ジェーンが風邪を引いた。
青い顔をしてベッドに横になっているジェーンに、ソーは大慌て。
「ジェーンよ、アスガルドへ行くぞ!大変な病気なら…」
今にも自分を抱きかかえ空高く飛び上がろうとしそうなソーをジェーンは押しとどめた。
「大丈夫よ、ソー。風邪だから…。病院にも行ったし、薬も貰ったから…。すぐに良くなるわ…」
「そうか…」
大事には至らないと知ったソーは、安心したように息を吐いた。そして、ベッドサイドに腰掛けるとジェーンの手をそっと握った。
「…うつるわよ」
ゴホッと咳き込んだジェーンだが、ソーは肩をすくめた。
「俺はアスガルドの住人だ。ミッドガルドの病気はうつらない」
ソーの言葉が真実がどうかは疑わしい。
「本当?風邪を引いたことないの?」
思わず眉をひそめたジェーンだが、ソーは困ったように頭を掻いた。
「…風邪というのか?お前が今なっているのは。同じような病気にはなったことはある。だが、お前のその風邪がうつるかどうかは分からない。つまりだな… ミッドガルドの住人とこんなにも接したことは今までない。だから、確証はないが…多分、うつらない」
要するに、彼にもよく分からないということだ。それなのに手を握りそばにいるということは、それだけ心配してくれているということだろう。
途端に嬉しくなったジェーンは、ふふっと笑みを浮かべると、力強い手を握り返した。
「もし、うつったから、私が看病してあげるわ」
「ジェーンに看病して貰えるなら、うつってもいいかもしれない」
イタズラっ子のようにニヤっと笑ったジェーンにソーも豪快に笑うと、何度か咳き込んだ彼女に毛布を掛け直した。
「ほら、もう休め。俺がそばにいる」
「うん…」
額を撫でる大きな手は温かくそしてどこまでも安堵感を与えてくれる…。
その優しさに包まれたジェーンはいつしか眠りについていた。
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風邪(ナターシャの場合)
ナターシャが寝込んだ。鬼の霍乱と言ったら怒るだろうな…と思いつつクリントが寝室を覗くと、ナターシャは頭から毛布を被っていた。
「スープ作ったんだ。食えるか?」
毛布の山をそっと撫でると、真っ赤な顔をしたナターシャが顔を出した。
クリントの手には美味しそうなスープ。思わずお腹が鳴ったナターシャは、起き上がるとため息を付いた。
彼は何でも卒なくこなしてしまう。料理も掃除も洗濯も…つまりは家事一般を。女の自分よりも素早くそして丁寧にだ。
「あんたって、器用よね…」
そっと言ったつもりだが、聞こえていたのか、はたまた聞こえないふりをしているのか…。
「ん?何か言ったか?」
ニコニコと嬉しそうに笑うクリントを横目にナターシャはスープを平らげた。
「お前が看病してくれたから治りが早かったんだ。だから、俺もお前のことを全力で看病するからな!」
と宣言したクリントがその後も甲斐甲斐しく看病したおかげか、その日の夕方にはナターシャの具合も大分良くなったのだった。
そしてその夜…。
「汗をかくと早く熱が下がるらしいぞ?」
と言いながら、なぜかクリントは隣に潜り込んできた。
「…うつるわよ」
ゴホッと咳き込んだナターシャを抱きしめたクリントは気にする風でもない。
「お前の風邪は俺からうつったんだ。だから俺にはうつらない」
どういう理屈なのかは分からないが、自信満々に言われるとそうなのかと納得してしまう。くすっと笑ったナターシャは、首筋にかかるクリントの吐息を感じながら、安心したように目を閉じたのだった。
風邪(クリントの場合)
『あのクリント・バートンが任務中にぶっ倒れたらしい』
第一報を聞いたナターシャは耳を疑ったが、慌てて家へ帰ってみると、真っ青な顔をしたクリントはベッドの中で震えていた。
「馬鹿は風邪引かないって言うのは嘘ね」
「誰が馬鹿だと?」
ボソッと呟いたつもりが聞こえていたらしい。起き上がったクリントは反論しようとしたが、ゴホゴホと咳き込んだ。
「もう。うつるからちゃんとマスクして!」
買ってきた物の中からマスクを取り出したナターシャは、クリントに向かって投げつけるとキッチンへ向かった。
うつらうつらし始めたクリントだが、キッチンから悲鳴が聞こえ飛び起きた。
何か起こったに違いない。愛しのナターシャのピンチだと、風邪で寝込んでいるとは思えないほど俊敏な動きでキッチンへ向かったクリントは、カウンターの前で佇むナターシャに声を掛けた。
「ど、どうした!」
「な、何でもないわ。ただ…」
クリントの声に肩をビクつかせたナターシャは、裏返った声を出した。だが、さっと背後に隠した物から、黒い煙が上がっている。
隠したつもりだろうが、何かは検討がつく。
(また料理に失敗したのか…)
と思ったが、そんなことを言えば機嫌を損ねるのは目に見えてる。いや、今のクリントにナターシャと言い争う気力はないのが現実だ。
「…俺は寝るぞ…」
鼻を啜ったクリントは寝室へ戻ろうとしたが、その後ろ姿にナターシャは思い切って声を掛けた。
「あ、あのね…。食べる?お腹が空いてたら…の話だけど…」
ぷいっと恥ずかしそうにそっぽを向いたナターシャは、テーブルを指差した。
テーブルの上には皿が置いてあり、一応は食欲をそそるような匂いが漂っている。恐る恐る覗き込むと、何やら黒い物が大量に浮いているが、スープのようだ。
(苦手な料理を俺のために…)
そう思うと、クリントの喉元を熱いものが込み上げてきた。
味なんかどうだっていい。おそらく、熱で舌は麻痺してるだろうから。いや、そうではなくて、彼女が作ってくれたということが極上のスパイスなのだから…。
「あぁ。折角だから食うよ」
ニヤっと笑みを浮かべたクリントは、椅子に勢いよく座るとスプーンを手に取った。
風邪(トニーの場合)
幸いにもすぐに治った私だけど、甲斐甲斐しく世話をしてくれていたトニーが今度はインフルエンザになった。しかも厄介なことに、私よりも酷い。
「どう?具合は?」
ゲストルームで寝込んでいるトニーは、真っ赤な顔をしている。熱を測ると40度。額に置いたタオルもすぐに熱くなってしまう。
「ぺっぱー……もう……ダメだ……。しにそうだ……」
とろんとした目のトニーは身体をもそもそと動かしたけど、節々が痛むのか唸り声を上げた。
「大丈夫よ。今日は辛いけど、明日になれば薬も効くし、少しは良くなるわ」
頬を撫で毛布を掛け直すと、小さく頷いたトニーは目を閉じた。
リビングに戻ると、エストが待ち構えていたかのように飛びついてきた。
「パパは?」
母親が姿を見せると同時に今度は父親の姿が消えたのだから、さすがに小さな娘といえども、何か起こっていると分かったらしい。
「大丈夫よ。パパもね、風邪を引いたの。でも、すぐに良くなるわ」
父親は母親と同じ風邪で寝込んでいる、つまり父親には当分会えないと理解したのか、エストは一瞬ションボリと顔を伏せたが、すぐに目を輝かせて顔を上げた。
「パパとママ、いっちょ!なかよち!!」
「え……」
自分のインフルエンザが彼にうつったのだから、一緒と言われれば一緒だし、昼夜問わず看病してくれたのだから仲が良いというのも間違いではないけれど…。
正直どう反応していいのか分からなかった。ううん…相手は1歳児なのだからそこまで深く考えなくてもいいのかもしれないけど…。
と、返答に困っている私の元へ助け舟のように電話がかかってきた。相手はローディ。どうやらトニーが寝込む前にメッセージを残していたらしい。帰国したからと、トニーが治るまでエストを預かってくれることになり、電話を切った私はエストの柔らかな頬をつついた。
「エスト、ローディおじちゃんがね、お泊まりに来ないかって?ママはね、パパが心配だから行かれないけど…エスト、一人で行ける?」
大好きなローディおじさんと遊べると聞いたエストは、満面の笑みを浮かべた。
「うん!」
やれやれ、これでトニーの看病に専念できるわ…。それにしても、トニーったら…。私の看病をしながら、エストにうつらないように世話をして大変だったわね…。最後は「ママ」と泣いて大変だったって言ってたけど…。しっかり看病してあげなきゃ!
気合を入れた私は、エストのお泊まりセットを用意するために子供部屋に向かった…。
風邪(ペッパーの場合)
ペッパーが風邪を引いた。だが、ただの風邪だと思いきや、病院へ連れて行くとインフルエンザと診断された。
インフルエンザと知ったペッパーは、私と娘にうつっては大変と、病院から帰ったその足でゲストルームへ閉じこもってしまった。
ということで、マスクをし厳重に対策した私はゲストルームを往復しているわけだが、1歳になったばかりの小さな娘には状況がよく理解できているはずがない。母親の姿がないと気付いた娘は案の定あちこちを探し始めた。
『ママは熱があるから寝てる』と言ってはみたものの、果たしてどれくらい理解できているか…。
むしろ、家にいればうつるかもしれない。誰かに預けようかと考えたが…。頼みの綱のローディは任務中、ハッピーも風邪気味。ペッパーの両親は、余程縁があるのか同じくインフルエンザでダウン、双子の義妹は仕事で来られない。そうかと言って赤の他人に預けようという気にはならず、結局は同じ屋根の下に置いているのだが…。
ただ幸いなことに、1日目は大好きな父親である私を独占できるという喜びの方が勝っていたらしく、「パパ」と嬉しそうに連呼する娘との時間を私も楽しんだのだった。
2日後。ペッパーの熱が下がったのを見届けた私がリビングへ向かうと、手に持っていたおもちゃを放り投げたエストがよちよちと走り寄ってきた。
「パパ!」
マスクを捨てアルコールで手をさっと消毒した私はエストを抱き上げた。
「ママは?」
やはり気になるのは姿を見せない母親なのだろう。
「ママは病気だ。風邪だ。うつるからママが良くなるまでは会えないんだ」
昨日から何度目かの言葉を発してはみたが、限界だったのだろう。エストは口をへの字に曲げると目を潤ませた。
「ママ……」
まずいぞ。これは嵐の到来だ。早く手を打たねば…。
と思ったが、時既に遅し。
小さく嗚咽を漏らしたのを合図としたかのように、決壊寸前だった大きな瞳から大粒の涙がボロボロと零れ落ちた。
「いや!ママぁ~!!」
腕の中で身体を捩らせたエストは、ペッパーを求め泣き叫んだ。
仕方ない。3日も母親に会っていないのだ。エストが産まれてペッパーが家をあけたことはほとんどなかったし、こんなにも会っていないのは、生まれて初めてだろう。だが、うつすわけにはいかないんだ。いや、ペッパーと接触している私と触れ合っているのだから、もうすでにうつっているかもしれないが…。
そんなことを考えながら小さな身体を抱きしめあやしていると、泣き疲れたのかエストは眠ってしまった。
ソファーに寝かせ涙で濡れた頬を拭うと、
「パパ…ママ…」
と、可愛らしい寝言が聞こえてきた。
「明日にはママに会えるからな」
タオルケットを掛け頭を撫でた私は、ペッパーの様子を見るためにゲストルームへと向かった。