私の名前は、フィル・コールソン。
長年、この学園で用務員をしている。
私の楽しみ…それは休日に美術館巡りをすること。
ある日曜の昼下がり。いつもの散歩コースの帰り道、ふと目についたアートギャラリーに立ち寄った私は、そこで運命の出会いをした。無名の駆け出しの画家の展示会を行っていたそのギャラリー。片隅にひっそりと飾られた繊細なタッチの風景画。名もない画家の一枚の絵だが、一目で気に入った私はその絵を購入したのだった。
それがスティーブ・ロジャースとの出会いだった。
翌日、学園の自分の部屋に件の絵を飾った。
お茶を入れ、絵を眺めていると、校長がやって来た。
お茶を勝手に入れ啜り始めた校長は、視線を絵に向けると立ち上がった。
「コールソン、これはスティーブ・ロジャースの絵ではないか?」
「こ、校長!ご存じなのですか⁈」
立ち上がった拍子に私はカップをひっくり返してしまったが、そんなことはどうでもいい。
私の慌てぶりに目を丸くした校長は、ニヤリと笑みを浮かべた。
「知ってるも何も…。彼は明日から美術教師として赴任してくるぞ?」
スティーブ・ロジャーズが、この学園に来るだと⁈
不敵な笑みを残して部屋を去った校長の言葉がいつまでもこだましていた。
翌日、赴任してきたロジャースだが、なかなか話す機会がなく、私は一人悶々としていた。
夕方になり、赴任の挨拶に…と部屋にやって来たロジャーズ。私はようやく彼と二人きりで話すことができた。
部屋に飾ってある絵に気付いたロジャースは、恥ずかしそうに頭を掻いた。
「これ、僕の絵ですね…」
これはチャンスとばかりに、私は自分がロジャースが…いや、この絵が好きだということをまくし立てた。そしてお茶でも飲みながら語り合いましょうと、遠回しにアピールしたが…ロジャースはあまりに純粋だった。
「そうですか。ありがとうございます。今度、コールソンさんのために、何か描いてきますね」
お茶でも…という言葉は完全に無視されたが、それでも私はロジャースと二人きりで話せて幸せだった。
その日から私は機会があるごとに毎日のようにロジャースをお茶に誘った。いつの日か「フィル」と呼ばれることを期待しながら…。だが、お互い忙しく、なかなかその機会は訪れなかったのだ。
そうこうしているうちに、一年が過ぎ、新年度がやって来た。
今年新しく赴任してきたのは、トニー・スタークという理科教師だった。MITを17歳で卒業したという天才児がなぜ教師に?と不思議だったが、年若くそして男前でユーモアに溢れた彼は、あっという間に学園一の人気者になった。
ある日、校内をぶらぶらと歩いていた私は、食堂で楽しそうに語り合うスタークとロジャースの姿を目撃した。
「おい、スティーブ。帰りに飲みに行かないか?」
「そうだな、いい店を見つけたんだよ、トニー」
(私が一年経ってもお茶の一つもできないのに、一週間もたたないうちから飲みに行くだと⁈それに、「スティーブ」「トニー」と名前呼び⁈)
愕然とする私に気づくことなく、ロジャースとスタークは食堂を出て行った。
(す、スタークめ!!私が一年かけても成し遂げていないことを!一週間で!!)
怒りの矛先をどこにぶつけたらいいのか…迷った私は放課後こっそりと理科室へ向かった。
翌朝…。
「何だこれは⁈」
理科室にスタークの悲鳴が響き渡った。
前日綺麗に掃除したはずの理科室の黒板は真っ白、机の上にあげておいたはずの椅子はすべて降ろされ…。散らかった部屋の前で佇むスタークを私は柱の陰からニヤニヤと覗いていた。
(こんな嫌がらせをして私も大人げないな…)
がっくりと肩を落とし片付け始めたスタークを見た私の心は少々痛んだ。だがその時…
「どうしたんだ、トニー?」
通りかかったのは愛しのロジャース。
「スティーブ。いや…それが、昨日片付けて帰ったはずなのに、この有り様なんだ…」
頭を掻き首を傾げるスターク。なぜか嫌な予感がした私がハラハラして見守っていると…
「酷いことをする奴もいるもんだ。手伝おう」
予感的中。ロジャースはスタークと肩を並べて片付け始めた。
「ありがとう、スティーブ。なぁ、今度うちに来ないか?バナーとよく呑むんだが、あいつはすぐ寝てしまって…。どうだ?朝まで飲み明かそう。どうせ暇だろ?」
「いいのか?僕も独り身で暇なんだ。今度の週末にでも…」
(家に行く?朝まで飲み明かす?それは、スタークの家にロジャーズが泊まるということなのか⁈)
私の仕掛けたイタズラが、かえって二人の仲を縮めてしまった。
ショックに打ちひしがれる私を他所に、二人は仲良く片づけると部屋を後にした。
***
結局、何も進展がないまま10年が過ぎた。
スティーブ・ロジャースと仲の良かったトニー・スタークは、一身上の都合で突然教師を辞めた。
何の挨拶もなく去って行ったスタークだが、事情が事情なのだ。
「トニーがいないと、寂しいなぁ…」
職員室で空っぽになった席を見つめながらブルース・バナーはため息を付いている。そして他の教師も皆、同感だと頷いている。
愛しのスティーブ・ロジャースと彼と席を並べる体育教師のソー・オーディンソンは、いつだったかスタークが土産だと買ってきたドナ○ドとデ○ジーのぬいぐるみを同時に手に取った。
悲しみにくれるロジャースを見つめていた私は、今こそ彼を慰め、親密になる、これは神が与えてくれたチャンスだと感じた。
今度こそ…と、ロジャースに声を掛けようとした時だった。
「スターク先生の代わりに急遽来て頂くことになった先生だ。紹介しよう」
校長の声に一同は顔を上げた。が、その教師を見たロジャースは、大声を上げ立ち上がった。
「バッキー?!」
「スティーブ?!」
新任教師ことバッキー・バーンズとロジャースは、どうやら旧知の仲らしい。抱き合い再会を喜ぶ二人にもはや付け入る隙は全くなかった。
そのまま肩を抱き合い職員室を去って行く二人を見送った私だが、いつ日か必ず『フィル』と呼んでもらうという野望はこれからも持ち続けると心に誓ったのだった。