『トニー…あなたのこと、もう愛せないわ…』
目の前のペッパーは、まるで化け物を見るかのような目で自分を見つめている。
「ペッパー、待ってくれ。話を聞いてくれ!」
必死で追いかけるが、ペッパーの姿はどんどん遠ざかって行く。
『言っただろ?お前は変わった。ヴァージニアが怖がるのも無理ないさ』
聞き覚えのある声がし振り返ると、キリアンがいた。そしてその傍にはペッパーも…。
「ペッパー…」
手を伸ばしたトニーだが、ペッパーはキリアンに身体を擦り寄せるとキスをし始めた。
「おい…やめろ…やめてくれ…」
二人に駆け寄ったトニーだが、いつまでたっても近づくことができない。
「ペッパー…ペッパー……」
最愛の女性の名前を何度も呼ぶが、彼女はキリアンに抱きしめられると、愛を囁き始めた…。
「ペッパー!!」
自分の叫び声で目を覚ましたトニー。薄暗いはずの部屋は明るく、消毒薬の匂いが鼻腔をくすぐり、トニーはここが病院であることに気付いた。
(俺は助かったのか…)
大きく深呼吸をしたトニーだが、あの業火に焼かれるような出来事を思い出した。
(そうだ…俺は…)
慌てて身体を見るが、特に変わったことはない。
(あれは、夢だったのか?)
ぼんやりとする頭で必死に記憶を手繰り寄せようとするが、頭の中は混乱しており、夢と現実の区別がはっきりとつかない。
頭を抱えるトニーの脳裏に、キリアンの言葉が鮮明に蘇った。
『変えてあげましょう。我々と同じように…』
(俺はどうかなったのか…。そうだ、ペッパーは…?ペッパーは無事だろうな?)
キリアンはペッパーを狙っている。もしかしたらペッパーも自分と同じようにキリアンに何かされたかもしれない…。不安になったトニーは、起き上がると腕に刺さっている点滴を引き抜いた。そして、ふらつく身体を奮い立たせ、辺りを伺いながらそっと廊下へ出た。
「ペッパー…」
深夜なのだろうか、病院の廊下は静まり返っており、人一人いない。
壁に手を付きながらゆっくりと歩くトニー。ナースステーションの前に差し掛かると、トニーの姿を見たナースが慌てて駆け寄って来た。
「スタークさん!まだ安静にしておいてください!」
ナースがトニーの腕を掴み呼び止めたが、譫言のようにペッパーの名前を呟くトニーに、その声は届いていない。
「スタークさん!」
数人のナースがトニーの身体を押さえつけた。足元がよろめき床に転倒したトニーの腕に誰かが鎮静剤を打とうとした。
トニーの脳裏に、キリアンに捕まっていた時のことがよぎった。
「離せ!!」
思わずカッとなったトニー。その瞬間、身体の中を炎が駆け巡った。
気がつくと、自分を押さえつけていたナースが周りに倒れていた。そして、辺りには巻き添いになったと思われる椅子や家具が粉々に壊れている。
「お、俺が…やったのか?」
震える両手を見つめると、あの時と同じように身体が光っている。
「ど、どうして…こんな…」
パニックになったトニーは、その場に立ちすくんでいたが、やがて騒ぎを聞きつけ警官がやって来た。
「動くな!」
騒ぎを起こした男は暗がりに立っており、顔が見えない。だが深夜にこんな騒ぎを起こすなんて、危険な人物だと考えた警官は、銃を向けた。
「俺は…何もしていない…」
暗がりから抜け出そうとゆっくりと歩みよろうとしたトニーに、警官が発砲した。
乾いた音が廊下に鳴り響き、トニーは腹部に痛みを感じた。真っ赤に染まる足元と近寄って来る警官を交互に見たトニーは、慌てて走り出した。
トニーが病院からいなくなったという知らせは、自宅に戻っていたペッパーにすぐさま伝えられた。
「行きつけのバーにも本宅にもハワード様とマリア様のお墓にもいらっしゃいませんでした。トニー様は腹部を撃たれているそうです。早く見つけなければ…。ペッパー様!心当たりはありませんか?」
知らせを持ってやって来たハッピーは、トニーが負傷していると聞き顔色を変えたペッパーの肩を掴んだ。
トニーが行そうな場所と言っても、おそらくハッピーの方が詳しいくらいだろう。LAでペッパーの知っている場所はほとんどないのだから…。
その時、ペッパーの脳裏にトニーの言葉が浮かんだ。
『昔から一人で来てたんだ。何かあった時、悩んだ時に…。この朝日を見ていると、悩みなんかすぐに忘れてしまう。元気をもらえる俺だけの秘密の場所なんだ』
(もしかして、あの場所かも…。ううん、きっとあそこよ…。彼と私だけのあの秘密の場所…)
ペッパーには確信があった。きっと彼は私を待っているという確信が…。
「ハッピー、私が言うところに連れて行ってくれない?」
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