予想通り、世間は翌日から大騒ぎになった。
トニー・スタークが生き返ったと、どの媒体でもトップニュースとなり、一体どうやって生き返ったのかと、検証番組までOAされる始末。ペッパーの自宅とスターク・インダストリーズにはマスコミや大勢の人が押し寄せ、『おかえりなさい、アイアンマン !』という横断幕まで張られていた。
結局、週末だけのつもりが収拾がつかなくなってきたし、何より家族3人の思い出の家であるのだから、ペッパーとモーガンは湖畔の家に引っ越しすることにした。動物園に預けていたジェラルドも戻ってきた。モコモコの動物はトニーのことを覚えていたようで、トニーの姿を見ると駆け寄ってきた。そして甘えるように顔を擦り寄せた。
1週間経っても世間の騒ぎは続いており、3人は外に出ることも出来ず、家に引きこもっていた。その間にやって来たのは、かつての親友たちだった。
トニー生還の一報が流れるや否や、まずは電話が掛かってきたのはローディだった。電話口でトニーの声を聞いただけで泣いていたローディは、翌日やって来るなり、出迎えたトニーに抱きついて離れようとしなかった。抱きついたまま泣き続けるローディの背中を、目を潤ませたトニーは優しく摩り続けた。
その翌日にはハッピーからも連絡があった。電話後ものの30分ほどでやって来たハッピーは、トニーの姿を見るとその場に座り込んだ。大きな身体を縮こまらせて泣いたハッピーは、そばにやって来たトニーを抱きしめると、更に泣き続けた。
「おい、ハッピー。苦しい!」
ぎゅうぎゅう抱きしめられたトニーはわざとらしく文句を言ったが、嬉しいに決まっている。ひとしきり泣いたハッピーは、トニーとペッパーに頼んだ。もう一度ボディーガード兼運転手として働きたいと…。勿論2人は快諾した。大好きなハッピーおじさんがまたそばにいてくれると、モーガンも大喜びだ。
「せっかくだから夕飯を食べて行って?」
ペッパーの誘いにハッピーは嬉しそうに頷いた。暫くしてやって来たローディも交え、5人は久しぶりの再会を一晩中楽しんだ。
が、騒ぎは落ち着く様子がない。
ペッパーは家からリモートで仕事をし、モーガンも学校に行かず、3人は5年分の空白を埋めるかのように、家族だけの静かな時間を楽しんでいた。
そんな中、あのポールが訪ねてきた。
トニーに話があるとやって来たポールは、リビングのソファに座り込むと、ペッパーの差し出したコーヒーを飲み干した。
大人の話だから部屋にいるよう母親に言われていたモーガンだが、2階の踊り場からこの対談をこっそり見守ることにした。ポールおじさんはいつもと違い恐ろしい程真剣な顔をしているし、母親も緊張した面持ちだ。そんな中でも父親だけは、母親の肩を抱き寄せ楽しそうにしているのだから、やっぱりパパは凄いとモーガンは感心した。
モーガンにはそう見えたが、実際には違った。余裕なのは見せかけだった。トニーは内心ビクビクしていた。ポールに何を言われるのかと…。小さく震えるトニーに気付いたペッパーは、大丈夫だと安心させるように、彼の手をそっと握った。
2杯目のコーヒーを飲みきったポールは、大きく深呼吸をすると、トニーを見つめた。
「正直に言います。やっぱりヴァージニアのこと、諦めきれないんです。あなたは彼女を苦しめ続けた。何十年と彼女を振り回し続けた。悲しませ続けた。だから生き返ったあなたが、また彼女の人生を振り回すのは目に見えてます。彼女は苦労しなければならないことも…。だから彼女の人生に、あなたはいない方がいいんです」
確かにそうかもしれない。それは生き返ったトニー自身が何度も自問したことだから…。だが、何十年とそばにいたからこそ、分かることもある。何も言わなくても分かることも…。例え他人からは理解されなくても…。
それをどう説明しようかとトニーが考えていると、ペッパーが先に口を開いた。
「そうね。確かに私はトニーに振り回されっぱなしだったわ。いいえ、世間からはそう見えたでしょうね。彼はいつだって世界を守るために、命をかけて戦っていたわ。それが彼の好きなところでもあったし、嫌いなところでもあった…。でも、10年前…サノスが全てを変えてしまったあの時、苦しんでいるトニーの姿を見て、私は覚悟を決めたの。彼を支えられるのは、世界中に私だけ。彼のそばに何十年もいた私だけが、彼の喜びも悲しみも苦しみも全て見てきたの。本当の彼を理解しているのは、私だけなんだって。だから、覚悟していたつもりだった。何が起こっても、大丈夫って…。でも、実際は……覚悟なんて出来てなかったわ。当たり前よね。トニーは私の人生そのものだった。それが突然、奪われてしまったんだから…。だから、あの時引き止めていれば…って私は後悔した。でも、彼はずっと悪夢に悩まされていた。苦しいはずなのに…その悪夢を終わらせるためには、彼自身が決着をつけなければならないのに…、彼は私と娘のことを考えて、自分の気持ちを抑え込もうとした。私は彼にも幸せになって欲しかった。だから私が背中を押すことで、彼が悪夢から解放されるのなら…と、考えたの。でも…結局はああいう結末になってしまったわ。彼自身が望んでいなかったであろう結末だけど、これでトニーはもう苦しまなくても済むって…。今度こそ本当にゆっくり眠ることができる…、だからこれで良かったんだって……」
ペッパーが言葉を切った。小さな涙を流したペッパーは、黙ったまま俯いているトニーにチラリと視線を送った。そして膝の上で硬く握りしめている彼の手にそっと触れた。
「そう思おうとしたの。だって、トニーが一番悲しくて辛くて…悔しいに決まってるから…。トニーはモーガンのことを何よりも大切に思っていたわ。愛していた。モーガンはトニーの全てだった。それなのに、あの子に何も言わずに別れを告げなくてはならなかったんですから…。あの子の成長を見届けることも出来なくなるんだから…トニーが一番悲しいに決まってる…。でも、あの時、トニーは私たちを守るために命をかけたんだから、いつまでも悲しんでいたら、彼に申し訳ないって気づいたの。私たちは私たちの人生を歩んでいるって彼に見せることで、きっとトニーも安心するって…。でも、寂しかった。だって世界一愛する人がそばにいてくれないんですから…。今まで当たり前のようにそばにいたトニーがいない…それが辛くて悲しくて仕方なかったの。だから誰かにそばにいて欲しかった。誰もトニーの代わりはできないのに…私の心の穴を埋めることができる人は誰もいないって分かってたのに…」
深呼吸をしたペッパーは、ポールを真っ直ぐ見つめた。
「あなたはトニーは勝手なことをしたと言ったわ。でも、違うわ。トニーは一度だって自分勝手なことなんかしたことないわ。彼はいつも信念を持って行動していたわ。例えその時は理解されなくても、彼は常に未来を見据えて、正しいことをしていたのよ。あの時だってそう。彼は私たちの未来のために、自分を犠牲にしたの。モーガンの未来のために…。あの子たちの時代が、より良い世界になるように…」
ペッパーの手に力が入った。ギュッと握りしめられた手をトニーは思わず見つめた。
「あの時…あの一瞬で、トニーがどんな気持ちで覚悟を決めなければならなかったか、あなたには分からないでしょ?あなただけじゃない。あの場には大勢のヒーローがいた。でもきっとトニーの覚悟を心から理解できたヒーローは誰一人いなかったはず。トニーは全てを諦めなければならなかったの。自分自身の幸せも、これからの未来も、モーガンとの未来も何もかもを…。トニーが勝手なことをばかりする人間なら、彼はあの時、世界を救わなかったはずよ」
ポールは黙ったまま何も言わなかった。
トニーもまた、何と言っていいのか分からなかった。ペッパーの言葉はトニー自身がずっと心のどこかで思っていたこと全てを表していたから…。
暫くしてポールは顔を上げた。
「それで君は幸せなのか?もし…もしもまた同じことが起きても…」
するとペッパーはトニーの手を握り直すと、ポールを真っ直ぐ見つめた。
「えぇ。だって私はトニー・スタークの妻なのよ」
ニッコリ微笑んだペッパーにつられ、ポールも少しだけ笑みを浮かべた。そしてトニーに向き合うと、黙って頭を下げた。
トニーは相変わらず黙ったままだった。が、ポールが立ち上がり帰ろうとした時だった。
「もう二度とヒーローになる気はない」
力強い声に、ポールはトニーの方に振り返った。
「今まで私が戦い続けたのは、妻を…ペッパーを守るためだった。モーガンを守るためだった。あの時もそうだ。妻と娘を守りたい…、妻と娘がこれから生きていく世界を…そして娘の未来を守りたい…その一心で指を鳴らした。世界を救うヒーローになるつもりはなかった。ヒーローにならなくてもいい…夫として父親として生きていたかった…。そう願った結果がこれだ。結果はどうであれ、これからも私が守りたいのは、妻と娘だけ…。せっかく生き返ったんだ。これからは絶対に死なないような方法で2人を守るつもりだ」
最後はおちゃらけたような口ぶりで告げたトニーは、肩を竦めてみせた。そんなトニーに真顔で頷いたポールは、もう一度頭を下げると家を後にした。
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