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I want to live a second life with you.⑫

ポールを見送ったペッパーが戻ってくると、トニーはまだソファに座ったままだった。が、先程とは違い、隣にはモーガンが座っており、父と娘は何やら話し込んでいた。
「何話してるの?」
母親に気づいたモーガンは、ふふっと笑うと立ち上がった。
「ナイショ!」
「そうだ、ママには内緒の話だ」
顔を緩めながら頷いたトニーの隣に、ペッパーは首を傾げながら腰掛けた。するとモーガンは両親に向かって笑みを浮かべると、階段へ向かった。
「私、宿題してくるね!パパ、約束忘れちゃダメだよ!」
そう叫んだモーガンは、パタパタと2階へと上がって行った。

娘が姿を消すと、トニーはペッパーの肩を抱き寄せた。
「明日は水族館に行くことになった」
「え?!!!」
世間はまだトニー生還のニュースで大騒ぎなのだから、人前にノコノコ出かければ、どれだけ騒ぎになるか分かりそうなものだ。目を白黒させているペッパーに、トニーは肩を竦めた。
「いつまでも隠れている訳にはいかないだろ?出歩いていれば、そのうち騒ぎも収まるさ」
そう言われればそうかもしれない。それに、マスコミやファンに囲まれるのは、今始まったことではないし、そういう意味では騒がれる状況に慣れていると言えるだろう。
「久しぶりに3人で出掛けるから嬉しそうなの?」
「それもそうだが、モーガンに言われた。『パパがいない5年間、パパはずっとそばにいてくれてるって思ってたけど、それはあの時、パパが私とママのことを考えてくれていたからなんだね。ありがとう、パパ。パパは私が生まれた時からたった一人のヒーローだよ』と」
先程のやり取りをモーガンは2階からこっそり聞いており、彼女なりに父親の思いを受け止め、それを父親に伝えたのだろう。それはトニーにとって何より嬉しい言葉だったに違いない。
嬉しそうに目尻を下げているトニーの頬にキスをしたペッパーは、甘えるように抱きついた。妻の髪を撫でたトニーは、そっと髪にキスをすると口を開いた。
「正直、ビクビクしていた。あいつに何を言われるのか…それから、自分の気持ちをどう伝えたらいいのかと…。だが、君は私が心のどこかでずっと思っていたことを全て伝えてくれた。君は私のことを私以上に理解してくれている。5年前、背中を押してくれたこと、本当に感謝してる。君の言葉がなかったら、きっと今でも悪夢に怯える日々を過ごしていただろう。ペッパー、ありがとう。君は私にはもったいないくらいの完璧な妻だ」
「そうよ、今更気づいたの?」
クスクス笑ったペッパーに、トニーは楽しそうに小さく首を振った。
「いや、君が完璧なのは出会った頃から知ってるさ。私にとって完璧な女性…それはペッパー、君しかいないんだから…」
トニーはペッパーを見つめた。その瞳は吸い込まれそうなくらい優しく、ペッパーは見惚れてしまった。
(トニー……私のたった一人の愛する人…)
手を伸ばしトニーの頬に触れたペッパーは、そのまま彼の唇を奪った。
暫くお互いの唇を味っていた2人だが、唇を離すとトニーはペッパーの頬を撫でながら甘ったるい声で囁いた。
「週末は久しぶりに2人きりでデートしないか?」
「モーガンは?」
「モーガンのアイデアなんだ。ローディおじさんの家で泊まりがけのピザパーティーをすると、約束しているらしい」
おそらくその約束は、今からする約束なのだろうが、娘の気遣いは嬉しくもあり、そして遠慮なく甘えることにした。頷いたペッパーの頬にもう一度キスをしたトニーは、妻の手を優しく取ると微笑んだ。
「それからもう一つ。ペッパー、もう一度結婚してくれ」
「私たち、もう結婚してるじゃないの?」
首を傾げたペッパーに、トニーはわざとらしく眉を吊り上げた。
「ハニー、私は一度死んだんだ。だから生き返った私と結婚して欲しいんだ」
そう言いながら、トニーはポケットから何か取り出すと、ペッパーの手の上に置いた。視線を向けたペッパーは、それが指輪であることに気づくと、トニーの顔と何度も見比べ始めた。妻の手を両手で包み込んだトニーは、蕩けるような笑みを浮かべた。
「5年前の結婚記念日に渡すつもりだったんだ。だが、あの任務を終えたら渡そうと考えて、記念日には渡さなかった。タイムトラベルから無事に帰還したら、アイアンマンとしてではなく、一人の男としてこれからは生きる…だからずっとそばにいてくれと渡すつもりだった」
指輪を見つめたペッパーは、内側に文字が刻まれていることに気づいた。”I love you 3000.”と…。
が、トニーの遺品を整備した時に、この指輪は見当たらなかった
「で、でも…あなたの遺品に、この指輪はなかったわ…」
震える声で告げたペッパーに、トニーはニヤっと笑った。
「隅から隅まで探したのか?実は、誰にも見つからない場所に隠していた。生き返らなかったら、この指輪は永遠にその場に埋もれていたということになるな。そうなると、指輪に申し訳なかった。生き返ってよかったよ」
笑みを浮かべたトニーは指輪を手に取ると、ペッパーの左手を取った。そして結婚指輪のはまった薬指にその指輪をはめた。キラリと光った指輪にキスをしたトニーに、ペッパーは泣きながらギュッと抱きついた。

⑬へ…

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I want to live a second life with you.⑪

予想通り、世間は翌日から大騒ぎになった。
トニー・スタークが生き返ったと、どの媒体でもトップニュースとなり、一体どうやって生き返ったのかと、検証番組までOAされる始末。ペッパーの自宅とスターク・インダストリーズにはマスコミや大勢の人が押し寄せ、『おかえりなさい、アイアンマン !』という横断幕まで張られていた。
結局、週末だけのつもりが収拾がつかなくなってきたし、何より家族3人の思い出の家であるのだから、ペッパーとモーガンは湖畔の家に引っ越しすることにした。動物園に預けていたジェラルドも戻ってきた。モコモコの動物はトニーのことを覚えていたようで、トニーの姿を見ると駆け寄ってきた。そして甘えるように顔を擦り寄せた。

1週間経っても世間の騒ぎは続いており、3人は外に出ることも出来ず、家に引きこもっていた。その間にやって来たのは、かつての親友たちだった。
トニー生還の一報が流れるや否や、まずは電話が掛かってきたのはローディだった。電話口でトニーの声を聞いただけで泣いていたローディは、翌日やって来るなり、出迎えたトニーに抱きついて離れようとしなかった。抱きついたまま泣き続けるローディの背中を、目を潤ませたトニーは優しく摩り続けた。
その翌日にはハッピーからも連絡があった。電話後ものの30分ほどでやって来たハッピーは、トニーの姿を見るとその場に座り込んだ。大きな身体を縮こまらせて泣いたハッピーは、そばにやって来たトニーを抱きしめると、更に泣き続けた。
「おい、ハッピー。苦しい!」
ぎゅうぎゅう抱きしめられたトニーはわざとらしく文句を言ったが、嬉しいに決まっている。ひとしきり泣いたハッピーは、トニーとペッパーに頼んだ。もう一度ボディーガード兼運転手として働きたいと…。勿論2人は快諾した。大好きなハッピーおじさんがまたそばにいてくれると、モーガンも大喜びだ。
「せっかくだから夕飯を食べて行って?」
ペッパーの誘いにハッピーは嬉しそうに頷いた。暫くしてやって来たローディも交え、5人は久しぶりの再会を一晩中楽しんだ。

が、騒ぎは落ち着く様子がない。
ペッパーは家からリモートで仕事をし、モーガンも学校に行かず、3人は5年分の空白を埋めるかのように、家族だけの静かな時間を楽しんでいた。
そんな中、あのポールが訪ねてきた。
トニーに話があるとやって来たポールは、リビングのソファに座り込むと、ペッパーの差し出したコーヒーを飲み干した。
大人の話だから部屋にいるよう母親に言われていたモーガンだが、2階の踊り場からこの対談をこっそり見守ることにした。ポールおじさんはいつもと違い恐ろしい程真剣な顔をしているし、母親も緊張した面持ちだ。そんな中でも父親だけは、母親の肩を抱き寄せ楽しそうにしているのだから、やっぱりパパは凄いとモーガンは感心した。
モーガンにはそう見えたが、実際には違った。余裕なのは見せかけだった。トニーは内心ビクビクしていた。ポールに何を言われるのかと…。小さく震えるトニーに気付いたペッパーは、大丈夫だと安心させるように、彼の手をそっと握った。

2杯目のコーヒーを飲みきったポールは、大きく深呼吸をすると、トニーを見つめた。
「正直に言います。やっぱりヴァージニアのこと、諦めきれないんです。あなたは彼女を苦しめ続けた。何十年と彼女を振り回し続けた。悲しませ続けた。だから生き返ったあなたが、また彼女の人生を振り回すのは目に見えてます。彼女は苦労しなければならないことも…。だから彼女の人生に、あなたはいない方がいいんです」
確かにそうかもしれない。それは生き返ったトニー自身が何度も自問したことだから…。だが、何十年とそばにいたからこそ、分かることもある。何も言わなくても分かることも…。例え他人からは理解されなくても…。
それをどう説明しようかとトニーが考えていると、ペッパーが先に口を開いた。
「そうね。確かに私はトニーに振り回されっぱなしだったわ。いいえ、世間からはそう見えたでしょうね。彼はいつだって世界を守るために、命をかけて戦っていたわ。それが彼の好きなところでもあったし、嫌いなところでもあった…。でも、10年前…サノスが全てを変えてしまったあの時、苦しんでいるトニーの姿を見て、私は覚悟を決めたの。彼を支えられるのは、世界中に私だけ。彼のそばに何十年もいた私だけが、彼の喜びも悲しみも苦しみも全て見てきたの。本当の彼を理解しているのは、私だけなんだって。だから、覚悟していたつもりだった。何が起こっても、大丈夫って…。でも、実際は……覚悟なんて出来てなかったわ。当たり前よね。トニーは私の人生そのものだった。それが突然、奪われてしまったんだから…。だから、あの時引き止めていれば…って私は後悔した。でも、彼はずっと悪夢に悩まされていた。苦しいはずなのに…その悪夢を終わらせるためには、彼自身が決着をつけなければならないのに…、彼は私と娘のことを考えて、自分の気持ちを抑え込もうとした。私は彼にも幸せになって欲しかった。だから私が背中を押すことで、彼が悪夢から解放されるのなら…と、考えたの。でも…結局はああいう結末になってしまったわ。彼自身が望んでいなかったであろう結末だけど、これでトニーはもう苦しまなくても済むって…。今度こそ本当にゆっくり眠ることができる…、だからこれで良かったんだって……」
ペッパーが言葉を切った。小さな涙を流したペッパーは、黙ったまま俯いているトニーにチラリと視線を送った。そして膝の上で硬く握りしめている彼の手にそっと触れた。
「そう思おうとしたの。だって、トニーが一番悲しくて辛くて…悔しいに決まってるから…。トニーはモーガンのことを何よりも大切に思っていたわ。愛していた。モーガンはトニーの全てだった。それなのに、あの子に何も言わずに別れを告げなくてはならなかったんですから…。あの子の成長を見届けることも出来なくなるんだから…トニーが一番悲しいに決まってる…。でも、あの時、トニーは私たちを守るために命をかけたんだから、いつまでも悲しんでいたら、彼に申し訳ないって気づいたの。私たちは私たちの人生を歩んでいるって彼に見せることで、きっとトニーも安心するって…。でも、寂しかった。だって世界一愛する人がそばにいてくれないんですから…。今まで当たり前のようにそばにいたトニーがいない…それが辛くて悲しくて仕方なかったの。だから誰かにそばにいて欲しかった。誰もトニーの代わりはできないのに…私の心の穴を埋めることができる人は誰もいないって分かってたのに…」
深呼吸をしたペッパーは、ポールを真っ直ぐ見つめた。
「あなたはトニーは勝手なことをしたと言ったわ。でも、違うわ。トニーは一度だって自分勝手なことなんかしたことないわ。彼はいつも信念を持って行動していたわ。例えその時は理解されなくても、彼は常に未来を見据えて、正しいことをしていたのよ。あの時だってそう。彼は私たちの未来のために、自分を犠牲にしたの。モーガンの未来のために…。あの子たちの時代が、より良い世界になるように…」
ペッパーの手に力が入った。ギュッと握りしめられた手をトニーは思わず見つめた。
「あの時…あの一瞬で、トニーがどんな気持ちで覚悟を決めなければならなかったか、あなたには分からないでしょ?あなただけじゃない。あの場には大勢のヒーローがいた。でもきっとトニーの覚悟を心から理解できたヒーローは誰一人いなかったはず。トニーは全てを諦めなければならなかったの。自分自身の幸せも、これからの未来も、モーガンとの未来も何もかもを…。トニーが勝手なことをばかりする人間なら、彼はあの時、世界を救わなかったはずよ」

ポールは黙ったまま何も言わなかった。
トニーもまた、何と言っていいのか分からなかった。ペッパーの言葉はトニー自身がずっと心のどこかで思っていたこと全てを表していたから…。

暫くしてポールは顔を上げた。
「それで君は幸せなのか?もし…もしもまた同じことが起きても…」
するとペッパーはトニーの手を握り直すと、ポールを真っ直ぐ見つめた。
「えぇ。だって私はトニー・スタークの妻なのよ」
ニッコリ微笑んだペッパーにつられ、ポールも少しだけ笑みを浮かべた。そしてトニーに向き合うと、黙って頭を下げた。
トニーは相変わらず黙ったままだった。が、ポールが立ち上がり帰ろうとした時だった。
「もう二度とヒーローになる気はない」
力強い声に、ポールはトニーの方に振り返った。
「今まで私が戦い続けたのは、妻を…ペッパーを守るためだった。モーガンを守るためだった。あの時もそうだ。妻と娘を守りたい…、妻と娘がこれから生きていく世界を…そして娘の未来を守りたい…その一心で指を鳴らした。世界を救うヒーローになるつもりはなかった。ヒーローにならなくてもいい…夫として父親として生きていたかった…。そう願った結果がこれだ。結果はどうであれ、これからも私が守りたいのは、妻と娘だけ…。せっかく生き返ったんだ。これからは絶対に死なないような方法で2人を守るつもりだ」
最後はおちゃらけたような口ぶりで告げたトニーは、肩を竦めてみせた。そんなトニーに真顔で頷いたポールは、もう一度頭を下げると家を後にした。

⑫へ…

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I want to live a second life with you.⑩

エレベーターを降りたペッパーは、ロビーを小走りで進んだ。一刻も早くこの場から立ち去りたかった。
が…。

「ヴァージニア!!」

背後からポールの声が聞こえ、ペッパーは立ち止まった。するとポールは走って近づいてくると、腕を掴んだ。
「ヴァージニア、待ってくれ。君の気持ちは分かった。もう一度話をしよう」
何度話しても同じなのだから、ペッパーは首を振った。
「ポール、私の気持ちは話したわ。中途半端な気持ちのまま結婚して、あなたを傷つけたくないの」
が、ポールは諦めなかった。
「だけど、急におかしいじゃないか!今までそんなこと一言も言わなかっただろ?何かあったんだろ!話してくれ!力になる!」
ペッパーの腕を痛いほど掴んだポールは、必死だった。いっその事、トニーが生き返ったと告げた方が良かったのかしら…と一瞬考えたペッパーだが、そんなことを告げても信じて貰えないに決まっている。
「離して…お願いだから…」
必死で手を振り切ろうとしたが、ポールは離してくれない。
2人に気づいた人々で、周囲はざわめき始めた。

が、突然、ざわめきが収まった。そして誰かが悲鳴を上げた。
何事かと顔を上げたポールは、何かを見つけたのか、ペッパーの腕を離した。まるで幽霊でも見たかのように、真っ青な顔をした彼はそのまま後ずさりした。
何が起きたのだろうか…。
ペッパーが振り返ろうとしたその時…。
「妻を返してもらおうか?」
トニーの声が聞こえた。振り返ると、モーガンが選んだネクタイを締め、スーツを着たトニーがすぐ後ろに立っていた。
まだ会見を開いていないのに、こんな所にいたら、大騒ぎになるじゃないのと、妙に冷静に考えてしまったペッパーだが、案の定、周囲にはどんどんと人が増えているではないか。
騒つく周囲を見渡したトニーは、肩を竦めた。
「この5年間、いつも妻のそばにはいたんだが、姿が見えないと分かってもらえないだろ?それに、妻と娘が心配になりすぎて…。今更だが墓から蘇ってみた」
真顔でそう告げたトニーを、ポールは震えながら指差した。
「う、嘘だ!これは夢だ!あんたは5年前に死んだんだ!」
「だから、墓から蘇ったと言っただろ?蘇ったからといっても、ゾンビじゃない。ちゃんとした人間だ。ほら、足もあるだろ?」
足を指差したトニーは明らかに面白がっているが、ポールはまるで死人のように真っ青な顔をしているではないか。必死で言葉を探していたのか、暫く黙ったままのポールだったのが、頬を何度か叩くと、ペッパーに向かって叫んだ。
「わ、分かったぞ!スターク・インダストリーズのホログラムか何かだろ!それか、トニー・スタークのそっくりさんだな!ヴァージニア!僕と別れたいから、そっくりさんを用意したんだろ!」
すると、目を三角にしたペッパーは頬を膨らませた。
「そっくりさん?!そんな手の込んだこと、私がするわけないでしょ!」
キィッと叫んだペッパーを落ち着かせるように、肩に手を乗せたトニーは、ウンウンと頷いた。
「そうだ。こんないい男のそっくりさんなんているわけないだろ。ついでに言うと、ホログラムでもない。その証拠に……」
ペッパーの腰を抱き寄せたトニーはキスをした。
それは、どう見てもホログラムには見えず、目の前の現実が受け入れられていない野次馬から、次々と小さな悲鳴が上がった。
唇を離したトニーは、ペッパーを抱きしめるとポールを見つめた。
「正真正銘のトニー・スタークだ。奇跡が起こって生き返った。神様や宇宙人がいる世界だ。死人が一人くらい生き返っても不思議じゃないだろ?」
ニヤッと笑ったトニーは静まり返った野次馬に向かって手を振ると、ペッパーを抱き寄せたまま歩き始めた。
奇跡を目の当たりにした野次馬は、まるで某映画のワンシーンのようにサッと避け、2人は行く手を遮られることもなく出口に向かって歩き続けた。

「と、トニー、バレちゃったわよ…」
「いいさ。会見を開くよりも早い」
痛いほど視線を浴びながら車に戻ると、後部座席から身を乗り出したモーガンは、トニーに尋ねた。
「パパ、ママは取り戻せた?」
「勿論」
ふふっと笑ったモーガンの髪を撫でたトニーは、湖畔の家に向かうとペッパーに告げた。
「週末だろ?だから思い出の家で過ごそう」
先程の『奇跡』は、今頃SNSなどで拡散されているだろうし、そうなると今の家にはパパラッチが押しかけてくるに決まっている。
「そうね。あの家の方が落ち着くわ」
頷いたペッパーにキスをしたトニーは、車を走らせ始めた。

5年ぶりの家は、最後に過ごした時と何の変わりもなかった。敢えて言うなら、トニーの写真があちこちに飾られており、暖炉のそばの椅子の上に、アイアンマンのヘルメットが置かれていることだろうか…。
トニーが懐かしそうに家の中を見渡していると、懐かしい声が響き渡った。
『ボス、おかえりなさい』
F.R.I.D.A.Y.だ。ペッパーの今の家にはシステムは組み込まれていないため、5年ぶりに聞くA.I.の声に、トニーは目を潤ませた。
「ただいま、F.R.I.D.A.Y.」

ラボも何もかもがそのままになっていた。
作りかけだったアーマーもだが、もうすぐ完成しそうだったモーガンのおもちゃもそのまま残してあった。
綺麗に掃除はしてあるが、自分の存在を残してくれていたペッパーに、トニーは心の中で感謝した。

⑪へ…

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I want to live a second life with you.⑨

数日後。帰宅したペッパーは寝室に向かうと、着飾って降りてきた。何かあるのかと首を傾げたトニーにキスをしたペッパーは、小さく頷いた。
「私は出掛けてくるわね。夕飯は買ってきたから、2人で食べて。今からポールに話をしてくるわ」
意を決したような表情のペッパーに、心配になったトニーは尋ねた。
「一緒に行こうか?」
が、
「あなたが来たら、それこそ大騒ぎよ。あなたはまだ『死んで』いるんだから」
と告げたペッパーは、ウインクをすると出かけて行った。

待ち合わせ場所は、高層階にあるレストラン。エレベーターの中で、ペッパーはポールにどう話そうかばかり考えていたが、トニーが生き返ったことは伏せ、自分の気持ちを話すことにした。

「ヴァージニア、待ってたよ」
立ち上がったポールは、頬にキスをすると椅子を引いてくれた。どこまでも優しく真摯な彼に、これから別れを告げなければならないのだから、ペッパーは胸が痛んだ。
「おすすめのコースでよかった?ワインも頼んだんだから」
「えぇ、ありがとう」
笑みを浮かべ頷いたペッパーに、ポールは楽しそうに話をし始めたが、ペッパーはいつ話を切り出そうかとばかり考えていた。

「…ア……ヴァージニア?」
話半分に聞いていたペッパーが我に返ると、目の前にはいつの間にかデザートが運ばれてきていた。
「聞いてるかい?」
いつもなら嬉しそうに話に加わるペッパーが、今日は完全にうわの空なのだから、様子のおかしい彼女にポールは眉間に皺を寄せているではないか。
「ごめんなさい、ぼんやりしていて」
慌ててデザートに手を伸ばしたペッパーを、ポールは真剣な表情で見つめた。
「今度の日曜日、僕の両親に会って欲しいんだ。それから、そろそろ結婚式の日取りも決めたい。ハネムーンの行き先も考えよう」
ポールの言葉に、早く話さねばと、何度も深呼吸をしたペッパーは、姿勢を正した。
「そのことでお話があります」
急に改まったペッパーに、ポールは首を傾げた。
「どうしたんだい?真剣な顔をして」
もう一度深呼吸をしたペッパーは、真っ直ぐポールを見返した。
「あなたとは結婚できません」

ポールが固まった。

「……ど、どうして……」

30秒ほど経って、ようやく声を絞り出したポールは、顔面蒼白だ。そんな彼を見つめながら、ペッパーは言葉を続けた。
「今日は私の本当の気持ちを話に来ました。あなたと出会ってから、私自身もその気持ちに気づかないふりをしていたんだけど、最近、やっと自分に素直になれたの」
一度言葉を切ったペッパーは、2度3度瞬きをすると、再び口を開いた。
「私はあなたのこと、本当は愛してない。いいえ、あなたは素晴らしい人だから、好きよ。でも、心の底からあなたのことを愛してるとは言えないの」

黙ったまま聞いていたポールだが、彼も何度か深呼吸をして気持ちを落ち着けると、ペッパーを見つめた。
「君が愛しているのは…前のご主人だろ?」
優しい瞳をしたポールに、ペッパーは少しだけ笑みを浮かべた。
「えぇ、私が今でも世界一愛してるのは、トニーだけ。それはこれからもずっと変わらないことよ。だから寂しかったの。彼が突然いなくなって、私は誰かに頼りたかった。誰でもよかったの。そばにいてくれれば…」
声を震わせたペッパーは俯いた。するとポールは手を伸ばし、彼女の手を握った。
「それは当然のことだ。あんな別れ方をすれば、そう思うのは当然だ。ヴァージニア、僕は君のその思いも全て受け止めるつもりだ。君が僕のことを彼のように愛してくれなくてもいいと思っている。僕はトニー・スタークではない。彼のように突然いなくならない。トニー・スタークのように勝手なことはしない。君が必要な時には必ずそばにいる。約束するよ」
彼の優しさに涙が出そうになったが、首を振ったペッパーは手を離した。
「そうね。あなたは優しいから、そう言ってくれると思ってた。でもね、そうじゃないの。私自身が嫌なの。自分に嘘をついて生きていくのが…。あなたといると、私はもう一人の私を演じてる。本当の私を隠して…」
ポールは何も言わなかった。
「だから、ごめんなさい。あなたの優しさに甘えていた私を…その優しさを利用していた私を許して下さい」
婚約指輪を抜いたペッパーは、それをポールの目の前に置いた。そして再び頭を下げると、立ち上がり、足早にその場を後にした。

残されたポールは指輪を手に取った。そしてそれをぐっと握りしめた彼は、ワインを飲み干し立ち上がると、ペッパーの後を追いかけた。

⑩へ…

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I want to live a second life with you.⑧

翌日。
トニーがリビングでコーヒーを飲みながらPC雑誌を読み寛いでいると、ポータルが開きストレンジが姿を現した。急に現れたストレンジに、トニーは飲みかけのコーヒーを噴き出した。
「おい、魔法使い。お前は連絡をしてくるということを知らないのか?」
顰め面をするトニーを無視したストレンジは、目の前のソファーに腰を下ろした。
「お前を生き返らせたものが分かった。インフィニティストーンだ」
トニーは目を見開いた。自分の命を奪ったあの石の気が変わって生き返らせたというのだろうか。それとも再び石を集めた誰かが、生き返らせてくれたのだろうか…。もしそうであれば、その誰かに礼を言うなり、意図を尋ねるなりしなければと、トニーは身を乗り出した。
「誰かが使ったのか?」
グイグイ近づいてくるトニーから逃げるように身を捩ったストレンジは、コホンと咳払いをした。
「あぁ、お前自身だ」
姿勢を正したトニーは、ポカンとした顔でストレンジを見つめた。が、ストレンジに冗談を言っている様子はなく、真顔で見つめ返してきた。

「私が?!」
暫くしてやっとの思いで叫ぶと、ストレンジは頷いた。
「5年前、指を鳴らした時、願わなかったか?『死にたくない』とか『生きたい』とか…」
そんなことは…と言いかけたトニーだが、よくよく考えると、頭の片隅で確かに願っていた。
『ペッパーとモーガンのそばで生きていたい』と…。
そこで、小さく頷いたトニーだが、そうなると何故このタイミングなのかということだ。
「だが、何故5年も経った今なんだ?」
するとストレンジは小さく首を振った。
「これは推測だが、あの時ストーンのパワーはお前の身体を蝕んだ。それが癒えるのに5年掛かった。その証拠に、あの時お前が負った傷は全て癒えているだろ」
ストレンジの話には説得力があった。誰かが魔法で生き返らせたのかと考えていたが、その誰かがいないのだから、ストレンジの言う通りなのかもしれない。いや、そう考えるのが妥当だ。
無理やりそう思い込んだトニーだが、次に浮かんだのは、どう説明すればいいのかということ。
「生き返った理由は分かった。だが、世間にどう説明すればいい?」
そう告げると、ストレンジは真顔で頷いた。
「その理由を一緒に考えてやろうと思い、今日はやって来た」
トニーは目をパチクリさせた。ストレンジとは付き合いも何も殆どなかったため、どんな人柄なのかも知らないが、こんなに親切な性格だとは思えない。だから何か目的があるのかと、一瞬疑ってしまったトニーは、フンっと鼻を鳴らした。
「やけに親切だな」
するとストレンジは、小さく肩を竦めた。
「あの時、お前を死に追いやったのは、私にも責任がある。あの時は唯一の方法だと思っていたが、後々考えたら、他にも方法は思いついた」
ストレンジの言葉にトニーは眉をつり上げた。
「責任を感じてくれていたのか?」
するとストレンジは頷いた。
「私だけではない。あの場にいた誰しもが、少なからず罪悪感を感じていた。何か自分にも出来たのではないかと、誰もが後悔した。勿論、お前の妻もだ。仲間の元に戻るよう、背中を押したのは自分だ。あの時引き止めていれば…と、彼女はずっと悔やんでいたぞ」

あの時、ペッパーが背中を押してくれたから、自分自身の悪夢を終わらせようと思えたのだ。それに、死ぬつもりなんてなかった。念のために遺言めいたメッセージは残していたが、タイムトラベルも成功すると妙な確信があったし、まさかあの後サノスと戦い、自分がストーンを使うなんて、完全に想定外だった。だからペッパーが後悔することなんて一つもないのに、彼女はずっと悔やんでいたというのだ。

目を潤ませたトニーの肩をストレンジはぽんっと叩いた。
「スターク、お前の死は世界中の人間が悲しんだ。誰もがお前に生きていて欲しかったと願った。だからお前が生き返ったのは、その願いが叶ったからかもしれない。だから怖がるな。生き返ったと本当のことを言え。この世界は摩訶不思議なことが多く起こっている。だからお前が生き返っても不思議ではない」
ストレンジの言葉は心に染み渡ったが、照れくささもあり、素直に礼を言いたくないトニーは、
「ストレンジ、お前らしくない言葉だな」
と、茶化してみた。すると
「この5年間、私にも色々あったんだ」
と、真顔で頷いたストレンジは、それから数時間、共に世間に公表する筋書きを考えてくれた。

結局、『未来の世界で誰かがタイムトラベルを行い、2023年の結末が変わったため、トニー・スタークは生き返った』と公表することになった。
そこで、ペッパーとモーガンが帰宅すると、トニーはストレンジとの話をした。
「そこでだ。早速会見の準備をしてくれないか?生き返ったことを皆の前で話す」
「ちょっと待って、トニー。いきなりあなたが現れたら、大騒ぎになるわ」
トニーを制したペッパーだが、彼は眉を吊り上げた。
「ハニー、いつまでも隠れて暮らすのは性に合わない。それに、このままだと、モーガンを学校に連れて行くことも、君とデートすることも出来ない。そうだろ?」
暫く黙っていたペッパーだったが、結局はトニーの意思を尊重し、近いうちに会見を開くと約束した。

⑨へ…

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