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079.豹変(アベアカ)

129.猿轡 の続きです。

「スタークよ、今回ばかりは私の判断ミスだった。すまなかった」
あの事件から2週間。
生死の境を彷徨っていたトニーが意識を取り戻したのは1週間前。だが、彼は身動き一つ取れないばかりか、話ができる状態ではなかったため、ペッパー以外の人間はずっと面会謝絶だった。それがようやく面会が叶うようになり、その第一号としてニック・フューリーがやって来たのだ。
開口一番謝罪の言葉を口に出したフューリーは、彼にしては珍しくずっと頭を下げ続けている。

ヒドラが開発していた兵器とは、超人血清を打った人間だったのだ。それも、ただ肉体的に強靭なのではなく、知性を備えた究極の人間兵器。そして彼らがうってつけだと考えたのが、トニー・スタークだった。つまりフューリーは、敵の罠の中にトニーを送り込んでしまったのだ。もしあの時、数分遅ければ、記憶を消されたトニーは超人血清を与えられ、自分たちに対抗する恐ろしい兵器と化していただろう。今までの彼の開発してきた物を考えると、トニー・スタークを敵に回すほど恐ろしいことはないのだから…。
お偉いさん方にもこってりと絞られたフューリーだったが、何より応えたのはペッパー・ポッツの言葉だった。

トニー救出の知らせを受け、コールソンを連れ病院へ向かうと、手術室の前にペッパーを始めアベンジャーズの面々がいた。フューリーに気づいたスティーブが、状況を説明し始めた。
「トニーは手術中です。かなり危険な状態だ、覚悟してくれと言われました…」
目に涙を薄っすらと浮かべたスティーブの肩をポンと叩いたフューリーは、ソファーに座り祈るように首を垂れているペッパーの元へ向かった。
「ポッツくん…」
ペッパーが顔を上げた。目を真っ赤に腫らせた彼女の頬には幾筋もの涙の跡があったが、フューリーの姿を見るとペッパーの表情が一変した。
キッとフューリーを睨みつけたペッパーは立ち上がると、彼に詰め寄った。
「知ってたんですか!トニーが狙われてることを知ってて、トニーを1人で向かわせたんですか?!」
「いや、知らなかった。いや、超人血清の開発を続けていることは知っていた。だが、狙いがスタークということまでは知らなかった」
トニーは命を落としかけているのに、何の感情もなく冷静に言葉を発するフューリーに、ペッパーは拳を握りしめた。
「では、何故もっと早く助けに行かなかったんです!1日でも早く助けに行っていれば、トニーは苦しまなくても済んだかもしれないんですよ!」
唇を噛み締めたペッパーの目は怒りに燃えている。
「そうかもしれない。だが、ポッツくん。これは任務なんだ。世界の平和を守るためには多少の犠牲は付き物なんだ」
そうかもしれない。だが、愛するトニーが傷つけられているのだから、ペッパーが感情的になるのは当たり前のことだろう。
「任務?世界の平和を守るため?そんなの関係ありません!トニーが無事に帰って来る方が…彼が笑って側にいてくれることの方が、大切なことです!トニーだけではありません!アカデミーのみんなもです!あなたはみんなを…ただの駒としか思ってないんです!だから大事なことを隠して…。みんなを危険に晒しても何とも思わないんですか?!」
ペッパーの悲痛な叫びは、フューリーだけではなく、その場にいた全員の胸に突き刺さった。そして、こんなペッパー・ポッツは誰も見たことがなかった。何事も準備万端に整え、冷静に対応するペッパー・ポッツが、感情剥き出しにフューリーに詰め寄っているのだ。
誰も何も言うことができなかった。
黙ったままのフューリーを見据えたペッパーは、何度か深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、静かな声で告げた。
「トニーに何かあったら…私はあなたを絶対に許しませんから…」

あの時のペッパーを思い出したフューリーは、顔を上げるとトニーを見つめた。
頭の先から足の先まで包帯とギブスだらけで動けないトニーは、まだ起きておくのが辛いのだろう、微睡んだ瞳をフューリーに向けた。
「ポッツくんがえらい剣幕でなぁ…。スタークのことになると、彼女は冷静ではいられんらしい」
あの時の彼女の様子を一語一句教えてもいいのだが、そうなるとトニーの惚気話を聞かなければならないだろう。彼を危険な目に遭わせたという後ろめたさはあるが、それとこれとは別だ。それにおそらく、ブルース・バナー辺りがあの時の話はするだろうから…。
フューリーをボンヤリ見つめていたトニーだが、瞬きした彼は少しだけ口の端を上げた。
「…俺…愛されてるんです…」
ニヤリと笑ったトニーだが、息を詰まらせると咳き込み始めた。
そろそろ潮時だろう。トニーに酸素マスクを付けたフューリーは、毛布をかけ直すと立ち上がった。
「まぁ、いい。しっかり休め」
帰り支度を始めたフューリーは、ふと思い出した。
トニーを痛めつけた男によると、トニー・スタークは常人なら堪え難い拷問にも決して屈しなかったらしい。
「スタークよ。よく闇の世界に飲まれなかったな…」
フューリーの言葉に一瞬目を丸くしたトニーだが、掠れた声で囁いた。
「ペッパーが…いるから…」

その言葉にフューリーは確信した。今のトニーはペッパーのためにこちら側の世界に留まっているのだと。そしてそれはペッパー・ポッツも同じなのかもしれない。
今まで自分のために生きてきた2人が、お互いのために生きようとしている、そのことがフューリーは内心嬉しくて堪らなかった。
特にトニー・スタークは…。トニーと父親のハワードとの確執もずっと見守ってきたフューリーは、孤独だったトニーを理解し支えてくれる人に出会えたことを神に感謝した。
「そうか…」
そう呟いたフューリーは、普段の彼が見せないような笑みをトニーに向けた。
「お前を受け入れてくれる者が見つかり、よかったな、スターク」
フューリーの心からの笑みに頷いたトニーは、安心したように目を閉じた。

037.唇をなぞる指先

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129.猿轡(アベアカ)

095.唇の隙間 の続きです。

その頃、手足を拘束されたトニーは真っ暗な部屋に閉じ込められていた。
この任務自体が仕組まれた罠だったように、A.I.M.に到着するや否や、敵に囲まれ捕まってしまった。そして何処か分からないが、ヒドラの基地へと連れて来られた。
何かをしろと言われる訳でもなく、ただひたすらに痛めつけられた。天井から吊るされ、殴られ蹴られ続けた。意識を失いかけると水の中に沈められ、無理矢理引き戻された。
堪え難い拷問は3日3晩続いた。
身体中の骨が折れ、一人で座ることすら出来ないトニーは、この頃になると痛みに声を上げることすら出来なくなっていた。
そんなトニーに目元を隠した白衣の男が囁いた。
「このまま殴り殺されたいか?それとも、助けてやろうか?」
思わず頷きそうになった。この苦痛から逃れられる可能性が一つでもあるなら…。
トニーの心を読んだのか、男は口元を上げた。
「だが、条件がある。お前の記憶を全て消す。お前はトニー・スタークではなくなる。我々の人形となってもらう」
つまりそれは、今までの自分を全て捨て、彼らの操り人形となるということ。アカデミーに戻るどころか、アイアンマンであることも捨てなければならない。そして、何より、ペッパーと二度と会えなくなるのだ。
薄っすらと目を開けたトニーは、力を振り絞り男を睨みつけた。
「しんだ…ほうが…まし…」
意識朦朧としているはずなのに、なお力強いトニーの瞳に男は小さく舌打ちした。
「それなら仕方ない」
トニーを床に突き飛ばした男は、周りにいた男たちに合図した。そして惨劇は再び始まった…。

ここに連れて来られ何日経ったか分からないが、トニーは肉体的にも精神的にも限界だった。意識を失えば楽になれると思ったが、男たちはそれすらも許してくれなかった。
何度も心が折れそうになった。だが、ペッパーのことを思い起こし、トニーは何とか踏みとどまっている状態だった。

暗闇と静寂しかない世界は、否応がなしにあの時のことを思い出させた。
数年前のあの事件のことを…。
社の製品のデモンストレーションで訪れた紛争地帯で襲撃され、拉致監禁されたあの時の…奇しくもアイアンマンとなるきっかけとなったあの時のことを…。
あの時は何とか逃げ出そうと必死だった。
頼るものは、自分の頭脳と身体のみ。そして命の恩人がいたからこそ、今の自分がある。
震える手でリアクターに触れたトニーは、どうにか起き上がろとした。だが、極限まで痛めつけられた身体は動くはずはなく、そして周りには自分を助けてくれるものは何一つなかった。

このまま助けを待つしかないのだろうか…。いつ来るかも分からない助けを…。
助けが来るのが先か、それとも自分の命が尽きるのが先か…。

と、ドアが開いた。一筋の光が差し込んだ。
孤独と絶望しかない世界から逃れたい一心のトニーは、その光の正体を確かめることもなく、手を伸ばした…。

***
「ようやく受け入れたようですね」
引き摺られるように部屋に入って来たトニーは、部屋の中央にあるベッドに縛り付けられた。慌ただしくなり始めた室内を見渡した男は、トニーの血塗れで腫れ上がった顔を撫でた。
「超人血清に耐えれますかねぇ?」
部下の男がトニーに様々な機器を取り付けながら不安げに呟いた。
この日のために、何十人もの男たちが生贄となってきた。だが、今のトニーのように死にかけている男に試したことは一度もなかったのだ。
「分からん。成功すれば怪我など直ぐに治る。死んだら死んだ時のことだが、何としても成功させろ。世界最高峰の知性を備えた兵器の完成まで、あと一歩だ」
ククッと笑った男は声高々と叫んだ。
「まずは記憶を消去しろ。意識を失っているうちに消してやれば、少しは楽だろうから」
自分の慈悲深さに酔い痺れた男は、猿轡を噛ませたトニーの頭に電極を突き刺すと、スイッチに手を掛けた。

「大変です!アイアンマンがやって来ました!」
ドアが乱暴に開く音と同時に聞こえてきた叫び声に、男はスイッチから手を離した。
「アイアンマンならここにいるぞ?」
一体どういうことだと、叫んだ男に向かって男が歩み始めたその時…。
大きな爆発音が聞こえ、壁が一斉に破壊された。爆風で部屋中の物が飛び、衝撃波で部屋にいた人間は吹き飛ばされた。
トニーが寝かされていたベッドもひっくり返り、その上に大きな機械が次々と重なり倒れた。
男も反対側の壁まで吹き飛ばされた。痛む身体をさすりながら起き上がると、目の前には確かにアイアンマンがいた。いや、よく見るとアイアンマンではない。同じようなアーマーを着ているが、トニー・スタークとは別の細身のアイアンマンだった。
「お前は…」
状況が分からずポカンとしたままアイアンマンを見上げた男だが、アイアンマンは辺りをキョロキョロと見渡した。そしてある一点に目をとめると飛び上がった。
「トニー!!」
もはや男の存在など忘れてしまったかのように、アイアンマンはトニー・スタークの元へ飛んでいくと、瓦礫の山を退かせ始めた。
「えっと……」
あのアイアンマンの正体は誰なのだろうか。トニー・スタークの親友であるジェームズ・ローディかと思ったが、遅れてやって来たアベンジャーズの面々に混じり、ウォーマシーンはちゃんといるではないか。
キャプテン・アメリカに手錠を掛けられ、どさくさに紛れてソーに殴られ、ホークアイとブラック・ウィドウに連行される時も男の疑問は晴れることはなかった。

トニーの元に駆けつけたアイアンマン…いや、ペッパーは、彼の上に積み重なった瓦礫を必死に退けていた。
「トニー!」
瓦礫の隙間からは、トニーの右手の指先がかろうじて見えるが、彼は呼びかけにも反応せず、ピクリとも動かない。
「トニー!私よ!ペッパーよ!」
残るは巨大な瓦礫だけ。だが、ペッパー1人の力ではビクともしない。そこへハルクがやって来た。一声吠えたハルクは、瓦礫を持ち上げトニーの身体を引っ張り出すと、そっと床の上に横たえた。
全身血塗れのトニーは、酷い状態だった。腫れ上がった顔には彼の面影は殆どなく、生きているのかすらも分からない。
頭に刺さる金属をそっと引き抜いたペッパーが猿轡を外すと、血を吐き出したトニーが小さく息を詰まらせた。
(トニーはまだ生きてる…。神様…ありがとうございます…)
ポツリポツリと零れ落ちたペッパーの涙が、トニーの顔に降り注いだ。
「大丈夫…もう大丈夫よ…。助けに来たわ…。だから、早く家に帰りましょ?」
冷たい唇に触れたペッパーは、自分の存在を知らせるように、そっとキスをした。

079.豹変
ペッパーがレスキューとして活躍するのを書きたかったんです。

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095.唇の隙間(アベアカ)

081.全てを貪り尽くして… の続きです。

「で、どうしてポッツくんがここにいるんだ?」
謹慎処分を言い渡して10日。
そろそろ許してやろうとタワーへやって来たフューリーだが、出迎えてくれたのはトニー・スターク1人ではなかった。彼の隣にはペッパー・ポッツがいたのだから…。
が、やけにハツラツとしたトニーとは対照的にペッパーはどこかぼんやりとした表情をしている。しかも、首筋は赤い花で埋め尽くされ、手首には縛られた跡のようなものがあるではないか。
この1週間、2人が何をしていたのか分かりそうなものだが、フューリーも大人だ。敢えてそこには触れまいと先程のように切り出したのだが…。

「言ってませんでしたっけ?ペッパーは1週間前にここに引っ越してきたんです。あ、言っておきますけど、謹慎処分になる前に、引っ越しの日程は決まっていたんです。だから今はここがペッパーの家。部屋から出るなと言われたので、俺たちはずーーっと2人きりで部屋に引きこもってました」
そんな話は嘘に決まっている。ここへ来る前に女子寮へ向かうと、ペッパー・ポッツは1週間前から行方不明だと言われたのだから…。だが平然と言ってのけるトニーに今更何を言っても無駄だと分かっているフューリーは、やれやれと首を振ると溜息をついた。
「まぁ、いい。スタークを上手く操作できるのはポッツくんしかいないからな」
そのポッツくんは、逆にトニーに上手く操作されているようだが、そんなことを言いに来た訳ではない。ゴホンと咳払いしたフューリーは、本題に入ろうと姿勢を正した。
「謹慎期間は終了だ。スターク、一仕事して来い」
「は?」
一仕事させるために謹慎処分を解いたのだろうかと、訝しげにフューリーを見つめたトニーだが、フューリーが現状を説明し始めると真剣な面持ちになり話を聞き始めた。
フューリーの話によると、A.I.M.が妙な兵器を開発しており、それに乗じてヒドラの動きも怪しいらしい。そしてA.I.M.とヒドラが協力しアベンジャーズ・アカデミーを襲撃しようとしているらしい…。
「スターク、お前にはA.I.M.に潜入し、開発プログラムをハッキングしてきてもらいたい」
「確かにそれは俺の仕事ですね」
面倒臭そうに欠伸をしたトニーだが、その瞳は煌めいているのだから、明らかにこの任務が楽しみで仕方ないようだ。だが、黙って聞いているペッパーは今にも泣き出しそうな顔をしている。恋人になってから、トニーは何度も任務に向かったことはある。だが、それはいつもチームとしての任務だった。が、今回はトニー1人きりの任務。即ち、誰の手助けもない…何かあっても誰も直ぐには助けに行かれないということ…。ペッパーは不安でたまらなかった。彼が無事に戻ってくるまで、彼女には祈ることしか出来ないのだから…。
ペッパーが小さく震えだした。そんな彼女の様子に気づいたトニーはチラリと恋人に視線を向けると、フューリーに尋ねた。
「で、いつから?」
「今すぐだ」
大きく頷いたフューリーと、ペッパーを見比べていたトニーだが、やれやれと首を振ると、ペッパーの方へクルリと向きを変えた。
「ハニー、一仕事してくる。デートの約束は帰って来てからでいいか?」
小さく頷いたペッパーの頬を両手で挟みんだトニーは、彼女の唇にチュッと音を立ててキスをした。
「トニー…お願いだから無理しないで…」
絞り出すように囁いたペッパーの目から大粒の涙が零れ落ちた。その涙を拭ったトニーは、彼女を安心させるように力強く抱きしめた。
「大丈夫さ、ペッパー。すぐに戻ってくるから…」

***
が、5日経ってもトニーは戻って来なかった。何の音沙汰もなく、予定の日を過ぎても戻って来ないのだから、これは何かあったに違いないと、ペッパーは慌ててフューリーの元へ向かった。

「ポッツくん、落ち着いて聞いてくれ」
そろそろペッパーがやって来ると分かっていたのだろうか。ペッパーをソファーに座らせたフューリーは、大きく深呼吸すると口を開いた。
「スタークが行方不明だ」
「え……」
トニーが行方不明とは、一体どういうことなのだろうか…。つまり、トニーは消息を絶ち、生死すらも不明ということなのだろうか…。
目の前が真っ暗になったペッパーは、その場で卒倒しそうになったが、何とか気持ちを奮い立たせると、絞り出すように言葉を続けた。
「どういう…こと…ですか…」
ペッパーのギュッと握りしめた拳は膝の上で震えている。今にも泣き出しそうなのに、気丈にも涙を堪え冷静さを保とうとしているペッパーの姿に、もっと早く知らせるべきだったかとフューリーの胸はチクリと痛んだ。だがこれは任務なのだ。世界の秩序と平和を守るためなら、多少の犠牲も厭わないのだ。アベンジャーズの一員であるトニー・スタークとこれからも共に歩み続けるのなら、ペッパー・ポッツにもその覚悟を持っていて貰わねばならぬのだ。
私情を心の奥底に隠したフューリーは、努めて冷静に現状を伝えようと口を開いた。
「敵に捕まったらしい。それがA.I.M.の仕業なのかヒドラの仕業なのかは分からん。兎に角スタークとは連絡が一切取れない。2日前、太平洋沖で破壊されたアーマーが見つかった。ポッツくん…君は…………」

(トニーが敵に捕まった…)

フューリーが何やら言っているが、ペッパーの耳には彼の言葉は入ってこなかった。

(トニー……。トニー…。どうしよう…。トニーが…トニーが…!)

泣き叫びたかった。トニーを返してくれとフューリーに向かって喚きたかった。だが、これは彼の仕事なのだ。アイアンマンとしての彼の任務なのだ。
トニーのそばにいると誓った時、心に決めていた。アイアンマンであるトニーを何があっても信じ支えていくと…。だからこのような事態になっても、取り乱さず、受け入れてみせると決めていたのに…。が、実際に直面してみると、その決意は脆くも崩れ去ってしまった。

(神様…お願いします…。トニーを…トニーを返して下さい…)

目をキュッと閉じたペッパーだが、ふと数日前のトニーとの会話を思い出した。
トニーが任務へと向かったあの日の朝、彼は見せたいものがあると自分をラボへと連れて行ったのだ。
ラボには沢山のアーマーがあった。いつもトニーが着ているアーマーと同じような物から、巨大な物まで…。
そんな中、一つだけやけに細身の物があった。色合いも他のアーマーと微妙に違う。ピンクがかった赤色にシルバーのアーマーが…。
そっと近づき並んでみると、何故か自分と同じくらいの背格好をしていた。
「それは、君のだよ。Mk.1616さ」
隣に並んだトニーに肩を抱き寄せられながらそう告げられ、ペッパーは飛び上がった。
「私の?!」
アーマーとトニーの顔を何度も見比べていると、鼻の頭を掻いたトニーは目をくるりと回した。
「あぁ。いらないって言うかもしれないけど…」
何ということだろう。トニーが専用のアーマーを作ってくれていたのだ。
ポカンとトニーを見上げていたペッパーだが、みるみるうちに満面の笑みを浮かべると、歓声を上げてトニーに抱きついた。
「ううん!嬉しい!私ね、あなた達みたいにヒーローになってみたかったの!」
もしかしたら嫌がるかもしれないと内心ビクビクしていたトニーは、予想以上に喜んでいるペッパーの様子に安堵したように息を吐いた。
「じゃあ、早速、飛ぶ練習してみるか?いや、その前に…」
悪戯めいた笑みを浮かべたトニーは、あっという間にペッパーを抱き上げると、ラボの隅にあるソファーへと向かった。
「ご褒美もらっていいか?」
小さく頷いたペッパーの唇の隙間から、トニーの舌が入り込んできた。トニーの頭を抱え込んだペッパーは、彼を迎え入れるように自ら舌を絡めた。タワーに来て以来、ずっと彼と愛を交わしているのに、彼が欲しくて堪らなかった。少しの間でも離れていると不安だった。
トニーの存在を確かめるように、ペッパーは彼との快楽の世界へ溺れていった。

***
結局トニーはそのまま任務へと向かったため、ペッパーはアーマーを一度も装着していなかった。
どうしてあのタイミングでトニーがアーマーを披露したのかは分からない。彼はこの事態を予測していたのだろうか…。
だからこそペッパーは感じた。
きっと彼は私のことを待っている…と。

「……ということで、どうやらここにスタークは監禁されているらしい。聞いてるか?ポッツくん?」
ハッと我に返ったペッパーは、拳を握り締めると立ち上がった。
「私も行きます!」
ポッツくんは一体何を言っているんだというように、口をあんぐり開けたフューリーだったが、咳払いをした彼は眉を吊り上げた。
「ポッツくん、スタークのことが心配なのは分かる。だが、遊びではないんだ。君は大人しく…」
「私にもアーマーがあります!トニーが作ってくれました!早速向かいます!」
ポカンと口を開けたままのフューリーに頭を下げたペッパーは、彼の返事を聞かぬまま部屋を後にした。

129.猿轡

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