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Kiss the Teacher~学園編別ED5

そしてあの事故から三ヶ月後。
退院したトニーはペッパーと結婚した。
二人の希望で結婚式は家族と友人だけの小さなものになったが、片時も離れたくないというように寄り添い合っている二人を、参列者は微笑ましく見守っていた。
そしてトニーは教師を辞め、会社を手伝い始めた。元来頭のいいトニーはあっという間に仕事にも慣れ、一か月も経たないうちに頭角を表していった。ハワードは自分よりも仕事のできる息子を誇らしげに連れ回し、そんな親子の姿を長年の確執を知っている周囲の人間は、目頭を押さえて見守っていた。
そして、ペッパーは…。マリア亡き後のスターク家を切盛りし始めた彼女は、最初は今までとは全く違う世界に戸惑いつつも、持ち前の明るさと優しさもあり、使用人からも好かれ大事にされていた。ハワードもペッパーを実の娘のようにかわいがり、娘の様子が気になると時折顔を覗かせるペッパーの両親とも打ち解け、まさに絵に描いたような幸せな家族だったのだ。

そんなある日。
「ただいま」
「おかえりなさい」
玄関で出迎えてくれたペッパーにキスをすると、トニーは少し膨らんだお腹を撫でた。
「いい子にしてたか?」
トニーが声をかけると、お腹の子供はまるで「おかえり」というようにお腹を蹴った。
「痛っ!この子ったらホントあなたの声が好きね」
楽しそうに語り合う二人をハワードは嬉しそうに見つめていた。だが、トニーが時折苦しそうに息をしているのが、ハワードは気がかりだった。
「おい、トニー」
リビングを通りかかった息子にハワードは声を掛けた。
「ただいま。どうかしたのか、親父?」
ネクタイを緩めたトニーは、ジャケットを放り投げるとソファーへ座った。
その顔色はどことなく悪く、眉間に皺を寄せたトニーは大きく息を吐いた。
「お前、最近頑張りすぎじゃないか?もうすぐ父親になるんだ。あまり無理するなよ?」
心配そうな父親に気付いたトニーは、笑みを浮かべ立ち上がった。
「大丈夫だ。それに、今のプロジェクトが成功すれば、数年は安泰だろ?」
ジャケットとカバンを持ったトニーは、笑いながら寝室へと向かった。

結局、トニーからは何も言わないため、ハワードはそれ以上聞くことができなかった。

それからさらに三ヶ月。
トニーも会社の仕事に慣れ、ハワードも孫が産まれたら社長の座をトニーに譲り、会長に退こうと考えていた頃。
ペッパーのお腹も大きくなり、もうすぐ出産予定日だ。出産に備えトニーとペッパーは子供部屋を用意したり、母親教室に参加したりと、楽しそうに準備をしていたが、ここ数週間トニーは出張続きでほとんど家にいなかった。そのため、ハワードは息子の体調を気にしつつも、状況を確認することができていなかった。
その日は日曜日だったが、トニーは新規プロジェクトの打ち合わせで、3日前から出張で不在だった。明日の昼からの会議に間に合うように帰ってくると言っていたが、おそらく家には帰らずそのまま会社に向かう気だろう。このところ、働き通しの息子がさすがに心配になったハワードは、出張から帰ってきたらヴァー ジニアの出産まで少し休ませようと一人考えていた。
そんなことを考えながら、リビングで寛いでいたハワードの元にペッパーがコーヒーを持ってやって来た。
「お父様?今、よろしいですか?」
「どうしたんだ?ヴァージニア」
ハワードの前にコーヒーを置いたペッパーは、自分に用意したジュースを手に取った。
「トニーのことなんです…」
「トニーがどうかしたのか?」
俯いたままのペッパーは、言おうか言わまいか迷っているようだったが、大きく深呼吸すると顔を上げた。
「お父様にお話すると心配かけるかと思って黙ってたんですが、やはりお話しておかないと…。実は、あの事故の後、トニーは苦しそうなんです。退院してからも、時々胸を押さえてたことはあったんです。でも、この一ヶ月はずっと苦しそうで…。出張に出掛ける前の日には、仕事をするって書斎にこもってしまったんです。全然部屋から出てこないんで、夜食でも…と、そっと覗いたら…トニーは床に蹲ってて…。顔色も悪いし、食欲もあまりなくて…。もうすぐ赤ちゃんが生まれるからって、私に心配かけないように隠してるみたいなんです。彼、病院に行くのが嫌いだから、検査に行くよう勧めても、何でもないの一点張りで…。私…トニーに何かあったらって思うと夜も眠れなくて…」
ポロポロと涙を零し始めたペッパーは、手で顔を覆った。
幼い嫁の背中をそっと手を当てると、ハワードは労わるように撫で始めた。
「私も気にはなっていたんだ。分かった。明日にでも話してみる」

その頃トニーは、出張先のホテルの部屋に戻っていた。もうすぐ日付が変わりそうだが、妻の声が聞きたくなったトニーは、ペッパーに電話を掛けようと携帯に手を伸ばした。だが、その時…。
「っ!」
胸を締め付けるような痛みを感じ、トニーはその場にうずくまった。
またこの痛みだ…。また発作が…。あの事故以来、不定期に襲う胸痛だが、最近は頻繁に起こるようになり、息苦しさも続いている。
せっかく何もかも順調なんだ…。ここで俺が倒れるわけにはいかない…。ペッパーと親父を悲しませるわけには…。
いつもならしばらくすると治るのだが、今日はなかなか落ち着かない。
胸の痛みは酷くなり、呼吸できなくなったトニーは、その場に倒れた。
「く…っそ…」
胸元をぎゅっと掴み深呼吸するが、締め付けは酷くなる一方だった。
発作が起きた時に…と、貰っている薬は机の上だ。身体を起こし机の上の薬を取ろうとしたトニーだったが、ギュっと心臓を鷲掴みにされたような痛みを感じ、意識を失った。

翌朝、その場で目が覚めたトニーだが、全身にわたる倦怠感は容赦なく彼を襲い続けた。食欲もなく吐き気に襲われたトニーはしばらくバスルームにこもっていたが、大きく息を吸うと目の前の鏡を覗き込んだ。鏡の中の自分は、酷い顔色をしている。

倒れる前に病院に行った方がいいかもしれない…。だが、午後からはLAで会議だ。会議が終わったら行ってこよう…。

トニーはシャワーを浴びぼんやりする頭を覚醒させると、荷物を持ち空港へと向かう車に乗り込んだ。

LAへ戻るとトニーは真っ直ぐ会社へ向かった。渋滞のため予定よりも到着が遅れてしまい、トニーは会議室へ急いだ。
小走りで会議室へ向かうトニーは、胸に痛みを感じドアの前で立ち止まった。
(またか…)
何度か深呼吸したトニーは額に浮かんだ脂汗を拭うと、ドアを開けた。
「遅くなって申し訳ありません」
社長である父親を筆頭に重役たちが揃った会議。
「トニー、遅かっ…」
トニーを見たハワードは言葉を失った。
目の下に隈を作り真っ青な顔をしたトニーは、誰がどう見てもどこか具合が悪いとしか思えない。
心配するハワードと社員の視線に気づきながらも、トニーは黙って前方へと向かった。

「では、次期プロジェクトについて説明します」

新プロジェクトについて説明するトニー。その説明は相変わらず的確で分かりやすく、皆真剣に耳を傾けている。だが、当の本人の顔色は酷く悪く、脂汗をかいている。時折大きく息をしながら何度も額の汗を拭うトニーを、室内にいる人間は皆心配そうに見つめている。
辛そうな息子が心配になったハワードは、何度中断させようかと思ったが、トニー自身が中断しようとしないのだから無理に止めることもできず、早く終われと祈るように息子を見守っていた。

「…以上です。質問等あれば…」
プレゼンを終えたトニーは額の汗を拭うと、投げかけられた幾つかの質問にも的確に答えていった。だが、胸元を押さえ顔を顰めているトニーは先ほどよりも辛そうで、ハワードは強引に会議を終わらせた。
「時間も押している。終わりにしよう。質問があれば各自トニーに聞くように」

席へ戻ろうと歩き出したトニーにハワードが声をかけようとしたその時…。
顔を歪め立ち止まると胸を押さえその場に崩れ落ちた。
「トニー!!」
「トニー様?!」
慌ててかけより抱き起こすと、トニーは苦しそうに胸を押さえている。
「早く救急車を呼べ!」
騒然とする周囲を余所に、ハワードはトニーのネクタイを取ると、首元を緩めた。
「トニー、しっかりしろ!」
意識が朦朧とし始めたトニーは、父親の声を聴きながら意識を手放した。

6へ…

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Kiss the Teacher~学園編別ED4

三日後。目を覚ましたトニーは、顔を覗き込んでいたペッパーに
「おはよう」
と笑いかけた。
「トニー…よかった…」
手を握りしめ涙を流すペッパーと、それを嬉しそうに見つめるトニーの姿に、入口で見守っていたハワードはそっと目頭を抑えた。

そしてその翌日、意識のはっきりしたトニーにペッパーは妊娠のことを告げた。
「赤ちゃんができたの」
と告げた時のトニーの顔をペッパーは一生忘れないだろう。
しばらくポカンと口を開けていたトニーだったが、やがて
「早く元気にならないと…」
と、嬉しそうに笑った。
「あの時か…」
トニーの脳裏に浮かんだのはあの自暴自棄だった頃の自分。何も言わず、ただ欲望のままにペッパーを抱いた日のこと。
「ペッパー…すまない」
自分勝手な行動のせいで、彼女の人生を狂わせてしまった…。目を伏せたトニーだが、ペッパーはニッコリ笑うとトニーの手を取った。
「謝らないで?私ね、あなたの赤ちゃんができて嬉しいの」
「だが…」
トニーが気にしているのは、大学進学のことだろう。それにペッパーの両親にも伝えなければならない。
もちろん大学へ行くという自分の夢も大切だ。だが、今のペッパーにはそれ以上に大切な夢があった。それは、愛するトニーを支えること。どんな時でも彼のことを信じ共に歩むこと…。
「私ね、今は大学へは行かないわ。あなたのこと支えたいの。この子と一緒に…」
お腹を押さえ微笑んだその顔は、幼さが残るもののすっかり母親の顔だった。
「ペッパー…」
眩しそうに見つめるトニーの手をそっと握ったペッパーは、ニッコリと微笑んだ。
「パパとママには私から伝えるわ。あなたとの結婚も許してもらうように説得するから…」
だが、トニーは男として自分から告げるべきだと、ガンとして譲らなかった。
「いや…俺が言う。俺から説明させてくれ。だから…」
そのトニーの実直な心をおそらく両親は気に入ってくれるだろう。そう感じたペッパーは、彼の手の甲にキスを落とすと頬に摺り寄せた。
「分かったわ。今度戻って来る時には、パパとママも連れてくるわ」

トニーが目を覚ました五日後、卒業式が控えているペッパーは、家に帰って行った。
「卒業式が終わったら、すぐに戻ってくるわね」
甘いキスと共にとびっきりの笑顔を浮かべたペッパー。次に来る時は、もう誰にも遠慮せずにお互いを愛していると言えるのだ。二人で共に暮らせる日々を楽しみにしていると、ペッパーは嬉しそうに病室を後にした。

ペッパーのいなくなった病室で、トニーは一人天井を見つめていた。まだ動くことの出来ないトニーは、あのクリスマスの出来事を思い返していた。
感情的になっていたとは言え、両親に酷いことを言ってしまった。もっとしっかり話し合えばよかった。せっかく生きて戻って来れたんだ。謝ってきちんと話をしよう…。
だが、おそらく母親は…。
ぼーっと物思いに耽っていると、ハワードがやって来た。
「気分はどうだ?」
ベッドサイドの小さな椅子に座ったハワードは、トニーの手を優しく握りしめた。
「…最悪だ…身体中が痛い…」
ハワードの握っている右手にはまだ感覚がなく、鎮痛剤を常時投与されていても、身動きするだけでも全身に痛みがはしるのだ。顔をしかめた息子の額に浮かんだ汗をハワードはそっと拭った。
「死にかけていたんだからな。大丈夫だ。お前は強いからすぐに良くなるさ」
微笑んだ父親だが、その顔は憔悴し切っており、そして黒のスーツを着ている。父親の様子から、トニーは悟った。母親はこの世にいないことを…。
「親父…お袋は…死んだんだろ?」
「……」
ポツリと呟いた息子の言葉に、ハワードは何も言えなかった。父親の目に薄っすらと涙が浮かんだのに気づいたトニーは、辛うじて動く左手を伸ばし父親の手を握った。
「眠っている時に夢に出てきたんだ。親父のこと頼むって。もうそばにいられないからって…。俺とペッパーと二人で親父のこと支えてくれって頼まれたんだ」
「そうか…」
母親を思い出したのだろう。父親の目から涙が一粒零れ落ちたのを見たトニーは、目元に溢れた涙もそのままに、父親を見つめた。
「お袋、苦しんだのか?」
「いや…マリアは即死だった…。綺麗な顔だった…」
「そっか…」
涙に濡れた息子の頬をハワードはそっと拭った。
「トニー…」
「親父…俺…お袋に謝りたかった…最後にあんなこと言って…」
「トニー、大丈夫だ。マリアは分かってた。お前が父さんや母さんのことをきちんと考えてくれていたことも、喜んでいたぞ」
「親父にも…ゴメン…。俺…」

子供のように大粒の涙を零すトニーを、ハワードはいつまでも抱きしめていた。

それから二週間後。
卒業式を終えたペッパーは、両親と共に病院を訪れた。
トニーから正式に挨拶をしたいが、入院中で動けないことを告げると、両親…特に母親は服を新調するほどの力の入れようで、お見舞いに何を持って行こうかと楽しそうに準備を始めたのだった。
「スターク先生が息子になるのよ」
と、母親はペッパーに嬉しそうに話している。だが、父親は喜んでくれてはいるが、やはりさみしいのだろうか、先ほどから黙ったままだ。父親のジャケットの裾をそっと掴んだペッパーは、
「パパ、トニーは酷い怪我をしてるんだから…殴ったりしちゃダメよ」
と、忠告した。だが…。
「そんなことはしないさ。それとも、殴られるようなことをしたのか?」
「そ、それは…」
視線を逸らした娘に両親は何か感付いたようだが、何も言わなかった。

病室へ入ると、トニーは診察中だった。
モニターを睨んでいた医師は、トニーの左手にナースコールを握らせた。
「これで少し様子をみましょう。何かあったらすぐに呼んで下さい」
ペッパーに気付いたスタッフは、一礼して部屋を出て行ったが、ベッドに横たわるトニーを見たペッパーは、顔色を変えた。
トニーは二週間前よりもやつれ、青白い顔をしており、酸素マスクを付けているにもかかわらず、肩で大きく息をしている。最後に顔を合わせた時よりも状態は悪くなっているのは明らかだ。
だが、ペッパーに気付いたトニーは、嬉しそうに笑うと左手を伸ばした。慌てて駆け寄ったペッパーは、その手を優しく包み込むと、痩せてしまった頬を撫でた。
「トニー?大丈夫なの?」
「大丈夫だ…。ただ、少し息苦しくて…」
ペッパーの後ろに彼女の両親がいることに気付いたトニーは、囁くような声で言った。
「ペッパー…少し起こしてくれ…」
手助けされながら身体を起こしたトニーの後ろに枕を置いたペッパーは、不安そうに彼の手をそっと握った。ペッパーに向かい小さく微笑んだトニーは、大きく息を吸い酸素マスクを外すと、姿勢を正した。
「ポッツさん…こんな格好ですみません。失礼なのは重々承知していますが、お許し下さい。ヴァージニアさんとは、一年半前から結婚を前提にお付き合いしていました。今まで隠していて申し訳ありません。彼女が卒業したら、きちんとご挨拶に伺うつもりだったんですが…。こんなことになって、本当にすみませんでした。もう一つあります。彼女は妊娠しています。もちろん、俺の子供です。順番がめちゃくちゃなのも、彼女が大学へ進学することを楽しみにされていたのも分かっています。ですが、彼女は俺が辛い時にずっと支えになってくれました。彼女と出会い愛され、俺は本当の意味での人生を知りました。お願いします。 ヴァージニアさんとの結婚を許して下さい。彼女のことは、命をかけて守ります。絶対に幸せにしてみせます。お願いします…」
頭を下げ続けるトニーを見たペッパーも、慌てて頭を下げた。
「パパ、ママ…お願いします。トニーは私にとって誰よりも大切な存在なの。お願いします…」
しばらく渋い顔をして二人を見比べていたペッパーの父親だが、ふっと頬を緩めた。
「本当なら一発殴りたいところだが…病人を殴るわけにはいかないしな」
その言葉に顔を上げると、ペッパーの父親は笑っていた。そして、トニーの傍に歩み寄ると、左手をそっと握りしめた。
「スタークさん、娘はまだ幼く至らない点もあると思います。ですが、あなたの思う気持ちは誰よりも負けないはずです。どうか、娘のことを…頼みます」
「ありがとうございます…」
トニーの目から零れ落ちた涙を拭き取ったペッパーは、嬉しそうに笑っている。そんな二人を、ペッパーの母親は名シーンだといわんばかりに必死に写真を撮っていたのを二人は知らない…。

その後、ペッパーの献身的な介護もあり、トニーは順調に回復していった。

5へ…

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Kiss the Teacher~学園編別ED3

それから数日。どんどん衰弱していくトニーにペッパーは手を握り声を掛け続けることしかできなかった。
ハワードの命で世界中の名医が集められた。だが、成功率は限りなく0%に近く、もし万が一…と思うと、トニー・スタークという失うものの代償が大きすぎるため、誰もが執刀を躊躇していた。
「先生、お願いします…」
医師達の前で頭を下げるハワード。
世界に名高いスターク・インダストリーズのCEOであるハワード・スタークのこんな姿を誰も見たことがなかった。
「頼む…息子の命を救ってやってくれ…。何もしないままあいつが命を落とすのは見たくない…。少しでも…0.1%でも成功する可能性があるなら…」
床に膝を付き、頭を下げるハワードに、先ほど香港から到着したばかりのある一人の医師が駆け寄り手を取った。
「分かりました。全力を尽くします」

その頃、ペッパーは椅子に座りトニーの手を握りしめていた。
トニーは一日のうち数分だけ意識を戻すものの、ほとんど眠っていた。だが体力はどんどん落ちていき、高熱が出始めた昨日からは、とうとう話すことすらできなくなっていた。
時折トニーの手を握ったり頬を撫でてみるものの反応はない。
(今日はダメかしら…)
その時、小さく唸り声が聞こえ、ペッパーは慌てて立ち上がった。
「トニー?」
ペッパーが顔を覗き込むと、トニーはうっすらと目を開けていた。
「目が覚めた?」
嬉しそうに微笑むペッパーを見て、トニーもかすかに目尻を下げた。苦しそうに息をし脂汗をかいたトニーは、焦点の合っていない視線をペッパーに向けると、何か言いたそうに口を動かした。
「どうしたの?」
手を握りしめたペッパーだが、座り直そうとした瞬間、意識が遠のきパタリと床に倒れてしまった。
「ぺっ…ぱ…?」
目の前で突然倒れたペッパー。誰か呼ぼうにもトニーは動けない。ふと横を見ると右手の近くにナースコールがあるのに気付いたが、肝心の右手は動かない。何とか動く左手を右側に持っていこうと、動かない身体を必死に動かす。
あと数センチ…。
だが、身体をねじった瞬間―
胸に突き刺すような激しい痛みを感じ、トニーは声にならない悲鳴をあげた。まるで心臓をナイフでえぐられ鷲掴みにされているよう。息を吸うこともできず、トニーは左手で胸元を掴んだ。
胸に付けたモニターから、けたたましい音が鳴り響いた。
(ペッパーを…ペッパーを助けなければ…)
激しい胸の痛みにトニーの意識が朦朧とし始めた時、病室に向かっていたハワードと医師が警告音に気付き、走り込んできた。
胸を押さえぐったりとしたトニーと床に倒れたペッパー。
「トニー!しっかりしろ!」
ハワードはペッパーが気を失っているだけと確認すると、トニーに駆け寄った。医師は後ろにいたナースにペッパーを任せるとトニーを診察し始めた。
「トニー!トニー!!」
苦しそうに息をするトニーは、ハワードの手を握りしめた。
「ぺっ…ぱ…を…」
「大丈夫だ!ヴァージニアは大丈夫だから…」
かろうじて開いた目でハワードを見つめたトニーは、
「よか…っ…た…」
と、大きく息を吐くと目を閉じた。
「すぐに手術をします。危険な状態ですので、ハワード様…」
「分かってる…。頼む…」
頭を下げたハワードに医師は頷くと、トニーを手術室に運んでいった。
その姿をじっと祈るように見つめていたハワードは、手術室の前で祈った。
ただひたすら、トニーの手術が成功しますようにと…。

数時間、診察が終わったとの知らせを聞き、ハワードはペッパーが運ばれた病室へと向かった。

「ヴァージニアは?大丈夫か?」
ハワードはベッドサイドの椅子に腰掛けると、ペッパーの手を握り医師に声をかけた。
「ハワード様。彼女は、トニー様の…」
「ヴァージニアはトニーの婚約者だ」
ペッパーがトニーの婚約者だと知った医師は、目を丸くした。
「どうした?まさか重い病気と…」
ハワードの言葉を遮るように首を振った医師は、笑顔でハワードを見返した。
「いえ。ハワード様、おめでとうございます。ヴァージニア様は…妊娠されています」
「え…」

ヴァージニアが妊娠?

結婚を考えていたのだからあり得ることなのだが、彼女はまだ学生のはず…。

さすがのハワードも目を白黒させていると、ペッパーが目を覚ました。
「ヴァージニア、気が付いたか?」
「お父様…」
ベッドの上で身体を起こしたペッパーは、ハワードに縋り付いた。
「お父様!と、トニーは?トニーは大丈夫ですか?」
小さく震えるペッパーの手を取ったハワードは、安心させるように言った。
「トニーは今、手術中だ。危険な状態と言われたが、トニーならきっと頑張ってくれる。だから、手術が無事に終わるよう、二人で祈ろう…」
無言で頷いたペッパーの目からは、涙がこぼれ落ちた。
ハワードは迷った。自分が妊娠のことを告げていいものかと…。だが言わなければ…。ハワードが深呼吸したその時、タイミングよく医師が入ってきた。
「ヴァージニア様、気分はどうですか?大事な身体ですから、無理はなさらないで下さい」
「大事な身体って…」
「おめでとうございます。妊娠二ヶ月です」
「妊娠…」
『妊娠』と聞いたペッパーは顔色を変えた。
お腹をそっと押さえ何やら考えているペッパー。
声を掛けようかためらうハワードに気付いたペッパーは、恥ずかしそうな笑顔を向けた。
「お父様…あの…私…」
真っ赤な顔をしたペッパーは、モジモジとシーツを弄んでいる。

こんな時、マリアなら何と言うだろう。
マリアはヴァージニアのことをとても気に入っていた。孫ができたと知ったら、きっと抱きついて喜んだだろう…。

「…ヴァージニア…。その…心当たりは?」
父親はトニーに決まっているが…。何と言えばいいか分からないハワードは決まりきった言葉を言ってみたが、ペッパーはハワードが想像していたこととは別のことを言い始めた。
「あの…多分…あの時だと…。二か月前に、トニーったらそのま…」
「わ、分かった!もういいから…」
行為の状況を話し始めそうなペッパーの言葉を、ハワードは慌てて遮った。
まさか数か月後には息子の嫁となる少女から二人の性生活を聞かされそうになるとは…。
不思議そうな顔をするペッパーと顔を赤らめたハワード。何とも言えない気まずい空気が流れる中、二人を呼びにナースがやって来た。
「トニー様の手術が終わりました」

手術室の前に急ぐと、ちょうどトニーが運び出されるところだった。たくさんの機器に繋がれたトニーは相変わらず血の気のない顔をしており、ペッパーはその場に座り込んでしまった。
「ヴァージニア…」
ペッパーの肩を抱き寄せたハワードに、執刀した医師が声をかけた。
「ハワード様…手術は成功しました…。ただ、トニー様の体力は著しく低下しており…。後はご本人の気力次第です…」

大事な身体だから…と、ペッパーをホテルに送り届けたハワードは、病院へ戻って来た。
ICUで眠り続けるトニーの手をハワードはそっと握りしめた。
「トニー、お前のことは世界一愛している。お前は私の誇りだ。自慢の息子だ。ずっと言ってやれなくてすまなかったな…」

4へ…

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Kiss the Teacher~学園編別ED2

その頃、退院許可の出たハワードは、まっすぐICUに向かった。
頭も腕も足も…全身ギブスと包帯だらけのトニーは、血の気のない顔をして眠っている。トニーにつけられた無数のモニターと機械的な呼吸器の音だけが、やけに鮮明に聞こえる。
「トニー…」
両頬に大きなガーゼを貼ったトニーの顔をそっと撫でると、ハワードはベッドサイドの椅子に腰掛けた。
包帯の隙間から右手の指先が見え、ハワードはそっと冷たい手を包み込んだ。
「アンソニー…聞こえるか。お前が生まれた時、命にかえて守ると誓ったのに…お前を傷つけてしまった…。お前を守ってやることができなかった…。許してくれ…。今、お前のことを救おうと、みんな走り回っている。だからお前も頑張るんだ。お前はこんなことに屈する男じゃないだろ?」
握った手に力を入れたが、トニーは何の反応も示さない。

このまま逝かせてなるものか…。マリア…頼む…。この子は連れて行かないでくれ…。
祈るように目を閉じたハワードの目から涙が零れ落ちた。

どのくらいそうしていただろう。
「お父様…」
振り返ると、ペッパーが立っていた。
「お父様、お母様は亡くなったって聞いて…。トニーは…トニーは助かるんですか?」
涙を浮かべたペッパーはゆっくりと近づいてきたが、ベッドに横たわるトニーの姿を見ると、真っ青になりその場に座り込んだ。
「ヴァージニア…」
ハワードがペッパーの背中をそっと撫でると、ペッパーはハワードに抱きつき声をあげて泣き始めた。
「トニーは…助からないかもしれない…。心臓の近くに破片が刺さり、手術できないと言われた…。だが、絶対に救ってみせる。今、全力で手術してくれる先生を探している…。トニーも頑張っている…。だから、二人で見守ろう…」
ハワードは、泣き続けるペッパーを抱きしめた。

控室にと用意された部屋にハワードとペッパーは通された。
祈るようにしているペッパーの顔色は悪く、先日会った時よりも少し痩せた気がし、ハワードはチラチラとその横顔を盗み見していた。
「そういえば、トニーとのことはご両親に言ってないんだろ?大丈夫なのかい?」
「はい…。でも…両親には全て話しました。彼のそばにいたいということも…。だから大丈夫です。それよりも…お父様、お休みになられた方がよろしいんじゃないですか?お父様も事故に合われたんですし…」
ペッパーの気遣いに、ハワードは涙が零れ落ちそうになった。涙ぐんだハワードに、ペッパーはそっとハンカチを差し出した。
「ありがとう…ヴァージニア…。君は素晴らしい娘だ。トニーが君を選んだのもよく分かるよ…」
その言葉にペッパーは俯き、こぼれ落ちそうになった涙を指でそっと拭った。
「…お父様…トニー、助かりますよね?私…彼がいない人生なんて…考えられないんです…だから…」
言葉に詰まったペッパーの目からは、涙がポロポロと零れ落ちた。
「ヴァージニア…、トニーは君のことを置いていったりしない…。信じよう…」
無言で頷くペッパーをハワードは抱き寄せた。

しばらくして、ICUの前に待機していた社員が部屋に飛び込んできた。
「ハワード様!トニー様が目を覚まされました!」

転がるようにICUに向かったハワード。その後ろからペッパーも小走りでついて行った。
酸素マスクをつけたトニーは、ハワードが入ってきたのに気付き、少しだけ開けた目をハワードに向けた。
「トニー…」
ベッドにすがり付いたハワードは、動かないトニーの右手を取った。
「とうさ…ん…。ごめ…ん…。おれ…」
トニーを遮るように首を振ったハワードの目から涙が零れ落ちた。
「トニー、父さんこそ、すまなかった。愛してるよ、トニー…」
やっと聞くことのできた言葉。トニーは嬉しそうに目を細めた。だが、父親の姿はあるのに母親がいないことに気付いた。
「かあさ…ん…は?」
ハワードは言えなかった。マリアはもうこの世にいないとは…。
無理やり笑顔を作ったハワードは、トニーの手をポンっと軽く叩いた。
「マリアは無事だ。まだ動けないが、無事だ。だから、お前も頑張るんだ」
母親が無事と知らされたトニーは大きく息を吐いた。
「よか…った…。おれが…いなく…なっても…」
笑みを浮かべたトニーをハワードは叱咤した。
「トニー!バカなことを言うな!お前は助かる。父さんが治してみせる!それに、ヴァージニアが来てくれたぞ!」
ハワードに手招きされたペッパーは、トニーに駆け寄った。
手を握りしめ涙を浮かべたペッパーは、トニーに向かって笑いかけた。
「トニー。そばにいるから…頑張って…」
ペッパーの笑みを見たトニーの目から涙が零れた。
「ぺっ…ぱ…。よかった…きみに…あえて…。あい…してる…」
トニーはゆっくりと目を閉じた。

3へ…

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Kiss the Teacher~学園編別ED1

父親と和解するハッピーエンドもあってもいいかなと書いた別EDです。

翌週末、ペッパーが目を覚ますと、トニーからのメールが届いていた。
『LAへ行ってくる。明日には戻る』
寝ぼけ眼を擦りながら階下へ降りると、母親がTVのニュースを見ていた。
「おはよう、ママ。どうしたの?」
「あら、ヴァージニア、早いわね。見て、LAは凄い雨よ。珍しいわね…。こっちは降らなきゃいいけど…」
トニー…無事に着いてればいいけど…。
なぜか分からないが、胸騒ぎがしたペッパーは、頭を振るとジュースを飲み干した。

豪雨のLAを一台のリムジンが走っている。せっかく家族で集まったのだから食事に行きましょう?というマリアの提案で、リムジンには市内のホテルに向かうスターク一家の姿があった。
ハワードとマリアと向かい合うように座ったトニーは、窓の外を見つめており、何も話そうとしない。
一方のハワードもマリアとは話をするが、トニーとは目を合わせようともしない。
「すごい雨よ…。ねぇ、二人とも…」
二人の間を取り持つかのようにマリアが口を開いたその時…。
突然飛び出してきた一台のトラック。
運転手が急ブレーキを踏んだが、スリップした車はトラックにぶつかると、横転した。
マリアはハワードをかばうようにとっさに身を投げた。だが、ドアに寄りかかっていたトニーは車外へ放り出された。

***

ハワードが目を開けると、騒然とした現場は、レスキュー隊のみならず多くのマスコミや野次馬に取り囲まれていた。
幸いにも軽症で済んだハワードは、担架で救急車に乗せられようとしていた。だが、マリアとトニーの姿は見えない。
「おい!妻と息子はどこだ!!」
首を伸ばし二人の姿を探すハワードに、救急隊が声を掛けた。
「マリア様は先に病院へ運びました。トニー様はまだ救助中です!」
見ると車数台が重なりあった場所で、レスキュー隊がトニーに声を掛けながら必死に作業をしている。それに気付きパニックになったハワードは身をよじり叫んだ。
「私はいいから、早く息子を!トニーを助けてくれ!」
今にも起き上がりトニーの元へ向かおうと暴れるハワードに救急隊が鎮静剤を打った。
薄れゆく意識の中でハワードは祈った。

息子を…トニーを…助けてくれ…私の命はどうなってもいいから…。

***

次にハワードが意識を取り戻すと、そこは病院だった。
「ハワード様、気付かれましたか?」
重役や医師たちが取り囲む中、ハワードはまだ朦朧とする頭で必死に思い起こそうとした。
最後に見た光景…折り重なった車の隙間から見えた血塗れのトニーを思い出したハワードは、周りの人々に向かって叫んだ。
「マリアは?トニーは…トニーは無事か?!」
重役たちは一斉に顔を下に向けた。ハワードの側近とも言える男が皆に目配りすると、重い口を開いた。
「ハワード様…マリア様は…お亡くなりになりました。即死でした」
「マリアが…そんな…。と、トニーは?!息子は無事なんだろうな!」
「トニー様は…意識不明の重体です。トニー様は車外に放り出され、後続の車数台に轢かれました…。全身を強く打ち、出血も酷く…。それと…心臓近くに金属の破片が刺さり…リスクが大きく手術できないと言われました。今は頑張っていらっしゃいますが…非常に危険な状態です…。ハワード様…残念ですが…覚悟を…」

妻は…マリアは…死んだ…。
マリアばかりでない…。トニーが…死ぬだと?!
私の大事な息子が…こんなことで命を落とそうとしているのか?

にわかに信じられないハワードは、ベッドから起き上がると声を荒げた。
「嘘だ…嘘に決まってる。息子が…トニーが死ぬだと!!おい!世界中の名医を呼べ!何としてもトニーを助けるんだ!」
「今、全力で探しています。ただ、手術はリスクが高く、万が一の時は…」
言葉を濁した医師は、ハワードに一礼すると退室した。
頭を抱えたハワードは、肩を震わせた。ひたすら息子の名前を呼ぶハワードに、誰も声をかけることはできなかった。

しばらくして顔をあげたハワードは、そばにいた重役たちに言った。
「息子には大切な女性がいる…。彼女を呼んでやってくれ…。それと、心臓の権威の先生に片っ端から連絡を取れ!」

***

その頃…。
昨日から胸騒ぎが止まらないペッパーは、トニーの携帯に電話をかけていた。だが、昨晩から電源を切っているのか一向に繋がらない。
「どうしたのかしら…」
不安に思いつつ、何度もリダイヤルしていた時だった。
(…ぺっぱー…)
トニーに呼ばれた気がし、ペッパーは窓の外に視線を向けた。
(トニー?もしかして、何かあったの?)
何かあればニュースで言うはず…。そう思ったペッパーは、リビングへ急いだ。

リビングに向かうと、父親と母親がテレビに釘付けになっていた。
「おはよう、パパ、ママ…どうしたの?」
真っ青な顔をした母親が振り返った。
「ヴァージニア…大変よ…。スターク先生が…」
テレビを見たペッパーは、言葉を失った。
ニュースでは昨夜の事故の様子を繰り返し伝えており、血塗れで病院へ運ばれるトニーの姿も映し出されていた。
マリアと運転手は即死、トニーも意識不明の重体。唯一軽傷だったのが、ハワードだった。
(トニーが…、トニーが死んじゃう…)
真っ青な顔で震えるペッパーは、ソファーへ座り込んだ。
「お気の毒ね…。学校からお見舞いに…」
「ヴァージニア?どうしたんだ?」
涙を浮かべ祈るようにしているペッパーは顔面蒼白で、今にも倒れそうだ。
娘の異変に気付いた母親は、そっと娘を抱きしめた。
「どうしたの?そういえば、あなた、スターク先生に勉強教えて頂いていたわね…」
(違うの、ママ…。トニーは、私の…。そうよ!トニーが呼んでる…。そばにいてあげなきゃ…)
顔を擦り涙を拭きとったペッパーは、意を決し両親の顔を見つめた。
「あのね…ずっと秘密にしてたんだけど…」
静まり返った部屋にインターフォンが鳴り響いた。
「誰だ?こんな朝早くから?」
父親が玄関を開けると、目の前にはスーツを着た男性が悲壮な顔をして立っていた。
「ヴァージニア・ポッツ様の御宅ですか?ハワード・スタークの代理の者です。お迎えに参りました。トニー様が…」
突然現れた使者。『スターク』という名前を聞いたペッパーの両親は状況が全く掴めず戸惑った。
「ヴァージニア?どういうことなの?」
(こんな形でパパとママには、報告したくなかった…。でも、言わなきゃ…)
ペッパーは大きく深呼吸すると、重い口を開いた。
「パパ、ママ…実は…」

2へ…

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