Kiss the Teacher~学園編別ED3

それから数日。どんどん衰弱していくトニーにペッパーは手を握り声を掛け続けることしかできなかった。
ハワードの命で世界中の名医が集められた。だが、成功率は限りなく0%に近く、もし万が一…と思うと、トニー・スタークという失うものの代償が大きすぎるため、誰もが執刀を躊躇していた。
「先生、お願いします…」
医師達の前で頭を下げるハワード。
世界に名高いスターク・インダストリーズのCEOであるハワード・スタークのこんな姿を誰も見たことがなかった。
「頼む…息子の命を救ってやってくれ…。何もしないままあいつが命を落とすのは見たくない…。少しでも…0.1%でも成功する可能性があるなら…」
床に膝を付き、頭を下げるハワードに、先ほど香港から到着したばかりのある一人の医師が駆け寄り手を取った。
「分かりました。全力を尽くします」

その頃、ペッパーは椅子に座りトニーの手を握りしめていた。
トニーは一日のうち数分だけ意識を戻すものの、ほとんど眠っていた。だが体力はどんどん落ちていき、高熱が出始めた昨日からは、とうとう話すことすらできなくなっていた。
時折トニーの手を握ったり頬を撫でてみるものの反応はない。
(今日はダメかしら…)
その時、小さく唸り声が聞こえ、ペッパーは慌てて立ち上がった。
「トニー?」
ペッパーが顔を覗き込むと、トニーはうっすらと目を開けていた。
「目が覚めた?」
嬉しそうに微笑むペッパーを見て、トニーもかすかに目尻を下げた。苦しそうに息をし脂汗をかいたトニーは、焦点の合っていない視線をペッパーに向けると、何か言いたそうに口を動かした。
「どうしたの?」
手を握りしめたペッパーだが、座り直そうとした瞬間、意識が遠のきパタリと床に倒れてしまった。
「ぺっ…ぱ…?」
目の前で突然倒れたペッパー。誰か呼ぼうにもトニーは動けない。ふと横を見ると右手の近くにナースコールがあるのに気付いたが、肝心の右手は動かない。何とか動く左手を右側に持っていこうと、動かない身体を必死に動かす。
あと数センチ…。
だが、身体をねじった瞬間―
胸に突き刺すような激しい痛みを感じ、トニーは声にならない悲鳴をあげた。まるで心臓をナイフでえぐられ鷲掴みにされているよう。息を吸うこともできず、トニーは左手で胸元を掴んだ。
胸に付けたモニターから、けたたましい音が鳴り響いた。
(ペッパーを…ペッパーを助けなければ…)
激しい胸の痛みにトニーの意識が朦朧とし始めた時、病室に向かっていたハワードと医師が警告音に気付き、走り込んできた。
胸を押さえぐったりとしたトニーと床に倒れたペッパー。
「トニー!しっかりしろ!」
ハワードはペッパーが気を失っているだけと確認すると、トニーに駆け寄った。医師は後ろにいたナースにペッパーを任せるとトニーを診察し始めた。
「トニー!トニー!!」
苦しそうに息をするトニーは、ハワードの手を握りしめた。
「ぺっ…ぱ…を…」
「大丈夫だ!ヴァージニアは大丈夫だから…」
かろうじて開いた目でハワードを見つめたトニーは、
「よか…っ…た…」
と、大きく息を吐くと目を閉じた。
「すぐに手術をします。危険な状態ですので、ハワード様…」
「分かってる…。頼む…」
頭を下げたハワードに医師は頷くと、トニーを手術室に運んでいった。
その姿をじっと祈るように見つめていたハワードは、手術室の前で祈った。
ただひたすら、トニーの手術が成功しますようにと…。

数時間、診察が終わったとの知らせを聞き、ハワードはペッパーが運ばれた病室へと向かった。

「ヴァージニアは?大丈夫か?」
ハワードはベッドサイドの椅子に腰掛けると、ペッパーの手を握り医師に声をかけた。
「ハワード様。彼女は、トニー様の…」
「ヴァージニアはトニーの婚約者だ」
ペッパーがトニーの婚約者だと知った医師は、目を丸くした。
「どうした?まさか重い病気と…」
ハワードの言葉を遮るように首を振った医師は、笑顔でハワードを見返した。
「いえ。ハワード様、おめでとうございます。ヴァージニア様は…妊娠されています」
「え…」

ヴァージニアが妊娠?

結婚を考えていたのだからあり得ることなのだが、彼女はまだ学生のはず…。

さすがのハワードも目を白黒させていると、ペッパーが目を覚ました。
「ヴァージニア、気が付いたか?」
「お父様…」
ベッドの上で身体を起こしたペッパーは、ハワードに縋り付いた。
「お父様!と、トニーは?トニーは大丈夫ですか?」
小さく震えるペッパーの手を取ったハワードは、安心させるように言った。
「トニーは今、手術中だ。危険な状態と言われたが、トニーならきっと頑張ってくれる。だから、手術が無事に終わるよう、二人で祈ろう…」
無言で頷いたペッパーの目からは、涙がこぼれ落ちた。
ハワードは迷った。自分が妊娠のことを告げていいものかと…。だが言わなければ…。ハワードが深呼吸したその時、タイミングよく医師が入ってきた。
「ヴァージニア様、気分はどうですか?大事な身体ですから、無理はなさらないで下さい」
「大事な身体って…」
「おめでとうございます。妊娠二ヶ月です」
「妊娠…」
『妊娠』と聞いたペッパーは顔色を変えた。
お腹をそっと押さえ何やら考えているペッパー。
声を掛けようかためらうハワードに気付いたペッパーは、恥ずかしそうな笑顔を向けた。
「お父様…あの…私…」
真っ赤な顔をしたペッパーは、モジモジとシーツを弄んでいる。

こんな時、マリアなら何と言うだろう。
マリアはヴァージニアのことをとても気に入っていた。孫ができたと知ったら、きっと抱きついて喜んだだろう…。

「…ヴァージニア…。その…心当たりは?」
父親はトニーに決まっているが…。何と言えばいいか分からないハワードは決まりきった言葉を言ってみたが、ペッパーはハワードが想像していたこととは別のことを言い始めた。
「あの…多分…あの時だと…。二か月前に、トニーったらそのま…」
「わ、分かった!もういいから…」
行為の状況を話し始めそうなペッパーの言葉を、ハワードは慌てて遮った。
まさか数か月後には息子の嫁となる少女から二人の性生活を聞かされそうになるとは…。
不思議そうな顔をするペッパーと顔を赤らめたハワード。何とも言えない気まずい空気が流れる中、二人を呼びにナースがやって来た。
「トニー様の手術が終わりました」

手術室の前に急ぐと、ちょうどトニーが運び出されるところだった。たくさんの機器に繋がれたトニーは相変わらず血の気のない顔をしており、ペッパーはその場に座り込んでしまった。
「ヴァージニア…」
ペッパーの肩を抱き寄せたハワードに、執刀した医師が声をかけた。
「ハワード様…手術は成功しました…。ただ、トニー様の体力は著しく低下しており…。後はご本人の気力次第です…」

大事な身体だから…と、ペッパーをホテルに送り届けたハワードは、病院へ戻って来た。
ICUで眠り続けるトニーの手をハワードはそっと握りしめた。
「トニー、お前のことは世界一愛している。お前は私の誇りだ。自慢の息子だ。ずっと言ってやれなくてすまなかったな…」

4へ…

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