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Kiss the Teacher~冬編5

あの出来事の後、トニーとペッパーは話し合った。
トニーは自分の思いをペッパーにぶつけた。ただ、会社の人間が説得に来ていることを除いては…。
ペッパーはトニーの話を聞き終えると、涙を流しながらトニーを抱きしめた。
「大丈夫よ、トニー。あなたは愛されているわ…。それに、私がいるから…。何があってもあなたのそばから離れないわ…」
「ありがとう…ペッパー」
ただ、今後トニーがどうするかという話までにはならなかった。
「俺が自分で決めることだから…」
そう言うと、トニーはまるで『この話は終わりだ』と言うように口を閉じてしまった。

***

三月も終わりに近づいた頃。
もうすぐ合格発表ということもあり、ペッパーもそしてトニーも落ち着かない日々を過ごしていた。
ソファーに座り、他愛のない話をしていた時だ。
「そういえば、向こうではどうするんだ?」
思い出したように、トニーが突然話題を変えた。
「うん。最初は寮に入ろうかなって…。やっぱり初めての場所だから不安だし…」
「そうか…」

トニーはどうするの?

その一言を言っていいものかペッパーが迷っていると、トニーが重い口を開いた。
「俺は…どうしようかな…。君が卒業するまでは、ここにいるつもりだが…」
トニーの方から話し始めた…。
あれから一切この話題を話していない二人。ペッパーは思わず姿勢を正した。
「どうするって…先生辞めるの?」
「あぁ…」
「トニー…」
視線をそらしたトニーだが、大きく息を吐くと、ペッパーを見つめ話し始めた。
「心配かけると思って言わなかったんだが…。俺を説得しに二週に一回らい会社の人間が来るんだ…。親父がすっかり意気消沈しているって。俺があんなこと言ったからだな…。最低の息子だよ、俺は…。だから、そろそろ潮時かもしれないと思って、先週伝えたんだ。遅くても秋には戻るつもりだって。親父とお袋の作戦は、成功したってわけだ」
小さく笑ったトニーはとても寂しそうで、ペッパーは思わず叫んだ。
「でも、でも…。あなたの気持ちは?いいの?」
涙を浮かべたペッパーを見るトニーの目は虚ろだった。
「仕方ない…。俺が我慢すればいいんだ。何事もなかったかのように…。以前と同じだ。実際は違うかもしれないが…親父には愛されているって、俺が思い込めばいいだけさ…。それに…これ以上、親父とお袋を苦しめたくない…」

トニーの決断だもの…。私がとやかく言う資格はない。
でも…あまりに悲しすぎる…。きっと思いは一緒なのに、どこですれ違っちゃったのかしら…。

ペッパーの目から零れ落ちた涙に気付かないふりをしたトニーは、ペッパーの頭をくしゃっと撫でると立ち上がり、わざと明るい声で言った。
「それより、何か飲むか?」
「うん。あ、紅茶がいい」
「分かった」

キッチンへ向かうトニーを見つめながら、ペッパーはソファーに横になった。

何だか最近、すごく眠たいのよね…。身体もだるいし熱っぽい…。
私の身体、どうしちゃったのかなぁ…。

ソファーに寝そべりウトウトしていると、トニーがおそろいのマグカップを持って戻って来た。
「ペッパー、大丈夫か?まだ昼だぞ?眠いのか?」
カップをテーブルの上に置いたトニーは、ソファーの端に座った。
「うん…最近ね、すごく眠たいの…。春だからかなぁ…」
寝そべったままのペッパーの頭を撫でていたトニーは苦笑い。
「もうすぐ四月だしな…。じゃあ、いっしょに昼寝するか?」
立ち上がったトニーは、ペッパーの背中と膝下に腕を入れ抱き上げた。
ペッパーの身体はいつもより熱く、トニーは風邪でも引いているのでは…と心配になった。
「熱いぞ?熱でもあるんじゃないか?」
トニーの首に腕を回し抱きついたペッパーは、半分眠っているのだろう。
「だいじょうぶ…」
という声と共に、あっという間に寝息が聞こえてきた。

ベッドの上にペッパーをそっと降ろしシーツを掛けると、トニーはリビングへ降りていき、パソコンを開いた。

「まずは、一緒に住める所を探さないとな…」

彼女の希望を聞いた方がいいか? キッチンは広い方が喜ぶよな…。ガレージもないと俺の車が入らないし。あと、せっかくだからラボも欲しいんだ。地下室がある物件で…。

物件探しは思いのほか楽しく、気が付けば夕方になっていた。

(そろそろ起こして家に帰さないと…)
パソコンを閉じたトニーは、ペッパーを起こすため寝室へと向かった…。

春編序曲へ続く

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Kiss the Teacher~冬編4

二月のある週末。
トニーの家へ向かっていたペッパーの元へ一通のメールが来た。
『急用ができた。すぐに戻るから、家で待っていてくれ。T』

「急用って何かしら?」
トニーも相変わらず忙しいわね…と思いつつ、ペッパーは返事を送った。

去年のクリスマスに貰った合鍵で家に入るペッパー。もう何度も使っているが、カチャっという音がするたびに、ペッパーの胸はときめいた。
脱ぎっぱなしの服を洗濯し、ベッドのシーツを取り替える。部屋の掃除をして料理を作りながら彼の帰りを部屋で待つ。
(ふふ…こういうの、憧れていたのよね…)
鼻歌を歌いながら、ペッパーは楽しそうに部屋を片付け始めた。

その頃、トニーは、家の近くのカフェで、年配の男性と会っていた。
「トニー様。お願いです。戻って来て下さい」
男性はスターク・インダストリーズの人間だった。父親の側近に近い男だが、トニーは昔からこの男が苦手だった。トニーが幼い頃、父親の見ていないところで母親はこの男にいつも泣かされていた。『お前みたいな女、どうせ金が目当てなんだろ?』と罵られ、涙を流す母親をトニーは何度も見ていた。聞くところによると、この男は父親が年の離れた母親と結婚する時から反対していたらしい。母親が大企業の令嬢などではなく、ごく普通の家庭で育った娘だったという理由だけで…。
この男は金と名声が全て。
だから、この男と会うのは嫌だった。だが、何度もしつこく連絡をしてくるため、父親の手前、渋々会うことにしたのだった。
「もう少し待ってくれ…親父にもお袋にも言った。気持ちの整理が出来たら話をしに行くと…」
トニーの言葉に男はため息をついた。
「お付き合いされている女性のためですか?僭越ながら調べさせて頂きました」
なぜ、ペッパーの話になるんだ?嫌な予感がしたトニーは、話を元に戻そうとした。
「彼女は関係ない。これは俺の問題だ。中途半端な気持ちのまま戻りたくないだけだ」
だが、男は鼻で笑うとべらべらと話し始めた。
「トニー様はその女性とご結婚されるおつもりとか…。ハワード様もマリア様もその方のことを気に入っておられるそうですね。ただ、会社としては…どうでしょう。聞けばまだ高校生とのこと。しかもあなた様が教えていらっしゃる生徒ですよね。そんな方は、今後スキャンダルのネタにされる可能性もあります。その娘は愛人にでもされたらいかがでしょうか?どこかに匿われて、お金を与え、トニー様が抱きたい時に抱きに行けばよろしいかと思います。ただ、お子様ができれば厄介ですので…。その時は大金を与えてどこか遠くへ行っていただきましょう。トニー様は、もっと家柄のいい御令嬢と結婚され…」
頭にきたトニーはテーブルを叩き怒鳴った。
「ふざけるな!俺は彼女をそういう風に思っていない!」
トニーの声にカフェの中は静まり返り、全員の視線がトニーに注がれた。

「トニー様、大声を出されるとみなの注目を集めてしまいますよ…」
トニーを宥めるように肩を叩いた男は立ち上がると、トニーの耳元に口を近づけた。
「トニー様、会社の跡を継いで、どこかのご令嬢と結婚され跡継ぎを作る…それがトニー様の仕事です。社員一同、それを望んでおります。トニー様がお付き合いされている方…ヴァージニア様ですよね?口では気に入ったと喜ばれていても、ハワード様もそう思われていると思いますよ? それをお忘れないように…」
拳を握りしめ動けないトニーの耳に、男の言葉が何度もこだました。

***

「遅いなぁ…」
夕方になってもトニーは帰って来ない。テレビを見ながらソファーでゴロゴロとしていたペッパーだが、あまりに遅いため、連絡してみようと携帯を取り出した時だった。
玄関が開く音とともに、どさっと何かが落ちる音がした。
トニーが帰ってきた!
慌てて玄関へ向かったペッパーは、言葉を失った。

酒の瓶を持ったトニーは玄関に座りこんでいた。赤い顔をしたトニーの吐く息は酒臭く、ペッパーはこんなに酔っ払ったトニーを見るのは初めてだった。
キッチンで水を汲んだペッパーは、トニーの横に座るとコップを差し出した。
「どうしたの?」
虚ろな目をしたトニーはペッパーを見つめた。その目は悲しみに溢れ、絶望すら浮かんでいた。ペッパーが差し出した水を一気に飲んだトニーは床にコップを投げつけると、ペッパーに抱きついた。
「と、トニー⁈」
トニーは何も言わず、ペッパーに荒々しくキスをすると、その場にペッパーを押し倒した。
「やっ!と、トニー!やめて!」
嫌がるペッパーの服を破ったトニーは、まだ潤っていないペッパーの秘部に自分のものを押し込んだ。
「いや…っ!」
嫌だと言いつつも、トニーを受け入れることに悦びを覚えた身体はすぐに反応し始めた。次第に潤いを増すペッパーの秘部からは、ぐちゅぐちゅという水音が聞こえ始め甘い声も重なり始めた。

やがて、中でトニーが大きくなるのを感じたペッパーは顔色を変えた。
(このままじゃ…!今日は…)
「やぁぁ!と、トニー…!な、なかは…今日は…だ、だめぇぇっ!」
だが、トニーはペッパーに腰をぐっと押し付けると、嫌がる彼女の身体を強く抱きしめた。

身体の奥深くが、生暖かいもので満たされるのを感じたペッパーの目からは涙が一粒零れ落ちた。

***

「ペッパー…すまない…」
酔いが覚めたトニーは床に跪き、ベッドに潜り黙ったままのペッパーに頭を下げた。

いつも優しいトニーなのに、さっきのトニーは荒々しく…そして怖かった…。私が学生だからといつもきちんとしてくれるのに…。

無理やり抱かれたことではない。何も自分に話してくれないことが悔しかった。情けなかった。
ペッパーの目には涙が浮かび、それを隠すように枕に顔を埋めた。

「…何があったの?」
しばらくして、ポツリとつぶやいたペッパーは、ベッドから起き上がった。
「何かあったんでしょ?あなたがあんなことするなんて…」
だが、トニーは何も言わず黙ったままだった。
何も言わないトニーに腹が立ったペッパーは、そばにあった枕をトニーに向かって投げつけた。
「答えてよ!ねえ?何で私には話してくれないの?あなたのこと、支えたいの!あなたが苦しんでいるのを黙って見ているだけの女にはなりたくないの!お願い…トニー…。一人で抱え込まないで…。私はあなたの…何? お嫁さんにしてくれるんでしょ?」
耐えきれなくなったペッパーは、ベッドから降りるとトニーに抱きついた。ペッパーの目から零れた涙がトニーの肩を濡らした。
やがてペッパーの身体を強く抱きしめていたトニーが、囁くような声でぽつりと呟いた。
「ペッパー…ずっと俺のそばにいてくれ…。頼む…。俺を置いて…どこにも行かないでくれ…」

「大丈夫よ、トニー…。私はどこにも行かないから…」

いつも大きく広いトニーの背中が、今日はとても脆く小さく見えた。

5へ…

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Kiss the Teacher~冬編3

年が明けた1月。
あのクリスマスイブの出来事のあと、二人は会っていなかった。ペッパーは休暇を利用して、毎年恒例の家族旅行に出かけてしまい、トニーは一人ぼっちだった。
『旅行は行かない。あなたのそばにずっといるわ』と言うペッパーに『しばらく一人にさせてくれ。考えたいんだ…。それに、一緒にいられる時には、ちゃんとご両親のそばにいてやれよ』と送り出したのは、他ならぬトニー自身だった。

母親からは何度も電話やメールが届いていた。
『ごめんなさい、トニー。あなたの気持ちを踏み躙ってごめんなさい。落ち着いたら連絡して…。愛しているわ…』
留守番電話に入っていた母親の声。暗い部屋の中で何度も繰り返し聞くトニーは、酒の瓶を抱え孤独と必死に戦っていた。

1月3日。休暇明けの学校は、お喋りに夢中な生徒の声で賑わっていた。
休暇中、何度連絡しても繋がらなかったトニーの様子が気になり、ペッパーはトニーの部屋に向かっていた。すると、廊下の向こうから歩いてくるトニーの姿が見えた。
「先生、おはようござ…」
「おはよう…ポッツくん…」
すれ違ったトニーの顔色は酷く悪く、ペッパーは駆け寄りそうになったが、背後で他の生徒がトニーに声をかけるのが聞こえ、ぐっと堪えた。

授業中も元気がないトニー。それなりに冗談を言い無難にこなしているが、明らかに様子がおかしい。いつものように楽しい授業に他の生徒はみな声をあげて笑っていたが、ペッパーは一人ヤキモキしていた。
(みんな何で気付かないの?あんなに顔色悪いのに…)

授業が終わるや否や、ペッパーはトニーにメールを打った。
『顔色悪いわよ?大丈夫?帰りに寄っていい?』
しばらくして、トニーから返事がきた。
『大丈夫だ。今日は無理だ。会議がある。心配してくれてありがとう』
だが、夜になっても、トニーからの電話もなく、ペッパーは明日何が何でもトニーを捕まえて話を聞こう…と思いながら、ミッ○ーを抱きしめて眠りについた。

翌日、校内でトニーの姿を見かけないため、ペッパーは何度もメールを打った。だが、放課後になっても返事はなく、心配になったペッパーがこれから家に行ってみよう…と考えていた時だった。
「大変、大変!さっきスティーブ先生に聞いたんだけど!」
クラスメイトが息を切らせて教室に入って来た。
「スターク先生ね、昨日会議中に倒れちゃったんだって!熱が高くて動けないから、今日はお休みなんだって!」
(トニーが倒れた?)
青くなったペッパーは、携帯を握りしめた。
「ねぇ、みんなでお見舞いに行かない?」
「いいわね!」
「でも、先生…彼女いるのよ?きっと看病してもらっているわ…」
「そうよね。私たちが行っても何もできないし…」
ガヤガヤと騒ぐクラスメイトの声も、ペッパーには聞こえない。

どうしよう…もし大変な病気だったらどうしよう…。
真っ青な顔で小さく震えるペッパーの異変に気付いた友達が声をかけた。
「ペッパー?どうしたの?」
その声に我に返ったペッパー。
「ごめんなさい!今日はママと約束があったの忘れてた!早く帰らないと怒られちゃうわ。私、帰るね!」
慌てて身支度すると、ペッパーは教室を飛び出した。

スーパーに寄り買い物をしたペッパーは、トニーの家に向かって走った。

ピンポーン

インターフォンを数回鳴らすと、しばらくしてトニーが顔を覗かせた。頭はボサボサ、真っ赤な顔をしたトニーは、寒いのか頭から毛布をかぶっているが、ペッパーの顔を見ると顔を綻ばせた。
「なんだ、鍵使えばいいじゃないか…」
「寝てたら悪いかな…って…」
「遠慮するな…。入れよ…」
しんどいのか、トニーは壁に手をつきながら歩き始めた。足元がふらつき倒れかかったトニーの身体をペッパーは支えた。燃えるように熱い身体。呼吸も荒く、寒気がするのか身体は震えている。
「熱は?」
「…三十九度」
「すごい熱じゃない!薬は飲んだの?」
「あぁ…」
「何か食べた?」
「食欲がない…」
ソファーに横たわらせ、毛布を何枚もかけたペッパーは、タオルを濡らしトニーの額に置いた。
「何か作るわ。食べられそう?」
「…」
無言で首を振るトニー。額に置いたタオルはすぐに熱くなってしまう。
病院へ行った方がいいんじゃないかしら…。でも、トニーは病院が大嫌い。きっと嫌って言うに決まっているわ…。
ため息を付いたペッパーは、トニーの汗ばんだ額をタオルで拭きながら言った。
「ダメよ。食べないと治らないわ。それとも病院で点滴してもらう?」
『病院』と聞いたトニーは予想通り顔色を変え、
「食べる…」
と小さな声で言った。
子供みたいなんだから…。小さく笑ったペッパーは、毛布を掛けなおすと
「用意するから待ってて?」
と、キッチンへ向かった。

キッチンには、空の酒のボトルが何十本も転がっており、トニーがこの一週間、どれだけ荒んだ生活をしていたかを目の当たりにしたペッパーは後悔した。
トニーはとても傷ついている。やはりそばにいて、支えてあげればよかったと…。

キッチンを片付け、風邪の時母親がよく作ってくれるチキンスープを作ったペッパー。
「うん、おいしい!」
味見をしていると、リビングからトニーの呼ぶ声が聞こえた。
慌ててリビングへ向かうと、トニーはソファーから立ち上がろうとしていた。
「ダメよ、トニー!寝てないと」
「水が飲みたいんだ…」
「持ってくるから待ってて」
身体を支え座らせようとした時、トニーの足元が揺れ、二人は抱き合う形でソファーへ倒れこんでしまった。
トニーに抱きしめられ動けないペッパー。
首筋にトニーの熱い息がかかり、ペッパーは心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
「…トニー?ご飯できたから…離して?」
「もう少しだけ…いいだろ?」
ペッパーは、自分をきつく抱きしめているトニーの肩が小さく震えているのに気付いたが、何も言わず黙って背中を撫で続けた。

十分ほどたち、やっと解放されたペッパーは、トニーの隣に座るとスープをすくったスプーンを口元へ運んだ。
「はい、あーん」
「…一人で食べられる…」
「いいから、はい。あーんして」
頑なに口を開けようとしなかったトニーだが、ニコニコと笑うペッパーに根負けして、ため息を付くと口を開けた。
「ふふ…」
「楽しそうだな…」
「だって、夢だったんだもの。大好きな人にこういう風にするの…」
「そうなのか?」
(女ってよく分からないな…)
ペッパーの嬉しそうな顔を見たいトニーは、運ばれるスプーンを次々と口に入れた。
半分ほど食べたところで、トニーは満腹だと食べるのをやめてしまった。
「よかったわ。食べてもらえて。薬飲んで暖かくしておかないと…」
ペッパーに手渡された薬を飲んだトニーは、ソファーにもたれかかるように座り直した。
肩から毛布を掛けなおしたペッパーがトニーの横に座ると、トニーはペッパーの腰を引き寄せた。
「珍しいわね…。寝込むなんて…」
「あぁ…。あれからずっと眠れなくて…」

原因は分かっている…。
あのクリスマスイブの出来事。
トニーは苦しんでいる。自分の思いとご両親への愛情の間で、トニーは板挟みになっている。
彼は、お父様にきっと言って欲しいだけ。『愛している』の一言を。それは27年間、面と向かって与えられなかった言葉。
二人とも、お互いのことを大切に思っているのに…ただ言葉が足りないだけなのに…。

「気分はどう?」
「…」
どこか上の空なトニーは黙ったまま。
トニーに抱きついたペッパーは、トニーの肩の上に頭をのせ、頭を撫で始めた。
「トニー…無理しないで。私でよかったら相談にのるから…」
「あぁ…」
「思っていることを話したら、少しは楽になるはずよ…」
「…」

しばらく黙っていたトニーだったが、ペッパーを膝の上に座らせると、言葉を選ぶように話し始めた。
「ペッパー…俺は…どうす…」
言葉を切ったトニーは、突然苦しそうにゴホゴホと咳き込み始めた。
「どうしたの?」
顔色を変えたペッパーはトニーの膝の上から飛び降りると、背中を摩り始めた。
やがてトニーは真っ青な顔をして立ち上がり、口元を押さえてトイレに向かった。

苦しそうな声のするトイレの前で、ペッパーは遠慮がちに声を掛けた。
「トニー?大丈夫?」
「あぁ…」
やっぱりお医者様に診てもらった方がいいわ。でも、私は一緒に付いて行ってあげられない…どうしよう…。
ペッパーがトイレの前をウロウロと歩き回っていると、インターフォンが鳴り響いた。
(え?誰か来た? どうしよう…)
モニターを見ると、ブルース・バナーの姿が映っているではないか。
(ば、バナー先生!ど、どうしよう…)
ペッパーはドア越しにトニーに向かって叫んだ。
「と、トニー!バナー先生が…」
すると、幾分か楽になったのだろうか、ドアの向こうからのんきな声が聞こえた。
「ブルースが?大丈夫だ…出てくれ…」
大丈夫じゃないでしょ? でも、どうすることもできない。
覚悟を決めたペッパーは、玄関をそっと開けた。
すると、目の前のブルースは、ニコニコとペッパーを見つめているではないか。
「やぁ、ポッツさん。やっぱり来ていたんだね」
「え?」
「大丈夫。僕は君たちのことを知っているから。トニーは君に話してなかったんだね」
口をポカンと開け、頷いているペッパーの背中を押すように、ブルースはリビングへと入って行った。
二人がリビングへ戻ってくると同時に、トニーもフラフラしながら戻って来た。
「トニー、大丈夫か?昨日よりも悪化しているのは気のせいか?」
「いや…大丈夫だ…」
「不摂生しすぎなんだよ。眠れないからと酒を飲んで、食べられないからと言って酒を飲む…。そんな生活を一週間もしていれば、誰だって倒れるさ。ほら、元気が出るものを持ってきた。あ、ポッツさん、彼のこと押さえつけてくれるかい?」
手で何か打つマネをし、ウインクしたブルース。何のことか理解したペッパーは、トニーをソファーに押し倒すと、「大丈夫よ…」と耳元で囁き、頭を抱えるように抱きしめた。

その間に、ブルースはトニーの腕をサッと消毒し、大きな注射をプスリと一本。
「ヒィ!」
ペッパーに抱きつかれているため大きな声を出すことができないトニーは、飛び出しそうになった悲鳴を必死で飲み込んだ。

***

「お邪魔だろうから僕はそろそろ帰るよ」
ベッドに潜り眠ってしまったトニーは顔色も随分と良くなった。
帰り支度をし始めたバナーに、ペッパーは気になっていたことを思い切って聞いてみることにした。
「先生、どうして私たちのことを…」
「トニーも悪い奴だな。君にもちゃんと言っておけばいいのに…。トニーと僕は彼がうちに赴任した頃からウマが合ってね。彼は僕に君とのことをよく相談に来 ていたんだ。最初はほら、君をかばって怪我をしてすぐの頃だったかな? あのトニーがだよ。真剣な顔をしてやって来て言うんだ。『ブルース、どうやら俺は恋に落ちてしまったようだ』って。それが君のことだったんだよ、ポッツさん。それから毎日のように報告に来るんだ。『今日はポッツくんと目が合った』とか『今日は手が触れ合った』だとか。僕はおかしくてね。あのトニー・スタークが、初恋を語るかのように嬉しそうに話すんだよ。ある日、彼は保健室のドアを壊す勢いで入って来た。『やったぞ、ついに彼女と恋人になった』ってね。それからのことは…分かるだろ?彼は変わったよ、君のおかげでね。そういえば、彼のご両親に会ったんだろ? 彼は愛情に飢えているんだ。だから今まで心から誰かを愛したことはなかった。でも、君と出会って、彼は愛することを知ったんだ」
「先生…」
「彼の友達として、僕からもお礼を言うよ。ポッツさん、ありがとう。トニーのこと、これからも頼む。彼には君しかいないんだ…。今、トニーは苦しんでいる。大変だろうが…支えてやってくれ…」
ブルースを送り出したペッパーは寝室へ向かった。
トニーはまだ眠っている。
起こさないように隣に横になり、手を握っていたペッパーだが、次第に眠気が襲いかかり、気が付くと寝息を立てて眠ってしまった。

しばらくして、目を覚ましたトニー。隣ではペッパーが幸せそうな顔をして眠っている。
あの注射のおかげか、熱も下がり気分も楽になった。

『思っていることを話したら、少しは楽になるはずよ…』

あの時、彼女に話そうとして言えなかったこと。

眠っても…あの時の親父の声が聞こえてくる。お袋の悲しそうな顔が浮かんでくる…。
感情的になったとはいえ、長年言えなかったこと…そして言ってはいけないことを言ってしまった…。でも、もう我慢の限界だった。俺は…ただ、言って欲しかっただけなんだ…。27年間親父からは言われたことのない言葉を…。俺のことを愛していると…。言わなくても分かるだろうと一喝されそうだが、言って欲しかった…。甘いと言われるだろうが、それでも言って欲しかった…。27年間、待ち続けていたのに…。

ペッパーは俺に無償の愛を与えてくれる。彼女がそばにいると安心する。
とにかく、彼女にそばにいて欲しかった。ずっとそばにいて欲しい。
だが、これは自分で解決する問題だ…。彼女を巻き込むことはできない…。

寝言だろうか、「とにー」とつぶやいたペッパーをトニーは抱き寄せ、腕の中に閉じ込めた。

4へ…

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Kiss the Teacher~冬編2

翌朝。
夜明け前に眠ったばかりのトニーは、何度も鳴り続けるインターフォンの音に目を覚ました。時計を見ると八時。
(誰だ…。こんな朝早くから…)
腕の中のペッパーはぐっすり眠っている。起こさないようにベッドを抜け出したトニーは、下着を履きバスローブを羽織ると玄関を開けた。
目の前にいたのは、母親であるマリア・スターク。
とっさにドアを閉めたトニーは大慌て。リビングに散らばった自分とペッパーの服をかき集めると二階へ駆け上がった。

「トニー!開けなさい!」
玄関の外では母親が叫んでいる。
この騒ぎの中でも、ペッパーはまだ眠っている。大したもんだ…と内心苦笑しながらも、トニーはペッパーを叩き起こした。
「ペッパー!起きろ! お袋が来た!」
「おはよ…とにー…」
寝ぼけ眼で抱きついてくるペッパーを引き離すと、洋服とカバンを渡しバスルームへと押し込んだ。

ドンドンと叩き続けられるドアを開けたトニーは、自分とよく似た笑みを浮かべた母親を不機嫌な顔をして見つめた。
「何だよ、こんな朝早くから…」
「もう、いいでしょ?大事な息子に会いにきたんだから…」
母親はトニーを押しのけると、ズカズカと部屋の中に入って行く。
あちこち詮索するように見回していたマリアだが、ソファーの片隅に落ちているレースのものに気が付いた。
「あら?何かしら?」
拾い上げたのは、ペッパーのブラジャー。
(しまった!)
青くなったトニーがどう言い訳しようか考えていると、ニンマリ微笑んだマリアは、ブラジャーを掲げながらトニーに近づいてきた。
「あら?誰かいるのね?ほら、ママに正直に言いなさい!」
楽しそうに息子に詰め寄る母親。
そんな親子の様子を、身なりを整えバスルームから伺っていたペッパーだが、自分のブラジャーがヒラヒラと舞っているのだから、恥ずかしくてたまらない。耐 え切れなくなったペッパーは、バスルームから飛び出し叫んだ。
「あ、あの!すみません…。それ…私のです…」
突然現れた女の子に、マリアの目は釘付けになった。だが、さすがトニー・スタークの母親と言うべきか、瞬時に状況を察したマリアは、トニーにブラジャーを 押し付けると、ペッパーの方へ歩いて行った。
「あら?かわいらしい方ね」
「は、初めまして…ヴァージニア・ポッツと言います…」
「トニーの母親のマリアよ。おいくつ?」
「17です…」
「あら?トニーったら!十も若い女の子を捕まえて!やるわね、トニーも。ヴァージニアさん、この子、偏屈だから大変でしょ?」
「い、いえ…」
(トニーって、お母様に似たのかしら…)
ペッパーがそんなことを考えていると、嫌悪感丸出しのトニーが母親の肩を突ついた。
「お袋、何しにきたんだ」
「あら?せっかくのクリスマスに、かわいい息子の顔を見に来たらダメなの?誰に似たのかしら?かわいくないわねぇ」
口を尖らせるマリアに、ため息を付くトニー。

マリアは何か話があってここに来たに違いない。そう思ったペッパーは、椅子の上に掛けてあったコートを手に取ると、遠慮がちに声を掛けた。
「あ、あの…私…そろそろお暇します…」
ペッパーの言葉にマリアは、眉を釣り上げた。
「あら?いいのよ。ねえ、トニー、あなたが言っていた方でしょ?」
「あぁ…」
「私、あなたのこと気になっていたの。もう少しお話ししましょ?」
ペッパーの手からカバンとコートを奪い取ったマリアは、ペッパーを強引にソファーに座らせると、トニーを睨んだ。
「ほら!トニー!気が利かないわね!早くコーヒーでもいれなさい!それと、いつまでそんな格好してるの?早く着替えて来なさい!」

服を着替え、コーヒーを入れ始めたトニー。キッチンからリビングの様子を伺うと、母親とペッパーは楽しそうに話をしていた。
「ペッパーちゃんっていいこね」
「そ、そうですか…。えっと…スタークさん…」
「あら、よそよそしくしないでよ。あなたたち、どうせ結婚するんでしょ?トニーったら、結婚したい女性がいるからってメールを一通よこしてきただけだか ら、あなたに会いたかったの。私ね、ずっと娘が欲しかったの。一緒にお買い物に行ったりできるでしょ?うちの男連中は…と言っても、主人とあの子だけだけ どね、買い物なんか行ってくれないから…。だからあなたがお嫁さんになってくれたら、毎日ショッピングに行けるわね!よかったわ!こんなカワイイ娘さんが お嫁さんに来てくれるんだもの!ペッパーちゃん、私のこと本当の母親だと思って甘えて頂戴ね!」
嬉しそうにペッパーを抱き寄せた母親を見たトニーは、ペッパーが受け入れてもらえたことに安心した。
ペッパーを抱き締めていたマリアだが、ふと思い出したようにペッパーの手を握りしめた。
「ねぇ、うちのクリスマスパーティーに来ない?」
「折角のお誘いなんですが、クリスマスは毎年家族と過ごすんで…」
「大丈夫、今日の夕方だから。それに今夜中に帰すわ。トニーがあなたを離さなかったら別だけど…」

(せっかくトニーのお母様が誘ってくださっているし…)
トニーに似て明るく気さくなマリアのことをペッパーは会った瞬間から好きになっていたのだ。
(それに、お父様にもご挨拶できるし…)
「私が伺ってもいいんですか?」
「いいわよ!大歓迎よ!主人もきっとあなたのこと気に入るわ。と言うことで、あなたもよ、トニー。言わなくても付いてくるでしょけど」
キッチンで聞いているであろうトニーに向かってマリアは叫んだ。やがてコーヒーを持って戻って来たトニーは、渋い顔をしながらも頷き、マリアはニンマリと 笑った。

***

「え? ご両親には話してないの?」
「はい…。話せなくて…」
「そう…。ごめんなさい。あなたにばかり苦労をかけて…」
「そんなことないです!私、トニーに愛されて幸せなんです!」
「いいわね~。あ、でも、大丈夫。何かあってもトニーにちゃんと責任取らせるから!」
「は、はぁ…」
LAへ向かう車内。後部座席に並んで座りずっと話しているペッパーと母親を、助手席に座ったトニーはバックミラー越しに時折盗み見していた。が、女同士の 話に入る隙間もなく、昨晩張り切りすぎてほとんど眠っていないトニーは、あくびをすると目を閉じた。

***
 
毎年24日に行われるクリスマスパーティーは、会社の重役の家族を招待するもので、スターク邸で行われるものだった。

「あなたは適当にしときなさい。さぁ、ペッパーちゃん、用意しなきゃ!」
楽しそうな母親とペッパーの後姿を見送ったトニーは、パーティーの用意で忙しそうに動き回る人々の間を縫うように歩くと、リビングへ向かった。

一時間ほどたった頃。母親の用意していたタキシードに着替え、早くもやって来たゲストと話をしていたトニーは、スターク家のメイドに声をかけられた。
「トニー様。マリア様がお呼びです」
二階の衣装部屋をノックすると、母親の嬉しそうな声が聞こえた。
「トニー?用意できたわよ。見てあげて」
部屋に入ったトニーは、息を飲んだ。
ペッパーは別人のようだった。長く美しい髪を巻き、メイクをしたその顔はいつもより数段大人っぽく見えた。瞳と同じブルーのドレスは背中が大きく開いたデ ザインなのだが、ペッパーの白く美しい肌のおかげで、ドレスは色鮮やかに映えていた。そして、母親がプレゼントしたらしいピアスとネックレスを付け、指に はトニーの送ったエンゲージリングを嵌めたペッパーは、見惚れるほど綺麗だった。
目を見開いて固まったままのトニーに気づいたマリアは、トニーの頭を軽く叩いた。
「ほら、トニー。見とれてないで何か言いなさいよ!あ、私はお邪魔よね。二人きりにしてあげるわね」
母親が部屋から出て行ったのを確認したトニーは、真っ赤になり俯いているペッパーの腰を引きよせ唇を奪った。
「綺麗だ…すごく似合っている…。言葉が出ないほど綺麗だよ」
一方のペッパーも…タキシードを着こなしたトニーは映画のスターのようにカッコよく、ペッパーは何百回目かの恋に落ちた。
しばらく見つめあっていた二人だが…。
「行こうか…」
差し出された腕に手を置いたペッパーは、トニーと嬉しそうに微笑みあった。

パーティールームは人だかりができていた。その中心には、トニーの父親であるハワード・スタークの姿があった。
トニーに気づいたハワードは、満面の笑みを浮かべて駆け寄って来た。
「トニー!五年ぶりか?元気そうだな?」
「あぁ…。親父も元気そうだな…」
嬉しそうに抱き着く父親。わざとらしいほどの歓迎ぶりにトニーは戸惑った。
大勢の社員に囲まれたトニーは、愛想よく笑っていた。一人離れたところでその様子を見ていたペッパーだが、何もすることがなくどうしようか迷っていると、 ハワードがやって来た。
「君かい?トニーの大事な女性は?」
「あ…。は、初めまして。ヴァージニア・ポッツです。今日は私までご招待頂いて…」
「いや、さっき妻から聞いたよ。こちらこそ半ば強引に連れてきてしまったようで申し訳ない」
微笑んだハワードの目はトニーによく似ており、それはとても温かく優しい目だった。
「大変だろ?あいつと一緒にいるのは?」
マリアと同じことを言うハワードに、ペッパーは思わずくすっと笑った。
「どうしたんだ?」
「いえ…。ただ、お母様にも言われました。彼のことを偏屈だって…」
「そうか」
「はい。でも、彼は私のことをとても大事にしてくれます。彼にはたくさんのことを教えてもらったんです。だから、彼と出会えたことを感謝しています。彼の ご両親にもいつかお礼を言いたいってずっと思っていました。お父様…ありがとうございます」
ぴょこんと頭を下げたペッパーにハワードの顏にも笑みがこぼれた。
「こちらこそ頼む。ヴァージニアさん、あいつのこと…トニーのこと、大事にしてやってくれ…。あんなやつだが…あの子は優しい子なんだ…。よろしく頼む よ」
「お父様…」
ペッパーの手を握り、「あいつには内緒にしておいてくれよ」と言うと、ハワードは去って行った。

「ペッパー、一人にしてすまなかった」
しばらくして、輪から抜け出したトニーが戻って来た。
「何か飲むか?」
「じゃあ、オレンジジュースがいいわ」
料理を摘まんだり話をしたりしていると、司会者がパーティーの開始を告げた。

***

ステージではハワードの挨拶が始まった。冗談を交えながら、一年のねぎらいをしたハワード。挨拶も終わりかと思われたその時だった。
「ところで、今日は私の跡取りのトニーも来ている。来年は社に戻り私の跡を継いでくれると約束してくれた。私もそろそろ引退せねばならないな」
社員たちは一斉にトニーの方へ振り向き、嬉しそうに拍手を始めた。
繋いでいた手が痛いほど握られ、ペッパーはトニーの顔を見上げた。
「親父もお袋も…嵌めやがったな!」
「トニー…」
ペッパーの手を離したトニーはステージから降りてきたハワードを捕まえた。
「親父…話がある。いいか?」

二階の書斎に向かった二人。
心配になったマリアとペッパーも後に続いたが、二人は何も言わなかった。
部屋に入るなり、トニーはハワードに向かって怒鳴った。
「どういうつもりだ!俺はまだ会社を継ぐとは言ってない!」
トニーとは対照的に、ハワード至って冷静だった。
「お前もいい加減に目を覚ませ!お前はスタークの人間だ。そろそろ責任を果たせ!」
「責任?言っておくが、俺はちゃんと考えてる。親父やお袋のことも。自分の将来のことも。十年逃げ続けて親父にも迷惑掛けたが、そろそろ蹴りをつけようと 思っていたんだ!来年の秋にはLAに戻って親父の跡を継ぐことも考えていた!」
その言葉にペッパーは顔を上げた。
あれだけ嫌がっていたのに…もしかして私のため?
私がLAに行くから…それでトニーも?

「こんなやり方は卑怯だ!きちんと言わなかった俺も悪いかもしれない。だが、俺の意見も聞かず、また俺に押し付ける気か?親父らしいよな!既成事実さえ作 れば、俺は逃げられないからな!昔から親父は…」
トニーの言葉を黙って聞いていたハワードだが、遮るようにトニーを殴った。
「甘えるのもいい加減にしろ!」
トニーの胸倉を掴み何度も殴るハワード。見るに見かねたマリアが、ハワードの腕にしがみついた。
「ハワード!やめて!せっかく久しぶりに会ったのよ…。話し合えばきっと…」
「マリア!お前が甘やかすからだ!」
「だから私は嫌だったの!トニーがかわいそうでしょ?あの子は話せば…」
言い合いを始めたハワードとマリア。その間にペッパーはトニーに駆け寄った。
「トニー?」
声をかけるが、青い顔をしたトニーは何も言わない。殴られた顔は腫れ上がり、唇からは血が流れ落ちている。
バックからハンカチを取り出したペッパーは、唇をそっと押さえた。

ハワードとマリアの口論は止まらない。トニーの目には涙が溜まり始め、耐え切れなくなった彼は声を荒げた。
「やめろよ!」
その声に、室内は静まり返った。
「…親父は変わってないな…。母さんのことも俺のことも…どうでもいいんだ…。昔からそうだ。おもちゃで遊んでいるとくだらないと怒るし…。親父とは キャッチボールすらしたことがない…。いつも仕事、仕事で、俺や母さんのことは後回し。金さえあれば何とかなると思っていただろ!」
長年我慢してきた思いを吐き出すかのように話すトニーを、ハワードとマリアは黙って見つめるしかなかった。
「酒に溺れる父さんに反抗する俺を邪魔者扱いして、寄宿学校に追いやった。俺は行きたくなかったんだ。尊敬する父さんのそばにいて、いろんなことを教えて もらいたかったんだ。俺は父さんに認めてもらいたかった。だから必死に勉強したんだ!でも、父さんは俺のことを認めなかった。だから俺は自分の人生は自分 で見つけようと頑張った。せっかく築き上げたのに…また取り上げて、俺を籠の中に閉じ込める気なんだろ?だから俺は戻って来たくないんだ!」
顔を上げたトニーの目からは涙が次々と零れ落ちた。
こんなに感情を露わにし、そして苦しそうなトニーを見るのは初めてだった。
「父さんは俺の気持ちなんてどうでもいいんだろ?俺が黙って会社を継いでここにいれば満足なんだろ?父さんにとって俺は…会社の跡取りという道具でしかな いんだ!俺のことなんて息子と思ってないし、愛してないんだろ!答えろよ!」

殴ってでも言って欲しかった。『馬鹿なことを言うな。お前のことは愛している』と。だが、何も言わず黙っている両親。両親の顔を交互に見つめていたトニー だが、悲しそうな顔をするとペッパーの手をそっと握った。
「…もういい…。悪いけど…帰る…」
トニーは袖口で泣き腫らした目を乱暴に擦ると、ペッパーの手を引いて部屋を飛び出した。

足早に玄関へ向かうトニー。すれ違う人々は、真っ赤な目をしたトニーに気付いてはいたが、誰も何も言えなかった。

「トニー!待ちなさい!」
車に乗り込もうとした時、後ろからマリアが追いかけてきた。
「トニー…待って…。話し合いましょう?あなたの気持ちは分かったから…。あなたはちゃんと考えてくれていたのに…。騙すようなことをしてごめんなさ い…」
マリアはトニーの腕に縋り付いたが、トニーは顔を背けたまま何も言わなかった。ペッパーを後部座席に押し込むと、トニーはマリアの方を振り返り抱きしめ た。
「母さん、ゴメン。今は話したくないんだ…。気持ちの整理が付いたら連絡する…。父さんにも…」
「分かったわ…」
母親の手を振り切ったトニーは、ペッパーの隣に乗り込みドアを閉めた。

***

車内は重い空気に包まれていた。
トニーは黙ったまま窓の外をじっと見ている。ペッパーは、何と言っていいか分からなかった。自分は両親から目に見える愛情もたくさん与えられてきた。でも トニーは違う…。トニーは愛情に飢えている…。
お父様もお母様もトニーのことは世界一愛してる…。でもそれは形となって現れてない…。トニーは形に見える愛が欲しいだけなのに…。

くしゅん

小さなくしゃみが聞こえ、トニーは振り返った。ノースリーブのドレス姿のペッパーは、肌寒いのだろう、手で腕を擦っている。
「寒いか?」
ジャケットを脱いだトニーは、ペッパーに掛けると、肩を抱き寄せた。
「これで寒くないだろ?」
「ありがとう、トニー」
トニーの匂いと温もりに包まれたペッパーは、ジャケットの裾をキュッと掴んだ。
「嫌な思いさせてすまなかったな…」
ペッパーの肩をさすりながら、トニーがポツリと呟いた。
「ううん…。トニー、大丈夫?」
赤く腫れた唇と頬。だが、それ以上にトニーは傷ついているはず…。
赤くなった頬をそっと触ると、トニーは寂しそうに笑った。
「大丈夫だ…。27年間ずっとこの調子なんだから…」
堪らなくなったペッパーは、トニーの首元に腕を回し抱き着いた。
「私がずっとそばにいるから…」
「あぁ…ありがとう、ペッパー…」
トニーの目から流れ落ちた涙が雨のように降り注いだが、ペッパーはいつまでもトニーの頭を優しく撫で続けた。

3へ…

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Kiss the Teacher~冬編1

12月。
願書も出し、後は結果を待つだけのペッパーは、もうすぐクリスマスということもあり、浮かれていた。

「プレゼント、何にするの?」
「何がいいかなぁ…。あ、この帽子とかどうかなぁ?」
放課後、友達とショッピングに出かけたペッパー。クリスマス前のショッピングは、必然的にプレゼント選びとなるのだが、今年はペッパーもその中に入ることができるため、お喋りしながらお互い見繕っていたのだった。
だが、ペッパーに彼氏がいることは知っているものの、誰一人として相手のことは知らない。みんな知りたくてしょうがないのだが、ペッパーは断固として会わせようとしない。
つまり、ペッパーの話を継ぎ合わせた『27歳の社会人。子供っぽいところもあるけれど、キスの上手な世界一カッコいい大人の男性』というのが、みんなが知っているペッパーの彼氏だった。
「何がいいかしら…」
唸りながら真剣に考えるペッパー。と言うのも、トニーは社会人。大抵の物は持っているし、逆にペッパーはいつも買ってもらってばかりなのだ。
「ペッパーの彼って、働いているから、何でも持ってそうよね? 難しいわよね」
「うん…。何がいいかなぁ…」
ブラブラと店内を歩くペッパーの目にある物が止まった。
(あ!これなら…。きっと使ってもらえる!)
色とりどり並ぶ中から、ペッパーはトニーに似合いそうな物を手に取ると、レジへ向かった。

放課後、いつものように二人きりの甘い時間を過ごした後、帰ろうとしたペッパーにトニーが声をかけた。
「クリスマスはどうするんだ?」
「毎年、親戚で集まるの…。あなたのことも紹介したいけど…。無理よね…」
しょんぼりと肩を落としたペッパーを元気付けるように、トニーは頭をくしゃっと撫でた。
「じゃあ、来年の俺の席、予約しといてくれるか?」
「分かったわ!ねぇ、トニーはどうするの?」
「俺か?普段と変わらないかな…家にも帰らないし。毎年、独り者同士(ちなみに、スティーブとバナー)集まって、うちで朝まで飲んでるから…今年もそうなるだろうな…」
苦笑するトニーだが、その目はどこかさみしそうだった。
せっかくのクリスマス…やはりトニーとも過ごしたい…。そう思ったペッパーは、トニーの方へにじり寄った。
「ねぇ?24日は無理だけど…23日はお泊りしていい?」
上目遣いでおねだりするペッパー。そのかわいらしい姿にトニーは頬を緩めた。
「ああ。二人でパーティーやるか?」
「うん!トニー、大好き!」
腰に抱きついてきたペッパーの頭に、トニーはそっとキスをおとした。
***

23日。昼過ぎにトニーの家にやって来たペッパー。リビングで存在感を放つクリスマスツリーを見たペッパーは、飛び上がって喜んだ。
「どうしたの?このツリー。この間来た時はなかったのに?」
ツリーも買えばよかったな…と思っていたペッパーは、予想以上に大きいツリーに目を白黒させていた。
「せっかく君とクリスマスを過ごせるんだ。買ってきたんだ。ほら、飾り付けするんだろ?」
ツリーの足元に置かれたオーナメントの入った袋をトニーは笑いながら指差した。

「トニーってどうして私が考えてることが分かるの?」
オーナメントを飾りながら、ペッパーはトニーに以前より思っていたことを聞いてみた。
「さぁ、どうしてかな?」
不思議そうな顔をしているペッパーにキスをおとしたトニーは、楽しそうに笑い続けた。

ペッパーの作った夕食を食べた二人は、ソファーの上で抱き合っていた。
「一日早いけど、プレゼントだ」
細長い箱から現れたのは、小さなダイアモンドの付いたネックレス。
「かわいい!ありがとう、トニー!でも、高いんでしょ?いつもいろいろ買って貰ってるのに…」
顔を曇らせたペッパーに、トニーは笑って答えた。
「いいんだ。その代わり、身体で貰ってるから…」
(身体で?つ、つまり…。そ、その…)
真っ赤になったペッパーは、恥ずかしさのあまり手で顔を覆ってしまった。
(からかいすぎたか?)
頭から湯気が出そうなくらい赤くなっているペッパーを見たトニーは、ポケットの中を探り始めた。
「あとこれは…プレゼントというか…ずっと渡そうと思っていたんだが、どうもタイミングが合わなくて…」
ポケットから取り出した物を、ペッパーの手の上にそっと乗せた。
それは、トニーの家の鍵だった。
ずっと憧れていた合鍵を目の前にして、ペッパーの心臓は跳ね上がった。
「いいの⁈」
「ああ。いつでも来ていいからな」
「ありがとう!嬉しい!」
トニーの顔に何度もキスをしていたペッパーだが、自分もプレゼントがあることを思い出し、トニーの膝の上から飛び降りた。
ツリーの下に置いたブルーの袋を手に取り、跳ねるように戻ってくると、トニーの目の前に差し出した。
「これ…私からのプレゼント。ごめんね…少ないんだけど…」
差し出された袋から、丁寧にラッピングされた箱を取り出したトニーは、ペッパーを膝の上に再び座らせると、顔を覗き込んだ。
「開けていいか?」
無言で頷くペッパー。
(トニーは気に入ってくれるかしら?)
ペッパーの背中を撫でながらトニーは箱を開けた。箱の中には、ブルーのストライプのネクタイと、ネクタイピンが入っていた。
「ありがとう、ペッパー。一目で気に入った!これは、とっておきの一本にするよ」
「トニーも時々ネクタイしてるでしょ?ネクタイ締めてるトニーって、カッコいいんだもん…」
トニーの言葉に自分のプレゼントが気に入ってもらえたと安心したペッパー。恥じらいながらも甘えるようにトニーの頬に自分の頬をすり寄せ、トニーをじっと見つめた。その期待に満ちた瞳を見つめたトニー。
「そうだ、もう一つもらっていいか?」
そう言うと、小さく頷いたペッパーに甘く蕩けるようなキスをした…。

2へ…

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