Kiss the Teacher~学園編別ED6

病院に担ぎ込まれたトニーは、すぐにICUへ運ばれた。
処置を施されるトニーを室外から祈るように見つめているハワードとペッパーの元に、担当医がやって来た。
「先生…主人は…」
両手を握りしめ震えるペッパーと大丈夫だと支えるハワードを交互に見つめた医師は、苦悶の表情を浮かべた。
「心臓発作です。実は…お二人を悲しませたくないからと、トニー様には口止めされていたんですが…。トニー様は、あの事故の後、何度か軽い発作を起こされていました。今までは薬で抑えていたのですが…。トニー様の心臓は…やはりあの事故の後遺症で…」
「そんな…」
真っ青な顔をしたペッパーは、その場に座り込むと、声を押し殺して泣き出した。
「何とかならないのか!」
思わず声を荒げたハワードに、医師は頭を下げた。
「残念ですが…。力及ばず、申し訳ありません…」

ベッドサイドへそっと歩みよると、トニーは起きていた。
泣き出しそうな顔をした父親を見たトニーは、自分の状態は相当悪く、もう長くはないのだと悟った。
青白い顔をしたトニーは酸素マスクを付け、苦しそうに大きく息をしていたが、父親に向かって無理やり笑みを作った。
「親父…頼みがある…」
「何だ?」
「俺がいなくなっても…ペッパーと子供のこと、頼む…」
「馬鹿なことを言うな!お前が守らなくてどうするんだ!」
「…そうだな…ごめん…」
「…」
「…でも…もう…無理かもしれない…ごめん…親父…最後まで親不孝者で…ごめん…」
「トニー…」
苦しそうに笑ったトニーの目から涙が零れ落ちた。
「ヴァージニアを呼んでこようか?」
「あぁ…」
目元の涙を乱暴に拭ったトニーは、真っ赤になった瞳を部屋の外へ向けた。

「ヴァージニア…トニーが呼んでる…」
部屋の外で俯いていたペッパーは、ハワードの声に顔を上げた。

何を言えばいいの?
彼は私を置いて遠くへ行こうとしている…。どうすれば止められる?

零れ落ちそうな涙をぐっと堪えたペッパーは病室へ入ると、必死で手を伸ばしているトニーの手を握りしめた。
「トニー…」
頬を撫でるとトニーは嬉しそうに目を細めた。
「ペッパー…ごめん…。約束は…守れそうにない…。お腹の子…抱いてやれなくて…ごめん…」
「トニー…お願い…。置いて行かないでよ…」
ペッパーの目から涙がポロポロと零れ落ちた。

彼女の涙が嫌いだった。自分のせいで悲しむ顔が嫌いだった。最後の最後まで、悲しませることしかできなかった…。でも、幸せだった。ペッパーに出会い愛することを知り幸せだった…。だから最後に愛していると伝えなければ…。

大きく息を吸い込んだトニーは、ペッパーに向かい無理矢理笑みを浮かべた。
「君に会えて…俺は幸せだった。君を愛することができて…よかった…。ありがとう…ペッパー…。俺を愛してくれて…。俺に愛することを教えてくれて…ありがとう…」
流れ落ちる涙もそのままに、ペッパーは首を振った。
「トニー…嫌よ…。ずっとそばにいてよ…お願い…」
「ペッパー…俺はずっと…君のそばにいる…。永遠に…離れたりしない…」
「そんなこと言わないで…。この子ももうすぐ産まれるのよ…」
だが、ペッパーの言葉は、すでにトニーの耳には聞こえてなかった。
「ペッパー……愛…して…る…」
涙で潤んだトニーの目がゆっくりと閉じられた。
「トニー?」
モニターがけたたましい音を立て始め、やがて無情な音が病室に響き渡った。
「すみません、下がってください」
泣き叫ぶペッパーは引き離され廊下に連れ出された。
人工呼吸器が取り付けられ、医師がトニーを蘇生させようと必死で心臓マッサージを始めた。廊下でその様子を伺うハワードとペッパーは、ただ祈ることしかできなかった。
二人の祈りが通じたのか、か細い音と共にトニーは戻ってきた。だが、予断を許さない状況には変わりない。
数日がヤマだと告げられたハワードは、病院を飛び出した。

ハワードは病院近くの教会にやって来た。祭壇の前に跪いたハワードは、正面にかかる大きな十字架を見上げた。
「神よ…息子を連れて行かないでくれ…。どうか、息子を…トニーを助けてくれ…。あいつは、父親になるんだ。息子は…あいつを愛してくれる女性とやっと出会えたんだ…。それなのに、二人を引き離すつもりですか?息子が助かるなら……私の命と引き換えでも構わない…」

何とか一命を取り留めたトニーだが、あれから意識は戻っていない。そして、そのそばで手を握り続けるペッパーの姿をハワードは病室の外から眺めていた。今 は持ち直しているが、次に大きな発作が起きれば保証はできないと宣告されており、ハワードは必死で救う手立てを模索したがどうすることもできなかった。
「トニー…」
このまま息子が命を落とすのを見守るしかないのか…。頭を垂れたハワードに、部下の一人が声を掛けた。
「社長…あれを試されてはいかがでしょうか?」
トニーの開発を手伝っていた部下の言葉に、ハワードはこの数か月息子が没頭していたものを思い出した。
「トニーが作っていたあれをか?だが…」
ハワードが言葉を濁したのも無理はない。トニーからは試作機は出来たが、実用段階ではないと報告を受けていたからだ。すなわち、逆に命を奪うことになるかもしれないのだ。
だが話を持ちかけた部下は諦めなかった。
「まだ試作段階です。…しかし、それでトニー様の命が救えるなら…」
心の迷いを口に出すわけにはいかなかった。
(トニーなら何と言うだろう。『俺が作ったものだから作動するに決まっている』とでも言うだろうか…)
ぼんやりとトニーの顔を眺めていたハワードの耳に、『親父、やれよ』とトニーの言葉が聞こえた気がした。
「分かった。すぐに用意しろ」
先ほどの部下に命じたハワードは、絶対に助けてみせるからな…とトニーを見つめ続けた。

3日後。
トニーがゆっくりと目を開けると、一面真っ白な世界が広がっていた。そして、この数ヶ月あれだけあった倦怠感も胸の痛みも息苦しさもなくなっており、トニーは一瞬自分は死んだのかと思った。だが、静かな部屋に鳴り響く規則正しいモニターと酸素の音に、自分はまだ生きているということに気付いたのだった。
心なしか胸元が重い。頭を動かしたトニーは、包帯が巻かれた胸元からわずかながら青白い光が漏れ出ているのに気付いた。
(何だ…これ…)
点滴の付いていない右手で包帯を捲ると、青い光が溢れ出た。
(もしかして…)
見覚えのある光の正体をまだぼんやりとする頭で必死に思い返していると、最愛の女性の声が聞こえてきた。
「トニー?よかった…気が付いたのね」
ゆっくりと近づいてきたペッパーは、トニーの手をそっと握った。
目に浮かんだ涙をそっと拭ったペッパーは、サイドテーブルから手鏡を出すと、トニーの胸元の上に掲げた。
鏡に映っていた物を見たトニーは息を飲んだ。
「ペッパー…これ…」
それは、アークリアクターだった。ハワードの開発した大型のリアクターをトニーは小型化し実用化させようと試作品を作っていたのだ。
(まさか…自分が一番に使う羽目になるとは…)
黙ったままのトニーの頬を撫でたペッパーは、大きなお腹をかばうように椅子に座ると息を吐いた。
「あなたが開発してたものでしょ?」
チラリとペッパーを見たトニーは小さく頷いた。だが、何とも言えない顔をしているトニー。まだ最終的な物ではなく、試作段階であることは、作った本人が一番よく分かっているからだろう。俯いたままのトニーに向かいペッパーは笑顔を向けた。
「お父様に感謝してね」
「親父に?」
ペッパーの言葉に顔を上げたトニーは不思議そうな顔をした。
「えぇ。あなたの試作品を使おうと決断されたのは、お父様よ。まだ試作品だからって反対する人たちをお父様は説得されたの。『トニーが作ったものだ。あいつは天才だぞ?あいつが作った物なんだから絶対に作動する』って…」
目を潤ませたトニーは、黙ったまま鼻を啜った。
「トニー…。お父様は、あなたのことを本当に信頼しているし、愛してらっしゃるのね。よかったわね、トニー」
自分とは違い、表だって愛情を表現する父親ではないが、あの事故以来トニーは父親の不器用な愛情をようやく理解することができたのだ。今回のこともそうだ。父親は自分の命を救うために、走り回ってくれたのだ。
嬉しそうに笑ったペッパーに気付かれないように涙を拭ったトニーは、辺りを見回した。
「親父は?」
携帯を取り出したペッパーは、義父に電話をかけ始めた。
「さっき出かけてくるってどこかに行かれたのよ?電話してみるわね」

その頃ハワードは、雨の降りしきる中、マリアの墓に来ていた。
傘も差さずに墓標の前に座り込むハワードは、トニーが倒れて以来、毎日マリアの元へ通っていた。
「マリア…頼むからトニーは連れて行かないでくれ…。もうすぐ子供が生まれるんだ。あいつに父親の喜びを味あわせてやりたいんだ。あいつにヴァージニアと幸せになって欲しいんだ…。君が寂しいなら、私が君の元に行く。それでいいだろ?」
トニーが目覚めたという連絡はまだないだが、その時、ハワードは隣に気配を感じた。
(マリア?)
顔を上げたハワードの耳に亡き妻の声が聞こえてきた。
(あなたは、あの子たちのことをもう少し見届けてあげて…。トニーは大丈夫よ…)
背後から温かくそして懐かしい感触に抱きしめられたハワードは、その懐かしい声に目をそっと閉じた。

「社長…そろそろ…」
しばらくして、運転手に声をかけられたハワードは我に返った。ハワードが立ち上がったその時、胸元の携帯がけたたましく鳴り響いた。
着信元を見たハワードは、トニーが急変したのかと慌てて電話に出た。
「ヴァージニアか?トニーに何かあったのか?!……何?トニーが?…分かった。すぐ戻る!」
電話を切ったハワードは、慌ただしく車に乗り込むと、運転手に病院へ可能な限りのスピードで戻るように告げた。

病院へ到着したハワードは、廊下を走り病室へ転がり込んだ。
「トニー!!!」
ベッドに起き上がったトニーは、ペッパーと話をしていたが、ハワードに気付くと嬉しそうに笑みを浮かべた。
歩み寄ったハワードは、黙ったままトニーを抱きしめた。
「よかった…よかった…トニー…」
うわ言のように繰り返される言葉、そして抱きしめている腕は震えており、トニーは父親が泣いていることに気付いた。
「親父…ありがとう」
父親の身体を抱きしめたトニーも流れ落ちる涙もそのままに、父親の肩に顔を埋めたのだった。

二日後、退院したトニーだったが、その一週間後、夜中に産気づいたペッパーは、女の子を出産した。
柔らかなこげ茶色の髪の毛も、大きな茶色の瞳もトニーにそっくりだったが、ハワードは小さな命の中に亡き妻の面影を見つけた。
自分にもそして母親にも似ている娘を手渡しながら、トニーは父親に尋ねた。
「親父…。お袋の名前をもらっていいか?」
「あぁ、もちろんだ。マリアは孫の顔が見たいとずっと言っていたんだ。きっと喜ぶぞ…」
こうして、トニーとペッパーの娘は、アヴェリー・マリア・スタークと名付けられた。

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