トニーはあの場所に来ていた。一人になりたい時、よく来ていたあの場所へ……。
岸壁に座り込んだトニーはまだ暗い海をじっと眺めていた。
これからどうすればいいんだ…。さっきのようにカッとなると、俺は変わってしまうらしい…。俺は化け物だ…。知らず知らずのうちに人を傷つけてしまう…。 もし、万が一のことがあり、ペッパーを…そして生まれてくる子供を傷つけるようなことになれば…。それに…ペッパーを裏切ってしまった…。自分の意思ではないと言え…。こんな俺を…変わってしまった俺を彼女は赦し受け入れてくれるだろうか…。
頬を伝わる涙を拭ったトニーは、震える身体を押さえつけるように膝を抱え込んだ。
朝日が昇り、辺りが明るくなり始めた頃だった。
「トニー…よかった。ここだったのね?」
最愛の女性の声がし、トニーは振り返った。
「ペッパー…」
暖かな光の中にあのワンピースを着たペッパーが立っていた。
「トニー、帰りましょ?」
手を差し出したペッパーは、温かな笑みを浮かべながらゆっくりと近づいて来る。駆け寄りその手を握ろうとしたトニーだったが、あの悪夢のような出来事を思い出し後退りした。
「ダメだ!来るな!ペッパー!俺は…変わってしまったんだ…。君のことも傷つけるかもしれない…。恐ろしい怪物に…」
逃げるように距離を取るトニー。
(何があっても受け止めると決めたのよ!しっかりしなさい、ペッパー!)
立ち止まったペッパーは、拳をキュッと握りしめた。
「トニー!何があったのか私には分からない…。でも、何があってもあなたは私の大切な…」
「そんなのきれいごとだ!君は俺がどんな姿になったか見てないだろ!!」
声を荒げたトニーをじっと見ていたペッパーだが、やがてその顔に恐怖の色が浮んだ。トニーの目は真っ赤に光り、体はオレンジ色に光っている。
「トニー……」
悲鳴を上げそうになったペッパーは、慌てて口元を抑えた。ペッパーの恐怖を感じたトニーは、
「それに、ほら…こんなこともだ」
と言うと、足元に落ちていた鋭い石を拾い自分の腹に刺した。
「キャー!!」
悲鳴を上げたペッパーは思わず目を閉じたが、
「見ろよ、俺を傷つけられる奴はいないぞ?」
楽しそうに笑うトニーの声にそっと目を開けた。見るとトニーの腹部の傷はみるみるうちに治っている。
某然とした表情で自分を見つめるペッパーに、トニーは顔を歪めた。
「ペッパー、俺は化け物になったんだ。もう君とは一緒にいられない。君のことを傷つけたくない…。だから、俺はこのまま姿を消す…。すまない……」
瞬きをしたトニーの目から、涙が一粒零れ落ちた。ゆっくりと歩き出したトニーは、それ以上何も言うことをなく、ペッパーの横を通り過ぎて行く。ペッパーは立ちすくんだままで動けなかった。
トニーは変わってしまった…。私たちとは違う何かに…。でも……これでいいの?本当にこのまま彼を一人にさせていいの?
だって…声も姿も、それに私を思う気持ちも…トニーは何も変わってないのよ?
それに…彼が今までと違っていても、私は彼を愛していることには何の変わりもないじゃない……。
振り返ると、ハッピーがトニーに縋るように引き止めているのが見えた。
「トニー……ダメよ……行かないで…」
ペッパーは小走りに走り出した。そして、ハッピーを振り切り立ち去ろうとしているトニーの背中に抱きついた。
「お願い…トニー…。行かないで…。あなたはあなたよ…。それに、あなたがどんな姿になっても…私はあなたを愛してる…。あなたにそばにいて欲しいの…。だから…お願い…」
「ペッパー……」
胸元で組まれたペッパーの手は温かく、トニーの目からは涙が次々と零れ落ちた。
家や会社には騒ぎを聞きつけたマスコミがいるため、ハッピーはホテルへと二人を連れて行った。
薄暗い部屋の中、トニーとペッパーはベッドに座り込み抱き合っていた。
「…何をされたの?」
ポツリと呟いたペッパーは、トニーの背中をゆっくりと撫でた。
「分からない…。何か薬を投与された…」
数日会わなかっただけなのに、痩せてしまったトニーの身体を抱きしめながら、監禁されている間にトニーがどれほど辛い目に合っていたのかと思うと、悔しくなったペッパーは唇を噛みしめた。
「それに…」
言葉を濁したトニーは、ペッパーの目をじっと見つめた。
「すまない、ペッパー…。無理矢理とは言え、君を裏切るようなことをしてしまった…。最低な男だな、俺は…。本当にすまない…。謝って許してもらえるとは思っていないが…。すまない…」
何度も謝罪の言葉を口にし頭を下げるトニー。あの写真を思い出したペッパーは、ギュッと目を閉じたが、トニーの首元に顔を埋めると囁くような声を出した。
「…知ってるわ…」
まさかペッパーがあの出来事を知っているとは知らず、トニーは凍りついた。
「え?」
身体を硬直させたトニーに気づいたペッパーは、顔を上げると戸惑うトニーの頬をそっと触った。
「写真が送られて来たの。あなたが女の人と…。でも、エミリーさんに言われたの。どんなことがあっても、あなたは私を裏切らないって。あなたが望んでしたことじゃないって…。だから、謝らないで…。あなたが今、私のそばにいて、私のことを愛してくれている…それだけで十分よ…。トニー、一緒に解決の道を探しましょ?」
微笑んだペッパーの温かい言葉に、トニーはペッパーをギュッと抱きしめた。
「ペッパー…俺は君に救われてばかりだな…。ありがとう、ペッパー…。愛してる……」
「私もよ…。トニー、愛してるわ…」
顔を上げキスをねだるように目を閉じたペッパーに、トニーは蕩けるようなキスをし始めた。その唇の感触も温かさも、以前のトニーとは何の変わりもなく、ペッパーはトニーの身体にしがみついた。
「お願い…抱いて?」
胸元に唇を押し付けたペッパーは、逞しい胸板に指を滑らせた。
「あぁ…」
ペッパーの結っていた髪を解いたトニーは、彼女を抱きしめたままベッドへ倒れこんだ。
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