数日後。帰宅したペッパーは寝室に向かうと、着飾って降りてきた。何かあるのかと首を傾げたトニーにキスをしたペッパーは、小さく頷いた。
「私は出掛けてくるわね。夕飯は買ってきたから、2人で食べて。今からポールに話をしてくるわ」
意を決したような表情のペッパーに、心配になったトニーは尋ねた。
「一緒に行こうか?」
が、
「あなたが来たら、それこそ大騒ぎよ。あなたはまだ『死んで』いるんだから」
と告げたペッパーは、ウインクをすると出かけて行った。
待ち合わせ場所は、高層階にあるレストラン。エレベーターの中で、ペッパーはポールにどう話そうかばかり考えていたが、トニーが生き返ったことは伏せ、自分の気持ちを話すことにした。
「ヴァージニア、待ってたよ」
立ち上がったポールは、頬にキスをすると椅子を引いてくれた。どこまでも優しく真摯な彼に、これから別れを告げなければならないのだから、ペッパーは胸が痛んだ。
「おすすめのコースでよかった?ワインも頼んだんだから」
「えぇ、ありがとう」
笑みを浮かべ頷いたペッパーに、ポールは楽しそうに話をし始めたが、ペッパーはいつ話を切り出そうかとばかり考えていた。
「…ア……ヴァージニア?」
話半分に聞いていたペッパーが我に返ると、目の前にはいつの間にかデザートが運ばれてきていた。
「聞いてるかい?」
いつもなら嬉しそうに話に加わるペッパーが、今日は完全にうわの空なのだから、様子のおかしい彼女にポールは眉間に皺を寄せているではないか。
「ごめんなさい、ぼんやりしていて」
慌ててデザートに手を伸ばしたペッパーを、ポールは真剣な表情で見つめた。
「今度の日曜日、僕の両親に会って欲しいんだ。それから、そろそろ結婚式の日取りも決めたい。ハネムーンの行き先も考えよう」
ポールの言葉に、早く話さねばと、何度も深呼吸をしたペッパーは、姿勢を正した。
「そのことでお話があります」
急に改まったペッパーに、ポールは首を傾げた。
「どうしたんだい?真剣な顔をして」
もう一度深呼吸をしたペッパーは、真っ直ぐポールを見返した。
「あなたとは結婚できません」
ポールが固まった。
「……ど、どうして……」
30秒ほど経って、ようやく声を絞り出したポールは、顔面蒼白だ。そんな彼を見つめながら、ペッパーは言葉を続けた。
「今日は私の本当の気持ちを話に来ました。あなたと出会ってから、私自身もその気持ちに気づかないふりをしていたんだけど、最近、やっと自分に素直になれたの」
一度言葉を切ったペッパーは、2度3度瞬きをすると、再び口を開いた。
「私はあなたのこと、本当は愛してない。いいえ、あなたは素晴らしい人だから、好きよ。でも、心の底からあなたのことを愛してるとは言えないの」
黙ったまま聞いていたポールだが、彼も何度か深呼吸をして気持ちを落ち着けると、ペッパーを見つめた。
「君が愛しているのは…前のご主人だろ?」
優しい瞳をしたポールに、ペッパーは少しだけ笑みを浮かべた。
「えぇ、私が今でも世界一愛してるのは、トニーだけ。それはこれからもずっと変わらないことよ。だから寂しかったの。彼が突然いなくなって、私は誰かに頼りたかった。誰でもよかったの。そばにいてくれれば…」
声を震わせたペッパーは俯いた。するとポールは手を伸ばし、彼女の手を握った。
「それは当然のことだ。あんな別れ方をすれば、そう思うのは当然だ。ヴァージニア、僕は君のその思いも全て受け止めるつもりだ。君が僕のことを彼のように愛してくれなくてもいいと思っている。僕はトニー・スタークではない。彼のように突然いなくならない。トニー・スタークのように勝手なことはしない。君が必要な時には必ずそばにいる。約束するよ」
彼の優しさに涙が出そうになったが、首を振ったペッパーは手を離した。
「そうね。あなたは優しいから、そう言ってくれると思ってた。でもね、そうじゃないの。私自身が嫌なの。自分に嘘をついて生きていくのが…。あなたといると、私はもう一人の私を演じてる。本当の私を隠して…」
ポールは何も言わなかった。
「だから、ごめんなさい。あなたの優しさに甘えていた私を…その優しさを利用していた私を許して下さい」
婚約指輪を抜いたペッパーは、それをポールの目の前に置いた。そして再び頭を下げると、立ち上がり、足早にその場を後にした。
残されたポールは指輪を手に取った。そしてそれをぐっと握りしめた彼は、ワインを飲み干し立ち上がると、ペッパーの後を追いかけた。
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