『あのクリント・バートンが任務中にぶっ倒れたらしい』
第一報を聞いたナターシャは耳を疑ったが、慌てて家へ帰ってみると、真っ青な顔をしたクリントはベッドの中で震えていた。
「馬鹿は風邪引かないって言うのは嘘ね」
「誰が馬鹿だと?」
ボソッと呟いたつもりが聞こえていたらしい。起き上がったクリントは反論しようとしたが、ゴホゴホと咳き込んだ。
「もう。うつるからちゃんとマスクして!」
買ってきた物の中からマスクを取り出したナターシャは、クリントに向かって投げつけるとキッチンへ向かった。
うつらうつらし始めたクリントだが、キッチンから悲鳴が聞こえ飛び起きた。
何か起こったに違いない。愛しのナターシャのピンチだと、風邪で寝込んでいるとは思えないほど俊敏な動きでキッチンへ向かったクリントは、カウンターの前で佇むナターシャに声を掛けた。
「ど、どうした!」
「な、何でもないわ。ただ…」
クリントの声に肩をビクつかせたナターシャは、裏返った声を出した。だが、さっと背後に隠した物から、黒い煙が上がっている。
隠したつもりだろうが、何かは検討がつく。
(また料理に失敗したのか…)
と思ったが、そんなことを言えば機嫌を損ねるのは目に見えてる。いや、今のクリントにナターシャと言い争う気力はないのが現実だ。
「…俺は寝るぞ…」
鼻を啜ったクリントは寝室へ戻ろうとしたが、その後ろ姿にナターシャは思い切って声を掛けた。
「あ、あのね…。食べる?お腹が空いてたら…の話だけど…」
ぷいっと恥ずかしそうにそっぽを向いたナターシャは、テーブルを指差した。
テーブルの上には皿が置いてあり、一応は食欲をそそるような匂いが漂っている。恐る恐る覗き込むと、何やら黒い物が大量に浮いているが、スープのようだ。
(苦手な料理を俺のために…)
そう思うと、クリントの喉元を熱いものが込み上げてきた。
味なんかどうだっていい。おそらく、熱で舌は麻痺してるだろうから。いや、そうではなくて、彼女が作ってくれたということが極上のスパイスなのだから…。
「あぁ。折角だから食うよ」
ニヤっと笑みを浮かべたクリントは、椅子に勢いよく座るとスプーンを手に取った。