Until now I have been looking for you.⑨

その日以降、2人は隠すことなく手を繋いで歩くようになった。ランチタイムも2人並んで過ごしているし、トニーはペッパーに隙あらばキスをしているのだ。
どうしてスタークくんはポッツさんなんかと…と、最初は悔しそうにハンカチを噛み締めていた女子生徒たちも、トニーのペッパーに対する愛情を見せつけられ、これは完敗だと感じたのか、3日もすると誰も何も言わなくなった。

そしてもう一つ。
トニーがスティーブたちと遊びに行く時は、ペッパーも加わるようになった。
ドジャーススタジアムに野球をみんなで見に行くこともあった。ディズニーランドやユニバーサルスタジオに遊びに行くこともあった。ハリウッドで映画を見て、ロングビーチまでドライブもした。

今まで経験したことがない楽しい時間に、ペッパーは毎日が楽しくて仕方なかった。
ペッパーの両親もすっかり明るくなった娘に、嬉しそうに目を細めた。
「最近楽しそうね」
「うん!お友達がたくさんできたから!」
ずっとひとりぼっちだった娘。自分を守るように周囲とは壁を作り、孤独だった娘は、ようやく自分を受け入れてくれる仲間を見つけたらしいと、ペッパーの両親は胸を撫で下ろした。

***

もうすぐ夏休みというある日。
廊下に張り出されたテストの結果に一喜一憂する生徒たちの間を、トニーとペッパーは夏休みの計画を話しながら歩いていた。
ちなみに、1位は全教科満点でトニー、そして僅差で2位はペッパーだったが、2人とも…というよりもトニーは全く興味ないらしく、掲示板には見向きもしていなかった。

「え?旅行?」
「あぁ。みんなで何処かに行かないかって話になってさ。クリントに、あいつの彼女のローラさん。ブルースとナターシャ、ソーとジェーンさん、それからスティーブとバッキー」
2人きりで旅行となるとさすがに両親はいい顔はしないだろう。だが、大勢の同級生と行くのだから、きっと許してもらえると考えたペッパーだが、案の定両親は快諾してくれた。

夏休みになり、集合場所で待っていると、大きなリムジンがやって来た。あれよあれよという間に車に乗せられ連れてこられたのは飛行場。そしてそこにはプライベートジェットが待ち構えており、そこで一行は初めて、スターク家の別荘のあるハンプトンへ向かっていることを告げられた。

数時間後、マリブのスターク邸に匹敵する程広大な別邸に、さすがはスターク家だと一同は感心したが、何とそこにはトニーの母親であるマリアが待ち構えていた。
「どうしてお袋がいるんだよ」
絶対に来ないでくれと念を押していたのに現れた母親に、不機嫌そうに唸ったトニーだが、マリアは皆を出迎えながら眉をつりあげた。
「あら、いいじゃないの。保護者がいる方が、皆さんのご両親も安心でしょ?あ、大丈夫よ。ママは夜は離れにいるから。好きなだけ羽目を外して頂戴」
ふふっと笑みを浮かべたマリアに、さすがはトニーの母親だと、皆苦笑した。
「さあ、女性陣は買い物に行きましょ!あ、あなたたちは適当にしておきなさい」
歓声を上げた女性陣を連れて、マリアはスキップしながら家を後にした。
「で、俺たちはどうする?」
残されたのは野郎ばかり。
目をくるりと回したトニーは、わざとらしく肩を竦めた。
「海でも行くか?」

トニーたちはプライベートビーチでサーフィンをしたり、ビーチバレーをしてはしゃぎまくったが、結局夕方まで女性陣は帰ってくることはなかった。

夜はバーベキューを楽しんだが、そこでマリアがとんでもないことを言い始めた。
「明日は、私たちはNYへ行ってくるから」
「は?」
思わず立ち上がったトニーに、マリアはわざとらしいくらいの笑みを浮かべた。
「ハワードが明日から合流するの。あなたたちはパパがクルーザーで釣りに連れて行ってくれるらしいわ。夜には戻るから大丈夫よ」
せっかくバケーションに来たのに、どうして離れ離れにさせられるのかと、トニーは苦虫を潰したような顔をしているが、結局のところ母親に逆らえるはずもなく、しぶしぶ了承した。

翌朝、早々にマリアは女性陣を連れてNYに向かった。そして入れ替わるようにやって来たハワードに連れられ、トニーたちはクルージングに向かった。

絶好のスポットだと言われるだけに、面白いほど魚は釣れた。歓声を上げる仲間に父親は笑みを浮かべて接している。
初めて見る父親の姿に戸惑ったトニーは、少し離れた場所で一人釣竿を垂らしていた。
しばらくしてハワードが隣にやって来た。
黙って釣竿を垂らしていた2人だが、ハワードがポツリと呟いた。
「お前とこうやって釣りをするなんて、初めてだな」
「…」
トニーはどう返していいか分からなかった。確かにハワードとは幼い頃から親子で遊んだ記憶はなかったから。
「どうして急に…」
やっとの思いでそう言うと、ハワードはトニーをじっと見つめた。
「少しは父親らしいことをするべきだと思ってな…」
あの事件…トニーが転校するきっかけとなったあの出来事は、ハワードも息子との関係を熟考する契機となっていた。
立派な後継になって欲しい…。愛しているからこそ、今までは厳しく息子に接してきた。だが、あの時息子が発した言葉は、ハワードにとって大変ショックだった。息子にそう思わせていたこと、そして息子の思いに気づいてやれなかった自分自身に猛烈に腹が立った。そのため、ハワードは息子が年相応の子供らしく過ごせる環境を作ろう、そのためには自分自身も変わろうと決意したのだ。

相変わらず黙ったままのトニーだったが、彼が嬉しそうに笑みを浮かべているのに気づいたハワードは、手を伸ばすと息子の髪をくしゃっと撫でた。

結局その日、マリアたちは夜遅く帰ってきたため、トニーたちはペッパーたちと顔を合わせることはなかった。
だが、翌朝。朝食のために集まるとペッパーたちは美しく着飾っているではないか。
「スタークさんが、エステや美容院に連れて行って下さったの」
「それから、お洋服とかもいっぱい買っていただいて…」
昨日の報告をするナターシャたちを、男性陣は目を丸くして見つめていたが、思わぬマリアからのプレゼントに誰しもが喜んだ。

「さぁ、好きな所に行ってらっしゃい」
朝食後、皆それぞれ街へと繰り出して行ったが、ペッパーはマリアとお喋りしながら朝食の後片付けをしていた。
そんな恋人と母親の後ろ姿を、リビングからトニーはぼんやりと見つめていた。
スターク家には大勢の料理人やハウスキーパーたちがいる。今までなら、彼らを同伴させ、料理や家事は彼らに任せていたのに、今回は誰も連れて来ていなかった。つまり、マリアが全て一人でこなしているのだ。が、マリアは楽しそうだった。
ハワードもそうだ。普段は離れて暮らしているため、相変わらず話をすることはなかったが、父親の自分に対する眼差しや態度は、以前よりも随分柔らかくなっていた。

『もう我慢しなくていいの…』
あの時母親が泣きながら言った言葉をトニーは思い出した。
もっと素直になってもいいのかもしれない。もっと甘えてもいいのかもしれない。今まで出来なかった分…。きっと両親もそれを望んでいるのだろうから…。

「トニー?」
ペッパーの声に我に返ったトニーは、慌てて母親に尋ねた。
「親父とお袋はどうするんだ?」
「パパとママもデートしてこようかしら…。でも、パパは面倒くさいからって、買い物に付き合ってくれそうにないし…」
ジロリと夫を見たマリアだが、ハワードは肩をすくめると目をくるりと回した。
トニーはペッパーをチラリと見た。すると彼女はトニーの考えていることが分かったのか、笑みを浮かべると頷いた。
「…一緒に行ってもいい?」
「え?!」
息子からの思わぬ提案にマリアも、そしてハワードも目を丸くした。
「でも、トニー…」
てっきりペッパーと2人で出掛けるだろうと思っていたのに、一体どうしたのかと驚く両親に、トニーは照れ臭そうに鼻を擦った。
「たまにはさ、いいだろ」

4人は近くのレストランでランチを済ませると、散歩しながら家に帰ってきた。
マリアとペッパーは、皆が帰ってきたら食べようと、ケーキを作り始めた。
「おい、トニー」
リビングでテレビを見ていたトニーは、ハワードの声に振り返った。すると、ハワードはトニーにグローブを渡した。
「え…」
「お前と父さんはケーキ作りなんて出来ない。キッチンにいても邪魔になるだけだ。キャッチボールでもしないか?」
そう言うと、ハワードは庭へと向かった。

生まれて初めての父親とのキャッチボール。
トニーの力強い返球を受けながら、ハワードがしんみりとつぶやいた。
「いつの間にか成長したんだな…」
ボールを息子に向かって投げたハワードは、トニーを見つめた。
「トニー、父さんはな、お前のこと、誇りに思ってる。父さんが作り出したものはたくさんあるが…最高傑作はお前だな」
「え…」
トニーがボールをポトンと落とした。

嬉しかった。父親がそう思っていてくれたことが…。父親は不器用なりに愛してくれているとは分かっていたが、面と向かって言われたのは生まれて初めてだったから…。
小さな涙が頬を流れ落ちた。それを乱暴に袖口で擦ったトニーは、鼻を啜ると父親に向かってボールを投げた。
「…父さん…愛してるよ…」
囁くような声だったが、ハワードには息子の声が聞こえていた。目を細め笑みを浮かべたハワードは、ボールをポンと投げた。

その夜。
トニーはペッパーを誘って、ビーチにやって来た。
波の音を聞きながら暫く黙って海を見つめていた2人だが、トニーが徐に口を開いた。
「俺、親父と釣りをしたんだ。キャッチボールも…。生まれて初めて…」
ふぅと息を吐いたトニーは空を見上げた。
「家族っていいな。そう思えたのも、ペッパーのおかげだ」
「え…」
どうして自分のおかげなのかと、目をパチクリさせているペッパーの手を、トニーはそっと握った。
「君に出会う前の俺は、親父に認められたい一心で、必死に我慢して…一人の殻に閉じこもってた。だから誰とも友達になれなかった。元々孤立していた俺は、ますます孤立していった…。何をしても楽しくないし、何も感じることもなかった…。ただ生きているだけの、空っぽの存在だったんだ。だけど、LAに来て、アカデミーに入学して、ペッパーに出会って…。俺がヘラヘラしてたら、君は真剣に注意してくれただろ?初めてだった。俺のことを真剣に受け止めてくれた人って、親父とお袋以外に、君が初めてだったんだ。だから俺、嬉しくってさ…。照れ臭くて最初はからかってばかりだったけど。でも、俺にも俺のことを考えてくれる人がいるって分かって…。俺はここでなら、きっと上手くやっていけるって確信したんだ。もう一度誰かを信じてみようって思えた。だから、俺は本当の自分でいることができた。おかげで、初めて友達もできた。一緒に遊んだりする友達が沢山出来た」
深呼吸をしたトニーは、ペッパーを見つめた。
「俺が変わることができたのは、ペッパーのおかげなんだ。ありがとな、ペッパー」
トニーに何があったのかは、マリアの口からは聞いたが、本人からはまだ聞いていない。きっとトニーには話をする覚悟ができていないからだろう…。それにペッパーも、トニーの過去を全てを受け止める覚悟はできていなかった。だが、こうやって少しずつ、トニーは本心を明かしてくれている。それはトニーがペッパーのことを心の底から信頼してくれているから…。
ペッパーの目から溢れた涙を唇で拭ったトニーは、そのまま彼女の唇に軽く触れた。
「ペッパー…愛してる…」
キスの合間に囁かれ、ペッパーはトニーの頬を撫でた。
「私も愛してるわ…トニー…」

2人はキスをしながら祈った。この幸せが永遠に続きますように…と。

だが、嵐はすぐそこまで迫っていた…。2人を引き離そうとする嵐は確実に迫っていた…。

⑩へ…

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