翌朝、トニーの腕の中で目覚めたペッパー。その温もりも柔らかさも、そして抱きしめてくれるその強さも何の変わりもな く、久しぶりに穏やかな気持ちになったペッパーは、彼の胸に顔をすり寄せた。余程疲れているのだろう。一向に起きる気配のないトニーの頬にキスをすると、 ペッパーはバスルームへと向かった。
シャワーを浴びていると、部屋の中から大きな物音がした。家具が破壊される音、そして叫び声が聞こえ、何か起こったと悟ったペッパーは慌てて服を着た。
「ど、どうしよう…」
フロントに電話しようとバスルームに備え付けられた受話器を取ったが、何の反応もない。どうやら線を切られたらしい。もちろん携帯は手元になく、出るに出られないペッパーは、バスルームの隅に隠れるように座り込んだ。
だが、バスルームのドアが勢いよく開き、数人の男が乱入してきた。
「おい!いたぞ!」
抵抗すればお腹の子供が傷付けられるかもしれないと感じたペッパーは、抵抗することなくリビングへ連れて行かれた。
リビングはめちゃくちゃに破壊されており、その中央には数人の男に囲まれたトニーの姿があった。
「トニー!」
トニーは、両脇を男に抱えられ身動きが取れないのだろう。そして頭と胸に銃を突きつけられており、目の前にいるキリアンを睨みつけている。
トニーを憎々しげに見ていたキリアンだが、ペッパーに気づくと笑みを浮かべた。
「やあ、ヴァージニア、おはよう。シャワーを浴びたての君に会えるなんて光栄だ」
この男のせいでトニーがそして自分が苦しんだのだと思うと、ペッパーには憎しみしか浮かんでこなかった。
「トニーを離しなさい!」
悔しくて涙が出そうになるのをグッと堪えたペッパーは、キリアンを睨みつけた。
「ヴァージニア、冷たいなぁ。そんなにこの男が好きか?君も見ただろ?こいつは化け物だ。君とは違うぞ?この男は君の愛するトニー・スタークではないんだぞ?」
ニヤリと笑ったキリアンは、トニーの腹を蹴り上げた。下手に動けばペッパーに危害が加わると思ったのだろう、トニーは抵抗することなく苦しそうに顔を歪めた。
「違う!彼は変わらないわ!彼はいつだって私の愛するトニー・スタークよ!あなたなんかと一緒にしないで!」
顔を上げたトニーがペッパーを見つめた。まるで、あまり挑発するなと言うように…。二人が見つめあっていることに気づいたキリアンは、遮るようにトニーとペッパーの間に立った。
「思ったより君たちの絆ってやつは強いらしいな。そこで質問だ。ヴァージニア、こいつのこと、元に戻したいか?」
「も、元に戻せるの?!」
思わず叫んだペッパーに、キリアンは笑みを浮かべた。
「あぁ、戻せるさ。だが、条件がある。君が身も心も僕のモノになったらこいつを元に戻してやってもいいぞ?」
つまりは、トニーと別れキリアンの元に行けば、トニーは元の生活を取り戻せるということだ。もちろんトニーと離れたくない。だが、このままでは、彼は一生苦しむことになる…。
ペッパーの瞳に迷いを見つけたトニーは、彼女に向かって叫んだ。
「ペッパー!ダメだ!馬鹿なことはよせ!」
だが、出来るならトニーを元に戻してあげたい…例えそれが犠牲を払ってでも手に入るなら…。そう思ったペッパーは、震える声で呟いた。
「私があなたのモノになったら…本当にトニーを元に戻してくれるの?」
(もう一息だ。もうすぐヴァージニアを僕だけのモノにできる…)
笑い出しそうになるのを必死で堪えたキリアンは、ペッパーの方へ一歩歩み寄った。
「あぁ。約束しよう。君が僕と一緒になってくれれば、スタークには二度と手を出さない。僕なら君をもっと完璧に出来る。スタークが与えられなかった物を君には与えるよ。だが、その腹の子供は邪魔だな?スタークの子供はいらない。君には僕の子供たちを産んでもらわなくちゃ」
懐から銃を取り出したキリアンが、ペッパーの腹部に照準を合わせた。
このままではペッパーのみならず、子供まで奪われてしまう…。両脇を押さえつけている男に一瞬隙ができたのをトニーは見逃さなかった。怒りに燃えたトニーは、自分を押さえつけていた男を跳ね飛ばした。慌てて銃を構えた男を殴り倒し銃を奪ったトニーは、周りの敵を次々と撃っていった。あっという間の出来事 で、誰も反撃する隙もなく倒されていく。
「俺の妻と子供に手を出すな!!」
キリアンに掴みかかったトニーも、そしてキリアンも、身体全体がオレンジ色に光っている。エクストリミスで強化された二人の力は凄まじく、ペッパーは慌てて部屋の隅に避難した。
「スターク!お前に彼女は幸せにできない!僕ならヴァージニアを幸せにできるんだ!彼女を完璧な存在に仕立てられる!」
トニーを何度も殴りつけるキリアン。口や鼻から血を流し始めたトニーも負けじと殴りかかるが、キリアンの方が力は強く、トニーは追い詰められていった。
だが、ペッパーを思うトニーの気持ちの方が強かった。
「お前にペッパーの何が分かるんだ!彼女は俺に出会う前から完璧なんだ!」
怒り狂ったトニーの赤く燃えたぎる手がキリアンの胸を貫いた。目を見開いたキリアンは、そのまま床に倒れ動かなくなった。
肩で息をしながら動かないキリアンを見つめているトニーに、しばらくしてペッパーは恐る恐る声をかけた。
「トニー?」
何度も深呼吸をし、落ち着きを取り戻したトニーはゆっくりと振り返った。そこにいたのは、先ほどまでの激昂したトニーではなく、いつもの優しい目をしたトニーだった。
「ペッパー…終わったぞ…。もう大丈夫だ…」
トニーの元に駆け寄ったペッパーは、彼の胸に飛び込んだ。
「トニー…怖かった……」
優しく包み込んでくれるその腕に抱かれて、ペッパーはやっと心から安心できたのだった。
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