081.全てを貪り尽くして… の続きです。
「で、どうしてポッツくんがここにいるんだ?」
謹慎処分を言い渡して10日。
そろそろ許してやろうとタワーへやって来たフューリーだが、出迎えてくれたのはトニー・スターク1人ではなかった。彼の隣にはペッパー・ポッツがいたのだから…。
が、やけにハツラツとしたトニーとは対照的にペッパーはどこかぼんやりとした表情をしている。しかも、首筋は赤い花で埋め尽くされ、手首には縛られた跡のようなものがあるではないか。
この1週間、2人が何をしていたのか分かりそうなものだが、フューリーも大人だ。敢えてそこには触れまいと先程のように切り出したのだが…。
「言ってませんでしたっけ?ペッパーは1週間前にここに引っ越してきたんです。あ、言っておきますけど、謹慎処分になる前に、引っ越しの日程は決まっていたんです。だから今はここがペッパーの家。部屋から出るなと言われたので、俺たちはずーーっと2人きりで部屋に引きこもってました」
そんな話は嘘に決まっている。ここへ来る前に女子寮へ向かうと、ペッパー・ポッツは1週間前から行方不明だと言われたのだから…。だが平然と言ってのけるトニーに今更何を言っても無駄だと分かっているフューリーは、やれやれと首を振ると溜息をついた。
「まぁ、いい。スタークを上手く操作できるのはポッツくんしかいないからな」
そのポッツくんは、逆にトニーに上手く操作されているようだが、そんなことを言いに来た訳ではない。ゴホンと咳払いしたフューリーは、本題に入ろうと姿勢を正した。
「謹慎期間は終了だ。スターク、一仕事して来い」
「は?」
一仕事させるために謹慎処分を解いたのだろうかと、訝しげにフューリーを見つめたトニーだが、フューリーが現状を説明し始めると真剣な面持ちになり話を聞き始めた。
フューリーの話によると、A.I.M.が妙な兵器を開発しており、それに乗じてヒドラの動きも怪しいらしい。そしてA.I.M.とヒドラが協力しアベンジャーズ・アカデミーを襲撃しようとしているらしい…。
「スターク、お前にはA.I.M.に潜入し、開発プログラムをハッキングしてきてもらいたい」
「確かにそれは俺の仕事ですね」
面倒臭そうに欠伸をしたトニーだが、その瞳は煌めいているのだから、明らかにこの任務が楽しみで仕方ないようだ。だが、黙って聞いているペッパーは今にも泣き出しそうな顔をしている。恋人になってから、トニーは何度も任務に向かったことはある。だが、それはいつもチームとしての任務だった。が、今回はトニー1人きりの任務。即ち、誰の手助けもない…何かあっても誰も直ぐには助けに行かれないということ…。ペッパーは不安でたまらなかった。彼が無事に戻ってくるまで、彼女には祈ることしか出来ないのだから…。
ペッパーが小さく震えだした。そんな彼女の様子に気づいたトニーはチラリと恋人に視線を向けると、フューリーに尋ねた。
「で、いつから?」
「今すぐだ」
大きく頷いたフューリーと、ペッパーを見比べていたトニーだが、やれやれと首を振ると、ペッパーの方へクルリと向きを変えた。
「ハニー、一仕事してくる。デートの約束は帰って来てからでいいか?」
小さく頷いたペッパーの頬を両手で挟みんだトニーは、彼女の唇にチュッと音を立ててキスをした。
「トニー…お願いだから無理しないで…」
絞り出すように囁いたペッパーの目から大粒の涙が零れ落ちた。その涙を拭ったトニーは、彼女を安心させるように力強く抱きしめた。
「大丈夫さ、ペッパー。すぐに戻ってくるから…」
***
が、5日経ってもトニーは戻って来なかった。何の音沙汰もなく、予定の日を過ぎても戻って来ないのだから、これは何かあったに違いないと、ペッパーは慌ててフューリーの元へ向かった。
「ポッツくん、落ち着いて聞いてくれ」
そろそろペッパーがやって来ると分かっていたのだろうか。ペッパーをソファーに座らせたフューリーは、大きく深呼吸すると口を開いた。
「スタークが行方不明だ」
「え……」
トニーが行方不明とは、一体どういうことなのだろうか…。つまり、トニーは消息を絶ち、生死すらも不明ということなのだろうか…。
目の前が真っ暗になったペッパーは、その場で卒倒しそうになったが、何とか気持ちを奮い立たせると、絞り出すように言葉を続けた。
「どういう…こと…ですか…」
ペッパーのギュッと握りしめた拳は膝の上で震えている。今にも泣き出しそうなのに、気丈にも涙を堪え冷静さを保とうとしているペッパーの姿に、もっと早く知らせるべきだったかとフューリーの胸はチクリと痛んだ。だがこれは任務なのだ。世界の秩序と平和を守るためなら、多少の犠牲も厭わないのだ。アベンジャーズの一員であるトニー・スタークとこれからも共に歩み続けるのなら、ペッパー・ポッツにもその覚悟を持っていて貰わねばならぬのだ。
私情を心の奥底に隠したフューリーは、努めて冷静に現状を伝えようと口を開いた。
「敵に捕まったらしい。それがA.I.M.の仕業なのかヒドラの仕業なのかは分からん。兎に角スタークとは連絡が一切取れない。2日前、太平洋沖で破壊されたアーマーが見つかった。ポッツくん…君は…………」
(トニーが敵に捕まった…)
フューリーが何やら言っているが、ペッパーの耳には彼の言葉は入ってこなかった。
(トニー……。トニー…。どうしよう…。トニーが…トニーが…!)
泣き叫びたかった。トニーを返してくれとフューリーに向かって喚きたかった。だが、これは彼の仕事なのだ。アイアンマンとしての彼の任務なのだ。
トニーのそばにいると誓った時、心に決めていた。アイアンマンであるトニーを何があっても信じ支えていくと…。だからこのような事態になっても、取り乱さず、受け入れてみせると決めていたのに…。が、実際に直面してみると、その決意は脆くも崩れ去ってしまった。
(神様…お願いします…。トニーを…トニーを返して下さい…)
目をキュッと閉じたペッパーだが、ふと数日前のトニーとの会話を思い出した。
トニーが任務へと向かったあの日の朝、彼は見せたいものがあると自分をラボへと連れて行ったのだ。
ラボには沢山のアーマーがあった。いつもトニーが着ているアーマーと同じような物から、巨大な物まで…。
そんな中、一つだけやけに細身の物があった。色合いも他のアーマーと微妙に違う。ピンクがかった赤色にシルバーのアーマーが…。
そっと近づき並んでみると、何故か自分と同じくらいの背格好をしていた。
「それは、君のだよ。Mk.1616さ」
隣に並んだトニーに肩を抱き寄せられながらそう告げられ、ペッパーは飛び上がった。
「私の?!」
アーマーとトニーの顔を何度も見比べていると、鼻の頭を掻いたトニーは目をくるりと回した。
「あぁ。いらないって言うかもしれないけど…」
何ということだろう。トニーが専用のアーマーを作ってくれていたのだ。
ポカンとトニーを見上げていたペッパーだが、みるみるうちに満面の笑みを浮かべると、歓声を上げてトニーに抱きついた。
「ううん!嬉しい!私ね、あなた達みたいにヒーローになってみたかったの!」
もしかしたら嫌がるかもしれないと内心ビクビクしていたトニーは、予想以上に喜んでいるペッパーの様子に安堵したように息を吐いた。
「じゃあ、早速、飛ぶ練習してみるか?いや、その前に…」
悪戯めいた笑みを浮かべたトニーは、あっという間にペッパーを抱き上げると、ラボの隅にあるソファーへと向かった。
「ご褒美もらっていいか?」
小さく頷いたペッパーの唇の隙間から、トニーの舌が入り込んできた。トニーの頭を抱え込んだペッパーは、彼を迎え入れるように自ら舌を絡めた。タワーに来て以来、ずっと彼と愛を交わしているのに、彼が欲しくて堪らなかった。少しの間でも離れていると不安だった。
トニーの存在を確かめるように、ペッパーは彼との快楽の世界へ溺れていった。
***
結局トニーはそのまま任務へと向かったため、ペッパーはアーマーを一度も装着していなかった。
どうしてあのタイミングでトニーがアーマーを披露したのかは分からない。彼はこの事態を予測していたのだろうか…。
だからこそペッパーは感じた。
きっと彼は私のことを待っている…と。
「……ということで、どうやらここにスタークは監禁されているらしい。聞いてるか?ポッツくん?」
ハッと我に返ったペッパーは、拳を握り締めると立ち上がった。
「私も行きます!」
ポッツくんは一体何を言っているんだというように、口をあんぐり開けたフューリーだったが、咳払いをした彼は眉を吊り上げた。
「ポッツくん、スタークのことが心配なのは分かる。だが、遊びではないんだ。君は大人しく…」
「私にもアーマーがあります!トニーが作ってくれました!早速向かいます!」
ポカンと口を開けたままのフューリーに頭を下げたペッパーは、彼の返事を聞かぬまま部屋を後にした。