたけど、あなたがあいつを倒してくれた。今はスイスに戻ってるわ…」
「そうか…」
じっと写真を見つめるマヤに、トニーはなぜあの時自分を捨ててスイスに行ったのか聞いてみようかと思った。だが、自分も彼女も今、別の相手と幸せに暮らしているのだから、あの時の決断は間違いではなかったんだ…と思い直し、再び手元の資料を読み始めたのだった。

数日後、LAの空港にはトニーとマヤの姿があった。
完成した解毒剤のおかけで、トニーは元に戻ることができ、それを見届けたマヤはスイスへ帰ることになったのだ。
話すべきことはあるのだろうが、二人は黙ったまま搭乗ゲートへ向かった。
10年前、トニーに別れも告げずスイスへ旅立った理由を話そうかずっと迷っていたマヤだったが、ペッパーと幸せに暮らしているトニーには言えるはずはなかった。それに、トニーへの思いを断ち切ったのは自分であり、あの時とっくに捨てたのだから…。
頭を振ったマヤは、トニーに向き合うと手を差し出した。
「トニー、二度と会うことはないけど…元気でね。奥さんを大切にしてあげて」
差し出された手を握ったトニーもいろいろと思うところはあったが、それを隠すように笑顔を向けた。
「あぁ。マヤ、いろいろありがとう。君こそ元気で…」
そしてマヤは二度と振り返ることなく、スイスへと帰って行った。

しばらくして振り返ると、トニーの姿はなかった。携帯を取り出したマヤは、彼女の一番大切な人へ電話を掛け始めた。数回のコールの後、電話口からは愛しい声が聞こえてきた。ますます父親に似てき始めたその声に、マヤは目を細めた。
「ママよ。どう?調子は?…え?ママは大丈夫!心配しないで?パパの言うことをちゃんと聞いてる?もうすぐ帰るわ。ママもあなたに早く会いたい…。…えぇ、ママも愛してるわ、エドワード…」

電話を切ったマヤは、彼女の心の片隅で永遠に生き続ける最愛の男性の顔を思い出していた。
(ねぇ、トニー。あなたは私に大切な物を与えてくれたわ…。あの時あなたにあげられなかった物を…今度は私があの子に伝えるから…)

2 人がいいねと言っています。

Need You Now~絆編9~

翌朝、トニーの腕の中で目覚めたペッパー。その温もりも柔らかさも、そして抱きしめてくれるその強さも何の変わりもな く、久しぶりに穏やかな気持ちになったペッパーは、彼の胸に顔をすり寄せた。余程疲れているのだろう。一向に起きる気配のないトニーの頬にキスをすると、 ペッパーはバスルームへと向かった。

シャワーを浴びていると、部屋の中から大きな物音がした。家具が破壊される音、そして叫び声が聞こえ、何か起こったと悟ったペッパーは慌てて服を着た。
「ど、どうしよう…」
フロントに電話しようとバスルームに備え付けられた受話器を取ったが、何の反応もない。どうやら線を切られたらしい。もちろん携帯は手元になく、出るに出られないペッパーは、バスルームの隅に隠れるように座り込んだ。
だが、バスルームのドアが勢いよく開き、数人の男が乱入してきた。
「おい!いたぞ!」
抵抗すればお腹の子供が傷付けられるかもしれないと感じたペッパーは、抵抗することなくリビングへ連れて行かれた。

リビングはめちゃくちゃに破壊されており、その中央には数人の男に囲まれたトニーの姿があった。
「トニー!」
トニーは、両脇を男に抱えられ身動きが取れないのだろう。そして頭と胸に銃を突きつけられており、目の前にいるキリアンを睨みつけている。
トニーを憎々しげに見ていたキリアンだが、ペッパーに気づくと笑みを浮かべた。
「やあ、ヴァージニア、おはよう。シャワーを浴びたての君に会えるなんて光栄だ」
この男のせいでトニーがそして自分が苦しんだのだと思うと、ペッパーには憎しみしか浮かんでこなかった。
「トニーを離しなさい!」
悔しくて涙が出そうになるのをグッと堪えたペッパーは、キリアンを睨みつけた。
「ヴァージニア、冷たいなぁ。そんなにこの男が好きか?君も見ただろ?こいつは化け物だ。君とは違うぞ?この男は君の愛するトニー・スタークではないんだぞ?」
ニヤリと笑ったキリアンは、トニーの腹を蹴り上げた。下手に動けばペッパーに危害が加わると思ったのだろう、トニーは抵抗することなく苦しそうに顔を歪めた。
「違う!彼は変わらないわ!彼はいつだって私の愛するトニー・スタークよ!あなたなんかと一緒にしないで!」
顔を上げたトニーがペッパーを見つめた。まるで、あまり挑発するなと言うように…。二人が見つめあっていることに気づいたキリアンは、遮るようにトニーとペッパーの間に立った。
「思ったより君たちの絆ってやつは強いらしいな。そこで質問だ。ヴァージニア、こいつのこと、元に戻したいか?」
「も、元に戻せるの?!」
思わず叫んだペッパーに、キリアンは笑みを浮かべた。
「あぁ、戻せるさ。だが、条件がある。君が身も心も僕のモノになったらこいつを元に戻してやってもいいぞ?」
つまりは、トニーと別れキリアンの元に行けば、トニーは元の生活を取り戻せるということだ。もちろんトニーと離れたくない。だが、このままでは、彼は一生苦しむことになる…。
ペッパーの瞳に迷いを見つけたトニーは、彼女に向かって叫んだ。
「ペッパー!ダメだ!馬鹿なことはよせ!」
だが、出来るならトニーを元に戻してあげたい…例えそれが犠牲を払ってでも手に入るなら…。そう思ったペッパーは、震える声で呟いた。
「私があなたのモノになったら…本当にトニーを元に戻してくれるの?」
(もう一息だ。もうすぐヴァージニアを僕だけのモノにできる…)
笑い出しそうになるのを必死で堪えたキリアンは、ペッパーの方へ一歩歩み寄った。
「あぁ。約束しよう。君が僕と一緒になってくれれば、スタークには二度と手を出さない。僕なら君をもっと完璧に出来る。スタークが与えられなかった物を君には与えるよ。だが、その腹の子供は邪魔だな?スタークの子供はいらない。君には僕の子供たちを産んでもらわなくちゃ」
懐から銃を取り出したキリアンが、ペッパーの腹部に照準を合わせた。
このままではペッパーのみならず、子供まで奪われてしまう…。両脇を押さえつけている男に一瞬隙ができたのをトニーは見逃さなかった。怒りに燃えたトニーは、自分を押さえつけていた男を跳ね飛ばした。慌てて銃を構えた男を殴り倒し銃を奪ったトニーは、周りの敵を次々と撃っていった。あっという間の出来事 で、誰も反撃する隙もなく倒されていく。
「俺の妻と子供に手を出すな!!」
キリアンに掴みかかったトニーも、そしてキリアンも、身体全体がオレンジ色に光っている。エクストリミスで強化された二人の力は凄まじく、ペッパーは慌てて部屋の隅に避難した。
「スターク!お前に彼女は幸せにできない!僕ならヴァージニアを幸せにできるんだ!彼女を完璧な存在に仕立てられる!」
トニーを何度も殴りつけるキリアン。口や鼻から血を流し始めたトニーも負けじと殴りかかるが、キリアンの方が力は強く、トニーは追い詰められていった。
だが、ペッパーを思うトニーの気持ちの方が強かった。
「お前にペッパーの何が分かるんだ!彼女は俺に出会う前から完璧なんだ!」
怒り狂ったトニーの赤く燃えたぎる手がキリアンの胸を貫いた。目を見開いたキリアンは、そのまま床に倒れ動かなくなった。

肩で息をしながら動かないキリアンを見つめているトニーに、しばらくしてペッパーは恐る恐る声をかけた。
「トニー?」
何度も深呼吸をし、落ち着きを取り戻したトニーはゆっくりと振り返った。そこにいたのは、先ほどまでの激昂したトニーではなく、いつもの優しい目をしたトニーだった。
「ペッパー…終わったぞ…。もう大丈夫だ…」
トニーの元に駆け寄ったペッパーは、彼の胸に飛び込んだ。
「トニー…怖かった……」
優しく包み込んでくれるその腕に抱かれて、ペッパーはやっと心から安心できたのだった。

10へ…

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Need You Now~絆編8~

トニーはあの場所に来ていた。一人になりたい時、よく来ていたあの場所へ……。
岸壁に座り込んだトニーはまだ暗い海をじっと眺めていた。

これからどうすればいいんだ…。さっきのようにカッとなると、俺は変わってしまうらしい…。俺は化け物だ…。知らず知らずのうちに人を傷つけてしまう…。 もし、万が一のことがあり、ペッパーを…そして生まれてくる子供を傷つけるようなことになれば…。それに…ペッパーを裏切ってしまった…。自分の意思ではないと言え…。こんな俺を…変わってしまった俺を彼女は赦し受け入れてくれるだろうか…。

頬を伝わる涙を拭ったトニーは、震える身体を押さえつけるように膝を抱え込んだ。

朝日が昇り、辺りが明るくなり始めた頃だった。
「トニー…よかった。ここだったのね?」
最愛の女性の声がし、トニーは振り返った。
「ペッパー…」
暖かな光の中にあのワンピースを着たペッパーが立っていた。
「トニー、帰りましょ?」
手を差し出したペッパーは、温かな笑みを浮かべながらゆっくりと近づいて来る。駆け寄りその手を握ろうとしたトニーだったが、あの悪夢のような出来事を思い出し後退りした。
「ダメだ!来るな!ペッパー!俺は…変わってしまったんだ…。君のことも傷つけるかもしれない…。恐ろしい怪物に…」
逃げるように距離を取るトニー。
(何があっても受け止めると決めたのよ!しっかりしなさい、ペッパー!)
立ち止まったペッパーは、拳をキュッと握りしめた。
「トニー!何があったのか私には分からない…。でも、何があってもあなたは私の大切な…」
「そんなのきれいごとだ!君は俺がどんな姿になったか見てないだろ!!」
声を荒げたトニーをじっと見ていたペッパーだが、やがてその顔に恐怖の色が浮んだ。トニーの目は真っ赤に光り、体はオレンジ色に光っている。
「トニー……」
悲鳴を上げそうになったペッパーは、慌てて口元を抑えた。ペッパーの恐怖を感じたトニーは、
「それに、ほら…こんなこともだ」
と言うと、足元に落ちていた鋭い石を拾い自分の腹に刺した。
「キャー!!」
悲鳴を上げたペッパーは思わず目を閉じたが、
「見ろよ、俺を傷つけられる奴はいないぞ?」
楽しそうに笑うトニーの声にそっと目を開けた。見るとトニーの腹部の傷はみるみるうちに治っている。
某然とした表情で自分を見つめるペッパーに、トニーは顔を歪めた。
「ペッパー、俺は化け物になったんだ。もう君とは一緒にいられない。君のことを傷つけたくない…。だから、俺はこのまま姿を消す…。すまない……」
瞬きをしたトニーの目から、涙が一粒零れ落ちた。ゆっくりと歩き出したトニーは、それ以上何も言うことをなく、ペッパーの横を通り過ぎて行く。ペッパーは立ちすくんだままで動けなかった。

トニーは変わってしまった…。私たちとは違う何かに…。でも……これでいいの?本当にこのまま彼を一人にさせていいの?
だって…声も姿も、それに私を思う気持ちも…トニーは何も変わってないのよ?
それに…彼が今までと違っていても、私は彼を愛していることには何の変わりもないじゃない……。

振り返ると、ハッピーがトニーに縋るように引き止めているのが見えた。
「トニー……ダメよ……行かないで…」
ペッパーは小走りに走り出した。そして、ハッピーを振り切り立ち去ろうとしているトニーの背中に抱きついた。
「お願い…トニー…。行かないで…。あなたはあなたよ…。それに、あなたがどんな姿になっても…私はあなたを愛してる…。あなたにそばにいて欲しいの…。だから…お願い…」
「ペッパー……」
胸元で組まれたペッパーの手は温かく、トニーの目からは涙が次々と零れ落ちた。

家や会社には騒ぎを聞きつけたマスコミがいるため、ハッピーはホテルへと二人を連れて行った。
薄暗い部屋の中、トニーとペッパーはベッドに座り込み抱き合っていた。
「…何をされたの?」
ポツリと呟いたペッパーは、トニーの背中をゆっくりと撫でた。
「分からない…。何か薬を投与された…」
数日会わなかっただけなのに、痩せてしまったトニーの身体を抱きしめながら、監禁されている間にトニーがどれほど辛い目に合っていたのかと思うと、悔しくなったペッパーは唇を噛みしめた。
「それに…」
言葉を濁したトニーは、ペッパーの目をじっと見つめた。
「すまない、ペッパー…。無理矢理とは言え、君を裏切るようなことをしてしまった…。最低な男だな、俺は…。本当にすまない…。謝って許してもらえるとは思っていないが…。すまない…」
何度も謝罪の言葉を口にし頭を下げるトニー。あの写真を思い出したペッパーは、ギュッと目を閉じたが、トニーの首元に顔を埋めると囁くような声を出した。
「…知ってるわ…」
まさかペッパーがあの出来事を知っているとは知らず、トニーは凍りついた。
「え?」
身体を硬直させたトニーに気づいたペッパーは、顔を上げると戸惑うトニーの頬をそっと触った。
「写真が送られて来たの。あなたが女の人と…。でも、エミリーさんに言われたの。どんなことがあっても、あなたは私を裏切らないって。あなたが望んでしたことじゃないって…。だから、謝らないで…。あなたが今、私のそばにいて、私のことを愛してくれている…それだけで十分よ…。トニー、一緒に解決の道を探しましょ?」
微笑んだペッパーの温かい言葉に、トニーはペッパーをギュッと抱きしめた。
「ペッパー…俺は君に救われてばかりだな…。ありがとう、ペッパー…。愛してる……」
「私もよ…。トニー、愛してるわ…」
顔を上げキスをねだるように目を閉じたペッパーに、トニーは蕩けるようなキスをし始めた。その唇の感触も温かさも、以前のトニーとは何の変わりもなく、ペッパーはトニーの身体にしがみついた。
「お願い…抱いて?」
胸元に唇を押し付けたペッパーは、逞しい胸板に指を滑らせた。
「あぁ…」
ペッパーの結っていた髪を解いたトニーは、彼女を抱きしめたままベッドへ倒れこんだ。

9へ…

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Need You Now~絆編7~

『トニー…あなたのこと、もう愛せないわ…』
目の前のペッパーは、まるで化け物を見るかのような目で自分を見つめている。
「ペッパー、待ってくれ。話を聞いてくれ!」
必死で追いかけるが、ペッパーの姿はどんどん遠ざかって行く。
『言っただろ?お前は変わった。ヴァージニアが怖がるのも無理ないさ』
聞き覚えのある声がし振り返ると、キリアンがいた。そしてその傍にはペッパーも…。
「ペッパー…」
手を伸ばしたトニーだが、ペッパーはキリアンに身体を擦り寄せるとキスをし始めた。
「おい…やめろ…やめてくれ…」
二人に駆け寄ったトニーだが、いつまでたっても近づくことができない。
「ペッパー…ペッパー……」
最愛の女性の名前を何度も呼ぶが、彼女はキリアンに抱きしめられると、愛を囁き始めた…。

「ペッパー!!」
自分の叫び声で目を覚ましたトニー。薄暗いはずの部屋は明るく、消毒薬の匂いが鼻腔をくすぐり、トニーはここが病院であることに気付いた。
(俺は助かったのか…)
大きく深呼吸をしたトニーだが、あの業火に焼かれるような出来事を思い出した。
(そうだ…俺は…)
慌てて身体を見るが、特に変わったことはない。
(あれは、夢だったのか?)
ぼんやりとする頭で必死に記憶を手繰り寄せようとするが、頭の中は混乱しており、夢と現実の区別がはっきりとつかない。
頭を抱えるトニーの脳裏に、キリアンの言葉が鮮明に蘇った。
『変えてあげましょう。我々と同じように…』
(俺はどうかなったのか…。そうだ、ペッパーは…?ペッパーは無事だろうな?)
キリアンはペッパーを狙っている。もしかしたらペッパーも自分と同じようにキリアンに何かされたかもしれない…。不安になったトニーは、起き上がると腕に刺さっている点滴を引き抜いた。そして、ふらつく身体を奮い立たせ、辺りを伺いながらそっと廊下へ出た。

「ペッパー…」
深夜なのだろうか、病院の廊下は静まり返っており、人一人いない。
壁に手を付きながらゆっくりと歩くトニー。ナースステーションの前に差し掛かると、トニーの姿を見たナースが慌てて駆け寄って来た。
「スタークさん!まだ安静にしておいてください!」
ナースがトニーの腕を掴み呼び止めたが、譫言のようにペッパーの名前を呟くトニーに、その声は届いていない。
「スタークさん!」
数人のナースがトニーの身体を押さえつけた。足元がよろめき床に転倒したトニーの腕に誰かが鎮静剤を打とうとした。
トニーの脳裏に、キリアンに捕まっていた時のことがよぎった。
「離せ!!」
思わずカッとなったトニー。その瞬間、身体の中を炎が駆け巡った。

気がつくと、自分を押さえつけていたナースが周りに倒れていた。そして、辺りには巻き添いになったと思われる椅子や家具が粉々に壊れている。
「お、俺が…やったのか?」
震える両手を見つめると、あの時と同じように身体が光っている。
「ど、どうして…こんな…」
パニックになったトニーは、その場に立ちすくんでいたが、やがて騒ぎを聞きつけ警官がやって来た。
「動くな!」
騒ぎを起こした男は暗がりに立っており、顔が見えない。だが深夜にこんな騒ぎを起こすなんて、危険な人物だと考えた警官は、銃を向けた。
「俺は…何もしていない…」
暗がりから抜け出そうとゆっくりと歩みよろうとしたトニーに、警官が発砲した。
乾いた音が廊下に鳴り響き、トニーは腹部に痛みを感じた。真っ赤に染まる足元と近寄って来る警官を交互に見たトニーは、慌てて走り出した。

トニーが病院からいなくなったという知らせは、自宅に戻っていたペッパーにすぐさま伝えられた。

「行きつけのバーにも本宅にもハワード様とマリア様のお墓にもいらっしゃいませんでした。トニー様は腹部を撃たれているそうです。早く見つけなければ…。ペッパー様!心当たりはありませんか?」
知らせを持ってやって来たハッピーは、トニーが負傷していると聞き顔色を変えたペッパーの肩を掴んだ。

トニーが行そうな場所と言っても、おそらくハッピーの方が詳しいくらいだろう。LAでペッパーの知っている場所はほとんどないのだから…。
その時、ペッパーの脳裏にトニーの言葉が浮かんだ。
『昔から一人で来てたんだ。何かあった時、悩んだ時に…。この朝日を見ていると、悩みなんかすぐに忘れてしまう。元気をもらえる俺だけの秘密の場所なんだ』
(もしかして、あの場所かも…。ううん、きっとあそこよ…。彼と私だけのあの秘密の場所…)
ペッパーには確信があった。きっと彼は私を待っているという確信が…。

「ハッピー、私が言うところに連れて行ってくれない?」

8へ…

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Need You Now~絆編6~

幸いにもお腹の中の子供は無事だった。
「今日一日はおとなしくしておいて下さいね。ペッパー様に何かあったら、私がトニー様に怒られますから」
ベッドに横たわったペッパーに明るく話しかけたエミリーだが、ペッパーの顔色は悪く泣き出しそうな表情をしている。

ペッパーはどうすればいいのか分からなかった。もちろんトニーが裏切るなんて思ってもいない。だがあの写真を見て、ペッパーはトニーを信じられなくなっていたのだ。
チラリとエミリーを見上げると、彼女はペッパーを労わるように頭を撫でてくれた。
社長夫人と秘書という関係ではあるが、出会ってから数ヶ月、頼る者のいないLAで、一回り近く年の違うエミリーはペッパーにとって何でも相談できる姉のような存在になっていた。

「エミリーさん…私……彼のこと…」
震える声で言葉を絞り出したペッパーだったが、どこから話せばいいのか分からず、黙ってしまった。
真っ赤に腫れた目に新たな涙が浮かんだのを見たエミリーは、言葉を選びながら話し始めた。
「僭越ながら、写真を拝見しました。ペッパー様、あの写真に写っていることは、残念ながら事実だと思います。でも、あれはトニー様が望まれてしたことではありません」
キッパリと言い切ったエミリーだったが、それでもペッパーは素直に受け止められなかった。
「でも…でも…。トニーがあの女性と…したことに…代わりはないわ…。彼は私以外の女性と…」
大粒の涙が枕を濡らし、ペッパーはそばに置いてあったタオルで顔を覆った。ペッパーの手を優しく握ったエミリーは静かに話し続けた。
「トニー様は何があってもペッパー様のことを裏切ったりしません。この数ヶ月お二人をずっと見てまいりましたが、私はそれだけは神に誓って言えます。ト ニー様はペッパー様のことをいつも考えていらっしゃいます。時々トニー様は部屋で居眠りをされていますが、そんな時でもペッパー様のお名前を寝言で言われ ているんですよ」
「え…」
意外だった。家や二人きりの時には甘えた姿を見せてくれるトニーだが、一旦公の場に出ると、愛しているというアピールは勿論するのだが、どちらかと言うと年下の妻をリードする頼もしい夫という面しか見せないからだ。
目をパチクリさせているペッパーに、エミリーは笑みを浮かべた。
「私が初めてトニー様にお会いしたのは、トニー様が社長になられて間もない頃でした。開口一番に私を秘書に採用した理由を言われたんです。『君には婚約者 がいるそうだな?私もだ。だから君を秘書に採用した』って。いきなりそんなこと言われたんで、正直おかしくって…。それから事あるごとにトニー様はペッ パー様のことをお話になるんです。その時のトニー様は本当に幸せそうで…。ペッパー様が来られる数日前でした。大切な話があると呼ばれて行くと、トニー様 はいつも自分のスーツをオーダーされているデザイナーと話をされていました。ペッパー様のために洋服をオーダーされていたようです」
「あ…」
その話を聞いてペッパーは思い出した。あの日…マリブに来た翌日、トニーが買ってくれたワンピースのことを…。一目で気に入った訳だ。彼がペッパーのためにオーダーした世界で一枚しかないワンピースだったのだから…。
大粒の涙がペッパーの目に浮かんだのを見たエミリーは、タオルで優しく拭うと言葉を続けた。
「デザイナーが帰った後でトニー様は言われました。『もうすぐ彼女がこっちに来る。ペッパーは世界一大切な女性だ。ペッパーのおかげなんだ。今の私がいるのは…。彼女には今まで何度も救われてきた。だから、彼女のためなら私は命さえ惜しまない。そのくらい大切な女性なんだ。エミリー、もし私に何かあったら、彼女のことを頼むぞ?』と…。トニー様はペッパー様が来られるのをとても楽しみにされていました。だから、大丈夫です。トニー様はペッパー様のことを 本当に大事に思っていらっしゃいますから…」

(分かってる…。彼はいつだって私の幸せを考えてくれている…。どうして一瞬でも彼のことを疑ったの?私が信じなくて、誰が彼のことを信じるの?)
顔を上げたペッパー。その瞳にはもう迷いはなかった。ペッパーの手を優しく握ったエミリーは、腕時計を見た。
「ペッパー様、あの写真にはトニー様の居場所の手がかりになる物が写っていました。トニー様は州境の街にいらっしゃいます。今、ローズ大佐が救出に向かっています。もしかしたら誰かがトニー様の居場所を教えるために送ってきたのかもしれません…」

その頃、LAから遠く離れた州境の小さな街に、ローディは数名の部下を引き連れてやって来ていた。割り出した住所に向かったローディたちは、ビルの一室に突入した。

「いたぞ!」
目的の人物は部屋の中央にいた。身体を拘束され、ぐったりとし意識がない。
「トニー!おい!しっかりしろ!!」
左右の腕に何本も刺さる管を引き抜いたローディは、トニーの頬を軽く叩くが、トニーは反応しない。
複数のパックはいずれも空っぽ。部屋には何の手がかりもなく、トニーが何を投与され、何をされたのか誰も分からなかった。

「検査では異常はありません。ただ、救出された時にトニー様は薬物を大量に投与されていました。2、3日様子をみましょう」
病院へ担ぎこまれたトニーは、すぐさま検査を受けたが、結果に異常は見つからなかった。
トニーがキリアンに何をされたのかは分からない。ただ一つはっきりとしていること、それは彼が無事な姿で自分の元に戻ってきてくれたこと…。眠り続けるトニーの頬をペッパーはそっと撫でた。
「トニー…無事でよかった…」

7へ…

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